表裏頭脳ケンイチ
第6話「握られた言伝と追憶の破片」~後編~
⑪(4-2)
ケ「アイツは……アイツは賢一の―」
ケンイチがなぜか動揺してそう言いかけた時、部室のドアが開く。
海「あ!」
部室に入ってきた人物に、龍海がいち早く気付いて駆け寄る。龍路が警察から帰ってきたのである。
海「もう帰ってきて大丈夫?犯人はわかったの?」
不安そうに質問を繰り返す龍海を片手で抱いて、疲れた顔で無理に笑う龍路。
路「とりあえず話せること話して、現場撮った写真を渡してきただけだから、まだ犯人はわかってないよ。…なんでも、凶器が見つからないらしいんだ。」
そう言ってから、龍路は部室を見回してから不思議そうに龍海に訊く。
路「それよりもさ、なんかみんな沈んでるっつーか、なんかあったのか?」
海「うん…えっとね―」
龍海が説明しようとした時、ケンイチが不意に立ち上がる。
ケ「おい、昨日のスタジオでの出来事を詳しく話せ。それと関係者の話もだ。」
龍路のもとへ歩きながらそう言うケンイチを見て、龍路は思わず驚いた表情になる。
路「お前、ケンイチじゃないか…」
ケ「フン……そんなことはどうでもいい。知ってることをさっさと話せ。」
先ほどまでの動揺が嘘のように、いつもの冷淡な調子に戻ったケンイチを見て、部員たちはどこかキツネにつままれたような気分である。しかしその中でもやはり陽だけは心配そうにケンイチを見ている。
路「それはいいけど、なんで……」
そこまで言って、龍路はフッと気づく。
路「お前、まさか朧崎さんを殺した犯人を見つけてくれるってのか……?」
ケ「お前は、オレが興味本位だけで事件の概要を知りたがるとでも思うのか?」
そう言い捨ててケンイチは賢一の席へと戻り、面倒くさそうに椅子に座る。
路「いや、そうじゃねーけど……でも今回は…今までと違って賢一が困るようなことは……」
ケ「だったらなぜオレがいる?」
路「そんなこと知らないけど……でも、」
落ち込んでうつむく龍路を見て、ケンイチは深くため息をつく。
ケ「お前はもう少し、他人の力を借りる術を身につけた方がいい。…賢一も、他人を頼ろうとしないから自身で自身を追い詰めやがる。」
路「え…?」
不思議がる龍路だったが、先ほどの話を聞いていた部員たちはなんとなくケンイチの言いたいことがわかっていた。
鳩「…そうだ、それでさっきの話なんだが―」
先ほどの話を聞こうとする鳩谷だったが、その言葉が続く前に、陽は鳩谷のベストの裾を引っ張る。
鳩「どうした、宗光…」
そう訊く鳩谷に、陽は小さく首を横に振ってから、ケンイチに聞こえないように小さな声で言った。
陽「これ以上は…今は話させないであげましょう?」
鳩「……そうだな。」
それ以上、鳩谷も他の部員も先ほどの話の続きを聞こうとする者はいなかった。龍路も先ほどの話を知らずとも、それ以上追及しようとはせずに静かに自分の席に着いた。
路「いいのか、お前に頼りきっちまって……」
ケ「フン……」
つまらなさそうにそう言うだけのケンイチに、龍路はどこか、疲れの中にも安堵の笑みを小さく浮かべた。
路「ありがとな……」
そして、一気に真面目な顔つきになる。
路「昨日、俺と東屋がスタジオに着いたのが4時半過ぎ、その時はまだ朧崎さんは生きてたんだ。」
晶「生きてたってのは、会ったってことか?」
路「ええ、ちょうど朧崎さんが現像室にこもる前にちょっとだけでしたけど。受付の高須賀さんって人に用件話してたらスタジオの方から出てきて、1時間くらい写真の現像するのに待ってほしいって言われたんです。」
晶にそこまで答え、龍路はまたケンイチの方を向く。
路「それで東屋と一緒にスタッフルームで待たせてもらってたんだけど、30分くらいして営業時間が終わってさ、玄関閉めてスタッフルームに戻った高須賀さんがお湯沸しに台所に行って少ししたらブレーカーが落ちたんだよ。」
その時、ケンイチは小さく反応したようだったが、誰もそのことには気付いていない。
ケ「それで?」
路「ああ、それで東屋が地下室のブレーカー上げに行ってくれたんだけど、電気がついて少ししたらアイツの叫び声が聞こえてさ…地下降りてみたら現像室で朧崎さんが倒れてて、東屋が必死に声かけてたんだよ……」
ケ「遺体の状態はわかるか?」
路「わかることだけでいいなら、首に絞められたみたいな痕があったよ…あとは特に、気になるとこはなかった気がするけど。」
龍路の話を聞き言っている部員たちは、各々に不思議がっている。
孝「首ってことは絞殺か……」
隆「絞殺って、確か首絞めて殺すことだよな?」
孝「ああ。」
そんな中、龍路がふと思い出すように言う。
路「あ、それと…遺体っていうか現像室の話なんだけどさ、東屋がさ…」
その言葉に、ケンイチは反応を示す。
路「「電気付いたばっかだったから気のせいかもしれないけど、やけに現像室の音がうるさかった」って言ってたんだ。」
ケ「音……」
そうつぶやいてうつむいた後、ケンイチは龍路の方を向く。
ケ「ところで、現像室は地下にあるのか?」
路「ああ。地下に現像室とブレーカーのあるロッカールーム、あとは現像した写真とかお客さんに渡す写真とか、そーいうのがたくさん置いてある資料室があるんだ。」
そう話し龍路に、ケンイチはホワイトボードの方を一瞥して言う。
ケ「大雑把でいい。そのスタジオの間取りを描いてくれるか?」
路「あ、ああわかった…」
そう言われ、龍路は少し戸惑いながらもスタジオふぁるべの1階と地下1階の見取り図を描いた。
それを見て、ケンイチは少し眉をひそめる。
ケ「なるほど、遺体のあった現像室に行くには、お前らがずっといたスタッフルームにある階段を使わなければいけないという事か。」
ホワイトボードを見ながらそこまで言って、ケンイチはまた龍路の方を見る。
ケ「なあ……この図じゃわからないんだが、1階に窓はないのか?」
路「えっと、しいて言や玄関フードがガラスだから窓みたいなもんだけど、スタジオにもスタッフルームにも、あと受付にも窓はないな…って、窓がどうかしたのか?」
ケ「いや……あと、容疑者の事も聞いておきたいんだが…」
路「容疑者って、昨日スタジオにいた人たちの事か?」
ケ「ああ。厳密に言えば、被害者が地下に降りてからスタッフルームに出入りした人間の人数と、そいつらの地下に降りた回数だ。現場に向かう階段の位置と生きていた被害者の姿を見た時間を考えれば、犯人は被害者より後に地下に降りた人間だとしか考えられないからな。」
そう答えるケンイチに、龍路は知り合いの中に犯人がいると思うと、少し話づらそうに口を開く。
路「昨日スタジオにいたのは俺と東屋、殺された朧崎さん、受付の高須賀さんとスタジオアシスタントの登坂さん、あと社長の椛江さんの6人だよ。…まあ、容疑者ってなると被害者の朧崎さんを除いた5人だけどな。」
そう言う龍路に、孝彦が不思議そうに訊く。
孝「あれ、でもお前はアリバイがあるとかって、さっき龍海が言ってたけど…」
路「ああ、まあな。俺が地下に降りたのは東屋の声を聞いた時だけだから、それだけで現像室にいた朧崎さんを殺すのは不可能だろうって言われたよ。」
それを聞いて、ケンイチがまるで独り言のように言う。
ケ「絞殺だとすれば、完全に死に至るまで少なく見積もっても7,8分は首を絞め続けなければいけない。お前も東屋も、殺害方法から考えれば犯行は難しいだろう。」
その言葉に、部員たちもどこかホッとしている。
ケ「で、あとの3人は地下に降りたのか?」
路「ああ。俺と東屋がスタッフルーム入ってすぐに登坂さんが資料室で仕事するのに降りたよ。あと、予約なしのお客さんが来たんだけどさ、その対応するのに、社長の椛江さんが登坂さんにカメラマン頼んで、それから椛江さんが登坂さんの仕事代わるのに地下降りて……それから、営業時間終わった後に高須賀さんも椛江さん呼びに行くのに降りてるな……」
ケ「地下にいた時間はどれくらいかわかるか?」
路「え、いや……そりゃ詳しくはわかんないさ。そんなの気にしてなかったからな……」
その答えに、ケンイチは無自覚にも嫌悪をするように眉をひそめる。
鳩「お、おい……仕方ないだろ?」
少し慌てるようにそう言う鳩谷に、ケンイチはまた無自覚に鳩谷を睨むように見る。
ケ「何が仕方ないんだ?」
鳩「あ、いや……」
それから何も言えない鳩谷を少し見ていた後、ケンイチはまた龍路の方を見る。
ケ「じゃあ、聞き方を変えてやる。その3人の中に7,8分より明らかに短い時間で1階に戻ってきた人間はいたか?」
そう言われ、龍路は思い出すように考え出す。
路「えっと……いや、それくらいの時間はみんな地下にいたと思う。」
ケ「そうか……」
そうつぶやき、ケンイチは思い出したように言う。
ケ「そう言えば、凶器が見つかってないとか言っていたな?」
路「ああ。昨日の持ち物検査でも、スタジオの中にも人の首を絞めれそうなものは見つからなかったって……」
ケ「ここまでアリバイのない人間を絞れていて犯人が特定できないのは、それが原因か……」
そう言ってケンイチは立ち上がった。
晶「お、おい……お前まさかスタジオに行く気じゃ……」
ケ「生まれた謎は解き明かす。それがオレの使命だ……それともなんだ、お前はオレの行く先々をすべて把握しないと気が済まないとでも言うのか?」
晶「そうじゃなくて!お前な、警察でもないのに現場になんか入れてもらえるとでも思ってるのか?!」
そう言う晶だったが、ふと孝彦があっさりと言う。
孝「まあ、たぶん大丈夫じゃないですかね?」
晶「へ?」
隆「どういうこった?」
不思議がる隆平に、孝彦が説明し始める。
孝「警察だって四六時中現場にゃいねーってことだよ。ま、もし現場見に来てたら来てたでアウトだろうけど……」
そう言っている間に、気付いたらケンイチは部室を出ていた。
修「あ、あの……」
孝「ん、どうした?」
修「ケンイチくん、行っちゃいましたけど……」
隆「あ、マジでいねえし!」
晶「んのバカ……!」
そう言って晶は勢いよく立ち上がる。
晶「陽、龍路!ケンイチ追いかけるぞ!」
陽「え…?私たちもですか?!」
晶「お前は一応、賢一の姉貴だし、スタジオの場所を知ってるのは龍路だけだろうが!」
海「僕だってスタジオの場所くらい知ってるのに……」
晶の言葉に、龍海は小さく不満そうにそうつぶやいたが誰も聞いていない。
鳩「でも待てよ?神童の奴、スタジオの場所なんか―」
その時、部室のドアが開く。
ケ「佐武、スタジオまで案内しろ。」
申し訳なくも恥じるでもなく、ドアの前に突っ立ってそう言うケンイチに、みなどうリアクションを取ればいいかわからなかった。
⑫
なぜか、メディア部員の8人はこぞってスタジオふぁるべのある敷ヶ丘を目指して歩いていた。その中でも龍路とケンイチは並びながら何かを話していて、他の6人は少し距離を置いて2人について行っている。
晶「出てきちまったから仕方ないと言えば仕方ないが……」
そう言って晶は周りを見渡す。
晶「なんでお前ら全員ついてくるんだよ?」
隆「なんでって、センパイこそなんでスタジオ行こうとしたんスか?」
孝「そうですよ、さっきセンパイが言った理由が正当なら、ついて行けるのはせめて陽と龍路の2人だけでしょ?」
晶「あのなぁ、自分はケンイチっつーか賢一っつーか、とにかくアイツの入ってる部活の部長だぞ?…相手に対して失礼があったら、そりゃ自分が責任取らなきゃいけないじゃないか。」
呆れたようにそう言う晶に、陽がすこし申し訳なさそうな顔をする。
陽「ごめんなさいセンパイ…本当は姉の私の責任なのに……」
晶「あ、いや!そーいう訳じゃなくてだな!あ、あれだ!ほら、やっぱケンイチの推理が気になるんだよ!……まーそうだよな!自分だけそんな理由でついて行っていいなんておかしいよな!いやぁ、悪かった悪かった!」
陽を気遣ってそんな見え透いた嘘をつく晶を、みな優しくどこか「やれやれ」と見ている。
修「センパイって本当優しいですねぇ。」
思わずそう言う修丸に、晶は少し恥ずかしそうに言う。
晶「自分が優しいだと?おい修丸、話が繋がってないんじゃないか?」
修「え、そうですか?」
と、その時隆平が不思議そうに前を行く2人を見る。
海「どーしたんですか?」
隆「いや、ケンイチが「なんかおかしい」だかって。」
陽「なんか?」
隆「ああ、停電騒ぎの時の話してるんだけどさ……って、止まったな。」
そんな話をしていると龍路が足を止め、それにつられてケンイチも立ち止まる。そんな2人に後ろの6人も追いついた。
孝「ここか?」
路「ああ。」
そう答えて龍路は中の様子を見て、玄関から少しだけだが受付の高須賀の姿を確認する。
路「高須賀さんが仕事してるってことは、警察の人、今はいないみたいだな……」
隆「じゃあ、ちゃっちゃと現場見た方がいいんじゃね?」
と、そんな話の最中にケンイチは無言のまま中に入って行く。
路「……孝彦、言い訳は頼んだ。」
苦笑しつつも孝彦の肩に手をポンと乗せてそう言って返事も待たずにケンイチを追って中に入って行った龍路に、孝彦は思いっきり嫌な顔をする。
孝「警察関係の面倒事押し付けんの、マジやめろよな……」
隆「お前、苦労してんなぁ…(汗)」
⑬
高「あ、佐武くん…」
路「こんにちは…」
落ち込んだ様子の高須賀を気遣うように控えめに挨拶をする龍路。
高「今日はどうしたの?その子たち、佐武くんの友達?」
路「あ、いえね……みんな、俺の入ってるメディア部のメンバーなんですけど……」
高須賀の言葉に少し戸惑う龍路だったが、ケンイチがいつものようにつまらなさそうな口調で言う。
ケ「現場になった現像室を見せろ。」
高「え……?」
困ったようにそう言う高須賀に、龍路も苦笑気味に答える。
路「えっと、こいつスゲー頭が切れる奴なんですよ。今までもいくつか事件を解決してきてて―」
龍路がそこまで説明している時、スタッフルームに繋がっているドアが開く。
東「佐武!お前どうしたんだよ?」
出てきたのは東屋だった。
路「東屋こそ、お前警察行ってから帰ってなかったのか?」
東「あ、いや……せめて瑠璃がお前に返したいって言ってた写真、探しておこうと思ってさ……」
その言葉に、ケンイチが反応する。
ケ「瑠璃…?」
路「ああ、被害者の朧崎さんの名前だよ。東屋と朧崎さん、歳は離れてるけど友達同士だったんだと。」
東「ってかさ、なんだよその人数……」
メディア部を見て驚く東屋に、晶が困ったように言う。
晶「いや…自分も人のことは言えないが、とにかく好奇心旺盛な部活なんだよ、うちのメディア部は。」
東「えっと、あんたは……」
路「部長の響鬼晶センパイ。……大丈夫だよ、センパイもみんなも、そんな面白半分に事件に首ツッコんだりはしねーからさ。」
そう言う龍路を、少し頼りなさそうに見る東屋に、高須賀が思い出したかのように言う。
高「それよりも、茜介くんこそどうしたの?受付に用事でもあった?」
東「あ、そうそう。社長が事務の事でちょっと聞きたいことあるって言ってたんだ。」
高「そっか、わざわざありがとね。」
そう言って高須賀はスタッフルームに入ろうとして、ドアノブに手をかけて思い出したかのように受付の向こうにいるメディア部を見る。
高「あ、そこのドア開いてるから君たちもスタッフルームおいでよ。現像室のある地下にはここからしか行けないからさ。」
そう言ってスタッフルームに戻った高須賀に続いて戻る東屋。
海「おいでって言ってるし、行きましょーよ?」
晶「そうだな……」
先陣を切って晶が受付のドアを開けると、ついて行く形でみんなスタッフルームへと向かう。その中で最後に残ったケンイチと龍路。
ケ「おい、センスケというのは東屋の名前か?」
路「え?ああ、茜(あかね)に仲介の介(かい)って書いてセンスケって読むんだと。」
その話を聞いて、ケンイチはだるそうに言う。
ケ「ったく、名前と苗字が一致しねぇ……」
そうだけ言ってケンイチもスタッフルームへ向かうが、その小言を聞いた龍路は少し申し訳なさそうにその後ろをついて行く。スタッフルームを覗くと、机でパソコンを使って仕事をしている椛江と、そんな椛江と話している高須賀、ソファに座って膨らんだ封筒の中身を確認している東屋と登坂、そして先に部屋に入っていたメディア部のメンバーがいた。
路「ケンイチ、高須賀さんと話してるのが社長の椛江夏代さん。んで、東屋と写真の整理してんのが撮影アシスタントの登坂翼さん。あと、高須賀さんの名前は確か志穏さんって聞いたぞ?ここの人たち、人の呼び方がバラバラだからちょっとわかりずらいんだ。」
ケ「茜介、夏代、翼に志穏、それに被害者は瑠璃か……面白れぇ、1人だけ仲間外れが居やがる。……いや、アレも含めりゃ仲間外れもいないのか。」
なぜか、どこか面白そうにそう言うケンイチを不思議がる龍路だったが、龍路がそのことを聞く前に椛江がケンイチと龍路の方を向く。
椛「ああ、現像室みたいってのは君ね?」
そう言って椛江は立ち上がる。
椛「志穏くん、悪いけどちょっとこれ頼むわね。」
高「はい。」
椛「おいで、今案内してあげる。」
高須賀に仕事を頼んで、椛江は階段の方へ向かう。それを見てケンイチも階段へ向かう。
路「あ、俺もいいか?」
ケ「……勝手にしろ。」
慌てて階段へ向かおうとする龍路を一瞥して、ケンイチはそう言い捨てた。
隆「えっとぉ…俺らどうします?」
2人を見送って、少し困りながら晶にそう訊く隆平。
晶「どうするったって……」
登「全員は入れないかもだけど、廊下なら君たちの人数でも狭くないと思うよ?」
晶「あ、そうなんですか…?」
優しく教えてくれる登坂に、晶は意外そうにそう言う。
晶「じゃ、行くだけ行くか……」
部員たちを見回してそう言う晶に、みな各々に肯定の合図を出す。そしてケンイチや龍路に追いつくべく階段へ向かった。
⑭(5)
現像室の灯りをつけて、ケンイチ、龍路、椛江の3人が部屋の中に入り、ついてきたメディア部員たちは廊下からケンイチたちの様子を見ている。
椛「でも…まさかここで瑠璃ちゃんが殺されてたなんて……」
現場を見て改めて事件の事を思い出した椛江は辛そうにそう言い、それを聞いた龍路も同じく落ち込む。
路「俺だって、そんなこと夢にも思ってませんでしたよ……現像室に行くってスタッフルームに入ってった朧崎さんに、そのまま会えなくなるなんて……」
その言葉に、部屋に数歩踏み込んでいたケンイチが振り向く。
ケ「なあ、朧崎はずっと現像室の中にこもっていたらしいが、何か起きているとか、誰も疑わなかったのか?」
そう言うケンイチに、椛江が少し困ったように言う。
椛「ええ……瑠璃ちゃんが現像はじめてから15分くらい後だったと思うけど、私、そこの資料室で仕事してた翼ちゃんに撮影頼んで、今まで翼ちゃんがやってた仕事片付けようと思って地下に降りた時は現像中のランプがついてたし、現像機とかの音がしてたもの……」
ケ「まあ、確かに、死人が現像機を使っているなどとは思わないだろうが……―!」
もっともそうにそう言ったケンイチは、ふとゴミ箱代わりにされている段ボールの中を見て驚く。
ケ「この中身はなんなんだ?」
そう言われ、椛江はその場で答える。
椛「ああ、それゴミ箱の代わりよ。現像室で出たゴミはみんなそこに捨てるの。大抵は現像で失敗した台紙とかフィルム、あとは、お客さんがいらないっていったネガなんかも捨てることもあるわねぇ……って、それがどうしたのよ?」
その通り、段ボールの中には数枚の写真台紙と中身の入ったフィルムケース数個、6枚分ほどに切り取られたネガ数枚が入っていた。そして椛江の説明の最中にケンイチはその段ボールの中からあるものを、椛江には見えないように取り出した。
ケ「コイツだ……」
その様子に、部屋の外の部員たちも不思議がっている。
隆「コイツだ、って…何がソイツなんだよ?」
孝「そんなの、社長さんも言ってた通りただのゴミだろ?」
そんな隆平や孝彦に、ケンイチは廊下の方を向いてソレを見せる。
ケ「凶器が見つかっていない……フン、バカな話だ。こんなにも大胆に隠してあるのに誰も気付かないなんてな。」
修「で、でもそれでどうやって首を……」
不思議がる修丸だったが、ケンイチはソレをある状態にする。その行動も椛江には見えていないが、何をしているのかは気になっている様子である。
海「あ!」
ケ「物は使いよう……ったく、それにしてもこコイツはひでー使い方だ。」
皮肉を込めてそう言うケンイチに、陽が心配そうに訊く。
陽「ねえ、凶器がわかったってことは、犯人もわかったの……?」
その言葉に、ケンイチはどこか悔しそうな、はたまた悲しそうな顔になる。
ケ「いや……これなら写真の知識のある人間なら誰でも犯行は可能……」
そう言って、ケンイチは凶器を見つけた時の状態に戻してブレザーの内ポケットに入れる。
ケ「ったく、一番犯人近づけると思った凶器がこれじゃあ、わざわざ現場を見に来た意味はなかったみたいだ……」
苦々しくそう言って、ケンイチを気遣ってか生まれた沈黙の中、ふと龍路が思い出したかのように言う。
路「あ、あのさケンイチ……」
ケ「なんだ?」
路「さっき警察に行った時に聞いたんだけど、朧崎さん、右手にモノクロの風景写真を握ってたんだと。…昨日はどっちの手もがっちり握っててそんなこと気付かなかったんだけどさ……こんなの、知ったところでどうにもならないかもしれねーけど、部室で伝えんの忘れてたからさ……」
そう言う龍路を、ケンイチはいつものつまらなさそうな表情で見ている。
隆「確かに、苦しくて適当に何か掴もうとしたら写真だった、ってだけかもしれないよなぁ……」
修「でも、モノクロ写真って白黒の写真の事ですよね?そんな写真、今でもあるんですねぇ…」
感心するような修丸に、廊下の近くにいた龍路が言う。
路「いや、昔こそカラーの技術がなかったからモノクロが主流だったけど、今でもフィルターを使ったらモノクロ写真も撮れるんだぜ?」
海「フィルターってあれだよね?綺麗な色のヤツ!」
路「ああ、黄色とオレンジ、あと赤の3色が主流っちゃ主流だな。俺もオレンジのYA3なら持ってるよ。」
ケ「……!」
龍路の話を聞いていたケンイチが、ふと何かに気付いたように椛江の方を見る。
ケ「おい、このスタジオにもそのフィルターはあるのか?」
椛「え?ええ、あまりいないけどモノクロ写真を撮りたいってお客さんもいるし……まあ、うちは黄色のY2しか使わないんだけどね……」
その言葉に、ケンイチは何かを真剣に考えていた。
陽「何かわかったの、ケンイチくん……?」
心配するようにそう言う陽に、ケンイチはその顔を見る。
ケ「朧崎が握っていたというモノクロ写真、おそらくそれはダイイングメッセージだ……」
修「え、ダイイングメッセージって被害者が示す犯人の手掛かりのことですか?」
修丸の話に、ケンイチはうなずく。
ケ「dying・message…死にゆく言伝……証拠としての能力は低いが、オレから言わせてみれば唯一の目撃者の証言だ、これほど犯人特定に役立つ物はないと思っている。」
路「じゃあ、犯人がわかったのか?!」
その言葉に、ケンイチは苦い顔をする。
ケ「朧崎の言いたかったことは、な……だが、さっきも言ったが、これだけでは直接的な証拠には……―!」
話ながら、ケンイチはあることを思い出した。
―路「「電気付いたばっかだったから気のせいかもしれないけど、やけに現像室の音がうるさかった」って―」―
ケ「そうか……」
驚きつつも納得しながら、ケンイチは急に龍路の方を向く。
ケ「おい佐武、ここに来るまでのあの話、あれに間違いはないんだろうな?!」
路「えっと……お前がおかしいっつってたあのことか?」
ケ「ああ!あの話、お前が覚えている限りの容疑者たちの反応に間違いはないんだろうな?!」
路「あ、ああ……なんか抜けてるかもしれないけど、間違いはないと思うぞ……?」
その言葉を聞いて、ケンイチは何も答えずに部屋の外に出て、階段へ向かう。
陽「どこ行くのケンイチくん!」
心配そうにそう言う陽に、ケンイチは立ち止まりこそしても振り返ることはなく言う。
ケ「朧崎が伝えたかった人物を示してやるんだよ。……他ならぬ、犯人その人にな。」
その言葉に驚く部員や椛江を放っておいて、ケンイチは再び階段へと歩き出す。そんな背中を、みなただただ見ているしかできなかった。
⑮
ケ「おい……」
スタッフルームに戻るなり、ケンイチは容疑者全員に声をかける。相変わらず高須賀は椛江の机で事務の仕事をしていて、登坂と東屋はソファに座って朧崎が龍路に返そうとしていた写真を探していた。そしてメディア部も椛江もケンイチに続いて1階に上がっている。
東「な、なんだよ……」
ケ「朧崎を絞殺するのに使われた凶器が見つかったぜ。」
東「ほ、ホントか?!」
勢いで東屋はソファを立ち上がった。
ケ「ああ。」
そう言って、ケンイチは内ポケットから先ほど見つけた凶器を取り出した。
高「凶器って……それって、フィルムケースだよね?」
高須賀がそう言うと、ケンイチはフィルムケースから未使用と思われるネガフィルムを取り出す。
ケ「そうだ。だが、実際に使われたのはこっちだがな。」
登「ネガフィルムが、凶器……?」
椛「それで、どうやって瑠璃ちゃんの首を絞めたって言うの?さっきなんかやってたみたいだけど……」
ケ「……お前たち、カメラに携わる人間ならわかるだろうが、写真の現像というのはこのままできるものではないだろう?」
東「あ、ああ…そこからネガ引っ張って……―!」
そこまで言って、東屋はケンイチが言いたいことに気付いたようである。
ケ「そう、コイツは引っ張ればこのネガフィルム本体が出てくる。これや、他にもコイツと一緒に捨てられていたフィルムはすべて35ミリの36枚撮りだった。長さにして横幅36ミリに余白の2ミリを足してそれを枚数の36で掛け、さらにフィルム全体の前後の余白、およそ150ミリを足す…つまりすべてのフィルムを出し終えた長さはおよそ150センチになる。女の首に巻きつけて絞めるには十分すぎる長さだ。しかもコイツは引っ張り出したところでネガフィルムとしての機能こそ果たさなくなるが、巻き込んで元に戻すことだって可能だ。…これを使用済みやら失敗したフィルムと共にゴミの中に入れておけば、凶器だと気づかれず、しかもいずれ誰かがゴミとして捨ててくれるという算段だろう。」
その説明に、やはりメディア部員たちは龍路を除いてついていけてない様子である。
隆「またアイツ、わかりづれーことをペラペラと……」
修「あの、龍路くんわかりますか?」
そう言われ、龍路は手で写真や余白、写真間の隙間などを表しながらと答える。
路「ああ。…まあ、ほとんどケンイチの話と同じなんだけど、あのネガフィルム…「35ミリの36枚撮り」ってのは、1枚の写真の横幅が36ミリあってな、隣の写真との間が2ミリある。だから、38ミリの写真が隙間なく並んでるようなもんなんだ。で、それが36枚あるから38ミリかける36枚。んで、フィルムの端っこの写真がない部分が、ケンイチの言う余白ってヤツだから、さっきの、38ミリかける36枚に、余白の長さを足したのが、アイツが言ってた150センチなんだろうな。…しっかしやっぱすげーなケンイチは。俺、そんな掛け算なんて暗算じゃあできないし、フィルムの長さなんて、普通は知らない人の方が多いってのに……」
海「でも兄ちゃんもすごいよ!説明すごくわかりやすいもん!」
場違いにも喜ぶ龍海を見て、孝彦が呆れている。
孝「龍路がわかりやすいというよりは、ケンイチの説明がいつもわかりづらいだけなんだけどな……」
しかしそんな話は気にせず、容疑者たちはケンイチの話に聞き入っている。
椛「でも、言われてみれば警察の人もあの部屋はよく調べていたみたいだけど、ゴミ入れの中のフィルムなんて気にも留めてなかったみたい……」
高「それに、フィルムは写真を焼き付けるための物って思い込んでたから、まさかそんな使い方ができるなんて思わないよ……形だっていつもは筒状のイメージしかないし……」
感心するように、またどこか驚くようにそう言う2人。
ケ「逆に言えば、ネガフィルムのこの特徴をよく知っている人物…つまりカメラや写真に関わる仕事に携わっている人間なら思いつく使い道でもあるだろうがな。」
皮肉を込めるようなその言葉に、東屋や龍路、スタジオの3人はどこか複雑そうな顔をする。
登「確かにネガフィルムが凶器になるってのはわかったけど…じゃあ犯人は誰なの?…あの状況じゃ、警察の人はあの時スタジオにいた私たちを疑ってるみたいだけど……」
ケ「警察だけじゃないさ。実際オレも、朧崎が現像室にこもった後にここから地下に降りたというお前たち5人を疑っていた。」
その言葉に、メディア部員たちはどこかいかがわしい顔になる。
海「5人って…!ケンイチさん、兄ちゃんには犯行は無理だって言ってたじゃないですか!」
孝「そうだ。それに東屋もそうなんだろ?」
そんな2人に、ケンイチは少し鬱陶しそうに言う。
ケ「……オレは、佐武と東屋には犯行は難しい、としか言ってない。」
その言葉に、部員たちは嫌悪を見せたり戸惑ったりしている。中でも陽はどこか悲しげな顔だった。
ケ「身内庇いなんぞ、神に対し実に不公平だと思わないか?……いや、不公平なのは他でもない神の方だったな……」
そのケンイチの言葉に、皆不思議がる。
晶「か、神……?お前、そんなもの信じる性質だったか?」
ケ「……フン。話が逸れたな。」
そう言ってメディア部から容疑者たちへと目線を移すケンイチ。
修「こっちが話、逸らされちゃいましたね……」
隆「マジでなんなんだよ、アイツ……」
そんな声も気にせず、ケンイチは話し出す。
ケ「話を戻そう。オレは佐武から昨日の出来事を聞いて、犯人はお前たち5人の中の誰かだとは確信した。だが、その中でも佐武と東屋が地下にいた時間を考えれば、この2人は容疑者から外すことができた。」
椛「どうして…?」
ケ「殺害方法は絞殺…絞殺に要する時間は少なく見積もっても7,8分はかかるんだ。…なら、地下に5分もいなかったというコイツらに犯行は無理なんだよ。」
そう言って、ケンイチは龍路と東屋を親指で指した。
高「…それって、朧崎さんが現像室に入った後に10分以上地下にいた僕たち3人の誰かが犯人だって言いたいの?」
不安そうにそう訊く高須賀に、ケンイチはどこか冷たげな視線を送り、少しの沈黙の後に高須賀から目を逸らした。
ケ「ここに来るまで、いや…ここである話を聞くまではオレもお前たち3人の中の誰が犯人か、特定はできていなかった。」
登「いなかった、って……じゃあまさか、今は犯人がわかってるの?」
ケ「……ついさっき、死んだ朧崎が教えてくれたよ。」
東「はあ?!瑠璃が教えてくれた…だと?お前ふざけんな―」
取り乱しかけている東屋に、龍路が落ち着けるように言う。
路「ダイイングメッセージだよ。ほら、朧崎さんがモノクロ写真を握ってたって警察の人が言ってたろ?…ケンイチはそれが朧崎さんのダイイングメッセージだって言うんだ。」
高「ダイイングメッセージって、被害者が最後の力で犯人を示すってアレ?」
ケ「ああ。まさにカメラマンらしいダイイングメッセージだったぜ。」
そう言うケンイチに、陽が不思議そうに訊く。
陽「カメラマンらしい…?」
そんな陽に、ケンイチは振り向いてうなずく。
ケ「まあ、カメラマンだからこそ、あんな事が死ぬ間際に頭に浮かんだのかもしれないがな。」
椛「ねえ、誰なの?!瑠璃ちゃんが伝えようとした…あの子を殺した犯人は誰なのよ!」
落ち着くを失くしてそう言う椛江に、ケンイチは無視をするように静かに目を閉じてうつむき、そしてゆっくり開けながら言う。
ケ「お前たち…この事件の容疑者であるお前たち5人と被害者の朧崎には偶然だろうが、佐武を除いてみな共通点があることに気付いているか?」
登「佐武くん以外の、私たちの共通点……?」
東「カメラに詳しいってことか?…いや、でもそしたら佐武だってカメラ詳しいし、逆に高須賀さんは、仕事が事務だから俺たちみたいなカメラの知識はないし……」
ケ「ところで東屋……センスケとは、茜の字を使うらしいな?」
東「は?いきなりなんだよ?」
少し驚く東屋だったが、何も言わずに自分を見ているケンイチに威圧感を感じたのか、少し渋々と答え始める。
東「ああ、そうだよ。俺の母さんが茜って名前でさ、父さんが篠介。そんで2人の字をもらって俺の名前は茜介なんだとよ。」
その話を聞いて、ケンイチはどこか満足したような顔をする。
ケ「茜色……夕日の比喩にも用いられる沈んだ赤い色の名前だ。そして被害者の朧崎の名は瑠璃。瑠璃とは青い輝きを持つ宝石、ラピスラズリの和名…転じて瑠璃色とは深みのある青色の事を指す。」
そこまで聞いて、修丸が気付いたように言う。
修「もしかして…共通点って、みんな名前に色がある…とか?」
少し自信のなさげな修丸を、ケンイチは不敵な笑みで一瞥した。
ケ「ああ、そうだ。今回の事件の容疑者と被害者は、佐武を除いてみな名前に色を持っているんだ。」
晶「で、でも他の3人の名前に色なんて……」
不思議がる晶を見て、ケンイチはまず高須賀を見る。
ケ「高須賀志穏…シオンというのは藤色に渋みを足したような紫色だ。漢字は紫に苑と書く。」
高「僕の名前が、色の名前……?」
ケ「漢字まで合っているかは知らないがな。それから、お前だ。」
次にケンイチが見たのは登坂である。
ケ「登坂翼…おそらくは羽の下に異なると書く漢字だろうが、ツバサと読む漢字には、翡翠の翠……つまり緑を意味する漢字もある。」
登「翡翠のスイでツバサ……」
そして、ケンイチは椛江を見る。
ケ「あとはお前だが、お前は少し例外だな。」
椛「ど、どういうこと?」
ケ「椛江夏代…お前の場合は名前じゃない。苗字の方に色がある。」
孝「苗字って、カバエなんて色は聞いたことないぞ……」
考え込む孝彦だったが、ケンイチは静かに言う。
ケ「樺とは、山桜を指す言葉だ。転じてその樹皮に見られる赤みを帯びた茶色の事を樺色という。……さしずめお前たちを示す色は…」
そう言ってケンイチは東屋、高須賀、登坂、椛江の順に指を指していく。
ケ「赤、紫、緑、茶という事になる。そして被害者は瑠璃色、つまり青だ。」
東「おい、そんなことと瑠璃のダイイングメッセージと何の関係があるんだよ!」
高「そうだよ……第一、朧崎さんはモノクロの写真を握っていたって警察の人は言ってたんだよ?今の話じゃ、この中には白の人も黒の人もいないじゃないか!」
ケ「フン、そんなわかりやすいダイイングメッセージだったら警察も苦労しないさ。」
海「じゃあ、もしかして灰色とか、ねずみ色のことですか?」
陽「え、なんで?」
思いついたように言う龍海に、陽が不思議そうに訊く。
海「だって、白と黒を混ぜたら灰色になるでしょ?……あ、でもどっちにしてもそんな色の人いませんでしたね……」
少しバツ悪そうな龍海に、ケンイチがどこか不敵な口調で言う。
ケ「いや、いいところはついている。」
海「え?いいところって、どこが……?」
ケ「白と黒を混ぜたら灰色になる……つまり色を混ぜるんだよ。」
路「色を、混ぜる……?」
登「どういうこと?」
ケ「その通りの意味さ。ここで問題になるのは何と何を混ぜるか、だ。…1つは被害者の色である青。そしてもう1つは、朧崎が握っていたというモノクロ写真が示す、白や黒以外の色……」
そう言って、ケンイチは龍路の方を向く。
ケ「モノクロ写真を撮るためには、フィルターが必要なんだよな?」
路「え?ああ、Y2とかYA3とかの色つきフィルターが……―!」
そこまで言って、龍路はハッと何かに気付いたように椛江の方を見る。
路「椛江さん、あの…このスタジオって確かY2しかモノクロ写真用のフィルターはないんですよね?」
椛「え、ええ……」
そう言う椛江を見て、ケンイチは言う。
ケ「Y2のフィルターの色は黄……つまり朧崎が混ぜたかった…示したかった色とは青と黄の融合色だ。」
陽「青と黄色の…?……あ!」
陽が気付くと同時に、ケンイチを除くその場のすべての視線がある人物に向いた。
ケ「そう、青と黄からなる色は緑……被害者の朧崎瑠璃が死ぬ間際に示したかった犯人は……」
そこまで言って、ケンイチもある人物を見た。
ケ「登坂翼……緑の名を持つお前だったんだよ。」
その言葉に、登坂は驚きを隠せない。
登「わ、私が朧崎さんを殺したですって……?」
ケ「ああ。…朧崎が現像室にこもった後、お前は最初に地下に降りた時点ですでに朧崎をその手にかけた…違うか?」
椛「じゃあ、私が翼ちゃんを呼びに地下に降りた時には、もう……?」
登「バ、バカ言わないでよ……私は、あの時は資料室に仕事に行っただけで……」
動揺しながら立ち上がる登坂。その横で、東屋が信じがたいと言いたげな、しかしどこか心のうちでは確信を持つような震える声で言う。
東「でも……確かに瑠璃は色のことにすごく詳しかったし、意外な漢字でも色の名前だったりするって教えてくれたことがあった……」
高「ま、待ってよ!確かに青と黄色を混ぜれば緑になるし、うちのスタジオにはそのY2ってフィルターしかモノクロ写真ようのフィルターはないかもしれないけど……だけど!だからって翼が犯人なわけないじゃないか!翡翠のスイがツバサと読めるからって……そんなの無理矢理すぎるよ!」
高須賀も思わず立ち上がる。
登「そうよ!…ダイイングメッセージだかなんだか知らないけど、それってあくまでのあなたの推測でしょ?朧崎さんの口から直接聞いたわけじゃあるまいし……」
ケンイチに反論する高須賀や登坂を見て、ケンイチはつまらなさそうな、そして面倒くさそうなため息をつく。
ケ「ったく、予想はしてたがそうギャンギャン喚くんじゃねえよ、めんどくせぇ……」
そして、一転して鋭い目で登坂を見据える。
ケ「なら、ダイイングメッセージ以外の証拠を突きつけりゃ納得するってのか?」
登「そ…そんなものあるわけ……」
少し怖気づくような登坂に、反してケンイチは不敵な笑みを浮かべる。
ケ「もちろん、あるぜ……」
登「!」
椛「なんなの、その証拠って……」
その言葉に、ケンイチは静かに椛江を見る。
ケ「さっき、現像室で話した時にお前は言っていたな?「地下に降りた時は現像中のランプがついてたし、現像機とかの音がしていた」から、まだ朧崎は生きていると思ったと。」
椛「え、ええ……」
椛江の答えを聞き、ケンイチは今度は高須賀を見る。
ケ「お前も、それらの要因で地下に降りた時に朧崎の生死を気にしなかったんじゃないのか?」
高「う、うん……僕が地下に降りた時も、ランプもついてたし機械の音もしてたから……」
ケ「そうだろうな。……お前たち2人に訊きたいんだが、その音というのはいつもより大きくなかったか?」
高「え……?」
不思議がる高須賀と、思い出そうと考え込む椛江。そんな2人を一瞥した後にケンイチは今度は東屋を見る。
ケ「佐武から聞いたんだが、お前も現像室の音には違和感を感じたらしいな。」
東「あ、ああ……ブレーカーあげてすぐだったから、いつもよりも音が大きいのかなぁって思ったけど……」
そう話す東屋だったが、ふと椛江が不思議がるようにいぶかしげに言う。
椛「いえ…別に起動時だけ音が大きいとか、そういう事はないし……確かに言われてみればいつもより大きな音だった気がするわ……」
登「それがなんなのよ……?機械の音と私が犯人だって、何の関係が―」
ケ「まあ、慌てるな。オレが言いたいのは、犯人は朧崎が生きていると印象つけたいがために、確実に現像室の外にも音が聞こえるようにといつも以上に機械を動かしていた、つまりこの建物はいつも以上に電気を食っていたという事だ。」
まるでイライラを募らせるような登坂を、ケンイチは冷静な口調でその言葉を遮る。
晶「電気を食っていた……?」
ケ「ああ。まずはこれが証拠の1つ。」
高「それが証拠だって…?」
ケ「登坂の次に地下に降りたのは椛江だが、その時点ですでにいつも以上の機械音を耳にしている。…つまりはこの時点で朧崎は殺されていたということになる。そしてこの時点で朧崎が生きているように見せかけることで得があるのは、椛江より先に地下に降りている登坂だけという事になる。」
東「そっか、もしこの時に社長が異変に気付いたら、疑われるのは登坂さんだけになるもんな。」
ケ「ああ。そして佐武と東屋以外の全員が一度、10分以上地下に降りた後の出来事だが、なんでも停電騒ぎが起きたそうじゃねーか。」
そう言ってケンイチが見たのは高須賀である。
高「う、うん……」
ケ「その時、お前は台所に行ってたそうだが、何をしたら電気が落ちた?」
高「IHの電源を入れた時だけど……」
ケ「お前がIHヒーターを使おうとしたこと、それは他の人間は知っていたのか?」
高「う~ん……佐武くんと茜介くんにはお茶入れるからって言ってたし、あの時おっきな声で粉末のミルクティ開けていいか社長に聞いたからなぁ…それ以前に、仕事が終わったら誰かがお茶入れるのって毎日の流れだから、僕がお湯を沸かそうとしてたのはみんな知ってたと思うよ?」
その話を聞いてケンイチはどこか不敵に笑みを浮かべ、それから東屋を見る。
ケ「お前にも聞きたいことがある。…お前はどうしてブレーカーを上げに地下に降りた?」
東「え…?えっと……―!」
東屋は思い出した。
東「登坂さんがブレーカーが落ちたんだって言ったからだよ!俺たちが「停電だ!」って騒いでたら、「ブレーカーが落ちただけだ」って!」
その言葉に、登坂もムキになる。
登「ちょ、ちょっと東屋くん!……それは確かに言ったけど、だって普通そう思うじゃない!電気が消えたらブレーカーが落ちたんだって!ねえ、そうだよね?!」
必死にそう言う登坂が見た相手は高須賀だったが、高須賀は顔色が悪くなっていた。
登「志穏…?」
高「僕は…あれは停電かと思った……」
登「!」
高須賀の言葉に、登坂は思わず驚く。
高「だっていつもIH使ってブレーカーが落ちたことなんてなかったし、他の建物の電気なんて、窓のないスタッフルームからじゃ見えないから……」
そう話す高須賀を見ていたケンイチは、その視線を登坂に移す。
ケ「わかるか?…電灯が消えたことに対し、他の建物の状況がわからないこの部屋の中にいて、停電を疑わずにすぐにブレーカーが落ちたのだと判断できたのは、いつも以上に建物全体が電気を食っていることを知っていた…いつも以上に現像室の機械を稼働させていた張本人だけなんだよ。」
ケンイチの言葉に、登坂は反論しなかった。
ケ「……東屋が言っていたという機械音の異常や、ここに来るまでに佐武から聞いた、停電騒ぎの時にお前がしたという発言の違和感。そこにあのダイイングメッセージだ。…そしてお前はさきほど、「ブレーカーが落ちた」と発言したことを認めた。……これ以上、他にも証拠がほしいか?」
そう言われ、登坂はその場に膝をついた。
高「翼……」
登「そんなこと……ブレーカーの事なんて気付かなかった……」
うつむいてそう言う登坂を、ケンイチを除く一同は皆心配そうに見ている。その中でも、東屋は自白とも取れるその発言を聞いて歯を思いっきり噛みしめた。
東「なんで…なんでだよ登坂さん!なんで瑠璃を殺したんだよ!!」
その声に、登坂は顔を上げ、そして静かに立ち上がる。
登「あの人が…私から何もかも持って行こうとするからよ……」
その言葉に、なぜか高須賀が顔色を悪くするが、それに気付いたのはケンイチだけだった。そのケンイチも気づいていて気付かないふりをしている。
椛「何もかもって…?」
登「私、朧崎さんのせいで成功できなかった……カメラや写真が好きな気持ちは負けてないはずなのに、同じ時期にここに入って、気付けば朧崎さんだけカメラマンに昇格、私はいつまでもアシスタントのまま……それでいていっつも、「なかなかカメラマンの仕事もらえないね」なんて憐れんできて……」
東「はあ?!そりゃ瑠璃の腕の方が上だってだけだろうが!それにあいつはあいつなりにあんたの事心配して……!そんなくだらねー逆恨みで殺したとかぬかしたら―」
登「それだけじゃないわよ!!」
東屋の言葉を遮る登坂に、東屋は思わずひるんでしまう。
登「確かにそれは私の腕があの人に追いつかないのが悪いのかもしれない。それに、私だってまさかあの時は朧崎さんを殺そうだなんて夢にも思ってなかったわ……」
路「じゃあ、なんで……」
龍路の言葉にしばらく黙った後、登坂は東屋の方を向く。
登「東屋くんさ、ムキになって否定してばっかだけど、ホントは朧崎さんの事が好きだったんでしょ?」
その問いに、東屋は怒りと恥ずかしさとで顔を真っ赤にする。
東「だ…だったらなんだよ!あんた、その事わかってて瑠璃を―」
登「でも残念だったね……たとえ私があの人殺してなくったって、あなたじゃダメだったみたいよ?」
東屋の言葉を遮って、やや自暴気味に笑みを浮かべてそう言う登坂。
東「俺じゃ、ダメだった……?」
それから登坂は事件当日の事を思い出すように語りだす。
★メニュー★
⑯(6)
―登(M)「あの時ね、あの人、写真の現像に行くとか言って、実際にいたのは私が仕事をしに行った資料室だったのよ……現像室のランプがついてなかったから、変だとは思ったんだけどね……」
地下の資料室に向かって歩いていく登坂は、現像室のランプがついていないこと、資料室のドアが開いていることに少し驚いて資料室の中を覗いた。
朧「茜介たち相手だから文句言わないけどさ、仕事の相手とかだったらお茶出しもうちょっと早くしなきゃダメだよ。」
登「朧崎さん!……朧崎さんこそ写真の現像しなくていいんですか?」
嫌悪感を口調ににじませてそう言う登坂に、その嫌悪感に気付かずに朧崎は軽く言う。
朧「大丈夫だよ、1時間で終わらせるって言ってるから。実際30分あれば終わるし、あんたと話したらすぐ現像するし。」
登「そんないい加減でいいんですか?」
朧「いい加減とは言ってくれるなぁ…あたしは責任持てる事しか言ってないし、責任持てないことはやらない主義だから。」
そう言う朧崎に、登坂はなお嫌悪するような顔をする。
登「それで、話ってなんですか……?」
朧「ああ、そうそう。…とりあえずさ、ドア閉めよ?他の人にゃ聞かれたくない話なんだ。」
軽めにそう言われ、登坂は渋々ドアを閉める。それを見て、朧崎は急に真面目な顔になる。
朧「あのさ、あんた高須賀くんと結婚すんのやめなよ。」
登「え……?今更、なんですか……?」
朧「そりゃあたしだって言いづらくて、式の一週間前になるまで切り出せなかったんだけどさ……でも、考えてもみなよ。職場で結婚とかしたらさ、あとあとやりづらくなるんじゃね?」
登「そんなの、私と志穏の勝手じゃないですか!」
それを聞いた朧崎は、どこか悲しげな表情を見せたがすぐにその表情を隠すように挑発するように言う。
朧「あんたらだけじゃないって。こんな人数少ない職場に恋愛とか持ち込まれるとこっちも気ぃ散るんだよ。…だからさ、職場結婚とかやめろよな。」
その時、登坂はフッと何かを思い出す。
登「もしかして朧崎さん…私から志穏のこと奪うつもりですか?」
朧「は?」
登「私知ってるんですから!最近、やたら2人で残業とか言ってスタジオに残ってなんかしてること!……それに、この前の休みの日に、町で朧崎さんと志穏が2人で歩いてるのだって……!」
その言葉に、朧崎は複雑そうな顔をする。
朧「へえ、見てたんだ……でもさ、さっきあんたも言ってたけど、それこそあたしの勝手じゃね?……ま、向こうはまだあたしに対してその気じゃないみたいだけど、あたしはあんたと高須賀くん引き離すならなんだってやる。それこそ、彼にとってまずいことだってうまく聞き出して弱み握ってる。その気になればいつだって、あたしは彼を手に入れられるんだからな……ま、とにかくあんたに高須賀くんは渡さないってことだけ言っときたかったんだ。話はこれで終わりだから。」
そう言ってドアに向かって歩き出す朧崎。朧崎の方が登坂よりもドアに近くなった時、登坂は朧崎の話の途中でポケットに入れた手を、中にあったネガフィルムのロールを握ってポケットから出しながら、朧崎の方を向く。
登「そうやって……あなたはなんでも私から奪っていくんですね……」
朧「なんでも?…なんでもってどういう意味だよ?」
いぶかしげに登坂の方を振り向く朧崎。
登「だってそうじゃないですか。あなたがいなかったら私はここで今頃、カメラマンとして働いていたはず……」
朧「そんなの、あんたのカメラの腕の問題だろ?社長が自分の好みで、誰かを贔屓するような人間じゃないことくらい、わかってるくせに何を……」
登「そうですね……でも、志穏はどうなんですか?自分よりカメラの腕が劣る人間からは、大事な人まで奪ってもいいって言うんですか?」
その言葉に、朧崎はまたどこか悲しそうな顔をしてから、それを悟られまいとまたドアの方を向く。
朧「カメラマンの仕事はあんたの腕次第だけど、高須賀くんは……彼の事はきっぱり諦めな。あんたは彼と絶対に結ばれない運命なんだから。」
その一言で、登坂は握っていたフィルムを引き延ばし、歯を食いしばった。
登「志穏は……父親に捨てられた私のことを初めてわかってくれた大事な人なのに……そんな、諦めるとかできるわけないじゃないですか……」
つぶやくようにそう言う登坂に、朧崎は眉をひそめる。
朧「……あんたね、あたしの話聞いてた?……―!」
そう言って振り向いた朧崎の首に、茶色い帯状のものが巻きついた。
登「やっと手に入れた幸せを、諦められるわけないじゃない!!」
朧「く……―!」
それからしばらく登坂は朧崎の首を絞める手を休めなかった。朧崎は必死に首に巻きついたものを取ろうとしたが、その中でふと目に入った写真の束に手を伸ばし、その中の1枚を握りしめた瞬間に登坂もさらに力を込め、ついにはフィルムを掴んだ手と写真を掴んだ手の両方が、糸の切れた操り人形のように力なく落ちた。……しかし登坂はそれでも朧崎の首を絞める手を休めなかった。―
⑰
登「さすがにこのままじゃすぐバレると思って、人が来ないうちに朧崎さんを現像室に運んで、彼が言ったように廊下でも音が聞こえるくらい機械を動かしたの。それであとは何もなかったように資料室で仕事を続けた……」
そう言う登坂に、東屋はもはや言葉を失っている。
登「わかった?あの女は私の大事な人を平気で、それも無理矢理奪うような女なのよ?……たとえ東屋くんが想いを伝えたところで、傷ついたのは君の方だったんじゃない?」
そんな中、高須賀が思い切ったように口を開いた。
高「翼……君はバカだよ……」
その言葉に、登坂は噛みつくように高須賀を見る。
登「な……何よ!私は悪くないわ!……私、あなたと家族になれるの、楽しみにしてたのに!!……父親に捨てられた私の苦しみ、わかってくれてすごく嬉しかったのに…なのにあの女―」
高「違うんだ!!」
高須賀はいつもの彼からは想像できない、厳しい声で登坂の声を遮った。
高「朧崎さんは……朧崎さんは僕の相談を聞いてくれてたんだ……そのうえで、彼女はあえて僕と君のために……君に恨まれるのを覚悟してそんなことを言ったんだ……」
登「え……?」
椛「どういうこと……?」
静まり返るスタッフルーム。その中で高須賀は静かにメディア部の方を見る。
高「君たちにしたら初耳だろうけど、ここの人はみんな知ってる話……僕はね、幼稚園に入る前に両親が離婚して、ずっとお母さんと2人で暮らしてきたお母さんっ子なんだ。……いるんじゃないかな?僕が男のくせに女々しいなって思った人。」
最後の方は少し自嘲気味な高須賀。
海「え、そんなことないですけど……」
あっさりとそう言う龍海や、賛同している雰囲気の部員たちに、高須賀は優しく笑い、しかしすぐに真面目な顔になる。
高「ありがとう。……それでね、さっき翼もなんとなく言ってたけど、お父さんがいなかったってのは彼女も同じなんだ。翼の場合は中学生の時だって言ってたけど、彼女も両親の離婚で父親がいない生活を強いられて…それでも必死にお母さんと助け合って大人になって……だからこの職場で出会ってから、僕らはお互いに似た境遇を理解し合い、そして惹かれあった。」
そのいきさつを知っている椛江や東屋は、どこか寂しそうである。
高「だけど、結婚を決めてから……そう、決めた後に僕、見ちゃったんだ。」
隆「見たって、何をだよ……」
高「翼の左肩……服の上からじゃ今まで気付かなかったけど、この前、翼が間違って肩のあたりに現像液をこぼしちゃって上着を脱いだ時に……写真でしか記憶にない僕のお父さんの左肩とおんなじ……それも偶然ではありえないくらい特徴的な、羽根みたいな形のアザが左腕にあったのを見ちゃったんだ……」
登「え……?このアザ、私の父さんの左肩にも……―!」
そこまで言って、登坂は話を理解したらしい。
ケ「親から子に遺伝する疾患の中には、体のどこにでも現れる可能性のあるアザもある……おそらくそのアザは父親からの遺伝子疾患だろう。」
冷淡に語ってはいても、ケンイチはどこかやりきれなさを顔に見せている。
高「まさかとは思ったけど…君のそのアザを見てから、そのまさかが当たっていないことを願って君に内緒でいろいろ調べて、それでわかった……まさかは当たってしまった……僕と君の実のお父さんは同一人物だったんだ……僕たちは、異母兄妹なんだよ……!」
孝「異母兄妹ってことは、登坂さんと高須賀さんは血が繋がってるってことか……?」
そう言う孝彦の言葉を受け、ケンイチが静かに口を開く。
ケ「知らなかったとはいえ、片親が同じである以上、お前たち2人には同じ血が流れていることになる。…朧崎の言った通り、お前たちは結ばれない定めだったんだ。」
登「うそ……!じゃあ、もしかして朧崎さん、その事を……」
泣き出しそうにそう言う登坂に、高須賀はひどく悲しげな顔でうなずき、口を開く。
高「……偶然、お父さんのことを調べているところを朧崎さんに見られてね、それで訳を話したら「そのままの事実を伝えたところで、君は僕を恨むんじゃないか」って…それを心配して、「自分が悪者になってやる」って……」
東「じゃあ……瑠璃はわざと、高須賀さんを奪うみたいな言い方をして、登坂さんに勘違いさせようと?」
驚く東屋に、高須賀はうなずく。
高「残業も休みの日に2人であってたのも、それは全部相談に乗ってもらっていただけなんだ……僕も、君を好きな気持ちと、君と異母兄妹だって事実が頭の中でグチャグチャになってどうしたらいいかわからなくなっちゃって……でも、まさか……まさかこんなことになるなんて……!こんなことなら……君にもちゃんと話しておくべきだった……!!」
そう言って目に涙をためた高須賀を見て、登坂も自分のしたことの重さを理解したのか、高須賀と同じく目に涙をためている。
登「そんな……そんなぁ!!」
そう言って顔を覆う登坂。
椛「翼ちゃ…―!」
心配した椛江だったが、その背中に手をかけようとしたその時、登坂は事務用の机に向かって走り出した。
高「翼!」
みなが驚いた時にはすでに、登坂はその手に事務用のカッターナイフを、刃を出した状態で握っていた。
東「な、何する気だよ!」
そう言って一歩踏む出そうとする東屋。
登「来ないで!!」
その一言に、東屋は立ち止まる。
登「勘違いで……自分の勝手な勘違いで朧崎さん殺しちゃって……私だってもう、どうしていいかわかんないよ!!」
そう叫んで、登坂はカッターを両手で握って自分の首に向ける。
晶「まさか…死ぬ気じゃないだろうな!!」
ハッと気付いてそう叫ぶ晶に、登坂はボロボロと涙を流す。
登「わかんない……わかんないよ……」
皆が慌て緊張し、下手に動けずに登坂を見ている中、ケンイチだけはただ冷淡にその様子を見ていた。
椛「わかんないって……翼ちゃん!とにかくそれを置きなさい!」
そう言われても、登坂は椛江の言うことを聞こうとしない。
登「私……何をしたいのかも、誰を恨めばいいのかも……生きてていいのかもわかんないよ!!」
高「バカなことはやめてよ翼!」
登「……ねえ志穏、バカな事って何?それって、勘違いで人を殺した事?」
高「そ、そうじゃなくて……」
何を言えばいいのかもわからなくなった高須賀を見て、椛江も東屋も、部員たちももはや何もできずに立ち尽くしてしまうのみだった。
登「やっぱ、生きてちゃダメなんだよ私……このまま生きてくなんて、朧崎さんに申し訳ないもん……生きる分だけいろんなものを失くしていくのに、もう耐えられないもん……!」
そう言ってカッターの刃を見つめる登坂。
陽「生きてちゃダメなんて、そんなことありません!」
咄嗟に登坂に向かってそう言った陽だったが、登坂はカッターの刃を見つめたままである。
陽「生きる分だけ何かを失くしても…生きる分だけ手に入れられる物だってきっとあります!!……朧崎さんを殺してしまったことだって、生きていれば絶対に償えます!!」
海「陽センパイ……」
隆「陽の言う通りだ!死んだって何にもなんねーだろーがよ!!」
隆平も陽に続いて必死に登坂を止めようとする。
登「やめてよ……」
陽「え……」
登「そんな…そんな無責任な事、簡単に言わないでよ!!」
そう言って登坂はカッターを持った両手を、勢いをつけるように振り下ろし、自分の首に向かって一気にカッターを振り上げようとした。それを見て、龍路や東屋、高須賀は咄嗟に登坂を止めようと一歩踏み出し、晶や隆平、孝彦は驚きを隠せずその場に立ち尽くし、龍海や修丸は思わず登坂から目をそむけ、椛江や陽は両手で顔を覆っている。
ケ「……」
ただ1人、登坂がカッターを手にしてからずっと何を言うでも止めようとするでもなく、じっと彼女を見据えていたケンイチだったが、みなが各々に登坂の行動に驚いた時…
ケ「…!」
登坂がカッターを振り下ろしてから時間にして1秒もあったのか、それともなかったのかの一瞬だったが…ケンイチは小さくも何かに驚いたような表情をし、そして登坂を止めようとした龍路たちよりも早く登坂のもとへと駆け出した。
登「え…?!」
登坂がそう声を出した時にはすでに、彼女の両手はその手首をしっかりと握られ、自分の意思では動かすことはできなかった。
晶「ケ、ケンイチ……!?」
登坂の両手を押さえている人物を見て、晶が驚きを隠せずにいる。
路「お前……」
しかし、晶よりもケンイチの傍に立っていて、そして同じ立ち位置にいる人物たちの中でも一番ケンイチをわかっている龍路は何かの違和感に気付いた。
賢「無責任なのは…あなたの方ですよ!!」
登「は…離して!………あ!」
わかりきったことを言われた子供のように抵抗する登坂だったが、ケンイチ……賢一はカッターが握られた右手をはたくように振り下ろし、その手からカッターが床に落ちたのを確認してから言われたままに手を放した。
孝「ケンイチ…じゃないのか?」
修「あのしゃべり方は、賢一くん……?」
驚く部員たちと、半ば何が起きたかわからないスタジオの関係者たち。その中でも、一番驚いているのはやはり登坂である。
登「何よ……私の何が無責任なのよ!!取り返しのつかないことしちゃって…もう死ぬしか責任取れないじゃない―」
賢「取り返しのつかないことをしたからって、死んで終わりにしようとするなんて、それじゃあなんの解決にもなりませんよ!」
登「!」
賢一の言葉に、登坂はハッと、自分にしようとしていた事の真意に気付く。
賢「それだけじゃない!…確かに血が繋がっていたら結婚はできないかもしれないけど、結ばれることはないのかもしれないけど……でも!だからって高須賀さんがあなたを想う気持ちが偽物になるわけないじゃないですか!!」
陽「ヨシくん……」
賢一の話に、陽も胸の内のどこかで、何かを感じて切なくなっている。
高「そうだよ…その子の言う通りだよ!」
椛「志穏くん…?」
高「確かに僕たちは血の繋がった兄妹だけど…でも!それでも翼は僕にとって大事な人なんだ!僕は、翼にいなくなってなんかほしくない!!」
登「志穏……」
そうつぶやいて、登坂はまた泣き出す。それを見て、高須賀はとっさに強く登坂を抱きしめた。
高「僕らの事を親身になって考えてくれた朧崎さんの為にも、君は罪を償わなきゃいけない……僕はいつだって君を支えるよ。償い終えるまでにいつまでかかったって、絶対待ってるから……だから、生きてよ翼……!」
登「あぁ……あぁ……!」
高須賀の言葉に、登坂はただその胸の中で泣き続けた。泣いて泣いて泣き続ける登坂を、その場の誰もがただ見守っていた……
⑱
陽「登坂さん、高須賀さんや亡くなった朧崎さんのためにも、早く罪を償えればいいね……」
事件が解決した日の夜、陽は賢一の部屋に来ていた。
賢「大丈夫だよ…登坂さんには高須賀さんがついてるんだからさ。」
安心するようにそう言う賢一に、陽はふと不思議そうに言う。
陽「それにしても、初めてよね……」
賢「何が?」
陽「ヨシくんの方からケンイチくんと替わったこと……あれって、ケンイチくんが引っ込んだんじゃないんでしょ?」
そう言われ、賢一は少し恥ずかしそうな顔をする。
賢「う、うん……まあ……」
そう答え、賢一はふぁるべでの事を思い出していた。
―カッターを手に取って今にも自殺をしそうな登坂を見ながら、表情1つ変えずにケンイチは思っていた。
ケ「(生きていていいのか、わからない……)」
そして、遂に登坂がカッターをのどに突き刺すため、勢いをつけようと振り下ろした時だった。
賢「(止めないと……!死なせちゃいけないよ!!)」
ケ「(…!)」
賢一の声はケンイチに届いていた。
ケ「(…なら、止めてみせるか?)」
賢「(え…?)」
ケ「(少なくとも、オレはお前を止めやしない。…あの女を止められるのは、他でもなくお前だけだ。)」
賢「(―!)」
その時、ケンイチは自ら賢一の内側へと引っ込んだ。そして、表に出た賢一は考えるよりも先に登坂へと駆け出していた。―
賢「ケンイチは、僕の気持ちを優先してくれたんだ……」
陽「気持ち…?」
賢「登坂さんの話を聞いていて、なんだかすごく胸が苦しくなって……それから登坂さんを絶対に死なせちゃいけないと思ったんだ……聞こえないだろうと思っても、「死なせちゃいけない!」って叫んだらさ、ケンイチはちゃんと聞いていてくれて、それで僕と替わってくれて……」
陽「ケンイチくんが……」
驚く陽に、賢一はふと不思議そうな顔をする。
賢「でも、なんだか不思議な事を言ってた気がする……」
陽「不思議な事って?」
賢「登坂さんを止められるのは、他でもなく僕だけだ、って……どういう意味だったんだろう?」
その話を聞いて、陽はふと思い当たる節があるかのように、そしてどこか嬉しそうに言う。
陽「ケンイチくんは誰よりもあなたを理解してるみたいだし…きっとヨシくんの優しさを信じるって意味じゃないかしら?」
そう言われ、賢一はふいに恥ずかしそうに顔を赤くする。
賢「優しさって…僕、そんな優しくなんか……」
陽「照れなくたっていいじゃない、ヨシくんは誰よりも優しんだから。」
その言葉に、賢一は複雑そうに、しかしどこか嬉しそうな顔をした。
賢「でも、優しいかどうかはわかんないけどさ……あんな状況ではあったけどケンイチとまた話せたのは嬉しかったな。」
陽「また…?」
そう言われ、賢一は一瞬「あ…」といったような顔をしたが、すぐにふっと切なげな顔をした。
賢「うん…実はね、何日か前に夢の中でケンイチに会ったんだ。」
陽「ケンイチくんに?」
賢一はまた、少し恥ずかしそうな顔をする。
賢「まあ、ただの夢だったって可能性もあるけど、でも……会ってみたいと思ってても起きていたら絶対に会えないから……なんだか、ケンイチから会いに来てくれたような気がしてすごく嬉しかったんだ。」
その話を聞いて、陽は少し考え込んだ後に少し聞きづらそうに口を開く。
陽「それで……ケンイチくんは何か言ってた?」
賢「えっと…―!」
思い出そうとして、賢一はハッとして言葉を呑んだ。なぜか賢一の脳裏を、夢で見た夜の公園の景色と、夢の終わりにケンイチが言った言葉がよぎって行ったからである。
―ケ「だが、オレはもう誰も不幸にしたくない……お前も、お前の大事な人間もな……」―
賢「(僕の、大事な……)」
ふと賢一は陽を見る。そして、悩んだように少しためらい、そして口を開く。
賢「……ゴメン、思い出せないや。」
その答えに、陽はどこかがっかりしたような、はたまた心配そうな顔をする。
陽「そう……」
それから、陽は笑顔を作る。
陽「そうよね、夢で見たこととかってすぐ忘れちゃうもんね。」
そう言って陽は座っていたベッドから立ち上がる。
陽「じゃあ、私そろそろ戻るね。……おやすみ、ヨシくん。」
賢「うん、おやすみ。」
陽は優しく笑って、就寝の挨拶をかわして部屋の外に出てドアを閉めた。そして、ドアを背にして立ち止まったその顔には、切ない色が見えていた。
陽「(きょうだい同士は結ばれない……か……)」
そう思って、まるでその思いを否定するように陽は少し疲れたような表情でも小さく笑う。
陽「(でも、私のヨシくんが好きって気持ちは、弟してだから……。弟として…ヨシくんを……)」
自問自答をして、陽は胸の前で小さく拳を握る。
陽「(まさか、ね……)」
その頃、陽が複雑な気持ちを抱えてることは知らずに、賢一もまた自分の胸に手を当てていた。
賢「(あの公園…あそこで、登坂さんに言ったことと同じことを誰かに言われた気がする……)」
―賢「……でも!だからって高須賀さんがあなたを想う気持ちが偽物になるわけないじゃないですか!!」―
登坂への言葉を思い出した時、重なるようにいつか聞いた声が聞こえてくる。
―?「でも……私たちがお互いを想うこの気持ちは、偽物じゃないよね……」―
賢「(―!また、あの声……。誰なんだろう。誰が、あの言葉を言ったんだろう……あの言葉は、一体誰に向けてだったんだろう……)」
そう思って窓の向こうの月を眺めた賢一の心の奥底で、賢一に聞こえないようにケンイチはつぶやいた。
ケ「(夜の公園、下弦の月、そぼ降る雨、アイツの言葉、……宗光への感情……追憶の破片が、集まってきやがったな……)」
⑲
翌日の放課後、いつものように活動を始めているメディア部。
晶「はぁ~……」
鳩「どうしたんだ響鬼?」
記事を書きながらいきなりため息をつく晶に、隆平に今度は古文を教えていた鳩谷が心配する。
隆「あ、わかった!受験勉強はかどってないんでしょ?…もー、引退時期自由だからってこんな時期まで部活に没頭するからぁ!」
したり顔でそう言う隆平に、晶は怒りこそしないが呆れを隠すことなくいう。
晶「バカ、ちげーよ。お前じゃあるまいし(呆)。ってか、部活は卒業間近まで続けるつもりだし……」
鳩「そ、そりゃお前の勝手だが……受験に失敗だけはするなよ?」
晶「そりゃもちろん……」
そう言って、晶はふっと切ない顔をする。
陽「でも、ホントどうしたんですか?センパイが元気ないなんて……」
晶「なんつーかさ、人間って難しい生き物だなぁって思っただけだよ。」
その言葉に、修丸が何をどう言ったらいいのかわからないと言った顔をする。
修「に、人間……またずいぶんスケールの大きな話ですね……(汗)」
孝「で、そりゃどういう意味ですか?」
晶「だってさ、この時代じゃほとんど、結婚すんのは子孫繁栄のためじゃなくて愛のためだろ?だけど血が繋がってたら愛があっても結婚できない。……今回の事件はホンットにかわいそうだったっつーかさ、自分はこんなだから恋だの愛だの、全然わかんないんだけどよ。」
「こんな」というのが男女だという事に、下手に何かツッコむわけにもいかず、部室は静まり返る。
鳩「そ、そう言えば……また神童が事件を解決したらしいな。」
場を繕おうとした鳩谷にそう言われ、賢一は慌てて言う。
賢「あ、いや…それは僕じゃなくて……」
海「ケンイチさんですもんねぇ。」
そう言う龍海も、なぜか晶のように浮かない声をしている。
路「龍海、お前もなんか元気ないな…?」
海「あ、わかっちゃった?」
路「そりゃあ、俺はお前の兄ちゃんだからな。」
当たり前、と言った顔でそう言う龍路を見て嬉しそうな顔をする龍海に、部員たちは呆れている。
陽「でも、晶センパイが浮かない顔してる理由はともかく、龍海くんはどうしたの?」
海「僕、兄弟愛と恋愛の区別がわかんなくなっちゃって……」
隆・孝「は?」
海「僕が兄ちゃんを好き!って気持ちは兄弟愛だって信じてたけど、これってもしかしたら同性愛なのかなぁ?…だとしたら、僕も結ばれない恋に悩む運命なのかなぁ……」
そう言ってため息をつく龍海。
孝「いや、同性愛はないだろ……」
隆「ってか、お前らならたとえ同性愛でも運命とか無視して無理矢理にでも結ばれるんじゃね……」
息ぴったりにそんな事を言う隆平と孝彦だったが、そんなことも気にせず、龍路はいつものように龍海の頭をなでる。
路「ハハハ!大丈夫だ、龍海。お前も誰か女の子を好きになったら兄弟愛と恋愛の区別もつくさ。…あー、俺もそろそろ彼女作んなきゃ恥ずかしい時期かなぁ……」
そう言って龍路は陽の方を向く。
路「なあ陽、俺なんかどーだ?中3の1年間、クラスメートだったついでにさ!」
陽「え?」
いきなりの告白(?)に驚くよりも困っている陽だったが、なぜか賢一と龍海が同時に心中ドキッとしていた。
陽「ちょっと、それ本気で言ってる?」
からかうようにそう言う陽に、龍路もからかうように言う。
路「そりゃあもちろん―」
海「ダメー!!」
その一言に、部室は静まり返る。
海「陽センパイには賢一センパイがいるんだから、兄ちゃんはダメですー!」
ムキになってそう言う龍海を見て、部員たちや鳩谷は思いっきり笑った。
路「ばっか、冗談だよ冗談!」
海「え、ホント?!」
修「龍海くんってば、ホントに純情ですねぇ。」
修丸の言葉に、龍海はカァッと赤くなる。
海「だ、だってぇ……」
それから、照れ隠しのように賢一の方を向く龍海。
海「よ、賢一センパイだって慌てちゃいましたよね?ね!」
賢「え?!…あ、うん、まあ……」
海「ほらぁ、僕だけじゃないもん!」
勝ち誇るようにそう言う龍海に、晶が先ほどのように呆れて言う。
晶「あのなぁ…賢一は気の利く男だからな、お前に合わせてやっただけだ。そうだろ賢一?」
賢「え、っと……いや、まあ……」
困る賢一。そんな賢一を見て、鳩谷が心配そうに言う。
鳩「おいおい、神童が困ってるじゃないか……神童もな、思ったことは素直に言っていいんだ。じゃないと、こうして板挟みになって困るのは自分なんだから。」
賢「は、はい……」
晶「で、どっちなんだ?!」海「で、どっちなんですか?!」
海「慌てたんですか?!」
晶「それとも慌てたふりだったのか?!」
賢「そ、それは……」
声を合わせてそう言う2人に、賢一は一瞬押されてしまったものの、深呼吸をして落ち着いてから、優しくも元気のある笑顔で答えた。
賢「想像に任せます!!」
晶・海「はあ~?!」
思いっきり呆れた顔をする2人や、今のやりとりを見て呆れたり苦笑したりする部員たちを見て、賢一はふっと何か切なげな色を見せた。
賢(M)「本当は……相手が相手だったからすぐ冗談だと分かったものの……ひなが誰かと付き合うって考えただけですごくドキってした。シスコンとか、そういう風にからかわれた時だっていつだって僕はひなへの気持ちを隠してきた。でも、僕はひなのことが女の子として好きなんだと思う。…だけど、この事はきっと誰にも伝えないで終わるとも思う。……僕の事を弟として大事に思ってくれているひなに、僕の感情を押し付けたくはないから……血が繋がってないからって、こんなことは登坂さんたちのような血が繋がっていて、それでも愛し合っている人に対して、失礼な気がするから……それに、ひなはきっと、姉弟としてずっと過ごしてきた僕ではなくて……」
そして、賢一はふと、部員たちと話している陽を見る。
晶「おい、お前の弟は随分生意気に育ったもんだな!」
陽「ごめんなさい、うちは放任主義なんです(汗)。」
孝「放任主義なら、そりゃ佐武兄弟にしてほしいもんだな。」
修「ハハ、確かに……」
路「何が確かに、だよ。俺も十分放任主義のつもりだぜ?」
鳩「悪いが、それはうなずけないよ佐武……」
海「ねえ、放任主義ってなんですかぁ?」
隆「あ、それ俺も思った(汗)。でも、んなこと言ったらまた堅物メガネにバカにされっしさ……」
孝「誰が堅物メガネだと?」
隆「うわ、この地獄耳が!」
孝「そりゃお前だろうが!!」
隆「んだと?!人が気にしてることを!」
孝「ほー、バカでも気にすることがあんのか。」
隆「テンメ―」
路「なあ、俺って放任主義だよな!」
陽「まあ、龍路くんがそう言うならそうなんじゃない?」
路「弟には伸び伸び育ってほしい!…上の子の想いったらこれが一番だよな?」
陽「そうね、それには同感。口うるさいお姉ちゃんだなんて思われたくないモノ……」
そう言った陽はふと賢一の方を見る。すると、陽と目があった賢一は恥ずかしそうに目を逸らす。
賢(M)「なによりも……自分でもわからないけど、何かが「ひなを好きになっちゃいけない」って訴えかけてくる気がするから……もしかして、僕にそう訴えかけるのは……もしかして、あの公園で僕にあの言葉をくれたのは……」
賢一は、誰にも悟られずにまた、胸に手を当てた。
賢(M)「僕は……本当にこのまま何もしなくていいのかな……?」
賢一がそう語りかけた相手は……ただ黙して答えることはなかった。そんな賢一と彼の心を無視するかのように、部室には明るい笑い声が響いていた。