表裏頭脳ケンイチ
第6話「握られた言伝と追憶の破片」~後編~
⑪(4-2)
ケ「アイツは……アイツは賢一の―」
ケンイチがなぜか動揺してそう言いかけた時、部室のドアが開く。
海「あ!」
部室に入ってきた人物に、龍海がいち早く気付いて駆け寄る。龍路が警察から帰ってきたのである。
海「もう帰ってきて大丈夫?犯人はわかったの?」
不安そうに質問を繰り返す龍海を片手で抱いて、疲れた顔で無理に笑う龍路。
路「とりあえず話せること話して、現場撮った写真を渡してきただけだから、まだ犯人はわかってないよ。…なんでも、凶器が見つからないらしいんだ。」
そう言ってから、龍路は部室を見回してから不思議そうに龍海に訊く。
路「それよりもさ、なんかみんな沈んでるっつーか、なんかあったのか?」
海「うん…えっとね―」
龍海が説明しようとした時、ケンイチが不意に立ち上がる。
ケ「おい、昨日のスタジオでの出来事を詳しく話せ。それと関係者の話もだ。」
龍路のもとへ歩きながらそう言うケンイチを見て、龍路は思わず驚いた表情になる。
路「お前、ケンイチじゃないか…」
ケ「フン……そんなことはどうでもいい。知ってることをさっさと話せ。」
先ほどまでの動揺が嘘のように、いつもの冷淡な調子に戻ったケンイチを見て、部員たちはどこかキツネにつままれたような気分である。しかしその中でもやはり陽だけは心配そうにケンイチを見ている。
路「それはいいけど、なんで……」
そこまで言って、龍路はフッと気づく。
路「お前、まさか朧崎さんを殺した犯人を見つけてくれるってのか……?」
ケ「お前は、オレが興味本位だけで事件の概要を知りたがるとでも思うのか?」
そう言い捨ててケンイチは賢一の席へと戻り、面倒くさそうに椅子に座る。
路「いや、そうじゃねーけど……でも今回は…今までと違って賢一が困るようなことは……」
ケ「だったらなぜオレがいる?」
路「そんなこと知らないけど……でも、」
落ち込んでうつむく龍路を見て、ケンイチは深くため息をつく。
ケ「お前はもう少し、他人の力を借りる術を身につけた方がいい。…賢一も、他人を頼ろうとしないから自身で自身を追い詰めやがる。」
路「え…?」
不思議がる龍路だったが、先ほどの話を聞いていた部員たちはなんとなくケンイチの言いたいことがわかっていた。
鳩「…そうだ、それでさっきの話なんだが―」
先ほどの話を聞こうとする鳩谷だったが、その言葉が続く前に、陽は鳩谷のベストの裾を引っ張る。
鳩「どうした、宗光…」
そう訊く鳩谷に、陽は小さく首を横に振ってから、ケンイチに聞こえないように小さな声で言った。
陽「これ以上は…今は話させないであげましょう?」
鳩「……そうだな。」
それ以上、鳩谷も他の部員も先ほどの話の続きを聞こうとする者はいなかった。龍路も先ほどの話を知らずとも、それ以上追及しようとはせずに静かに自分の席に着いた。
路「いいのか、お前に頼りきっちまって……」
ケ「フン……」
つまらなさそうにそう言うだけのケンイチに、龍路はどこか、疲れの中にも安堵の笑みを小さく浮かべた。
路「ありがとな……」
そして、一気に真面目な顔つきになる。
路「昨日、俺と東屋がスタジオに着いたのが4時半過ぎ、その時はまだ朧崎さんは生きてたんだ。」
晶「生きてたってのは、会ったってことか?」
路「ええ、ちょうど朧崎さんが現像室にこもる前にちょっとだけでしたけど。受付の高須賀さんって人に用件話してたらスタジオの方から出てきて、1時間くらい写真の現像するのに待ってほしいって言われたんです。」
晶にそこまで答え、龍路はまたケンイチの方を向く。
路「それで東屋と一緒にスタッフルームで待たせてもらってたんだけど、30分くらいして営業時間が終わってさ、玄関閉めてスタッフルームに戻った高須賀さんがお湯沸しに台所に行って少ししたらブレーカーが落ちたんだよ。」
その時、ケンイチは小さく反応したようだったが、誰もそのことには気付いていない。
ケ「それで?」
路「ああ、それで東屋が地下室のブレーカー上げに行ってくれたんだけど、電気がついて少ししたらアイツの叫び声が聞こえてさ…地下降りてみたら現像室で朧崎さんが倒れてて、東屋が必死に声かけてたんだよ……」
ケ「遺体の状態はわかるか?」
路「わかることだけでいいなら、首に絞められたみたいな痕があったよ…あとは特に、気になるとこはなかった気がするけど。」
龍路の話を聞き言っている部員たちは、各々に不思議がっている。
孝「首ってことは絞殺か……」
隆「絞殺って、確か首絞めて殺すことだよな?」
孝「ああ。」
そんな中、龍路がふと思い出すように言う。
路「あ、それと…遺体っていうか現像室の話なんだけどさ、東屋がさ…」
その言葉に、ケンイチは反応を示す。
路「「電気付いたばっかだったから気のせいかもしれないけど、やけに現像室の音がうるさかった」って言ってたんだ。」
ケ「音……」
そうつぶやいてうつむいた後、ケンイチは龍路の方を向く。
ケ「ところで、現像室は地下にあるのか?」
路「ああ。地下に現像室とブレーカーのあるロッカールーム、あとは現像した写真とかお客さんに渡す写真とか、そーいうのがたくさん置いてある資料室があるんだ。」
そう話し龍路に、ケンイチはホワイトボードの方を一瞥して言う。
ケ「大雑把でいい。そのスタジオの間取りを描いてくれるか?」
路「あ、ああわかった…」
そう言われ、龍路は少し戸惑いながらもスタジオふぁるべの1階と地下1階の見取り図を描いた。
それを見て、ケンイチは少し眉をひそめる。
ケ「なるほど、遺体のあった現像室に行くには、お前らがずっといたスタッフルームにある階段を使わなければいけないという事か。」
ホワイトボードを見ながらそこまで言って、ケンイチはまた龍路の方を見る。
ケ「なあ……この図じゃわからないんだが、1階に窓はないのか?」
路「えっと、しいて言や玄関フードがガラスだから窓みたいなもんだけど、スタジオにもスタッフルームにも、あと受付にも窓はないな…って、窓がどうかしたのか?」
ケ「いや……あと、容疑者の事も聞いておきたいんだが…」
路「容疑者って、昨日スタジオにいた人たちの事か?」
ケ「ああ。厳密に言えば、被害者が地下に降りてからスタッフルームに出入りした人間の人数と、そいつらの地下に降りた回数だ。現場に向かう階段の位置と生きていた被害者の姿を見た時間を考えれば、犯人は被害者より後に地下に降りた人間だとしか考えられないからな。」
そう答えるケンイチに、龍路は知り合いの中に犯人がいると思うと、少し話づらそうに口を開く。
路「昨日スタジオにいたのは俺と東屋、殺された朧崎さん、受付の高須賀さんとスタジオアシスタントの登坂さん、あと社長の椛江さんの6人だよ。…まあ、容疑者ってなると被害者の朧崎さんを除いた5人だけどな。」
そう言う龍路に、孝彦が不思議そうに訊く。
孝「あれ、でもお前はアリバイがあるとかって、さっき龍海が言ってたけど…」
路「ああ、まあな。俺が地下に降りたのは東屋の声を聞いた時だけだから、それだけで現像室にいた朧崎さんを殺すのは不可能だろうって言われたよ。」
それを聞いて、ケンイチがまるで独り言のように言う。
ケ「絞殺だとすれば、完全に死に至るまで少なく見積もっても7,8分は首を絞め続けなければいけない。お前も東屋も、殺害方法から考えれば犯行は難しいだろう。」
その言葉に、部員たちもどこかホッとしている。
ケ「で、あとの3人は地下に降りたのか?」
路「ああ。俺と東屋がスタッフルーム入ってすぐに登坂さんが資料室で仕事するのに降りたよ。あと、予約なしのお客さんが来たんだけどさ、その対応するのに、社長の椛江さんが登坂さんにカメラマン頼んで、それから椛江さんが登坂さんの仕事代わるのに地下降りて……それから、営業時間終わった後に高須賀さんも椛江さん呼びに行くのに降りてるな……」
ケ「地下にいた時間はどれくらいかわかるか?」
路「え、いや……そりゃ詳しくはわかんないさ。そんなの気にしてなかったからな……」
その答えに、ケンイチは無自覚にも嫌悪をするように眉をひそめる。
鳩「お、おい……仕方ないだろ?」
少し慌てるようにそう言う鳩谷に、ケンイチはまた無自覚に鳩谷を睨むように見る。
ケ「何が仕方ないんだ?」
鳩「あ、いや……」
それから何も言えない鳩谷を少し見ていた後、ケンイチはまた龍路の方を見る。
ケ「じゃあ、聞き方を変えてやる。その3人の中に7,8分より明らかに短い時間で1階に戻ってきた人間はいたか?」
そう言われ、龍路は思い出すように考え出す。
路「えっと……いや、それくらいの時間はみんな地下にいたと思う。」
ケ「そうか……」
そうつぶやき、ケンイチは思い出したように言う。
ケ「そう言えば、凶器が見つかってないとか言っていたな?」
路「ああ。昨日の持ち物検査でも、スタジオの中にも人の首を絞めれそうなものは見つからなかったって……」
ケ「ここまでアリバイのない人間を絞れていて犯人が特定できないのは、それが原因か……」
そう言ってケンイチは立ち上がった。
晶「お、おい……お前まさかスタジオに行く気じゃ……」
ケ「生まれた謎は解き明かす。それがオレの使命だ……それともなんだ、お前はオレの行く先々をすべて把握しないと気が済まないとでも言うのか?」
晶「そうじゃなくて!お前な、警察でもないのに現場になんか入れてもらえるとでも思ってるのか?!」
そう言う晶だったが、ふと孝彦があっさりと言う。
孝「まあ、たぶん大丈夫じゃないですかね?」
晶「へ?」
隆「どういうこった?」
不思議がる隆平に、孝彦が説明し始める。
孝「警察だって四六時中現場にゃいねーってことだよ。ま、もし現場見に来てたら来てたでアウトだろうけど……」
そう言っている間に、気付いたらケンイチは部室を出ていた。
修「あ、あの……」
孝「ん、どうした?」
修「ケンイチくん、行っちゃいましたけど……」
隆「あ、マジでいねえし!」
晶「んのバカ……!」
そう言って晶は勢いよく立ち上がる。
晶「陽、龍路!ケンイチ追いかけるぞ!」
陽「え…?私たちもですか?!」
晶「お前は一応、賢一の姉貴だし、スタジオの場所を知ってるのは龍路だけだろうが!」
海「僕だってスタジオの場所くらい知ってるのに……」
晶の言葉に、龍海は小さく不満そうにそうつぶやいたが誰も聞いていない。
鳩「でも待てよ?神童の奴、スタジオの場所なんか―」
その時、部室のドアが開く。
ケ「佐武、スタジオまで案内しろ。」
申し訳なくも恥じるでもなく、ドアの前に突っ立ってそう言うケンイチに、みなどうリアクションを取ればいいかわからなかった。
⑫
なぜか、メディア部員の8人はこぞってスタジオふぁるべのある敷ヶ丘を目指して歩いていた。その中でも龍路とケンイチは並びながら何かを話していて、他の6人は少し距離を置いて2人について行っている。
晶「出てきちまったから仕方ないと言えば仕方ないが……」
そう言って晶は周りを見渡す。
晶「なんでお前ら全員ついてくるんだよ?」
隆「なんでって、センパイこそなんでスタジオ行こうとしたんスか?」
孝「そうですよ、さっきセンパイが言った理由が正当なら、ついて行けるのはせめて陽と龍路の2人だけでしょ?」
晶「あのなぁ、自分はケンイチっつーか賢一っつーか、とにかくアイツの入ってる部活の部長だぞ?…相手に対して失礼があったら、そりゃ自分が責任取らなきゃいけないじゃないか。」
呆れたようにそう言う晶に、陽がすこし申し訳なさそうな顔をする。
陽「ごめんなさいセンパイ…本当は姉の私の責任なのに……」
晶「あ、いや!そーいう訳じゃなくてだな!あ、あれだ!ほら、やっぱケンイチの推理が気になるんだよ!……まーそうだよな!自分だけそんな理由でついて行っていいなんておかしいよな!いやぁ、悪かった悪かった!」
陽を気遣ってそんな見え透いた嘘をつく晶を、みな優しくどこか「やれやれ」と見ている。
修「センパイって本当優しいですねぇ。」
思わずそう言う修丸に、晶は少し恥ずかしそうに言う。
晶「自分が優しいだと?おい修丸、話が繋がってないんじゃないか?」
修「え、そうですか?」
と、その時隆平が不思議そうに前を行く2人を見る。
海「どーしたんですか?」
隆「いや、ケンイチが「なんかおかしい」だかって。」
陽「なんか?」
隆「ああ、停電騒ぎの時の話してるんだけどさ……って、止まったな。」
そんな話をしていると龍路が足を止め、それにつられてケンイチも立ち止まる。そんな2人に後ろの6人も追いついた。
孝「ここか?」
路「ああ。」
そう答えて龍路は中の様子を見て、玄関から少しだけだが受付の高須賀の姿を確認する。
路「高須賀さんが仕事してるってことは、警察の人、今はいないみたいだな……」
隆「じゃあ、ちゃっちゃと現場見た方がいいんじゃね?」
と、そんな話の最中にケンイチは無言のまま中に入って行く。
路「……孝彦、言い訳は頼んだ。」
苦笑しつつも孝彦の肩に手をポンと乗せてそう言って返事も待たずにケンイチを追って中に入って行った龍路に、孝彦は思いっきり嫌な顔をする。
孝「警察関係の面倒事押し付けんの、マジやめろよな……」
隆「お前、苦労してんなぁ…(汗)」
⑬
高「あ、佐武くん…」
路「こんにちは…」
落ち込んだ様子の高須賀を気遣うように控えめに挨拶をする龍路。
高「今日はどうしたの?その子たち、佐武くんの友達?」
路「あ、いえね……みんな、俺の入ってるメディア部のメンバーなんですけど……」
高須賀の言葉に少し戸惑う龍路だったが、ケンイチがいつものようにつまらなさそうな口調で言う。
ケ「現場になった現像室を見せろ。」
高「え……?」
困ったようにそう言う高須賀に、龍路も苦笑気味に答える。
路「えっと、こいつスゲー頭が切れる奴なんですよ。今までもいくつか事件を解決してきてて―」
龍路がそこまで説明している時、スタッフルームに繋がっているドアが開く。
東「佐武!お前どうしたんだよ?」
出てきたのは東屋だった。
路「東屋こそ、お前警察行ってから帰ってなかったのか?」
東「あ、いや……せめて瑠璃がお前に返したいって言ってた写真、探しておこうと思ってさ……」
その言葉に、ケンイチが反応する。
ケ「瑠璃…?」
路「ああ、被害者の朧崎さんの名前だよ。東屋と朧崎さん、歳は離れてるけど友達同士だったんだと。」
東「ってかさ、なんだよその人数……」
メディア部を見て驚く東屋に、晶が困ったように言う。
晶「いや…自分も人のことは言えないが、とにかく好奇心旺盛な部活なんだよ、うちのメディア部は。」
東「えっと、あんたは……」
路「部長の響鬼晶センパイ。……大丈夫だよ、センパイもみんなも、そんな面白半分に事件に首ツッコんだりはしねーからさ。」
そう言う龍路を、少し頼りなさそうに見る東屋に、高須賀が思い出したかのように言う。
高「それよりも、茜介くんこそどうしたの?受付に用事でもあった?」
東「あ、そうそう。社長が事務の事でちょっと聞きたいことあるって言ってたんだ。」
高「そっか、わざわざありがとね。」
そう言って高須賀はスタッフルームに入ろうとして、ドアノブに手をかけて思い出したかのように受付の向こうにいるメディア部を見る。
高「あ、そこのドア開いてるから君たちもスタッフルームおいでよ。現像室のある地下にはここからしか行けないからさ。」
そう言ってスタッフルームに戻った高須賀に続いて戻る東屋。
海「おいでって言ってるし、行きましょーよ?」
晶「そうだな……」
先陣を切って晶が受付のドアを開けると、ついて行く形でみんなスタッフルームへと向かう。その中で最後に残ったケンイチと龍路。
ケ「おい、センスケというのは東屋の名前か?」
路「え?ああ、茜(あかね)に仲介の介(かい)って書いてセンスケって読むんだと。」
その話を聞いて、ケンイチはだるそうに言う。
ケ「ったく、名前と苗字が一致しねぇ……」
そうだけ言ってケンイチもスタッフルームへ向かうが、その小言を聞いた龍路は少し申し訳なさそうにその後ろをついて行く。スタッフルームを覗くと、机でパソコンを使って仕事をしている椛江と、そんな椛江と話している高須賀、ソファに座って膨らんだ封筒の中身を確認している東屋と登坂、そして先に部屋に入っていたメディア部のメンバーがいた。
路「ケンイチ、高須賀さんと話してるのが社長の椛江夏代さん。んで、東屋と写真の整理してんのが撮影アシスタントの登坂翼さん。あと、高須賀さんの名前は確か志穏さんって聞いたぞ?ここの人たち、人の呼び方がバラバラだからちょっとわかりずらいんだ。」
ケ「茜介、夏代、翼に志穏、それに被害者は瑠璃か……面白れぇ、1人だけ仲間外れが居やがる。……いや、アレも含めりゃ仲間外れもいないのか。」
なぜか、どこか面白そうにそう言うケンイチを不思議がる龍路だったが、龍路がそのことを聞く前に椛江がケンイチと龍路の方を向く。
椛「ああ、現像室みたいってのは君ね?」
そう言って椛江は立ち上がる。
椛「志穏くん、悪いけどちょっとこれ頼むわね。」
高「はい。」
椛「おいで、今案内してあげる。」
高須賀に仕事を頼んで、椛江は階段の方へ向かう。それを見てケンイチも階段へ向かう。
路「あ、俺もいいか?」
ケ「……勝手にしろ。」
慌てて階段へ向かおうとする龍路を一瞥して、ケンイチはそう言い捨てた。
隆「えっとぉ…俺らどうします?」
2人を見送って、少し困りながら晶にそう訊く隆平。
晶「どうするったって……」
登「全員は入れないかもだけど、廊下なら君たちの人数でも狭くないと思うよ?」
晶「あ、そうなんですか…?」
優しく教えてくれる登坂に、晶は意外そうにそう言う。
晶「じゃ、行くだけ行くか……」
部員たちを見回してそう言う晶に、みな各々に肯定の合図を出す。そしてケンイチや龍路に追いつくべく階段へ向かった。
⑭(5)
現像室の灯りをつけて、ケンイチ、龍路、椛江の3人が部屋の中に入り、ついてきたメディア部員たちは廊下からケンイチたちの様子を見ている。
椛「でも…まさかここで瑠璃ちゃんが殺されてたなんて……」
現場を見て改めて事件の事を思い出した椛江は辛そうにそう言い、それを聞いた龍路も同じく落ち込む。
路「俺だって、そんなこと夢にも思ってませんでしたよ……現像室に行くってスタッフルームに入ってった朧崎さんに、そのまま会えなくなるなんて……」
その言葉に、部屋に数歩踏み込んでいたケンイチが振り向く。
ケ「なあ、朧崎はずっと現像室の中にこもっていたらしいが、何か起きているとか、誰も疑わなかったのか?」
そう言うケンイチに、椛江が少し困ったように言う。
椛「ええ……瑠璃ちゃんが現像はじめてから15分くらい後だったと思うけど、私、そこの資料室で仕事してた翼ちゃんに撮影頼んで、今まで翼ちゃんがやってた仕事片付けようと思って地下に降りた時は現像中のランプがついてたし、現像機とかの音がしてたもの……」
ケ「まあ、確かに、死人が現像機を使っているなどとは思わないだろうが……―!」
もっともそうにそう言ったケンイチは、ふとゴミ箱代わりにされている段ボールの中を見て驚く。
ケ「この中身はなんなんだ?」
そう言われ、椛江はその場で答える。
椛「ああ、それゴミ箱の代わりよ。現像室で出たゴミはみんなそこに捨てるの。大抵は現像で失敗した台紙とかフィルム、あとは、お客さんがいらないっていったネガなんかも捨てることもあるわねぇ……って、それがどうしたのよ?」
その通り、段ボールの中には数枚の写真台紙と中身の入ったフィルムケース数個、6枚分ほどに切り取られたネガ数枚が入っていた。そして椛江の説明の最中にケンイチはその段ボールの中からあるものを、椛江には見えないように取り出した。
ケ「コイツだ……」
その様子に、部屋の外の部員たちも不思議がっている。
隆「コイツだ、って…何がソイツなんだよ?」
孝「そんなの、社長さんも言ってた通りただのゴミだろ?」
そんな隆平や孝彦に、ケンイチは廊下の方を向いてソレを見せる。
ケ「凶器が見つかっていない……フン、バカな話だ。こんなにも大胆に隠してあるのに誰も気付かないなんてな。」
修「で、でもそれでどうやって首を……」
不思議がる修丸だったが、ケンイチはソレをある状態にする。その行動も椛江には見えていないが、何をしているのかは気になっている様子である。
海「あ!」
ケ「物は使いよう……ったく、それにしてもこコイツはひでー使い方だ。」
皮肉を込めてそう言うケンイチに、陽が心配そうに訊く。
陽「ねえ、凶器がわかったってことは、犯人もわかったの……?」
その言葉に、ケンイチはどこか悔しそうな、はたまた悲しそうな顔になる。
ケ「いや……これなら写真の知識のある人間なら誰でも犯行は可能……」
そう言って、ケンイチは凶器を見つけた時の状態に戻してブレザーの内ポケットに入れる。
ケ「ったく、一番犯人近づけると思った凶器がこれじゃあ、わざわざ現場を見に来た意味はなかったみたいだ……」
苦々しくそう言って、ケンイチを気遣ってか生まれた沈黙の中、ふと龍路が思い出したかのように言う。
路「あ、あのさケンイチ……」
ケ「なんだ?」
路「さっき警察に行った時に聞いたんだけど、朧崎さん、右手にモノクロの風景写真を握ってたんだと。…昨日はどっちの手もがっちり握っててそんなこと気付かなかったんだけどさ……こんなの、知ったところでどうにもならないかもしれねーけど、部室で伝えんの忘れてたからさ……」
そう言う龍路を、ケンイチはいつものつまらなさそうな表情で見ている。
隆「確かに、苦しくて適当に何か掴もうとしたら写真だった、ってだけかもしれないよなぁ……」
修「でも、モノクロ写真って白黒の写真の事ですよね?そんな写真、今でもあるんですねぇ…」
感心するような修丸に、廊下の近くにいた龍路が言う。
路「いや、昔こそカラーの技術がなかったからモノクロが主流だったけど、今でもフィルターを使ったらモノクロ写真も撮れるんだぜ?」
海「フィルターってあれだよね?綺麗な色のヤツ!」
路「ああ、黄色とオレンジ、あと赤の3色が主流っちゃ主流だな。俺もオレンジのYA3なら持ってるよ。」
ケ「……!」
龍路の話を聞いていたケンイチが、ふと何かに気付いたように椛江の方を見る。
ケ「おい、このスタジオにもそのフィルターはあるのか?」
椛「え?ええ、あまりいないけどモノクロ写真を撮りたいってお客さんもいるし……まあ、うちは黄色のY2しか使わないんだけどね……」
その言葉に、ケンイチは何かを真剣に考えていた。
陽「何かわかったの、ケンイチくん……?」
心配するようにそう言う陽に、ケンイチはその顔を見る。
ケ「朧崎が握っていたというモノクロ写真、おそらくそれはダイイングメッセージだ……」
修「え、ダイイングメッセージって被害者が示す犯人の手掛かりのことですか?」
修丸の話に、ケンイチはうなずく。
ケ「dying・message…死にゆく言伝……証拠としての能力は低いが、オレから言わせてみれば唯一の目撃者の証言だ、これほど犯人特定に役立つ物はないと思っている。」
路「じゃあ、犯人がわかったのか?!」
その言葉に、ケンイチは苦い顔をする。
ケ「朧崎の言いたかったことは、な……だが、さっきも言ったが、これだけでは直接的な証拠には……―!」
話ながら、ケンイチはあることを思い出した。
―路「「電気付いたばっかだったから気のせいかもしれないけど、やけに現像室の音がうるさかった」って―」―
ケ「そうか……」
驚きつつも納得しながら、ケンイチは急に龍路の方を向く。
ケ「おい佐武、ここに来るまでのあの話、あれに間違いはないんだろうな?!」
路「えっと……お前がおかしいっつってたあのことか?」
ケ「ああ!あの話、お前が覚えている限りの容疑者たちの反応に間違いはないんだろうな?!」
路「あ、ああ……なんか抜けてるかもしれないけど、間違いはないと思うぞ……?」
その言葉を聞いて、ケンイチは何も答えずに部屋の外に出て、階段へ向かう。
陽「どこ行くのケンイチくん!」
心配そうにそう言う陽に、ケンイチは立ち止まりこそしても振り返ることはなく言う。
ケ「朧崎が伝えたかった人物を示してやるんだよ。……他ならぬ、犯人その人にな。」
その言葉に驚く部員や椛江を放っておいて、ケンイチは再び階段へと歩き出す。そんな背中を、みなただただ見ているしかできなかった。
⑮
ケ「おい……」
スタッフルームに戻るなり、ケンイチは容疑者全員に声をかける。相変わらず高須賀は椛江の机で事務の仕事をしていて、登坂と東屋はソファに座って朧崎が龍路に返そうとしていた写真を探していた。そしてメディア部も椛江もケンイチに続いて1階に上がっている。
東「な、なんだよ……」
ケ「朧崎を絞殺するのに使われた凶器が見つかったぜ。」
東「ほ、ホントか?!」
勢いで東屋はソファを立ち上がった。
ケ「ああ。」
そう言って、ケンイチは内ポケットから先ほど見つけた凶器を取り出した。
高「凶器って……それって、フィルムケースだよね?」
高須賀がそう言うと、ケンイチはフィルムケースから未使用と思われるネガフィルムを取り出す。
ケ「そうだ。だが、実際に使われたのはこっちだがな。」
登「ネガフィルムが、凶器……?」
椛「それで、どうやって瑠璃ちゃんの首を絞めたって言うの?さっきなんかやってたみたいだけど……」
ケ「……お前たち、カメラに携わる人間ならわかるだろうが、写真の現像というのはこのままできるものではないだろう?」
東「あ、ああ…そこからネガ引っ張って……―!」
そこまで言って、東屋はケンイチが言いたいことに気付いたようである。
ケ「そう、コイツは引っ張ればこのネガフィルム本体が出てくる。これや、他にもコイツと一緒に捨てられていたフィルムはすべて35ミリの36枚撮りだった。長さにして横幅36ミリに余白の2ミリを足してそれを枚数の36で掛け、さらにフィルム全体の前後の余白、およそ150ミリを足す…つまりすべてのフィルムを出し終えた長さはおよそ150センチになる。女の首に巻きつけて絞めるには十分すぎる長さだ。しかもコイツは引っ張り出したところでネガフィルムとしての機能こそ果たさなくなるが、巻き込んで元に戻すことだって可能だ。…これを使用済みやら失敗したフィルムと共にゴミの中に入れておけば、凶器だと気づかれず、しかもいずれ誰かがゴミとして捨ててくれるという算段だろう。」
その説明に、やはりメディア部員たちは龍路を除いてついていけてない様子である。
隆「またアイツ、わかりづれーことをペラペラと……」
修「あの、龍路くんわかりますか?」
そう言われ、龍路は手で写真や余白、写真間の隙間などを表しながらと答える。
路「ああ。…まあ、ほとんどケンイチの話と同じなんだけど、あのネガフィルム…「35ミリの36枚撮り」ってのは、1枚の写真の横幅が36ミリあってな、隣の写真との間が2ミリある。だから、38ミリの写真が隙間なく並んでるようなもんなんだ。で、それが36枚あるから38ミリかける36枚。んで、フィルムの端っこの写真がない部分が、ケンイチの言う余白ってヤツだから、さっきの、38ミリかける36枚に、余白の長さを足したのが、アイツが言ってた150センチなんだろうな。…しっかしやっぱすげーなケンイチは。俺、そんな掛け算なんて暗算じゃあできないし、フィルムの長さなんて、普通は知らない人の方が多いってのに……」
海「でも兄ちゃんもすごいよ!説明すごくわかりやすいもん!」
場違いにも喜ぶ龍海を見て、孝彦が呆れている。
孝「龍路がわかりやすいというよりは、ケンイチの説明がいつもわかりづらいだけなんだけどな……」
しかしそんな話は気にせず、容疑者たちはケンイチの話に聞き入っている。
椛「でも、言われてみれば警察の人もあの部屋はよく調べていたみたいだけど、ゴミ入れの中のフィルムなんて気にも留めてなかったみたい……」
高「それに、フィルムは写真を焼き付けるための物って思い込んでたから、まさかそんな使い方ができるなんて思わないよ……形だっていつもは筒状のイメージしかないし……」
感心するように、またどこか驚くようにそう言う2人。
ケ「逆に言えば、ネガフィルムのこの特徴をよく知っている人物…つまりカメラや写真に関わる仕事に携わっている人間なら思いつく使い道でもあるだろうがな。」
皮肉を込めるようなその言葉に、東屋や龍路、スタジオの3人はどこか複雑そうな顔をする。
登「確かにネガフィルムが凶器になるってのはわかったけど…じゃあ犯人は誰なの?…あの状況じゃ、警察の人はあの時スタジオにいた私たちを疑ってるみたいだけど……」
ケ「警察だけじゃないさ。実際オレも、朧崎が現像室にこもった後にここから地下に降りたというお前たち5人を疑っていた。」
その言葉に、メディア部員たちはどこかいかがわしい顔になる。
海「5人って…!ケンイチさん、兄ちゃんには犯行は無理だって言ってたじゃないですか!」
孝「そうだ。それに東屋もそうなんだろ?」
そんな2人に、ケンイチは少し鬱陶しそうに言う。
ケ「……オレは、佐武と東屋には犯行は難しい、としか言ってない。」
その言葉に、部員たちは嫌悪を見せたり戸惑ったりしている。中でも陽はどこか悲しげな顔だった。
ケ「身内庇いなんぞ、神に対し実に不公平だと思わないか?……いや、不公平なのは他でもない神の方だったな……」
そのケンイチの言葉に、皆不思議がる。
晶「か、神……?お前、そんなもの信じる性質だったか?」
ケ「……フン。話が逸れたな。」
そう言ってメディア部から容疑者たちへと目線を移すケンイチ。
修「こっちが話、逸らされちゃいましたね……」
隆「マジでなんなんだよ、アイツ……」
そんな声も気にせず、ケンイチは話し出す。
ケ「話を戻そう。オレは佐武から昨日の出来事を聞いて、犯人はお前たち5人の中の誰かだとは確信した。だが、その中でも佐武と東屋が地下にいた時間を考えれば、この2人は容疑者から外すことができた。」
椛「どうして…?」
ケ「殺害方法は絞殺…絞殺に要する時間は少なく見積もっても7,8分はかかるんだ。…なら、地下に5分もいなかったというコイツらに犯行は無理なんだよ。」
そう言って、ケンイチは龍路と東屋を親指で指した。
高「…それって、朧崎さんが現像室に入った後に10分以上地下にいた僕たち3人の誰かが犯人だって言いたいの?」
不安そうにそう訊く高須賀に、ケンイチはどこか冷たげな視線を送り、少しの沈黙の後に高須賀から目を逸らした。
ケ「ここに来るまで、いや…ここである話を聞くまではオレもお前たち3人の中の誰が犯人か、特定はできていなかった。」
登「いなかった、って……じゃあまさか、今は犯人がわかってるの?」
ケ「……ついさっき、死んだ朧崎が教えてくれたよ。」
東「はあ?!瑠璃が教えてくれた…だと?お前ふざけんな―」
取り乱しかけている東屋に、龍路が落ち着けるように言う。
路「ダイイングメッセージだよ。ほら、朧崎さんがモノクロ写真を握ってたって警察の人が言ってたろ?…ケンイチはそれが朧崎さんのダイイングメッセージだって言うんだ。」
高「ダイイングメッセージって、被害者が最後の力で犯人を示すってアレ?」
ケ「ああ。まさにカメラマンらしいダイイングメッセージだったぜ。」
そう言うケンイチに、陽が不思議そうに訊く。
陽「カメラマンらしい…?」
そんな陽に、ケンイチは振り向いてうなずく。
ケ「まあ、カメラマンだからこそ、あんな事が死ぬ間際に頭に浮かんだのかもしれないがな。」
椛「ねえ、誰なの?!瑠璃ちゃんが伝えようとした…あの子を殺した犯人は誰なのよ!」
落ち着くを失くしてそう言う椛江に、ケンイチは無視をするように静かに目を閉じてうつむき、そしてゆっくり開けながら言う。
ケ「お前たち…この事件の容疑者であるお前たち5人と被害者の朧崎には偶然だろうが、佐武を除いてみな共通点があることに気付いているか?」
登「佐武くん以外の、私たちの共通点……?」
東「カメラに詳しいってことか?…いや、でもそしたら佐武だってカメラ詳しいし、逆に高須賀さんは、仕事が事務だから俺たちみたいなカメラの知識はないし……」
ケ「ところで東屋……センスケとは、茜の字を使うらしいな?」
東「は?いきなりなんだよ?」
少し驚く東屋だったが、何も言わずに自分を見ているケンイチに威圧感を感じたのか、少し渋々と答え始める。
東「ああ、そうだよ。俺の母さんが茜って名前でさ、父さんが篠介。そんで2人の字をもらって俺の名前は茜介なんだとよ。」
その話を聞いて、ケンイチはどこか満足したような顔をする。
ケ「茜色……夕日の比喩にも用いられる沈んだ赤い色の名前だ。そして被害者の朧崎の名は瑠璃。瑠璃とは青い輝きを持つ宝石、ラピスラズリの和名…転じて瑠璃色とは深みのある青色の事を指す。」
そこまで聞いて、修丸が気付いたように言う。
修「もしかして…共通点って、みんな名前に色がある…とか?」
少し自信のなさげな修丸を、ケンイチは不敵な笑みで一瞥した。
ケ「ああ、そうだ。今回の事件の容疑者と被害者は、佐武を除いてみな名前に色を持っているんだ。」
晶「で、でも他の3人の名前に色なんて……」
不思議がる晶を見て、ケンイチはまず高須賀を見る。
ケ「高須賀志穏…シオンというのは藤色に渋みを足したような紫色だ。漢字は紫に苑と書く。」
高「僕の名前が、色の名前……?」
ケ「漢字まで合っているかは知らないがな。それから、お前だ。」
次にケンイチが見たのは登坂である。
ケ「登坂翼…おそらくは羽の下に異なると書く漢字だろうが、ツバサと読む漢字には、翡翠の翠……つまり緑を意味する漢字もある。」
登「翡翠のスイでツバサ……」
そして、ケンイチは椛江を見る。
ケ「あとはお前だが、お前は少し例外だな。」
椛「ど、どういうこと?」
ケ「椛江夏代…お前の場合は名前じゃない。苗字の方に色がある。」
孝「苗字って、カバエなんて色は聞いたことないぞ……」
考え込む孝彦だったが、ケンイチは静かに言う。
ケ「樺とは、山桜を指す言葉だ。転じてその樹皮に見られる赤みを帯びた茶色の事を樺色という。……さしずめお前たちを示す色は…」
そう言ってケンイチは東屋、高須賀、登坂、椛江の順に指を指していく。
ケ「赤、紫、緑、茶という事になる。そして被害者は瑠璃色、つまり青だ。」
東「おい、そんなことと瑠璃のダイイングメッセージと何の関係があるんだよ!」
高「そうだよ……第一、朧崎さんはモノクロの写真を握っていたって警察の人は言ってたんだよ?今の話じゃ、この中には白の人も黒の人もいないじゃないか!」
ケ「フン、そんなわかりやすいダイイングメッセージだったら警察も苦労しないさ。」
海「じゃあ、もしかして灰色とか、ねずみ色のことですか?」
陽「え、なんで?」
思いついたように言う龍海に、陽が不思議そうに訊く。
海「だって、白と黒を混ぜたら灰色になるでしょ?……あ、でもどっちにしてもそんな色の人いませんでしたね……」
少しバツ悪そうな龍海に、ケンイチがどこか不敵な口調で言う。
ケ「いや、いいところはついている。」
海「え?いいところって、どこが……?」
ケ「白と黒を混ぜたら灰色になる……つまり色を混ぜるんだよ。」
路「色を、混ぜる……?」
登「どういうこと?」
ケ「その通りの意味さ。ここで問題になるのは何と何を混ぜるか、だ。…1つは被害者の色である青。そしてもう1つは、朧崎が握っていたというモノクロ写真が示す、白や黒以外の色……」
そう言って、ケンイチは龍路の方を向く。
ケ「モノクロ写真を撮るためには、フィルターが必要なんだよな?」
路「え?ああ、Y2とかYA3とかの色つきフィルターが……―!」
そこまで言って、龍路はハッと何かに気付いたように椛江の方を見る。
路「椛江さん、あの…このスタジオって確かY2しかモノクロ写真用のフィルターはないんですよね?」
椛「え、ええ……」
そう言う椛江を見て、ケンイチは言う。
ケ「Y2のフィルターの色は黄……つまり朧崎が混ぜたかった…示したかった色とは青と黄の融合色だ。」
陽「青と黄色の…?……あ!」
陽が気付くと同時に、ケンイチを除くその場のすべての視線がある人物に向いた。
ケ「そう、青と黄からなる色は緑……被害者の朧崎瑠璃が死ぬ間際に示したかった犯人は……」
そこまで言って、ケンイチもある人物を見た。
ケ「登坂翼……緑の名を持つお前だったんだよ。」
その言葉に、登坂は驚きを隠せない。
登「わ、私が朧崎さんを殺したですって……?」
ケ「ああ。…朧崎が現像室にこもった後、お前は最初に地下に降りた時点ですでに朧崎をその手にかけた…違うか?」
椛「じゃあ、私が翼ちゃんを呼びに地下に降りた時には、もう……?」
登「バ、バカ言わないでよ……私は、あの時は資料室に仕事に行っただけで……」
動揺しながら立ち上がる登坂。その横で、東屋が信じがたいと言いたげな、しかしどこか心のうちでは確信を持つような震える声で言う。
東「でも……確かに瑠璃は色のことにすごく詳しかったし、意外な漢字でも色の名前だったりするって教えてくれたことがあった……」
高「ま、待ってよ!確かに青と黄色を混ぜれば緑になるし、うちのスタジオにはそのY2ってフィルターしかモノクロ写真ようのフィルターはないかもしれないけど……だけど!だからって翼が犯人なわけないじゃないか!翡翠のスイがツバサと読めるからって……そんなの無理矢理すぎるよ!」
高須賀も思わず立ち上がる。
登「そうよ!…ダイイングメッセージだかなんだか知らないけど、それってあくまでのあなたの推測でしょ?朧崎さんの口から直接聞いたわけじゃあるまいし……」
ケンイチに反論する高須賀や登坂を見て、ケンイチはつまらなさそうな、そして面倒くさそうなため息をつく。
ケ「ったく、予想はしてたがそうギャンギャン喚くんじゃねえよ、めんどくせぇ……」
そして、一転して鋭い目で登坂を見据える。
ケ「なら、ダイイングメッセージ以外の証拠を突きつけりゃ納得するってのか?」
登「そ…そんなものあるわけ……」
少し怖気づくような登坂に、反してケンイチは不敵な笑みを浮かべる。
ケ「もちろん、あるぜ……」
登「!」
椛「なんなの、その証拠って……」
その言葉に、ケンイチは静かに椛江を見る。
ケ「さっき、現像室で話した時にお前は言っていたな?「地下に降りた時は現像中のランプがついてたし、現像機とかの音がしていた」から、まだ朧崎は生きていると思ったと。」
椛「え、ええ……」
椛江の答えを聞き、ケンイチは今度は高須賀を見る。
ケ「お前も、それらの要因で地下に降りた時に朧崎の生死を気にしなかったんじゃないのか?」
高「う、うん……僕が地下に降りた時も、ランプもついてたし機械の音もしてたから……」
ケ「そうだろうな。……お前たち2人に訊きたいんだが、その音というのはいつもより大きくなかったか?」
高「え……?」
不思議がる高須賀と、思い出そうと考え込む椛江。そんな2人を一瞥した後にケンイチは今度は東屋を見る。
ケ「佐武から聞いたんだが、お前も現像室の音には違和感を感じたらしいな。」
東「あ、ああ……ブレーカーあげてすぐだったから、いつもよりも音が大きいのかなぁって思ったけど……」
そう話す東屋だったが、ふと椛江が不思議がるようにいぶかしげに言う。
椛「いえ…別に起動時だけ音が大きいとか、そういう事はないし……確かに言われてみればいつもより大きな音だった気がするわ……」
登「それがなんなのよ……?機械の音と私が犯人だって、何の関係が―」
ケ「まあ、慌てるな。オレが言いたいのは、犯人は朧崎が生きていると印象つけたいがために、確実に現像室の外にも音が聞こえるようにといつも以上に機械を動かしていた、つまりこの建物はいつも以上に電気を食っていたという事だ。」
まるでイライラを募らせるような登坂を、ケンイチは冷静な口調でその言葉を遮る。
晶「電気を食っていた……?」
ケ「ああ。まずはこれが証拠の1つ。」
高「それが証拠だって…?」
ケ「登坂の次に地下に降りたのは椛江だが、その時点ですでにいつも以上の機械音を耳にしている。…つまりはこの時点で朧崎は殺されていたということになる。そしてこの時点で朧崎が生きているように見せかけることで得があるのは、椛江より先に地下に降りている登坂だけという事になる。」
東「そっか、もしこの時に社長が異変に気付いたら、疑われるのは登坂さんだけになるもんな。」
ケ「ああ。そして佐武と東屋以外の全員が一度、10分以上地下に降りた後の出来事だが、なんでも停電騒ぎが起きたそうじゃねーか。」
そう言ってケンイチが見たのは高須賀である。
高「う、うん……」
ケ「その時、お前は台所に行ってたそうだが、何をしたら電気が落ちた?」
高「IHの電源を入れた時だけど……」
ケ「お前がIHヒーターを使おうとしたこと、それは他の人間は知っていたのか?」
高「う~ん……佐武くんと茜介くんにはお茶入れるからって言ってたし、あの時おっきな声で粉末のミルクティ開けていいか社長に聞いたからなぁ…それ以前に、仕事が終わったら誰かがお茶入れるのって毎日の流れだから、僕がお湯を沸かそうとしてたのはみんな知ってたと思うよ?」
その話を聞いてケンイチはどこか不敵に笑みを浮かべ、それから東屋を見る。
ケ「お前にも聞きたいことがある。…お前はどうしてブレーカーを上げに地下に降りた?」
東「え…?えっと……―!」
東屋は思い出した。
東「登坂さんがブレーカーが落ちたんだって言ったからだよ!俺たちが「停電だ!」って騒いでたら、「ブレーカーが落ちただけだ」って!」
その言葉に、登坂もムキになる。
登「ちょ、ちょっと東屋くん!……それは確かに言ったけど、だって普通そう思うじゃない!電気が消えたらブレーカーが落ちたんだって!ねえ、そうだよね?!」
必死にそう言う登坂が見た相手は高須賀だったが、高須賀は顔色が悪くなっていた。
登「志穏…?」
高「僕は…あれは停電かと思った……」
登「!」
高須賀の言葉に、登坂は思わず驚く。
高「だっていつもIH使ってブレーカーが落ちたことなんてなかったし、他の建物の電気なんて、窓のないスタッフルームからじゃ見えないから……」
そう話す高須賀を見ていたケンイチは、その視線を登坂に移す。
ケ「わかるか?…電灯が消えたことに対し、他の建物の状況がわからないこの部屋の中にいて、停電を疑わずにすぐにブレーカーが落ちたのだと判断できたのは、いつも以上に建物全体が電気を食っていることを知っていた…いつも以上に現像室の機械を稼働させていた張本人だけなんだよ。」
ケンイチの言葉に、登坂は反論しなかった。
ケ「……東屋が言っていたという機械音の異常や、ここに来るまでに佐武から聞いた、停電騒ぎの時にお前がしたという発言の違和感。そこにあのダイイングメッセージだ。…そしてお前はさきほど、「ブレーカーが落ちた」と発言したことを認めた。……これ以上、他にも証拠がほしいか?」
そう言われ、登坂はその場に膝をついた。
高「翼……」
登「そんなこと……ブレーカーの事なんて気付かなかった……」
うつむいてそう言う登坂を、ケンイチを除く一同は皆心配そうに見ている。その中でも、東屋は自白とも取れるその発言を聞いて歯を思いっきり噛みしめた。
東「なんで…なんでだよ登坂さん!なんで瑠璃を殺したんだよ!!」
その声に、登坂は顔を上げ、そして静かに立ち上がる。
登「あの人が…私から何もかも持って行こうとするからよ……」
その言葉に、なぜか高須賀が顔色を悪くするが、それに気付いたのはケンイチだけだった。そのケンイチも気づいていて気付かないふりをしている。
椛「何もかもって…?」
登「私、朧崎さんのせいで成功できなかった……カメラや写真が好きな気持ちは負けてないはずなのに、同じ時期にここに入って、気付けば朧崎さんだけカメラマンに昇格、私はいつまでもアシスタントのまま……それでいていっつも、「なかなかカメラマンの仕事もらえないね」なんて憐れんできて……」
東「はあ?!そりゃ瑠璃の腕の方が上だってだけだろうが!それにあいつはあいつなりにあんたの事心配して……!そんなくだらねー逆恨みで殺したとかぬかしたら―」
登「それだけじゃないわよ!!」
東屋の言葉を遮る登坂に、東屋は思わずひるんでしまう。
登「確かにそれは私の腕があの人に追いつかないのが悪いのかもしれない。それに、私だってまさかあの時は朧崎さんを殺そうだなんて夢にも思ってなかったわ……」
路「じゃあ、なんで……」
龍路の言葉にしばらく黙った後、登坂は東屋の方を向く。
登「東屋くんさ、ムキになって否定してばっかだけど、ホントは朧崎さんの事が好きだったんでしょ?」
その問いに、東屋は怒りと恥ずかしさとで顔を真っ赤にする。
東「だ…だったらなんだよ!あんた、その事わかってて瑠璃を―」
登「でも残念だったね……たとえ私があの人殺してなくったって、あなたじゃダメだったみたいよ?」
東屋の言葉を遮って、やや自暴気味に笑みを浮かべてそう言う登坂。
東「俺じゃ、ダメだった……?」
それから登坂は事件当日の事を思い出すように語りだす。