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7話音声 part5-2 - 全8part
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表裏頭脳ケンイチ

第7話「噬臍の亡霊と強さの在り方」~後編~

 

⑳(5-2)

部室に戻る廊下を歩きながら、隆平がふと切り出す。

隆「あのよ、ケンイチとセンパイ追いに行こうぜ?」

孝「は?なんで?」

隆「だってよ、やっぱりいくら考えたってアイツがセンパイに謝りたいなんておかしすぎる!絶対何か裏があるに違いない!そうだろ陽?!」

陽「え、っと……裏ってことはないと思うけど……でも、センパイと2人になりたかったってのはあると思う。」

考えるようにそう言う陽を見て、孝彦はどこか呆れるように隆平を見る。

孝「つまり、お前はケンイチがセンパイに何を話しているかが気になるっていう訳か。」

隆「おうよ。今から走れば、そんなに話も進んでないと思うんだ!」

路「でもさ、いくらなんでもケンイチの尾行は無謀じゃないか?…俺ヤだぜ、ケンイチに怒られんの……」

隆「そこは俺に任せろ!」

不安げな龍路に、なぜか自信満々にそう言う隆平を、彼のよき(?)理解者である孝彦は呆れ顔で見ていて、1度だけ隆平と一緒に尾行をした事のある陽は苦笑いをし、他のメンバーは不思議そうに見ていた。

 

ケンイチにとってはいつもと違う通学路を、彼は晶と2人で歩いていた。

ケ「先に言っておく。さっきは悪かったな。お前の気持ちはわからないとは言ったが、お前があんな事を言われて平気ではいられない奴だという事は知っていた。そのうえであんな事を言ったんだからな。」

その言葉に、晶は驚くことも忘れ、どこか切なげに言う。

晶「いや…逆に感謝してる。…あれくらいはっきり言ってくれるのはきっとお前だけだろうし、言ってくれなきゃ、ずっと逃げ続けてただろうからさ……」

そこまで言って、晶は疲れた顔で苦笑する。

晶「でもさ、お前がわざわざ送ってくれるなんて、なんか自分に聞きたいことでもあるんじゃないのか?」

ケ「聞きたいこともそうだが……別にアイツらがいて不都合があるわけではないが、お前だけに言っておきたいことがあってな。」

ケンイチは晶にそう言って数歩歩いた後、ふと立ち止まった。

ケ「名取と両瀬を殺し、おそらく御笠をも殺そうとしている人物は……お前と仲の良いあの3人の中の誰かだろう……」

晶「な…!なんだと?!」

驚く晶の方を振り返り、ケンイチは言う。

ケ「もっと言えば、お前が久島からと言って見せたメールを見た時、それから屋上の現場を見た時からおおよその見当もついている。だが、確信を持つためにもお前に確認したいことがあってな。」

晶「そっか、だからわざわざ送ってくれるなんて…でも、お前本気なのか?!あの3人の中に犯人がいるなんて!」

ケ「……屋上に行く前に言ってたよな?最近は昼を過ぎる頃の腹痛が多いと。」

晶「あ、ああ……」

ケ「その腹痛が起きる時間は昼休み以降…さらには午前中の授業に、お前たちのクラスで授業がない特別授業の時間がある日なんじゃないのか?」

晶「えっと…そうだ、そうだよ!お前の言う通りだ!」

驚く晶に、ケンイチは静かに言う。

ケ「おそらく…お前の腹痛の原因は、下剤か何かの作用だろう。」

晶「下剤……?」

ケ「移動教室となれば、授業の直前辺りはみな自分の授業がある教室で待機している。その時間なら、授業の入っていない教室はもぬけの殻だろうからな、お前の昼食に下剤を仕込むことも可能だろう。」

晶「でも…そんなことして授業に向かってたら、それこそ1分だって余裕はないんじゃないのか?結構ギリギリまで教室に残る生徒だっているし……」

晶のその言葉に、ケンイチは少し考え込んでから訊く。

ケ「お前の昼食は、弁当ではなくて既製品か?」

晶「ああ。行きつけのパン屋で、曜日ごとに安く売ってるパンを買ってるよ。ほら……」

そう言ってカバンからパンの袋らしきゴミを見せる晶に、ケンイチはその袋を受け取って小さくも鋭く反応する。

ケ「その安くなるパンというのは…毎週同じ種類じゃないのか?」

ケンイチの話に、晶は驚く。

晶「そうだけど…お前、なんでそんなことまで……」

ケ「おそらく…犯人はお前の買っているパンと同じものをあらかじめ買っておいて、それに下剤を仕込んでおき、午前中に教室から誰もいなくなったのを見計らってお前の持ってきたパンと入れ替えたんだ。入れ替えるだけなら、1分もなくとも作業は終わらせることができる。……仲がいい、と言うくらいだ。昼食もいつも一緒に食べているんだろ?」

そう話しながら、いつの間にか受け取ったパンの袋を自分のブレザーのポケットにつっこむケンイチ。

晶「ああ……」

ケ「なら、お前の昼食を把握することも可能。しかも毎週同じ種類のパンを食べているとなれば、なおさら細工はしやすくなる。お前の昼食が下剤入りの物に入れ替えられたのは間違いないだろう。」

晶「でも、なんでそんなこと……」

ケ「お前のアリバイを失くすためさ。偶然を装い、両瀬が落ちた時にお前が教室にいないようにな。……最近腹痛が多いと言うのは、使用する下剤の効き目の確認だろう。両瀬が落ちる時…お前の担任が換気を行う時間に確実にお前をクラスから追い出すため、使う下剤の量を調節していたんだろうな。そんなことができるのは、お前と共に昼食をとるほど仲の良い人物…アイツら3人の中の誰かしかいないという事になる。」

ケンイチの話に、晶はいまだ信じられないと言ったような顔をする。

晶「だけど、アイツらのうちの誰かが人を殺してるなんて…まして、自分に濡れ衣を着せようとしてるなんて信じられるかよ!」

ケ「なぜ、信じられない?」

屋上の時のような冷たい視線で、晶を流し見るケンイチ。

晶「だって…!アイツらは大事な親友だから……お前たちメディア部員と同じくらいに大事な……」

今にも泣き出しそうにそう言う晶に、ケンイチはどこか悲しそうな目をする。

ケ「だが……お前を陥れるためだけに、仲良くしていたとしたら……?」

晶「そんなバカな事……」

と、その時ケンイチは急に疎ましげな表情を浮かべ、ゆっくりと今まで歩いてきた道を振り返る。

ケ「その距離でこの位置の会話が聞こえるその聴力は褒めてやるがな…お前らバカか?」

晶「どうしたんだ?」

晶が不思議がったその時、とてもバツ悪そうな顔をして隆平が脇道から出てくる。そして、他の部員も顔を出す。

晶「お前ら……」

隆「ったく、マジかよぉ……」

路「ほら、言わんこっちゃない…やっぱりバレたじゃんか!」

隆「だってよぉ…」

修「あ、あの…とりあえず行きませんか?バレちゃったんですし……」

驚く晶をよそに部員たちは何かを言い合っているが、隆平ほどの地獄耳でなければどんな会話かはわからない。そして尾行をしていた6人は晶とケンイチに追いつく。

隆「あのさ、なんで俺らがお前のあとついてってるってわかった?」

ケ「寝言は寝て言え…お前らのやりそうなことなんて、バカでもわかる。…お前のような地獄耳がいるのなら、なおさらな。」

孝「確かに…離れていても会話が聞き取れるなんて、まさに尾行にうってつけだもんな。」

少し嫌味のように隆平を見てそう言う孝彦に、隆平もムッとする。

ケ「で、どこから聞いていた?」

路「どこからってか、ほとんど全部かな…お前が、センパイの腹痛が起きる時間とかを話してる当たりから、隆平から話聞き始めたから。」

海「でもホントなんですか?あの3人の中の誰かが犯人っていうのは……」

ケ「話を聞いていたなら、確認する必要などないだろう?」

そう言って、ケンイチは誰もいない前方へと目を移す。

ケ「と言いつつオレが確認するのも変な話だが、さっきの話の続きだ。今日の午前中にも、例の時間はあったんだろう?」

晶「ああ、確かに3時間目は、3組はどの教科も使ってなかった。」

ケ「じゃあ、あの3人の受けていた教科はわかるか?」

晶「ああ。亜寿沙は語学教室でwriting、タクは3-5で数学Ⅱ、サネはコンピューター室で情報だったと思う。」

ケ「響鬼、お前は?」

晶「自分は3-1で倫理の授業だったけど。」

ケ「うまい具合にばらついてやがるな。…なら、お前たちは全員、自分の教科の教室へは1人で向かったんだな?」

晶「ああ。大抵、こういう時はバラバラに教室に行ってる…」

ケ「つまり、お前たち4人……いや、名取と両瀬を殺したアイツには午前中にアリバイの無い時間があった。…それがわかれば十分だ。」

そう言って不敵な笑みを浮かべ、ケンイチは部員たちに言う。

ケ「この調子じゃ、おそらく今日の夜にでも御笠は殺され、響鬼はまた疑われる。ケリをつけるなら今日が勝負だ……お前たち、あの3人と御笠を、そうだな…3-3にでも呼んでおけ。」

海「え、御笠って……あの人も呼ぶんですか?」

ケ「念のためだ。放っておいて、その隙に殺されでもしたら面倒くさい。それに……いや……」

何かを言いかけて言葉を呑み、ケンイチは学校とは別の方向を向く。

陽「ケンイチくんは……?」

あえて言いかけた言葉を聞き返さない陽に、ケンイチは振り返って言う。

ケ「オレも、用事を片付けてすぐに3-3に行く。響鬼、お前あの3人の連絡先ぐらいは知ってるだろう?」

晶「ああ、大丈夫だ。3人とも携帯の番号を知ってる。…御笠も中学の時に、クラスの連絡用に番号は控えてあるし………」

ケ「なら、大丈夫だな。」

そう言って、ケンイチはふっと思い出したかのように聞く。

ケ「そうだ、あと1つだけ聞いておきたいことがあった。」

晶「なんだ?」

ケ「響鬼、お前名取が死んだと思われる夜、体育倉庫には行ってないんだろ?」

その言葉に、晶はひどく驚く。

晶「お前、なんでそんなことまで……って、おい!」

そう言う晶に、不敵な笑みを浮かべただけで何も言わずに再び歩き出したケンイチを見送って、部員たちはみながみなの顔を見渡す。

路「行っちまった……」

隆「でも、用事ってなんなんだろうな?」

不思議がる隆平に、自分の携帯を取り出しながら孝彦が呆れたように言う。

孝「んなこと気にする暇があったら、お前も誰かに電話かけろよ?…センパイ、電話帳見せてください。」

晶「悪いな。御笠には自分がかけるから……じゃあ孝彦はタクにかけてもらっていいか?」

孝「ええ。タクったら小河原センパイですよね?」

晶「ああ。」

孝彦が晶の携帯の電話帳を見ながら電話番号を打ち込んでいる最中に、隆平と龍路も晶の近くに来る。

路「じゃあ、俺豊津さんに連絡しますよ。」

隆「よっしゃ!だったら俺は南雲センパイに!」

なぜか意気揚々としている隆平に、修丸と陽は苦笑し、龍海はどこか呆れている。

海「隆平センパイってホントに女の人が好きですよねぇ……」

修「入学当初なんか、クラスのほとんどの女子にアタックしてますからねぇ……」

陽「そして誰にも相手にされないのよね……」

隆「お前ら、聞えてんだかんな!」

携帯を操作しながらそう言う隆平に、陽は特に驚かないが、修丸と龍海は小さくもビクついた。

隆「ったく……」

不機嫌そうにそう言って携帯を耳にあてる隆平。その頃には、発進ボタンを押すのをためらっている晶以外の、孝彦と龍路の電話は相手と繋がっていた。

孝「もしもし、あ、小河原センパイですか?……メディア部…えっと、晶センパイの後輩の幾永です。今大丈夫ですか?……ケンイチが……えっと、頭のキレる1年生……はい、ソイツなんですけど、アイツがなんか犯人がわかったみたいなこと言ってて……ええ。それで、今から3-3に来れますか?……あ、たぶん大丈夫です。……はい。そうです。……あ、はい。お願いしますね。」

路「もしもし、豊津さんですよね?……俺、晶センパイの後輩の佐武って……あ、そうです。……ええ、進展ってか、なんか3-3に来てほしいってケンイチ…えっと、うちの部の1年……あ、はい。アイツが言ってて……あ、それで今から大丈夫ですか?……あ、じゃあ急で悪いんですけど、お願いしますね。……はい……はい。それじゃ。」

2人の電話の最中に、隆平の電話もつながる。

隆「あ、南雲センパイっスか?……俺、近宮っス、ほら、メディア部の……そうそう!晶センパイの後輩の!あのですね、……ええ、ケンイチの奴が犯人わかったみたいで、あ、ケンイチってのは……ええ、ソイツです。それでね、ケンイチが南雲センパイに今から3-3に来てほしいって……あ、マジっすか?よかったぁ!じゃ、できるだけ急いでくださいってことなんで!そんじゃ!」

隆平が電話を切ったのを見て、孝彦と龍路が小さく嬉しそうに隆平を見る。

孝「小河原センパイ、今から電車降りて学校戻るって。」

路「豊津さんもオッケーだ。今から家出るって言ってたぜ。…ま、ついさっき家に帰ったばっからしいけどな。」

隆「南雲センパイも、今帰宅途中だからすぐに来るってよ!」

そう言って、3人は携帯を握ったまま何かをためらっている晶を見る。

隆「あの、あれだったら俺がかけましょうか?」

晶「いや……大丈夫だ、今かけるから。」

心配そうに声をかける隆平にどこか嬉しそうにそう言って、晶は発進ボタンを押して携帯を耳元まで運んだ。

 

㉒(6)

メディア部のメンバーが3-3に着いた頃、すでに南雲は教室で待っていた。そしてメディア部の到着から数分後に豊津が、それから30分ほど待って小河原、続くように数分後に御笠が3-3にやって来た。が、呼び出しをかけた本人、ケンイチはまだ姿を見せない。

御「ちょっと、まだなの?」

さすがに両瀬まで殺されて、次に殺されるのが自分だと思うのか、怯えた様子を隠さずにそう言う御笠。

晶「いや…たぶんあと少しだと思うけど……」

御「少しってどれくらいよ!!あたしは、弥生と柚子姫殺した奴がわかったって言うから、わざわざ来てやってんのよ!」

そう怒鳴って、近くの机を平手で思いっきり叩く御笠。

南「バカじゃないの、落ち着きなさいよ……」

御「だ、誰がバカですって?!」

小「だから、ギャーギャー騒ぐなって、みっともねー。」

御「みっともないのはあんたたちの方じゃない!こんな時まで4人で固まっちゃってさ、団子じゃあるまいし……」

豊「んだと、お前こそ名取や両瀬と団子してたじゃねーか!」

御「バーカ、あんたたちと一緒にしないでくれる?あたしらは―」

路「金魚のフンなんでしょう?」

こんな時でもカメラの手入れをしながら、珍しく嫌悪を込め、そしていつものように人のケンカに口を出して止めようとする龍路を、部員たちや晶と仲の良い3人は少し驚いて、御笠はひどくムキになった表情で睨む。

御「それ、どーゆー意味よ!!」

海「高3なのに金魚のフンの意味も知らないんですかぁ?」

兄同様にビデオカメラをいじりながら、ひどくバカにするようにそう言う龍海。

御「バカにするのもいい加減に―」

ケ「メディア部にバカにされるようじゃ、低レベルもいいところだな。」

御笠の言葉を遮るように教室に入ってきたのはケンイチだった。

陽「ケンイチくん…!どこ行ってたの?ずいぶん時間かかってたみたいだけど……」

ケ「別に大した用じゃない。」

あっけなくそう言って、ケンイチは黒板の方へ歩いて行き、携帯のアドレスのようなものを書く。

晶「それ…ナリのアドレスじゃないか……」

ケ「ああ。そして数日前にこの黒板に書かれた落書きに添えられていたアドレスでもあるが……」

そう言って、教室の中のメンバーを見渡すケンイチ。

ケ「さっき警察に電話で確認したんだが、殺された名取と両瀬の携帯のメールの受信履歴には、このアドレスからのメールが残っていた。いずれも時刻は20時半前後、内容は久島の亡霊を装った脅迫文だったらしい。」

ケンイチの話の最中に自分の携帯を開いて何かを見ていた晶が、携帯を見ながら少し驚いた様子で言う。

晶「20時半って、ナリのアドレスで自分にメールが来たのもそれくらいだ……」

海「あれ、センパイにはどんなメールが来たんですっけ?」

晶「ケンイチが言ってるのと同じ、ナリのフリをしたようなふざけた内容だよ。……ナリじゃないってのはわかってたけど、自分とナリのアドレスを知ってる奴の心当たりなんかなかったから……」

そこまで言って、晶は少し怯える様に言う。

晶「放っておくのが怖くて…メールに書かれてた体育倉庫に行こうとしたんだ。」

南「え、行こうとしたって……もしかして行かなかったの?」

不思議がる南雲にうなずく晶。

小「でもお前、体育倉庫に行ったって言ってなかったか?」

晶「行ってないんだよ。…ただ、学校に来たのは事実だし、誰かと一緒だったわけじゃないから言ったって信じてもらえないと思って、警察には言わなかったけどな。」

御「はあ?それ、どういうことよ?」

晶「学校に着いて、もう1回メール見直したらちょっと冷静になれてさ、高校の体育倉庫は蜘蛛の巣だらけだってことを思い出したのと、自分が倉庫に行かない方がメールの送り主は困るんじゃないかと思って結局そのまま帰ったんだ……」

そう言って黙り込む晶を見て、修丸がケンイチに訊く。

修「あの、つまりはこういうことですか?センパイも含めて、名取さんも両瀬さんも、久島さんのアドレスとメールの内容に脅されて夜の学校に来たと……」

ケ「ああ。響鬼はもとから久島のアドレスを登録していたし、黒板に書かれていたこのアドレスは比較的覚えやすい。メールの内容と相まって、名取も両瀬もすぐに久島の自殺に関わる人物からのメールだと気付き、言われるままに目撃者もろくに出ないであろう夜の学校にやってきて、そして殺されたんだろう。……余談だがな、両瀬の死亡推定時刻もやはり昨日の夜で、後頭部の、落下とは関係ない場所に殴られたような跡があったとも聞いた。」

陽「じゃあ、屋上でケンイチくんが話してくれた通りだったのね…」

ケ「ああ。」

そう言ってから、ケンイチは少しの間黙りこんだ。そして晶を含む3年生の5人を見る。

ケ「ところで、なんでオレがお前たちをここに集めたか、わかってるのか?」

豊「なんでって、犯人がわかったからって聞いたけど……」

ケ「なら、まだその女…御笠への殺意を持ったままの犯人を野放しにしておいて、犯行とは関係のない人間だけに悠長にこんな話をすると思うか?」

小「ちょ、ちょっと待てよ…それって俺たちの中の誰かが、晶に濡れ衣着せて、そんで名取や両瀬を殺した犯人だって言いたいのか……?」

静かにも驚きを隠せずにそう言う小河原に、ケンイチは不敵に笑ってうなずく。

ケ「まあ、そんなとこだ……犯人その人だけを呼んでもよかったと言えばよかったが、万が一、1人だけ呼び出して感づかれるのもマズいんでな、ついでに今回の事件で響鬼に付きまとってる人間全員呼び出させてもらったのさ。」

南「付きまとってるって……あたしらはただアッキのことが心配で……」

御「てか!あたし別にコイツに付きまとってなんかないし!」

隆「はあ?!何度も部室の外から盗み聞きしといて今更何言ってんだよ!!」

御「そ、それは……」

年上だろうが、気に喰わない相手に対してはため口の隆平。

孝「……アイツが人の盗み聞きを咎められるのか?」

路「ま、まあ隆平は聞きたくて聞いてるわけじゃないからセーフじゃね?」

呆れ気味の孝彦と苦笑気味の龍路。

豊「でもよ、なんで俺たちなんだよ……そこんとこ、訳わかんねーんだけど……」

どこか落ち込んだ様子の豊津に、ケンイチは相変わらずの冷たい口調で続ける。

ケ「両瀬殺しはともかく…名取の死体が放置されていた場所と、その殺害方法。御笠も響鬼も言っていただろう?久島が中学の体育倉庫に閉じ込められたことを知っているのは久島本人と、御笠、名取、両瀬の加害者組、そして久島を倉庫から出してやった響鬼の5人だけだと。そしてその話は俺たちメディア部員とお前たち3人しか聞いていない。つまり、名取を殴り殺して体育倉庫に放置するなんてことと久島の自殺を結び付けられるのは、お前たち3人だけなんだ。」

御「とにかくさ!誰なのよ、弥生と柚子姫殺した犯人ってのは!…さっきから話聞いてたら、響鬼じゃないって言いたげだけど?」

ケ「ああ。響鬼が犯人だとすれば、はっきり言ってあまりにもお粗末すぎる粗が多い。例えば、両瀬が屋上から落下した時のアリバイ……」

小「両瀬って言えばさ、それこそあれって偶然じゃねーのか?確かにうちの先生が授業の中頃に換気するのは俺たち全員知ってるさ。でも、晶が腹痛くするのがわかるなんて不可能なんじゃ……」

ケ「可能だよ、十分にな。」

うつむき加減にそう言って、ケンイチは晶と仲の良い3人を見る。

ケ「南雲、小河原、豊津…お前らはいつも昼食は響鬼と取っているそうだな?」

豊「あ、ああ。」

ケ「なら、響鬼がどんな昼食を学校に持ってきているかも知ってるだろ?」

南「ええ…毎日ってか、その曜日で同じパン持ってきてるからね。」

小「なんつったっけ?なんとかベイクって店の、曜日ごとに安くなるパンだよな?」

豊「高校はクラス替えないし、1年の6月ごろにゃ俺たちもう仲よかったからな、さすがにそれくらいはわかってるよ。」

御「で?それがどうしたっての1年生くん?」

ケ「つまりだ…学校に来て、誰にも見られずに響鬼の昼食に下剤を入れるのは難しくとも、家で下剤入りのパンを用意しておけば入れ替えるだけで済む。お前たち3人なら響鬼の昼食を下剤入りのものと入れ替えることが可能なんだよ。」

小「下剤って……でもそんな時間とか効果なんて調節できるかよ……」

ケ「響鬼の話じゃ、最近は、午前中に3-3が空き教室となる授業がある日の昼過ぎに、腹痛を繰り返しているそうだ。……おそらくはその時に下剤の量や種類を調整していたんだろう。」

御「だから!そんなこといいから、さっさと犯人教えてよ!!」

煮え切らずにそう怒鳴る御笠。そんな御笠を見て、ケンイチはひどく冷淡な顔をする。

ケ「人1人自殺に追い込んでおいて、自分が殺されるのは怖いのか?」

御「自殺に追い込んだ?バカ言わないで!アレは久島が勝手に死んだ―」

晶「お前!!まだ言うか?!」

思わず御笠の胸ぐらを掴む晶。

御「ちょっと!やめてって!」

晶の手を振り払う御笠。そんな御笠を未だ噛みつきそうな目でにらんでいる晶を見て、ケンイチは呆れるようにまた黒板に何かを書き始める。そんな様子を、みな不思議そうに見始めた。

「愛大」

晶「お前、それ―」

ケ「言うな。」

晶「え?」

晶を言葉で静止し、ケンイチは教室を見渡す。

ケ「コイツをなんて読むか、わかるか?」

そう言われる3人。

南「え?えっと……あい、じゃなくてまな……ん~と……」

豊「つーか、どっかで見たぞ、それ……」

小「どっかって、これ久島って奴の名前だろ?ナリヒロだっけ?」

豊「あ、そっか!晶が見せてくれたメールで見たんだ!思い出した!」

3人が結論を出した時、ケンイチは一際不敵な笑みを浮かべた。

ケ「そう…コイツは久島の名前だ。そして……一番最初に違和感を感じたきっかけでもある。」

御「違和感って、何よ?」

ケ「お前たちが初めてメディア部を訪ねてきた日…この黒板に落書きがされていた日のことだが、当時久島とは違うクラス、もしくは閏台中学ではない中学に通っていたお前たち3人は、3年前に自殺した生徒の名前どころか、苗字すら知らなかった。そうだよな?」

小「ああ。鳩谷先生と晶の話聞いて、初めて久島って苗字だって知ったよ。俺、閏台中学じゃなかったしさ。」

豊「俺も…中学は閏台だったけど、なんかあの頃は、その久島のことは聞いちゃいけない気がしてたから……」

南「名前だって、アッキがナリ、ナリっていうからナリって言うのはわかったけど……」

段々と不安そうになる南雲に、ケンイチは試すように言う。

ケ「そう。お前たちは自ら、3年前に自殺した生徒の名前を知らないと言った。そして響鬼はその生徒、久島の事を「ナリ」としか呼ばない状況…つまりはお前たちにとって久島の本名を知らない状況の中で、差出人の欄にこの名前が書かれたメールを見せられた。」

豊「それがなんなんだよ……」

疑われていることからの焦りが見える豊津に、ケンイチは再び黒板に書かれた文字を見て、それを握った手でコツコツと叩く。

ケ「久島の名に使われている愛という字は、愛という字の名のり…名前に使用する際にしか使われない特殊な読みであり、男の名前で考えれば、この漢字は他にも「チカ」や「ノリ」とも読める。この漢字の並びを見て一発で「ナリヒロ」と読むのは、久島の関係者しかありえないという事になるんだよ……にもかかわらず、だ。」

そう言って、ケンイチは晶から何も言わずに携帯を取る。

晶「あ、おい!」

驚く晶に何も言わず、ケンイチは3人のうちの1人の目の前に、歩きながら開いた、久島の亡霊を装ったメールを突きつける。

ケ「小河原……なぜお前は、これを見てすぐに「ナリヒロ」と読めたんだ?」

皆が驚きを隠せない中、その驚きの中心に立たされたのは…2人の友と同様に、晶の無実を信じていたであろう…小河原拓真だった。

小「……!」

小河原はどこか切羽詰まった表情をするだけで、ケンイチの問いには答えようとしない。

南「ま、待って……それってどういうこと?ってかそんなことあったけ?」

慌てはじめた南雲を見て、孝彦がふと思い出す。

孝「そういや、確かに言ってた……!センパイがメール見せてくれて亡霊がどうのって言ったけど、俺もだし、誰も最初は意味わかんなくて……」

その言葉に、龍路も続いて思い出す。

路「そうだよ、差出人の名前読めなくて訳わかんなくて…そしたら小河原センパイが「ナリヒロって誰だ?」っつったんだ!…あれでナリヒロって読むんだ、ってちょっと驚いたから覚えてるよ。」

ケ「……今回の事件はすべてにおいて3年前に自殺した久島の存在を匂わせている、つまり犯人は3年前に自殺した生徒が久島愛大だと知っている人物。そうなるとまず怪しいのは3年前に久島と同じクラスであり、落書き騒ぎのあった現在の3-3の生徒となるが、そう思っていた矢先にあの発言だ。……久島の名を知っていて、それを知らないフリをするのにはそれなりの訳がないと不自然だろう?」

修「その訳というのが、小河原さんが犯人だという事ですか?」

ケ「ああ。」

小「待ってくれよ……」

ここまで黙って話を聞いていた小河原が、落ち着きを無理に作ったような口調で口をはさむ。

ケ「反論があるなら聞いてやるぜ?」

小「反論も何もさ、そんなの俺が犯人だって証拠にはならねーだろ?……あのメールの差出人の名前が読めたのは、その……俺の友達にもいるんだよ、愛って書いてナリって読む奴が。だから読めただけでさ…ホントに久島の名前は知らなかったんだよ!」

豊「だ、だよな!お前が晶に濡れ衣着せてまで人殺すわけないよな!」

小「そうだよ!…第一、それ言ったら御笠だってお前の言う犯人って奴の条件にあてはまるじゃんか!」

御「はあ?何言ってんのよ!なんであたしが柚子姫と弥生殺さなきゃいけないワケ?!」

小「んなこと知らねーよ!でも、今回の事件と久島のいじめが関係してること知ってて、久島の名前も知ってて……それに、晶の昼食だって2年以上同じクラスなんだから見てたらわかってたかもしれねーしよぉ!」

御「あんたふざけないでよ!!」

小「ふざけてなんかねーよ!…お前もさ!人の事犯人扱いしたいんなら、そんな曖昧な事ばっか言ってないで、もっと確実な証拠でも見つけてからにしてくれよ!」

その言葉に、ケンイチはどこか怪しいほどに不敵な笑みを浮かべ、親指で晶を指して言う。

ケ「お前、響鬼の苦手……を知ってるか?」

㉒-2(7)

小「は?」

いきなりの質問に小河原は怪訝そうに驚く。そんな小河原を見て、ケンイチは小さく笑う。

ケ「犯人は、響鬼の苦手を理解していないがために大きなミスを犯しているんだよ。」

小「え……」

ケンイチの一言に、小河原は一気に緊張の色を見せる。

ケ「豊津も南雲も知っているモノだ。…もしお前も答えられるとすれば、お前は犯人ではないということになるんだがな。」

その言葉に、いよいよ小河原は余裕を失くしていく。

ケ「なんならヒントをくれてやろうか?」

試すようにそう言うケンイチに、小河原は反応を見せる。

ケ「両瀬殺しの現場だが……警察が言っていた通りに、柵にはもみ合った痕跡のような歪みや、張っていた蜘蛛の巣が破れていた跡があり、その付近には砂っぽい足跡も見つかった。だが、響鬼の苦手を理解しているうえで響鬼を犯人に仕立てるとすれば、その痕跡は…いや、あそこを現場に選ぶこと自体が不自然なんだ。…ここまで言えばわかるんじゃないか?」

その言葉に、小河原は何か言葉の粗を探すように必死にケンイチを見ている。

ケ「あの場所で響鬼は犯行はできない。両瀬を落とそうとすれば見えてしまうモノが、響鬼の犯行を否定している。」

その言葉に、小河原はどこか「しめた」と思ったような顔をする。

小「あ、ああ!思い出した!晶は高い所が苦手なんだよな!なあ、そうだろ晶?」

必死な小河原に、晶は驚きを隠せなかった。

晶「タク……お前ホントに……」

小「な、なんだよ……違うのか?だってあそこで犯行ができないって、そーいうことだろ―」

ケ「蜘蛛だよ……」

小「え…?」

驚いてケンイチを見る小河原。

ケ「響鬼は前に毒蜘蛛に噛まれたことがきっかけで、蜘蛛が苦手なんだ。……糸も触れないくらいにな。」

小「…!」

ケンイチの言葉に、小河原は一気に顔色を悪くする。

ケ「もしあそこで人を落とすとしたら、嫌でも柵に張った蜘蛛の巣は目に入るだろう?…だから響鬼にあそこでの犯行は不可能なんだ。…ましてや、響鬼が蜘蛛を苦手としていることを知っているのなら、柵に張っていた蜘蛛の巣を破ったりはしない。響鬼は蜘蛛の糸に触れないんだからな。」

小「だ、だとしても!なんで俺だけが知らないんだよ!亜寿沙やサネはどうなんだよ!」

必死に食いつく小河原に、ケンイチはつまらなさそうな顔をして、晶を一瞥してからまた小河原を見る。

ケ「コイツは、蜘蛛が苦手な事を人に知られることを嫌い、クラスで蜘蛛が出た時なんかも平気なフリをしていたらしいが、前に南雲にはバレてしまっているらしい。」

そう言ってケンイチは南雲を見る。そして見られた南雲は言いにくそうな顔をしつつもうなずく。

南「屋外の体育でソフトボールの授業の時に、あたしとアッキのチームが試合なくて休んでる時、風で小っちゃい蜘蛛が飛んできてさ。他のみんなは試合見るのに夢中だったから気付いてなかったみたいだけど……アッキが蜘蛛なんか怖いなんて意外だったからよく覚えてるわ……」

ケ「響鬼が蜘蛛を苦手としていること……それを誰かに言ったりは?」

南「しないわよ。アッキ、すごく恥ずかしそうだったから……」

小「おい!亜寿沙はいいとしてもサネは?!サネはなんで知ってんだよ?!」

必死にそう言う小河原に、豊津も言いにくそうに切り出す。

豊「昨日さ、御笠がメディア部の部室出てった後に、お前怒って追いかけただろ?あの後、部室にでっかい蜘蛛が出てさ……その時に……」

その言葉に、小河原はただただ驚くだけだった。

ケ「……両瀬殺しの現場で蜘蛛の巣を破るという行為は、響鬼の蜘蛛嫌いを知らないお前しか取ることのない行為なんだ。」

小「でも……違う!俺じゃない!俺じゃねーよ!」

3-3に集まった全員に対するようにそう言う小河原を見て、ケンイチは一際冷淡な視線を小河原に向け、そして教室に入る時に持っていたカバンに手を入れる。

ケ「……あくまで認めないと言うのなら、コイツを警察に突き出すまでだ。」

そう言ってケンイチが取り出したのは、袋に入った総菜パンだった。

小「な……!」

それを見た瞬間、小河原は反射的に自分のカバンを開いた。

小「あれ……―!」

そして何かを見て小さく驚いた後、自分のカバンの中に誰かの手が入れられたこと、そしてその手が「何か」を掴んで自分の視界から消えたことにひどく驚いた。

ケ「さっき言ってたよな?確実な証拠を見せろと。……これがその証拠だ。」

そう言ってケンイチはハンカチ越しに掴んでいる、小河原のカバンから取り出した物……先ほど取り出した物とまったく同じ種類の総菜パンを見せつけた。

海「あの……なんで同じパンが2つあるんですか……?」

隆「そうだよ…ってか、それが証拠ってどういうことなんだ?」

不思議がる2人だったが、ふと陽が気付いたように言う。

陽「もしかしてそれって……もともとセンパイが自分で買ったお昼ごはんなんじゃ……」

そんな陽を見て、ケンイチは小河原のカバンから取った方のパンを見せる。

ケ「ああ。コイツは小河原が入れ替えた、響鬼が自分で買っておいた下剤の入っていないパン。そして……」

そう言って、ケンイチは自分のカバンから取り出したパンを見せる。

ケ「コイツはさっき、オレがここに来るまでに買ったパンだ。小河原がどこまで素直に犯行を認めるかわからなかったからな、保険をかけようと思って用意しといた。」

孝「もしかして、お前の言ってた用事ってそれを買いに行く事だったのか?」

ケ「……ああ。」

修「でも、よくセンパイの行きつけのパン屋とか、今日の昼用にセンパイが買ったパンの種類なんてわかりましたね?」

不思議がる、というよりも半ば感心している修丸に、ケンイチは今度はブレザーのポケットからパンの袋らしくゴミを出して見せる。

ケ「お前たちと合流する前に、響鬼からコイツを受け取ってたからな、ラベルを見ればパンの種類も店の場所も誰だってわかる。」

晶「あ、お前にそれ渡したの忘れてた……」

思い出したかのようにそう言う晶に隆平が呆れている。

隆「んなこと忘れるもんですかぁ?」

晶「し、仕方ないじゃんか!……なんつーか、それどころじゃなかったっつーか……」

そこまで言って、ケンイチが呆れたような目で晶と隆平を見ていることに気付いた晶は、慌ててケンイチに言う。

晶「あ、悪い!別にお前の話の腰を折りたいわけじゃなくて……」

そんな晶を見て、ケンイチは再び小河原のカバンから取り出したパンを見せるように、面倒臭そうに小河原へと目線を移す。

ケ「これをお前が持っていたという事は、ここにいる全員が見ている。そしてこの袋から響鬼の指紋でも出てくれば、これはもともと響鬼が買ったものだとも証明できる。……お前が犯人でないと言うのなら、説明してもらおうか?なぜこのパンがお前のカバンから出て来たのかをな。」

その言葉に、小河原は緊張からずっと噛みしめていた歯に込めていた力を無意識に抜いたようだった。

小「なんなんだよお前……頭キレすぎだろ?」

まさに「落ちた」瞬間を目の当たりにした3年生たちは、まだ信じたくないと言った顔で小河原を見る。

豊「おい、タク……嘘だよな?お前がそんな―」

小「よせよ……お前だって見ただろ?…俺のカバンから晶のパンが出てきたとこ……ここまではっきりした証拠見といて庇い合いなんて、寄ってたかって1人をいじめるアイツらよりもみっともないぜ?」

そう言って小河原は御笠を見るが、御笠はバツ悪そうに目を逸らす。

南「タク……」

そんなやりとりの中、ケンイチは人知れず自分の胸に手を当てている。そして、また人知れずその手を放す。

小「しっかし、言われてみれば確かに穴だらけだったよな!本当なら御笠だって、晶に濡れ衣着せて殺してやるつもりだったのによ……友達のフリして晶のことハメようとしたりするから、こんなことになっちまったのかな!」

半ば自暴自棄気味にそう言う小河原を、晶や南雲、豊津はどこか悲しそうに見ている。

陽「あの……」

そんな空気の中、陽がどこか複雑そうな顔をして小河原を見た。

陽「なんでセンパイに濡れ衣を着せようとなんかしたんですか…?それも…久島さんの亡霊のフリをしてまで……」

その言葉に、小河原は一気に憎しみに満ちた顔を見せる。

小「許せなかったんだよ……愛大をいじめていた御笠たちも、味方のフリして愛大を裏切った晶もな!!」

その言葉に晶は悲しげな表情を浮かべ、御笠はどこか怯えているようだった。そして小河原はふっと、晶たちとはまた違う悲しい色を見せる。

小「愛大はさ……俺の幼なじみだったんだ。」

晶「ナリとタクが、幼なじみ……?」

小「ああ。幼稚園と小学校が一緒だった。学校の帰りはいつも一緒だったり、休みの日には朝から夕方までずっと遊ぶのがしょっちゅうだったり……ちょっと頼りないところはあったけど、俺、友達として愛大のことが大好きだった。親とうまくいってないアイツを、絶対に支えてやるんだって思ってた。でも俺の親の転勤があって、4年生になる年に俺は和歌山に引っ越してさ、アイツとはしばらくは手紙とかで、お互い中学生になって携帯を買ってもらってからは電話とかして連絡を取りあってたんだ。…それで高校は親を説得して、東京にいる叔父さんの家からアイツと同じ高校行こうって思って、アイツの通ってた閏台中と一貫校のここを受けたんだけど……アイツはもうここにはいなかったんだ。」

そう言う小河原の話を聞いて、晶がとても悔しそうにうつむく。

小「確かに、冬休み当たりから全然連絡取れなくなっておかしいな、とは思ってた……アイツの家族も俺らが小学生の時に住んでた家から引っ越してて連絡も取れなくて……だけど、きっと俺みたいに親の都合で閏台市から引っ越したんだな、俺よりも仲の良い友達ができたんだなって思ってさ、寂しかったけど気にしないことにしてたんだ。」

修「じゃあ、なんで今頃になってこんなことを……?」

小「今頃?……いや、この時期に愛大の復讐をしたのはアイツが死んだ時期に合わせてやっただけだよ。ちょうど…明日が愛大の命日だからさ。本当は、ここに入って1カ月くらいした頃にはこの計画は立ててたんだ。」

南「1カ月って言ったら…まだあたしらそんなに仲よくはしてなかった頃よね?」

小「……亜寿沙とサネは成り行きで仲良くなったけどよ、俺が晶と仲良くしようと思ったのははっきり言って、偶然なんかじゃねーんだよ。」

晶「それ…どういうことだよ……」

信じたくない、と言った顔でそう言う晶を、小河原はどこか恨めしく見る。

小「あの頃、入りたての空手部でさ、偶然中学の時に愛大と同じクラスだった奴が2人いてさ……そいつらがなんか、愛大がいじめで自殺した、なんてことをひそひそ話してたんだ。それで、中学が違ったからってことを理由に話聞きたいっつったら、その2人も俺が閏台中学じゃないからって、御笠たちや、お前に内緒にしとくなら教えてやるって言って話してくれたんだ。」

そう言って小河原は晶を見る。

小「愛大は御笠、名取、両瀬の3人にいじめられてて、それでクラスで愛大と仲良くしてた晶が愛大をできるだけ守ってやってて……だけど、本当は晶の裏切りのせいで愛大は死んだんだってことをな!!」

晶「…!」

南「ちょっと、それどういうこと?!ねえタク!」

小「空手部のソイツらの話だと愛大はさ、クラスメートたちの目の前で…みんながクラスに集まった頃に、クラスの窓から見える位置から落ちて死んだんだと。それから、愛大が落ちるちょっと前に、晶と御笠たちが何か険悪な感じだったのと、晶の机の上に、ボロボロになった愛大の大事にしていた本が乗っていた事。それから、愛大が落ちた後に、愛大を殺したのは晶だと言う御笠に、晶は反論しなかったこと……そんなことを教えてくれたよ。」

そう言って、小河原は悔しそうな顔をする。そして御笠はなおもバツの悪そうな顔をし、晶は一層悲しげな顔をしている。

小「俺は愛大が辛い時に何もしてやれなかった……アイツが辛い思いをしていることに気付きもしてやれなかった……だから、だからせめてアイツが死んだ日に合わせて、アイツを自殺に追い込んだお前たちに、アイツの代わりに復讐してやろうと決めたんだ!!」

豊「まさかお前…そのために晶と仲良くしてたってのか……?」

小「決まってんだろ?…どーせ御笠たちみてーな女子のグループになんか近付けるはずもないし、その点、晶は話しやすかったからすぐに仲良くなれた。愛大の復讐をする時に疑われないように、今の今まで親友でいてやったんだよ。」

路「それじゃあ……まさか晶センパイも殺すつもりだったんですか……」

恐る恐るそう訊く龍路に、小河原はどこか自嘲するように言う。

小「いや?」

その一言に、みながホッとした時だった。

小「愛大の自殺に関わる事件の犯人に仕上げてやれば、晶は一生、愛大のことを…愛大を裏切って殺したことを忘れないだろ?」

その言葉に、ケンイチを除き、その場に居た誰もが驚きを隠せなかった。そして晶は何も言わずに、ただうつむくだけだった。

ケ「また逃げるのか……」

そんな晶に、今まで黙って小河原の話を聞いていたケンイチがそう口をきいた。

晶「逃げるも何も―」

ケ「なぜ本当のことを話さない?…お前は久島を裏切るつもりなど毛根なかったこと、ただ御笠らにハメられただけだと……」

晶「…確かに自分はハメられた。でも、ナリが自分に裏切られたと思ったまま死んだことは事実なんだ……」

そう言って頭を抱える晶。そんな晶を見て、小河原はにわかに余裕を失くしだす。

小「ハメられた……?どういうことだよ?!」

隆「あんた、センパイの友達の癖して知らねーのよ!……センパイはな、最後までナリさんを裏切ったりしてねーんだからな!」

孝「久島さんがセンパイに裏切られたと誤解したのは、大事にしていた本がボロボロにされて、センパイのカバンに入っていたから…でも、本をボロボロにしたり、それをセンパイのカバンに入れて、久島さんにセンパイのカバンを見るように仕向けたのは御笠さんたちだったんですよ。」

勢いで小河原に喰いかかる隆平と、冷静にもどこかやりきれなさを見せて説明する孝彦。

修「センパイは最後まで…いえ……今この瞬間だってずっと久島さんを守り続けてきたんです!御笠さんたちからのいじめや、あなたのでっち上げた、亡霊だなんてくだらない誹謗から!」

さらに続く修丸や、彼と同じ胸中で小河原を見据える部員たちを、小河原は後悔するように見る。

小「で…でも……俺が聞いたのはそんな話じゃ……」

ケ「話を聞いた相手が悪かったな。……当時、御笠らと響鬼のいざこざが起きた際には誰も関わろうとしなかった。大方、お前が話を聞いた奴らも、御笠らと響鬼の言い合いの傍にいるのを避け、久島が転落する以前のやりとりを知らなかったんだろう。」

小「じゃ、じゃあ……愛大の自殺に、晶は関係なかったってのか……」

次第に震えだす小河原に、晶は何かを言おうとする。

晶「でも、結局は―」

御「んなわけないじゃない!」

晶の言葉を遮るようにそう言ったのは、怯えから一転して怒りをあらわにする御笠だった。

豊「御笠、テメ―」

御「事実なんて関係ないわ!ええ、そうよ!確かにあの根暗の大事にしてた本をズタボロにして響鬼のカバンにツッコんだのはあたしらよ!でも、実際久島は響鬼が裏切ったと思って飛び降りた!飛び降りた直接の原因が響鬼にあるなら、それまでのいじめなんて関係ないじゃない!それなのに、あたしまで殺そうとしてたとかマジありえない!」

南「あんたねえ……!あんたこそ久島くんの代わりに死んじゃえばいいのよ!」

御「は?何、あんたもあたしのこと殺したいってわけ?はあ~、なんかみんなしてあたしらが悪いとか言うけどさ、結局は久島に信じてもらえなかった響鬼が悪いんじゃない!ってかさ、あたしマジあんな根暗の味方面したがる気持ちとかわかんないんですけど―」

御笠は言いたいことを最後まで言えなかった。御笠の言葉を遮って、鈍い音が教室に響く。

御「な、何すんのよ!」

晶「ケンイチ……?」

御笠はケンイチに殴られた。ケンイチだと思われる、その人物に殴られた……

ケ「ふざけるな……」

殴られた頬を抑え、負け犬のように悔しそうな顔をしている御笠を見据え、そう言ったのは……

賢「小河原センパイも、久島さんも…晶センパイまでも傷つけておいて!……ふざけるのもいい加減にしろ!!」

そう言って御笠を見据えたのは、口調こそ怒りのために乱暴なものだったが、それは紛れもなく賢一だった。その目には溢れんばかりの涙が溜まっている。

海「あれ……もしかして……」

陽「ヨシくん……」

驚く部員たちをよそに、賢一は目に溜まった涙を一気に拭って少しだけ冷静を取り戻し、年上への敬語を思い出す。

賢「…殴ったことは謝ります。だけど……」

怒りの中にも、賢一の目には再び涙が溜まる。

賢「死んじゃえばいい、なんて言いませんけど……でも!人の痛みも知らずに…ただ楽しんで……取り返しのつかない事実を人に押し付けて……あなたなんかに……!自分を責め続けて苦しみ続けたセンパイの気持ちなんて絶対にわかりませんよ!!」

そんな賢一をみな心配そうに見る中、御笠だけは不機嫌そうに見ていた。

御「あんた、何泣いてんの?まさか響鬼のためとか言う?……バッカみたい。こんな善人ぶってる女庇ってどうしたいってのよ?」

賢「!」

御笠の言葉に、賢一は衝動的に拳を握った。

御「大体、久島のこと守ってたのだって自己満足の為だったんじゃないの?いるのよね、自分をよく見せるために、弱い人守ってあげてますーって顔する奴!あんた達も大変ねぇ、こんな偽善者の後輩だなんてさ―」

賢「うわあああ!」

御笠の言葉を遮り、賢一はまた目に溜めた涙を流し、そして悔しさと怒りに握った拳を、衝動的に御笠にぶつけた。そしてその勢いを殺す術も知らず、御笠の後方へと膝をついて崩れてしまった。御笠も今度は尻餅をついて倒れ、後悔の色を顔に見せて賢一を見ている。

賢「お前なんかに……センパイの気持ちなんか……!」

崩れ落ちたまま、うつむいたまま、そして泣いたままにそう言う賢一に、御笠はもはや何も言わなかった。

晶「もういい……もういいよ賢一……」

立ち尽くしたまま、泣きそうな声でそう言う晶。そんな晶の気持ちを代弁するかのように、陽は何も言わず、賢一に寄り添う。そんな中、ふと小河原が教室の外へと歩を進める。

隆「おい、どこ行くんだよ!」

小さな足音に気付いて小河原を止めようとする隆平につられ、賢一や陽、晶も含めてみなが小河原を見る。

小「……ありがとな、晶。」

晶「え……」

そう言う小河原は、振り向こうとはしない。

小「勝手な勘違いで苦しめちまって…そんな俺が言えたことじゃねえけどさ。……愛大のこと、守ってくれてありがとな……」

晶「タク……」

そして、小河原は賢一の方を振り向いた。

小「2年以上も一緒にいて、気付くべきだったよ……他人に涙流してもらえるような…こんなに後輩から慕われるような奴が、愛大を裏切るはずないのにさ……」

寂しそうに、そして後悔するようにそう言う小河原に、南雲がどこか覚悟するように訊く。

南「タク、あんたもしかして……自首するの?」

そう言う南雲の言葉に、小河原はまた戸の方を向きなおす。

小「今更遅いかもしれねーけどよ…もう、晶も愛大も傷つけたくねーからな……じゃあな。」

そう言って教室を出て行った小河原を、御笠以外の3年生は皆悲しげな顔で見ていた。そして、寂しげに豊津が口を開く。

豊「いくら久島の復讐の為っつったって……タクは晶のこと……本当は心のどこかで親友だって認めてたんだろうな。」

南「そうね……また、4人揃う時が来るよね……今までみたいに、4人揃って……」

南雲の言葉に、誰も何も言わなかった。しかし、みな南雲の言葉をしっかりと受け止めていたようだった。

 

㉓(8)

「進路室に警察が来てるんで、ちょっと話してきます。たぶん1時間くらいで終わります。終わり次第部活出ます。 響鬼」

次の日の放課後、部活動が始まっても部室には晶の姿は見えず、ホワイトボードには晶の伝言が書いてあった。

鳩「そうか…小河原が、久島くんのために……」

昨日の話を聞いて、鳩谷もどこかやりきれなさそうな顔をしている。と、その時。いいタイミングで晶が部活に帰ってくる。

晶「よ~っす。」

連日の疲れこそ見えなかったが、いつもの挨拶の中にはどこかカラ元気がうかがえた。

路「晶センパイ…お疲れ様です。」

賢「警察の人との話、終わったんですか?」

晶「ああ。話っつーか、なんつーのかな?疑ってごめんなさい、みたいな話だったよ。」

そう言って、晶は疲れたように自分の席に座り、小さなため息をつく。

修「でも……犯人がわかったのはよかったですけど、やりきれないですよね……」

海「やりきれないって、何がですか?」

修「だって、久島さんはセンパイに裏切られたって誤解したままなんですよ?……小河原さんには理解してもらえても、久島さんにはもう……」

その言葉に、部室は重い空気に包まれる。

路「おい、修丸……」

修「あ、すいません!」

申し訳なさそうな修丸。そんな修丸を、賢一が励まそうとする。

賢「修丸センパイ、わざとじゃないんですからそんなに気にすること……」

そう言って、賢一はあることを思い出した。

賢「あの……」

遠慮がちに賢一が見たのは、晶である。

晶「なんだ?」

賢「あの、晶センパイの机の中……」

晶「机……?……―!」

そう言われて、不思議そうに自分の机の中を覗き、晶は言葉を失った。

孝「どうしたんですか?」

心配する孝彦だったが、晶は無言で机の中から取り出した「あるもの」を机の上に乗せる。

陽「センパイ、それ……」

晶「なんで、コイツが……」

晶の机の上に乗っていたのは、表紙に落書きがされたうえで、刃物でいくつも傷がつけられた「子供のための心理学」だった。そして、晶はハッとして賢一を見る。

賢「センパイ、その本の中身見ましたか?」

晶「中身…?」

どこか優しげな賢一の言葉に、晶は吸い込まれるように本を開く。

晶「なんだ、これ……」

表紙をめくったそこには、数枚の便箋が挟まっていた。

隆「手紙…じゃないっスか?」

その便箋を開く晶の周りに、部員たちや鳩谷がわらわらと集まってくる。そんなことも気にせずに晶が開いた便箋の中からは、まるで女の子が書いたかのような、丸みのある癖字で書かれた文が現れる。

「晶へ

 体育の時、何も言わないで帰っちゃってごめんなさい。

本当は電話したかったんだけど、声を聞いたら気持ちが揺らいじゃいそうだから。だから今、こうして手紙を書いてるんだ。

話せないぶん、いろいろ書かせてほしいんだ。まず、今まで本当にありがとう。

御笠さんたちのいじめはすごく辛かったし、お父さんもお母さんも、いじめのことは信じてくれない。だから学校に行きたくない日もいっぱいあったけど、それでも晶がいてくれたから学校に行けた。晶に会えるって思うと、学校に行くのも怖くなくなった。今になるまで、死にたいなんて思わなかった。晶がいなかったら、きっと僕はもっと早くに死んでいたと思う。

席が隣りになって僕に話しかけてくれたこと、いつも一緒に帰ってくれたこと、名前を褒めてくれて、それでニックネームで呼んでくれたこと、いじめに対して見て見ぬフリをしないでくれたこと……全部、手紙なんかじゃ伝えきれないくらい嬉しかった。本当に、本当にありがとう。

そしてごめんなさい。僕は、もう生きていけないよ。

御笠さんが、この本をこんなにしたのは君だと思い込ませようとしてる。晶までいじめに巻き込もうとしてる。自分だけなら耐えられるけど、僕のせいで晶までいじめられるなんて、そんなことは耐えられないよ。僕の大事な人を傷つけようとする、あの3人をもう許せないよ。

だから、御笠さんたちの見ているところで飛び降りて、晶をいじめても意味がないって思い知らせてやるんだ。

晶がいつも僕を守ってくれたみたいに、今度は僕が晶を守るから、安心して。

こんなやり方でしか守ってあげられないなんて、僕は最後まで臆病者だったけど、でも晶はこれからも」

その続きは、涙でにじんだような跡がいくつも残っていた。

「優しくて、強くて…水晶みたいに堅くて綺麗な心の女の子でい続けてね……

 ~~~~~~」

その涙の痕に、今まさに新しく涙が落ちてくる。晶は泣いていた。

晶「アイツ……だから机の中なんかに……」

鳩「決して自殺が正しいなんてことは言えないが……だけど、久島くんはお前を恨んでなんかなかったんだ。……ずっとお前に守られっぱなしだった久島くんが、最後にお前を守ってくれたんだよ。」

慰めるようにそう言い、優しく晶の肩に手を置く鳩谷。

晶「バカ…守るなら傍にいて守れよ……」

そう言って、晶は手紙を見つめたまま、片手で自分の髪を撫で下ろす。

晶「お前が近くにいてくれるなら……こんな強がらないでも済んだのに……ナリのためなら、もっと女らしくできたのに……」

言葉こそ責めているようだが、晶が久島を責めてなんかいないことを部員たちは皆わかっていた。そして、晶は手紙の最後の文の下に書いてある、ボールペンで塗りつぶされた1行の下の行を、指でなぞる。

晶「言いたいことははっきり言えって、いつも言ってやってたじゃん……」

泣きながらそう言う晶に、賢一がふと言った。

賢「これからも、ずっと大好きだよ、晶……」

その言葉に、みな静かに驚いて賢一を見る。

晶「え……?」

賢「うっすらだけど、塗りつぶしの下にそう見えるんです。」

優しくそう言う賢一を見てから、晶はまた手紙に目を戻す。そして、その手紙を胸に抱いた。

晶「あたしだって……あたしだってあんたのこと……ずっと……」

そう言って、ただただ泣き続ける晶を、部員たちや鳩谷はずっと見守り続けた。

 

​㉔

賢「晶センパイがあんなに男らしいのって、ただ単に性格って訳じゃなかったんだね。」

陽「センパイの久島さんを想う心が、センパイ自身を許そうとしなかった。それでも前を向くために強く在ろうとして、今のセンパイがあるのねきっと。」

夕方、部活帰りの通学路で、賢一と陽は深々と降る雪の中を傘を差しながら並んで下校していた。

賢「強さの在り方っていろいろだね。…僕もセンパイみたいに強くなりたいや。」

どこか冗談交じりな笑顔でそう言う賢一に、陽は小さく笑う。

陽「ふふ、そうね……でも、なんでセンパイの机の中に久島さんの本があるってわかったの?」

そんな中、ふと陽がそう訊く。

賢「ケンイチがあそこに久島さんの本を入れたの、見てたからね……」

そんな賢一の話に、陽はどこか「やっぱり」と言った顔をする。

陽「そうだったの。」

賢「うん。昨日、みんなととりあえず別れてからさ、最初に行ったのがセンパイの家だったんだ。そこでセンパイに取って来てほしい本があるって頼まれたって嘘ついてさ、家族の人にあの本を貸してもらって……すごいんだよ、まるで中に手紙があることをわかってたようにあの手紙を見つけてさ。その後にパン屋行って公衆電話で警察の人と話して、で、学校に来てあの本を部室のセンパイの机の中に入れてから3-3に行ったんだ。」

陽「なんだか、ケンイチくんらしいわね。」

賢「僕も、ケンイチのやること見ててそう思った。素直じゃないけど、だけど誰よりも優しい…彼らしいやり方だなって。」

傘の向こうの顔は見ずとも、賢一も嬉しそうなことは陽には分かっていた。そして、陽もどこか誇らしげに言う。

陽「だけどヨシくんだって、ケンイチくんみたいに誰よりも優しいじゃない……御笠さんを殴った時はちょっとビックリはしちゃったけど、人のためにああして涙を流せるなんて、本当に優しい人しかできないわ。」

賢「違うよ…確かにセンパイの気持ちを考えたらっていうのも嘘じゃないけど…僕の場合はどっちかって言ったら、怒りの方が大きかったから……」

そう言って、賢一は声のトーンを少し落とす。

賢「ケンイチと入れ替わった時だってそうだった……センパイのことをあんなに苦しめる犯人に、どうしようもなく怒りが沸いてきて…そしたらケンイチが言ったんだ。「その怒りは犯人を見つけるまでとっておけ」って……そして入れ替わった…いや、入れ替わってくれたんだ。」

そして、どこか安心したように言う。

賢「僕の頭の悪さじゃ、センパイの無実を晴らせなかった。それどころか、久島さんの本心だって伝えてあげられなかったし、晶センパイは、最後まで大事な人を守れたんだって、教えてあげれなかった……夢でしか直接会ったことがないけど、ケンイチがいてくれて本当によかった。」

そんな話を聞いて、陽もどこか安心したような口調で言う。

陽「ホント…ケンイチくんはいつもヨシくんを守ってくれる。感謝してもしきれないわ。」

賢「僕だけじゃないよ。部活のみんなやひな……僕の大切な人たちも、いつも守ってくれる。」

陽「そうね……」

陽がそう言った時だった。

賢「!」

今まで降っていた雪が雨へと変わったかと思うと、賢一が急に歩を止めた。

陽「どうしたの?……ヨシくん?」

賢「違う……」

陽「え?」

消え入るような声でそう言う賢一を心配し、陽は慌てて傘の向こうの賢一の顔を覗きこむ。

陽「ねえ、どうしたの?!違うって何が―」

賢「大切な人は……守りたかったのは……オレの存在のせいで、智香子は……!」

うつむきながらそう言うその顔は賢一のものだった。しかし、その目は現実を捉えてはいない…まるで過去を捉えているかのようだった。

陽「ヨシくん!!」

異常な賢一の状態を、陽は直感的に察した。そして、一刻も早く賢一を「現代」へと戻そうと必死に呼びかけた。

賢「……!」

陽の呼びかけに、賢一はハッとして陽を見据える。しかし、その目はまだどこかうつろだった。

賢「……ちか?」

賢一はしっかりと陽を見据えている。しかしその言葉は、決して彼女へのものではなかった。

陽「え?」

賢「なんで、そんな顔してるの……ちか……」

その時、陽の脳裏に、数日前の明け方の出来事がよぎっていく。

 

―賢「ちか……」

陽「え……」―

 

陽「しっかりして!…私のこと、わかるよね?!ちかじゃなくて……私は陽だよ……?」

賢「陽……ひな……?」

思わず傘を手放して賢一の肩を掴む陽に、賢一は急に悲しそうな顔をして、そして目に光を取り戻してそうつぶやいた。陽は、そんな賢一を見て、泣きそうなほどに安心した顔をする。

陽「よかった…いつものヨシくんだ……」

そう言って思わず賢一を抱きしめる陽に、賢一もどこかホッとしたような笑顔を浮かべる。

陽「大丈夫だからね…私が傍にいるからね……何があっても、ずっと支えてあげるから……」

賢「……ありがとう。」

そう言って、賢一も片手で持った傘に陽を入れ、片手で陽を抱き返した。

賢「僕…ひなが傍にいてくれるなら、記憶なんていらないから……」

そう言って、賢一は静かに目を閉じ、先日とはまた違う涙を頬につたわせた。

陽(M)「私も…ヨシくんが、ケンイチくんが傍にいてくれるのなら、過去なんて関係ない。今まで必死に、ヨシくんの記憶を戻すことを考えてきたのに……私を必要としてくれるヨシくんの言葉を聞いた瞬間、なぜかそう思えた。そう思えたのに……私たちが姉弟として過ごせる、私たちの「当たり前」が終わりを告げようとしていることに……この時気付けたらよかったのに……」

動き出す運命を無視するかのように、みぞれ交じりの冷たい雨は、ただただ降り続くだけだった。

第7話 Fin

~To Be Continued~

 

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7話音声 part8 - 全8part
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