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「表裏頭脳(リバースブレイン) ケンイチ」

最終話「陽のあたる場所」

①(前半)

鳩「お、もうこんなに揃ってるのか!」

8月のお盆時期、1年の中でも一際太陽が元気な季節。東京都は閏台市にある市立閏台高等学校の1室、4人の男女が集まっていた演劇部の部室の隣の少し狭めな部屋にもう1人、Yシャツにネクタイをきっちり締めた男性が入ってくる。

晶「あ、先生!!」

孝「お久しぶりです!」

ネクタイの男性…当時のメディア部顧問であった鳩谷知人の入室に、この2人だけではなく全員が嬉しそうに反応する。

鳩「ああ、久しぶり!響鬼が卒業してから10年ぶりだもんな。」

そう言って、鳩谷は響鬼と呼んだ女性を見る。

鳩「……それにしても、わざわざ俺にまで声かけてくれてありがとうな。」

晶「そりゃあ、声かけるに決まってるでしょ!」

そう言ってから、男のように髪の短いこの女性…当時のメディア部の女部長響鬼晶は少し恥ずかしそうに頭をかく。

晶「てか、自分もう響鬼じゃないんですけど…」

鳩「あ…そうだったな。……ごめんな湯堂サン?」

あくまで響鬼…ではなく湯堂晶に対してそう言って苦笑する鳩谷。それから、にわかにからかうような顔をして、晶の隣に座っている、どこか穏やかそうな印象の強い男性を見る。

修「あの、なんですか…?」

鳩「いや、お前も気付けば亭主様かぁと思うとな、こう~…教師としてはしみじみしてしまうと言うかなぁ……」

隆「ホント、まさか修丸に先越されるなんて悔しすぎるぜ……人生最大の失敗だよ……」

とりわけラフな格好をしている男性にそう言われた…かつてメディア部一のビビり屋として定評のあった湯堂修丸は、慌て気味な苦笑をする。

修「ちょっと隆平くん、それどーいう意味ですか?」

隆平と呼ばれたこの男性…今でこそ黒い頭髪をしているが、当時は若者らしい金髪と、着こなす気があるのかどうかわからない制服の着こなしがトレードマークだった近宮隆平は、不服そうな顔で答える。

隆「だってよ、まさかお前とセンパイが結婚するなんて誰が予想できるよ?……卒業した後に仕事場で再開。あの頃を思い出した途端に急接近……なぁ~んてロマンチックなシチュエーションに手伝ってもらいやがってこの野郎!」

なぜか一気に怒り出す隆平に、修丸は呆れたように言う。

修「未だに彼女がいないからってひがまないでくださいよ。…ねえ?」

そう言って修丸が同意を求めた茶髪にメガネの男性…いつでも読書をしていたような印象の強いかつての隆平のケンカ相手、幾永孝彦は、どこか小バカにするように隆平を見ては修丸に同意するように言う。

孝「まったく、この調子じゃお前、一生独身で終わるんじゃないか?」

隆「んだとテメ?!お前こそそろそろ30なるってのに独り身じゃねーか!人のこと言えんのかよ!!」

孝「そろそろ30はお前も一緒だろうが。ってか、俺は別に一生独り身で構わねーし。」

そう言って、孝彦はどこか寂しそうな顔をする。

孝「それに、万が一にも俺のことを好きだと言う人がいてもだ。刑事なんて亭主にしたら、仕事柄ろくに家に帰れない日だって続くし、なんつーかそんなことで余計な苦労はさせたくないからさ……」

そんな孝彦に、隆平は先ほどまでのケンカ腰はどこへやら、どこかムキなところもあるが慰めるように言う。

隆「お前な、んなこと言ってたらお前は生まれてねーだろうが!」

晶「そうだよ、お前の父さんだって警察官だけど結婚してるだろ?」

隆平に賛同して、晶はどこかしみじみと言う。

晶「本当に相手を想う気持ちさえあれば、亭主がかける苦労だってやりがいの1つに感じるモノさ。」

そう言う晶に、修丸は嬉しそうな中にも少しだけ申し訳なさが見える顔をする。

修「ホント、いつもありがとうございます……テスト時期なんかは家に仕事持ち込まないといけないし、休みの日だって講習とかで大抵半日は潰しちゃうし……」

晶「そうしんみりすんなって。逆にこっちも嬉しいよ。ちゃんと教師として頑張ってるんだなぁって思えてさ。」

そう言って力強く笑顔を見せる晶に、修丸もどこか照れるかのように小さく笑う。そんな2人を見て、鳩谷はふとしみじみという。

鳩「しかしまあ、みんな本当に立派になったな。……響鬼…じゃなくてアキラは高校時代からの夢を叶えてスクールカウンセラーになって、湯堂は中学校の社会科教師となり、今じゃアキラの旦那とはな。……高校時代を知っているから意外と言えば意外だが、でもお似合いの夫婦だよ。」

晶「ホント、自分でも驚いてますよ。まさか修丸が教師になってたなんて!」

修「僕だって驚きましたよ!初めて赴任した学校のスクールカウンセラーが晶さんだったんですから!」

そんな2人を見てか、気付けば隆平がふて腐れていた。

隆「…っけ、なぁにが「晶さん」だよ。のろけやがって……」

修「いや、だってさすがに奥さんに「センパイ」って言うのも変でしょう?……最初は僕も慣れませんでしたけどね(汗)」

晶「自分もだ(汗)最初はなんか、すごくむずがゆかった……」

隆「そーやってセンパイまでのろけちゃってさぁ……」

さらにふて腐れる隆平に、鳩谷が苦笑しながら慰める。

鳩「いい大人がなにふて腐れてるんだ?……お前にだってそのうち、素敵な奥さんができるさ。」

隆「ダメダメ!俺の店に来る客なんぞ、ほとんどが彼氏持ちの女か、あとは野郎だけのバンドチームだからさぁ……」

鳩「そ、そうか……」

思わぬ反撃に少し焦る鳩谷だったが、そんな鳩谷を見て隆平は小さく笑いながら言う。

隆「ま、常連客と仲良くなれるのは、それはそれで楽しいっスけどね。」

鳩「お前は昔から社交的だったからな。お客と楽しそうに話してる様子が目に浮かぶよ。」

隆「お、先生よくわかりますねぇ!そうなんスよ、ライブとかの話で盛り上がっちゃったりするとさ、軽く閉店時間まで話しこんじゃうんですよねぇ!」

孝「しっかし、よくもまあ楽器店なんか起業しようなんて思ったもんだよ。」

呆れ半分、どこか感心するようにそう言う孝彦に、鳩谷も感心するように続く。

鳩「でも、自力で店を開くなんてすごいことだぞ。…あの頃は人より良すぎる聴力を随分気にしてたみたいだが、今はそれが自慢の商売道具なんだろう?」

その言葉に、隆平は少し照れるように言う。

隆「ええ、まあ。自慢じゃないっスけど、この耳のおかげでチューニングはバッチリですからね。スタジオ使うとか楽器買うとかじゃなくて、チューニングだけしに来る客も最近は多いんですよ!」

嬉しそうにそう語る隆平を、鳩谷はもちろん、高校生時代から隆平の地獄耳に伴う苦労を心配してきていた孝彦もどこか嬉しそうに見ていた。

孝「ま、仕事がうまくいってるようで何よりだよ。」

友の活躍をどこか誇らしげにそう言う孝彦に、隆平もケンカ腰ではなく言う。

隆「何言ってんだよ?お前だってその歳で巡査部長なんてすげーじゃんか!」

孝「26,7で巡査部長なんてそこまですごくもねえよ。……早い奴はそろそろ警部補になってる奴もいるからな。」

修「でも、警視庁の捜査一課だなんてやっぱりすごいですよ。……殺人事件とかが専門だと、危ない事も多いんでしょう?」

孝「まあそうだな……取り押さえる時に怪我することなんて、いちいち気にしてられないしな…」

晶「怪我?」

孝「ほら、これとかはもう治りかけですけどね。容疑者と取っ組み合った時に隠し持ってたカッターナイフでザクッと……」

そう言って着ているYシャツの袖をめくって見せた孝彦。そこには5センチほどの切り傷らしいかさぶたがあった。

修「うわ……痛そうですね……」

心配そうにそう言う修丸に、孝彦はその気持ちを少し嬉しそうに言う。

孝「そりゃ、切られた時はな。……今はもう大丈夫だけどよ。」

そう言って袖を戻す孝彦だったが、そんな彼に鳩谷も先ほどの修丸のようにどこか心配そうに言う。

鳩「仕事とはいえ、怖くなったりしないのか?」

その言葉に孝彦は小さく苦笑し、だが何か信念を持つように言う。

孝「まあ、正直言えば現場でる時はいつも怖いですよ。…でも、どんなに危険人物を相手にしなけりゃいけなくても、俺、この仕事に誇り持ってますから。」

そんな孝彦を、先ほどの彼と同じように隆平が一番うれしそうに見ていたが、本人は気付いていないようである。

鳩「誇り、か…お父さん、喜んでるんじゃないか?自分と同じ仕事に着いた息子が、仕事に誇りを持ってるなんて聞いたら……」

その言葉に、孝彦は急にそっけなくなる。

孝「おやじにはンなこと言いませんよ。…ってか、そんな機会無いだろうけど、今の話、おやじには内緒ですからね?」

そんな孝彦を見て、みな面白そうに笑いだす。

孝「な、なんだよ……」

と、その時。

路「何だか知らんが楽しそうだな?」

部室のドアが開いたかと思うと、首からカメラを下げて大きなカバンを持った男性が入ってくる。

隆「うわ、お前龍路か?……ずいぶん焼けたな、おい!」

路「ん?そんな焼けたか?…てか、久しぶりに会うってのにいきなりそれはないだろ?」

日焼けのことを何度も言われているのか、どこか苦笑気味にそう言う男性。この男性は、カメラとブラコンの代名詞とも言えるメディア部一のしっかり者、佐武兄弟の兄、佐武龍路だった。

孝「いや、誰がどう見たって焼けてるよ……」

少し呆れ気味の孝彦。

路「う~ん……ま、連日外仕事だからな。そりゃ肌も焼けるか。」

あっけらかんとそう言う龍路に、晶が懐かしそうに言う。

晶「あれ、そういやお前って何の専門だっけ?」

路「専門は風景ですけど、同じくらい動物も撮ってますよ。……今年は野生動物の写真で出したカレンダーが売れ行き良いんですよ!」

嬉しそうにそう語る龍路。

鳩「フリーのカメラマンで食っていけるなんて、さすがとしか言いようがないな佐武。……まあ、お前は学生の頃から写真の腕はプロ並みだったし、当たり前といえば当たり前か。」

どこか自分も嬉しそうな鳩谷に、龍路は照れくさそうに、少しだけ自嘲気味に言う。

路「いや、あの頃はまだ遊び程度でしたし、お世辞にもプロ並みなんて言えませんよ。…ま、あれですかね。「好きこそ物の上手なれ」って奴。大学行きながらプロのカメラマンのアシスタントやりながら、ながらながらで上達してったって感じかな。」

そう言ってから、龍路はかつての自分の席に着きながら仲間たちを見渡し、湯堂夫妻と鳩谷を見て言う。

路「そういや、センパイ方は今どこの学校なんですか?3人とも学校の仕事なんですよね?」

晶「ああ。自分は鴇珊中学と群空学園中学の担当してて、修丸はそれこそ去年からそこの閏台中でさ、今は2年生の担任だよ。…まあ、コイツは自分らと違って彩陵中出身だから、そこまで懐かしくはないみたいだけどな。」

修「まあ確かに懐かしくは感じませんけど…でも新鮮ではありますよ!みんなの出身中学ってだけで親近感わいてますし。だから閏台中に異動の希望出したんですから。」

そう言って、修丸は鳩谷を見る。

修「えっと、鳩谷先生は今は帝不高校にいるんですよね?」

鳩「ああ。今は担任は持ってないけど、部活は新聞部を持ってる。……ま、こんなこと生徒たちには言えないが、お前たちの書いていた記事の方がまだまだレベルが高いけどな。」

そう言われて、みなどこか恥ずかしそうな、はたまた嬉しそうな顔をする。

路「でもスゲーよな。同じ部活で、しかも結婚した2人が2人とも、学校の仕事に就くなんてさ!」

そう言われ、晶はどこか引け目を感じるように苦笑する。

晶「んなこと言ってもなぁ、自分は先生とか修丸と違って教師じゃないし、毎日勤務するわけでもないからさ、生活に関しちゃ結局は亭主頼みなわけだし……」

修「でも、勤務時間とかは関係なしに晶さんはすごいですよ。」

晶「ん?なんで?」

修「だって、鴇珊も群空も、晶さんの提案で制服の制度が変わったじゃないですか。反対する先生も多い中で生徒のために奮起して、結果気持ちが楽になった子たちも結構多いんですよ?それってすごい事じゃないですか!」

隆「制度?なんだそりゃ?」

鳩「確か、性別に違和感を感じる生徒は、申請すれば気持ちの性別に合わせて制服を着ていいって制度だったよな?」

修「ええ。群空で制度が変わった時は僕もそこの2年生の担任だったんですけど、クラスで1人制服を変えた子がいましてね。…その子、制服替えてからすごく楽しそうに学校に来るようになって……」

そう言って、修丸はどこか恥ずかしげに顔を赤らめる。

修「昔から変わりませんもんね。周りを気にしないで、誰かのために動ける勇気と言いますか……」

そこまで言って、どこか申し訳なさそうになる修丸。

修「なんだかなぁ…今更だけど僕なんかとは釣り合ってない気がしちゃいます……」

そんな修丸を見て、晶は思いっきり彼の背中を叩く。

晶「バッカ、釣り合わなかったらとっくの昔に離婚してるっての!…学校の方に制服のことを提案できたのも、お前のクラスにそういう子がいるって聞いて、「こりゃ動かなきゃな」って思ったからだし、スクールカウンセラーの仕事って言っても、生徒の方から相談に来るわけで、向こうから相談しに来てくれないと、いくら悩んでいる子がいたって気付いてやれないんだよ。だからさ、お前がその子のそういう悩みに気付いてやれなかったら、自分も制度を変えてもらおうなんてきっと言い出せなかったろうよ。」

強気にそう言い、先ほどの修丸のように珍しくも顔を赤らめる。

晶「その、な……自分はさ、ビビリもオカルト好きも含めてさ、……その、お前のそーいう細かい気遣いができるトコとか、そーいう優しさがいいなと思うんだ。ほら、こっちがひどくガサツだから、逆にそれで釣り合うって言うかさ……」

そう言って、晶は少し寂しげにうつむく。

晶「毎年、ナリの墓にお参りに来てくれてたことだってびっくりしたし、結局田代さんのもとに返してあげる前に死んじゃったけど、レンタだってお前に引き取ってもらえてきっと幸せだっただろうし……」

そう言って、顔を上げる晶。

晶「働き始めてからはビビリもだいぶ治ったしな!…自慢じゃないが、お前は自慢の亭主だよ!」

そう言う晶を修丸は照れくさそうに見ているが、ふと孝彦が高校生時代から変わらない冷静な呆れ顔をしながら言う。

孝「センパイ、自慢じゃないのか自慢なのかどっちかにしてくださいよ……」

晶「あ、いや……」

急に恥ずかしくなったのか、先ほどとは違う赤面をしてしまう晶に、龍路も呆れこそしないが苦笑しながら言う。

路「孝彦の言う通りですよ?…センパイ方が幸せなのはいいことですけど、度が過ぎるとアイツみたいになっちまう。」

晶「アイツ…?誰だアイツって……」

路「アイツはアイツですよ……」

そう言う龍路に、隆平がどこか苦悩そうな顔をして言う。

隆「……噂をすればなんとかって、あれマジなのかな?」

路「ん?どーゆうことだよ?」

隆「いや―」

海「遅れましたぁ!!……って、まだ時間余裕だったし!また車の時計いかれたんだなぁ…」

いきなり部室のドアを開けて、ドアを閉めるのも忘れて壁掛け時計を見て不服そうにそう言う男性。長い後ろ髪を首の後ろで束ね、首からはデジカムを下げている。

路「時計のせいにすんなって。…お前まさか、休みだからって寝過ごしたんじゃないのか?」

海「うわ、いきなりそーいうこと言う?……はあ、傷ついた。」

不機嫌そうに龍路から顔を逸らす男性に、龍路も呆れたように言う。

路「何むくれてんだよ龍海?いい大人が恥ずかしいぞ。」

そう言われ、龍海と呼ばれたこの男性…当時は中学生でありながら2年間も兄と同じ高校の部活に入り浸ったビデオカメラとブラコンの代名詞、龍路の弟、佐武龍海は、食いつくように龍路と向かい合う。

海「何って、兄さんが悪いんじゃんか!僕のことグウタラみたいに言うから…」

路「違うって、そういう意味じゃないよ。」

海「じゃあ何さ…?」

どこか不安そうにそう言う龍海。

路「お前、奥さんが育休取ってるからって前より時間外勤務増やしてんだろ?……俺が言いたいのはさ、まあわかりづらかったかもしれないけど「疲れてないか?」ってことだよ。最近お前、連絡もろくにくれないし……」

そう言われ、龍海は泣きこそしなくとも、少しだけ泣きそうな顔をする。

海「兄さん……ゴメン、心配してくれてたんだ。」

路「いや、俺も言葉足らずだったしさ、謝るのは俺の方だよ。」

そう言って、2人はお互いに小さくも笑いあう。

鳩「相変わらず仲がいいんだな。」

どこかほのぼのとそう言う鳩谷に、龍路が苦笑する。

路「相変わらず?…先生も冗談きついなぁ。」

鳩「冗談?」

不思議がる鳩谷に、龍路はなぜか残念がるように遠い目をする。

路「あの頃は確かに仲がよかったし、確かにかわいい弟だった……だったけど……」

なぜか「確かに」を主張するその言葉に、龍海はどこかムッとし、他のメンバーは鳩谷同様に不思議そうな顔をする。

路「どうせ兄弟愛なんて、恋愛の前には無力だったんですよ……」

諦めるようにそう言う龍路に、龍海は相変わらずの不服そうな顔で言う。

海「それ、今現在彼女がいる人のセリフとは思えないんだけど…」

路「よく言うよ、結婚してからぱったり連絡くれなくなったくせに…」

お互いにいぶかしげにそう言いあう2人を見て、皆驚いている。

孝「……お前ら、こんなに仲悪かったっけか?」

隆「いや……呆れるくらいなブラコンだったと思う……」

そこまで言って、ふと隆平は何かに気付いたように佐武兄弟を見る。

隆「てかちょっと待て!!彼女がいるとか結婚してるとか、なんか聞き捨てならない言葉がちらほら聞こえた気がするんだが!」

そう言う隆平を、先ほどまでケンカが始まりそうな雰囲気だった佐武兄弟が2人揃ってぽかんとした顔で見る。

海「あれ、センパイ知らなかったんですか?…兄さん、フリーカメラマンの彼女いるんですよ。朝日だか夕日だか忘れたけど、シャッターチャンスを待ってる時に同じ写真撮ろうとして粘ってるところ、気が合っちゃって付き合い始めたんだって。」

路「コイツもさ、金かかるからなんだとかって式上げないで入籍して、今年で結婚2年目になるんだぜ?相手は大学で知り合った女の子でさ、卒業して1年働いて、んですぐ結婚ときたもんだ。…ちょっと目を離したうちにませやがって……」

龍海を親指で指してそう言ってから、だんだんと呆れ口調になっていく龍路。

海「いつまでも子供扱いするなって!それに、式のお金節約したおかげで、子供育てられるめども立ったんだし……てゆうか兄さん知らないの?最近はそーゆー「ナシ婚」って流行ってるんだよ?」

自分たちのスタイルを主張してくる龍海に、龍路は一気に呆れたように言う。

路「流行ってるったって、俺はちゃんと式ぐらい挙げるべきだと思うけどな……」

そう言ってから、龍路はため息と共にまたなぜか遠い目をする。

晶「おい、急にどうした……?」

路「いえね……お互い大学行くのに家出てさ、俺が大学行って最初のうちは週1で電話し合ってたのに……」

それから、どこか恨めしそうに龍海を見る。

路「その連絡が、龍海が大学行ってから2週に1回になり、卒業して映像会社に就職してから月に1回になったのはまだいいさ。だけど結婚してからはそれが2か月に1回に減り、奥さんの妊娠を知らせるメールが来たのを最後にそっちからはまったくもって音沙汰なし!幸せボケとはまさにこのことだよ……」

そんな龍路に、龍海はまるで勝ち誇るかのようにイヤミったらしく言う。

海「ま、悔しかったら兄さんも早く結婚すんだねぇ。……ねえ、修丸センパイ!」

修「そ、そうですね……(汗)」

共感こそできても、龍路の心境を考えると苦笑いしかできない修丸。

晶「でもお前、なんかさっきから奥さんが育休とか妊娠とか、それに子供を育てるめどが立ったとか言ってるけど、もしかして……」

海「そーなんです!僕、あと3ヶ月もすればパパになるんですよ!今ね、妊娠7ヶ月目なんです!」

一段と嬉しそうにそう言う龍海に、みな驚きながらも嬉しそうな顔をする。

孝「お前が父親なんて、なんか変な感じだな。」

隆「まったくだよ。…当時は一番の甘えっ子だったくせによ!」

海「当時は当時!今は今!…もぉ~、考えるだけで幸せですよね!子供ですよ!むっちゃんと僕の子供!…男の子かなぁ、女の子かなぁ…僕に似るのかなぁ、むっちゃんに似るのかなぁ……あ~、もうたまりませんよ!お腹がね、日に日に大きくなってくの!ホンット幸せとしか言いようがなくて~。」

孝「むっちゃん……?」

気付けば自分の世界に浸りかけている龍海をよそに、龍路が呆れたようにボソッと仲間たちに言う。

路「睦美さんっつって、龍海の奥さんだよ。…お互いに「むっちゃん」「たっちゃん」って呼び合っててさ……」

そこまで言って、龍路は呆れ半分、羨み半分に独りごちる。

路「親になるのに、それってどうなんだよ……」

孝「なあ……お前、ちょっとひがんでないか……?」

どこか冷や汗気味にそう言う孝彦に、龍路はふてくされるように言う。

路「別に……あんな奴ひがむほどガキじゃないし。」

その一言に、龍海が反応する。

海「だ~れがあんな奴だって?」

路「お前しかいないだろうが、こののろけ亭主。」

海「はあ~?それが弟に言う事かぁ?」

路「弟だから言うんだろうが。」

海「うわぁ、ひどいなもう~……はあ、かわいそうな僕の赤ちゃん…こんな奴が伯父さんだなんて……」

路「おいこら、誰がこんな奴だって?」

海「そんなの兄さんしかいないじゃん。」

路「なんだと、この!」

かつてのブラコンは見る影もなく、周りも気にせず言いあう2人を見て、まるで部活時の隆平と孝彦のケンカを見ている気になる湯堂夫妻と鳩谷、そして自分たちがケンカをする側だったがためにケンカを止める術もわからずただ見守るしかできない隆平と孝彦だったが、ふと隆平がどこか引き気味に言う。

隆「あんなに仲良かった兄弟でも、大人になったら変わるんだな……」

修「ハァ~……」

孝「どうした修丸?」

修「いえ、まるで学生時代の隆平くんと孝彦くんを見ている気分だなぁって……」

隆・孝「学生時代の俺たち?」

息もぴったりな2人に、晶が呆れながら言う。

晶「お前ら、まさか自覚もなしにケンカしまくってたのか?」

隆「いや、自覚なしって言うか…アレは孝彦が勝手に突っかかってくるからで―」

孝「はあ?突っかかってきたのはいつだってお前の方だろうが。」

隆「んだと?!俺がいつお前に突っかかったってんだよ―」

修「そこまでにしましょうよ?……ね?」

まるで、かつての龍路のように自然に隆平と孝彦の間に割り込む修丸に、隆平も孝彦も驚きのためか言葉を呑む。

修「龍路くんが取り込み中なんだから、こっちでもケンカなんか始めたら誰が止めるんですか?」

どこか「やれやれ」といったような顔でそう言う修丸を、晶も鳩谷も、隆平や孝彦同様に驚きを隠せずに見ている。

鳩「湯堂…お前ホントに大人になったなぁ……」

修「はい?」

言葉の意味がよくわからずとも、修丸はとりあえず返事をしてみる。そんな修丸を見て、晶は苦笑した後にふと壁時計を見る。壁時計は14時7分頃を指している。

晶「しっかし……龍路たちのケンカ見てたら待ち合わせの時間過ぎてたみたいだけど、アイツら来ないな……」

修「ですねぇ……ケンカの仲裁役がケンカしちゃってるからか、そっちのケンカも終わりそうにないですし……(汗)」

佐武兄弟のケンカもよそにそう話す湯堂夫妻に、鳩谷がどこか寂しそうな顔を見せた。と、そのことに気付く孝彦。

孝「どうしたんですか先生?」

鳩「ああ、いや…来てくれるといいんだが、と思ってな。」

隆「そりゃ来るでしょ?今日みたいな日にドタキャンするほど、アイツらバカじゃないって!」

鳩「そうだよな。…ほら、アイツらはそんなに時間にルーズじゃなかったから、もしかして来れなくなったのかなって心配にもなるじゃないか。」

隆「そうっスよねぇ。アイツらに一番会いたいのは、この中じゃきっと先生でしょうし。……。」

そう言って、隆平はふと小さく何かに反応したが、彼なりのいたずら心だろう。あえてそのことに気付かれないようにしている。

鳩「まあ、な……」

晶「でもホント遅いな……ま、まだ5分くらいしか過ぎてないから待ってりゃそのうち来るか―」

②(後半)

噂好きな元メディア部らしい性質だろうか、その言葉を合図にするかのように開け放たれたドアの向こうに1人の人影が現れる。

陽「もう~、部室の外まで聞こえてるわよ、隆平く―……(汗)」

部室の中の様子が見えるより少し前からそう言いながら、部室から見える位置に現れた女性は、部室の中でケンカをしている人物を見て言葉を呑んだ。部室の中のメンバーも、ケンカをしていた張本人たちも含めて皆、彼女の勘違いに言葉を呑んでしまい、部室は一瞬沈黙に包まれてしまう。

海「お久しぶりです陽センパ~イ!!」

路「あ、この!……ったく。」

さっきまでケンカをしていた相手を無視するかのように、飛び切り媚を売るような声でやってきた女性のもとに向かう龍海。そんな龍海に、一度声をかけはしたものの、龍路はすぐに呆れたようにその後ろ姿を見守る。

陽「久しぶり、えっと…龍海くんよね?」

海「ハイ~!」

嬉しそうに返事をする龍海に、陽と呼ばれたこの女性……かつては晶の性格や振る舞いのせいかメディア部の紅一点的存在だった宗光陽…ではなく、今では苗字が変わった神童陽も、懐かしむような顔をしながらも、どこか苦笑気味になる。

陽「ホント久しぶりね。…それにしても、さっきのケンカみたいな声ってもしかして……」

路「俺たちだけど…驚いたか?」

バツが悪そうにそう言う龍路を見て、陽は相変わらずの苦笑気味で答える。

陽「驚くわよ……あなたたちってすごく仲が良かったし、メディア部でケンカする人って言えば、隆平くんと孝彦くんだったから……」

隆「おい!今更だけどもっと違う印象持っとけよ!」

孝「例えば?」

必死に主張する隆平に、冷めた口調で孝彦が訊く。

隆「例えば「耳がよかった隆平くん」とか、「ムードメーカーの隆平くん」とか……あとはそうだな、「紳士的な隆平くん」とか!」

晶「ないな。」

孝「特に最後は有り得ない。」

真顔でそう言う晶と孝彦に、隆平は顔を真っ赤にして怒り出す。

隆「有り得ないはないだろコノヤロ!ってかセンパイも何即答してるんスか!」

晶「実際ないと思ったからに決まってんだろ?」

修「百歩譲っても、紳士的じゃなくてプレイボーイですよね。」

苦笑しながらも晶に賛同する修丸を見て、隆平は修丸を睨みながら言う。

隆「ほお~?お前までそーいうこと言うか?」

修「だって事実じゃないですか―」

そこまで言って、修丸や他のメンバーも、陽がくすくすと笑っていることに気付く。

隆「ほら見ろ!お前がバカなこと言ってるから陽が笑ってやがる!」

修「いや、どう考えても僕じゃないでしょ?ねえ?」

そう振られ、陽はいまだくすくすと笑いながらうなずく。

陽「なんか、みんなは変わった印象あるのに隆平くんは相変わらずだなぁって…!」

隆「俺かよ!ってか俺だけかよ!!」

地味にショックを受けている隆平を見て、孝彦はどこか呆れたような顔をし、他のメンバーはにわかに苦笑を始める。

陽「でも隆平くん、髪黒くなったよね?それはすごく変わったかも。」

そう言われ、隆平は少しバツ悪そうに目線を上に送る。

隆「あ~、これ別に染めたわけじゃないんだけどな。」

鳩「そうなのか?俺はてっきり、客受け悪かったから染め直したとばっかり思ってたが……」

隆「いや~、逆に客のほとんどは髪色すごい奴が多いんですけどねぇ、店開いてから忙しくって髪染める暇もなくて、気が付いたら地毛の色に戻っちまったんスよぉ。」

晶「気が付いたらって、お前なぁ(呆)」

そんな隆平の話を聞いて、龍路が嫌味を込めるように龍海を見る。

路「お前も黒く染めたらどうだ?その茶髪、すごく中途半端だぞ?」

海「染めないし!これ地毛だし!ってかことあるごとに突っかかるなっての!」

路「突っかかられるお前の方が悪いだろうが。」

海「い~や!突っかかってくる兄さんの方が悪い!……ん?」

そう言った時、佐武兄弟はふと視線を感じて陽の方を見る。陽はどこか微笑ましい顔をして2人を見ていた。

路「な、なんだよ……?」

海「あの、僕たち変なこと言いました?」

陽「ううん…龍路くんたちの仲の良さも相変わらずだなぁって思って。」

海「ちょ、冗談よしてくださいよ!」

路「そーだ!誰がこんな奴と仲がいいもんか!……」

そこまで言って、ふと龍路は思い出したかのように言う。

路「ってか、仲がいいと言やお前たちはどうなんだよ。お前が1人で来るなんて気になるじゃんか。」

海「そーですよ。……まさかケンカしちゃって、それで顔を合わせるのも嫌になっちゃったとか?」

真面目な顔でそう言う佐武兄弟だったが、陽は最初驚いた表情を見せてすぐ、こらえるように笑いながら言う。

陽「え?……違うわよ!ケンカなんかしてないしそれに―」

賢「遅れちゃってスイマセン……」

陽の言葉を遮るように、空いているドアの影から1人の男性が少し申し訳なさそうにそう声をかけながら現れる。腕には初めて見る人物たちに大きな目を輝かせているような赤ん坊を抱き、その背にはおんぶ紐でおんぶされている赤ん坊が気持ちよさそうに眠っていた。

晶「お、賢一!」

男性の入室に、思わず嬉しそうにそう声をかける晶。隆平こそ地獄耳のおかげかこの男性が部室に近づいていることに気付いてたようだが、それでも隆平も他のメンバーたちも、晶同様に嬉しそうに男性を見る。中でもとりわけ嬉しそうな顔をしていたのは鳩谷だった。

鳩「……遅かったじゃないか神童。」

静かにも嬉しさがにじみ出るその言葉に、賢一、そして神童と呼ばれたこの男性…かつて生まれてから6年間の記憶を失くし、その記憶を取り戻す中で、ある存在の尽力もあって鳩谷との間に生まれていた長年の確執を解くことができた神童賢一は、懐かしさと嬉しさの入り混じったような笑顔で鳩谷を見る。

賢「すいません……お久しぶりです、先生。」

賢一の挨拶に、鳩谷も同じく懐かしさと嬉しさを感じつつ微笑んでいる。

孝「それにしても、陽と別々に来るなんてどうしたんだよ?本当に何かあったんじゃないのか?」

不思議そうにそう訊く孝彦に、賢一と陽は小さく苦笑しながら顔を見合わせる。

陽「思ったよりも、家を出るのが遅くなっちゃってね。」

賢「この子たち乗せてるからそんなスピードも出せないし…だから駐車場着いてすぐに、ひなに先行ってもらったんです。」

その賢一の言葉に、陽がさらに苦笑して賢一に言う。

陽「でも、結局遅れたこと謝る暇もなかったんだけどね。」

賢「それじゃあ先に行ってもらった意味ないじゃん。」

陽「ごめん。」

そう言って、陽は両手を賢一に向けて出す。それを見て賢一もすぐに意味を理解し、抱いていた赤ん坊を陽に抱きなおしてもらい、自分もおんぶをしている赤ん坊を抱っこに替える。陽に抱かれた赤ん坊は、抱きかえられながらも嬉しそうに部室の中の人間たちを見渡している。

「んぁ…」

揺れのせいか、寝ていた赤ん坊は小さな声を上げて目を覚ましたようだった。

賢「あ、起こしちゃったかな……?」

上方から聞こえるその声に、起きたばかりの赤ん坊は無邪気な笑顔を見せる。

晶「その子たち、もしかして双子か?」

優しくそう言う晶に、賢一も陽も小さくも嬉しそうにうなずく。

賢「ええ。この子がお兄ちゃんで、ひなが抱いてる子が妹なんです。」

説明する賢一に続き、陽は賢一が抱いている子を見て言う。

陽「家出る時に、お兄ちゃんが急に泣き出しちゃって、それで遅刻しちゃって……」

そこまで言って、陽は少し恥ずかしそうな顔をする。

陽「あ、でもそんなの…遅刻の理由にはなりませんよね?」

路「そんなことないさ。自分の用事よりも子供を優先することの方がよっぽど大事だと思うぞ?」

孝「そうだよ。なんか立派に親になったお前たち見れて、それはそれで新鮮だしな。」

晶と同様に優しくそう言う龍路や孝彦に、賢一と陽は嬉しそうな顔をしている。そして、晶がふと不思議そうな顔をする。

晶「でも、子供たちを連れてくるなんてちょっとびっくりだよ。」

その言葉に、賢一が小さく笑って言う。

賢「僕たちも、同窓会にこの子たちを連れていくなんて、今朝決めたんですけどね……」

そう言って、賢一は朝の出来事を思い出しながら話し出す。

 

―朝の7時半過ぎ、賢一の大学卒業を機に賢一と陽が籍を入れたことで親としての仕事を終え、朝の支度を陽に任せるようになった陽一郎は、寝室のある2階から、台所の見える1階のリビングに降りてきて、ふと陽と共に台所に立っている賢一を見て不思議そうに言う。

父「ん、今日は2人で朝食作りか?」

陽一郎の声に気付き、賢一が振り返る。

賢「あ、父さんおはよう。…今日は仕事休みだからね。こんな日くらい手伝わないと。」

陽「別に、こんな日じゃなくても手伝ったっていいのよ?」

どこか冗談めいてそう言う陽に、賢一もいたずらっぽく笑って言う。

賢「じゃあ、明日からは一緒に朝食作る?」

陽「冗談よ。…お仕事も頑張ってくれてるのに、家事まで任せられないもの。」

優しくそう言う陽に、賢一も同じく優しい笑顔で答える。

賢「何言ってるのさ。家事だけじゃなくて子育ても任せっぱなしだし……」

陽「いいの。お家のことをちゃんとやるのが、私の仕事だから。」

そんな話をどこか微笑ましく聞いていた陽一郎は、ふと思い出すように言う。

父「そう言えば今日の同窓会は何時からどこでだったっけか?」

賢「お昼の2時に、閏台高校のメディア部部室だよ。晶センパイが学校に頼んで、部屋を貸してもらったんだって。」

父「晶センパイと言えば、賢一が1年生の時の部長さんだよな。はあ~、しっかりしてるな。」

陽「ホント。あの頃もしっかり部活をまとめてたし、そういうところは相変わらずみたい。」

そんな話をしているうちに、朝食が出来上がったようだった。賢一と陽は2人で3人分の朝食と、2皿分の離乳食を食卓テーブルへ運ぶ。

賢「でも、あの年は本当にいろいろあったな……」

父「そうだったな。…1年のうちに何度も事件が起きたりもしたし、お前の記憶が戻ったことが何より大きな出来事だったな。」

そう言って、申し訳なさそうに陽を見る賢一。

賢「あの時は、ひなにもすごく迷惑かけちゃったし…」

そんな賢一に、陽は優しくかぶりを振る。

陽「迷惑なんて思ってないわ。私こそ、ああいう時こそ姉としてしっかりしなくちゃいけなかったのに、ちゃんと支えてあげれた自信がないもの。でも、もうその必要もないのよね。私たち、姉弟じゃなくなっちゃったから……」

そう言って、陽は寂しそうな表情を浮かべた。

陽「きっと……ケンイチくんがいてくれたから、今の幸せがあるのよね。」

その言葉に、陽一郎も賢一も陽と同じような寂しそうな顔をする。

父「ケンイチ……か。なんだかつい最近まで一緒にいたような気がするよ。」

そう言って、陽一郎は賢一を見る。

父「いなくなってしまう間際まで、彼が何者なのかはわからなかったが……まさか賢一の頭脳だったなんてな。」

賢「……確かに本人がそう言ったからそうなんだろうけど、でも本当は……ケンイチは僕になかった「強さ」そのものだったんじゃないかなって、今になって思うんだ。」

そう言う賢一に、陽も陽一郎もどこか理解を示すように小さく微笑む。

父「強さ、か……」

しみじみとそうつぶやく陽一郎に、賢一はうなずいた。

賢「今でもさ、ケンイチがやってくれていたみたいに、たまにこうしてみるんだけど……」

そう言って、賢一は静かに自分の胸に手を当てる。

 賢「もう会えないってことはわかってるけど……それでもこうする度に、ケンイチが僕にくれた強さが、伝わってくる気がするんだ。」

そして、優しい顔つきで2人を見る。

賢「自分のことなんかいつだって二の次で、僕を生かすために消えてしまう事すら恐れないでくれた。」

そこまで言って、賢一はとてもさみしそうな表情になる。

賢「せめてちゃんとお礼を言いたかったのに、それもできないでいなくなっちゃうなんて……」

それから賢一は、台所から少し歩き、リビングから見える位置にある2階への階段を見る。数年前までは陽の部屋だった部屋には、今は2つのベビーベッドが置いてある。

賢「ケンイチが守ってくれた今の幸せを、僕たちでこれからもずっと守っていく事が、今の僕たちのやるべきことなんだよね。」

確かめるようなその言葉に、陽はうなずいて賢一の隣に立つ。

陽「ええ……」

そんな2人の姿を見守っていた陽一郎が、ふと静かに言った。

父「なあ……せっかくメディア部の部室に、ケンイチを知っている仲間たちに会いに行くんだ。……あの子たちも連れて行ってあげたらどうだ?」

陽「あの子たちを……?」

陽一郎のその言葉に2人は最初小さく驚くも、すぐにお互いに顔を見合わせて微笑んだ。

賢「そうだね……それがいいね。」―

 

海「なるほどねぇ。でも確かに、2人ともすごく嬉しそうに見えますね!」

賢一の話を聞いて、龍海だけでなく他のメンバーも2人の赤ん坊を見て納得しているようである。

晶「ところで、2人とも生後どれくらいなんだ?見たところまだ1歳にはなってないみたいだけど……」

陽「ええ。まだ1年も経ってないけど、8月中に6ヶ月になるんです。」

抱いている子をあやしながらそう言う陽に、鳩谷が何かに気付くように訊く。

鳩「6ヶ月ってことは、2月生まれか……2月と言えば、智香子が死んだのも、ケンイチがいなくなったのも、2月だったよな……」

鳩谷が寂しそうにそう言った時、なぜか双子は2人とも、嬉しそうに小さく声を上げる。

鳩「ん、どうしたんだろう?」

子供を持った経験がない鳩谷には、双子の反応の真意がわかっていなかったが、賢一と陽はお互いに顔を見合わせ、優しく鳩谷に言った。

陽「呼ばれたと思ったんですよ。」

その言葉の意味がすんなりとは入ってこない鳩谷に、賢一が続ける。

賢「この子たち……誓子と健一っていうんです。」

その言葉に、その場に居る全員が驚いた。

修「智香子と、ケンイチ……?」

皆の考えがわかったのか、陽は賢一の抱いている赤ん坊を見て言う。

陽「読み方は同じだけど…漢字が違うの。みんなが知っているケンイチくんには、ヨシくんと同じ漢字で、違う読み仮名がいいと思ってあの名前を提案したんだけど、この子は健やかに漢数字の一って書いて、健一……」

鳩「じゃあ、妹の方は……」

賢「誓うって字に、姉の智香子と同じ子供の子で誓子です。」

隆「でもよ、お前たちは大丈夫なのか?子供たちにアイツとか、亡くなったお姉さんの名前付けたりしても……」

隆平が変な意味ではなく、心配してそう言ってくれていることはわかっていた。わかっていたから、賢一は優しくうなずく。

賢「確かにこの子には、僕を助けてくれた彼のように強くなってほしいって願いがあって、誓子には姉のちかのように優しい子になってほしいって願いがあります。それで同じ読みの名前を付けたって言うのも嘘じゃないですけど……でも、この子たちは2人とも、代わりなんていないたった1つの大事な存在だから。だから名前の読みには親としての願いを、漢字には親としての想いを込めたんです。」

孝「想い……?」

陽「当たり前かもしれないけど……健一には、健やかな心を持って育ってほしい……誓子には、この子たちを絶対に幸せにしてあげるんだ、って私たちの誓いが届きますように……そう想って、2人の名前を付けたの。」

その説明に、皆納得するような優しい顔をして聞き入っていた。とりわけ鳩谷はとても嬉しそうにも見えた。

路「いい名前だと思うよ。お前たちらしい優しい由来があってさ。」

海「そうだよね!きっと2人とも、センパイたちの想いや願い通りに育ってくれますよ!」

そう言ってくれる佐武兄弟に賢一は照れくさそうにも嬉しそうな顔をし、それから少しだけ迷いが見えたようだった。

賢「ただ……無理矢理こじつけるのはよくないってわかってるんですけど、この子たちの誕生日だって、2月27日……ちかや彼と関係のある日だったから……名前を付ける時にどうしても2人のことを考えちゃって。今更だけど、2人の名前をもらってもよかったのかなって、ちょっとだけ悩んじゃうんです。」

賢一の話に、鳩谷はどこか恥じるような表情をする。

鳩「こじつけてなんかないさ。」

そう言って、鳩谷は陽を見る。

鳩「……それを言えば、お前を智香子のカワリだなんて言っていた俺の方が、よっぽど自分に都合よくこじつけていたよ。」

そして、優しく見守るようなまなざしで2人の赤ん坊を見る。

鳩「きっと……その子たちがその日に生まれたことには意味があるんだ。お前たちが言うようにその子たちは誰の代わりでもない。だけど、死んだ智香子や、賢一の中に還って行ったケンイチに見守られているから……彼らから希望を託されたから、その日に、お前たちのもとに生まれたんだよ。」

その言葉に、意味などわかっているはずもないのに、2人の赤ん坊は嬉しそうに笑って鳩谷に手を伸ばす。その様子を見て、鳩谷は2人の赤ん坊と目線を合わせるように軽く膝を折り、誓子の手を握って優しく言う。

鳩「いいかい?周りからの偏見なんかに惑わされないで、どんな相手の気持ちでも酌めるような優しい心を、ちゃんと知っていくんだぞ…」

先ほどと同じように、誓子は嬉しそうに笑った。それを見て、鳩谷は今度は健一の手を握ってあげる。

鳩「相手の弱さを見るんじゃなくて強さを認め、誰かのために尽くすことをいとわない強さを持つんだぞ…」

健一も、誓子同様に鳩谷の言葉に嬉しそうに笑った。そして鳩谷も、そんな健一や誓子を見て、安心したように立ち直って賢一と陽を見る。

鳩「親が親だ、この子たちはきっと間違わずに育つだろうな。……いいか?どんなことがあっても陽のあたる場所を見失うな。それから、いつでもこの子たちの陽のあたる場所でいてやれ。これが教師としての、俺からの最後の教えだ!」

力強くも優しいその言葉に、賢一と陽もまた、力強くうなずいた。

賢・陽「……はい!」

2人のその返事に、仲間たちも誇らしげな顔をしていた。

 

​⑤

楽しい時間ほどすぐに過ぎ去ってしまうのは、常識と言ってもいいほどの常識である。もちろん、湯堂晶が部長を務めた代の閏台高校メディア部同窓会も、全員が揃ってからはあっという間に部室の貸し出し許可をもらっていた3時間が過ぎてしまい、みんなで閏台高校の駐車場にいた。

隆「いいか?!楽器を買う時は俺の店!「シャープイヤー」で買ってくれよな!……たくよぉ、名残惜しいからさっさと帰る!じゃな!」

そう言って、隆平は走り去るように駐車場を後にした。

海「あ、だったらだったら!…映像関係の仕事の依頼だったら東空ムービーにしてくださいね!仕事増えたら収入増えるから!」

路「バカ、何本音までぽろっと出してんだよ!」

海「えー、いいじゃん別にぃ。……ほら、兄さんどうせ歩きなんでしょ?優しい弟が乗せてってあげる。」

路「お、サンキュ。」

そう言って龍海の近くにある車の助手席のドアハンドルに手をかける龍路。

路「それじゃ、ベタなこと言うようで悪いけどさ、みんな元気でな!」

海「また集まり企画したら呼んでくださいね!」

そう言って2人は車に乗り込み、運転手の龍海に代わって龍路が駐車場に残っているメンバーに手を振る中、龍海の車は駐車場を後にする。

孝「じゃあ、俺もそろそろ帰るかな。……次の電車捕まえないと、寮の夕飯に間に合わないんだ。」

賢「あ、寮って警察の独身寮って奴ですか?」

孝「ああ。まあ不便なこともあるけど、やっぱり警察にとっては便利な住居だからな。」

晶「なんか警察も大変そうだな……」

孝「大変なのはどんな仕事だって一緒ですよ。…それじゃあ、龍海も言ってましたけど、またなんか集まりとかあったら教えてくださいね。楽しみにしてますから。」

晶「おう。もちろんだ!」

修「お気をつけて!」

見送ってくれる残りのメンバーに背を向けたまま手を振りながら、孝彦も隆平が出て行った正門へと歩いて行く。

晶「さて、自分らもそろそろ行くか。」

修「そうですね。はあ、なんか名残惜しいなぁ……なんて言ってもいられないですけどね(汗)」

鳩「そうだな……まあ、学校のことでなんか悩んだら、中学と高校の違いはあるけど、遠慮なく連絡するんだぞ?」

修「はい!その時は遠慮なく頼らせていただきます!」

そんな話の最中に、晶はすでに少し離れた場所にある車の運転席側まで歩ていた。

晶「ほら!帰るぞ修丸~!」

修「あ、はい!…それじゃあまた!」

そう言って慌てて車のもとへ走り出す修丸。その後ろ姿を見ながら、鳩谷も言う。

鳩「さて、と。俺もそろそろ帰るか。……立派な親になったお前たちと会えて、今日は本当に最高の同窓会だったよ。」

陽「私も、この子たちと先生を会わせられて、本当によかったです。」

賢「先生……あの、さっきの最後の教え……僕たち絶対に守って見せますから。」

そう言う賢一の頭を、鳩谷は優しくポンと撫でてやる。

鳩「よし!それでこそ俺の生徒だ!」

そして、寂しそうな顔をする鳩谷。

鳩「……またな。……たまにはそっちからも連絡をくれよ?」

賢「はい……」

その答えを聞いて、鳩谷は安心したように賢一たちがいる場所よりも正門に近い場所にある自分の車へと歩いて行く。それからは振り返ることもなく車に乗り込み、短く1回クラクションを鳴らしただけで、閏台高校を後にした。鳩谷の車が見えなくなるまでその場で見送った後、ふいに小さく声を上げる健一。その声に気付き、賢一は優しく健一と見つめ合った後、ふと照れるように陽を見る。

賢「ひな……今更なんだけどさ、これからもよろしくね。」

陽「……こちらこそ。」

陽がそう言うと、2人はお互いに顔を見合わせて微笑みあう。それに気付いたのか、お互いに1人ずつ抱いている子供たちも、嬉しそうに笑っていた。

賢(M)「それぞれが、大事な事を成し遂げるため、大事な人を守るために陽のあたる場所で生きていく……ちかがくれた優しさと、ケンイチがくれた強さでこの幸せを守っていく……僕が守るべきこの家族と共に生きていく場所こそが、僕の……陽のあたる場所なんだ……」

最終話(10話)音声 - 後半
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最終話(10)音声 - 前半
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