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3話音声 part3後半 - 全5part
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「表裏頭脳 ケンイチ」

第3話「図書室の不可思議といらない存在」~後編~

 

3-2(①)

メディア部が図書室を訪れてから4、50分も待ったころ、図書委員の木城が恐る恐るメディア部の部室のドアを開ける。
木「失礼しま~…あ、ここであってた…」
ホッとするようにそう言った木城に、すでに部室に来ていた山貝や屋畑も、少しホッとしたようにその顔を見る。
山「遅いですよ、木城さん!」
木「んなこと言ったって、これでも浦辺から連絡もらってすぐに自転車飛ばしてきたんだぞ?いつもは電車で通ってっけど、この時間の電車なかったから…」
屋「それはお疲れ様です。」
屋畑はいつものトーンで木城をねぎらうが、それを見た晶が少し驚きながら孝彦に言う。
晶「なんだ、アイツ?暗いなぁ~(汗)」
孝「屋畑はいつもあんな感じですから(汗)」
晶「いつも?!…マジかよ…(汗)」
そんなやりとりを賢一の席に座って黙って聞いていたケンイチが、小さく言う。
ケ「で、これで全員か?」
孝「ああ。全学年、1クラスの図書委員は男女1人ずつ。んで、図書整理の当番は縦割りのクラスごとだから、死んだ真紗子を除いて5人。これで今日の当番は全員だ。」
ケ「そうか…」
けだるそうにそう言って、ケンイチは図書委員を見回した。
ケ「この中で最初に日下真紗子の死体を見つけたのは誰だ?」
その言葉に、山貝が小さく手を挙げる。
山「その、私です…みんなと違って、休憩のときは1人でトイレに行ってて、みんなが購買前に行ってるって知らなかったからまっすぐ図書室に帰って、そしたら……」
そう言って、山貝は身震いをする。しかし、そんなこともケンイチはお構いなしである。
ケ「その次は?」
木「俺と屋畑だよ。幾永が、日下の所属してる卓球部見に行くって言った後に、家電の番号訊いてくるって職員室行った浦辺に飲み物持って帰ってくれって頼まれてさ、2人で図書室戻ったんだ。なあ?」
屋「はい。そしたら、図書室の近くで山貝さんの悲鳴が聞こえて、慌てて図書室に行ったら、日下先輩が本で殴られて社会文庫スペースに……」
ケンイチは、3人の話を見た目には分かりづらくとも、熱心に聞いている。
ケ「なるほどな。で、その後に木城が職員室に教師を呼びに行き、その間に購買前で合流した浦辺と幾永が戻ってきて日下の死体を目撃した、というわけか。」
山「え、なんでそんな詳しく知ってるの…?」
不審がるようにそう言う山貝に、孝彦が「あっ」と言う顔をして言う。
孝「ああ、俺が教えたんだ。」
山「そうだったんですか。」
孝彦の説明に、山貝も納得したようである。
ケ「で、図書室が無人だった時間はどれくらいだった?」
浦「あたしらが図書室出たのって、確か25分よ。うん、時計の針がぴったりだったから覚えてるもん。10時25分。」
ケ「山貝、お前が図書室を開けていたのはどれくらいだ?」
山「え?えっと、図書室を出たのはもうちょっと早かったけど、時間は見てなかったわ。でも、図書室の前の廊下で時計を見た時は30分過ぎ、多分31,2分だったと思うけど…」
その話を聞いて、ケンイチはメモ帳に何かをかいている。
ケ「コイツは面白いことになってきやがったな…」
言葉とは裏腹にやや苦しそうに笑顔を作るケンイチに、陽が不思議そうに訊く。
陽「面白いって?」
ケ「見ろよ…」
そう言ってケンイチがシャープペンシルでコツコツと叩いたのは、図書委員の話を聞いてケンイチがメモした簡単な時系列表だった。
ケ「仮に山貝が時計を見たのが32分だとしてもだ、全員が図書室から出払ったのは25分で、山貝が死体を発見したのが32分過ぎ…わかるか?犯人は10分足らずの間にどこかに隠していた日下の死体を図書室に運び込み、そのうえで大量の本をぶちまけたんだ。…まともに考えりゃ、時間的に不可能な犯罪だ。」
その言葉に、図書委員のみならず、メディア部も驚きを隠せない。
晶「不可能って……」
海「でも、犯人はそれをやってのけたんですよね?」
驚きや不安を隠せないメディア部に、ケンイチはもっともそうな顔をする。
ケ「ああ。…」
そして、図書委員たちに目をやる。
ケ「もしくは、コイツらが嘘をついているか…な。」
その一言に、さすがに図書委員たちは黙っていない。
孝「お、おい!俺たちが嘘をついてるとでも言うのかよ?!」
山「そうよ!本当に休憩前には日下さんはいなかったわ!」
そんな言い分を聞き、ケンイチは嫌そうに眉をひそめる。
ケ「キャンキャン騒ぐな!…ったく、オレはあくまで可能性の話をしただけで、誰もお前らが嘘をついていると断言なんてしてねーだろーが…」
その言葉に、孝彦が申し訳なさそうに言う。
孝「悪い…」
屋「幾永先輩……」
孝「俺だってさ、今までにメディア部としてお前のすごさは見てきてる。だから、お前の事は信じてるよ。…でも、やっぱ冷静でいようとしてもいられないんだよ…!」
切実にそう言う孝彦を見て、メディア部も図書委員も心配そうに孝彦を見る。
隆「孝彦…」
孝彦を見て、隆平は自分も辛そうにうつむく。
隆「お前がここまで取り乱すなんて、よっぽど辛いんだな…」
そんな様子を見て、ケンイチはつまらなさそうにメモに目を戻す。
ケ「フン…とにかくだ、お前らが嘘をついていなければ、いずれは謎は解けるんだ。」
その言葉に、図書委員たちは真剣な面持ちになる。
ケ「落ち着いたか?なら、次のことを訊きたいんだが。」
浦「いいよ!何でも訊いて!」
やる気満々にそう言う浦辺を見て、ケンイチはポケットから1枚の写真を取り出した。
修「あ、あれって龍路くんの…」
ケ「これはもう死体をどかした後の写真だが、お前たちが見た光景とこの写真の違いを教えてほしい。」
そう言われて、みな考えだす。
木「違いってもなぁ…やっぱ死体がないってことか?」
孝「あと、さっきも言ったけど、血がついてた本とかブックスタンドは警察が持って行ったからないよな…」
ケ「あとは?」
そう言われるが、他の3人も悩みはするものの何も思いつかない様子である。
山「たぶん、それくらいだと思うけど…」
ケ「本当か?何か隠したりはしてないだろうな?」
そんなケンイチに困惑する図書委員たちを見て、陽も困ったようにケンイチに言う。
陽「ケンイチくん…その言い方はちょっと…」
ケ「…。フン。」
つまらなさそうな顔でそう言い放つケンイチに、陽はまた困ってしまう。そこで、隆平は思い出したかのように言った。
隆「隠してるって言ったらさ、あの本の山の中に携帯隠れてたよな?」
その言葉に、ケンイチは嫌悪するように眉をひそめた。
山「携帯?」
隆「ああ。日下さんの携帯だって、浦辺さん言ってましたよね?」
浦「そうそう、真紗子ちゃんの携帯、本の山の中に埋まってたのよ。なんか壊れてたみたいなんだけど、それをあの子が見つけてね。」
そう言ってケンイチを見た浦辺は、ケンイチが不機嫌そうな顔をしていることに気付く。
浦「あれ?どうしたの?」
その言葉には答えもせず、ケンイチは隆平を睨んだ。
ケ「このバカが…」
隆「へ?!俺、なんかしたか?!」
無自覚な様子の隆平に、ケンイチは深くため息をつく。
ケ「あんなところに携帯があったんだ。もしかしたら犯人の手掛かりが残ってるかもしれないだろうが。」
隆「あ、ああ……でも、お前中なんて見てなかったろ?」
ケ「事件後に誰かが携帯をいじったことが警察にバレたら、厄介だろうが…」
隆「だったら、なんで携帯の事言っちゃマズいんだよ?」
まだ理解をしない様子の隆平に、ケンイチはいら立ちを隠せない口調になる。
ケ「この中に犯人がいたら、そんなことを言っちまったら証拠を隠滅されかねな「いだろうが!」
そこまで言われて、隆平は「ヤバい」と言わんばかりの顔をする。
隆「そ、そっか!!」
驚いた後、バツ悪そうにケンイチに言う。
隆「すまねぇ…」
ケ「謝れば済むなら、警察はいらねえよ…」
呆れたようにそう言って窓の外に目をやるケンイチ。そんな空気の重さからか、図書委員たちは何か話題をと思ったのか話し始める。
木「そ、それにしても…日下のやつ携帯ちゃんと持ってたんだな。」
山「でも、持ってるのに出てくれないんじゃ意味ないじゃないですか。」
屋「仕方ないんじゃないかな……学校で壊れちゃったわけだし……」
山「だったら壊れたって言ってくれないと!」
浦「だから、連絡手段なかったらそれも伝えられないじゃない(汗)」
山「あ、そうですね…(汗)」
そんな会話を聞いていて、ケンイチはまるで麻薬の匂いを感じた警察犬のように、ピクリと眉を動かす。そして、さすがは姉ともいうべきか、陽がその様子に気付いた。
ケ「(壊れた携帯……隠れていた……休憩時間……!)」
陽「ケンイチくん…?」
ケ「まさか……いや、だからあのタイミングで……」
陽の言葉が聞こえていないかのようにそうつぶやき、ケンイチは急いで部室を出た。
晶「お、おいケンイチ!」
鳩「アイツ、もしかしてまた図書室か…(汗)?」
陽「たぶん…」
修「何かわかったんでしょうか…?」
晶「とにかく、自分らもまた行くか…ないとは思いたいが、警察と鉢合わせたとして、アイツ1人じゃ想像もしたくないからな…」
そんなわけで、メディア部も図書委員も再び図書室へ行った。

4(②)

晶「おい、お前いきなりどうしたんだよ!」
引き戸を開けてそうそう、そう言う晶が目にしたのは、散乱した社会文庫スペースの本の山の前で、なぜか「明治大全」と「戦国の魅力」いう、黒いブックカバーに収まっているタイプのシリーズ本を探し出しては別に積み上げているケンイチの姿だった。
鳩「お前、そんなこと勝手にしたら…」
ケ「構うものか。」
そう言い放つケンイチに、鳩谷やメディア部は呆れた顔をしたり苦笑したりするが、そんなことお構いなしにケンイチは作業を続ける。
ケ「おい、お前らも手伝え。このシリーズの本をそこに詰め。」
そう言われて、孝彦を除く図書委員が唖然とする中、メディア部員たちは戸惑いながらもみな社会文庫スペースにやって来て、言われた通りに行動し始める。
路「でもケンイチ、こんな歴史本なんか詰んでどうするんだ?」
修「そうですよ。歴史の勉強したって、この事件とは関係ないでしょう?」
ケ「バカが、重要なのは歴史本ということじゃねーよ。」
そうだけ言って、ケンイチは作業を続ける。そして、少ししてから社会文庫スペースのもともと本が散乱していない所には、全21巻の明治大全2セット(42冊)と、巻によっては3冊、少なくとも2冊は揃っている全25巻の戦国の魅力の本(54冊)がそろった。
海「うわぁ、こうして揃えるときれいですね!」
呑気にビデオを回しながらそう言う龍海だったが、そんな龍海にケンイチは珍しく勝気な笑みを浮かべる。
ケ「いや、きれいなのはこれからだ。」
そんなケンイチに、孝彦がもどかしそうに訊く。
孝「お、おい待てよ。お前、こんなことして、きれいなのはこれからだとか、一体どういうつもりなんだ?!」
隆「そうだぞ、ケンイチ!俺たちコキ使う前に何をしてるのかぐらい説明しろよ!」
孝彦の言葉に続いていきり立つ隆平を見て、またもや珍しくケンイチはいら立ちを見せずに小さく笑うように言い放つ。
ケ「フン…それもそうだな…いきなりこんなことをしたところで、お前たちにわかるはずもないか。」
その一言に、孝彦も隆平も悔しそうな、何とも言えない顔をする。
ケ「いいぜ、教えてやるよ。この中の…図書委員5人のうちの誰が、どうやって日下真紗子の死体を本にまみれさせて出現させたかをな!」
その言葉に、その場にいる全員に旋律が走った。
孝「俺たちの中の誰かが、真紗子を殺した犯人だって……?」
陽「それに、どうやってって…ケンイチくん、犯人がわかったの?!」
ケ「ああ、皮肉にも、犯人像のヒントを与えてくれたのは、ほかならぬ日下真紗子を殺した張本人だったがな。」
皮肉っぽく笑ってそう言うケンイチに見られて図書委員の6人は、より一層緊張が高まる。
浦「ちょ、ちょっと待ってよ!あたしたちが嘘をついているってのはあくまで可能性だって言ってたじゃない!」
木「そうだ!俺たち以外にいる犯人を暴いてもらうために、正直に話したってのに、そりゃねーよ!」
その時何も言わない3人も、驚きの表情を隠せないでいる。そんな図書委員たちに、ケンイチは冷淡に言い捨てる。
ケ「仕方ないだろうが。その犯人が図書委員の中にいると言う事実が、解き明かされた謎の答えだったんだからな。」
その言葉に、メディア部も図書委員もみな各々に不安や不可思議な表情を浮かべる。そして、そんなことにはお構いなしにケンイチは社会文庫スペースを見た。
ケ「おそらく犯人が日下を殺したのは今朝の事だろう。学校に誰もいなくなった昨夜の犯行ならば、わざわざ死体を一旦隠さなくても他の人間のアリバイはもともと曖昧だし、幾永が浦辺から聞いたという話じゃ、日下は今朝、7時頃に家を出たっきりだということだからな。」
屋「7時?…図書整理は9時からなのに…」
ケ「ああ、いくらなんでも9時集合に7時に家を出るのは早すぎる。ここで浮上する「委員活動を忘れて部活の自主練に出ていた」と言う可能性も、「日下は部活に来ていない」という卓球部の証言で潰れるからな。となると、犯行があったのは今朝ということになる。」
鳩「そうか、つまり死体が急に現れたのは、アリバイ確保のためってことになるのか?」
ケ「ああ。…まあ、予想外の出来事で、やはり自分も疑われてしまうなんてことは、死体を隠した時には思いもしなかっただろうがな。」
海「え?どゆことですか?」
ケ「つまりだ。オレも本人に聞いたわけじゃないから断言はできないが、オレの考えが正しいとすれば、休憩時間、いや、図書委員の活動時間の中で日下の死体が現れたのは、犯人にとって最大の誤算だったという事だ。」
修「誤算…」
ケ「犯人はおそらく、活動が終わって自分にアリバイのあるような時間を選んで、死体を出現させる予定だったんだよ。」
隆「アリバイのある時間って……それって誰かと一緒にいる時間ってことだろ?そしたら、隠していた死体を出現させるなんて無理じゃねーのか?!」
驚いてそう言う隆平に、ケンイチはまた勝気な笑みを浮かべる。
ケ「それができるのさ。犯人の持つ携帯と、コイツを使えばな。」
そう言ってみんなに見せたのは、日下の携帯である。ケンイチはそれを、開いた状態で画面が見えるように見せている。
晶「携帯を使って……?」
ケ「まあ、説明するよりも実際にやってみた方が早いだろう。」
そう言いながら、ケンイチはいったん携帯を本の収まっていない棚に置き、先ほど積み上げた黒いブックカバー本を2冊ほど横にして背表紙をみんなに見えるように並べ、その上に数冊の本を今度は縦に、そしてまた背表紙をみんなに見せて並べる。だが、そのサイドにはまたブックカバー本を並べている。最初のうちは皆不思議そうにその様子を見ていたが、ケンイチが2段目の本の上に、1段目とまったく同じようにブックカバー本を乗せった時、陽が気づいたことをふと口にするように、小さくつぶやく。
陽「あ、本棚……」
その言葉に、ケンイチは相変わらずの顔のままで陽たちの方を振り向いた。
ケ「御名答。」
そんなケンイチに、山貝が不思議そうに言う。
山「本で本棚?でも、それがいったい…?」
そんな山貝に、ケンイチはまったく別の本を手に取って言う。
ケ「これはあくまでも縮小版だ。さっきその本の山から集めた黒いブックカバーの本の数からして、実際はきっと天井まで届くほどで、しかも本を安定させるためのブックスタンドなんかも使ったインスタント本棚があったんだろう。そして、コイツが死体だとする。」
そう言って、ケンイチは偽本棚の後ろに、死体と言った本を置く。それを見て、木城が静かにも、驚いたように言い始める。
木「ま、まさか……俺たちが図書室に来た時はすでに日下の死体はそこに
あったって言うのか……?!」
浦「うっそ?!」
屋「そんな…?!」
山「……!」
ケ「ああ。これはオレの予想だが、その社会文庫スペースとやらは、すでに整理が終わった棚なんじゃないのか?」
社会文庫スペースを見つめてそう言うケンイチに、孝彦が言う。
孝「ああ、あそこは5組の担当で、2日前に整理が終わってたはずだけど……」
ケ「やはりな。…もとから図書室の本棚はすべてこの歴史本と同じ黒塗り。それに他にやることが山積みならば、整理の終わった場所には誰も近づかない……だからこそ、死体が現れるまでは誰も偽本棚には気づかなかったんだ。血痕の事を考えれば、日下がこのスペースで殺されたことは明らかだ。だとすれば、そこまで考えて犯行場所を選んだようだな、犯人の奴は。」
路「でも、その偽本棚を、アリバイを確保しつつ崩すのはどうやって…?」
不思議がる龍路に、ケンイチは偽本棚を見るよう顔でうながす。
ケ「偽本棚…これはまだトリックの種の仕込みだけ。そして、種明かしはこうだ。」
そう言って、ケンイチは偽本棚を土台の2冊ごと脇にある本物の本棚にくっつけ、1番上のブックカバー本の1冊とその下のホントの間にポケットから取り出してブックスタンド型に折った紙をはさみ、その紙に指で小さく穴をあけ、その穴に日下の携帯のストラップを通して結びつけ、さらに日下の携帯を本物の本棚の、ストラップの長さ的に届く棚に落ちるか落ちないかギリギリの位置に置く。
ケ「この紙はブックスタンドだと思え。そして、今は壊れて鳴らないだろうが、もしこの電話に誰かが電話をしたら…どうなると思う?」
その言葉に、晶がハッとする。
晶「そうか!バイブで携帯が落ちて、ブックスタンドが引っ張られて本が崩れる!」
ケ「その通り。…ほら、こんなふうにな。」
そう言ってケンイチが携帯を引っ張ると、偽本棚は崩れ、後ろに置いた死体代わりの本が、偽本棚に収まっていた本に埋もれるように現れた。その光景を見て、孝彦は唖然と、しかし納得するように言う。
孝「そうか…だからあんな短時間で死体が現れたのか……」
鳩「でも待てよ?そしたら、もっと早く死体は見つかっていたんじゃないのか?」
海「え?なんでですか?」
鳩「だって、浦辺は休憩に入る前にも日下にメールをしているんだろ?そうしたらそのバイブで本は崩れるんじゃ…」
ケ「オリジナルマナーモード…」
その言葉に、龍路が気づくように言う。
路「そうか!着信だけバイブするようにすれば、その時のメールじゃ携帯は震えない!…さすが、よくそんなこと思いつくな!」
龍路がケンイチに感心する中、ケンイチは陽を見る。
ケ「宗光、お前が使っているのもオリジナルマナーモードだろう?」
陽「ええ、私はマナーモードにしてもアラームが鳴るように設定してるだけだけど……でもケンイチくん、よくオリジナルマナーモードの事なんて知ってたわね?」
意外そうに驚く陽に、メディア部員たちも不思議そうな顔をする。そんなことに気付かないのか、ケンイチは至って平然と話し始める。
ケ「お前が携帯を操作しているのを賢一が見ていたのを、オレも見ていたからな。それで思い出したんだ。」
その言葉を聞いて、修丸がふと考え込むように上の方を見て言う。
修「あの……なんか今の話って、もしかしてケンイチくん……」
そんな修丸に、なぜか陽がすこし恥かしそうに言う。
陽「ケンイチくん…って言うか、ヨシくん携帯持ってないのよ…」
晶「マジでか?!このご時世で携帯持ってない高校生がいるとは…」
真摯に衝撃を受けた晶に、陽は少し複雑そうな顔をする。
陽「お父さんは私に携帯買ってくれた時に、ヨシくんにも買ってあげようとしたんです。でもヨシくん、居候なのにそんなの買ってもらえないって言って聞かなくて……だから連絡取りづらい時とかあって困っちゃうし…それよりも、家族なのに、そんな気を使われるのもなって思うんですけど、それはヨシくんなりの気遣いだから、それを押し切っちゃうのも悪いなって……」
そこまで言って、陽はハッとする。
陽「あ!すいません、うちの事情なんて、今は関係ないですよね!!」
そんな陽に、晶や修丸は苦笑ながらも優しく笑う。
晶「いや、自分は構わないぞ?」
修「僕もですよ。それに、陽さんがさっき言ってたことが本当なら、ほら……」
そう言って修丸はケンイチを見る。その時のケンイチは、事件解決前に余計な話をされた時のような嫌悪な顔ではなく、無表情ではあるものの怒りは感じさせない表情で陽を見ている。
晶「ケンイチがイラつくのは、事件と関係ない話じゃないって奴だな?」
修「ええ。やっぱり、陽さんは賢一くんやケンイチくんの、最高のお姉さんみたいですね。」
陽「そんなんじゃないわよ…」
すこし照れくさそうにそう言ってから、陽は賢一の方を向く。
陽「話の腰折っちゃってごめんなさい。…続き、話してくれる?」
その言葉に、ケンイチは静かに目を閉じてうなずき、再び口を開く。
ケ「日下が電話嫌いであることは、幾永の話によれば2組の図書委員……いや、おそらく図書委員全員知っていたみたいだからな。だからオリジナルマナーモードで電話だけバイブするように設定しても、自分が電話を掛ける以外の着信はないと思っていたんだろう。」
隆「そっか、でもコイツが寝ているかも知れない日下さんに電話をかけて起こそう、なんてことを言いだして、浦辺さんが電話をかけてしまった。それがお前の言っている予想外とか、誤算ってヤツなんだな?」
ケ「ああ。そのせいで、自分に十分なアリバイがないような状態で本棚が崩れ、死体が現れちまった……といったところだろう。…まあ、殺人犯に不幸も幸福もないだろうが、犯人にとっての不幸中の幸いは、本棚が崩れた時に図書室に誰もいなかったこと、そして自分以外にも疑われる余地のある人間が4人もいたことだ。」
そこで、孝彦が我慢できなくなったかのようにケンイチに食いつくように訊く。
孝「あの短時間で真紗子の死体が現れたトリックはわかったけど……一体誰なんだよ!真紗子を殺した犯人は!?」
そんな孝彦の言葉を聞いて、浦辺が慌てたようにケンイチに訊く。
浦「ねえ!今の話通りだったら、あたしは疑われなくていいのよね?!だってあのタイミングで電話をかけるなんて、犯人だったらやらないでしょ?!」
そんな浦辺を見て、ケンイチはまるで興味がないように1度目をつぶり、そして冷たい視線で言う。
ケ「可能性はゼロじゃねーよ。オレはあのタイミングの電話が予想外だと判断したが、それをお前が逆手に取ったという考えだってできるんだからな。」
浦「そんな…」
山「だったら、そんなじらさないで早く教えてよ!誰が日下さんを殺したのか!」
屋「そうですよ…いつまでも疑われっぱなしなのはちょっと……」
木「俺だって、このままじゃ気持ち悪りーんだ!早く教えてくれ…!」
孝「ケンイチ、頼むよ……!」
そんな図書委員たちの声を聞き、ケンイチは静かに図書委員に背を向けて、距離を取るようにゆっくりと歩き出した。
ケ「日下真紗子が死んだこの事件…その謎を解くためにオレはお前たち図書委員にいろいろと訊いてみたが……お前たち5人の中にたった1人だけ、オレに違和感を与える発言をした人間がいたんだよ……」
陽「違和感って……」
路「嘘をついてるってことか?」
龍路の言葉に、ケンイチは歩みを止める。
ケ「いや、その逆さ…おそらくは警察ですらまだつかんでいないような真実を、さも皆が知っているとでも言うように口にした人物がいるんだ……」
その言葉に、ケンイチの背中を見つめる図書委員5人に緊張が走る。
ケ「なあ…お前だろう?」
そう言って、ケンイチは振り返ってある人物をじっと見た。
ケ「屋畑瑛太……お前が日下真紗子を殺した張本人だ。」
その言葉に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。
孝「や…屋畑が真紗子を殺したって?!」
木「まさか!コイツはそんな人殺しができるような奴じゃ……」
驚く男子図書委員の2人に続き、屋畑も少し慌てたような口調で言う。
屋「そ、そうですよ……!僕、そんな変なこと言いました?言ってないですよね?」
最後の方は、ケンイチにと言うより、図書委員に対して同意を求めているようだった。
山「え、ええ……私はわからなかったけど……」
浦「あたしだって!瑛太くんが何を言ったって言うのよ!?」
まるで弟をかばうかのような勢いの浦辺だが、ケンイチは自分のペースを乱すことなく続ける。
ケ「屋畑、お前…オレが死体を見つけた時の状況を訊いた時、確かこう答えたよな?「図書室の近くで山貝の悲鳴が聞こえ、図書室に行ったら日下が本で殴られて社会文庫スペースにいた」と。」
屋「い、言いましたけど……実際そうだったんですから。ねえ、木城先輩?」
屋畑に振られ、木城は思い出すように言う。
木「ん~…ああ、そうだ。山貝の悲鳴訊いて図書室行って…そうそう、コイツの言ってることはホントだよ。」
屋「ほ、ほら…」
焦りの中にも少し安心するようにそう言う屋畑に、ケンイチは表情を変えることなく続ける。
ケ「……じゃあ、まずは現場を直接見ていないメディア部の連中に訊くが、この中で日下の死因を、おそらくではなく確実に知っている者はいるか?」
その言葉に、メディア部は不思議そうな顔をして各々顔を見合わせては首を横に振る。
晶「そんなことわかるわけないだろう?自分らは日下さんの死体を見ちゃいないんだからな。」
ケ「ああ、別にそれでいいんだよ。じゃあ、図書委員のお前らはどうだ?いいか、正直に話せよ?」
浦「あ、あたしわかんなかったわ…ホント、頭から血が出てたから首絞めとか毒を飲ませた、って訳じゃないのはわかったけど……」
木「俺だってそんなこと考えもしなかったよ!……日下が死んだってことでいっぱいいっぱいだったし……」
木城が話している横で気まずそうにしていた山貝が、その様子通り気まずそうな口調で話しだす。
山「その…こんなこと言って、やっぱりお前か!なんて言わないわよね?」
言いづらそうにしている山貝に、ケンイチは相変わらずの冷たい目線で山貝を睨む。
ケ「いいから、さっさと言え。」
山「あ、えっと……私は、あれって撲殺かなって思ってたわ。…近くに血の付いたブックスタンドとか落ちてたし、本だって血がついてたから……」
その言葉を聞いて、孝彦は思い出したかのように言う。
孝「俺もそう思ってた!ブックスタンドは鉄だから十分凶器になるだろうし、本だって分厚い奴の角を使えば……って。それに、警察も血の付いたブックスタンドと本を持って行ってたからな。…でもケンイチ、警察が本やブックスタンドを持って行った時には屋畑もそれを見てたんだ。なのにさっきの言葉のどこがおかしいと言うんだよ?」
そんな孝彦に、ケンイチは睨むわけではなく、視線を送る。
ケ「幾永…お前は同時に2つの可能性が見えた時に、その1つを根拠もなく押すことはできるか?」
孝「…は?」
いきなりの質問に驚いた孝彦だったが、それを見てケンイチは再び目線を図書委員全員に戻す。
ケ「お前らももう1度思い出してみろ。さっきオレが言った、屋畑の言葉をな……」
木「えっと……山貝の悲鳴が聞こえて、図書室に行ったら日下がいて…」
ケ「もっと詳しくだ。」
浦「詳しくって言われても……」
そう言って首をかしげる浦辺を見て、ケンイチはまた静かに、図書委員の前を横切るように歩きだす。
ケ「ならオレがもう1度言ってやるよ。屋畑は、オレがさっきこう言ったなと聞いたら、そうだと答えた。…「図書室の近くで山貝の悲鳴が聞こえ、図書室に行ったら日下が本で殴られて社会文庫スペースにいた」と……」
その言葉を聞いて、孝彦が「あ!」と声を上げる。
ケ「やっとわかったか?」
孝「ああ!確かにその発言はおかしい!」
山「おかしいって、どこがです?」
孝「瞳、お前はブックスタンドと本が血に濡れてて、それで真紗子が何で殴られたかなんてわかるか?」
山「え?…それはブックスタンドか本のどっちかで…。……!」
そう言いながら、山貝も気づいたようである。そして、気まずそうに屋畑を見る。
山「そうよ…屋畑くん、あなたなんで日下さんが本で殴られたってわかったの…?」
その言葉に、屋畑は余裕をなくしたような表情をし、周りの人間は皆気付いたように驚く。
屋「えっと……それは……」
そう言って目を泳がせてるうちにケンイチと目が合う屋畑。
ケ「おっと、そんなこと言ってない…ってのはナシだぜ?お前はさっき、オレの言葉に対して「そう言った」と確かに断言したからな。」
その言葉に、屋畑は悔しそうに歯を食いしばる。
ケ「警察が、図書委員が見ている中で血の付いたブックスタンドや本を押収した時、妙なブックスタンドがあった、とも浦辺は言っていた。なのにお前はブックスタンドのことは最初から眼中になかったかのように、本で殴られたと言ったんだ。…お前が犯人でないとしたら、なぜこんな事を言った?」
屋「み、見えたんですよ!日下先輩の近くに、角にすごく血の付いた本が落ちてるのを!」
ケ「じゃあ、なぜそれを言わない?」
屋「だって!警察には言わなくてもわかるかなって思ったし、正直忘れてたんです!あ…あんな死体、見ちゃったんですから……!これって仕方ないでしょ?」
その言葉に、皆困った顔をするばかりで何も言わない。そして、ケンイチは少し呆れたように目をつぶった。
ケ「フン……言い逃れとはみっともねえ。」

屋「やってない事をやったなんて言われたら、そりゃ誰だって否定しますよ?!筋は通ってるんだ、何もおかしなことないじゃないか……」

その場をごまかそうと必死になる屋畑だったが、ケンイチは静かに、鋭く言い放つ。

ケ「お前はメディア部の部室で、日下の携帯の話が出た時にこうも言っていた。日下の携帯は学校で壊れた、と……」
屋「そ、そうでしたっけ……」
気まずそうにケンイチから目を逸らす屋畑だったが、浦辺もまた気まずそうに、しかし思い出してしまったといった表情で軽くうつむき加減で言う。
浦「言ってた……言ってたよ!瞳ちゃんが携帯持ってても連絡くれなきゃ意味ない、みたいなこと言って怒った時にそんなこと言ってた!学校で壊れちゃったんだからって……」
そんな浦辺に、屋畑が慌てたように、そして少し怒ったように言う。
屋「だから、それがどうしたんですか!日下先輩の携帯は偽の本棚から落ちて壊れたんだから、学校で壊れたとしか―……!」
そこまで言って、屋畑も自分の失言に気付いた。
ケ「どうやら、自分でも今の失言に気づいたようだな……」
その言葉に、屋畑は何も言わない。
隆「おい、失言って、今の何が失言なんだよ…?」
そんな隆平に、ケンイチはいつものことではあるが、「そんなことも知らないのか」と言わんばかりの顔で振り向く。
ケ「壊れた携帯に電話をかけても、電源が入っていない時と同じアナウンスがかかるため、壊れているとは気付きにくい。実際、日下が寝ていると思って電話をかけた時、そんなアナウンスが入ったんだよな?」
そう言われて視線を送られた浦辺は、うんうなずく。
浦「うん!なんか、電波が届かないところがどうの~って。だから、孝彦くん言ってたよね?電源切ってるのか?って。」
孝「ええ、俺も前に出掛け先で携帯壊したことがあって、その時親に言われて不思議に思ったことがあったんです。なんで電源切ってたんだ?って……」
ケ「つまり、その状況、その時点では誰も、日下の携帯が壊れていると気づいたものはいなかったはずだ。なのに、お前は確かにこう言った。「日下の携帯は学校で壊れた」とな。」
そう言ってケンイチは屋畑を見る。屋畑はもはや、生気がないように呆然と立ち尽くしていた。
ケ「まだ言い訳があるのなら訊くぜ?もっとも、そのすべてを否定してやるがな。」
屋「僕じゃない……」
ケンイチの言葉に、大きくうつむいた屋畑は、小さくそうつぶやく。
ケ「ほう、まだ言い訳をする気か……」
その言葉には、しばらくの間答えが返ってこなかった。しかし、その沈黙を破ったのは……
屋「悪いのは真紗子だ…僕じゃない!僕は悪くないんだ!!」
その様子を見て、その場にいる全員が驚きに目を見張る。
木「お、おい屋畑!!どういうことだよ今の!」
そう言って近づいた木城を、屋畑は力任せに腕を振るって近づけようとしない。
木「屋畑…!」
孝「屋畑、落ち着け!とにかく落ち着けよ!!」
必死にそう言う孝彦だったが、屋畑は頭を抱えて悲痛に叫ぶだけである。
屋「僕は……僕はいらない存在なんかじゃない!…僕がいらない存在なら、お前はどうなんだよ真紗子!!」
そう言って取り乱す屋畑を、誰もどうにもすることができずに立ち尽くしてしまう。
屋「なんなんだよ…お前、僕のなんなんだよ……僕がもっとできのいい弟ならよかったのかよ!……!」
消えそうな声でそう言っていた屋畑は、ふと誰かの温かさに気付く。
陽「いらない存在なんて、あるわけないじゃない……」
辛そうな顔で屋畑を抱きしめていたのは、陽だった。
屋「あ……」
ちいさくそうつぶやいた屋畑を見て、陽は元の状態に戻って屋畑の肩に優しく手をかける。
陽「何があったかは知らないけど、いらない存在なんて、そんなものはないわ……そんな悲しいこと言わないで!」
そんな陽の目をじっと見て、うつむいている時に涙を止めた屋畑の目からは静かに涙が落ちた。
屋「ご、ごめんなさい……僕……」
そんな様子を見て、ケンイチがなぜかひどく不機嫌そうに眉をひそめる。そして、他のメディア部員や図書委員たちは、ただ唖然とその光景を見ているのみだった。
鳩「宗光……」
そんな事は知らず、涙は流しつつも気持ちの落ち着いた様子の屋畑に、陽は優しく言う。
陽「よかったらでいいわ。…あなたと日下さんの間に、一体何があったの……?」
その問いかけに、屋畑は少しの間をおいてから話し始めた。
屋「真紗子は……日下真紗子は僕の実姉なんです……」
孝「実姉だって……?!」
木「で、でもお前ら、苗字違うじゃん……」
そんな孝彦と木城とは反対に、隆平が首をかしげる。
隆「なあ、実姉って何?」
路「本当の姉の事だよ。…例えばさ、俺や龍海と違って、賢一と陽は血の繋がっていない姉弟だろ?そういう場合の、賢一にとっての陽は義理の姉って書いて義姉って言うんだ。ちなみに龍海にとっての俺は、実の兄って書いて実兄って関係になるんだよ。」
隆「…つまり、苗字は違うけど、日下さんがお前で、アイツが龍海ってことか?」
妙に納得したような顔でそう言う隆平に、龍路が少し苦笑しながら言う。
路「まあ、俺たち兄弟に例えたら、そうなるな……(汗)」
その傍らで話を聞いていた龍海が、不思議そうに訊く。
海「でも兄ちゃん、どうして本当のお姉さんと苗字が違うのかなぁ?」
路「そうだなぁ…」
そう言って、龍路は真剣な目をして屋畑を見る。
路「それは、本人の話を聞いた方が早いと思うぞ……」
それに気付いたのか、屋畑はまた話を始める。
屋「離婚ですよ。僕の名前、小5の夏までは日下瑛太でしたから……」
鳩「じゃあ、屋畑は母方の姓ってことか。」
屋「ハイ…僕が小学校に上がった頃から両親の仲がだんだんと悪くなっていったのは子供心に感じていました。それで、5年生になった年の夏に、ついに2人は離婚して、僕は母に、真紗子は父に引き取られたんです。」
浦「瑛太くん、そんな話全然……」
少し悲しそうな顔をしている浦辺に、屋畑は自嘲気味な顔をする。
屋「言ったって、僕の居所の悪さは変わりましたか?」
山「居所の悪さ…?」
山貝の言葉に、屋畑はまた少し沈黙した後、少しずつ嫌悪を含んだ顔つきになっていく。
屋「日下の姓だった頃から、僕は家族に嫌われていたんだ…父さんも母さんも僕と真紗子を比べては僕を「できそこない」なんて罵るし、真紗子だって僕の事なんかまったく興味も持ってなかったよ。はっきり言うけど、最低の姉だ。」
その言葉に、兄弟の上の子として弟を持つ陽や龍路は、無意識に弟の顔を見て辛そうな顔をする。そして、弟たちもそれに気付き、ケンイチは表情1つ変えずに屋畑の話を聞き続けるが、龍海は心配そうな顔になる。
海「兄ちゃん…?」
路「いや、なんでもない…」
そんな事は知らずに、屋畑は続ける。
屋「それでも母さんにとって僕の存在は、いらないものではないって信じてた。…そうでも思わないと、僕は本当にダメになってしまいそうで怖かったんだ……」
そこまで言って、屋畑は思い出したかのように自分の両腕を力を入れて掴み始めた。
屋「なのに…なのに真紗子の奴が……!」
屋畑は、朝の出来事を回想するように語りだす。

 

5(③)

―屋(M)「今朝、7時半くらいに図書室に来てくれって真紗子から連絡があったから、それくらいの時間に図書室に行ったんだ。図書室は鍵なんてかかってないし、それに、誰も来てないような時間に人目を忍んで2人で会うのはいつものことだったから……」
日「ごめんね、瑛太。こんな早くに呼び出しちゃってさ。」
社会文庫スペースできれいに並んだ本の頭を、指で遊ぶように1冊1冊撫でながら日下は屋畑に背を向けたままそう言う。
屋「いいよ、この時間なら、早めに図書整理に来たって言えば、まあそんなには怪しまれないだろうし……」
屋畑も、話しながら分厚い社会文庫を手に取ってぱらぱらとめくっている。
日「でも驚いた。あんたが閏台中入って高校も来たことはもちろんだけどさ、図書委員も一緒で、縦割りクラスまで一緒になるなんて。」
そう言って、日下は屋畑の方を振り向く。
屋「委員とクラスは偶然だけど、学校は母さんにここに入れって言われたから……」
日「母さんが?…ふ~ん」
屋「とにかくさ、2人で会いたいってことは、養育費でしょ?人来ないうちに早くちょうだい。」
そう言って日下の方を向く屋畑に、日下は呆れたような顔をする。
日「まあそうなんだけどさ、急かさないでよ。…あんたってそんな守銭奴だっけ?」
屋「だって、母さんが養育費ないと学校行かせらんないって言うし…」
日「あの人、まだそんなお金お金言ってんだ……」
そう言って、日下はまた本の方を向いて指で本を撫でだす。
屋「仕方ないよ、母さんの稼ぎじゃ2人の生活だって苦しいんだから……」
その言葉を聞いて、日下は動きを止める。
日「瑛太…あんたさ、母さんに都合良いように使われてるだけじゃない?」
屋「…どういう事、それ?」
屋畑は無意識に小さく拳を握っている。
日「だって、母さんの仕事って1人くらいなら裕福って言えるような給料もらえてるじゃん。それに、子供1人を十分に育てられる額の父さんからのお金もあって、生活苦しいとかおかしいよ。きっと母さん、あんたに隠れてお金貯めてるんじゃないの?あとはあんたにバレないように贅沢してるとかさ?」
屋「そ、そんなこと言われたって……本当の事だし……」
日「だからあんたさ、父さんが、母さんとあたしが会うのを許してくれないから、母さんが大っ嫌いな父さんと顔を合わせずにお金を持ってこれるように、あたしと同じこの学校に入学させられたんじゃないの?ってこと。」
屋「そ、そんなことないよ……!」
そんな屋畑の声を聞いて、日下は少し腰をかがめて1つ下の棚の本に移る。
日「いや、ホントだよ。だってあたし、電話で母さんから聞いたもん。養育費受け取ってくる以外、ホント邪魔だって。」
屋「…!」
その一言に、屋畑はとてつもないショックを受ける。
日「うるさいよ、電話で何時間も。ま、母さんもあたしを引き取りたかったみたいだから仕方ないっちゃ仕方ないけどさ、週末ごとにそんな愚痴電話されてたら、誰だって電話嫌いになるわよねぇ。」
日下は屋畑に背を向けているため、屋畑の心境を読めていない。
日「父さんもさ、瑛太さえいなかったら養育費なんて払わなくても済むのにって、最近よくあたしに愚痴ってくるんだぁ。」
屋「あのさ…お前何が言いたいの…?」
その声は怒りと悲しみに震えていた。
日「別に?ま、しいて言えばさ、母さんや父さんにとって…」
屋畑は予想できなかった。次の一言を。
日「あんたっていらない存在なんじゃないの?って思ってさぁ…」
その言葉が、屋畑を1つの衝動に駆らせた。
屋「違う……」
日「え?何?」
屋畑の声が聞き取れないほど小さかったため、聞きなおそうとして振り向いた日下の目に飛び込んだのは、さっきまで軽く読んでいた社会文庫を持った手を、高く振り上げて自分に向かってくる屋畑だった。
日「ちょ、ちょっと瑛太!?」
屋「僕はいらない存在なんかじゃない!!!」
その時、2人以外は誰もいない図書室に、鈍い音が何度も響き、社会文庫スペースにはいくつもの血しぶきが飛び散った。―

 

屋畑の話に、その場にいた全員が険しい表情や恐れの表情を浮かべる。
屋「殺そうなんて思ってなかった。でも…僕はいらない存在なんだって、頭の中でぐるぐると父さんや母さんの声がしてきて、気付いたら、さっきまで持ってた本の角が血で真っ赤になってて、目の前には頭から血を流して動かなくなってる真紗子がいて…」
木「で、でも……あんなに本とかに血が飛んでたのに、お前そんな返り血なんて浴びてなかったじゃんか…」
浦「そうよ、瑛太くん家って電車じゃないといけないようなところじゃない!着替えるって言ったってそんな時間は……」

そう言う2人に、屋畑は諦めるような表情で言う。

屋「夏期略装の今の時期も、学校に来るときはいつもブレザーを着てきてるんです。それで、真紗子と会った時もブレザーを着たままで、ほとんどの血はブレザーに着いて……それは後で回収しようと思って教室のロッカーに隠しました。あとはベストもネクタイも赤系の色だから、急いで拭いたらほとんどわからなくなったし、Yシャツは着替え用に持ち歩いている物に着替えて、血が付いた方はブレザーと一緒にロッカーに隠して……それでも、いつバレるかって思ったら怖かったですけど……」

そんな話を聞いて、ケンイチは近くの壁に寄りかかってからつまらなさそうに言った。
ケ「おのれの存在の為だけによる衝動殺人……どうしようもねーくらいの弱さだな。」
そんなケンイチを、陽が泣きそうな、しかし怒気を含んだ目でキッと見る。
陽「そんな言い方しないであげて…!」
その言葉に驚いたのはメディア部員たちの方で、ケンイチは相変わらずのつまらなさそうな表情で陽を見据えただけだった。
陽「屋畑くんの味わった辛さは、彼じゃないとわからないわ…それを弱いなんて……」
そんな陽とジッと見詰め合った後、ケンイチは静かに目を閉じて、抑揚の押さえた、感情の読めないトーンで言った。
ケ「……。ソイツは悪かったな。」
その一言に、ケンイチのことを知りかけている陽もメディア部もみな意外そうな顔をして驚いた。そして、そんなこともお構いなしにケンイチは壁を軽く蹴って立ち直し、今度はじっと屋畑を見据える。
ケ「認める気があるのなら、さっさと警察に行け。またここに警察が来てからじゃ、自首も成立するかわからんぞ?」
屋「え……?」
ケンイチの言葉に屋畑は驚く。そんな屋畑に陽が言う。
陽「ケンイチくんは、あなたを追い詰めるために謎を解こうとしていた訳じゃないの。それだけはわかってくれる…?」
切ないその顔を見て、屋畑は今にも泣きそうな顔でうなずいた。
屋「…はい。」
ケ「……フン。」
その様子を見たケンイチは、静かに図書室を出て行った。それを見て、孝彦が屋畑に近づく。
孝「警察行くなら、一緒に行くぞ?」
陽「孝彦くん……」
孝「これから逃げ出そうとする、なんて思ってるわけじゃないけどさ、1人じゃ不安だろ?…俺のおやじ、捜査一課の警部補だし、警察なら慣れてっからさ。」
そんな孝彦を、屋畑は申し訳なさそうに見つめ、メディア部、特に隆平は少し誇らしそうな顔をして見ていた。
屋「幾永先輩……スイマセン……」
屋畑に、孝彦は力強くうなずいて見せる。それから、孝彦は陽の方を見た。
孝「陽、お前はケンイチについててやれよ。今まで通りなら、アイツこれから賢一に戻るんだろ?弟の側にいてやれって。」
そんな孝彦に、陽は少し嬉しそうにうなずく。
陽「うん……」
そう言って晶を見る陽に、晶も優しく言う。
晶「いいぞ、今日のメディア部の活動はナシだ!…お前はさっさとケンイチに追いつくこと!これは部長命令だ(笑)」
最後の「部長命令」のくだりは、言っている本人が含み笑いをしていた。
陽「ありがとうございます。じゃあ…」
そう言って、陽は図書室を出て行った。
孝「…行くなら早い方がいい。行こう?」
屋「ハイ……」
そんな2人に、浦辺がいつもの調子が嘘のように真面目に言う。
浦「孝彦くん…頼んだからね?」
孝「ええ、任せてください。」
そう言って、孝彦は屋畑と一緒に出入り口まで歩いたが、そこで屋畑がふと図書室の中を振り向いた。
屋「先輩方…山貝さん…疑いをかけてしまって、すいませんでした……」
そうだけ言って、屋畑は誰の返事も訊かずに部屋を出た。それを見て、孝彦も複雑そうな顔をして屋畑について行った。
晶「まただな…」
ふと、晶が神妙な顔をして言った。
修「え?」
晶「いや、言い方はきつかったけど、物理部での事件の時と一緒で、自首を促したな…ってさ。」
鳩「そうだよな。自首を勧めるなんて、よっぽどできた人間じゃないとやらない行為だが、それをあの冷酷人間が2度も勧めるなんて……」
海「この前の口裂け男の時も、あれは自首ではないでしょうけど、犯人の田代さんを慰めてましたし。」
鳩「もしかしたら、この前は自首は無理な状況だったから、ああやって慰めてやったのか?」
海「あ、なるほど!」
路「しかし、ホント何なんだろうなケンイチは……」
隆「でも、今回ばっかりはアイツに感謝だぜ。」
修「え?」
隆「お前、さっきから「え?」しか言ってねえな(汗)」
修「いやぁ……(汗)でも、隆平くんが人に、しかもよりによってあのケンイチくんに感謝だなんて…」
隆「まあなあ…でも、バカメガネが沈んでたらこっちまで調子狂っちまうからな。これで明日から安心だぜ!」
嬉しそうにそう語る隆平を、修丸はまじまじと見つめて、さも当たり前と言った口調で言う。
修「……隆平くん、本当に孝彦くんのことが好きなんですねぇ。」
隆「バ…!バカかお前は!誰があんなヤローの事なんか!!」
修「ご、ごめんなさーい!」
そんな様子を、図書委員の3人は苦笑気味に見守り、メディア部もみな苦笑してみていた。

 

2人分のカバンをカゴに入れた賢一のシティバイクを押して通学路を家路に向かって歩く陽と、その隣を無表情で歩くケンイチ。そんなケンイチを、陽はたまにチラッと見る。
ケ「言いたいことがあるならはっきり言え。…どうせお前は、早く賢一に戻ってほしいだけだろうが……」
陽「もう、すぐそうやって皮肉なこと言うんだから……」
ケ「フン……」
それから、少しの沈黙が続いたが、ケンイチは陽の方も向かずに静かに口を開いた。
ケ「いらない存在なんかない…か…」
陽「え?」
ケ「寝言以上の世迷言だな……」
皮肉たっぷりにそれだけ言って、ケンイチは今まで並んで歩いていた陽の横を、すっと早足で通り抜けた。横を通り抜けられた陽は、先ほどの言葉の意味に戸惑った表情を浮かべていた。
陽「世迷事って……ねえ、ケンイチくん!」
すでに数メートル先を歩いていたケンイチを呼ぶ陽の声に、ケンイチは立ち止まった。それを見て、陽は慌ててケンイチの隣まで走ってきて、再び並んだところでケンイチは口を開いた。
ケ「少なくとも、オレは賢一にとっていらない存在だ。…いや、生まれてはいけなかった存在、といったところか?」
陽「いらない、存在……」
呟くようにそう言う陽。
ケ「オレは、賢一を不幸にした張本人なんだよ。オレという存在がなければ、賢一はあんな思いはしないですんだんだ……!」
はじめこそいつもの冷淡な口調だったが、次第に後悔を含んだ口調になるケンイチ。
陽「もしかして……あなたは、うちに来る前のヨシくんの記憶と、関係あるの……?」
ケ「賢一の記憶なんて、2度とオレの前で言うな!」
珍しく感情的に陽にそう怒鳴るケンイチに、陽も驚く。その様子を見て、ケンイチは苛立ったように頭をかく。
ケ「テメーはオレに構わずに、賢一の面倒だけ見てりゃいいんだよ!」
陽「え……?」
ケ「…オレは賢一の一部、事実いらない存在なんだ。だから、お前は賢一の面倒だけ見てれば―」
陽「バカなこと言わないで!」
ケ「!」
ケンイチの言葉を遮ってまでそう言う陽に、ケンイチはまたもや珍しく、驚いた表情を見せる。
陽「屋畑くんにも言ったけど、いらない存在だなんて言わないで!……たとえあなたがヨシくんから生まれた存在でも、ヨシくんと同じ体を共有していても…ヨシくんはヨシくんで、ケンイチくんはケンイチくんなんだから……!」
必死にそう言う陽を見たケンイチは、ふと脳裏に誰かの声が響いた。

 

―?「いらない存在だなんて言わないで……」―

 

ケ「っチ…!」
そう舌打ちして、ケンイチは頭を押さえた。
陽「ケンイチくん?…ケンイチくん!!」
いきなり苦しそうに頭を押さえたケンイチを心配して、自転車から手を離してまでケンイチを支えようとした陽だったが、慌てたためにつまづいてケンイチの方へ倒れそうになる。
陽「あ……!」
そんな陽を受けとめたのは……
賢「大丈夫…?」
陽「ヨシ、くん……」
賢一は、ケンイチが表に出ている時の記憶を共有している。そのために、賢一も悲しそうな顔をしていた。それから少しの沈黙の後、賢一は陽の顔は見ず、うつむいて小さな声で言った。
賢「ひな……」
陽「なあに…?」
賢「ケンイチが何者なのかはわからない。…けど、それは僕だっておんなじなんだよね……?」
陽「……」
賢一の言葉に、陽は辛い顔をしてうつむくだけで、何も答えない。
賢「ケンイチは、自分の事をいらない存在って言ってた……もしかしたら僕も……」
そう言った賢一を、陽は腕を回してぎゅっと抱きしめた。
陽「私は……ヨシくんが必要だよ……」
賢「…!」
陽「私は、ヨシくんもケンイチくんも必要だから……だからそういう事はもう言わないで……お願い……」
顔をうずめているために、賢一には陽が今どんな顔をしているかはわからない。しかし、それでも賢一はギュッと陽を抱き返した。
賢「ゴメン……」
そして、2人は元の体勢に戻り、お互いの顔を見つめ合う。
賢「ひな……僕のお姉ちゃんでいてくれて、ありがとう。」
陽「それはお互い様よ…私も、ヨシくんが弟でいてくれること、すごく嬉しいんだから……」
それから、2人はお互いに笑いあう。
陽「帰ろっか?」
賢「うん。…チャリンコ、乗ってく?」
陽「じゃあ、遠慮なく!」
そう言って、陽はケンイチを支えようとして投げ出した自転車を起こして、ハンドルの部分を賢一に渡し、賢一が自転車にまたがった後に、後部に座った。
賢「じゃあ、行くよ!」
陽「お願い!」
賢一は、地面を蹴って自転車をこぎ出した。
陽(M)「ケンイチくんは、自分の事をいらない存在だなんて言ってた……その意味は、私にはわからない。けど、ケンイチくんは苦しんでいた……そして、今まで気付いてあげられなかったけど、ヨシくんも記憶がないことに苦しんでいたことを、初めて知った……毎日の平穏な「当たり前」が壊れることを恐れて、ヨシくんの過去に背を向けて今までやってきたけど……もしかして、私は逃げていたのかな……」

 

​⑥

賢・修・晶・海「あっつぅ~……」
事件があった翌日も、メディア部は活動がある。そして、見覚えのあるような2人に、さらに2人ほど加わったメンバーが窓から半身を出してダレている。
賢「センパイ~、やっぱこの部屋暑すぎです~(汗)」
修「だから仕方ないですよぉ、この部屋、部活動には向いてないんですぅ~…」
晶「お前らなぁ~…部室にケチつけてんじゃねーよぉ……」
賢「だってぇ~…」
3人がそんなことを話している時、隣で龍海が駄々をこねるように言う。
海「暑い暑い暑い暑い~~~!!」
そんな龍海に、晶もムキになる。
晶「暑いって言うなー!余計暑くなっちまうだろうが、この軟弱男!!」
海「うぅ…兄ちゃあ~~ん!!」
言うや否や、龍海は写真の整理をしていた龍路に抱きつく。
路「おーどうした?そんなにくっつくと暑いんだけどさ…(汗)」
さすがの龍路も今回ばっかりは自分優先な発言だが、それでも龍海を抱いてやっている。
陽「そう言いつつも、しっかり慰めてあげるのね(汗)」
龍路の隣の席で、昨日同様に宿題をしている陽が、苦笑して言う。
路「いやぁ、俺が抱かずに誰が抱いてやるんだよ?」
海「もっと抱いて~!軟弱って言われたぁ!」
路「おーよしよし(棒読み)。」
しっかり頭は撫でつつも、龍路は呆れたように目を細めている。
賢「晶センパ~イ、今日はいつ活動始めるんですかぁ?もう12時ですよぉ?」
晶「だからぁ、昨日教えただろうがぁ…全員集まってからだっつーの……」
陽「全員って言うと、あと隆平くんと孝彦くんですよね?」
晶「ああ~…」
修「あれ?でも今日は隆平くん、バイトはないって言ってましたけど……」
路「孝彦も、今日の図書整理は4組だって言ってたぞ?」
賢「じゃあ、2人とも朝から来れるじゃないですか……」
晶「だから今日は9時からの活動だってのに……」
陽「どっちにしたって、センパイ講習あるから午前中来れないのに、昨日も今日もなんで9時から……」
晶「……遅いなぁ、イヌサルコンビ……」
陽「はぐらかされた……(汗)」
と、その時、部室の外からドタドタと走るような足音が聞こえ、みな不思議そうにドアの方を見る。
路「な、なんだ……?」
海「さぁ~……」
その時!ものすごい勢いで部室のドアが開く。
隆・孝「遅れてスイマセン!!…って、マネすんな!!」
晶「お、おう……」
息ぴったりに部室に入ってきた2人に、晶も押され気味に一声かけるだけである。
隆「おい孝彦!今のは俺の方が1歩早かった!」
孝「い~や!俺の方が確実に早かった!つーか、寝坊のお前と塾の連絡忘れただけの俺を一緒にすんな!」
隆「連絡忘れも寝坊も一緒だろーが!」
孝「んだとぉ~?!」
修「あ、あの…とにかく活動を―」
隆・孝「お前は黙ってろ!!」
修「ハ、ハイ!」
そんな様子を見て、みな呆れた顔をしたり苦笑したりである。
晶「遅刻の理由はわかった……が、お前らがケンカをしてるといつまでも活動できないんだが?」
孝「そんなことはコイツに言ってくださいよ!」
隆「そりゃこっちのセリフだ、バカメガネ!」
孝「テメ、バカはお前だって何度言ったら―」
路「何度言ってもわかりません!」
いつもの要領でケンカに割り込む龍路に、孝彦も隆平も、ケンカを止めそびれた晶も呆然とする。
路「何度言ってもわからないんなら、今言ったってわからないだろ?」
孝「確かに、言うだけ無駄だな…」
隆「メガネはメガネだしな…」
気まずそうにお互いにそっぽを向いた2人を見て、龍路もやれやれと笑顔を見せる。
晶「……龍路の奴、もしや悟りを開いてるのか?」
海「サトリってなんですかぁ?」
晶「…(汗)いや、なんでもない……」
そんな光景を見て、賢一は小さく、優しく微笑んだ。
陽「どうしたの?」
そう訊く陽も、どこか嬉しそうである。
賢「いや…やっぱセンパイ方はこうでなくっちゃなぁってさ!」
陽「ふふ、そうね!」
陽(M)「今回の事件で、私は姉としての至らなさを痛感させられた。いつも傍にいる弟の苦しみを、今まで見過ごしていたんだから…でも、その代わり、と言うのも変だけど、ケンイチくんはまた、私の大事な居場所を守ってくれたんだなって、そう思える……ヨシくんも、ケンイチくんも、私にとっては絶対に必要な存在だから…だから、私も少しでも2人の苦しみを軽くしてあげないとって……大事な仲間たちの笑顔を見てると、それもできそうな気がしてきます。」

 

3話・後編2
アンカー 1

第3話 Fin

~To Be Continued~

 

3話音声 part5 - 全5part
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3話音声 part4 - 全5part
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