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表裏頭脳ケンイチ
第4話「殺意の光線と血の繋がり」~後編~
3(⑬)
翌日のメディア部。部室には龍海と晶、2-2の孝彦、龍路以外の4人が集まっていた。
賢「どう?レイアウトできそう?」
部室のホワイトボードのペンの整理をしながら、椅子に座ってノートに書き込んでいる陽に賢一が聞く。
陽「うん、新聞の方はあと少しかな。もうちょっと整理したらみんなにレイアウト渡せそうよ。」
その言葉に、ネタ集めのためにためておいた地方新聞を読んでいた修丸が不思議そうに訊く。
修「新聞の方は、というと?」
陽「今回の取材、科学部に手伝ってもらった時に龍海くんが撮ってくれた実験のビデオがあるでしょ?」
賢「ああ、人魂作ったり、プラズマ発生させたアレか。心霊現象は科学的に作り出せるって証明するのに実験してもらったんだよね。」
思い出すようにそう言う賢一に、修丸が少しムキになった様子で言う。
修「でも、本当のオカルトやミステリーは科学なんかじゃ解明なんてできませんけどね!!」
そんな修丸にみな呆然としてしまった中、陽が慌てて話を戻す。
陽「えっと、それでね!晶センパイ、メディア部が映像作品の発表で先生に褒められた時すごく嬉しそうだったから、せっかくビデオもあるんだし、映像作品も作りたいなぁって思ったの。それで、その構成も考えなきゃな、ってね。」
隆「映像作品か、4月入ってから1回しかやってないし、いいかもな!」
修「新入部員の勧誘のために作ったアレですね。そう言えば、今年度はアレ以来ずっと紙面発表ばっかでしたしね。去年も、学祭の振り返り記事とクリスマス特集、あと卒業式のムービーの3つしか作ってませんし。」
懐かしそうにそう言う修丸に、陽や隆平も同じく懐かしそうな顔をしている。
陽「学祭にクリスマス、卒業式かぁ…なんか懐かしいわねぇ。この部って新聞書くだけの部活だと思って入部したから、映像作るって聞いた時はびっくりしちゃった。」
隆「でも意外と楽しいんだよな、普通に紙に記事書くよりもずっと!」
修「先生方からの評判も悪くないですし、4つだけだなんて、もう少し数あってもいい気もしますよねぇ。」
そんな2年生たちに、賢一が少し不思議そうに言う。
賢「4つだけって……それってセンパイ方が入部してからの話でしょ?」
修「いえ、メディア部が映像作品を作り始めたのは―」
と、その時ドアが開く。
晶「よ~っす。」
晶は部室に入ってくると、なにやら盛り上がってそうな4人を見て、興味ありげに訊く。
晶「なんだなんだ?自分のいない間に楽しい話でもしてたのか?」
陽「いえ、メディア部で作った映像作品の話してて、最近作ってないなって、そんな話です。」
そう言われて、晶も嬉しそうに言う。
晶「映像なぁ、ありゃ題材選ぶのシビアだけど楽しいよなぁ!ホント、新しい分野の開拓してくれた龍海にはそこんとこ感謝だよ。」
その言葉に、賢一はまた不思議そうな顔をする。
賢「え、開拓?」
そんな賢一に、修丸が思い出したかのように言う。
修「さっきの話の続き、しましょうか?映像作品を作り始めたのは、龍海くんがうちの学祭で撮ったビデオを遊び半分で映像作品にまとめて、それを僕らに見せてくれたのがきっかけだったので、龍路くんが入部してからなんですよ。」
賢「はぁ~、じゃあ映像作品はセンパイ方と同い歳なんですか。」
感心するようにそう言う賢一。と、その時ドアが開く。
海「失礼しまーす。」
晶「おう!…って、なんだ、今日は龍路休みか?」
1人で部室に入ってきた龍海をみな不思議そうに見ていたが、龍海もそんな部員たちに負けないほどの不思議そうな顔をする。
海「なんでですか?」
そんな龍海に、隆平が呆れたように言う。
隆「なんでって……お前が部活来るときはいっつも龍路に中学まで迎えに来てもらってからだろ?迎えもなしにお前が部室に来るなんて、龍路が休みか遅刻する時ぐらいだろうからなぁ。」
そんな隆平に、晶ももっともそうにうなずきながら言う。
晶「事実、それ以外でお前が1人で部活に来たことはない!」
そんな2人に苦笑する賢一、陽、修丸。そして、少し不服そうな顔をする龍海。
海「む~、そうやってまた僕の事ガキ扱いして~!」
そこまで言って、龍海はハッとする。
海「って、これじゃあいつもと一緒だ!」
晶「いつもと?」
隆「どういうこっちゃ?」
龍海を不思議そうに見た晶や隆平だったが、龍海は少し気まずそうに、また恥ずかしそうに2人から顔をそむける。
海「昨日、センパイ方にガキって言われて、賢一センパイといっぱいお話しして、立ち聞きだったけど兄ちゃんの気持ちも聞けて……それで僕、今更かもしれないけど、少しずつでもいいから兄ちゃんがいなくても大丈夫になろうって思ったんです!それで、今日からは部活にも1人で行くねって。」
そう話す龍海を、みな最初は驚いた様子で見ていたが、次第に優しく見守り始める。
隆「お前、たった1日でずいぶん成長したなぁ。」
晶「そうだな。心なしか、今日は男らしいぞ?」
海「今日は、って…いつもはどうなんですかぁ!」
またムキになる龍海を見て、賢一が今度は苦笑気味に言う。
賢「今日は一段と…ってことじゃないかな?」
海「あ、そっかぁ!…そうなんですか?」
賢一の言葉を聞いて、龍海は嬉しそうに納得してから晶にそう訊くと、晶も「やれやれ」と言った顔で言う。
晶「ああ悪い、ちょっと言葉足らずだったな。」
そんな晶にさらに嬉しそうな顔を見せる龍海に、修丸が頃合いを見て話題を切り出す。
修「そうそう。龍海くん、夏休みに科学部に協力してもらって録画した実験のビデオテープ、まだ持ってますよね?」
修丸の話に、龍海は少し不思議そうな顔をする。
海「え?ええ、持ってますけど、どうしてですか?」
陽「今回の記事、せっかくだから映像作品も作りたいなって思ってね。」
晶「こればっかりはお前の協力がないとどうにもならんからな。」
その言葉に、龍海はまた嬉しそうな顔をする。
海「え?ホントですかぁ?!」
晶「ああ。また頼んでいいか?」
海「ハイ!」
そう返事をして、龍海は自分の席に着こうとするが、ふと椅子を引いてから思い出したかのように言う。
海「あ、そうだ!ビデオで思い出した!」
そんな龍海を不思議そうに見る部員たち。そんな視線にも気づかず、龍海は机に置いたカバンからビデオウォークマンを取り出し、修丸のもとへ駆けだす。
海「ねえ、センパイ!ちょっとこれ見てくれます?」
そう言って、積み上がっている新聞の上にドンとウォークマンを置く龍海。
修「なんですか?」
不思議がる修丸。そんな中でウォークマンにテープを入れて再生の準備をする龍海に、気付けばわらわらと他の4人も集まっている。
海「昨日撮ったビデオに、変なのが映ってたんですよ!」
そう言っているうちにビデオが再生される。画面には、昨日龍海が写真屋の前で何気なく撮った景色が映っている。
隆「なんだぁ、つまんねー映像だな。」
言葉通りにつまらなさそうにそう言った隆平に、龍海は気にする様子見なく真剣に画面を見つめたまま答える。
海「なんとなくビデオ回したくなって撮っただけですからね。」
晶「なんだそりゃ?(呆)」
呆れ口調でそう言った晶だったが、それからすぐに龍海が声を上げる。
海「ここ!」
賢・陽・晶・隆・修「!?」
海「ここです!!」
いきなりの龍海の声に修丸はもちろん、他の4人も軽くビビるが、そんなことは露知らず、龍海は少し映像を巻き戻して一時停止をかける。
海「いいですか?もっかい再生するんで、ここら辺よぉ~く見ててくださいね?!」
そう言って龍海が指で丸を書いたのは、画面の真ん中、やや上の方である。そして、みんなが画面に注目したのを見て、龍海は再生ボタンを押した。
修「あ…」
修丸が声を出すのと同時に、龍海はしっかりと一時停止ボタンを押していた。そのおかげで、他の4人にも龍海が見せたいもの、修丸が声を出した理由がわかった。
陽「え…?!」
賢「な、なんだこれ?」
画面上方には、画面の外から一直線に伸びた赤い線がくっきりと残っている。
海「ね?普通、こんなの撮れないでしょ?!」
隆「すげーな、おい!心霊映像ってヤツか?」
晶「こりゃ確かに、修丸の分野かもな……なあ、おさま―」
驚きを隠せない隆平や悩むように言う晶だったが、晶が修丸に話を振ろうとして彼の方を見た時、修丸は何か真剣に考え込んでいる様子だった。
晶「おい、修丸……?」
修「あ!すいません……」
晶の呼びかけに気付き、修丸はハッとして晶の方を見る。
陽「これってやっぱりオカルトなの?」
少し恐々とそう訊く陽に、修丸は悩んだ様子で言う。
修「う~ん、100%なんて言えませんけど、赤い光ってのはあんまりいいものじゃなさそうです。」
画面を見てそう言う修丸。
賢「いいものじゃないってのは……ヤバイってことですか?」
修丸は賢一の問いに、彼の方を見てうなずいた後、今度は龍海を見る。
修「龍海くん、これって目では見えましたか?」
隆「おい修丸、ビデオ撮ってるのに目で見えるも減ったくれもないだろーが…」
修丸の後方で、龍海よりも先に呆れてそう言う隆平に、修丸も「あ…」と言って振り返る。
修「言われてみればそうですね……」
海「いや、この時レンズ覗いてませんでしたよ。」
平然とそう言う龍海に、隆平も修丸も驚く。
隆・修「え?」
海「いえね、これ撮ってる時に、兄ちゃん写真屋から出てきたんですよ。だから、家帰って見直した時に初めて気づいたんですもん。」
そんな龍海に、修丸が次第に興奮を帯びてきた口調で訊く。
修「そ、それで……赤い光は肉眼で見えたんですか?!」
龍海はその問いに、残念そうな顔をする。
海「いえ、ちっとも……ちょうどビデオ向けてたお家の電気がついたのは見えたんですけどね(汗)」
修「そ、そうですか……!目では見えなかったんですね?!」
最後の方は苦笑いの龍海だったが、それを聞いて修丸はさらに驚きをあらわにする。
隆「ま、まさか本当に心霊現象なんじゃあ……」
次第に怯えだす隆平に、そんなことはお構いなしに修丸は真剣に語りだす。
修「赤って色も、肉眼では見えなかった光っていうのも、両方心霊的な特徴です。…赤は血の色とか死の色に結びつきますし、心霊現象の目撃談の多くって、光がどうのってよく言うでしょ?それに……」
そう言って、修丸は気まずそうに、険しい顔をする。
晶「それに…なんだよ?」
急かすようにそう言う晶に、修丸はまるで怖い話でもするような顔つきで振り向く。
修「ビデオではなくて写真の話なんですけど、まったく関係のない時間に、全然違う場所で撮った数枚の写真にですよ?肉眼では見えなかった赤い光がある形を形成して映っていたと言う心霊報告もあるくらいですから。それは通称、「アステカの―」」
そこまで言いかけて、修丸はハッとする。
賢「どうしたんですか?アステカの…の続きは?」
恐る恐るそう訊く賢一に、修丸は首を左右にブンブン振りながら慌てて言う。
修「言えません、言えません!これ、この前ネットで調べようと思って検索したら、検索禁止ワードになってたぐらいですから!」
隆「んだよ、そこまで聞いたら気になるじゃねーか!」
修「だって!僕もそれ以来怖くて検索してませんけど、古代アステカの生贄文化に関わる心霊現象ですよ?!太陽の消滅から逃れるために古代アステカ人が生贄を捧げた祭壇が―」
と、その時。ドアが開く音がして、修丸と隆平がひどくビビリ上がる。
修「ひい?!」
隆「おわっ?!」
そんな様子を見て、部室に入ってきた龍路と鳩谷は何事かと驚き、孝彦は呆れた顔をしている。
鳩「な、なんだ?」
修「せ、先生…それに2組のお2人も……」
3人を見て少し安心した修丸に、龍路が少しバツ悪そうに言う。
路「わりぃ、そこまで驚かれるような開け方した覚えはないんだけど……」
孝「非があるのは俺らじゃなくて、ビビリなそっちの方だろ?…なんか今日は1人多い気もするけど。」
呆れながらそう言う孝彦に、修丸は恥ずかしそうな顔をする。
修「め、面目ありません……」
晶「まあ、そう責めるな。修丸のビビリはいつもの事だし、それに今回は……自分も少しビビった。」
最後の方は少しだけ恥かしそうに言う晶に、孝彦は不思議そうに言う。
孝「センパイもですか?」
晶「ああ。なあ?」
そう言って、一緒に修丸の話を聞いていたメンバーを見渡す。
隆「お、俺はビビってなんかないっスよ!」
賢「え……(汗)?」
強がる隆平を、賢一が冷や汗を流して思わず見てしまう。そんな様子を見て、陽がすこし苦笑気味に説明する。
陽「龍海くんが見せてくれた、昨日撮ったって言うビデオについて、修丸くんのオカルト的な解説を聞いてたのよ。」
賢「それで、なんかこれから怖くなりそう!って時にセンパイ方来るもんだから…」
陽に続いて説明する賢一だったが、それを聞いて龍路が少し驚いたような顔をする。
路「昨日撮ったビデオ?なんだそれ?」
そんな龍路を見て、龍海が気まずそうな顔をした。
海「あ、あのね…その、なんでもかんでも兄ちゃんに相談して心配かけるの嫌だったから、その、こーいうの詳しそうな修丸センパイから話聞いてからにしようって思って…」
そこまで言って、龍海はバッと顔をあげて龍路を見る。
海「で、でもね!別に内緒にしてた訳じゃないし、兄ちゃんが頼りないとか、そーいうことじゃないの!」
そこで言葉がつまる龍海を見て、龍路はその隣の自分の席に座り、優しく頭をなでてやる。
路「わかってるから、そんな泣きそうな顔すんなって。」
海「うぅ~…」
慰められながらも、龍海は嬉しさからか泣きそうになっている。
孝「ったく、もう活動時間始まってるってのに何してんだか……」
そうぼやく孝彦の言葉を聞いて、晶が慌てて部室の時計を見た。
晶「うわ、マジだ!もう4時過ぎてるし!」
そんな晶を見て、鳩谷が苦笑している。
鳩「部長のお前がそれでいいのか……(汗)?で、オカルト的な解説って言ってたけど、どんなビデオが撮れたんだ?」
海「これです、ここ。」
そう言って、龍海は近くに歩み寄った鳩谷に画面を指差す。それにつられ、龍路や孝彦も画面を覗き込む。
海「この赤い線、肉眼じゃ見えなかったんです!これって絶対心霊現象ですよね?」
そう言って修丸を見る龍海。
修「ええ、さっき話したアステカの―」
そこまで言って、修丸はまたブンブンと首を左右に振る。
修「検索禁止ワードの事もありますし、これは心霊現象で間違いないでしょうね……」
孝「バカバカしい、何が心霊現象だ!」
そう言った孝彦はすでに自分の席に向かっていた。そして自分の席に着いたと同時に、誰に言うでもなく、憂鬱そうに独りごちる。
孝「ユーレーなんかよりも、金の為だけに、行きづりで人を平気で殺せる人間の方がよっぽど怖いっての……」
隆「ってーと?」
鳩「振設5丁目あたりで、人家に強盗が入ったみたいでな、そこに住んでいた男性が被害にあって亡くなったらしいんだ。」
説明する鳩谷に続き、孝彦が相変わらずの口調で言う。
孝「目撃情報も出てないもんだから、警察としてもなかなか捜査が進まないらしくてな…犯人、今も閏台市をうろついてるんじゃないかって。」
そんな孝彦を見て、賢一が納得したように言う。
賢「そっか、センパイのお父さんって捜査一課の刑事さんですもんね。」
孝「ああ。振設から高校通ってる生徒もいるからさ、だから先生たちに伝えとけっておやじに言われてな、それと龍路から聞いた話をおやじに電話で伝えてたら、こんな時間なっちまってさ。」
晶「龍路から聞いた話?」
路「いえね、俺も今朝、孝彦からその話聞いたんですけど、話聞いてるうちに、その強盗の入った家ってのが昨日の帰りに寄った写真屋のすぐ向かいだってわかったもんですから。」
晶に事情を説明する龍路に、孝彦が少し嬉しそうに言う。
孝「おやじ、お前に礼言っといてくれって言ってたぜ?偶然とはいえ、お前が被害者宅の、それも遺体が見つかった部屋の電気がついた瞬間を見たおかげで、犯行時間が絞れそうだってな。」
孝彦のその言葉に、龍海は人知れず驚きを覚えていた。
路「いや、それなら俺よりも龍海に礼言った方がいいよ。俺だって、龍海がビデオ撮ってなかったらあの家なんて見てなかっただろうからな。」
孝「そうか?おい龍海―」
礼を言おうとして龍海を見た孝彦だったが、龍海はウォークマンの画面を見て複雑そうな顔をしていた。
孝「龍海?」
その声に気付いていない様子の龍海に、龍路が気にかけるように言う。
路「どうしたんだ?」
海「あ、その……」
龍路の呼びかけに気付いた龍海は、少し悩んだ様子を見せた。
海「あのね…」
そこまで言って、龍海は自信なさそうにうつむいてしまう。
海「ううん、やっぱなんでもない。」
路「…?そうか?」
海「うん。ごめんね?」
笑ってそう言う龍海だったが、龍路が孝彦や鳩谷の方を向いたのを見て、また不安そうな顔をして画面を見ている。気付いたのは賢一だった。
賢「(龍海……さっきのビデオなんかじっと見て、どうしたんだろう?)」
不思議にそう思った賢一は、龍海に声をかけようとしたが、その時、賢一は思わず動きを止めてしまった。
?「(お前……いちいち聞かなきゃわかんねーのか?)」
賢「(え……?)」
それっきりうつむいてしまい、そして人知れず壁によたれた賢一に、誰も気付いていなかった。それ以前に、賢一が龍海に声をかけようとしていた事すら、気付いたものはいなかった。
4(⑭)
隆「でもさ、それって本当に強盗だったのか?」
孝「んなこと俺に訊くなよ…おやじが言うには、遺体のあった部屋には荒らされた跡があったし、凶器に使われたと思われる金づちが被害者の物だった事から考えれば、被害者は空き巣に入った犯人と遭遇しちまって殺されたんじゃないかって。」
修「そう言えば、さっき行きづりがどうのって言ってましたもんね。」
孝「ああ。他の部屋には荒らされた様子がなかったらしいけど、きっと犯人、よっぽど動揺したんだろうなぁ。被害者の人は1人暮らしで、助けを呼ぶ相手もいなかったみたいだし、本当に気の毒だよ。」
そんな会話が進む中、龍海はウォークマンをギュッと握りながら必死に考えていた。
海「(昨日、僕らが電気がついたのを見たあの家が被害者宅で、確か赤い光が伸びた先にあったのも、あの家だった……これって、もしかしたら関係あるかもだし、孝彦センパイに言った方がいいのかな……でも、どう関係してるかわかんないし、それにもし違ってたら……)」
ケ「テメェ1人で悩むだけで、事件の謎が解けるとでも思うのか?」
海「え……?!」
その声に驚いた龍海が後ろを振り返ると、そこにはつまらなそうに腕を組んで壁によたれているケンイチがいた。
海「賢一、センパイ……?」
ケ「誰が賢一だ……」
賢一の名を呼ぼうとした龍海に、ケンイチは鋭く言い放つ。
海「あ、すいません……」
陽「ケンイチ…くん?」
ケ「…フン。」
いきなりのケンイチの出現に陽は思わずそう漏らしてしまうが、ケンイチは特にそれを気にはしなかった。
隆「お前、なんでまた―」
孝「おい!事件の謎ってどういうことだ?!」
ケンイチの出現理由を聞こうとする隆平を押しのけてケンイチの発言を言及する孝彦。
隆「おいこら、孝彦―」
ケ「コイツは明らかに殺人事件だ。…それも、おそらく計画的な殺人だろうな。」
隆「……」
今度はケンイチにまで話を遮られ、隆平は少し悔しそうだった。が、さすがにそれ以上発言をしようともしなかった。
ケ「まあ、謎…なんて言い方は大げさかもしれないが。」
まるで何かを嘲笑うかのようにそう言い足すケンイチ。
晶「お、おい…その言い方、お前もしかしてもう…」
ケ「フン…生まれた謎は、すでに解き明かされたも同然だ。殺人と言う、犯人の目的はもちろん、疑うべき人物像もな。」
その言葉に、みな驚きを隠せない。
鳩「しかしわからんな……幾永の話を聞く限り、どう考えても物取りの犯行にしか思えないじゃないか。…それにお前、現場を見たわけでもないのに……」
ケ「あれだけ聞けば、誰でもわかるだろう……」
いつもの、悪気の全くなさそうなケンイチの口調に、鳩谷は思わず困った顔を見せる。
鳩「い、いや……わからないから言ってるんだが……(汗)」
ケ「まあ、確かに佐武のガキが撮ったビデオを見てないんなら、ピンと来ないか。」
そう説明するケンイチだが、鳩谷はまだ理解を示していない。そんな中で龍海は、いつものことではあるが、昨日の事もあってか「ガキ」という言葉に少し顔をしかめた。しかしそれからすぐに、フッと自分の首にかかっているビデオカメラを見つめ、静かにそれをケンイチに向けて構えた。部員たちはケンイチの出現に驚いている為、そして龍海の席が奥の方にあるために、その行動には気づいていない様子である。
ケ「……。」
ケンイチも、横目で龍海の行動には気づいていたが、そのことについては特に何も言わなかった。
ケ「まずは犯人の目的が物取りではないという事について説明してやるよ。」
そう言って、ケンイチは孝彦の方を見た。
ケ「幾永…お前さっき、犯行のあった家で荒らされていたのは、死体が転がっていた部屋だけだと言ったな?」
孝「あ、ああ……」
ケ「じゃあもう1つ訊くが、犯人の侵入経路はどこだった?」
孝「それは、玄関の鍵が壊れてたからたぶん……あ、そうか!」
ケンイチに説明しているうちに、孝彦は何かに気付いたようだった。
修「そうかって、何がですか?」
まだ理解ができないようにそう漏らす修丸。
孝「遺体のあった部屋の窓から侵入したんならともかく、玄関から侵入しておいて、1階の部屋は荒らさずに2階のあの部屋だけ荒らすなんて、普通に考えたらおかしいじゃないか!」
修「確かに!言われてみればすごく不自然ですね!…龍海くんのビデオで見ても、あの窓からの侵入は不可能そうでしたし!」
そんな孝彦たちを見て、ケンイチは小さく不敵な笑みを浮かべる。
ケ「…それだけじゃない。犯人の心理を考えた時の不自然な点はまだあるぜ?」
陽「え?他にもあるの…?」
ケ「ああ。」
そう言って、ケンイチは龍路の方を見る。
ケ「佐武、お前らが昨日、例の家の電気がつくのを見たというのは、何時頃だった?」
路「確か…部活帰りだったから6時半は過ぎてたと思うけど……」
そう言って、龍路は龍海のウォークマンの画面を見る。
路「ちょっとゴメンな?」
海「いいよ。」
龍海は快くうなずいてから龍路にウォークマンを渡す。龍路はそれを再生し、画面の右下を見た。
路「電気がついたのは7時12分だ。」
それを聞いて、ケンイチは再び孝彦に目をやる。
ケ「幾永、警察は犯行推定時刻をどう考えてる?」
孝「どうって……その、電気がついた時間の事を伝えた時の、おやじの見解でいいのか?」
少し戸惑い気味にそう言う孝彦に、ケンイチは無表情のままうなずく。
孝「えっと、被害者が1人暮らしだから電気をつけたのは犯人か被害者のどっちかだろうって。それで、電気をつけたのが被害者なら犯行時間はその7時12分以降、犯人ならその前後だろうって……」
少し自信のなさげな口調でそう言う孝彦だったが、ケンイチは静かに目を閉じながら言う。
ケ「……はたして、留守を狙って人家に侵入する空き巣が、そんな時間に、見通しのいい通りに面した家を狙うだろうか……」
その言葉に、孝彦のみならず、他の部員たちも驚く。
修「そっか……!そう言う時間帯って、仕事が終わって帰宅してる人も多いですもんね!」
鳩「俺も空き巣に対してそこまで知識はないが、そんな時間に空き巣の被害にあった、と言う話は聞いたことないな。」
納得し始める修丸や鳩谷。
ケ「被害者が電気をつけたとあれば、人がいると分かっている家に入る空き巣などいないとなるし、犯人が電気をつけたとなると、わざわざそんな目立つことをする意味が不可解になってくる。……と、まあ…これがこの事件が物取り目的ではないと思った根拠だ。」
晶「ったく、相変わらずの頭のキレだな……で、犯人が物取りを偽装した殺人犯ってのは自分にもわかった。だが、お前はさっき犯人までわかったような言い方をしてたけど、そっちの方はどうなんだ?」
そんな晶に、ケンイチはつまらなさそうに言う。
ケ「寝言は寝て言え……どうもこうも、わかっているに決まってるだろうが……」
そう言われ、晶は少し怪訝な表情を見せる。
ケ「犯人を絞るにあたって、計画的な殺人とあればまず被害者と関係ある人物が疑わしいのは確かだろう。なら、その中の誰を疑うか……」
そう言って、ケンイチは龍海のウォークマンを取り上げる。
海「あ!」
ケ「正直、オレもコイツがなけりゃ、今の段階でそこまでは考え付かなかっただろうがな。」
そんなケンイチを、龍海は不思議そうに見上げている。
ケ「面倒くさいから単刀直入に言わせてもらうが、犯人はこの7時12分に……」
そう言ってケンイチは少しだけビデオを巻き戻し、例の赤い光が見えた瞬間に一時停止ボタンを押す。
ケ「この光の、被害者宅とは反対側の先、おそらく写真屋の隣の家にいたであろう、7時12分にアリバイを持った人物だ。」
隆「でも、アリバイがあるんだったら、それって犯人じゃないんじゃ……?」
納得できずにそう訊く隆平に、ケンイチは龍海の前にウォークマンを置いてから言う。
ケ「アリバイ工作……」
隆「え?」
不思議がる隆平には構わず、ケンイチはホワイトボードまで歩いて行き、ボードの前に立ってペンを持つ。
ケ「おそらく、実際に犯行があったのは7時よりも前の事だろう。被害者が死んだ時間を割り出された時のことも考えていたとすれば、6時くらいが妥当か?まあ、そんなことまでは知らないが……」
そう言って、ケンイチはボードに1本の道路と、その両脇に建っている家を書く。向かって右奥の家には「犯」と、その向かいの家には「被」と書き、「犯」と書かれた家の手前に書かれた建物に「写真屋」と書きたす。そして、「被」の家をペンの尻でコツコツと叩きながら、ケンイチは部員たちを見る。
ケ「とにかく、7時より前にここ、被害者宅で犯行が行われ、犯人は物取りに見せるために部屋を荒らし、その部屋の窓を開けてから玄関の鍵を壊して家を出る。これで、架空の空き巣犯による、強盗事件の完成だ。」
そう言って、ケンイチは写真屋の奥の建物の前に、顔に「犯」と書かれた棒人間を書き、それと被害者宅を線で結んで、棒人間側を向いた矢印にした。
路「あの時はもう、被害者は死んでいた?……じゃあ、あの電気は犯人が付けたものだったのか……?」
ケ「ああ。それしか可能性はないだろう。被害者が1人暮らしならなおさらだ。…それに。」
そう言って、ケンイチはチラッと修丸を見る。
ケ「幽霊が電気をつける、なんてバカな話は聞いたことがないからな。」
そう言われて、修丸は少しビビっている。
修「え?!あ、その……」
ケ「いちいちビビるな、鬱陶しい……」
修「す、スイマセン……」
そう言う修丸を一瞥するケンイチ。
陽「だけど、そんなことして何の意味があるの?さっきの話だと、電気がついたせいで空き巣ではないってわかったようなものじゃない…」
ケ「…だから、アリバイ工作だよ。」
陽「…え?」
ケ「犯行現場でない場所で、自分はそこにいたと証言してくれる人物がいる、つまりはアリバイのある時間に犯行現場の電気がつけば、普通なら誰だって、現場にいなかった人間なんぞ疑わないだろうからな。仮にその電気をつけたのが被害者だったと思われても、次に浮かぶ考えは「電気がついた後にアリバイのない人物が疑わしい」という事だろうが、それでもすでに犯行を終えている以上、アリバイなんていくらでも作れるだろう。」
そう説明するケンイチだったが、龍海が慌てて訊く。
海「でもケンイチさん!アリバイがあるのに現場の電気をつけるなんて、そんなこと不可能なんじゃないですか?!」
そう言う龍海を見て、ケンイチは再びウォークマンを手に取る。
ケ「可能だよ。十分にな。」
そう言って、ケンイチはウォークマンを部員たちに見せる。
ケ「お前らは、これを本当に心霊現象だと思うか?」
ケンイチが持っている画面には、まさに赤い光が画面の外から被害者宅に伸びているところで一時停止してある。
隆「どうなんだよ、修丸?」
丸投げも同然に修丸にそう訊く隆平。
修「いや、どうって言われましても……それ以前に、ケンイチくんがああ言うってことは、違うんじゃないですかね……?」
恐る恐る、ケンイチを見ながらそう言う修丸に、ケンイチは小さく不敵な笑みを見せる。
ケ「ほう、物分かりがいいじゃねーか。」
海「じゃあ、やっぱりそれと今回の事件って関係あるんですか?!」
ケ「ああ……」
そう言って、ケンイチはまたウォークマンを龍海の前に戻す。
鳩「だけど、その光は一体何なんだ?」
鳩谷の言葉に、ケンイチは静かに目を閉じる。
ケ「……赤外線だよ。」
鳩「赤外線って……」
ケ「名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか?可視光線の赤色より波長が長く、電波より波長の短い電磁波のことだ……肉眼での確認は不可能だが、人間の目に比べて感度の高いカメラなどの機器を通すことで、確認が可能となる。」
隆「はあ……?」
難し目な説明に困る隆平だったが、孝彦が少し呆れたようにそんな隆平を見る。
孝「早い話が、目では見えなくてカメラとかには映る光だよ。だろ?」
ケンイチを見てそう訊く孝彦に、ケンイチはうなずいてから続ける。
ケ「遠赤外線を利用したヒーターや、生き物の放つわずかな赤外線を受けて夜間の撮影を可能にする赤外線カメラ、なんてものもあるが……おそらく、今回使われたのは近赤外線を利用したリモコンだろう。」
そう言って、ケンイチはふっと蛍光灯を見上げた。
ケ「家庭用照明にも、赤外線リモコンを使ったものは数多くある。」
海「じゃあ、この光って……」
ケ「ああ、被害者宅の電灯を、遠隔操作した時の光だろう。…おそらく犯人は、被害者宅の電気がついたことを証言してくれる通行人が通るのを待っていたんだろうな。そこでお前たちの話し声が聞こえ、アリバイ工作を実行した。…そんなとこだろう。」
路「俺たち、犯人に見られてたってことか?」
ケ「ああ。…まあ、待ちに待った証言者がビデオ好きのガキだったなんて、犯人にとっちゃとんだ災難だったろうがな。」
晶「だが…そんなにうまく、離れたところからリモコン操作なんてできるモノなのか?」
悩みこむようにそう言う晶に、ケンイチはそっちを向くでもなく言う。
ケ「ビデオカメラにあれだけはっきりと映ったという事は、市販のリモコンから発せられる赤外線なんぞのレベルじゃないことは明らかだ。」
修「と、言いますと?」
ケ「改造だよ。多少の知識と技術さえあれば、改造で赤外線を強くすることもできるだろうし、ビデオに映っている限りでは被害者宅の窓は開いていた。…赤外線を遮るものさえなければ、距離的には十分遠隔操作は可能だと思うぜ?」
隆「窓が開いてたことまで、そんな意味があったのか…!」
ケ「本人に訊いてみないことには、真実はわからない。…まあ、写真屋の隣、被害者宅の向かいの家に住んでいる人間に佐武のビデオを見せれば、言い逃れは不可能だろうがな。」
感心する隆平に、ケンイチは無表情のまま答える。
孝「でも、やっぱお前すげえよ!ビデオと話聞いただけで、犯人もアリバイ工作もわかっちまうなんて!」
そう言う孝彦を、ケンイチは一瞥してすぐにまた目を閉じる。
ケ「お前、そんな呑気なことを言ってる場合か?」
そう言われ、孝彦はハッとして晶の方を見る。
孝「え…?あ、そうだ!センパイ、記事作成で忙しい時期なのはわかってるんですけど、ちょっと部活抜けていいですか?!」
そんな孝彦を見て、晶も快く言う。
晶「ああ、記事より事件の方が大事だからな、さっさとビデオ持っておやじさんとこ行って来い!」
孝「じゃあ、お言葉に甘えて。」
そう言って振り向いた孝彦の後ろには、すでに龍海がビデオテープを持って立っていた。
海「これ、必要なんですよね?」
孝「ああ、サンキュ。…返すの遅くなるかもしれないけど、いいか?」
海「大丈夫です!…それとこれ、ケンイチさんの話も撮っといたんですけど、使いますか?」
そう言ってビデオカメラからテープを取り出す龍海に、孝彦は少し驚いたように言う。
孝「お前、いつの間にビデオなんて撮ってたんだ…?いや、でもすごく助かるよ。それがあれば説明もしやすいだろうし。」
そう言われ、龍海は少し嬉しそうな顔をする。
海「よかった!じゃあ、持ってってください!」
孝「ああ。」
孝彦は龍海からビデオテープを受け取ると、急いで部室を出て行った。
隆「…で、そろそろ教えろよ?」
そう言ってケンイチを見る隆平だったが、ケンイチは相手にしようとすらせず、ちらっと隆平を見ただけでそっぽを向く。
隆「あ、テメ無視すんな!」
怒り出す隆平だったが、ケンイチはそれでも隆平の方を向かずに面倒くさそうに言う。
ケ「お前らの知りたがってたことは、全部説明しただろうが……」
そう言い放つケンイチに、隆平は疑うような目をする。
隆「…ケンイチ、お前まさかわかってて言ってんじゃ―」
晶「自分らと関わるのを面倒くさがるお前が、今までのように賢一が困っていたわけでもないのにどうして出てきたんだってことだよ!」
隆平の言葉を遮ってそう言う晶に、隆平は少し不服そうな顔をしている。
ケ「オレは何も、アイツが困っているから出てきてるわけじゃねーよ。」
路「だけどケンイチ、お前この前だって……」
ケ「言っただろうが、賢一の野郎がうるさいから黙らせるために出てきてやっただけだと……ったく、お前らホントに脳みそ入ってんのか?」
その言葉に、隆平がいち早く反応している。
隆「おいこら!今のは聞き捨てなんねーな?!「お前ら」って…誰の脳みそがどうだって?!」
そんな隆平を見て、ケンイチは本心からの呆れによるため息をつく。
隆「な、なんだよその深いため息は!!」
さらにヒートアップする隆平をちらっと見て、ケンイチはまた目線を戻す。
隆「コイツ~!!」
鳩「落ち着け、近宮……」
鳩谷は少し困り気味に隆平をなだめようとする。
隆「先生は悔しくないんスか?!アイツ、さっき「お前ら」ってひとまとめにしてバカにしやがったんですよ?!先生もバカにされてるんスよ?!」
鳩「いや、しかしなぁ……こっちの神童の頭の良さを前にして、反論はできないだろう?」
隆「何、認めてるんスかぁ……」
呆れたようにそう言う隆平。そんな隆平を少し呆れたように見つめていた晶は、ケンイチに視線を向ける。
晶「とにかくだ、その…ケンイチ、お前今回はどうして出てきてくれたんだよ?殺人が強盗で済まされることで、……そりゃいけないことであるのは確かだ!でも、それで何かお前に不都合なことでもあったか?」
そう言う晶を、ケンイチは少し意味のあるような目で静かに一瞥した。
ケ「生まれた謎を解き明かす……それがオレの使命だからだよ。」
陽「使命……」
修「あの…それって、ケンイチくんや賢一くんが見たり聞いたりした事件はすべて解決する、その事件の被害者たちのためにケンイチくんは現れる…ということですか?」
ケ「……バカが、なぜそんな殊勝なことをオレがしなくちゃいけない。」
修「あ、スイマセン……」
謝る修丸を横目で見て、ケンイチは静かに目を閉じて言う。
ケ「オレは、頭を使わないことには生きている実感を得ることができない……」
その言葉に、部員たちは表情にしたら小さくとも、大きな驚きを見せる。そして、ケンイチは無表情な目で、誰もいない空間を見つめた。
ケ「……目の前の謎を解かないと、オレは己の存在意義を見失っちまうんだよ。」
そう言ってから、ケンイチは皮肉な笑いをうかべる。
ケ「そんな中で起きた事件だ。まあ、くだらんトリックだったが、暇つぶし程度にはなったな。」
それから少しの沈黙の後、龍海が気まずそうに訊く。
海「つまり…ケンイチさんは、自分の存在のためだけに賢一センパイと入れ替わってるってことですか?」
ケンイチは龍海を一瞥して、面倒くさそうに言う。
ケ「だから、さっきからそう言ってるだろうが。」
そんなケンイチに、陽が何かを言おうとする。
陽「でも―」
路「本当にそれだけか?」
陽の発言を掻き消してそう言う龍路を、陽は少し驚いて、ケンイチは面倒臭そうに見る。
路「俺、お前がそう言うまで龍海がビデオの事を言おうかどうか悩んでたなんて気付かなかったよ。それはたぶん、他のみんなだってそうだ。…それに、お前がああ言わなけりゃ、龍海はそのことを自分からはきっと言い出せないで、今頃はまだ悩んでたかもしれない。」
そう言う龍路を、ケンイチは鋭くにらんだ。
ケ「お前、何が言いたいんだ?」
路「え…いや……」
さすがの龍路も、ケンイチの視線を感じてはうまくものが言えない。
ケ「お前はオレを、お人よしにしたいのか?」
路「そうじゃない……けど俺には、お前は龍海のために出てきてくれた気がしてならないんだよ……」
海「え……?」
龍路の言葉に龍海は驚いていたが、ケンイチはただ、つまらなさそうに目を閉じた。
ケ「フン……弟想いも、度が過ぎりゃ笑えないぜ?」
その言葉を、龍路はただ真摯に受け止め、そしてそのうえでケンイチに小さく笑いかけた。
路「そんなこと、十分わかってるさ。」
そんな龍路を見て、ケンイチは無表情にまた目を閉じる。
ケ「フン……」
そして、それからは何も言わずにドアの方へ歩き始めたが、部員たちはもはや何も言うつもりもなさそうだった。と、そんな中でドアノブに手をかけたケンイチが、部室に背を向けたまま止まった。
ケ「宗光……もののついでだ、お前に話がある。」
陽「え?」
そうだけ言って、陽を待つこともなくケンイチは部室を出て行く。
陽「えっと……」
戸惑う陽を見て、鳩谷も少し困ったような顔をしている。
鳩「行ってやったほうがいいんじゃないのか?アイツから話があるなんて今までなかったんだろ?」
陽「ええ…話なんてしてくれないし、余計なことを訊いて怒られることばっかりです……」
少し落ち込んだ様子でそう言う陽を見て、龍海が少し必死な様子で言う。
海「陽センパイ、ケンイチさんのとこに行ってあげてください!」
そんな龍海を、龍路が少し驚いた様子で見ている。
路「龍海、どうしたんだよ?」
海「ケンイチさん、さっき兄ちゃんと話してた時、なんかさびしそうだった気がしたんだ…」
修「さびしそう?…ケンイチくんがですか?」
不思議そうにそう訊く修丸に小さくうなずき、それから龍海はまた陽を見る。
海「今だって、来てくれるって思うから先に行っちゃったんだと思うんです…だから…!」
そう言う龍海に、陽は優しく笑いかける。
陽「そうね、待たせちゃ悪いよね。」
そう言って、今度は少しだけ苦笑ぎみに龍路を見る陽。
陽「やっぱり、弟同士でしかわからないことっていっぱいあるのね。」
そう言われた龍路も、少し苦笑気味に答える。
路「みたいだな。」
それから荷物棚の方を見た陽は、棚の前で陽と賢一の荷物を持って立っていた晶に少し驚いた。
陽「あ…」
晶「ほら、早く行ってやれ。」
陽「ありがとうございます。」
2人分の荷物を受け取って少し嬉しそうにそう言う陽に、晶も快く言う。
晶「それと、ケンイチの話が終わったんならそのまま休め。最近は勉強に部活だけじゃなくて、調べものだって忙しいんだろ?」
陽「センパイ…なんか、いつもすみません。」
今度は少し申し訳なさそうな陽だったが、晶は相変わらず快く言う。
晶「気にするな。部員の事を気にかけてやるのが部長の仕事だからな。ほら、早く行かないと怒られちまうぞ?」
陽「そうですね。今日はもう失礼します。…じゃあ、また明日!」
晶に、そして部員たちに挨拶をして、陽は部室を出て行った。
鳩「しかし佐武弟、お前よく神童の奴がさびしそうだったなんてわかったな?」
ふと不思議そうにそう訊く鳩谷に、隆平も続く。
隆「あ、それ俺も思った!…なあ、なんでケンイチはさびしそうだったんだ?」
そう言われて、龍海は困ったように慌てだす。
海「え?!いや、だからさびしそうな気がしたってだけで、もしかしたら違うかもしれないし……理由なんてわかんないですよぉ!」
そんな龍海の頭に、ふと優しく撫でてくれる手が乗る。
海「あ、兄ちゃん…」
路「いいんだよ、わかんなくても。」
海「え?」
不思議そうな顔をする龍海。龍路は、今は誰もいない賢一と陽の席を見てから続ける。
路「俺たちには俺たちのやり方があるように、陽と賢一……そして陽とケンイチにはアイツらのやり方があるんだ。……ケンイチがさびしそうだった理由を俺たちで探ろうとするのは、ちょっと野暮なんじゃないか?」
そんな龍路を、龍海だけではなく他の部員や鳩谷も納得した顔で見ている。
修「龍路くんの言う通りですね。」
晶「陽はりっぱな姉貴だ、自分らが変な心配なんかしなくても、ケンイチの事も賢一の事も任せてしまって大丈夫だろうからな。」
そう語った晶に、みな再び納得したような顔を見せていた。その中で、佐武兄弟はとりわけ嬉しそうにお互いの顔を見合わせて笑いあった。
5(⑮)
陽「待って、ケンイチくん!」
ケンイチが現れた時にはいつものように賢一の自転車を押してケンイチを追いかける陽だったが、今回もそのパターンだった。
ケ「…遅せーよ。」
振り向くことも立ち止まることもなく、家路を歩きながらそう言うケンイチに、陽はやっと並ぶことができた。
陽「ごめんなさい。……あの、話ってなあに?」
ケンイチの方を向いてそう訊く陽に、ケンイチは相変わらず目線を変えずに歩きながら話す。
ケ「……お前、賢一が夢を見たことは知ってるか?」
陽「夢……?夢ってなんの?」
ケ「過去夢だよ…それも、ひどく不完全な……」
陽「過去夢…?……!」
不思議そうにそう言った後、陽ははっと何かを思いついてケンイチに訊く。
陽「ねえ、過去夢ってもしかして、昔の夢ってこと?!」
ケ「ああ。」
その答えに陽は1人、ひどく驚いていた。
陽「(もしかしてヨシくん、その夢を見たから昨日あんな事……)」
少し悩み気味にそう考える陽を、ケンイチは静かに横目で見てから、陽に気付かれる前に目線を元に戻す。
ケ「その様子じゃ、感づいてはいたみたいだな…まあ、いきなりあんな話をされりゃあ、そりゃ不思議には思うか。」
前を向きながらそう話すケンイチに、陽は思い出したかのように言う。
陽「あ、そっか。ケンイチくんはヨシくんが話したこととかは知ってるんだもんね…」
ケ「……」
陽に何も言わないケンイチを少し不安そうに見た後、陽はどこか寂しそうに前を向いた。
陽「そっか…ヨシくん、昔の夢を見たから、初めて会った時の事なんて……」
そんな陽を、ケンイチはまた横目で見て、少し不安げな目線を前に戻して言った。
ケ「…ただの過去夢じゃないがな。」
陽「え?」
ふいにそんな事を言われて横を見た陽は、ケンイチの表情の暗さに気付いた。
陽「ただの過去夢じゃない…って?」
ケ「記憶が、混同していた…」
陽「え……?」
先ほどよりも深刻に驚く陽だったが、ケンイチはそれから1人で考え始める。
ケ「(賢一が宗光と出会ったのは日中、天気は晴れ間の見える曇り…月の見える雨の夜ではないはずだ。何よりも、下弦の月が浮かんでいたのは……)」
陽「ケンイチくん……?」
ケ「!」
珍しく、周りを意識せずに考え込んでいたケンイチは、陽の呼びかけに少し驚いて、そのせいか機嫌の悪そうな声で答えながら陽を見る。
ケ「なんだ……?」
陽「いえ、その……記憶が混同していたって、どういうことなの?」
ケ「……」
ケンイチは、陽の言葉に何も言わずに、まるで逃げるように目線を逸らした。
陽「ケンイチくん!」
必死に答えを求めようとする陽を横目で見て、ケンイチは先ほどの不安を含んだ目線で陽の顔を見た。
ケ「賢一の中にあるはずのない……あってはならない記憶が、実在の記憶を伴って奴の脳裏に現れた……そういうことだ。」
そう言って、ケンイチは気まずそうにまた陽から顔を逸らした。
陽「あってはならない記憶って……それってもしかして―」
ケ「それ以上言うんじゃねえ!!……言ったはずだ、オレの前で賢一の記憶の話をするなとな!」
前に賢一の記憶の話をしたと同じく、感情的に怒鳴るケンイチを目の当たりにして、陽は驚きもしたが、それでも今回はすぐに強気な顔をした。
陽「だけど、ヨシくんは自分の記憶がないことを苦しんでいるのよ……?それはあなただって、いえ……あなたの方が私よりもずっとわかってるんじゃないの?!」
ケ「……」
陽の言葉に、ケンイチは何も返さなかった。それから陽は、少し自信がなさそうに目線を前の、足元の方に落とす。
陽「確かに私は、ヨシくんと血の繋がりなんかないわ……」
そして、必死な顔でケンイチを再び見た。
陽「でも!…私はヨシくんの姉なのよ?ヨシくんをこのままずっと苦しませたままにしておくなんて……できるわけないじゃない……」
最後の方は、泣きそうな声であった。それを知っていたケンイチはあえて陽から目を逸らして、静かな、そして冷淡な口調で言った。
ケ「なら訊くが、賢一の記憶が……賢一を再び不幸の淵に突き落とすものだとしても、お前はそんなことが言えるのか?」
陽「その時は…私が絶対にヨシくんを支えるわ……ヨシくんも、ヨシくんを支えてくれてるケンイチくんも絶対に見捨てない!」
迷いなくそう答えた陽に、ケンイチは思わず陽の方を見た。ケンイチが見た陽の顔が何よりも、誰よりも強い決意を秘めているのは、ケンイチでなくても明らかだった。
―?「私は、何があってもあなたの味方だからね……」―
ケンイチの脳裏に、前の事件の帰り道同様に誰かの声がよぎっていく。
ケ「フン…なら、勝手にしろ。」
脳裏の声を振り切り、陽からまた顔を逸らしてそう言い放ったケンイチは足早に陽の前を歩きはじめる。
陽「あ、ケンイチくん!」
陽も、置いて行かれないように慌てて自転車を押しながら走り出したが、それから家に着くまで、ケンイチは一言も話そうとはしなかった。
⑯
家に帰った陽は、私服に着替えてリビングで陽一郎と話をしていた。
父「しかし、本当にケンイチは何者なんだろうな?…やはり賢一は多重人格で、ケンイチは賢一の片割れなのか?」
陽「違うわ……ケンイチくんはヨシくんの片割れなんかじゃない……!」
そう言った陽は陽一郎の顔は見ず、ただ小さく、膝に乗せた拳に力を入れていた。
父「陽……」
心配そうにそう言って、陽一郎は優しく陽の顔を覗きこむようにして言う。
父「そうだな…悪かったよ、変なこと言って。」
陽「あ…私こそごめんね?ムキになったりして……」
そして、2人は顔を見合わせて小さく笑いあう。それから、陽一郎は不思議そうに階段の方を見た。
父「それにしても、事件も解決したというのに、ケンイチの奴どうしたんだろうなぁ……」
そう言う陽一郎だったが、陽は帰宅した時のことを思い出し始めた。
―早足になってから一言も話さなかったケンイチと陽だったが、玄関で靴を脱ぎ終えてリビングへのドアの前まで来て、ケンイチはまだ靴を脱いでいる陽の方は振り向かずに静かに言った。
ケ「悪いが、もう少し賢一の体借りるぞ……」
陽「え?」
言葉通りに、少しだけではあるが申し訳なさそうな雰囲気を込めたケンイチの言葉に、靴を脱いでいた陽は思わず顔を上げた。
ケ「明日には、ちゃんとこの体賢一に返してやるよ……」
そう言って初めて陽の方を振り向いたケンイチの顔は、どこか寂しそうに見えた。
陽「でも、あなたが解くべき謎はもう……」
そう言った陽に、ケンイチは寂しさにさらに切ない表情を浮かべた。
ケ「少し、夢が見たいんだ……」
陽「夢……?」
陽がそうつぶやいたのを聞き届けて、ケンイチは何も言わずにリビングに行き、陽一郎が仕事に行っているためにまだ誰もいないリビングにある階段を上っていった。陽は開き放ったままのリビングと玄関を繋ぐドアの向こうから聞こえる、2階で静かにドアを閉める音をなぜか切なそうに聞いていた。―
父「仕事から帰った時には、すでに部屋に閉じこもって……」
陽「夢…」
父「ん?」
陽「夢を見たいって言ってた……」
父「夢を見たい…?そりゃどういうことだ?」
不思議そうにそう訊く陽一郎に、陽は何かを考えながら言う。
陽「わかんない……わかんないけど、今はそっとしてあげよう?私が今ケンイチくんにできることって、それくらいしかない気がするから……」
最後の方はとても寂しそうな陽の口調に、陽一郎は心配そうに、思わず陽の顔を見た。
⑰
夜、部屋の電気もつけずにケンイチは静かに壁を背にしてベッドの上に座っていた。力なくベッドに無造作に置かれた右手には、賢一の名前が刺繍されているハンカチが握られている。
―陽「確かに私は、ヨシくんと血の繋がりなんかないわ……でも!…私はヨシくんの姉なのよ?」―
帰り道での陽の言葉を思い出し、ケンイチは目を閉じる。
ケ「(姉だからなんだと言うんだ?……血の繋がりなくして、賢一の…オレの何がわかると言うんだ……)」
そこまで思い、ケンイチは静かに目を開け、苦々しく眉を寄せる。
ケ「(実姉でもねー女に……義姉のくせに何が―)」
その時、ケンイチはハッと自分の考えに疑問が浮かんだ。
ケ「(オレこそ……賢一の事を本当に全部わかっていると言うのか……?賢一にとっての、オレの存在……オレにとっての、賢一の存在……オレの理解している事実以上の…繋がり……?)」
ケンイチは悩むように左手で自分の額を押さえる。
ケ「(くそっ!!オレは何者だ……誰のために謎を解き続ける……何のために生まれた、なぜ生まれた……!)」
額を押さえたままそう問答し続け、そしてケンイチはハンカチを握った手を胸の前まで持ってきて、ハンカチに刺繍された賢一の名を見る。
ケ「(なぜ……なぜオレはあの時、賢一を止めなかったんだ……!)」
そう強く思ってハンカチを握る手に力を込めたケンイチ。その時、ハンカチに小さな丸いシミが浮かんだ。涙の痕だった。
ケ「(オレは、あと何人もの人間を不幸にすれば気が済むんだ……?)」
ケンイチの瞳には、まだ涙が光っていた。
ケ「(…違う。これはオレの感情じゃない。何勘違いして―)」
その時、ケンイチは何かに気付いてハッと背にもたれている壁にある、窓の外を見た。
ケ「雨、か……」
降り出した雨音を聞いてそうつぶやいたケンイチは、まるで当たり前かのように窓を開けた。
ケ「!」
そして窓の外に見つけたある風景に、ケンイチは驚きを隠せなかった。ケンイチの目線の先には、雲の切れ間から必死に顔を見せようとしている半月があった。
ケ「下弦の…月……」
そして、驚いた顔からすぐにもの悲しい顔に代わっていく。
ケ「(あの時と…同じじゃねーか……)」
その思いの意味をケンイチ以外に知る者は、空に浮かぶ下弦の月くらいだった…
⑱
翌日の放課後、メディア部には賢一と陽以外の6人と鳩谷がすでに集まっていた。
晶「しっかし、今日もちゃんと1人で来るとは、ホントに成長したな龍海。」
龍路も横から見ている中、夏休みに撮った科学部でのビデオを見ながら、随所随所でタイムをノートにメモっていた龍海を見て、晶が感心したように言った。
海「え?なんですかぁ?」
晶「…いや、別に……」
今気づいたように晶の方を見る龍海に、今度は呆れ顔を見せる晶。
路「お前はホント、ビデオに集中したら周り見えないもんなぁ!」
海「だってぇ……」
笑いながら言う龍路だったが、ふと今まで本を読んでいた孝彦が、ジトーっとした目線を向けて言う。
孝「そーいうお前も、カメラいじりながら人の話聞かないだろ……」
路「え、あ、いや…ハハハ(汗)」
何も言い返せずに苦笑いをする龍路を見て、隆平も呆れたように言う。
隆「んっとにお前ら兄弟はなぁ……」
修「でもまあ、龍海くんのビデオのおかげで事件が1つ解決したんですから、ビデオが好きって言うのも、悪い事とは一概に言えないんじゃないですかね?」
陽が書いてホワイトボードに貼っておいた、自分の担当の記事を書き起こしながらそう言う修丸の言葉を聞いて、現在は持ち主不在の賢一の席で、英語の添削をしていた鳩谷が思い出したかのように言う。
鳩「事件と言えば、犯人捕まったんだってな。」
孝彦の方を見てそう言う鳩谷に、孝彦はいったん本を置く。
孝「あ、警察から連絡ありました?」
鳩「ああ。…って、ホームルームで話無かったのか?」
そう言われて、孝彦は思わず同じクラスの龍路の方を見るが、孝彦の言いたいことがわかったのか、龍路も少し慌てたように首を左右に振る。その様子を龍海が不思議そうに見ている。
孝「おいおい……うちだけ連絡不備かよ……」
路「まあ、俺らは昨日の事もあるから、なくてもいいような連絡だけどな……」
苦笑する龍路だったが、そんなことはおかまいなしに隆平が興味津々に孝彦に話しかける。
隆「なあ孝彦!結局犯人はケンイチが言ってた通りだったのか?なあ?」
そんな隆平に、孝彦は珍しく押され気味である。
孝「…(汗)いや、そのことは―」
その時部室のドアが開いたかと思うと、今日は陽と賢一が一緒で部室に来た。
陽「失礼しまーす。」
賢「…あれ、先生またここで添削ですか?」
入室早々、苦笑気味にそう言う賢一を見て、鳩谷は子供のようにムッとする。
鳩「添削くらいどこでやってもいいじゃないか……この時期は英検対策をしたいって生徒が多すぎて、職員室いたら落ち着いて添削できないしぃ…」
そんな鳩谷を、晶が心の底から呆れた口調で言う。
晶「それが教師の言う事ですか……?」
鳩「あ、いや!別に生徒が嫌いとかいう訳じゃなくてだな!」
そんな鳩谷に、陽が優しく言う。
陽「確かに今日も、クラスでお弁当食べながら添削してましたもんね。でも先生、ここの英語教師の中でも、先生は1番若いし話しやすいからみんなつい頼っちゃうんですよ。それで忙しいのは仕方ないんじゃないですか?」
鳩「う~ん…褒められてるんだろうけど、なんだかなぁ……」
賢「あれ、クラスでお弁当って…先生ってひなの担任でしたっけ?」
少し驚く賢一に、鳩谷は言う。
鳩「ああ、俺の持ってるのは宗光のいる2年6組だが……お前もここの生徒なんだから、姉ちゃんのクラスの担任くらい覚えとけよ。」
最後の方は少し呆れ気味の鳩谷に、賢一は少し恥ずかしそうに言う。
賢「すいません(汗)」
と、その時部室のドアが勢いよく開き、2年生の女子生徒が嬉しそうに鳩谷を見ている。……ドアの開く音に修丸がビビったのは言うまでもない。
女子1(佐藤)「あー!もう、こんなとこにいた!」
女子2(鈴木)「部活で添削してるなんて聞いてなーい!…もう、探したんですよ先生!」
鳩「佐藤、鈴木!…探したって、まさか……」
慌て気味な鳩谷に、佐藤と鈴木と呼ばれた生徒は嬉しそうに持っていたノートを差し出す。
鈴「はーい!受験対策の添削してくださーい!」
佐「あ、あたし英検対策希望でーす!」
そんな2人に、鳩谷はちらちら目線を逸らせながら言う。
鳩「い、いや…ほら、今は部活動中だし……」
そう言って晶に目線を食ったが、晶はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
晶「いえ、別に自分らだけでも活動できますけど?」
鳩「響鬼ぃ~(泣)!この薄情者ぉ!」
佐「じゃあ、先生借りてきまーす!!」
そう言うや否や、佐藤と鈴木は鳩谷を引っ張って部室を出て行ってしまった。そんな様子をあきれ顔で見送る晶、孝彦、隆平、龍路と、呆然と見ている修丸、陽、賢一、龍海の4人。それから少しの沈黙の後、隆平が孝彦に言う。
隆「…で、途中になっちまったけど、犯人どうだったんだ?」
孝「え?あ、ああ…それな。いや、賢一来てから話そうと思ったからさ、ちょうどいいや。」
そう言ってから、孝彦は今更ながらに思い出したかのように言う。
孝「そういや、またちゃんとケンイチから戻れたんだな。」
賢「ええ、まあ……」
そう言って、賢一は少し困ったような笑顔で陽を見る。
陽「昨日はずっとケンイチくんのままだったの。それで、朝起きたらもうヨシくんで……」
そう言って、陽は少し寂しそうにうつむく。
―朝も早く、陽はパジャマのまま、気まずそうに賢一の部屋のドアの前にいた。そして、意を決してドアを静かに開ける。
陽「あの、ケンイチくん……あ……」
そこには制服のズボンに昨日のYシャツの姿のままでベッドに座っている賢一がいた。賢一の手にはまたあのハンカチが握られていて、賢一は陽の声に何も言わずに、少しぼうっとした表情で陽の方を向く。そんな賢一を見て、陽は心なしかホッとした表情を見せた。
陽「(本当に、戻ってくれたんだ……)」
心の中でそうつぶやいて、陽は笑顔を作って言う。
陽「おはよう、ヨシくん!」
その言葉に、賢一は小さく笑った。
賢「…おはよう。」
そして、陽は賢一の隣に座る。
陽「その恰好、ケンイチくんったら着替えないで寝ちゃったの?」
その言葉に、賢一はうつむいて答える。
賢「ケンイチ……昨日は全然寝なかったんだ……ただ、月が見えなくなるくらい明るくなるまでずっと外を見てた。それで、太陽が昇るころに何も言わないで僕の中に戻って行った……」
静かにそう言う賢一に、陽は少し不思議そうに訊く。
陽「何も言わずに?……それってどういうこと?」
賢一は顔をあげ、陽の顔を見て話しだす。
賢「今まではなかったんだけど……その、ビデオの事が言い出せないで悩んでる龍海を見た時、僕、どうしたの?って訊こうとしたんだ。そしたら、「いちいち聞かなきゃわかんねーのか?」ってケンイチの声が聞こえた気がした。」
陽「ケンイチくんの声が…?」
賢「……僕は、今この状態でも、ケンイチが表に出ている時でもケンイチが思っていることまではわからない。だけどもしかしたら、ケンイチはどの状況でも僕の思っていることを知っているのかもしれない。……きっと、何も言わないだけで、彼の方からはいつでも話はできるのかもしれない。」
そう言う賢一に、陽は少し考えてから独り言のように言う。
陽「記憶の、混同……」
賢「え?」
不思議そうな顔をした賢一に、陽は少し慌てる。
陽「あ、いえ、なんでもない!」
そう言って、陽はふっと賢一の握っているハンカチに目をやる。
陽「あら、そのシミ……」
そう言われて、賢一もハンカチを見て言う。
賢「ケンイチの奴……どうしてかは分かんないけど、このハンカチを見て泣いてたんだ。……でも不思議なんだ。涙の痕って、こんなにくっきり残ったりするのかな?」
そう言う賢一の言葉を聞きながら、陽は何かを考えていた。―
陽「(ケンイチくんは、今までずっとヨシくんの中にいて、涙を流すことだって叶わずに今まで生きてきたとしたら……彼の言ってた夢って……)」
今朝、賢一の言葉を受けて考えたことと同じことを考える陽。
海「どうしたんですか?」
そう言われ、陽はハッとして顔をあげる。
陽「いえ……なんでもないの。」
そう言う陽の顔の切なさに気付き、賢一はさりげなく話を戻そうとする。
賢「それで孝彦センパイ、僕も昨日の話、気になるんですけどいいですか?」
そう言いながら、さっきまで鳩谷の座っていた席につく賢一。
孝「ああ。あれから龍海のビデオ持って警視庁行って、ケンイチの推理のビデオも一緒に見せたらな、警察もすぐに動いて問題の、被害者宅の向かいの家に行ったんだよ。その家、長部紀之って社会人の男と、その両親との3人暮らしなんだが、ビデオの事とかを説明する前にアリバイを聞いたら、ケンイチの言った通り例の7時12分に、長部が2階にある、通りに面した部屋にいたことを本人が主張するしその時1階にいた母親もそう証言してな、それで事情話して家宅捜査したら案の定、改造された被害者の部屋の電灯のリモコンが見つかったんだ。」
そこまで言って、孝彦は少し呆れた顔になる。
孝「で、証拠も証言も十分ってことで、やっこさん容疑認めて即刻逮捕ってわけさ。」
隆「ほー、確かにケンイチの言ってた通りだな。」
孝「ああ。なんでも長部は工業高校出身で市販の機器の改造なんかは朝飯前だったんだと。で、小学校来の友達だった被害者とはお互いに働き始めた今でもよく家に呼び合ったりする仲だったらしいが、それで被害者の家に遊びに行った時に、あのアリバイ工作のためにリモコンが壊れていると言って、改造のためにリモコンを借りていたそうだ。」
修「あの、それで動機は何だったんですか?アリバイ工作のためにリモコンを借りるなんて、ずいぶん用意周到ですけど……」
孝「彼女を取られたことによる逆恨みだよ。」
修「逆恨み…ですか?」
孝「ああ。警察は長部の話に出てきた女性にも事情聴取したんだが、その話だと、その女性はもともと付き合っていた長部と一緒にいることにほどほど疲れて、それで被害者に乗り換えたのを、長部が「彼女を取られた」と一方的に恨んでいたみたいでな……自分のせいだって彼女泣いてたよ。」
晶「情のもつれかぁ……18年生きてきて今更だが、ホント人間いつ何で恨まれるかわかったもんじゃないな…」
少し冷や汗気味にそう言う晶の言葉が、賢一の耳に着いた。
賢「(いつ、何で恨まれるか、わからない……)」
陽「ヨシくん…?」
真剣に考え込んでいる賢一の様子に気付いた陽は、心配そうにその顔を覗きこんだ。
賢「え?」
陽「どうしたの?難しい顔して……」
賢「いや……もしかしたら僕も、誰かに恨まれてるのかもしれないなって……」
そんな賢一に、隆平が笑いながら言う。
隆「お前が恨まれるぅ?…まさか、お前みたいなお人よしを恨む野郎がいるんなら、その心の狭さを覗いてみたいぜ!アッハハハハ!!」
孝「うるせえ声でケタケタ笑うなよ……」
楽しそうに笑う隆平、そんな隆平をうるさそうに見ている孝彦だったが、賢一はさらに表情に影を落とし、そのことにさすがの隆平も気づいて笑うのを止める。
隆「お、俺なんかまずいこと言ったか…?」
賢「……そりゃ、人を傷つけないように心掛けて今までやってきましたけど、それは記憶にある限りの事で……だけど―」
その言葉の先が、陽にはわかってしまった。
陽「大事なのは、その心なんじゃないかしら…」
賢「え…?」
晶「どういうことだ?」
陽の言葉に、賢一だけでなく他の部員たちも不思議そうな顔をする。
陽「自分の過去がわからない辛さは、経験のない私にはわからない。かと言って、そのままにしていていいって訳でもないわ。……確かに、失われた記憶の中でも誰にも恨まれてない、なんて言い切ることはできないけど、でも、私はヨシくんは人を傷つけてなんかないと思うの。」
そう言って、少し自信なさげにうつむく。
陽「こんなこと私なんかに言われても、気休めにもならないだろうけど……」
そう言われて、賢一は優しく首を左右に振った。
賢「ううん……なんか、そう言ってもらえて、ちょっと気持ち楽になった。」
そんな賢一を見て、陽も安心したような顔をした。
晶「ま、賢一の記憶がないのは7歳になる年より前の事だろ?そんな子供を本気で恨む奴がいるんなら、隆平じゃないが自分もソイツのツラを拝みたいよ。」
修「確かに!」
小さく笑ってそう言う晶に、修丸も納得している。そんな2人を見てから、龍路が優しい顔をして賢一の方を見た。
路「賢一……どっちにしたって、お前には世界で1番の姉ちゃんがいるんだ。そりゃ男が女に頼るのは情けないと思うこともあるかもしれないが…」
そう言ってから、龍路は首を左右に振る。
路「いや、お前ならわかってるよな……きょうだいってのは頼り合うためにあるもんなんだ。……辛い時は遠慮せずに陽を頼れよ。…な?」
そう言って陽を見る龍路に、陽も嬉しそうに微笑む。
賢「そう、ですよね……」
そう言って、賢一は陽を見た。
賢「僕たち、姉弟だもんね!」
陽「そうよ。血の繋がりなんてそんなことは気にしないで、もっと頼ってもいいんだから…」
そう言って、陽は少し照れたように笑う。
陽「まあ、私は龍路くんほどは頼りにならないけど……」
その一言に、みな苦笑する。
孝「おい、締まらないこと言うなよ!」
隆「ま、確かに陽に守られる賢一、なんて情けないよなぁ!」
隆平のその言葉に、部員たちは笑いだす。
晶「そりゃそーだ!」
賢「ちょ、ちょっとみんなぁ(汗)」
部内の雰囲気に、焦りだす賢一。しかし、気付けば陽までもがこらえるように笑っている。
賢「って、ひなまで何笑ってるのさ!」
陽「だってぇ、小学校の時に、足にアリが登って泣きそうなヨシくん助けてあげたなぁって思い出したら……」
賢「え?何ソレ、覚えてないんだけど!」
陽「あと、背中にクモが付いちゃったときとか―」
賢「もういいよぉ(汗)!」
ますます必死になる賢一を見て、陽もこらえ笑いからついに口に当てていた手を離して笑いだしたが、ふっと賢一を見て思った。
陽(M)「血の繋がりがなくったって、私たちには私たちの姉弟としての形がある……あの日、私がヨシくんを見つけたことも、それがきっかけで姉弟になったことも、こうして一緒に笑っていられることも、すべてが神様の決めたことだというのなら……私は、神様に感謝したい気持ちでいっぱいです。」
血が繋がっていようといないと、大切な家族であることには変わりない。身近に血が繋がっていて仲のいい友達がいるからこそ不安に思う事があっても、それでも意味があって賢一と自分は出逢ったのだと確信し、陽はまた一つ、姉として存在する意味を深く受け入れた。賢一の、ケンイチの姉として。