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表裏頭脳ケンイチ

第5話「重なった境遇と信じる心」~後編~

⑪(5)

学校と梶北家の中間あたり、隆平は1人で歩くケンイチの背中をやっと見つけた。

隆「おい!待てよケンイチ!」

その声に気付いたケンイチは、気怠そうに振り向いた。

ケ「なんだよ?」

隆「なんだよじゃねえよ!お前1人で出歩かせたら誰にケンカ売るかわかったもんじゃねえからな!」

ケ「…フン。お前と一緒にすんな。第一、お前らがバカな頭で勝手にケンカを売られたと勘違いしてるだけだろう?」

隆「バ…!お前まで俺の事バカって―」

ケ「事実だ。それに、はっきり言うがオレ以外の人間みんなバカだと思ってる。」

そう言い切ってから再び歩き出すケンイチを、隆平はもはや呆気にとられてしばらく見ているだけだった。

隆「言い切りやがった……って!だから待てよ!」

そう言って隆平はまたケンイチを追いかける。

 

梶北家の玄関の前で、ケンイチは律儀にもチャイムを押していた。

隆「…出ねえなぁ。」

そう言う隆平に何も言わず、ケンイチは道路の方を向く。

隆「って、おい!どこ行くんだよ?!」

ケ「賢一が割った窓から入る。」

隆「おい(汗)…お前、それ泥棒だろ!…ってか、お前賢一と違って運動神経悪いんじゃなかったか?」

そう言われて、ケンイチはとても不機嫌そうな顔で隆平の方に振り向く。

隆「…何怒ってんだよ(汗)?」

ケ「わかりきっている事を言われれば、腹も立つだろうが…」

隆「あ、もしかして運動オンチなの気にしてんのか?」

ケ「……フン。」

その時、ふいに玄関の戸が開いた。

滋「えっと、君たちは?」

そこに立っていたのは、ケンイチも隆平もあったことのない男性だった。

隆「あ!あの、俺たち閏台高校のメディア部で…」

少し驚き気味に答える隆平に、男性は温和な笑顔を見せた。

滋「もしかして、友健を助けてくれた学生さんかい?いや、妻から話は聞いてるよ。」

隆「いえ…助けたっても、その……」

どもる隆平を少しに気につつも、男性は話を戻す。

滋「すまないね、病院に持って行く物の整理をしていて、チャイムが聞こえなくてね。1階に降りたら話し声がしたから気付けたようなものさ。」

そう言って苦笑いする男性に、ケンイチがいつものつまらなさそうな表情で訊く。

ケ「お前、梶北友健の父親か?」

その言葉に隆平が慌てる。

隆「バ、バカ!…すいません!コイツ、礼儀知らずっつーか、そのぉ……」

ケンイチの態度に慌てる隆平に、男性は快く言う。

滋「いや、いいんだよ。私はそういう事、気にしないから。……えっと、そうだよ、私は友健の父親の梶北滋というんだが、まあ大きい企業という訳ではないがこれでも一応、KAJI工業という工業メーカーの社長をしているんだ。」

隆「え…KAJI工業って、有名な会社じゃないっスか!そこの社長とか、すげーッスね!!」

感心する隆平だったが、ふとケンイチがイラつき始めていることに気付く。

ケ「おい、どーでもいいこと喋ってないで現場を見せろ。」

隆「お前な、だからその口のきき方なんとかしろよ…!」

その一言に再び隆平は慌てるが、滋は不思議そうに訊く。

滋「現場…?」

隆「あ、いや…その、友健くんの部屋のことっス。……友健くんが自殺じゃないって気付いたの、コイツなんですよ。」

滋「そうか、君が!…そういうことならぜひとも見てほしいものだ。警察も今日は新しいことは見つけられなかったみたいだしな。」

そう言って滋は家の中の方へ向き直る。

滋「さあ、上がってくれ。…妻は友健の見舞いで家を空けてて、美優希は仕事でいないんだがね。」

ケ「長男はどうした?」

滋の言葉の中に克昭がいないことに鋭く気付いたケンイチに、滋は苦笑いをする。

滋「ああ、克昭はもう大学からは帰っているんだが、友健の事となるといつも機嫌を悪くするんだ。だから、部屋にはいるんだが……君たちが来ていることは言わない方がいいだろうな。」

そう言って歩きはじめる滋に続いて家に上がる隆平に、ケンイチも何も言わずについて行った。

 

友健の部屋に着き、滋と隆平が見守る中ケンイチは静かに部屋の中を注意深く見ながら歩き始めた。

滋「しかし彼が、友健が自殺じゃないと見破った子だったとは……」

隆「アイツ、今までもいくつか事件を解決してきてて、すっげー頭いいんすよ。口は悪いんですけどね。」

滋「事件を?それはすごい!」

隆「ただ、気を悪くしないで欲しいんですけどね、なんかアイツ、滋さんのことも疑ってるみたいなんですよ。」

そう言われて、滋は苦笑いする。

滋「ああ、それも妻から聞いたよ。私たち家族の中に犯人がいるんじゃないかって話だろう?」

そう言って、滋は少し悲しそうな顔をする。

滋「信じたくはないが、しかしそれほど頭のキレる彼が言う事なら、事実なのかもしれないな……」

隆「滋さん……」

そんな中、ケンイチはおもむろに友健の机の引き出しを引いていた。

ケ「……」

何も言わずにケンイチは紙の束を引き出しの中から取り出した。それに気付いた隆平と滋も、不思議そうにケンイチのもとへと歩いてくる。

隆「おい、勝手に見ていいのかよ……」

心配そうにそう言う隆平にはお構いなしに、ケンイチは紙をめくっていく。

ケ「手紙だ……それも、1週間前の日付の……」

隆「へ?」

またもや隆平を無視し、ケンイチは滋に手紙の束を差し出す。

ケ「お前たち家族への手紙だよ。……お前、実の息子を差し置いて梶北友健に会社を継がせようとしてたんだな。」

その言葉に、滋は少し辛そうな顔をする。

滋「……そのことが書いてあるのか?」

ケ「ああ。…まあ、読んでみりゃわかるだろうよ。」

そう言って手紙を差し出すケンイチだったが、滋はそれを受けとらなかった。

滋「…それは、遺書なのかい?」

ケ「いや…」

滋「だったら、あの子が目を覚ました後に本人から受け取ることにするよ。」

ケ「そうか。」

それから、滋は悲しそうにうつむいた。

滋「そうか、友健がそのことを手紙に書いているのか……」

ケ「内容から考えれば、そのことを言われてすぐに書いたものだと思うが。」

ケンイチがそう言うと、隆平は少し恐る恐ると滋に訊く。

隆「あの、その会社を継ぐって…?」

滋「……別に克昭を嫌っての事じゃないんだ。だが、克昭には今ひとつ思いやりが欠けている気がしてね、うちの長男だからと会社を継がせるには少しためらいがあった。しかし本人は長男の自分が会社を継ぐのは当たり前だと思っていたようでね。そんな中で妹夫婦が2人とも事故で死んでしまって、1人残された友健を引き取ることにしたんだが…少し臆病でも、優しくて思いやりのあるあの子の内面を知れば知るほど、社長には友健の方が向いているような気がしてきてね、それで先週、友健を跡継ぎにすると言ったんだ。…だが、そのせいで克昭はあからさまにわかるほどに友健を憎むようになってしまった。美優希もそんな2人との関わりを面倒くさがるようになってしまったし……」

隆「そっか、だからあんなにひでーことを平気で言うのか……」

滋「紗百合だって、そんな亀裂の入った兄弟3人に随分と気を使っていた……今回の出来事の元凶は、私なのかもしれないな……」

そう話す滋をじっと見てから、ケンイチは手紙の束をじっと見た。

ケ「この手紙、少し借りてもいいか?」

その言葉に滋は少し不思議そうだった。

滋「…かまわないが、どうして?」

ケ「んなこと、どーでもいいだろうが。」

隆「おいこら―」

ケ「アイツが目覚める前には返す。」

隆平の言葉を遮って言葉を続けたケンイチに、隆平は思わず言葉を呑んだ。

滋「…ああ、頼むよ。」

その言葉にケンイチは珍しく、小さくも優しく笑ったようだった。

ケ「…ああ。」

そんなケンイチを、隆平は不思議そうに見ていた。

 

梶北家を後にして、隆平はなぜか1人、電信柱の影に隠れてケンイチと距離を置いていた。

隆「(アイツ、病院なんかに行って何する気なんだ……?)」

そう思って、隆平は梶北家を出た直後の事を思い出していた。

 

―学校とも陽の家とも違う方向に向かおうとするケンイチに、隆平が不思議そうに気付いた。

隆「おい、お前どこ行くんだよ?」

ケ「…何度も言わせるな。オレがどこに行こうと、オレの勝手だ。」

そうだけ言って歩き出すケンイチに、隆平は何も言わずに疑わしい顔をするだけで、しばらくケンイチの背中を見て立ち止まっていた。―

 

隆「(この方向でケンイチが行くところったら、友健くんの入院してる病院しかねーじゃねーか…ったく、普段は賢一とはいえ、あんなのと一緒に暮らしてる陽の苦労は計り知れねーな。)」

そう考える隆平の肩にふいに誰かの手が乗り、隆平は驚く。

隆「うわ!」

陽「ご、ごめんなさい!」

思わず振り向いた隆平と目があったのは、帰り支度を済ませた格好の陽だった。

隆「な、なんだ陽かよ!…ったく、驚かすなって!」

陽も最初は隆平同様に驚いていたが、にわかに小さく笑いだす。

陽「だから、ごめんって!…隆平くん耳いいから、とっくに気付いてるかと思ったんだもん。」

隆「あのなぁ、そりゃ誰か歩いて来てるなぁってのはわかっけど、まさかお前だとは思わねえよ…ってか、部活もう終わったの?」

陽「ううん、晶センパイがね、「ケンイチのこと気にしてんじゃ、部活も集中できないだろう」って、それで帰っていいって言われたの。まあ、早退みたいな感じかしら。…それよりも隆平くんは何してるの?こそこそストーカーみたいなんだけど……」

不思議そうにそう言う陽に、隆平は真剣そうに前方を指差した。

陽「あ……」

隆「ケンイチがさ、例の「ついてくんな」的なこと言って友健くんのいる病院の方に行くから気になってさ。……なんならお前も来る?」

そう言われ、陽も真剣にうなずいた。

 

病院について、ケンイチは入院病棟のフロントで友健の病室を聞いた後、エレベーターに向かう。そんなケンイチを、隆平と陽はギリギリ病院内である少し離れた場所で見ていた。

隆「あのヤロ、な~にが「賢一」だよ…」

陽「え?」

呆れたように言う隆平に、陽も思わず聞く。

隆「ケンイチがさ、フロントで名前訊かれて「神童賢一」って言っててよ。ったく、こんな時には賢一の名前使いやがって……」

陽「隆平くん、この距離で聞こえるの……?」

違うことにツッコむ陽に、隆平は思わず少しムッとした。

陽「あ、ごめんなさい…(汗)」

隆「とにかく!俺の地獄耳は放っておいて俺らも友健くんとこ行こうぜ?…ケンイチにバレないようにさ。」

陽「そうね……」

そう言ってお互いに顔を見合わせ、2人もフロントへ向かった。

 

2人が静かに病室の外から友健のいる病室を覗いてみると、そこには眠っている友健の手に手紙を握らせているケンイチの姿があった。その姿を見て、陽も隆平も何も言わずにただただその姿を見守っていた。

ケ「……死ぬなよ。」

その言葉に、陽は言葉はなくとも驚いた。2人が病室の外にいることも知らず、ケンイチは言葉を続ける。

ケ「これは、お前が自分の手であの4人に手渡さなきゃなんねーモノだ。お前が死んだら、誰があの家族を救うんだ?……負けんなよ。境遇なんかに負けんな。お前はオレよりも、賢一よりもずっと強いんだ。……おまえを殺そうとした犯人はオレが絶対に暴き出してやる……!だから、死ぬんじゃねーぞ……」

友健に誓うケンイチの姿を見て、陽は思っていた。

陽「(ケンイチくん……もしかして、謎を解き明かしたいとか、ヨシくんの過去とかに関係なく、ただ純粋に友健くんを想って……)」

その時、近くの病室でガラスの割れるような音が聞こえた。

陽「きゃ!」

隆「な、なんだぁ?!」

驚いた隆平は音のした方を見たが、そんな隆平を陽は慌てて見ている。

陽「あ、隆平くん…!」

陽にうながされて隆平が咄嗟に病室の方を見ると、案の定、ケンイチが病室の外を見ていた。それも、感情もろくにわからないような無表情な顔で……

隆「ヤベ……」

そう言う隆平に、ケンイチは表情以上に落ちたトーンで言い放つ。

ケ「テメェ、つけてきやがったのか?」

隆「い、いや、その……!だ、だって気になるじゃんか!お前の向かった方向って、明らかここしか思いつかなかったし!なあ?!」

そう振られ、陽は少し気まずそうにうなずく。

ケ「ったく、お前まで来るとはな……」

陽「ごめんなさい……」

謝る陽には何も言わず、ケンイチは踵を返して病室に戻る。

ケ「オレはもう帰る……お前らも用事がないなら、とっとと帰れ。」

そう言いながら友健に握らせた手紙を制服の内ポケットに入れて2人の方を向いた。

陽「う、うん……私たちも帰ろう?」

隆「そうだな…」

そう言いあう2人をつまらなさそうに見てからケンイチは病室を出て、2人を追い越してエレベーターの方へと歩き出した。

ケ「行くぞ。」

そんなケンイチを、陽も隆平もどこか不思議そうに見ていた。

 

病院の外で、またもやケンイチは陽や隆平とは違う方向へと歩き出そうとした。

陽「ケンイチくん、どこ行くの?」

そう言う陽を、完全には振り向きもせずに疎ましげに見たケンイチだったが、ケンイチが口を開く前に隆平が強気に言う。

隆「どこに行こうがオレの勝手だ!…とは、言わせねーぞ!!お前の事を心配してくれてる陽の気持ちも少しは考えろよな!」

そう言われ、ケンイチは面倒臭そうに2人の方を振り返り、内ポケットから友健の手紙を取り出した。

ケ「コイツを返してやろうと思ってな。」

陽「何、それ?」

ケ「梶北友健が家族に…今の家族の4人に宛てた手紙だ。」

隆「さっき友健くんの部屋見た時にさ、コイツ、友健くんの机の中から見つけたんだよ。それで友健くんの父さん…滋さんに了解してもらって借りてきたんだけど……」

陽にそこまで説明して、隆平はケンイチの方を向く。

隆「だけど、滋さんもあの様子じゃ病院に行くみたいだったしさ、家に行ったっているのはあの息子さんだけだろ?チャイム鳴らしても出ないんじゃないか?……そりゃあ、元の場所に戻したいってのもわかる気もするけど……」

ケ「大丈夫だ。病室に来た看護師から聞いた話じゃ、母親はさっきオレと入れ違いで家に帰ったそうだ。…アイツなら家に入れてくれるさ。」

そう言ってまた歩き出すケンイチに、隆平は少し呆れている。

隆「お前、ちゃっかりしてんなぁ……」

そう言って歩き出す隆平に、陽も苦笑しながら歩き出す。ケンイチは相変わらず2人の少し前を歩いていたが、ふと隆平が陽に対して聞く。

隆「でもアイツ、なんで病院に手紙なんて持ってったんだろうな?」

そんな隆平に、陽はわかっている、といったような顔で言う。

陽「友健くんを励ますためじゃないかしら?…って、隆平くんも見てたでしょ?」

隆「いや、まー見てたっちゃ見てたけど、その、さ……アイツがそんな人を励ますとか、ちょっと信じられないっつーかさ―」

その時、隆平がふと顔をしかめて額に手を当てた。

陽「どうしたの?…もしかしてまた頭痛?」

隆「まあ、な…ったく、ホント困るよな!原因不明の頭痛とかさ!」

投げやり気味にそう言う隆平だったが、それからふと悩ましげに言う。

隆「でも不思議だよな?ここでは初めてだけど、結構おんなじところでおんなじように頭が痛くなるんだぜ?それに、少し歩いたら治るのも変な話だしよ……」

陽「えー、なんか怖いなぁ…もしかしたら修丸くんの分野なんじゃないの?」

隆「う~ん…でも確かに、ここまで来たら医者よりもアイツのオカルトを頼った方がいい気がしてきた……」

冷や汗を垂らしながら悩む隆平だったが、2人の前を歩いているケンイチがひどく呆れた口調で言う。

ケ「お前ら、何度も言うが寝言は寝て言え。近宮の偏頭痛の原因はおそらく……―!」

そう言ってケンイチは振り返って、ついさっき通り過ぎた、道路の脇にエンジンをかけたまま停まっているトラックを見た。そしてその瞬間にケンイチの脳裏には今まで集めた事件の情報が駆け巡る。

 

―克「毎日5時半にタイマーセットしてやがる……」

 

紗「そうよ…あの子、「金魚が少しでも広く感じる様に」っていつも多すぎるんじゃないかってくらい水を入れてたのに……」

 

修「ま、まさかガラスがひとりでに割れた…とか?」

 

陽「きゃ!」

隆「な、なんだぁ?!」―

 

ケ「まさか……いや、だとすれば……!」

1人、何かに驚くケンイチを陽も隆平も不思議そうに、そしてケンイチ同様に驚いたように見ている。

陽「ケンイチくん…もしかして犯人がわかったの?!」

陽の問いに答える様子もなく、ケンイチは踵を返して走り出した。

陽「あ、ケンイチくん!」

隆「今度はどこ行くってんだよ?」

呆気にとられてそう言う隆平に、陽は少しだけ考え込んだ後にふと言う。

陽「もしかして、学校…?」

そう言ってから、陽と隆平は顔を見合わせて慌てだす。

隆「ど、どこにしたって、俺たちも行こうぜ?!」

陽「うん!」

隆平にうながされて、陽はケンイチが走って行った方へと走り出した。

 

陽「あの、ケンイチくん来ませんでしたか―」

部室のドアを開けながらそう言った陽と、陽と一緒に部室に入ってきた隆平を、部室に残っていた部員たちや鳩谷、そして2人よりも早く部室に来ていたケンイチが見た。

鳩「どうしたんだ、お前たち?」

晶「2人ともさっき帰っただろうが……もしかして忘れ物か?」

隆「違いますよ!…ってかケンイチ、お前やっぱり学校戻ってたのかよ…」

ケ「フン……」

隆平の言葉にそうだけ言い放ち、ケンイチは目線を今まで向けていた机の方に戻す。

隆「ッカー!かわいくねーやつ!」

そう言って頭をかく隆平だったが、陽はケンイチの目線につられて目線をずらす。そこには、机の側に散らばったガラス片と、机に背を向けている「卓球部」と書かれた扇風機があった。

陽「それ、もしかして例のトリック…?」

そう訊く陽に、修丸が感心したように答える。

修「ええ、びっくりしましたよ。本当にグラスが勝手に割れちゃったんですから!」

路「いきなり部室に来るなり、「扇風機とガラス製のグラスを持ってこい」なんていうからさ、家政部でグラス借りて卓球部で扇風機借りて…大変だったんだぜ?」

苦笑いの龍路に、隆平は少し驚いた顔をする。

隆「じゃあ、やっぱりトリックがわかったって事だったのか……」

そんな話の中ケンイチは壁時計に目をやり、それからふと鳩谷の方を向く。

ケ「おい、病院行って梶北友健の見舞いに行ってる父親を家に戻しに行け。」

いきなりそう言われて、鳩谷は少し驚いている。

鳩「よ、呼び戻す…?」

孝「そんなことして、どうするんだよ?」

鳩谷同様に少し驚く孝彦に、ケンイチは席を立ちあがりながら言う。

ケ「梶北の人間4人に容疑をかけたのはオレだ。」

そしてまた鳩谷や孝彦ら部員たちの方を見る。

ケ「なら、関係のない3人から容疑をはらすのは最低限の責任だろう?」

海「あ、でも今から家に行ったって、お父さんはいいとして他の3人もいるとは限らないんじゃないですか?」

ケ「いるさ。母親は家に帰ったと看護師が言っていた。それに、兄の方はさっきすでに家にいたし、玄関にあった姉の仕事のシフト表では、この時間はもう仕事は終わっている。」

そうだけ言って、ケンイチはさっさと部室を後にする。

陽「あ、待って!」

とっさにケンイチを追って部室を出る陽に、同じく隆平もつられて部室を出た。そんな様子を少しだけ呆然と見ていた部員たち。

鳩「とりあえず、病院行ってくるよ。」

そう言って立ち上がる鳩谷に、龍海は少しバカにするように言う。

海「先生、ケンイチさんの言いなりですかぁ?」

鳩「いや、だってアイツ怒らせるの怖いだろ?」

海「あー、確かに……」

鳩谷に言われて、龍海も納得する。

鳩「じゃあ、ちょっと病院まで行ってくるから、響鬼。」

晶「ハイ?」

鳩「部活終わらせるんなら、部室の鍵だけ頼むな。」

それだけ言って鳩谷は部室を出て行った。

晶「…ってーことは、鍵だけちゃんとすれば、部長権限と自分の独断で部活終わってもいいってことか?」

悩ましげにそう言った晶に、修丸が反応する。

修「あの、だったら僕、ケンイチくんの推理を聞きに行きたいんですけど……」

海「あ、僕も僕も!」

ややはしゃぎ気味にそう言って、龍海は龍路を見る。

海「ねえ、兄ちゃんも聞きたいよねぇ?」

路「そうだなぁ、確かにケンイチの推理は気になるな。」

乗り気な龍路を見て、晶はふと孝彦の方を見る。

晶「で、お前はどうする?自分も正直、事件の真相は気になるし、行こうと思ってるが…」

そう言われて、孝彦は少し困った顔をする。

孝「俺1人だけ残るのは嫌ですよ。…てか、センパイわかってて聞いてません?」

晶「まさか。お前はどっちかって言ったらみんなで行動するのは嫌いそうだからな、一応聞いてみただけだったんだけどさ。」

孝「まあ、確かにそーいうのは好きじゃないですけど、この部活のメンバーだったら別にかまいませんし…それに、俺的には隆平の奴が犯人わかった時とか頭に血ぃのぼらないか心配ですし。」

いつものそっけない調子でそう言った孝彦だったが、部員たちがにわかに笑いだしたことに、孝彦は少し向きになる。

孝「な、なんだよ……」

修「あ、いえ…なんだかんだで、やっぱり孝彦くんと隆平くんって仲いいなあって思いまして!」

孝「誰と誰の仲がいいって…?」

視力が悪いせいで常に細い孝彦の目が、さらに細くなって修丸を睨む。

修「いや、その!えっと……」

思わぬ(?)反撃にビビる修丸だったが、そんな2人に未だこらえ笑いをしている晶が言う。

晶「まあいいじゃないか、誰と誰が仲良くたって!ほら、満場一致なんだからさっさと部室出るぞ?でないと鍵もかけれんからな。」

そう言って晶は荷物を取ってドアの前に立つ。

修「は、はい~!」

晶の言葉に、修丸は逃げるようにカバンを取って部室の外に出る。

孝「ったく……」

続いて、少し不機嫌そうに部室を出る孝彦を未だこらえ笑いをしながら、佐武兄弟も部室を出た。

 

晶が部室の鍵を職員室に戻すのを待って、小走りで学校を出た5人は、学校よりも目的地に近い辺りの道を歩いているケンイチ、陽、隆平に追いついた。先に歩いていた3人の中でもやはり最初に彼らに気付いたのは隆平である。

隆「あれ、アイツら……」

1人振り返ってそう言う隆平につられ、ケンイチや陽も振り返る。

陽「みんなも来たんだ…」

どこか安心したようにそう言う陽の隣で、ケンイチは無表情のまま前を向きなおして歩きはじめる。

陽「あ、待って!」

陽が慌ててケンイチに会わせて歩き始めるが、隆平は5人のもとへと小走りで駆け寄った。

隆「センパイ、どうしたんですか?」

晶たちと合流した隆平にそう言われ、晶は少し苦笑気味に言う。

晶「あー…いや、その…なあ?」

うまく話せなくなって龍路を見る晶に、龍路は少し呆れたような苦笑いをして隆平の方を向く。

路「先生が晶センパイに「鍵だけちゃんとしたら部活終わっていい」って言ったんだけど、そしたらみんなしてケンイチの推理が聞きたいってことになってさ、それで慌てて部活終わらせて走ってきたんだよ。」

晶「とどのつまりは、そーいうことだ。」

孝「それよりも、話なら歩きながらしましょう?ケンイチに置いてかれる…」

呆れているようにそう言った孝彦に、晶はハッと気づいたように言う。

晶「それもそうだな…」

それから歩き出した晶につられて他の5人も歩き出す。

隆「にしてもみんなしてって……」

珍しく呆れる隆平に、孝彦が相変わらずの調子で言う。

孝「それは龍路の言葉足らずだ。」

海「言葉足らず?」

孝彦の言葉に不思議そうな顔をして反応した龍海は、隣を歩く龍路の顔を見る。すると龍路は苦笑いをして孝彦に言う。

路「ああ、そうだったな、悪い。」

海「ねえ、言葉足らずってどゆこと?」

路「俺、さっき「みんなして」っつったけど、孝彦は別にケンイチの推理が聞きたくてついて来た訳じゃないだろ?」

海「あ、そっかぁ!」

その会話に、今度は隆平が反応する。

隆「はあ?じゃあお前なんで来たんだよ?」

孝「なんでもいいじゃねーか、そんなこと…」

まるで照れ隠しのように少しムキになる孝彦を隆平は不思議がる。

修「孝彦くん、犯人わかった時に隆平くんの頭に血がのぼったら大変だって心配して来てくれたんですよ?」

何気なくそう言う修丸だったが、孝彦は部室を出る時のようにまた細めた目で修丸を睨む。

孝「修丸ッ!」

修「す、すいません!!」

隆「んだよ、誰が頭に血ぃのぼるって?」

隆平は隣を歩いている修丸や孝彦を見て、不満そうにそう言ってから、前を向きなおす。

隆「余計なお世話だ、イシアタマ!」

しかし、言葉とは裏腹に、振り返った時の隆平の顔には嬉しそうな笑顔があった。

孝「こら、誰がイシアタマだ!このバカ!」

隆平の表情に気付かずにいつものようにムキになる孝彦だったが、隆平は食いつくことなく、振り返る。

隆「悪かったよ、ほら、走るぞ?」

そう言った隆平の顔は、振り返った時と同じく優しかった。

孝「あ、ああ……」

小走りになる隆平につられて孝彦も走り出し、そんな2人を晶たちは少しの間歩を止めて呆然と見ていた。

晶「なんか、隆平の奴嬉しそうじゃなかったか?」

海「あ、センパイもそう思います?」

路「俺もそう見えたけど…気のせいじゃなかったか……(汗)」

修「やっぱり…仲いいですよね、あの2人…」

そう言った修丸もなぜか嬉しそうだったが、3人揃って呆れた顔で修丸を見ていた。

修「え、なんですかみんなしてそんな目で……」

そんな修丸に答えることなく、晶が歩き出す。

晶「さ、自分らも走るぞ~…」

路・海「は~い……」

修「あ!ちょっと待ってくださいよー!」

先に走り出した3人に、修丸も慌ててついて行った。

 

ケンイチが梶北家に着いた時には、すでにメディア部の8人は合流していた。ケンイチがチャイムを鳴らして、誰かが出てくるのを待っている間、晶がひそひそと隆平や陽に話しかけている。

晶「なあ、ついみんな連れて来ちまったけど……ケンイチに怒られないだろうか?」

隆「今更ですか(呆)?」

陽「大丈夫ですよ。…ケンイチくんが怒る時は、事件解決が滞る時ですから。」

晶「そ、っか…そういや前にもそんなこと言ってたな…」

その時、玄関の扉が開く。

紗「あら…あなたたち……」

出てきたのは紗百合だった。

晶「あ、自分ら閏台高校のメディア部です…その、急にお邪魔しちゃってスイマセン……」

申し訳なさそうにそう言う晶に、紗百合は疲れの見える顔で、しかし優しく微笑む。

紗「大丈夫よ。…また、何か気になることでもあったの?」

隆「あ、いや……」

困ったように晶や陽の顔を見る隆平だったが、そんなことお構いなしにケンイチが口を開く。

ケ「お前以外の家族は帰ってるか?」

紗「え?いえ…滋さん、旦那が友健の見舞いに行ってるけど……」

ケ「あとの2人は?」

紗「2人って、美優希と克昭のこと?」

ケ「ああ。」

紗「美優希はさっき帰ってきたし、克昭も今日は講義が早めに終わる日だから、今は2人とも部屋にいるけど…でも、それがどうしたの?」

不安そうにそう訊く紗百合に、ケンイチはどこか不敵な笑みを浮かべて言う。

ケ「……喜べよ。お前の息子を殺しかけた犯人がわかったぜ。」

紗「え…?!本当に?」

思わず驚く紗百合に、ケンイチは小さくうなづく。

ケ「ああ。現場に居ずして首を吊らせた方法も、犯人が自ら出したボロもな……それで、だ。いつまでも無実の3人に何も言わないのも不親切だろう?だから容疑者4人…いや、犯人を除く3人にまとめて犯人を教えてやろうと思ってな。…父親が帰ってくるまで、現場の部屋で待たせてもらうぜ。」

そう言って、ケンイチは紗百合の横を通って玄関に入る。

孝「おい、勝手に入っちゃまずいだろ?」

少し戸惑い気味にケンイチを止めようとする孝彦に、紗百合は苦笑して言う。

紗「いえ、それは構わないけど……」

そう言って紗百合がケンイチの方を見ると、ケンイチはすでに靴を脱いでいたが、ふとその動きを止めて靴のかかとを踏んだ状態で紗百合の方を向いた。

ケ「なあ、割ってもいいグラスか何かないか?…なんなら、水さえ入っていれば、すでに割れていても構わない。」

紗「割ってもいいグラス…?ちょっと待ってね……」

そう言って紗百合も玄関に入り、外にいる部員たちの方を見る。

紗「あなたたちも上がって。そこじゃ寒いでしょ?」

晶「あ、じゃあ失礼します……」

そう言って中に入る晶を筆頭に、みな順々に玄関に入って行く。その間に紗百合はリビングへ行っていた。

路「なあ、割れたグラスって、またあの実験するのか?」

紗百合がリビングへ行っている間に龍路が不思議そうにケンイチに訊く。

ケ「ああ。部室と現場じゃ若干条件が違ってくるからな。」

孝「…って、お前!それじゃあ、あのトリックを確信してここに来たわけじゃないのかよ?」

ケ「バカが、寝言は寝て言え…」

そう言われ、孝彦は少し食い下がる。

海「じゃあ、なんでここでも試すんですか?」

ケ「必死こいて考えついたトリックを、目の前であっさり見破られてみろよ?……その時の犯人の顔なんか、考えただけで面白いだろ?」

そう言うケンイチの顔は、たまに見せる不敵な笑みが浮かんでいた。

晶「お前、ホンット賢一と違って性格悪いな……」

ケ「フン……」

呆れたように言う晶に、ケンイチは相変わらずの表情で言い放つが、陽はふとその表情に何かを感じ取った。

陽「(違う…きっと、ケンイチくんは面白がるために実験をするんじゃないんだ……)」

修「陽さん…?どうしました?」

考え込むような様子の陽を、修丸が心配する。

陽「え?いえ、別に……」

咄嗟に元気を装ってそう言いつつも、陽はケンイチの方を見ていた。と、その時、紗百合がリビングから玄関に戻ってきた。

紗「お待たせ。これ、次の燃えないごみの日に捨てようと思ってたんだけど、使えるかしら?」

そう言って紗百合が持ってきたのは、新聞紙の上にのせてある、取っ手の辺りが割れたコーヒーメーカーのジャグだった。中には、こぼれないくらいの水が入れてある。ケンイチはそれを新聞紙ごと受け取って、少し眺めた後に紗百合の顔を見る。

ケ「ああ。ゴミに出すものなら使えなくしても問題ないな?」

紗「ええ、好きにしていいわよ。」

そういう紗百合に何も答えず、ケンイチは階段の方を見る。

ケ「とりあえず現場の部屋、借りるぜ。…父親が帰ってきたら、子ども達連れて来てくれ。」

そうだけ言って、ケンイチは階段を上り始める。

隆「あ、おい俺たちは?!」

ケ「来たけりゃ勝手に来い。…ただし邪魔はするなよ。」

階段を上りながらそう言うケンイチに、隆平は呆気にとられている。

晶「じゃあ、自分らも失礼しますね……」

そう言って晶も階段に向かい、それにつられるように6人も階段へ向かった。その中でも、最後尾の陽は階段を上り始める前に、小さく紗百合に会釈した。

 

㉒(6

美「ちょっと!あんたたちいい加減にしてくれる?!」

克「警察でもねーくせに何度も何度も上がり込みやがって!」

美優希や克昭が怒鳴りながら現場の部屋に入ってきたのは、ケンイチたちが現場の部屋に入ってから20分ほど後の事だった。2人の後ろには両親も立っていて、4人が部屋に着いた時、ケンイチは手のひらの上に少しだけ水の入った先ほどのジャグを乗せていた。

滋「落ち着きなさい、2人とも!」

美「はあ?父さんこそさ、自分の家で好き勝手やられて何黙ってんのよ!」

食って掛かる美優希だが、滋は落ち着いたまま答える。

滋「好き勝手じゃない。彼らは彼らなりに友健のことを心配してくれてるんだぞ?」

紗「そうよ。顧問の先生だって、わざわざお父さん呼びに病院まで来てくれて、しかも今は友健のこと看ててくれてるんだから……」

克「ったく、母さんも父さんも、友健、友健うるせえよ……」

ぼやくようにそう言う克昭に、滋も紗百合も物悲しそうに顔を見合わせている。そんな家族のやりとりを何も言わずに見ていたケンイチが、ふとつまらなさそうに口を開いた。

ケ「つまらん言い合いは終わったか?」

その言葉に、美優希と克昭は敵意をむき出しにしたような表情でケンイチたちの方を見る。

克「おい、お前確か、友健を殺そうとした犯人がわかった、とかぬかして俺たち集めたんだってな?」

ケ「ああ、そうだ。」

克「っは!ずいぶんな自信だな!……で、もし間違ってたりしたらどうすんだ?そんときゃ、名誉毀損で訴えてやっからな!」

ケ「訴えられるものなら…な。」

小さく、いつもの不敵な笑みを浮かべてそう言ったケンイチに、克昭は不意を突かれたように驚いた。

克「ど、どーいう意味だよ…?!」

ケ「オレは確信の無い推理を話したりはしない。…そういう事だ。」

その言葉に、克昭は言葉を失う。美優希もどこか驚いたような表情をしていて、紗百合と滋はケンイチを不安そうに見ている。

修「あんなこと言って、大丈夫なんでしょうか……」

修丸も、ケンイチの言葉を心配してオドオドし始めるが、その隣で隆平が真剣にケンイチを見たままに言う。

隆「さあな…でも、アイツが言うんだから間違いないんじゃねーか?…なあ?」

そう言って隆平が同意を求めたのは陽だった。

陽「うん…私もそう思う。」

そう言ってケンイチを見る陽にケンイチも視線を合わせ、それから部屋の真ん中に立って梶北の4人を見据えた。

ケ「じゃあ、そろそろ始めるか…」

そう言って、ケンイチはジャグを机の真ん中あたりに置き、ポケットから数枚の写真を重ねて出した。

ケ「2日前、この部屋で梶北友健が首を吊った。…いくつかの奇妙な矛盾を残してな。…何人かには昨日も話した内容だが、もう一度確認していく。」

そう言って、ケンイチは持っている写真の2枚を4人に見せるように持つ。

ケ「1つ目の矛盾は、踏み台の高さと縄の長さだ。」

ケンイチが見せた写真には、賢一が友健を助ける時に外した縄が写っていた。

晶「あの写真、お前が撮ったやつか?」

ケンイチの話を聞きながら、晶が龍路に訊くと龍路はうなずく。

路「ええ、孝彦に言われて、友健くん助ける時に撮った現場の写真です。今日の部活始まる前にケンイチに「現場の写真を貸せ」って言われて渡しといたんですよ。」

孝「そういやセンパイ、その時まだ部活に来てませんでしたからね。」

そんな話など気にせず、ケンイチは話を続ける。

ケ「これに写っているのは、そこに立っている椅子と、被害者の首にかかっていた縄だ。つまり、自殺に見せかけるために使われた道具という事になるが……」

そう言って、ケンイチは椅子を持ってクローゼットの前に来た。

ケ「両端の輪を除いた縄の長さはおよそ30センチ。」

そして、昨日のように椅子の上に乗る。

ケ「被害者はオレよりも頭1つ分ほど小柄だったが、オレですらこの椅子を使う場合には縄の長さは5,60センチを要する。…つまりだ、この縄と足台では、自殺は成り立たないことになる。」

そう言われ、初めてこのことを知った滋や美優希はどこか納得したような顔をしている。

ケ「さらに、だ。縄の長さと部屋の構造、首を吊っていた位置から考えれば、被害者が首を吊る直前まで、首に縄のかかった…しかも縄の短さゆえに首から外すことも、ろくに身動きもできない状態でそこの上に寝かされていたことも容易に想像できる。」

そう言って、ケンイチはクローゼットの上を見上げる。

ケ「実際見てみればわかると思うが、そのクローゼットの上には不自然に埃が払われた後もあるわけだしな。」

美「でも待ってよ、首に縄かけてクローゼットの上に寝かせるって…そんな殺されるのがわかってるような状態で、普通大人しくなんかすると思ってんの?」

美優希の反論を聞いて、同じような話を部活で聞いていたメディア部員たちは各々に苦笑したりしている。そんな中、ケンイチはまた4人の方を見る。

ケ「被害者の血液から、睡眠薬が検出されている。」

美「睡眠薬?じゃあ何、アイツを薬で眠らせて、その間に首に縄かけてあの上に寝かせたって言うの?」

ケ「ああ、そうだ。」

あっさりと答えるケンイチに、紗百合は少し不安げに言う。

紗「でも、それじゃあすぐに、自殺ではないとバレるんじゃ……」

ケ「自殺に見せかけるのなら、オーバードーズ…服薬自殺の可能性も示唆することができる。睡眠薬の検出など問題ではない。」

克「はあ?どういうことだよ?」

不満そうにそう言う克昭の後ろで、滋が納得したように言う。

滋「そうか、事故に見せかけるのなら睡眠薬を飲ませたりなんかしたらすぐに殺人だとバレてしまうが、自殺に見せかけるのなら、たとえ体内から睡眠薬が出てきたとしても、睡眠薬を飲んで死のうと思ったが死ねなくて首吊りにした…とかの言い訳ができるという事か…!」

ケ「ああ。…眠らせてしまえば、あの小柄な体が相手なら男も女も関係なく、首に縄をかけてクローゼットの上に寝かすことはできるだろう。あとはその場に居ずとも、被害者が勝手に首を吊ってくれるんだからな。」

淡々と語りながら机の前に移動するケンイチに、紗百合が不思議そうに言う。

紗「勝手にって言っても……それこそ、友健がクローゼットの上で動かなければ首は吊らさらないんじゃない?だったら、誰かが帰ってくるまで動かずに待っていれば……」

紗百合の話を聞いて、修丸と龍海が話し出す。

海「そうですよね、家族が犯人だとしても、3人は犯人じゃないんですから、助けてもらうまでじっとしてればいいですもんね。」

修「……クローゼットから落ちたら死んでしまうとわかってて、それでもあんなことになったということは……それこそ、自分で降りたとしか―」

その時、ケンイチが思いっきり机をたたいた。机をたたく音はもちろん机に乗せていたジャグも落ちこそしなかったが音を立てた。

修・海「うわっ!」

陽「きゃ!」

部員の中でも机の近くにいた修丸、龍海と陽が思わず驚き、修丸は思いっきり縮こまってしまっている。他の部員や梶北の4人は、ケンイチの行動に驚いていた。

路「どうしたんだよ、急に……」

修「そうですよぉ!驚かさないでください!」

泣きそうな声でケンイチにそう言う修丸に、ケンイチは机を見たまま言う。

ケ「よかったな湯堂、高い所に居なくて……」

修「え…?」

一瞬意味が解らなかったものの、修丸はハッとしてクローゼットの上に目をやる。

海「どうしたんですか?」

修「もし、今あの上にいたとしたら……僕、確実に下に落ちてました……」

にわかに怯えだしながらそう話す修丸の話を聞いて、ケンイチは梶北の4人を見て口を開く。

ケ「被害者は少し臆病で、優しくて思いやりのある性格なんだそうだな……」

その言葉は、特に最初の「臆病」が強調されていた。

紗「ええ…でも、友健の性格なんて話したかしら?」

少し不思議がる紗百合だったが、その隣では滋が説明する。

滋「私がしたんだ、さっき家に来てくれた時に、話の流れでな。」

紗「そうだったの……」

そしてケンイチを見る2人に、ケンイチは修丸の方をちらりと見て言う。

ケ「いきなり、見えないところでガラスの割れる音なんかしてみろ。…臆病な人間なら、奴のように咄嗟に体が動いてしまうだろうな。そして家族であれば、被害者の臆病な性格などは理解しているだろう。」

その言葉に、4人全員に緊張が走る。

美「で、でも!あの時あたしは仕事に行ってたし、克昭は大学、母さんはパート、父さんも会社の工場に居たんだよ?!どうやってアイツを驚かすって言うのさ!そんなこと無理に決まって―」

ケ「できるさ……」

美優希の言葉を遮ってそう言ったケンイチに、美優希は思わず驚く。

美「え……」

ケ「コイツと、コイツを使えばな……」

そう言ってケンイチは机の真ん中に置いておいたジャグを机の端に置き、同じく机の上に置いてあったエアコンのリモコンを手に取った。

克「エアコンと、割れたジャグで?」

ケ「まあ、水の入るガラス類なら何でも使えるし、実際に使われたのはこの部屋で割れていたグラスや金魚鉢だったんだろうがな。これはあくまで代用だ。」

そう言ってから、ケンイチは4人に向かって問う。

ケ「ところでお前たち、共鳴振動って知ってるか?」

紗「共鳴、振動……?」

美「何、ソレ…?」

眉をしかめたり、不思議そうな顔をする梶北の4人を見て、ケンイチは小さくいつもの笑みを見せて、リモコンをエアコンに向けた。

ケ「説明するよりも、見た方が早いな……」

そして、ケンイチはエアコンをつけ、数秒ごとに風の強さを変えていく。少しの間はエアコンから風が出るだけで何も起こらなかったが、ケンイチが何回目かのボタンを押したその時……

克「な、なんだよこれ?!」

克昭が、そして他の3人も驚いて見ていたのは、机の上に置いておいたジャグだった。なんとジャグは、誰も手を触れていないにもかかわらず、徐々に徐々に机の外側へと動いて行く。

美「うそ……気持ち悪っ…!」

そして、そんな事を言っているうちにジャグはついに机から落ち、粉々に割れてしまった。ケンイチはその様子や、その事に驚く一同を一瞥してから一息ついて口を開いた。

ケ「あらゆる物体には、外部からの波や振動に反応する性質がある。そして、その波や振動が、物体の持っている固有振動数に近づけば近づくほどに共鳴し、同じ固有振動数を与えられた時にはこのように目に見えるほど大きく振動するんだ。…それを共鳴振動と呼ぶ。」

そこまで言って、ケンイチは一息つく。

ケ「固有振動数は物体の大きさで変わってくるが、その物体の形状が容器状なら、中に水などを入れて調節することで、同じ固有振動数に変えることだって可能だ。…金魚鉢の中の水が明らかに少なかったのは、他のガラス類と同じ固有振動数にするために水の量を調節したからだろう……」

その説明に、みな難しそうな顔を見せるが、孝彦だけがなんとか納得したような顔をしているのを隆平は目ざとく見つける。

隆「おい、俺らにも分かるように説明しろよ……」

孝「いや、俺だって自信はないけど…つまり、どんな物体でも、それぞれが持ってる固有振動数とか言う数値と同じ数値の振動を加えたら、今みたいに目に見えるように細かく震えるってことで、大きさが違う物体でも中に入れる水の量を調節すれば同じ振動でも震えるってことだと思うけどさ……」

その説明にも、隆平は難しそうな顔をする。

隆「全然わかりやすくねーよ!」

孝「俺に言うな、バカ!」

隆「誰がバカだ、誰が!」

今にもケンカが始まりそうだったが、その時に滋も先ほどの孝彦のような顔をしてケンイチに言う。

滋「じゃあ、今のはエアコンの出す風の振動がそのジャグの持つ固有振動数に近づいたという事なのかい?」

ケ「まあ、そんなもんだ。ただ厳密に言えば、ジャグと水の持つ固有振動数とエアコンの発する低周波が一致した、という事だがな。」

晶「低周波?…また予告もなく新しい言葉出しやがって…(汗)」

ケ「低周波は、人の耳には聞こえない周波数を発する音の事だ。だが、聴覚が敏感な人間には、何らかの影響を及ぼすこともある。」

孝「聴覚が敏感…おまえの事じゃないか?」

ケンイチの話を聞いて、孝彦は思わず隆平を見る。隆平もケンイチの話に少し驚いていて、ケンイチに訊く。

隆「なあ、もしかしてその何らかの影響ってのに、偏頭痛はあるのか?!」

その言葉に、ケンイチは小さく笑う。

ケ「ああ、あるとも。頭痛だけじゃなく、耳鳴りや吐き気、めまいなども低周波によって引き起こされる症状だ。そして、低周波を放つ物は日常生活の中に溢れ返っている……たとえば、部室での実験で使った扇風機…自動販売機…道路工事の振動…稼働中の車のエンジン……」

まるでわかっていて言っているようなケンイチに、隆平は静かにも驚く。

隆「じゃあ…俺の偏頭痛ってもしかして……!」

ケ「もしかしなくとも、異常聴覚による低周波公害で間違いない。……低周波公害は原因そのものの撤去は難しいかもしれないが、低周波を発するものに近づかなければ症状も出ない。低周波による頭痛の感覚がわかっているのなら、意図して低周波を浴び続けなければ大丈夫だろう。」

その説明に、隆平は安心したように言う。

隆「そっか、近づかなきゃいいんだな……」

ケ「今回はお前に感謝してやるよ……お前の偏頭痛の理由を考える機会でもなければ、低周波などにはたどり着けなかったかもしれないからな。」

隆「へ…?マジで?」

急に褒められて驚く隆平を見て、ケンイチは小さく目を閉じ、そしてもう一度目を開けた時には、そのまなざしは鋭いものとなっていた。

ケ「話を戻そう。…あのエアコンは確かに常人の耳には不快な音を漏らさない作りになっているが、それだけ、音のうるさいエアコンよりも構造は複雑だ……そして、構造が複雑であるほど発せられる低周波は強くなる。犯人は、扇風機や普通のエアコンを使うよりも確実に被害者を殺そうと、こんなエアコンを選んだんだろうな……」

そう言って、ケンイチは4人のうちの1人を睨むように見る。その視線に気付いた陽が、驚きを隠せずに言う。

陽「もしかして…犯人って……」

その言葉に、ケンイチは先ほどと目線をずらさずにうなずく。

ケ「ああ……この部屋に…梶北友健にエアコンを与えたのはあんただったよな、梶北紗百合……」

その言葉に、紗百合はもちろん、他の3人も驚きを隠せなかった。

紗「ちょっと待って…!それは、私が友健を殺そうとしたと言いたいの?!」

その言葉に、ケンイチは少し面倒くさそうな顔をする。

ケ「おい、そこまで言わねーとわからないか?」

その言葉に、紗百合は悔しそうに言葉を呑む。

克「お前、バカも休み休み言えよ!…そりゃこのエアコンを友健に買ってやったのは母さんだけど、でも!姉貴も言ってたじゃねーか!アイツが首吊った時、俺たちはもちろん、母さんだって家にはいなかったんだぞ?!」

滋「そうだよ…確かにエアコンと水の入ったガラス容器を使えば、身動きのできない友健を驚かせてクローゼットから降ろさせることは可能だという事はわかった。でも、それは友健が首を吊る直前にエアコンを作動させなければ不可能じゃないか!」

妻を疑われて、さすがに平静を保てない滋のまくしたてるような発言を無表情のまま聞いているケンイチを、陽は不安そう見ている。

紗「そうよ…私は友健が首を吊る直前なんて、パート仲間と一緒に仕事をしていたんだから、エアコンをつけに家に戻ったりなんかしたらすぐにバレてしまうじゃない……仕事に出てからだって、一度も1人になったりはしてないわよ……」

少し余裕を持つように胸の前で片手を握っている紗百合に、ケンイチは不敵に笑う。

ケ「そんなもの、タイマーをセットすれば済む話だろう……」

紗「!」

海「タイマーって、つけたい時間にエアコンをつけたり、消したりするやつですか?」

ケ「ああ。大抵のエアコンにならついている機能だし、実際、昨日ここに来た時にタイマーが毎日5時半にセットされていたと言っていたよな?」

そう言ってケンイチが見たのは克昭である。

克「あ、ああ……言ったけど……リモコンに表示されてたし……」

母の劣勢に、克昭は滋とは対照的にだんだんと声が小さくなっていく。

その言葉を聞いて、ケンイチは今度は孝彦の方を見る。

ケ「幾永、お前確か事件が起きた時に時間を見ていたな?」

孝「ああ…まあ、事件が起きてから少し経った後だったけど、賢一が首吊りを見つけてベランダに登った時点では5時30分ちょっと過ぎだったぜ?……―!」

孝彦は自分の言葉に意味に、そして他の部員たちや梶北の4人も孝彦の言葉の意味に気付く。

孝「ってことは、隆平がガラスの音を聞いたのは5時半ぴったりってことか?!」

その言葉にケンイチはうなずき、再び克昭を見る。

ケ「それから、お前は母親がエアコンをいじっている姿を見た、とも言っていたな?」

克「あ、ああ……」

ケ「その時家にいたのは?」

克「え…姉貴も父さんももう出てたから、俺と母さんとアイツだけだけど……」

ケ「では、お前は母親の後にエアコン、もしくはそのリモコンをいじったか?」

克「いじって、ねーけど……」

その言葉を聞いて、ケンイチの口元は小さく笑う。そしてケンイチは紗百合を見据える。

ケ「つまり、最後にエアコンの設定を変えたのはあんたなんだよな?」

そう言われ、紗百合は少し開き直るかのように言う。

紗「た、確かにあの日の朝、最後にエアコンをいじったのは私だけど……でも、タイマーをセットしたとは限らないじゃない!それに…あなたは私が友健にエアコンを買ってあげたことや、あの日の朝に私がエアコンをいじったってだけで私を犯人だって言ってるけど、そんなの何の証拠にもならないわ!もしかしたら私以外の誰かが、エアコンを買った後に友健を殺そうと思いついたのかもしれないし、タイマーだって、友健本人がセットしてた可能性だってあるじゃない!」

克「誰かって…俺たちの事かよ…?」

紗百合の言葉に、克昭はどこか悲しそうに反応した。

紗「ち、違うわ……!そう、そうよきっと友健よ。やっぱり、あの子は自殺だったのよ。あなたはちょっと考えすぎなところがあるみたいだし……」

そういう紗百合を見て、ケンイチはまるで憐れむような目つきをする。

紗「な、何よ……」

ケ「確かに、現場や被害者の状態から確実と言える情報は、踏み台の高さと縄の長さから自殺は不可能だという事、エアコンが毎日5時半にセットされていた事、金魚鉢の周りの水の量から考え、落ちていたガラス片は共鳴振動によって落ちたという事ぐらいで、お前がそれらをやったとは言い切れない。」

紗「ほ、ほら!だったら私は犯人なんかじゃ―」

ケ「だがお前は、オレが共鳴振動のトリックに気付くよりも早く、自らが犯人だと名乗ったも同然なんだよ。」

紗「え……?」

その言葉に、その場に居た全員が驚く。

陽「犯人だと名乗ったって……それってどういうこと?」

そう訊く陽を一瞥し、ケンイチは美優希の方を向く。

ケ「お前、自殺騒動のあった翌日に母親と一緒にメディア部に顔を出したよな?」

その問いに、美優希は自信なさげにうなずく。

美「行ったけど…」

それからケンイチは、おもむろに包帯が巻いたままになっている自らの右手を見せる。

ケ「では聞くが、お前はこの手を見て何か感づいたか?」

そこまで言って、ケンイチはバカにするように小さく鼻で笑う。

ケ「いや、包帯を巻いていることにさえ、その短気な脳みそじゃ気付いてなかったかもしれないか…」

その言葉に、美優希はカッとして食いつく。

美「バカにしないでよ!そりゃ、気付いちゃいたけど、あたしに関係ないことにいちいち口挟むの面倒じゃん!」

ケ「まあ、そいつはごもっともだが。で、なぜお前はコレが自分と関係ないと思った?」

コレとは、右手の事である。

美「だって、あんたがどこで何して怪我したかなんてあたしにわかる訳ないでしょ!」

ケ「そうだな、普通はそう思うよな。…でも、お前の母親はコレを見て心配してくれていたぞ?」

美「…!」

ケンイチのその言葉に、美優希はハッとしておもむろに紗百合を見る。

紗「ど、どうしたの……?」

美「母さん、さ…あの時確か、言ってたよね……?」

紗「だから、何を…?」

美「部屋中でガラスが割れてたって…」

紗「…!」

そんな会話を聞いて、修丸が不思議そうに言う。

修「そう言えばそんなことも言ってたような気がしますけど……でも、そんな驚くようなことじゃないんじゃ……」

しかし、その意見を聞いて龍路は気付いたように言う。

路「あれ…でもさ、確かあの時は紗百合さん、まだ家には戻ってないって……」

その言葉に、他の部員たちもにわかに驚きだす。そして、ケンイチはにわかに包帯をほどきだした。そこには、湿布の巻かれた4本の指が現れ、切り傷の痕やばんそうこうなどは見当たらなかった。

ケ「そう……皮肉にもコレはガラスによる切り傷ではなく、窓ガラスをたたいた時にできた打撲だ。しかしお前は言ったよな?「部屋中にガラスが散らばっていた」と。確かに窓ガラスを割って中に侵入したことくらいは想像できるかもしれないが、それでも「部屋中に」という表現は明らかにおかしい……現場である自宅に一度も戻っていないお前が、「息子が首吊り自殺をした」という連絡を受けただけで、なぜ部屋中にガラスが散らばっていることを知っていたんだ?」

紗「そ、それは……」

言葉に詰まる紗百合を、滋は心配そうに見ている。

滋「紗百合…お前、そんな事を言ったのか…?」

ケ「答えは1つだけ、お前が梶北友健を殺そうとした犯人だから…そうだろう?」

その言葉に、紗百合はもはや何も言わなかった。

克「母さん……なあ、なんか言えよ!じゃないとホントに犯人にされちまうぞ!」

それでも紗百合は何も言おうとしない。そんな紗百合を見て、ケンイチはどこか悲しそうな表情を見せる。

ケ「……オレは、生まれた謎を解き明かせればそれでいい。真犯人を検挙できるかできないか、そんなことには興味がないからな。」

陽「え…?」

いきなりの言葉に、陽が思わず言葉を漏らす。

ケ「実際、あの時の言葉も今の証言も、録音もしていなければ警察が聞いているわけでもない。お前たちがグルになれば、真相を隠しておくことも可能だろう…」

美「な…あんた何が言いたいのさ!」

ケ「別に……オレはこれ以上、この事件に言及することはないと言っている。」

滋「それは……警察に告発しない、という事か?」

ケ「ああ。それをするしないはお前たちの自由だ。」

そう言って、ケンイチは紗百合を見た。

ケ「お前が自首をする、という手もあるが…それだってオレが強要することじゃない。」

陽「ケンイチくん……」

ケ「オレはもう何も強要はしない。……ただ、なぜお前が犯行に及んだか…今回の事件の動機だけは聞かせてくれないか。」

そんなケンイチに、晶は驚いたような顔をしている。

晶「珍しいな、お前がそんな人の心理を知りたがるなんて……」

そういう晶の隣で、隆平が何かに気付いたように、そして切なげな顔をする。

隆「もしかして、友健くんと賢一を重ねてんじゃ……」

その言葉を聞いて、梶北家と友健の関係を知らない、陽と隆平を除く部員たちは不思議そうな顔をしている。そんな中、紗百合がうつむいたまま小さく口を開いた。

紗「我慢、できなくなったのよ……」

滋「我慢…?」

そう訊く滋に何も答えず、紗百合は静かにその場に崩れるように座り込んだ。

紗「滋さん、知ってた?あなたの妹、志麻(しま)さんの旦那……松前寛治郎(まつまえかんじろう)はね、かつて私をゴミみたいに捨てた最低な男なのよ?」

滋「寛治郎くんが、お前を捨てただって…?」

紗「ええ、あの男は女を金でしか見れない男なのよ…最初はしつこく言い寄られて付き合い始めたんだけど、付き合ってからはさんざん私に貢がせておいて、私が「もうお金は出せない」とか、「別れたい」とか言ったらすぐに暴力…しまいには金持ちの娘を見つけて私を捨てたの……でも、私はそれでよかったわ。そのおかげであなたにも出会えたし、あなたとの間に2人も子供ができた。もう一生あの男とは縁が切れたとも思ってた。なのにあの男はよりにもよって志麻さんに近づいて……」

一見、今回の事件と関係なさそうな話題に、滋以外の一同は少し不思議がり始めている。

陽「妹さんとその旦那さんって…もしかして友健くんの本当の両親?」

路「本当の両親って、どういうことだよ?」

友健は引き取られた子だと知らない、陽や隆平以外のメディア部のメンバーは陽の言葉に反応している。

海「そう言えば隆平センパイ、さっき、ケンイチさんが友健くんと賢一センパイを重ねてるとかって言ってましたけど……」

隆「ああ…賢一のハンカチを探しにここに来た時だったと思うけど、紗百合さんから聞いたんだよ。友健くんは本当は滋さんの妹夫婦の子供で、両親が事故死したから引き取ったんだって。」

その話を聞いて、美優希も克昭もどこか嫌悪そうな顔をしている。それに気付いてか、隆平はあえて話を続けた。

隆「それで、滋さんってあのKAJI工業の社長でさ、友健くんが来るまではそこの兄さんが跡を継ぐ予定だったらしいんだけど、思いやりのないアイツよりも優しい友健くんの方が社長に向いてるって、滋さんは友健くんを跡継ぎにしようと思ったんだとよ。」

克「テメェ!何人ん家のことペラペラしゃべってんだよ!」

思わず隆平の前まで歩いてきて、隆平の胸ぐらをつかみあげる克昭だったが、隆平もひるまずにその手を払う。

隆「事実だろうが!この人でなし!」

克「んだと?!」

孝「やめろ、隆平!」

危惧していたように頭に血ののぼりかけた隆平の肩を引き、孝彦が止めに入る。

孝「克昭さんの言う通りだ、少し言いすぎだぞ。」

隆「…ッチ」

悔しそうに舌打ちをする隆平を見て、克昭も少し落ち着いたようだった。

孝「ったく……ん?」

孝彦はふと、紗百合を見て異変に気付いた。紗百合は先ほどとは違い、まるで怒りをあらわにするようにその両手は細かく震えていた。

克「か、母さん…?」

紗「人をゴミみたいに捨てて置いて…私の大事な人の妹に手を出して……やっと死んでくれたと思ったら、今度は何?何で私があの男の子供の面倒まで見なくちゃならないのよ!なんであの男の子供が、克昭を差し置いて滋さんの跡を継ぐのよ!」

そんな紗百合を見て、修丸が少しおどおどと訊く。

修「あ、あの…その寛治郎さんと紗百合さんの関係を、友健くんは知ってたんですか?」

紗百合は目線を変えず、先ほどよりは落ち着いた口調で答える。

紗「知ってるわ…あの男、生きてる時に酔いの勢いで友健にその話をしてたみたいだから。それこそ友健本人が、あの男と私の関係を聞いたって前に言ってたもの……」

そんな紗百合に、晶は最悪の答えを予想しつつ紗百合に訊く。

晶「もしかして…自分を捨てた男の子供だからってだけで、友健くんを殺そうとしたんですか…?」

そんな晶に、紗百合は先ほどよりは落ち着いた声で言う。

紗「もう限界だったの…確かに友健は気が利く子ではあるけど、それだって憐れみに決まってるもの……あの子を見る度にあの男を思い出す私を、自分が社長の座を奪ったことで立場の無くなった克昭を、何もしなくても将来が約束されてる自分と違って仕事で苦労してる美優希を、あの子はただ憐れんで気を利かせてるように見せてただけなのよ……だから、この家族がもっとダメな方に行かないように…滋さんがあの子に入れ込みすぎないうちにって……!」

陽「憐みなんて…そんな……」

悲しそうな顔でそう言う陽だったが、紗百合は自嘲気味に言う。

紗「憐みじゃないとしたら…演技かしらね?」

滋「演技だって…?」

紗「あなたに気に入られれば、いずれはあなたの跡を継げると思って、気の利くいい子を演じていたのよ、きっと。いいえ、間違いないわ!だって友健はあの男の子供だもの!それくらい平気で出来るに決まってる―」

ケ「逃げてんじゃねーよ!!」

紗百合の言葉をさえぎってケンイチは怒鳴った。その声に、皆驚いている。

陽「ケンイチくん…!」

ケ「お前はそうやって、過去の男に振り回される弱さを他人になすり付けて…自分はただ逃げてるだけじゃねーか!」

紗「な、何よ!あなたに何がわかるのよ!」

紗百合もケンイチに言葉に怒りを込めて怒鳴り出すが、ケンイチは少し間をおいて、また落ち着いた口調で答え始める。

ケ「何がわかる、はこっちのセリフだ…!お前は…どんなに新たな家での居場所が悪くとも、それでも他人を責めずに…誰も責めずに前を向き続けた梶北友健の、何を分かっているんだ……」

その言葉に、紗百合は思わず驚く。

紗「ど、どういうことよ……?」

ケ「本当はオレが渡していいものじゃない。だがな…お前には知る必要がある。」

悲しそうな表情でそう言って、ケンイチは数枚重ねて折りたたんである便箋を胸ポケットから取り出して紗百合に渡した。

紗「これは…?」

ケ「梶北友健の机の奥に入っていた、お前たち家族に宛てた手紙の、お前宛ての手紙だ……さっき、お前が病院に行っている間にここに来た時、見つけてオレが持ちだしたんだ。」

紗「友健が、私たちに…?」

ケ「いいから読め……」

そう言われ、紗百合は手紙を開いた。

「お母さんへ

最近疲れてませんか?……僕にこんなこと言われても嫌かもしれないけど、でも本当に心配です。

……実は、お母さんが疲れている原因は僕じゃないのかなって思って、それでこんな手紙を書いたんだ。最近は特に、お兄ちゃんやお姉ちゃんを怒らせることが増えちゃったから。その度にお母さんを心配させちゃってるから……

お母さんはとても優しい人だから、お兄ちゃんやお姉ちゃんが大変な時に僕を引き取るってことになっても、嫌な顔をしないでくれたよね。お兄ちゃんやお姉ちゃんが僕のこと嫌がっても、お母さんはいつも僕は悪くないって言ってくれたよね?…今の家で辛い時もあるけど、お母さんがいてくれるから、僕、頑張れるんだよ。

だけど、本当は僕がこの家に来たことで、この家にいることでみんなにすごく迷惑かけてるって、わかってるんだ。わかってるんだけど、それでも少しでもみんなが喜んでくれるように頑張っても、それがまた迷惑だってこともわかってて、もう、どうしていいかわからなくなっちゃったんだ。

それでね、中学を卒業したらここを出ようと思うんだ。今まで黙っていたけど、担任の先生に相談したら、小さい企業だけど中卒でも大丈夫で、しかも住み込みで働ける職場があるって紹介してくれて、話がまとまったらそこの社長さんと会ってみる予定なんだ。

本当は早くに親に相談しなきゃいけないことなんだろうけど、なんだか、僕に跡を継がせるって言ってくれたお父さんや、新しい仕事が大変でも頑張ってるお姉ちゃん、本当はお父さんの跡を継ぐはずだったお兄ちゃんの気持ちを踏みにじるような気がして…

だから最初にお母さんに相談したかったけど、僕のことでまたお母さんの負担を増やすのは嫌なので、この手紙はお母さんが今よりも元気になったら渡すことにします。お父さんやお姉ちゃん、お兄ちゃんにも手紙でだけどちゃんと伝えるから大丈夫です。

僕がちゃんと働き始めたら、いずれ社長としてKAJI工業を引っ張るお兄ちゃんや、今は1人で頑張ってるお姉ちゃんを支えてあげてください。

この手紙を渡せる日が早く来るといいな。

最後に。

いつもありがとう。僕、お母さんが大好きです。話がうまくまとまったら来年の4月にはここを出るけど、これからも僕のお母さんでいてください。友健」

最後まで目を通し、紗百合は思わず手紙を落としてしまう。その様子を見たケンイチは、極力自分の感情を抑え、しかし芯に怒りのこもる口調で言う。

ケ「お前の愛情は、過去の男を恐れるあまりの偽りだったのかもしれない…だがな、梶北友健は偽ることなく、お前を信じ、家族として愛していたんだ…」

紗「嘘……嘘よ!あの子が克昭や美優希の事を考えてたなんて…私の事、こんなふうに思ってたなんて……」

手紙を読んでいないメディア部や滋たちは何の事かはわかっていなかったが、ケンイチの言葉と紗百合の状態で大体の事は察したようである。誰も何も言おうとはしなかった。

紗「友健…友健……!」

泣き崩れて、友健の名を呼ぶ紗百合の目には、後悔と罪悪の涙が溢れ出ていた。その姿にみな複雑な表情を浮かべたが、その時晶の携帯が鳴った。

晶「あ…先生だ。」

ポケットから携帯を取り出してそう言う晶に、メディア部のメンバーはケンイチを除き、みな興味ありげに晶の周りに集まる。

晶「ハイ…え?!ホントですか?!…ええ、いますよ?あ、はい、わかりました。」

そう言って、晶は紗百合の方を向いて携帯を差し出した。

晶「あの、友健くんが話がしたいって……」

その一言に、梶北の3人も驚いている。

紗「え…?」

克「話って……アイツ、目ぇ覚めたのか?!」

そういう克昭に、晶はうなずく。

滋「紗百合…出てあげなさい……」

滋にそう言われ、紗百合は戸惑いながらも晶から携帯を受け取り、耳元に運ぶ。

紗「もしもし…?」

友「あ、お母さん……?」

紗「友健…?大丈夫なの……?」

友「うん、もう大丈夫。…あの、ごめんね?」

その言葉に、紗百合はひどく驚いた。

紗「な、何言ってるの……!あなた、わかってるんでしょ?あなたにひどいことしたのは誰かって……謝らなきゃいけないのは―」

友「僕だよ…だって、お母さんのこと、また困らせちゃったもん……いっぱい悩ませちゃったもん……」

紗「やめて!」

そう叫ぶ紗百合の頬には涙が流れていた。

紗「あなたは何も悪くないの…全部お母さんが悪いの……!」

友「……ねえお母さん、迎えにきてくれる?あのね、僕、話したいことがあるんだ……」

それっきり何も答えない紗百合だったが、その聴力ゆえに電話の向こうの声が聞こえている隆平は紗百合と目線を合わせて言う。

隆「紗百合さん、行ってあげなよ……アイツの気持ち、今ならわかってあげられるだろ?」

その言葉に、紗百合はただ泣きじゃくりながら何度もうなずいた。そんな紗百合に、隆平はとても優しく微笑んだ。滋も優しく、紗百合を抱きしめてあげていた。

 

㉓(7

事件のすべてが片付き、梶北の4人は友健のいる病院へ、メディア部のメンバーは帰路についていた。もちろん、陽とケンイチは一緒である。

ケ「なあ……」

いつものように陽と距離を置いて歩いていたケンイチが、ふと立ち止まって言う。

陽「え……?」

ケ「お前には…オレはどう見える?」

陽「どうって……?」

ケ「オレは梶北紗百合に、逃げるなと言った。…だが、逃げてるのはオレなんじゃないのか……」

陽の前で立ち止まったまま振り向きもせずにそう言うケンイチだったが、いつもの冷淡な口調の中に、不安と恐れが見える口調だった。

陽「ケンイチくんが……逃げてる?」

ケ「……賢一の精神を死なせないため、なんてもっともな事を言っておいて、本当はオレが恐れているだけなのかもしれない。賢一が前へ進もうとすることを……賢一と向き合う事を……」

その言葉の意味こそわからずとも、陽は思わずケンイチの手を優しく握った。ケンイチは何も言わず、しかし嫌がることもなかった。

陽「逃げてなんかいないわ……」

ケ「なぜ、そう言える……」

陽「あなたは、ヨシくんとちゃんと向き合ってるじゃない……」

ケ「オレが賢一と向き合っている……?フン、寝言は寝て言え。オレは賢一の気持ちを無視して、オレの独断でアイツを真実から遮断して……アイツを今に留まらせているんだぞ……?」

ケンイチの声はひどく不安がこもっている。そして何を想っているのか、陽と繋がっていない片手は拳を握り、小刻みに震えている。

陽「それは……あなたがヨシくんを前に進ませないのは、ヨシくんを守るためだから……誰かを守ろうとすることは、逃げる姿勢じゃ絶対に出来ないじゃない。」

ケ「……」

少しの沈黙の後、ケンイチは陽の手を振り払って歩き出す。

陽「あ、待って…」

その声に、ケンイチはまた立ち止まった。

ケ「前に……お前は賢一の記憶を戻したいと言っていたな。」

陽「え、ええ……」

ケ「記憶が戻れば、賢一の精神は死ぬ……そんなことを聞いた後でも、そう思えるのか?」

その問いに、陽は少し不安そうにうつむいたがすぐに何かを決意するようにケンイチの背中を見る。

陽「ヨシくんは、過去に負けたりなんかしない……」

ケ「……」

何も言わないケンイチに、陽は続ける。

陽「たとえどんなに辛い過去だとしても…ヨシくんはそれを受け止めて、そして前に進めるって信じてる……!」

ケ「何も知らないくせに、よくそんなことが言えるもんだな……」

そう言って、ケンイチは小さく鼻で笑う。

ケ「……そうか、得体のしれない存在のオレが言うことなど、本気にしていないだけか。」

陽「違うわ…」

その言葉に、ケンイチは背を向けたままにして、ひどく驚いた。

陽「あなたのことも、私信じてるんだから……」

ケ「オレを、信じてるだと……?」

陽の言葉に、ケンイチは思わず振り向いて陽の顔を見る。陽はそんなケンイチに、優しくうなずいて見せる。

陽「私ね、ヨシくんが記憶がないことに苦しんでるって話してくれるまで、ヨシくんの記憶を取り戻させてあげようって考えがなかった。…ううん、考えたくなかったの。だって、もし記憶が戻ったら、今までみたいに姉弟として過ごしていけるかわからなくて、それが怖かったから……でも今は、ヨシくんが記憶を取り戻す時は、絶対にヨシくんを支えてあげるんだ!って思えるわ。……ヨシくんを守ろうと頑張っているあなたがいてくれるから、そう思えるのよ。」

ケ「バカを言うな……!オレは……オレは賢一を不幸にした張本人なんだ!なのに、こんなオレの何を信じると言うんだ……」

珍しく迷うような口調のケンイチ。だが、陽は対照的に迷いのない声で言う。

陽「あなたがヨシくんを不幸にしたっていうことの意味は私にはわからない……それでも、あなたは今、たった1人で不安と戦って……必死にヨシくんを守ろうとしてくれているじゃない。」

ケ「……」

何も言わないケンイチに、陽はとても優しく続ける。

陽「あなたが何者かなんて関係ない……私の大事な弟を…ヨシくんを必死に守ってくれるあなたを、私は信じてる。」

その言葉にケンイチは少しの間黙っていた。その沈黙に、陽は気まずそうにうつむき始める。

陽「あの、ごめんなさい……こんな、口だけで信じるだなんて無責任よね……でも私―」

陽の言葉を遮るように、ケンイチは静かに口を開いた。

ケ「なら……オレもお前を信じてやるよ……」

陽「え……?」

ケンイチの顔には堅い決意が見えていた。そして、まるで自嘲するようにうつむく。

ケ「いつからか、なんとなくだが感じていたんだ……たとえお前が賢一の記憶に干渉しようとしなくとも、オレがいくら賢一を真実から遠ざけようとしても、何か……理屈では説明できない何かが賢一の記憶に干渉しようとしている事を。いずれどんな形にせよ、賢一が記憶を取り戻す時が来てしまう事を……」

そう言って、ケンイチは賢一が部屋で叫んだ時に聞いた声を思い出す。

 

 ―?「お前のせいだ……お前が殺したんだ!!」―

 

―?「お前がいるせいで、みんな不幸になるんだ!!」―

 

そして辛そう表情を浮かべ、ケンイチは陽の顔を見る。

ケ「気付いてもいたんだ。その時を少しでも遅らせようとするだけじゃ何の解決にもならないと…オレはただ向き合うべき相手から目をそむけているだけだと、な。」

陽「ケンイチくん……」

陽は、ただケンイチを心配そうに見守っていた。そんな陽に、ケンイチはどこか少しだけ安心の色を見せて、また目を合わせる。

ケ「オレはまだ……賢一の過去と関わってはいけない気がする。だが、お前が賢一の記憶に干渉しようとすることを止めはしない。お前のその行動が、賢一のためのものだと信じてやる……」

その言葉に、陽は思わず嬉しそうに微笑んだ。

陽「……ありがとう。」

ケ「…!」

その顔を見て、ケンイチは一瞬驚きの表情を見せたようだった。しかし陽がそのことに気付かないうちにまた前を向き、静かに歩き出した。陽もそんなケンイチに何も言わず、ただ後をついて行くように歩き出した。

 

​㉔

翌日のメディア部、部員たちは活動もそっちのけに鳩谷の話を熱心に聞いている。

鳩「病院の先生がな、目が覚めたなら峠は越したも同然だから、もう安心だと言ってたよ。」

隆「マジですか!…よかったぁ。」

心底ほっとしてそう言う隆平を褒めるように鳩谷は続ける。

鳩「それと、友健くんの家族が来るまでにお前たちが友健くんを助けたって話をしたらな、お礼を言っといてくれって言ってたぞ。」 

そんな鳩谷に隆平は嬉しそうに笑い、向かい側に座っている孝彦もどこか嬉しそうである。

孝「しかしまあ、世の中何がどう役に立つかなんてわからないもんだよな。」

陽「どういうこと?」

孝「今まで隆平が嫌がってきた地獄耳が、友健くんの発見を早めたから手遅れにならずに済んだようなもんだろ?」

その言葉に、隆平は少し驚いたような顔をする。

隆「孝彦…お前、俺が地獄耳嫌がってたの知ってたのか?」

その言葉に、孝彦は一転して呆れた顔をする。

孝「……んなもん、毎日部活で顔合わせてりゃ誰だってわかるだろ?」

そう言う孝彦を、部員たちは不思議そうな顔をしている。

孝「な、なんだよみんなして……」

路「あ、いや……俺はてっきり、地獄耳は隆平の自慢なのかと思ってたからさ……」

海「僕もですぅ。」

晶「同じく。…お前は?」

晶に話を振られ、修丸もうなずいてから孝彦と隆平を見る。

修「やっぱり、孝彦くんって隆平くんのことをよく見てますよねぇ。」

その言葉に、隆平が本気で嫌そうな顔をする。

隆「孝彦が俺を見てるぅ?!…うっわ、気持ち悪りーなオイ!」

孝「……修丸、お前の目ってンッッッットに節穴だな(怒)」

2人の猛講義(?)に、修丸はいつものようにオドオドし始める。

修「え…!あの、僕、何かマズいこと言いました……?!」

それから、隆平は気を取り直すように言う。

隆「ま、なんかケンイチも俺の頭痛のおかげでトリックに気付いた、みたいなこと言ってたし、確かに地獄耳も捨てたもんじゃなかったな。」

そんな中、賢一が鳩谷に心配そうな顔をして訊く。

賢「先生、あの……」

鳩「ん?」

賢「紗百合さんは……あの後どうしたんですか?」

その質問に部室に緊張が走る。

路「そういや、賢一はケンイチが出てる時のことも覚えてるんだもんな……」

賢「ええ……ケンイチ、昨日は家に帰ってから紗百合さんの事ずっと考えてたみたいで……」

修「え…わかるんですか?」

賢「いえ、わかるって言うか、そんな気がしただけなんですけど……気が付いたらケンイチ、いなくなってましたし……」

その話を不思議そうに訊く部員たちに、陽が付け足すように説明する。

陽「朝起きたら、ヨシくんに戻ってたの。……ケンイチくんが寝ている時の記憶は、ヨシくんにもないんだって……」

晶「ふ~ん、なんか複雑だな(汗)」

そんな晶を見てから、賢一は再び鳩谷の方を見た。

賢「それで、紗百合さんは……」

鳩谷も、不安そうな賢一に少し辛そうに答える。

鳩「自首、したよ……紗百合さんが警察に行った後に旦那さんから聞いた話だが、友健くんは自首しないでほしいと言ったそうだ。紗百合さんは何も悪くない、悪いのは紗百合さんを追い詰めてしまった自分だからと。でも、紗百合さんも「もう逃げたくないから」と、そう言って自首を決めたらしい。」

賢「そうですか…」

そう言った賢一は、どこか寂しそうだった。だが、そんな賢一に気付かず、隆平はいつものノー天気な調子で言う。

隆「なぁ~にしょげてんだよ、賢一!」

そう言って賢一の背中を思いっきり叩く隆平に少し驚きながら、賢一は浮かない顔のまま答える。

賢「いや……強いなぁって、思って……」

その言葉に、陽は何か心当たりがあるように少し切なげな顔になる。

鳩「強いって、友健くんがか?」

賢「友健くんも…紗百合さんもです。友健くんみたいに、誰も責めずに前向きに生きるなんて簡単にはできないことですし、紗百合さんのように、最終的には逃げない道を選ぶことだって……それに、ケンイチだって……」

そう言ってうつむく賢一を見て、陽も同じく浮かない顔になってしまう。そんな2人に、晶は少し呆れたように言う。

晶「まあ、そりゃあケンイチは強いだろうよ……よくもまあ、あんなにズバズバと言いたいことが言えるもんだ。」

路「ホント、あの自信は羨ましいですよね。……ま、あの頭の良さあっての自信なんでしょうけど。」

そんな話をしている2人に、賢一は困ったように言う。

賢「あ、いや……ケンイチは―」

そう言いかけた賢一の肩に陽が手をかけ、振り向く賢一に優しくも寂しげな顔で首を横に振った。

賢「え…?」

少し間があったものの、賢一も陽の言いたいことを理解したように苦笑し、そして前を向く。

路「どうした?ケンイチは…なんだよ?」

賢「いえ、なんでもありません!…ね?」

そう言って陽と目を合わせる賢一に、陽もうなずく。

晶「なんだよ、気になるな!」

陽「気にすることじゃないですよ。友健くんも紗百合さんも、それからケンイチくんも強い。それでいいじゃないですか。」

そう言って、陽と賢一は笑いあう。

隆「いくねーよ!そのぼかし方、余計気になるだろうが!」

そう言って、隆平は賢一の後ろまで歩いてきたかと思えば、ヌルリと賢一の首に腕を回す。

隆「なあ~、教えろよ賢一くぅ~ん!」

賢「いや、ちょっとやめてくださいよぉ!」

隆「大体なぁ!前から言おうと思ってんだ!お前らの今みたいな目配せ、恋人同士みたいで無性に腹が立つんだよ!姉弟のくせに!」

海「あー、隆平センパイったら今全国のきょうだい敵にしましたね!」

孝「気にするな龍海、16、7年も生きてきて未だに彼女がいないからって、後輩に八つ当たりしてるだけだからさ。」

海「そっかぁ、隆平センパイ心狭~い!」

隆「うるせえな!ブラコンは黙っとれ!」

海「わー!センパイが怒ったぁ!兄ちゃ~ん!!」

そう言って龍路の後ろに隠れる龍海。

路「おー、おー、りゅーへーセンパイ怖い怖い。きょうだいの敵だぁ。」

龍海の頭をなでながらもはや棒読みの龍路。そんな2人を見てさらに怒る隆平は、やっと賢一の首に巻いた腕を離す。

隆「龍路まで何ふざけてんだよ!」

そこまで言って、思い出したかのように孝彦の方を見る。

隆「ってか孝彦!お前もさらっと俺の彼女いない歴暴露してんじゃねーよ!」

孝「ホントの事だろうが……ってか、お前いつもだけどうるさいぞ?」

そう言いつつ、自分の机の中から本を取り出す孝彦。

隆「テンメェ~!……よし、決めた!今日という今日こそは白黒はっきりさせてやる!」

修「白黒って……何のですか?」

孝「そんなこと、知るか……」

そう言いつつ本を読み始めている孝彦。そんなカオス(?)な部員たちを見てもはや呆れるしかない晶と鳩谷。

鳩「おいおい、思いっきり話が脱線してるぞー……」

晶「結局、自分ら何を気にしてたんでしたっけね?」

その言葉を聞いて、陽は苦笑気味にも、嬉しそうに小さく微笑んでいた。

陽(M)「いつも自信に満ちた態度しか人に見せないケンイチくんだけど、本当は、ヨシくんを守ろうと必死に戦っていて、その不安と隣り合わせだってこと……今は私とヨシくんの胸の中だけに秘めておきたかった。……そのことを私に話してくれたことが、私を信じると言ってくれたことが、なんだか少しだけケンイチくんに近づけたような気がして、すごく嬉しかったから。弱気になったケンイチくんのことをみんなに伝えることが、彼を裏切るような気がしたから……だけど、ケンイチくんが何者でもいいと思っていたのに、もっと彼を知りたいと思ったのは……どうしてだろう……」

陽はそんな想いと共に人知れず、そして無自覚にも不思議そうな顔をして、どこかホッとした表情でドタバタを見ている賢一を見つめていた。

第5話 Fin

~To Be Continued~

 

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