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「表裏頭脳 ケンイチ」

第2話「口裂け男の恐怖と確立の意思」

1(①)

晶「みんな!今回は時間もない中、本当によく頑張ってくれた!部長として礼を言わせてもらうぞ!」

ここは閏台高校、演劇部の隣にあるメディア部の部室である。6月中旬、物理部で事件が起きてから1ヶ月ちょっとが経った今、メディア部では定期的に月一で発行している月刊の紙面発表とは別に、事件の中傷を防ぐ意味を込めて急遽制作に取り組んだ特別号の、いわゆる「お疲れ様会」をしていた。

鳩「しっかし、久しぶりじゃないか?校長先生から報道内容を褒めてもらえるなんて。」

晶「いえ、校長先生のお目にかかったこと自体が奇跡……って!何言わせるんですか!!」

鳩「いや、すまんすまん!」

晶「ったく……」

恥かしそうにも不機嫌そうな晶を見て部員たちは皆苦笑していたが、ふと孝彦が真面目に、思い出すように言う。

孝「でも、ホント今回の特別号は、あんな短時間でかいたなんて思えないできだったよな。」

隆「「物理部の悲劇!すべての元凶は金だった!!」!ネタがデカかっただけに、書きごたえもあるってもんだ!」

楽しそうにそう語る隆平や孝彦を見て、鳩谷は感心するように言う。

鳩「お前たちがちゃんと、寺尾先生が私利私欲のために犯行に及んだわけではないことをしっかり書いてくれたおかげか、あの記事の発表以来はおかしな噂も聞こえなくなったよ。…事件発生から記事の発表までの時間もかなり短かったしな。響鬼じゃないけど、本当によく頑張ってくれたよ。」

そんな鳩谷の話を聞いて、陽がすこし気まずそうに言う。

陽「でも、ちょっと複雑よね……確かに寺尾先生への誤解は防げそうだけど、なんだかメディア部の評判を上げるために特別号を書いたって感じも否めないし、人の死をこうやって記事にしちゃってよかったのかな?」

賢「そうだね……僕もなんだか、よくわからない……」

陽に賛同する賢一も、どこか気を落としている様子である。

路「何も、面白半分に記事を書いたわけじゃないだろ?大事なのは、寺尾先生の苦悩も理解しようとする気持ちと、篠原さんの死を無駄にしないことだと思うぜ?」

龍路の優しい口調に、陽も賢一も顔を上げた。

修「そうですよ。篠原さんのような被害者が二度と出ないよう、必要以上に先生を責める人を出さないよう、あの事件の真相を正しく皆さんに知ってもらう必要はあるはずですから。」

陽「そうね。…そうよね。それが私たち、メディア部の仕事だもんね!」

隆「それにしても賢一ぅ~、お前あの時はすごかったよな!」

そう言いながら、隆平は賢一の首に腕を回した。

賢「え?!」

海「そうそう!1人で事件を解決しちゃうんですもん!あの時のセンパイ、ちょっと怖かったけどすごかったです!」

賢「いや…あれは…」

孝「お前じゃないんだよなぁ…信じらんないけど。」

路「まあ、逆にあの性格で賢一だって言われても信じられないけどな。」

鳩「まったくだ。あの頭の良さは認めざるを得ないが、あの性格はお世辞にもいい性格とは言い難い。」

難しい顔でそんな話をする3人を見て、賢一は自信を失くすように言う。

賢「でも、彼の方が僕より優れてるのも事実ですし…」

鳩「あ、いや…別にそう言う意味で言ったわけじゃないんだが…」

陽「そうよ、ヨシくん。確かにケンイチくんはすごく頭がよかったけど、でも、ヨシくんはヨシくんでしょ?私はヨシくんがいてくれるだけで、いつも安心できるんだから。」

晶「陽の言うとおりだぞ、賢一。あの事件が解決した次の日、元に戻ったお前を見てどれだけホッとしたことか…」

賢「ひな…センパイ…」

路「それにしても、そのケンイチって言うのが、あの時の、頭キレッキレな賢一の名前なのか?」

陽「名前って言うか、その…ケンイチっていうのは、私が勝手につけてあげただけで…ほら、彼、ヨシくんの名前で呼ばれるの、嫌がってたでしょ?」

孝「そういや、言ってたな。「気安く賢一なんて呼ぶな」とかなんとか…」

隆「で、本人は気に入ってくれたのか?」

そう言われて、賢一と陽は不思議そうに顔を見合わせた。

陽「どう、だろう…」

鳩「どうだろうって、どういうことだ?」

陽「いえ、ケンイチって呼んだ時は怒られこそしなかったけど、勝手にしろって言ってすぐヨシくんに戻っちゃったし、あれ以来彼には会ってないから…」

修「会ってない?」

陽「うん。あれ以来、ヨシくんはずっとヨシくんのままなの。それはそれで、私は安心なんだけど。あ、別にケンイチくんが嫌とかじゃなくてね!」

修「はあ、そうなんですか。」

賢「……。彼が、ケンイチが表に出ていた時に何が起きているかとかは分かってたんだけど、彼が僕の中に戻った後は、何を思っているのか、何を感じてるのか…いや、それ以前に、今も僕の中にいてくれているのか、それがよくわからなくて…」

少し寂しそうにそう言う賢一を見て、佐武兄弟がひそひそと話し始める。

海「ねえ、賢一センパイ、なんか寂しそうじゃない?」

路「う~ん…言われてみれば…」

海「でもさあ、ケンイチさんが出てる時って賢一センパイは何にも出来ないじゃん。しかも、ケンイチさんって結構自分勝手だし…なのに寂しいとかってあるのかな?」

路「そんなん、わかんないよ。俺は多重人格じゃないし…」

そんな2人に、いつのまにか注目が集まっていた。

海「あ、あれ…?僕たち注目の的?」

隆「そりゃあな、そんなに堂々とひそひそ話されちゃあ、気になるだろ?」

路「さ、さすが地獄耳…」

隆「いや、俺じゃなくても気になるって…(汗)」

孝「しかし、結局ケンイチってのは何者なんだ?」

晶「やっぱり、アレか?多重人格ってやつなのか?」

修「いやぁ…多重人格ではないと思いますけど。」

晶「ほう、そりゃまたなんで?」

修「多重人格って言うのは、いつも出ている人格、つまり主人格ですね。それじゃない裏人格が体を支配している間の記憶が、主人格にはないんです。でも、賢一くんはケンイチくんが出ている間の事を覚えていますし、ケンイチくんも、賢一くんの見てきたことや聞いてきたことをちゃんとわかっていましたから。」

賢「僕の見てきたことや聞いてきたこと…?」

修「ほら、誰に教わったわけでもないのに、僕たちの名前なんか、普通に呼んでたでしょ?それに、実際に現場を見たのは賢一くんだったはずなのに、ケンイチくんはそれをしっかり覚えてましたから。」

鳩「そう言えば……。いきなり呼び捨てにされたのは驚いたが…(汗)」

孝「でも修丸、また話はふりだしに戻るが、結局ケンイチは何者なんだよ?」

修「いや、そこまでは僕にも…」

陽「そうなのよね、ケンイチくんにその質問した時もはぐらかされちゃったし、本人が教えてくれないんじゃ…ね?」

修「でも、僕感動しちゃいましたよ!多重人格でないとはいえ、賢一くんとケンイチくんの存在はまさにミステリー!そんな人が僕の後輩だなんて!」

賢「そんな、大げさですよ修丸センパイ…」

修「いいや!大げさなんかじゃありません!ねえ、陽さんもそう思うでしょ?!」

陽「え、えっと…っていうか、なんで私に振るの(汗)?」

修「だって、陽さんは賢一くんのお姉さんじゃないですか!」

陽「だからって…(汗)」

鳩「おいおい、落ち着けよ湯堂…」

修「何言ってるんです?!これが落ち着いていられますか!」

隆「無駄だって、先生。コイツのオカルトorミステリートークは誰にも止められませんから。」

孝「たく、ビビリな癖にオカルト好きとは、世も末だよ…」

海「確かにぃ~…」

修「べ、別に僕はビビリなんかじゃありませんよ…!それに、仮にビビリだとしてもオカルトが好きじゃいけませんか?」

路「ハハハ…(呆)」

皆が修丸に呆れかけたその空気の中、まるでその空気を壊そうとするように修丸がハッと言った。

修「あ、そうだ。オカルトと言えば、みなさんあの噂はご存知ですかね?」

晶「いきなりなんだよ?」

修「いえ、僕も実際に会ったわけじゃないので何とも言えないんですけど、最近、妙な噂が流れてて…」

晶「噂?」

修「ええ。」

そう言って、修丸はいっぺんに真剣な顔つきになる。

修「目撃談は、そのすべてが日もとっぷり暮れたころ…弊踊町3丁目の人通りの少ない路地なんかに……」

そこまで言って修丸は一息置き、自分で話していて怖くなってきたのか、軽く身震いをした。

修「出るんですよ…」

孝「だから、出るって何が?」

痺れを切らしてそう訊く孝彦に、修丸は勢いを増して言った。

修「口裂け男ですよ、口裂け男!」

孝「はあ?」

鳩「おい、それって口裂け女の間違いじゃないのか?……懐かしいなあ、俺が学生の頃、口裂け女が出るってすっごい噂になったもんだ。」

修「いえ、僕が聞いた噂ではとても大きなマスクをした、それこそ背も高い大男だって話です。まるで、それこそ口裂け女の男バージョンみたいだから、口裂け男って呼ばれてるらしくて。まあ、口裂け女と違うところと言えば、現れる時には必ず犬を連れてるそうなんですけど、口裂け男に気付かれると、その犬に追い掛け回されて、追いつかれると食い殺さてしまうとか…!」

そこまで熱く語る修丸に、晶はため息をついた。

晶「…でもよ、それって、タダの噂だろ?」

海「さあ、どうでしょうね?」

晶「ん?」

隆「おい龍海、なんか気になる言い方だな?」

海「いえね、僕のクラスメートなんかも、その口裂け男に出くわして、なんとか逃げ切れたみたいなんですけど、死ぬかと思ったって言ってましたから。」

孝「バカバカしい、何が口裂け男だ。」

海「え~、信じてないんですか?孝彦センパイ!」

孝「どうせ、散歩中の犬にちょっかい出しただけだろ?んで、マスクの方は飼い主がたまたま風邪ひいてただけとかさ。」

路「ハハ、相変わらずの現実主義だな、孝彦。」

隆「ちげーよ龍路、こーいうのはイシアタマっつうんだ。」

孝「誰がイシアタマだと?この能無し野郎!」

隆「能無し~?!バカ言うな!ちゃんと脳みそくらい入ってらあ!!」

孝「だったらスカスカなんじゃねーの?」

隆「この~…!言わせておけば―」

路「入ってるだけマシだ!…スカスカなら勉強でもして埋めりゃあいいだろ?」

隆「ま、まあそうだけど…」

龍路の一言に落ち着いた隆平を見て、龍海と晶が呆気にとられながらそれを見ていた。

海「兄ちゃん、ナイス…」

晶「まったく、お前の兄貴はできた男だな。」

海「いやぁ…」

晶「お前は褒めてない!」

呆れながら龍海にそう言った晶は、ふっと考え込む。

晶「でも、口裂け男か…ネタとしては十分おもしろそうだな。」

賢「え?!センパイ、口裂け男の記事書くんですか?!」

晶「あ、いや…まだ書くと決めたわけじゃないが―」

修「書きましょう!口裂け男!ぜひ!」

嬉しそうにそう言う修丸だったが、鳩谷がジトーっと呆れた視線を送って言う。

鳩「乗り気なところ悪いんだが、書くってことは実際に口裂け男と接触しなけりゃいけないってことだぞ?湯堂、そこんとこわかってるのか?」

修「え…?」

鳩谷の話を聞いて、修丸は一気に青ざめた。

修「センパイ、やっぱやめましょう。」

晶「……。お前って本当にビビリだな(汗)」

修「ビ、ビビリなんかじゃありませんよ!」

隆「なら、臆病。」

修「いいえ!」

海「だったら怖がり?」

修「違います!」

陽「じゃあ…いくじなし!」

修「(ガーン!!!)」

心の中でショックを受けた修丸の悲痛な叫びが聞こえるはずもなく、嬉しそうにそう言った陽の一言に、部室は静まり返った。

陽「あ、あれ…みんなどうしたの?」

鳩「…じゃ、じゃあ俺は職員会議があるから、後は頼んだぞ響鬼。」

晶「は、はあ…」

そう言って逃げるように部室を出る鳩谷を部員全員がジトーっと見つめた後、部員たちはみな各々に思った。

陽「(先生まで…どうしちゃったのかな?)」

路「(先生…せめて修丸を慰めてからでもいいもんじゃないか…)」

修「(陽さんに、いくじなしと思われてたなんて…)」

賢「(ひな、たまに素でひどいことサラっと言うからなぁ…)」

孝「(陽、まさかとは思うが、ひどい事を言ったという自覚がないのか…?)」

海「(怖がりの方が100倍マシだよ、ね?)」

隆「(俺の皮肉が、すごくかわいく思えて来たぜ…)」

晶「(この場は、どうしたものか…(汗))……。さて、物理部の記事の反省、続きやるぞぉ。」

賢・隆・孝・路・海・修「は~い。」

陽「…?はーい!」

 

時刻は18時過ぎ、メディア部の活動が終わってみな帰宅を始めたころ、修丸はふと、いつも通る通学路と、噂の弊踊町の境目で立ち止まった。

修「口裂け男、本当にいるのかな…」

好奇心と恐怖の入り混じったような声でふとそうつぶやくと、ふっと部活でのやり取りが頭をよぎる。

―晶「お前って本当にビビリだな」

隆「臆病。」

海「怖がり?」

陽「いくじなし!」―

そんな言葉を思い出し、修丸はリュックの肩ひもをギュッと掴む。
修「僕だって……僕だってビビリを直したいよ!」
うつむいて悔しそうにそうつぶやくと、キッと顔を上げ、弊踊町の方へと歩を進めた。

 

修「思ったよりひっそりしてるなぁ…やっぱ、戻ろうかな…?」

弱気に独り言を言う修丸だったが、そんな独り言に応えるように、電灯がちらついて灯りだす。

修「うわっ!…びっくりしたぁ、街灯か…」

驚き、続いてホッとした修丸は、さらに続いて目に移った光景に思わず目を疑った。

修「え……」

そこには、大きなマスクをつけてサングラスをかけ、帽子を目深にかぶり、足にかかりそうなほどのロングコートを身に着けた大男が、まるで何かを待つかのように向こうを見て佇んでいた。男の側には、大きな犬が座り込んでいる。

修「(あ、あれってまさか…!)」

ハッとして街灯のついた電信柱に目をやった修丸は驚いた。

修「(さ、3丁目…!?)」

その時、修丸は今日の部活での一場面を思い出した。

 

―修「目撃談は、そのすべてが日もとっぷり暮れたころ…弊踊町3丁目の人通りの少ない路地なんかに……」―

 

修「(間違いない……口裂け男だ……)」

目線の先の男が何者かを理解した修丸は、思わず後ずさりを始めたが、その時に踏んだ砂利の音に大男が気づき、素早く修丸の方に振り向いた。

修「あ!」

その瞬間、大男が連れている犬が立ち上がり、低いうなり声を挙げながら修丸を睨みつけた。

修「い、イヤだ…」

そうつぶやきながら修丸が後ずさりした瞬間、犬が修丸に向かって走り出した。

修「うわぁ!!」

修丸は犬に背を向けて全力で来た道を走り始めた。

 

―修「口裂け男に気付かれると、その犬に追い掛け回されて、追いつかれると食い殺されてしまうとか……」―

 

修「(追いつかれたら…追いつかれたら殺される!)」

部活で言った言葉を思い出した修丸は、とにかく前だけ見て走り続けた。

修「あ!」

足もとも見ないで走っていた結果、修丸は石につまづいて思いっきり転んでしまった。

修「く、来るなぁ!」

上手く立ち上がることもできない修丸は、ただ必死にそう叫んで、今まで走ってきた方を振り向いた。

修「って、あれ?…いない?」

修丸が見た方向には、大男も犬も見当たらないどころか、人っ子1人いなかった。

修「逃げ切れた…のかな?」

それからも、修丸はしばらくの間腰が抜けて立ち上がれなかった。

 

隆・孝「口裂け男に会っただってー?!」

修「ハ、ハイ…!」

放課後のチャイムが鳴り響く中、見事に声を合わせて驚く隆平と孝彦だったが、言い終わってからお互いの顔をハッと見た。

海「わぁお、息ぴったり。」

賢「センパイ方って、もしかしてすごく仲いいんじゃないですか?」

隆・孝「んなわけあるか!」

またまた息ぴったりにそう言う2人に、修丸じゃなくとも賢一と龍海はビクついたあげく、龍海に至ってはいつものように泣きそうな顔をした。

賢「す、すいません!」

海「うぅ…兄ちゃあ~ん!!」

路「おーよしよし。…お前らさあ、俺の弟ビビらせてそんなに楽しいか?」

棒読みに続く呆れ口調の龍路に頭をなでられながら、龍海はいまだ泣いている。

海「うぅ…(泣)」

孝「龍路…龍海とお前のブラコン、なんとかならないのか?」

隆「ってか、それ以前にメディア部のビビリ担当は修丸って相場が決まってるだろ?」

修「ええ?!ぼ、僕はネタ集め担当なんですけど…」

晶「職務怠慢もいいとこだけどな…」

修「そ、そんなぁ…」

部長席に座って頬杖を突きながら、ボソッと言い放った晶に、修丸も先ほどの龍海のように泣きそうな顔をする。

陽「ね、ねえ?!それよりも、口裂け男に会ったって本当なの?」

気まずい空気をぶち壊すように、やや強引に話題を戻した陽に、修丸は半ベソ…といいよりはいつものオドオドした調子で、思い出したかのように陽の方を向き直した。

修「そ、そうなんです!昨日の帰り道、ちょっと気になって弊踊町の方を通ってみたんです。そしたら3丁目あたりに、犬を連れた、それこそ身長180センチくらいの大男がいたんですよ!やっぱり大きなマスクで顔を隠してて、しかもこっちに気付くなり、噂通りに犬が追いかけてきて…」

そこまで言って、修丸は身震いした。

隆「しっかし、お前よく無事だったな?」

賢「センパイ確か、犬に追いつかれたら食い殺されるって言ってましたよね?」

修「そうなんです…!昨日は必死だったからどれくらい走ったかなんて覚えてないんですけど、気付いたらいなくなってて。…たぶん、逃げ切れたってことでしょうけど……もう怖くてあの道は通れませんよ。」

孝「逃げ切れたって、お前、ゲームじゃあるまいし…」

本を読み始めながら呆れたようにそう言う孝彦の言葉を聞いて、龍路が不思議そうに龍海の頭をなでつつ訊く。

路「そう言えばお前、友達が口裂け男に会ったって言ってたよな?」

海「うん、言ったよ。」

路「その子の時はどんな感じだったか、聞いてないのか?」

そう言われて、さっきの泣きベソはどこへやら、龍海は少し考え込んだ。

海「うんとねぇ……うん、そうそう!その子も途中で妙に静かになったからって振り向いたら、もういなかったって!」

修「その人も僕も、運が良かったってことなんでしょうかね…?」

賢「もしくは、本当は人を殺すようなことはしない…とか?」

修「まさか!あれは絶対に殺す気満々でしたよ!…ああ、思い出すだけでも恐ろしい!口裂け男がこっちを向いた瞬間に、犬が唸り声を挙げながら走って来て…」

そこまで言って、また身震い。

路「まあ、襲われた本人がそう言うならそうなんだろうけど……なんつーかイマイチ信憑性に欠けると言うか…」

孝「信憑性もクソもねーよ。怖い、怖いと思うから、犬の散歩をしてる人を見間違えただけだって。コイツ、どうしようもないビビリだからな。」

修「違います!あれは絶対に噂の口裂け男ですって!」

珍しくムキになる修丸を見て、賢一が少し怪訝そうに言う。

賢「孝彦センパイ、今の言い方はちょっとないんじゃないですか?」

孝「なんだよ賢一、いきなり……」

孝彦は、賢一の発言にムッとしてそう言う。

賢「いえ……確かに口裂け男なんて信じがたいですけど、でも、修丸センパイが怖い思いをしたのは本当なんです。それを頭ごなしに否定するのは、ちょっとひどいんじゃないですか?」

孝「……!」

孝彦は、正論を言われて何も言い返せない。

修「賢一くん…」

隆「賢一の言うとおりだな。なあ孝彦、いつものことだが、さっきのは大人げなかったぜ?」

孝「なんだと?!」

路「まあ、いつもの事かどうかは知らないけどさ、賢一や隆平の言う通りだぞ。…今のはちょっと大人げなかったな。」

孝「な…龍路まで…!」

さすがにそこまで言われて、孝彦はついに立ちあがった。

孝「そこまで言うなら、みんなで弊踊町3丁目、行ってみようじゃないか!…修丸、もちろんお前も一緒にだ。」

修「ええ?!またあそこ行くんですか?!」

孝「当たり前だろうが。俺がここまで責められるのは誰のせいだ?お前が興味本位で弊踊町に行ったからだろうが!」

修「そ、そうですけど、でも……」

晶「それ、いいかもな!」

孝彦と修丸の問答を今まで黙って聞いていた晶が、若干嬉しそうな声でそう言う。

修「あ、晶センパァイ……(泣)」

晶「修丸、よぉ~く考えてみろ?昨日は噂だけだからってことで口裂け男の記事を書く企画は流れちまったが、実際に遭遇した部員が出たんだ!これはメディア部として逃すわけにはいかないチャンスだ!」

修「そんなチャンス、逃しましょうよぅ~(泣)せめて!せめて、僕以外の皆さんで行くとか…」

孝「お前に責任があるのに、何言ってやがる!…それにな、俺もセンパイも、また1人で行けって言ってるわけじゃないんだ。」

路「まあ、記事にするってんなら写真は必要だから、俺は必然的について行かなきゃいけないし。」

海「そしたら僕ももれなくついてくるし!」

隆「俺も、実はちょっと見てみたい気もしてたんだ!」

孝「俺も言いだしっぺだからな、さすがに行かないってことにはならないだろ。」

晶「同じく、部長の自分が行かないわけにはいかん。ほらな、これで5人は確定だ。…お前たちはどうする?」

賢「あの、僕も行きたいです。修丸センパイが怖い思いしたのに、何もしないってのも嫌だし。」

そんな賢一を見て、陽は嬉しそうに微笑む。

陽「ホント、優しいのね。」

賢「いや、そんなんじゃないよ。」

さも当たり前のようにそう言う賢一に、陽はまた微笑む。

陽「フフ……センパイ、私も行きます。」

晶「と、いうわけで、決まりだな!一応聞くが、異議のあるもの、挙~手!」

そう言われて腕を挙げようとした修丸の首に、すかさず隆平の腕が回される。そして驚いて隆平の顔を見た修丸に、隆平は不敵な笑みを浮かべる。

隆「一緒に行こうぜ?お・さ・ま・る・くん!」

修「……は、はい~(泣)」

泣く泣く返事をした修丸を見て、さらに不敵な笑みを浮かべた隆平は、嬉しそうに晶の方を見た。

隆「センパイ!この議案は可決しました!」

晶「よし!決行は今日の活動終了後!今日の活動は、それに向けての準備だ!いいな?」

賢・陽・隆・孝・路・海「は~い。」

晶「湯堂修丸くん。…返事は?」

修「は、は~い…」

 

2(④)

口裂け男に会いに行くことが決まり、メディア部員たちは各々やりたいことをして18時になるのを待っていた。

隆「た~だいま~ッス!」

賢「あ、おかえりなさい。」

陽「どうだった?補習。」

隆「おう!ちんぷんかんぷん!」

孝「……勉学不足で部活動に支障が出るなら、部活なんて止めちまえよ。」

隆「んだと、この!お前こそいつもいつも部活動中に本なんか読みやがって!」

孝「俺はいいんだよ、部活でやることはちゃんとやってるし、お前と違ってバカでもないしな。」

隆「だから、毎日毎日人の事をバカって言うな!そんなこと言ったら、賢一だって宿題サボりの常習犯だぞ?!」

賢「ちょ、ちょっと!勝手に人を巻き込まないでくださいよ!」

隆「へっ!本当の事だろうが!」

陽「まあ、反論はできないよね(汗)」

賢「ひなまでそんなこと……ひどいなぁ、もう。」

隆「ほら見ろ!俺とおまえで、「メディア部バカ同盟」作ろうぜ?!」

賢「え~、そんな同盟イヤですよ!」

隆「でも、メディア部の2大バカは俺とお前で決まりだろ?」

孝「隆平、お前なぁ…(呆)バカも休み休み言えって。勉強できないバカのお前と、勉強ができないだけでバカじゃない賢一を一緒にすんなよ、このバカが。」

隆「んだとぉ?!さっきからバカバカうるせえな!」

晶「おいおい…龍路がいないんだから、面倒事起こすなよ?」

賢「ハハ…龍路センパイほど、物事を丸く収拾つける天才はいませんよね。」

陽「ホント。」

そんな中、修丸が人目を気にしながらこっそり立ちあがった…が…

晶「おいこら修丸、まだ部活動中だぞ?」

修「え?!あ、いや…トイレです、トイレ…」

孝「カバン持ってか?」

修「あ!いやこれはですね…」

隆「どーでもいいけどよ、帰るにしたってお前、1人で帰れんのかよ?」

修「大丈夫です!弊踊町は通らなくてもちゃんと帰れるんで!」

晶「……帰るつもりだったんだな?」

修「あ……」

しまった、と言わんばかりの顔でそうつぶやいた修丸だったが…

修「スイマセン!」

そう言いながら、修丸はドアに向かって走り出した。

晶「あ、待て!」

その瞬間、修丸がドアノブに手をかける前に、誰かが外からドアを開けた。

路「今帰りました~…って、どうした?修丸。」

陽「あ、お帰り2人とも。」

部室に帰ってきたのは、ビニール袋を引っさげた龍路と、一緒に出掛けていた龍海の2人だった。

海「フィルムもテープも準備OKでーす!これでばっちり口裂け男撮れますよ!」

修「あ、あのぉ…そこをどいてほしいなぁ…なぁんて―」

晶「どかんでいいぞ。部長命令だ。」

賢「ぶ、部長命令って…」

陽「そんな権限、あったかしら?(汗)」

晶の発言に顔を見合わせる陽と賢一。そして、佐武兄弟も同じくお互いに顔を見合わせる。

海「命令だって。どうする、兄ちゃん?」

路「部長命令なら、どけないだろ?」

修「そんなぁ…」

海「あ!さては修丸センパイ、逃げようとしてたんでしょ?!」

修「い、いや別にそんなことは…ト、トイレですよトイレ!」

路「お前さあ、普通はそんな帰り支度バッチリ整えてトイレに行く奴なんていないぜ?」

修「それ、孝彦くんにも言われました…(泣)」

そんな修丸を見て、晶がやれやれといった具合に息をつく。

晶「さて、そろそろ6時だし、これ以上暗くなるのを待って修丸に逃げられるわけにもいかないし、現場に行ってみるか?」

隆「う~ッス!」

海「うわぁ!いよいよですね!」

路「龍海、興奮しすぎてハメ外しすぎるなよ?」

海「だ~いじょ~うぶ!」

孝「あんまり期待していかない方がいいんじゃないか?今日も口裂け男が出るとは限らないからな。」

修「そ、そうですよ!無駄足踏むくらいなら、今日はもうお開きに―」

隆「でも、出るかもしれないんだから無駄足じゃあないだろ?」

またまた隆平の腕回しが入り、修丸は言い返せないでいる。

晶「よし!じゃあ、自分は先生に活動報告してくるから、くれぐれも修丸が逃げ出さないように頼んだぞ。」

隆「ウィ~ッス!」

孝「お前、なんか嬉しそうだな…」

隆「ほっとけ(嬉)!」

修「はぁ~…」

晶が職員室に行ってから少しして、部室のドアが開いた。

賢「あ、晶センパイおかえりなさ…って、先生?」

鳩「おう!響鬼から口裂け男を見に行くって聞いてな、お前たちに何かあったら大変だからな、俺も行くことにしたんだ!」

孝「先生、なんか嬉しそうですね…(汗)」

路「大方、自分も口裂け男を見てみたいって魂胆でしょ?」

鳩「ま、まさかそんな子供じみたことを教師の俺が言う訳―」

晶「あれ?さっきはそう言ってませんでしたっけ?「お前らずるいぞ!俺も口裂け男を見てみたい!」とかなんとか…」

鳩「そ、それはその……ハイ、言いました。」

陽「フフ…先生、なんかかわいい♪」

鳩「そ、そうか?…ハハ」

隆「あれ?先生またまた嬉しそうっスね?」

鳩「そりゃあ、教え子に褒められたら嬉しいだろ♪」

海「それにしたら、顔赤くないですかぁ?」

ニヤついてそう言う龍海に、鳩谷は少し照れくさそうな顔をする。

鳩「まあ~、実はな…俺がお前たちと同じ高校生だった頃に好きだった女の子と宗光がなんとな~く似てる気がしてなぁ…あ、いや!別にだからと言ってやましい気持ちがあるわけではなくてだな!ただ単にお前の笑顔を見るとその女の子の事を思い出すというか……」

路「ダメですよ、先生。陽には姉想いな弟君がいるんだから。なあ?」

賢「ちょ、センパイ!(汗)そりゃあ、ひなは姉として大好きですけど、人をシスコンみたいに言わないでくださいよ…」

孝「まったくだ、お前も立派なブラコンだろうが。」

路「まあな!俺は龍海が大好きだ!」

海「わぁ♪僕も兄ちゃん大好きぃ!」

鳩「と、とにかく!俺は別にやましい気持ちなんてこれっぽっちも…!」

鳩谷はそう言いかけて、ふと晶の視線に気付いた。

晶「……なあ、いい加減行かないか?修丸が可愛そうになってきた。」

そう言いつつ、晶は片手で今にも走り出しそうな格好の修丸の襟をつかんでいる。

鳩「そう思うんだったら、お前も離してやれよ…」

 

部室でのやり取りの後、メディア部はついに弊踊町に辿り着いていた。18時を回ったこの時間、もともと人通りの多くない路地はひっそりとしていて、メディア部の足音が響き渡る。

晶「修丸、今何丁目くらいだ?」

修「え?!えっと…」

孝「4丁目ですよ。ったく、電柱に書いてるだろうが…」

修「す、すいません…」

鳩「ん?幾永、お前なんか不機嫌だな?」

孝「別に、そんなことありませんよ。」

鳩「そうか?」

隆「そうそう、大人げないって言われたことに腹立ててるだけですから。」

孝「なんだと?お前じゃあるまいし…」

隆「あぁ?!そりゃどーいう意味だよ!」

孝「言った通りの意味だっての。」

隆「俺のどこが大人げないって言うんだよ―」

路「たかだか16、17歳、俺たちみ~んなガキだから。…な?」

いつもの流れで、平然と孝彦と隆平の間に割って入った龍路。

隆「そ、そうなのか?」

孝「まあ、言われてみりゃ、それもそうだな…」

龍路の言葉に、いつものように落ち着き始める隆平と孝彦。

晶「龍路、グッジョブ!」

賢「龍路センパイも来てくれて、ホントよかったですね、センパイ。」

晶「ああ、この安心感はたまらないな。」

陽「ふふ!そうですね。……きゃっ!」

晶の言葉に微笑んでそう言う陽だったが、いきなりついた街灯に驚いた。

海「だいじょーぶ!街灯がついただけですよ!」

陽「え?あ、ホントだ。びっくりしたぁ。」

龍海に言われて上を見た陽は、チカチカと灯る街灯を見てホッとした。が、すぐに様子のおかしい修丸に気が付いた。

修「あ…!」

陽「修丸くん?…どうしたの?」

修「こ…このすぐ先です!僕が昨日口裂け男を見たのは!」

海「ホントですか?」

修「ハイ……!……昨日、ちょうど今みたいに街灯がついて驚いて…それからちょっと歩いたら……」

そう言って、修丸は目線を前に向けた。

修「……!」

鳩「ん?どうした?」

修「あ…あれ!」

隆「あれって……な?!」

修丸が指差す方を見て、隆平も思わず驚いた。それにつられ、他のメンバーもその方向を見た。そこには、まだかなり距離があるものの、昨日修丸が見たと言うマスクの大男と、そのそばに座っている犬がいた。

晶「あ、あれがお前の見たって言う口裂け男か?」

修「ハ、ハイ…!間違いありませんよ!」

海「うわあ、本物だぁ…!あ、ビデオビデオ!」

驚きつつも、いつもの調子でビデオを回し始める龍海。

孝「マ…マジかよ…!口裂け男なんて本当にいるわけ…!」

隆「バ、バカ…!疑うよりもテメエの目ん玉信じろよな…」

驚愕の孝彦に、隆平も同じく口裂け男を凝視したままそう言う。

賢「修丸センパイ、あれって、気づかれたら犬に追いかけられるんですよね?」

修「え、ええ…口裂け男の合図で、こっちに向かってきて…」

鳩「これだけ距離があるからか?まだこっちには気づいてないみたいだが…」

晶「と、とにかく………どうすりゃいいんだ?」

孝「は…?」

路「あの、センパイ?もしかして口裂け男見つけたらどうするかとか、考えてなかったんですか?」

晶「いや、まさか出るとは思わなかったから…(汗)」

鳩「響鬼!お前、部長だろうが!」

海「せ、先生、声大きいですって!」

龍海が驚いてそう言った瞬間、修丸が小さく「あ…」と声を漏らし、口裂け男のいる方を指差した。すると、なんと口裂け男が鳩谷や龍海の声に気付いたのか、いつの間にかメディア部たちの方を見ていた。

賢「こ、こっち見てる!」

隆「気づかれたんじゃね?!」

修「は、早く逃げないと―!」

修丸が言い終わるか否か、今までおとなしく座っていた犬が立ち上がり、唸り声を挙げながら攻撃態勢を取り始めた。

晶「て、撤収!みんな逃げるぞ!」

晶がそう叫ぶと、メディア部は全員来た道の方へ走り出した。

陽「あっ!」

しかし、体力的にか、一番後ろを走っていた陽が慌てた拍子につまづいてしまった。

晶「陽!」

陽の側を走っていた晶が気づいたが、陽のもとに駆け寄ろうとした瞬間に誰かがその横を通り過ぎた。

晶「え…」

その間に、犬は陽に食いつこうと飛び掛かっていた。

陽「や…!」

恐怖に目をつぶった陽だったが、痛みの代わりに何かが軽くぶつかる感触を感じた。

陽「え…」

そうつぶやいて目を開けた陽が見たのは、自分のカバンを犬にかませて犬を抑えている賢一だった。

陽「ヨシくん…!」

晶の声で陽がつまづいたことに気付いたのか、逃げるよりも陽を心配して他の部員たちも立ち止まっている。

孝「アイツ、カバンで…!」

隆「すげぇ!」

賢「大丈夫?立てる?!」

陽「え?う、うん!」

賢一の声に余裕のなさを感じた陽は、答えるや否やできるだけ早く立ち上がった。

賢「走るよ!」

そう言うと、賢一はカバンを力任せに振り回し、犬はカバンに振られて吹っ飛んだ。そして、カバンから犬が離れた瞬間を逃さず、賢一は陽の手を引いて走り出し、それを見た部員たちも再び走り出した。しかし、犬は想像以上の速さで体勢を立て直し、賢一たちに向かってくる。

陽「ま、また来たよ!?」

賢「え?!」

陽が賢一にそう教えた瞬間、犬は再び飛び上った。と、その瞬間に賢一は陽を突き飛ばした。

陽「ヨシくん!」

賢一は背後からの襲撃に、陽をかばうだけで精いっぱいだった。そのために、犬は賢一の左腕に食いついていた。そして、陽には賢一の取った行動の意味がわかっていた。だからこそ、賢一を呼ぶその声は、今にも泣きそうだった。だが…

賢「佐武!フラッシュを焚け!」

その声を聞いて、部員たちはみなハッとなった。

路「え?!」

賢「早く!」

路「わ、わかった!」

賢一の剣幕に押され、龍路は慌てて鞄からストロボを取り出し、カメラに装着してシャッターを切った。その瞬間、ストロボの光に反応した犬はさっきとはうって変わってひるんだ声を出し、その隙に賢一は犬の腹に蹴りを入れ、再び陽の手を引いて走り出した。

陽「あ…!」

そんな賢一の顔が見えた陽は、思わずそう漏らしたが、何を言う暇もなく、メディア部はその場を後にした。

 

海「も、もう走れない…!」

晶「と、とりあえずついて来てないみたいだし、大丈夫だろう…」

しばらく走った後、メディア部はみな息を切らして立ち尽くしていた。

路「しかし賢一、お前すごい機転だったな!カメラのフラッシュで犬をビビらせるなんて…」

賢「フン…誰が賢一だ…」

今までブロック塀に手をついてうつむいていた賢一は、息を切らしながらも吐き捨てるようにそう言った。

路「お前…!」

陽「やっぱり、ケンイチくんなのね…?」

ケ「フン…」

路「じゃあ、さっき俺に指示を出したのも、ケンイチだったのか…」

晶「でもケンイチ、お前なんで…」

ケ「あのまま、全員犬に食い殺されたかったのか?」

晶「あ、いや…それは…」

ケ「だったらウダウダぬかすんじゃねえ。」

修「あの…もしかして僕たちのために出てきてくれたんですか?」

ケ「寝言は寝て言え。神童賢一が死ねば、オレの存在も死ぬ。オレは、オレ自身のために出てきただけだ。」

陽「ケンイチくん…」

ケ「やめろ…」

陽「え?」

ケ「その顔だ。お前は、そんな顔でしかオレを見れないのか?前だってそうだ。そうやって、人をやっかむような、もしくは、賢一を憐れむような…」

陽「わ、私そんなつもりじゃ……」

孝「おい、前だってそうだけど、お前なんでそう言う物言いしかできないんだよ!」

ケ「フン…バカは黙ってろ。」

孝「バ…?!俺が、バカ?!」

隆「へー、お前バカだったのかぁ!」

イヤミったらしく、かつわざとらしくそう言う隆平を、孝彦はキッと睨む。

孝「なんだと、このバカが―」

海「でもケンイチさん!さっきのアレって…犬ってフラッシュが嫌いなんですか?」

さすがは龍路の弟、龍海も少し強引ながら孝彦と隆平のケンカを見事止めて見せる。

ケ「犬は嗅覚が優れている反面、視覚は色すら識別できないほど悪い。…得てして視力の良くない動物は、光を嫌う傾向にあるんだ。」

海「へぇ…」

路「しかしまあ、その機転といい、一撃で犬をひるませる蹴りといい、お前ってホントすごいな!」

陽「…あれ?でも、ケンイチくんって力とか運動神経は良くないんじゃ…」

思い出したように陽が言う。

路「へ?そうなのか?でもあんなでっかい犬をひるませるなんて、相当脚力がないと―」

ケ「犬は大小関わらず、腹への攻撃に弱い。急所を狙えばあれくらい誰だってできる。」

晶「はあ~…。本当によく物を知ってるな…」

鳩「まったくだ。一体どこでそんな知識を得てるんだ?」

ケ「そんなこと、お前らに関係ない。」

陽「ちょっと、ケンイチくん…!」

鳩「わ、悪い…」

晶「先生が謝ることないでしょ?(呆)…とにかくだ、ネタとしては惜しいが、これ以上口裂け男に関わるのは危険だな。」

鳩「そうだな。俺も顧問として口裂け男の記事を書くのは賛成できん。お前たち、このネタは諦めるんだ。」

修「言われなくても、そのつもりですよ…」

路「お前は2回も追いかけられてるもんな。」

隆「お前じゃなくても、あれはこえーよマジで!」

孝「怪人だろうがなんだろうが、殺意がある危険人物なのには変わりないしな…」

晶「とにかく今日はもう帰ろう。いつまでもここにいたって仕方ない。」

海「そうですね。また追いかけられても嫌だし。」

鳩「じゃあ、帰るか。」

鳩谷が歩き出すとみんなも来た道を学校の方向へ歩き出したが、1人不機嫌そうに立ち尽くすケンイチに、陽は気付いた。

陽「私たちも帰ろう?」

ケ「…フン。」

そう言い放ち、ケンイチは陽を足早に抜いて行った。

陽「……」

 

家に着いて、陽はまた賢一の部屋のドア越しに話しかけていた。

陽「ねえ、部屋に入れてよ…」

ケ「断る。1人にさせろバカ。」

陽「だって、腕痛いでしょ?軽くしかできないけど手当しなきゃ…」

ケ「そんなことで構うな。血も出てない。」

陽「え?そうなの…?」

ケ「……」

何も答えないケンイチに不安な気持ちを覚え、陽は気になっていることを訊いてみた。

陽「ねえ、ヨシくん今どうしてるの?」

ケ「知るか。」

陽「知るか、って……もう!」

がっかりしたようにそう言って、陽はドアを背にしてしゃがみこんだ。

ケ「わかんねーんだよ。」

陽「え?」

ケ「前はアイツがオレを呼んだから出てやった。だからアイツの心情は手に取るようにわかってたんだ。」

陽「呼んだって、どういうこと?ヨシくんがあなたを呼んだの?」

ケ「まあ、直接呼ばれたわけじゃない。ただ、心の中で助けを求める声が聞こえたんだ。」

陽「助け……」

ケ「アイツは…賢一は、本人の知らないうちに働く直感が人より強い。だから、その直感が自身の心を守ろうとしてオレを呼んだんだろうな。」

陽「直感、か……この前保健室で言ってた、篠原さんの死を予知していたって、そういう事だったのね。」

ケ「……」

陽「ねえ、今回もヨシくんはあなたを呼んだんでしょ?…だからあなたは出てきてくれたんでしょ?」

ケ「いや……」

陽「え?」

ケ「呼ばれてなんかないんだ。今回はオレがアイツを押しのけて出た。」

陽「それって、ヨシくんの意思とは関係なしにってこと?」

ケ「……。いくら運動神経がいいと言ったって、あの状況じゃあ犬に食い殺されるのがオチだ。アイツのせいでオレの存在まで死ぬなんて、冗談じゃないからな。こうなりゃアイツの意思なんて関係ねーだろ。」

そこまで言って、陽には見えないとわかっているからか、ケンイチは珍しくふっと切なそうな顔をした。

ケ「だから、今アイツが何を思っているのかわかんねーんだ…」

その声の変化に気付いたのか、陽は少し驚いた。

陽「ケンイチくん……?」

ケンイチも、陽に自分の心境を気付かれたと思ったのか、さっきと同じようないつもの口調に戻った。

ケ「とにかく、悪いがオレはまだ引っ込むつもりはねーからな。」

陽「え?!」

ケ「おかしいんだよ…」

陽「おかしいって、何が?」

ケ「あの噛み方は本気じゃなかった…」

陽「本気じゃ、なかった……?」

ケ「ああ。あの犬、カバンに噛みついた時には牙が、中身も含めて貫通していた。そんな力で噛みつかれれば骨の1つもへし折れるだろう。だが、オレの腕を噛んできた時には、そんな力なんか微塵も感じなかった。どちらかと言えばただ咥えていただけと言うべきか…まあ、あの時はそんなことには気づいていなかったから賢一を押しのけたわけだが。」

陽「咥えていただけって…どういうこと?」

ケ「あの攻撃に、人間に対する殺意はなかったということだろう。だが、犬に攻撃対象によって力を調節するなんて、そんな知性があるとは思えないがな……となると、あの男の意思が働いていると考えるのが妥当だろうな。」

陽「じゃあ、あの男の人が犬に指示を出して私たちを襲わせたっていうの?」

ケ「どんな指示だかは知らないが、それは明らかだ。あの時、オレたちが口裂け男と犬を見つけた時のことを思い出してみろ。」

陽「え?えっと…」

ケ「あの時、オレたちに気付いたのは男だったか?犬だったか?」

陽「男の人の方だったわ。先生や龍海くんの声が大きかったから…」

ケ「それだ。その時点で、犬は指示を受けていたことになる。」

陽「え?」

ケ「犬の嗅覚を考えれば、あの距離なら男が気付くずっと前にとっくに気付かれていたはず。だが、犬は男がオレたちの方を見るまでじっと待っていた。つまりだ、あの犬は男の指示に従って、オレたちに気付いていてもその場で沈黙を通した。」

陽「じゃあ、男の人が私たちを見たことが、襲えっていう合図だったのかしら?」

ケ「いや、どんなに訓練された犬だとしても、そんなことで指示を読み取り、行動するなんて不可能だ。…だが、事実あの犬はあの状況で男の指示を受けて行動していた。そのカラクリがわかんないことには、オレは引っ込むわけにはいかねーんだよ。」

陽「ケンイチくん…」

ケ「奴の目的、合図もなしに犬を操るカラクリ、口裂け男の正体……」

そう言って、ケンイチは小さく拳を握った。

ケ「生まれた謎は解き明かす。それがオレの使命だ…!」

 

翌日、陽は1人で学校へと向かっていた。

陽「(もう…ケンイチくんったら、昨日は結局部屋に入れてくれなかったし、あれから一言も口きいてくれないし、今朝だって1人で学校行っちゃうなんて)…」

そう思いながら、陽は今朝の事を思い出していた。

 

―陽「おはよう、お父さん!」

父「おう、おはよう。」

自分の部屋のある2階から1階のリビングに降りてきて、食卓テーブルでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる陽一郎にあいさつをする陽は、ふっと食卓の上を見た。

陽「あれ?ヨシくん…じゃなくてケンイチくんの分は?」

父「ああ、賢一…じゃないな、ケンイチならさっき家を出たぞ?」

陽「え!?」

父「学校にはまだ早いだろうって言ったんだが、お前が起きると一緒に登校させられるからと言って、さっさと朝食食べて出て行ってなぁ。賢一ならいざ知れず、ものすごく気まずい朝食だった(泣)」

陽「……」

父「陽?どうした?」

陽「私のこと、嫌なのかな…?」

父「へ?」

陽「ケンイチくん、私の事嫌いなのかなぁって…」

父「お、おい陽!…そんなに悩むことないだろう?!…あーいうのはお前に限らず、人付き合いが苦手なんだよ!だからできるだけ1人でいようとしている。きっとそういうことだ!」

陽「お父さん…」

必死に説明する陽一郎を見て、陽は小さく笑ってつぶやいた。

父「だから、そんなに悩むんじゃない。ほら、またケンイチの奴、自転車を置いて来てるんだろ?歩きなんだから、早く朝食食べて支度しないと遅刻するぞ?」

陽「そうね……じゃあ、いただきます!」―

 

陽「(まあ、前みたいに嫌がらないで自分から学校に行ってくれただけでも、まだいいか……)」

そう思って、陽は憂鬱そうな顔をしてうつむいた。

陽「(別にケンイチくんが嫌いって訳じゃないけど、早くヨシくんに戻ってくれないかな……)」

 

放課後、陽は1年生の教室までケンイチを迎えに行っていた。

陽「(今日はまだ1回も会ってないけど、勝手に帰ったりしてないよね…)」

不安そうにそう思いながら廊下を歩く陽は、1年生の教室のある廊下に差し掛かった。

陽「(あ、よかった…)」

そう思った陽の目に映ったものは、考え事をするように、廊下の窓を開けて頬杖をついて外を見ているケンイチだった。

陽「ケンイチくん!」

そう声をかけられて、ケンイチは億劫そうに陽の方に顔だけ向ける。

ケ「宗光か……何の用だ?」

そう言われて、陽は少し困った顔をした。

陽「あの……できればその宗光って言い方、やめてほしいな……」

その言葉に、ケンイチは再び窓の外に目線を移す。

ケ「なぜだ?」

陽「えっと……ヨシくんは、いつも名前で呼んでくれてたから…」

ケ「何度も言わせるな。オレは賢一じゃないんだ。誰をどう呼ぼうが、オレの勝手だろうが…」

そう言われて、陽は何も言い返せなかった。

ケ「で、もう一度訊くが、何の用だ?」

そう言われて、陽はハッとした。

陽「あ、その!…部活、行こう?」

そう言う陽に、ケンイチは最初窓の外を向いたまま何も言わなかったが、

ケ「めんどくせぇ…」

少しの沈黙の後に、そう言い捨てながらふっと振り向き、部室のある方へと歩き出した。

陽「あ、ちょっと!」

いきなりのケンイチの行動に、陽は驚きつつも慌てて彼の後を追った。

3(⑪)

陽「失礼します…」

ケンイチに追いついた陽とケンイチが部室のドアを開けると、スーツを着た見知らぬ男と修丸が何やら話し合っていて、まだ来ていない佐武兄弟を除く他の部員たちや鳩谷も静かにそれを聞いていた。

修「陽さん、ケンイチくん…」

鳩「遅かったな。…って、お前まだ戻ってないのか?」

ケ「…黙れ。」

鳩「え、あ、いや……」

ケンイチの剣幕に押されて黙った鳩谷を見て、陽が気まずそうに言った。

陽「すいません先生…それで、その人は?」

孝「ああ、俺の親父だよ。」

そう言って父親だと言う男を見る孝彦に続き、男は胸ポケットから黒い手帳を取り出した。

将「初めまして。警視庁の幾永将通と言います。」

晶「すごいよな、孝彦の父さんが警察だったなんて初耳だよ。」

孝「あれ?言ってませんでしたっけ?」

晶「ああ、それも捜査一課の警部補だなんてな。」

ケ「おい、それよりもなんで警察がこんなところにいる?…親子団欒なら家でしろ。」

隆「お、おいバカ!お前、孝彦の親父さんに失礼だろ!」

ケ「バカにバカと言われる筋合いはない…」

隆「お前~!孝彦みたいなこと言いやがって!」

晶「……(呆)おい隆平。親父さんの前で孝彦が人のことをすぐにバカにするような言い方をするのは、失礼じゃないのか?」

隆「これは失礼ではありません!真実です!」

ケ「バカが…」

隆「なんだと?!」

陽「ちょっと落ち着いて、隆平くん!ケンイチくんも、そんなに気安く人をバカなんて言っちゃだめよ!」

ケ「フン…」

そう言って、ケンイチはそっぽを向いた。

陽「もう…」

その時、龍海と、龍海を迎えに行っていた龍路が部室に入ってきた。

海「遅くなりましたぁ!」

路「って、その人誰だ?」

陽と同じような反応の龍路を見て、将通は少し苦笑いをした。

将「どうも、孝彦の父です。」

隆「捜査一課の刑事なんだってよ。」

海「刑事って、警察?!うわぁ、僕スーツの警察官って初めて見た!」

そう言って持っていたビデオを回し始める龍海に、将通は呆然としてしまう。

路「あ、すいません。コイツ俺の弟なんですけど、人よりビデオが好きなもんで。」

鳩「そーいうお前も、人よりカメラが好きだろう?」

路「ま、兄弟ですからね。」

さも当たり前と言ったようにそう言う龍路に、鳩谷は苦笑する。

ケ「くだらん話は外でしろ。」

少し苛立った様子でそう言ったケンイチは、再び将通の方を向き直った。

ケ「もう一度訊くが、捜査一課の刑事が何の用だ。」

その態度に、将通は一瞬戸惑った後にすぐに真剣な顔になり、話を始めた。

将「孝彦から聞いたが、君たちは昨日、口裂け男と呼ばれている人物と遭遇したそうだね。」

ケ「それがどうした?」

将「実は昨日の夜…その人物が出没する付近で、犬に噛み殺された死体が見つかったんだ。」

その言葉に、まだ話を聞いていなかった4人のうち、陽と佐武兄弟は驚いた。

海「え?!」

路「マジかよ…!」

陽「死体って、人が死んだってことですよね……?」

将「ああ。状況的に見れば野良犬の仕業だとも取れるが、孝彦から口裂け男の話を聞いたすぐ後の出来事だったから、その人物の犯行でないかという見方も出てきてな。だとすると、これは無差別殺人の可能性が高い。それで、目撃者の君たちから話を聞きたいんだが、協力してくれるかい?」

その話を、陽も佐武兄弟も真剣に聞いている。

海「もちろんです!」

意気揚々と答える龍海だったが、それと相反して龍路は少し困ったような顔をした。

路「と言っても、俺たちただ逃げ回っただけなんですけど…」

龍路同様、陽も同じように困ったような顔で考え込んでいたが、フッと何かを思い出したように顔を挙げた。

陽「あ、でも龍海くん、あの時ビデオ撮ってなかったっけ?」

路「そういやお前、ビデオ回してたな。」

その言葉に、将通は反応した。

将「ビデオがあるのかい?」

海「ハイ!途中走りながら撮ったんでぶれちゃってるかもですけど。」

将「そうか…君、よかったらそのビデオを貸してもらいたいんだが…」

海「いいですよ!」

そう答えてショルダーバックの中を探り始めた龍海は、ふと思い出したかのように龍路を見て、バックの中で見つけたビデオテープを将通に渡しながら言った。

海「そう言えばさ、兄ちゃんも写真撮ってなかった?ほら、ケンイチさんに言われてさぁ。」

路「あー、そういや撮ったな。…あの、口裂け男じゃなくて犬の写真が1枚だけなんですけど、よかったら使います?」

将「本当かい?いや、写真もあると助かるよ。…すごいな、君たち。写真やビデオをしっかり撮っているとは。」

路「俺たち、この部活じゃあそう言う係ですからね。あ、まだ現像してないんで、フィルムでもいいですか?」

将「ああ、それならフィルムを貸してくれれば、こっちで現像しておくから大丈夫だ。」

路「わかりました。」

将通の話を聞いて、龍路は首から下げたカメラからフィルムを取り出した。

将「ありがとう。これでいくらか犯人に近づけそうだ。……じゃあ湯堂くん、また何か思い出したら教えてくれ。」

修「ハイ…」

海「思い出したらって?」

不思議そうに訊く龍海。

修「ほら、口裂け男の話を最初にしたの、僕じゃないですか。そのことですよ。それに、僕の場合みなさんより1回ですけど多く遭遇してますし、なんていうか、聞いた噂で何か思い出しきれてない事があるような、こう、もやもやすると言うか…」

孝「まあ、無理して思い出そうとしなくても大丈夫だよ。なあ?」

将通にそう訊く孝彦に、将通もうなずく。

将「ああ。…とにかく、これ以上の被害が出ないうちに容疑者を探さないといけない。何しろ相手は無差別殺人犯の可能性が高いからな。」

その時、今まで黙っていたケンイチがボソッと口を開いた。

ケ「バカか…」

将「え?」

ケ「お前、本気で無差別殺人だと思っているのか?」

そんなケンイチに、将通は少し困ったように言う。

将「今までの事から考えてもそうだろう?君たちや湯堂くんが遭遇する前から噂になっていたという事は、他にも襲われた人がいたという事だ。それに、現に君は腕を噛まれたそうじゃないか。」

ケ「噛まれてなんかいない。しいて言えば、咥えられただけだ。」

その一言に、陽を除く全員が驚いた。

修「どういうことですか?」

そう訊いてくる修丸に対して黙ったままのケンイチを見て、陽が心配そうに話しだす。

陽「昨日、ケンイチくんが話してくれたんだけど、あの犬は人に対して殺意はなかったって…」

隆「殺意はなかったって、ありゃどう考えても殺す気だっただろ?!」

陽「それが……あの犬、ヨシくんのカバンを噛んだ時には、牙がカバンの中身もろとも貫通してたのに、ヨシくん…いえ、ケンイチくんの腕に噛みついた時にはそんな力はなかったって。そんな力で噛みつかれたら、骨だって折れるだろうけど、血も出なかったって。」

陽の話を聞いて、将通は驚いたように言う。

将「それは本当か!?君、その噛まれた部分を見せてくれないか?!」

そう言う将通に、ケンイチは先ほどの修丸に対するときのように黙りこんだ。

晶「見せてやれ、ケンイチ!」

ケ「ッチ…」

そんなケンイチを見た晶がイラついたようにケンイチの腕を掴んで、噛まれた方の腕の袖を強引にめくった。それを見て、再び部員たちは驚いた。

晶「な…!」

鳩「ホントだ!傷どころか痕もないじゃないか。」

ケンイチの腕を見て驚く一同が少しの間沈黙した間に、ケンイチは鬱陶しそうに袖をおろす。

ケ「あの犬は、明らかに攻撃対象を見極めていた。いや、犬の知能から考えればそんなことはほぼ不可能、となればあの男の指示ということになるがな。つまりだ、あの男、お前らの言うところの口裂け男には、今回死んだと言う人間以外はまったく傷つけるつもりはなかったという事だ。実際、佐武のガキの友達だって無事に逃げ切れたと言うし、1人でいる時に奴に会った湯堂も、追いかけられはしたものの、怪我も何もしてないだろう?」

修「あ、はい…」

ケ「おそらく、口裂け男の真の目的は今回の被害者を殺すことだ。その邪魔が入らないように犬を使ってあの通りを通る人間を遠ざけ、同時に濡れ衣をかぶってくれる口裂け男とかいうふざけた存在を作り上げた……」

路「でもケンイチ、男の指示って言ったって、あいつ、特に指示なんか出してなかったじゃないか!」

海「そうですよ!…こっち向いただけでカバンは噛め、人は噛むな、なんて細かい指示なんて出せるんですか?!」

龍海のその言葉に、ケンイチは珍しく悔しそうにイラつき始めた。

ケ「うるせえよ!」

その言葉に、龍海はいつものように泣き出しそうになり、龍路がその頭をなでてやる。

路「ケンイチ、いきなりどうしたんだよ…?」

それでも心配するように訊く龍路だったが、ケンイチは答えることなく、そっぽを向く。

陽「まだ、それはわかんないんだって…」

修「も、もしかして…口裂け男は犬を操る超能力があるとか…!」

修丸はにわかに怯えだす。

孝「バカなこと言うな!超能力なんてあるわけないだろうが!」

修「そ、そうですけど…」

鳩「だったら、神童の腕を傷つけなかったってのは偶然じゃないのか?口裂け男は全部犬の好きにさせてて、たまたまその時は力が入らなかっただけとか…」

陽「でも、それだったら口裂け男が気づく前に犬に気付かれてたはずだって、ケンイチくん言ってたよね?」

鳩谷の話を受けてケンイチに訊く陽だったが、ケンイチは答えない。

鳩「というと?」

陽「犬って鼻がいいじゃないですか。だから、あの距離だったらとっくに気づかれてるハズなのに、あの犬は大人しく口裂け男の近くで座っていた。それも、口裂け男の指示だったんじゃないかって…」

その言葉に、メディア部員や鳩谷、将通は考え込む。

将「しかし、腕を噛む力が弱かったと言うだけでそこまで気付くとは、すごいな君は!」

ケ「寝言は寝て言え。これくらいのことに感心する方がバカじゃないか?」

その一言に、将通は苦笑したが、鳩谷は慌てたように言う。

鳩「こ、こら!…すいません、幾永さん!コイツ、普段はこうじゃないんですけど…」

そこまで言って、鳩谷は声を潜めた。

鳩「というかこの神童って生徒、なんでも多重人格のようでそうでないようで…」

将「はあ?」

鳩「いえ―」

続きを言おうとして、鳩谷はまるで睨みつけるようなケンイチの目線に気が付いた。

鳩「あ、いえ、なんでも…」

ケ「フン…」

そう言って、ケンイチは部室の出入り口に向かって歩き出した。

隆「お、おい待てよケンイチ!」

ケ「誰が待つか。オレは疲れた。」

晶「おい、まさかお前、また帰るとか―」

ケ「帰る。」

その一言に、部員たちは驚いたのやら納得したのやら、とにかくその場に呆けてしまった。

ケ「おい、幾永。」

孝「へ?」

ケ「お前じゃない。お前の親父だ。」

そう言われて、将通は驚いたようにケンイチを見た。

将「な、なんだね?」

ケ「無差別殺人じゃない以上、動機はあるはずだ。被害者の身辺、死亡推定時刻にアリバイのなく、被害者に動機を抱いていそうな人間を男女関係なく洗っとけ。それと、その人物が犬を飼っているかどうかもな。それができないようじゃ、お前ら警察はバカという事になるだろうな…」

そう言い捨てて、ケンイチは振り向きもせずに部室を出た。

晶「帰った…アイツまた活動中に帰りやがった~!」

路「しかも、今日はまだ活動も始めてないですね(汗)」

陽「ス、スイマセン…」

申し訳なさそうに謝る陽。

晶「い、いや…お前が謝るなよ(汗)」

 

​⑫

宗光家では、ケンイチはやはり自室のベッドに横になり、目をつぶったままにいろいろと頭の中を整理していた。

ケ「(犬の優れている能力は嗅覚だ…となると、合図はやはり匂いか?香水か何かの種類で…いや、あの時、奴はそんなものを出したり、仮に見えないところ、ポケットなんかに香水を入れていたとしても、ポケットに手を隠したりする様子はなかった―)」

陽「ただいま~」

ケンイチがそこまで考えた時、1階の方でしっかり部活を終えて帰宅した陽の声が聞こえ、ケンイチは上半身を勢いよく起こした。

ケ「くそっ!わかんねぇ……!」

 

 

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