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表裏頭脳ケンイチ

第6話「握られた言伝と追憶の破片」

(1)

気が付いた時、賢一は夜の公園のベンチに一人座っていた。今が何時かもわからない。ただ、空に浮かぶ下弦の月が物語るところ今は夜中なのか、賢一以外には誰も見当たらなかった。不思議なことに、雲は見当たらないのに雨がシトシトと降っている。

賢「……」

この不思議な雨のせいか、それとも直感からか、なんとなくこの空間が現実でないことに賢一は気付いていた。気付いていたから立ち上がることもせず、ただただ、見覚えのない公園を見回すだけだった。だが、見覚えがないとは言っても、賢一は心のどこかでその公園に何か懐かしいものを感じていた。

賢「(ここ、なんだか懐かしい感じがする。でも……思い出しちゃいけない気も―)」

ケ「怖いか…?」

賢「え?」

ふいに座っているベンチの後ろから聞こえる声に、賢一は振り向こうとする。

ケ「振り向くな。」

静かにも威圧感のあるその声に、不思議と賢一は前を向きなおす。

ケ「見なくとも、オレが誰かくらいはわかるだろう…」

その言葉に、賢一はどこかホッとしたような声で背中越しの相手に語りかける。

賢「ケンイチ…だよね?」

ケ「ああ。」

そう答えて、ケンイチは空に浮かぶ月を仰ぐ。下弦の月が持つ意味に、心を痛めながら…

ケ「賢一……お前は記憶を取り戻すことを恐れるか?」

その問いに、賢一は少しうつむく。

賢「……怖くない、って言ったら嘘になる。でも、このまま……自分が何者なのかわからないままでひなの傍にいるのは、もう嫌なんだ……」

ケ「なぜ……」

賢「なんだか、ひなを騙しているような気がするから…」

ケ「騙している、か……」

そして、賢一も背中合わせの相手がそうしているとは知らず、ケンイチと同じく下弦の月を仰ぐ。彼と違い、その月にどんな意味があるのかも知らずに…

賢「だけど、僕は何をすべきなのか、僕に何ができるか…それがわからないんだ……」

そう言う賢一の言葉を受け、ケンイチは静かに目を閉じる。

ケ「わからなくていい……お前は、何もしなくていいんだ……」

賢「でも……」

ケ「お前が何もせずとも、記憶を取り戻すことを望もうと拒もうと……何かがお前の記憶に干渉しようとしているのは確かだからな。」

そこまで言って、ケンイチは悲しそうな瞳で再び下弦の月を見る。

ケ「何かが起きる…起き続けてしまう……お前が記憶を取り戻すその時まで…お前が過去を乗り越えるその時まではな……」

賢「何かって―」

ケ「だがお前に責任はない。すべてはオレの責任だ……決して自分を責める事だけはするな。」

賢一が振り向こうとしたことをまるでで予知したかのように、ケンイチは彼の言葉を遮る。そしてその言葉を聞いて、賢一は振り向きこそせずとも、少しためらいがちに口を開く。

賢「ケンイチは…いったい何者なの…?」

ケ「神童賢一を不幸にした存在…そして、おそらくこれからも神童賢一を…周りの人間を不幸にしていく存在だ……」

賢「不幸って、そんな―」

思わず振り返ってしまった賢一だったが、そこには誰もいなかった。

賢「ケン、イチ……?」

ケ「だが、オレはもう誰も不幸にしたくない……お前も、お前の大事な人間もな……」

誰もいない公園で、雨の音とケンイチの声だけが賢一の耳を掠めていった。

 

ベッドの上で静かに目を覚ました賢一は、ふと上半身を起こして胸に手を当てる。

賢「ケンイチ……」

賢一は、嬉しくも、寂しい声でそうつぶやいた。カーテンの向こうには、夢の中と同様にシトシトと雨が降る、秋の朝が訪れていた。

 

修「できましたぁ!」

嬉しそうにそう言って、修丸は今まで取りかかっていた記事をかざす。秋も深まり冬が近づく11月の中旬、メディア部員たちは月一で制作している紙面発表の12月号の準備を着々(…?)と進めていた。

晶「おう、お疲れ!お前が1番乗りとは珍しいな。」

感心しつつも不思議がる晶に、修丸は部室を見渡しながら言う。

修「そりゃあ、今回は感謝の意味も込めて、特に気合いを入れましたからね!」

晶「感謝……?」

修「ええ。…って、あれ?龍路くんは?」

海「さっきトイレに行きましたー。」

龍路がいないことに気付いた修丸に、陽の書いたレイアウトを見ながら自分の担当の記事を書いている龍海が、作業を続けながら棒読みで答える。ちなみに、龍海だけでなく、他のメンバーもみな同じような作業を各々にしている。

修「あ、そーでしたか……」

陽「内容に間違いがないか、確認でもしてもらうの?」

記事を書きながら、しかし龍海と違ってちゃんと修丸の方を見て訊く陽。

修「あ、いえ……せっかくだからお礼を言おうと思ったんです。」

晶「礼?礼って何の?」

不思議がる晶に、修丸は書きあがった自分の記事を見せる。

修「僕の担当記事って、龍路くんの写真が、学生が対象じゃない大人向けのコンクールで入賞したって記事でしょう?」

晶「ああ。12月号のテーマは「この秋の栄光・芸術の成果」だからな。……珍しく、ちゃんとネタを拾ってきて偉かったぞ修丸くぅん。」

「珍しく」を強調し、ふざけるようにそう褒める晶に、修丸は少し引き気味に苦笑している。

修「い、いえ……(汗)……そ、それで!その入賞した写真って、うちの仔犬の写真なんですよ。」

賢「仔犬?…あれ、でもレンタってもう大人の犬じゃないんですか?」

自分の記事を書く手を止めて、賢一が不思議そうに顔をあげる。レンタとは、初夏に起きた殺人事件の犯人が飼っていた、現在は湯堂家で面倒を見ている雑種の犬である。

隆「それに、もとから飼ってるポン太郎だってもうそろ2歳じゃなかったっけ?」

賢一同様に修丸の話に顔をあげたのは、自分の担当の記事…ではなく、課題で出された英単語の反復プリントを集中力も切々に片付けようとしている隆平である。ちなみにポン太郎とは、レンタが来るよりも前から、もともと湯堂家で飼っている雑種の犬の事である。

修「それが、ですね……その……実は夏休みに産んじゃって……」

苦笑しながらそう言う修丸の言葉に、龍海以外の誰1人としてしっくりきていない。

海「だ~か~ら~、レンタとポン太郎の間に、6匹仔犬が生まれたんですよ。」

1人黙々と自分の担当記事を書きながら、顔も上げずにさらっと言い放つ龍海。

賢・陽・晶・隆・孝「!?」

自分の担当の記事を書いていた賢一、陽、晶だけでなく、いつものように本を読んでいた孝彦も本を開いたままに修丸を見ている。

晶「ちょ、ちょっと待てよ?レンタとポン太郎だろ?えっと…♂と♂って子供産めたっけ……?」

修「あ、いえ…そうじゃなくて……」

修丸がそう言っている間何かを考え込んでいた孝彦が、まるで「信じたくないが」とでもいうような顔をして修丸を見る。

孝「じゃあ……まさかレンタって……」

その一言に、修丸は苦笑のまま小さくうなずく。

修「女の子、だったんですよね……」

賢・陽・晶・隆・孝「!?」

その一言に、またもや龍海以外の部員たちが驚く。修丸はいまだ苦笑を続けている。

修「名前も男の子っぽかったし、由来とか聞かずに預かっちゃったものだから家族みんな、レンタは♂だって思い込んでたんでポンちゃんと一緒にしてたんですけど、引き取ってから1週間もしないうちに、レンタのお腹が少しずつだったんですけど大きくなってきて……」

孝「妊娠、か…」

どこか冷や汗気味にそう言う孝彦。

修「ええ…でも、その時は女の子だなんて思ってもなかったから、何かの病気かもしれないって思って慌てて病院に連れて行ったんですよ。そしたら、その……ええ……」

言いにくそうにそう締めくくる修丸。それから少しの沈黙。

賢「確かに、そんな短い間で妊娠しちゃったんなら、♀か♂かを気にする暇なんてなかったでしょうね(汗)」

修「ホント、びっくりしましたよぉ。子供ができちゃった以上、降ろさせるの嫌なのでとりあえず産ませたんですけど、6匹も増えたら、さすがに8匹も世話する自信はなくって……それで龍路くんに相談してみたんです。」

その言葉に、孝彦が不思議そうに訊く。

孝「でも、なんで龍路なんだ?…確かにカメラや写真の事ならアイツ以上に頼れる奴はいないだろうけど、お前の悩み事はペットだろ?」

修「ええ。でも龍路くんって頼りがいあるじゃないですか!いっつもどっしり構えてると言いますか、困った時につい頼りたくなっちゃうと言いますか……」

そう話す修丸に、晶も半ば納得している。

晶「確かに、部内でも隆平と孝彦のケンカを丸く収められるのはアイツだけだしなぁ。」

そんな中、やっと龍海が顔をあげる。

海「でしょ、でしょ!兄ちゃん頼りになるでしょお?今回だってセンパイから相談されて、里親募集のポスターを作ってあげたんです。そしたらそのポスターを見たスタジオカメラマンさんが兄ちゃんのカメラの腕を見込んで、その仔犬の写真をコンクールに出してみないかって誘ってくれたんですよ!その結果、なんと大人向けのコンクールでの入賞!って訳なんですよねぇ!」

兄の事となって嬉しそうに修丸に話を振る龍海に、修丸も嬉しそうに言う。

修「ええ!でも、それだけじゃないんですよ。まだ龍路くんにも伝えてないんですけどね、おととい、遂に里子に出した5匹全部貰い手が付いたんですよ。」

海「え、ホントですか?よかったぁ!」

陽「5匹ってことは、1匹は修丸くんが飼うの?」

修「ええ。ポンちゃんとレンタの子供だから、1匹は飼いたいなぁって思いまして、最後まで残った女の子、うちで飼うことにしたんです。ほら、この子です。」

そう言って、修丸は書き上げた記事に貼ってある写真のコピーに映っている6匹の仔犬のうちの1匹を指差す。

修「キヨミって言うんですよ。かわいいでしょ?…これは夏に撮った写真なんで、今はもっと大きいんですけどね。」

嬉しそうに話す修丸を見て、部員たちもどこかほっこりしている。

晶「なるほどな、龍路に礼とか感謝とかって、そーいうことか。」

修「はい!里親のみなさん、みんなして「写真見てたら飼いたくなった」とか「写真、プロに撮ってもらったの?」って言うんですよ。やっぱり写真って大事ですよね!」

元気にそう話す修丸を見て、隆平がなぜかため息をつく。

修「ん?隆平くん、どうしたんですか?」

隆「あ、いや……お前は記事書き終わったからいいけどさ、俺も早く吹奏楽部の記事、手ぇつけねぇとヤバイよなぁ、ってさあ……」

隆平はダルそうに、はたまたどこか焦りながらそう言う。

孝「だったら課題くらい家で片付けてこいよ、バカが。」

再び本を読み始めていた孝彦がそう言うと、隆平はいつものようにケンカ腰で孝彦のもとへと近寄っていく。

隆「ああ?誰がバカだと?!…お前こそ、このクソ忙しい時期に読書なんて、それこそバカのやることだろうが!」

そう言われた孝彦は、今日は何も言わずにただバタンと本を閉じた。

隆「な、なんだよ……」

その様子に、部室全体に緊張が走る。

孝「……。」

隆「……。」

孝「誰のために読んでると思ってんだよ!!」

立ち上がると同時にそう怒鳴って孝彦が叩いた本の表紙には、「吹奏楽の友 主な演奏形態とコンクール」と書かれていた。

隆「だ…誰のためだよ…?」

孝「は……?」

根負けしつつも、しかし真面目に意味がわからないといった顔でそう聞き返す隆平に、孝彦は逆に驚いて言葉を失う。そして、少しの沈黙の後にこみ上げてきた怒りと共に本を机に叩きつける。

孝「お前のために決まってんだろうがぁ!!」

そう言って孝彦は勢いのまま席に着く。

隆「お、俺のため……?」

未だに理解できていない隆平に、賢一がやや慌て気味に耳打ちする。

賢「えっと…センパイの担当記事って確か、「吹奏楽部の活躍」ですよね…?」

隆「ああ、そーだけど…」

賢「隆平センパイ、吹奏楽の事なんにも知らないでしょ?なのにバイトに補習、課題の嵐で全然調べる気配がないからって、孝彦センパイが代わりに調べてくれてるんですよ…!」

隆「マ、マジかよ……」

バツ悪そうにそう言う隆平に、陽も悪気はなくとも追い打ちをかけに来る。

陽「いくら気心の知れた孝彦くんが相手でも、さっきの態度はちょっと、ね…」

陽にそう言われた隆平は急にかぁっと赤くなり、今度は開き直るかのように、はたまたケンカでも売るかのように孝彦に対してそっぽを向いて言う。

隆「っけ!誰もンなこと頼んでねーっつーか、余計なお世話だっつーの!」

孝「はあ?!テメ、ふざけんなよ!!」

再び孝彦が勢いで立ち上がる。それを見た晶はいつもの調子だと軽く見て、呆れ気味に声をかけるが…

晶「おい、落ち着けよたかひ―」

孝「センパイは黙っててください!!」

晶「お…おう……(汗)」

いつも以上の怒りゆえか、孝彦の勢いに押されて晶も冷や汗たらりである。そんな晶を気にもせず、孝彦は隆平を睨みつける。

孝「大体お前はいつもそうだ!やるべきことの優先順位がメチャクチャなんだよ!」

隆「優先順位がメチャクチャだぁ?課題はやんなきゃいけないもんだろうが!」

孝「部活の時間は課題をやる時間じゃねえよ!んなもん、家でやれ!ってか、課題出される前にちゃんとテストで点数取りやがれ!」

隆「んなこと言ったって、俺だって取りたくて赤点取ってるわけじゃねーよ!」

孝「は?赤点?!お前赤点取っといて部活とバイト続けてんのか?!」

隆「しゃーねーだろーが!俺ん家、小遣いなんて出ねーからバイトしないと金銭面ヤバいんだよ!」

孝「お前の家の事情なんか知るか!あのな、お前みたいなのがいるからここの偏差値がどんどん下がってくって、わかってんのか?」

~~~

龍路がいない状況で、唯一権限の強い部長までもがビビってしまった以上、2人の言い合いは延々と続いていく。その後ろでは、龍海が泣きそうな顔で耳を抑えて作業ができずにいて、賢一と陽はどうしていいかわからずただただ2人の言い合いを見守り(?)、修丸は晶に半ば泣きついている。

修「センパイ~、あの2人止めてくださいよぉ!」

晶「無理!断る!!断固拒否!!!」

修「ちょっと、センパイがビビッててどうするんですかぁ(汗)!」

今にも泣きそうな声でそう言う修丸に、晶も未だ軽くビビったままである。

晶「だ、誰がビビってるって?……お前に言われたかないね!」

修「え…それ、どーいう意味ですかぁ(泣)!」

晶「それくらい自分で考えろ(泣)!」

修「そんなの考えたくありませんよ(泣)!」

その時、ついに龍海が小学生か、はたまた幼稚園児のように大声で泣き出した。

海「あー!もうヤダぁ!兄ちゃあ~ん!!」

賢「た、龍海……(汗)」

陽「これ、どうしたらいいの……?」

隆平と孝彦のケンカ、続いて晶と修丸のケンカ…?、そして泣き出す龍海にもはやどうすればいいかわからずに困り果てる賢一と陽。と、その時…

路「どうした龍海ぃー!!」

海「あ…兄ちゃあん……!」

部室のドアが勢いよく開いたかと思うと、いつもの落ち着いた雰囲気が嘘のように慌てた顔をした龍路が部室に飛び込んできた。そして、泣いている龍海を見つけては脇目も振らず彼のもとへと駆け寄る。

路「どうしたんだよ、何があった?兄ちゃんに話してみろよ?」

心配そうに、はたまた優しくそう言いながら龍海の頭をなでてやる龍路に、龍海は多少落ち着いたものの、まだ泣きじゃくりながら隆平と孝彦を指す。

海「センパイ方がケンカして…兄ちゃんいないから止まんないし……晶センパイもビビっちゃうし……うぅ……」

また泣き出しそうになる龍海を見て、龍路はやれやれといった顔をしてから、バツの悪そうな顔をして佐武兄弟を見ている隆平と孝彦を見る。

路「おいおい、龍海を泣かせたのはお前らかぁ?」

少しふざけたようにそう言う龍路に、2人ともにわかに申し訳なさそうな色を見せ始める。

孝「お、俺じゃねーよ……」

隆「俺でもねーし……」

そう言ってお互いにそっぽを向く隆平と孝彦。そんな2人に龍路は怒ることもなく、優しく続ける。

路「じゃあ、ケンカの原因は何なんだ?」

そう言われ、今度はお互いに顔を見合わせる隆平と孝彦だったが、目が合うとすぐにまたそっぽを向く。

路「おい、それもわかんないのか?」

そんな2人を見て若干呆れの色を見せる龍路を見て、賢一と陽が考え始める。

陽「えっと、確か優先順位がどうのって…」

賢「いや、その前にもなんか……えっと、なんだっけ?」

悩む賢一を見て、晶が思い出したかのように手のひらに拳を乗せる。

晶「そうだ!隆平の担当記事のことを孝彦が調べてて、それをいつもの読書と勘違いした隆平が突っかかったんだよ!」

晶の話を聞いて、龍海はうなずいている。

路「…つまり、ケンカを吹っかけたのは隆平か?」

隆「い、いやだってさぁ……」

言い訳しようとする隆平だったが、にわかに集まる視線に耐えきれず、開き直るかのようにそっぽを向いた。

隆「へー、へー、俺が悪ぅございましたよ!どーせ俺は人の負担を増やすだけのダメ部員だよ!」

路「おい、誰もそんなことは言ってないだろ。」

ムキになるでもなく、むしろどこかなだめるような口調でそう言う龍路を、隆平は思わず見てしまう。

隆「で、でも…そーいうことじゃねーのかよ……」

路「違うって。……お前はさ、俺らよりもやることが多いから、自分のことで精いっぱいになったってしゃーないよ、ってことさ。」

隆「龍路……」

隆平がどこか嬉しそうに、また今にも泣きそうな顔をする。

路「それにさ、お前だって隆平が隆平なりにやんなきゃなんないことを頑張ってるって知ってっから、わざわざその調べものしてやったんじゃないのか?」

そう言って意味ありげに孝彦を見た龍路に、孝彦は少し恥ずかしそうな顔をしてから席に座る。

孝「別に、そんなんじゃねーよ…」

賢「じゃあ、なんで隆平センパイの分も調べてたんですか?」

悪気はなく興味ありげにそう訊く賢一に、孝彦は少し機嫌が悪そうな表情で振り向く。

孝「コイツの記事の完成が遅れたら、紙面発表が遅れるだろ?…1人の失敗で部活のメンツ潰すわけにいかないだろうが。」

そういう孝彦を見て、賢一はなぜか小さく笑いだす。

孝「な、何がおかしいんだよ…?」

賢「あ、いえ…すいません…!」

そう言いながらも、賢一はまだ小さな笑いをこらえている。その様子を見てから、龍路は優しく隆平の方を見る。

路「とにかくだ、孝彦だって誰だって、嫌いな奴のために余分な調べものなんかやってくれねーって。……ま、うまくまとめらんないけどさ、お前もただサボってるだけじゃないんだから、そこんとこ気ぃ落とすなよな?」

隆「龍路ぃ…!お前マジ神~!」

泣きそうな顔のままに龍路に駆け寄ろうとした隆平だったが、寸でのところでふと立ち止まる。

海「ダメですぅ!兄ちゃんに抱きついていいのは僕だけなの!」

まるで焼きもちを妬くような声でそう言って、龍海は隆平よりも一足早く龍路に抱きついていた。

晶「……それはどーでもいいんだが、お前いつの間に泣き止んだんだよ?」

少し嫌味のような、はたまた呆れるような口調でそう言う晶に、龍海は嬉しそうに言う。

海「さっきです!」

隆「早いな、おい!」

海「だってぇ、みんなケンカ止めてくれたから。…兄ちゃんのおかげで!」

そう言ってから龍路の顔を見て、龍海はまた嬉しそうに笑う。

海「兄ちゃんすごいよ!ちょっと話聞いただけでみんな落ち着いちゃうんだもん!」

路「いや、ホントはお前を泣かせた犯人でも突き止めてやろうとか思ったんだけどさ。そしたらなんか騒ぎが収まってただけだよ。」

海「え、僕のために…?」

そう言って、龍海は抱きつきなおす。

海「ありがと兄ちゃん!…僕、兄ちゃんの弟でホントよかったぁ!」

路「何をいまさら…」

と、言いつつも嬉しそうに龍海の頭をなぜてやる龍路。

路「俺もお前の兄ちゃんでよかったよ。」

そんな様子を見て、隆平が腕を組んで呆れたように言う。

隆「…で、お前らいつまで抱き合ってんだよ?」

路「お…」海「あ…」

佐武兄弟は、言われてふと気づいたようにお互い少し離れ、龍海が照れくさそうに笑いながら自分の席に戻って行く。

孝「ったく…兄弟の上、男同士でよくやるよ……」

そう言いながらまた「吹奏楽の友」を開く孝彦。

路「いやさ、逆に言ったら龍海が男だから兄弟愛で済むだろ?」

冗談めいて笑いながら自分の席に戻る龍路に、先に席に戻った龍海も笑いながら言う。

海「それに、僕が妹でも結局は兄妹なんだからさすがに恋愛まではいかないでしょうしぃ!」

そんな中、ふと修丸が不思議そうに考える。

修「でも、もし本当にきょうだいで愛し合ったりしちゃったら大変なんでしょうねぇ。」

晶「だろうなぁ。少なくとも日本じゃ血縁同士の結婚はできない決まりだし。…あ、でもさ、陽と賢一はどうなんだろうな?」

そう言ってふと陽と賢一の方を見た晶に、賢一は不思議そうに、そして陽はなぜか少し驚いたように顔をあげる。

陽「え……」

賢「僕たち、ですか?」

晶「だってさ、お前らは確かにきょうだいだけど、血は繋がってないだろ?しかもおあつらえ向きに2人は男女ときたもんだ。」

修「そうですねぇ、もしお2人がお互いに男女として好意があれば、結婚も可能…なんでしょうかねぇ?」

陽「好意……」

修丸の言葉を聞いて小さくつぶやき、陽はふとある言葉を思い出す。

 

―ケ「オレもお前を信じてやるよ……」―

 

陽「(好かれたいだなんて、そんなことは思わないけど……あれって、嫌ってはいないって思っていいのかな……)」

先ほどの話題も忘れて考え込む陽を、賢一が不思議そうに覗き込む。

賢「ひな、どうしたの?」

陽「え…?!いえ、別に何も……」

賢一の声に少し驚く陽を見て、賢一は不思議そうな顔をしたが、その時だった。

賢「…!」

 

―?「悲しいよね…認められない恋なんて……」―

 

賢一の脳裏に、悲しみに満ちたそんな声が聞こえた気がした。それは、いつかの夜に突如聞えた、賢一を罵倒する声とは違う声だった。

賢「(また…誰かの声……)」

驚いた表情のままに額を押さえる賢一を、みな不思議そうに、はたまた心配そうに見ていたが、隆平がすぐに茶化すように言う。

隆「なんだぁ、賢一お前、まさか陽の事が女として好きなんじゃねーの?」

賢「え…?」

隆平の話が聞こえていなかったのか、慌てるでもなくどこか気怠そうな雰囲気でそう言って顔をあげた賢一を見て、隆平はにわかにバツの悪そうな顔をする。

隆「あ、バカ、本気にすんなって!」

その言葉に賢一は何を言っているのかわからないような顔をし、さらにバツの悪そうな顔をする隆平に孝彦が本に目線を落としたまま言う。

孝「賢一はお前のバカな冗談を本気にするほどバカじゃねえよ。」

隆「な、お前またバカっつったな!」

孝「事実だろうが、バカ。」

隆「この―」

路「おい、この単語綴り間違ってるぞ?」

隆「へ…?」

隆平と孝彦のケンカが始まりそうなその瞬間、龍路は隆平の英単語反復プリントを覗き込んでさらっと言う。

路「「カラー」のこの綴り、Cの次はaじゃなくてoだぜ?」

忠告を受け、慌てて自分のプリントを見た隆平は、間違った綴りである「Calor」で反復の欄を埋められた「カラー(色)」の列を見る。

隆「マジかよぉ…!全部書き直しじゃんか!」

非常に衝撃的にそう言い放つ隆平に、陽がさらっと言う。

陽「書き直さなくても、aのハネてるとこだけ消しちゃえば?」

その発言に、隆平は思わず陽を見て少しの間黙り、驚きと感激の混ざったような声で言う。

隆「陽、お前天才だな!」

陽「まあ、ズルって言えばズルだけどね。」

嬉しそうな隆平に陽は優しく微笑む。その脇では、修丸と晶がひそひそと話している。

晶「見たか、修丸?あれがデキる男のケンカ防止テクニックだ…!」

修「どんな些細な事でもケンカを止める材料にするなんて、ホントすごすぎますよ龍路くん…!」

晶「お前も少しは見習えよな。」

ジトッと修丸を見る晶に、修丸は珍しく少しだけ怒ったような目線を送る。

修「センパイもですよ。」

その言葉に、晶は何も言い返せずに少し悔しそうな顔をする。そんな部室の様子も気にすることもできず、賢一は脳裏をよぎった声の事を考えていた。

賢「(さっきの声、どこかで聞いたことあるような……)」

少なくとも部活動の時間内には、賢一はその答えを見つけられなかった。

 

部活の帰り道、雨天のために徒歩で登校した賢一と陽は傘を並べて帰路についていた。

賢・陽「ねえ…」

ふいに、同時にお互いの顔を見る賢一と陽。そして目が合ったことに少し照れながらお互いに目を逸らす。

陽「な、なあに?」

賢「いや、ひなからでいいよ…」

そう言って陽の顔を見る賢一に、陽も小さく笑って彼の顔を見る。

陽「あ、うん……ヨシくんは、ケンイチくんが出てきている時のこともちゃんとわかってるのよね?」

賢「うん…その、うまくは言えないけど、ケンイチの見たこととか、聞いたこととか…彼の話したことも全部知ってるけど…」

その言葉を聞いて、陽は思い出すように、考えるようにうつむく。

陽「じゃあ、この前の事件の…首吊り自殺に見せかけた殺人未遂の事件が解決した後に、ケンイチくんが言ってたこと、覚えてる?」

賢「ケンイチが言ってたこと?」

聞き返す賢一に、陽は小さくうなずく。

陽「ケンイチくん、私の事を信じてくれるって言ってくれたんだけど…」そう言われ、賢一も思い出したように言う。

賢「あ、確かに言ってたね。…びっくりしたよ。ケンイチが人を信じるなんてさ、たとえ思っていたって口には出さないと思ってたから。」

少し意外そうにそう話す賢一に、陽も優しく微笑む。

陽「私もびっくりしたわ。…初めて会った時からずっと、嫌われてるとばっかり思ってたから。」

その言葉に、賢一は少し複雑そうな顔をして陽の顔を覗いた後、少し苦笑気味に前を向く。

賢「始めから、嫌ってなんかいなかったと思うけどな。」

陽「え……?」

賢「そりゃ、ケンイチに直接聞いたことなんてないけどさ、ケンイチはひなのことをすごく気にかけてると思うんだ。」

その言葉に、陽は不思議そうに賢一の顔を見る。

賢「この前の事件でケンイチが出てきてくれた時なんだけど、まだ首吊りが自殺だとみんな思ってて友健くんのお兄さんがひどい事を言った時、ひな泣きそうな顔をしたでしょ?」

賢一の話を聞いて、陽は少し思い出すように上を向く。

陽「えっと…うん、確か……」

そう言って、少し恥ずかしそうに賢一の顔を見る。

陽「なんか、あんなにもきょうだいのことをひどく言える人がいるんだ、って思ったら悲しくなっちゃって……」

その言葉に、賢一も納得するようにうなずく。

賢「だろうね。ひなは優しいもん。」

そう言う賢一に、陽はまた照れたような顔をする。そんな陽の照れたような笑顔を見て、賢一はふと、少し切ないような顔をしてうつむく。

賢「あの時、僕もどうしていいかわかんなくなったんだ。ひなに泣いてなんかほしくなかったけど、何を言ったらいいのかもわからなくて……そうしてたら、ケンイチが出てきてくれた……」

賢一の話に、陽は少し驚いたような顔をする。

陽「そう、だったんだ……」

賢「それで、ケンイチが出てくる時にね、なんだかすごく悲しい気持ちを感じた気がした。」

陽「悲しい気持ち…?」

その言葉に、賢一は小さくうなずいた。

賢「たぶんだけど……あれはケンイチの気持ちだったんじゃないかなって思うんだ。ケンイチも、ひなに泣いてほしくなかったから出てきてくれたんじゃないかって……」

陽「泣いてほしくなかった…?ケンイチくんが…?」

その言葉にうなずく賢一。

賢「表には出さなくてもさ、ケンイチはひなのことが大切なんだよ。」

陽は少しホッとしたように言う。

陽「じゃあ…あの「信じる」って言うのは……」

賢「言葉通り……なんじゃない?あのケンイチが信用できない人にそんなこと言うとは思えないし…それに、ひなならケンイチに信じてもらえて当たり前だとも思うし。」

優しくそう言う賢一に、陽はなぜか恥ずかしそうな表情を見せる。それに気付いた賢一は不思議そうにその顔を覗く。

賢「あれ、ひな顔赤いけど…大丈夫?」

そう言われ、陽は慌てて話題を変えてくる。

陽「え…?な、なんでもないわ!…それより、ヨシくんもさっき何か言いかけなかった?」

賢「あ、うん……あのさ、変なこと聞いていいかな?」

陽「変なことって…?」

賢「ひなはさ、恋ってしたこと…ある?」

その言葉に、陽は小さく驚く。

陽「ちょっと、急にどうしたの?」

賢「いや、変なこと聞いていい?って聞いたじゃん……」

少し怪訝そうにそう言う賢一に、陽は申し訳なさそうに苦笑する。

陽「ごめんなさい…でも、ホント急にどうしたの?」

そう訊かれ、賢一は少し真剣な表情をする。

賢「実は、さ……部活の時に、頭の中に声が聞こえた気がしたんだ。」

陽「声……?」

賢「うん……確か、「悲しいよね…認められない恋なんて……」って。そう言ってたんだけど、なんだかひなとよく似た声だった気がしてさ。…僕、ひなと会ってからでも昔の事はどうも忘れがちだから、もしかしたらひなの言葉だったのかなって……」

賢一の話を聞いて、陽は不思議そうに言う。

陽「う~ん……でも私、恋なんてまだしてないからなぁ。認められない恋って言われても……!」

そこまで言って、陽はハッとして賢一の顔を見る。

陽「ねえ、もしかしてその声、ヨシくんの記憶と何か関係あるんじゃないかしら?」

賢「僕の、記憶と…?」

陽「この前、ケンイチくんが言ってたでしょ?何かがヨシくんの記憶に干渉しようとしてるって……あれって、何もしなくても、いい方向か悪い方向かはわからないけどヨシくんの記憶が戻ろうとしてるってことだと思うの。」

陽の話を聞き、賢一はいつかの夜に脳裏に響いた声を思い出す。

 

―?「お前のせいだ……お前が殺したんだ!!」―

 

―?「お前がいるせいで、みんな不幸になるんだ!!」―

 

そして、続いて思い出すのは昨夜見た夢である。

 

―ケ「お前が何もせずとも、記憶を取り戻すことを望もうと拒もうと……何かがお前の記憶に干渉しようとしているのは確かだからな。」―

賢「じゃあ…もしかしてあの時の声も……」

賢一はふと不安そうにつぶやく。

陽「え…?何?」

小さな声でよく聞こえなかった陽がそう訊き直すと、賢一は少し慌てた。

賢「あ、いや!なんでもないよ!」

そんな賢一を見て、彼の境遇をよく知っている陽は深く聞こうとはせずにただ優しく言った。

陽「そう?だったらいいけど……」

そう言って前を向く陽を見て、賢一も前を向いた。そして、陽の心遣いをありがたく思いながらも、どこか不安げに考えていた。

賢「(今日の声も、あの時の声も……夢でケンイチと会ったことも……ケンイチと話したあの公園も……すべて僕の記憶と、関係がある……?)」

そう思ってから、賢一はふと陽の顔を見る。そして陽が気付く前にまた前を向いた。

賢「(ひなはケンイチから、僕の記憶がいずれ戻るかもしれないことを聞かされているはず……だったら、夢の事…ケンイチに会ったことは、黙っておいた方がいいよね……)」

そして賢一は、傘の間から空を見る。

賢「(そう言えば……夢でも降ってたな、こんな雨……)」

それから、2人は一言も交わすことなく家に帰ったのだった。

​④(2)

次の日の部活、まだ活動時間前ではあったが、すで2-2の孝彦と龍路を除くメンバーが部室に集まって自分の記事を書いていて、鳩谷も隆平に英語のプリントの解説をするために部室に来ていた。

鳩「いいか?この文みたいに「主語、will、have、過去分詞」で繋がってる文は未来完了形の文で、未来のことに対して「~しているでしょう」と訳すんだ。」

隆「へ…?なんで未来なのに完了するんスか?」

本気でそう訊いてくる隆平に、鳩谷も冷や汗気味である。

鳩「いや、だから未来の出来事に対して終わっているであろうってことであって…その……」

そう言って悩みこむ鳩谷。

鳩「あれだな、こうやって聞かれるとわからなくなるもんだな(汗)」

そんな鳩谷に晶が呆れている。

晶「先生がわからないなら、コイツはどうなるんですか?」

そう言って目配せをした相手は言うまでもなく隆平である。それに気付いた隆平は晶相手でも少しだけムッとする。

隆「どうなるって、どういう事っスか!」

そんな隆平を一瞥し、晶は深いため息をつく。

隆「ちょ、センパイ!」

不機嫌になっていく隆平を見て、賢一が少し慌てたように鳩谷の方を向く。

賢「あ、あの…僕も現在完了とか、よくわからないんですけど……」

鳩「現在完了?…おい神童~、そりゃ中学で習う文法だろう?」

少し呆れ気味にそう言う鳩谷に、賢一は苦笑する。

賢「いやあ、閏台中と閏台高って中高一貫校で受験とかないから、中学校の範囲って結構うやむやのままなんですよね…(汗)数学でも因数分解とか……」

隆「あ、それわかるぜ賢一!…やっぱ俺たちバカ同盟だな!」

海「うわぁ、やな同盟……」

自分の記事を書きながら、本気で嫌そうにそう言う龍海。

修「そんな同盟いつの間に組んだんですか?」

龍海に続き、自分の記事が書き終わって孝彦のように隆平の記事のもとになる吹奏楽に関わる取材のメモを整理していた修丸が真面目にそう訊く。

賢「え…と、それはその……」

賢一が本気で困ったようにそう言った時、部室のドアが開いた。

孝「だから気にするなって、んなのタダのひがみだろ?」

路「いや、でもなぁ……」

部室に入ってきたのは肩を落とす龍路と、そんな龍路の話を聞いている孝彦だった。

海「どしたの、兄ちゃん!?」

落ち込んでいる様子の兄を見て、龍海が書きかけの記事を投げ出す勢いでかけよる。そんな龍海を見て、龍路は疲れた表情だが優しく笑いかけて頭をなでてやる。

路「なに、大したことじゃないから大丈夫だよ。」

海「うそ!!」

路「龍海……」

少し困った顔の龍路。そんな龍路の肩を軽くたたく孝彦を見て、龍路は小さくうなずく。

路「クラスの友達とさ、ケンカっつーか…ちょっとな。」

孝「あのな、それじゃわかんねーだろ?」

呆れたようにそう言う孝彦に、龍路は苦笑する。

孝「話していいか?このままじゃお前もだし、なんか龍海が不憫だよ。」

そう言う孝彦に、龍路はどこか気乗りのしない、元気のない声で答える。

路「ああ、そうだな……」

そんな龍路を見て、孝彦は龍海の顔を見る。

孝「昨日、修丸が「龍路は頼りがいがある」なんて言ってたけど、実際クラスでも龍路を頼る奴は多くてさ、写真やカメラの事はもちろんだし、他のことだっていろんな奴に相談されるのは日常茶飯事なんだ。」

そんな話を聞いて、陽が納得するように言う。

陽「確かに、中学の時もそんな感じだったもんね。」

賢「あれ、ひなとセンパイって中学の時も同じ部活だったの?」

陽「ううん、3年生の時だけだけど同じクラスだったの。その時も龍路くん、男子からも女子からもいろんな相談されてたのよ?すごい時なんか、担任の先生まで!」

賢「へえ、そうだったんだ。」

そう感心してから、賢一はふっと慌てて孝彦を見る。

賢「あ、すいません!話の途中なのに…!」

そんな賢一に、孝彦は嫌そうな顔はせずに言う。

孝「いや、別に構わねーよ。…それでさ、今日もいつもみたいにうまく写真が撮れないって奴にいろいろ話してやってたんだけどさ、そしたら写真部の東屋って奴が突っかかってきたんだよ。「コンクールで賞取ったからって、何テングになってんだ」ってさ。しかもここぞとばかりに数人、悪乗りしてきやがって!ったく……」

その話を聞いて、龍路がまた落ち込み始める。

孝「おい、だから気にすんなって何回言ったらわかんだよ?」

路「でも、俺は趣味でカメラやってるだけだからさ……東屋もそうだし、他にも部活で写真の事しっかり学んでる奴もいるって知ってて……やっぱ出しゃばりすぎだったよな……」

海「そんなことないよ!兄ちゃんの方が絶対カメラの腕は上だって!」

会ったこともない東屋について、まるでそのカメラの腕を知っているかのようにそう言う龍海に、部室は半ば呆れの雰囲気を漂わせるが、孝彦はどこか引き気味ではあるが肯定気味に言う。

孝「まあ、なぁ…写真部っつっても、はっきり言って2組で龍路よりカメラの腕のいい奴なんていないしなぁ…」

そこまで言って、孝彦は怪訝そうな顔をして龍路を見る。

孝「…ってか、お前もあの時言い返しゃよかったものを、なんで言い返さなかったんだよ?」

路「いや、だって東屋が怒るのも無理ないしさ……なんか最近は写真部の功績もよくないみたいだし……」

そんな様子を見て、晶が不思議そうに訊く。

晶「なあ、言い返すって何をだよ?」

孝「東屋の奴、「龍路が賞を取ったのはなんかコネでもあったんじゃないか」って、それこそクラス中に聞こえるような声で言いやがったんですよ?…そりゃ、2組の連中は龍路のカメラの腕が本物だってことくらい知ってるから誰も本気にしなかったからよかったけど……」

その話に、晶も多少怪訝な顔をする。

晶「なんだ、そりゃ?それにお前は何も言い返さなかったってのか?」

そう言って龍路を見る晶に、龍路は落ち込んだままに苦笑いをする。

路「だって、言い返したところで火に油注ぐだけじゃないですか…」

晶「龍路……」

何も言い返せずに困ってしまう晶を見て、隆平が怒ったように腕を組んでいる。

隆「っかー!ヤだねぇ、男のひがみなんてさ!」

そう言う隆平に、孝彦が露骨に嫌な顔をする。

隆「な、なんだよその顔は…?」

孝「お前と同じ意見だなんて、俺も焼きが回ったな……」

隆「はあ~?お前何訳わかんねぇこと言ってんだぁ?」

孝「訳わかんない?そりゃお前の頭だろうが。」

隆「て、テメまたオレの事バカにする気か、おい!」

孝「バカにするも何もお前はバカだろうが!」

隆「んだとぉ~―」

海「ストップストップストップゥ!!こんな時にケンカしないでぇ!」

目に涙をためつつも怒ったような顔でそう言う龍海に、龍路は少し申し訳なさそうな顔をしている。

海「兄ちゃん無理しなくていいよ!ケンカなら僕が止めるよ!だから元気出して…!」

今にも泣き出しそうな声でそう言う龍海に、龍路は小さく笑ってその頭をなでる。

路「ああ、ありがとう…助かるよ龍海。」

元気なくもそう言う龍路を見て、龍海も小さく安心したように笑う。そんな2人を見て、鳩谷も優しく言う。

鳩「まあ、あれだ。人ってのは自分より優れている相手をどうしても羨ましく思ってしまうものだから、東屋もただ単にお前のカメラの腕の良さが羨ましかっただけだよ。そう言う気持ちって、恥ずかしさとかがあるとどうしてもひがみとか嫉妬みたいになっちゃうだろ?」

そう言う鳩谷に、賢一も続く。

賢「しかも、センパイってちょっとブラコンすぎるとこを除けば、なかなか欠点も見当たりませんし、そういうところも羨ましかったんじゃないですか?その、東屋って人。」

本心からそう言う弟を見て、陽はどこか誇らしげである。

陽「ブラコンだって、裏を返せば弟想いっていう長所だしね。」

同じように本心からそう言う姉を見て、賢一も嬉しそうに微笑む。そして何より、龍路が今までと違う安心した顔をしていた。

路「なんか、ゴメンな変な空気にしちまって……」

そう言う龍路の声には、先ほどまでとは違う明るさがあった。

修「龍路くんが謝ることじゃないですよ。ねえ?」

そう振られ、晶も納得するようにうなずく。

晶「ああ、部活でもクラスでも、人に頼られる存在ってのは悪い事じゃない。むしろ、そんな奴がメディア部の部員だなんて、部長として誇らしいくらいだ。」

路「センパイ……」

晶「ほら、元気になったところで活動開始だ!まだ修丸しか12月号分は終わってないからな。」

路「……はい!」

晶に元気よく返事をした龍路は、龍海を顔を見合わせて笑いあう。と、その時部室のドアが静かに開いた。

孝「お前、東屋……」

海「む……」

部室に入ってきたのは、先ほどまで話題になっていた2-2の写真部員、東屋茜介だった。孝彦の口からその男子こそが龍路を悩ませた人物だと理解するや否や、龍海はずんずんと東屋の前に行く。

東「な、なんだよ……」

海「兄ちゃんのカメラの腕は本物なんです!入賞だってコネなんかじゃなくて、実力ですから!!」

そう力説する龍海に、東屋はなぜかひどく驚いている。

東「兄ちゃんって……お前佐武の弟か?」

海「どーもハジメマシテ!佐武龍路の弟の佐武龍海です!閏台中学3年4組パソコン部幽霊部員でここメディア部の準所属ですが何か?!」

ムキになってそう言う龍海を見てから、東屋は驚いたままの表情で、苦笑いをしている龍路を見る。

東「に、似てねえ……!」

海「どーせ僕は兄ちゃんみたいに男らしくないですけど何か?!」

相変わらずの調子の龍海だったが、龍路は苦笑いをしたまま東屋に言う。

路「俺は父さん似だけど、龍海は母さんに似てっからなぁ。」

そんな会話の後ろ、2年生は苦笑しつつ、賢一と晶がひどく驚いている。

賢「龍海って中学じゃ帰宅部じゃないの?!」

と、驚く賢一の弁。

陽「ええ…龍路くんは3年間帰宅部だったけど、龍海くんは1年生の時からパソコン部に入ってるらしいわよ?」

と、苦笑の陽の弁。

晶「待て待て待て待て待て!龍海のやつ、去年も今年もメディア部はほぼ皆勤賞だったぞ!…てことは、パソコン部の方はどうなってんだ!?」

と、少し慌て気味な晶の弁。

孝「だから、本人も言ってたけど正真正銘の幽霊部員ですよ。」

と、呆れ気味な孝彦の弁。

修「これは龍路くんから聞いた話ですけど、なんでもビデオや写真の整理とか編集をするのに、昼休みとかに部室に顔出してパソコンを使ってるだけだとか…」

と、こちらも陽同様苦笑気味な修丸の弁。

隆「幽霊っつーよか、もはや寄生虫だよな(呆)」

と、こちらも孝彦同様呆れ気味な隆平の弁。とにかく、意外にもメディア部の2年生はみんな、龍海が中学でパソコン部に所属していることを知っていたらしい。そんな会話など気にもせず、龍路は東屋に嫌な顔せずに話をしている。

路「んで東屋、お前メディア部に用でもあるのか?それとも鳩谷先生にか?」

東「違げーよ、用があるのはお前だっつーの!」

少しムキになる東屋の言い方に、龍路は苦い顔をする。

路「なんだ?俺、他にもお前の気ぃ悪くさせちゃってたか?」

下手に出てそう言う龍路に、東屋は少し落ち着いて言う。

東「だから違げーっての。…お前さ、確かスタジオふぁるべのカメラマンの推薦で弐品展写真コンクールに出展してたよな?」

路「ああ……って、なんでお前、俺がカメラマンの人の推薦でコンクールに写真出したって知ってんだ?」

このあたりで、やっと他の部員たちも龍路や東屋の方を見る。東屋は龍路の言葉に、どこか不機嫌そうな恥ずかしそうな表情をする。

東「朧崎瑠璃、知ってるだろ?お前の写真に目ぇつけたスタジオふぁるべのカメラマン。アイツ俺の知り合いなんだよ。」

路「朧崎さんと?…あー、そういや通ってる学校聞かれた時に閏台高って言ったら、なんか意外そうな顔してたような…」

東「瑠璃の奴、俺が閏台高だって知ってるからな。」

そんな話の傍ら、孝彦が納得するように、が、はたまたどこか呆れるように他の部員に話している。

孝「なるほど、東屋の奴、龍路の写真の出展を勧めてくれた人が知り合いだからあんなにムキになってたのか。」

そんな孝彦とは正反対に、隆平がなぜかどこか嬉しそうな顔をしている。

隆「瑠璃さんか…なんだか美人の予感がするぜ……!」

そんな隆平を、龍路と東屋を除く全員が呆れてじっと見たが、本人は気付いていない。

路「で、朧崎さんがどうしたんだ?」

東「ああ。昨日ふぁるべに遊びに行ったんだけど、そしたら瑠璃に、スタジオで返しそびれたお前の写真を見つけたから返したいって言われたんだよ。」

そう言われ、龍路も思い出すように言う。

路「あ、やっぱりそうだったか!」

晶「やっぱり、ってーと?」

路「いえね、コンクールに写真を出してみないか?って朧崎さんに誘われて、修丸んとこのワンコの写真全部スタジオに持ってって、一緒にどれを出すかって選んでたんですよ。」

海「んでね、出展する写真選び終わった後にまとめて写真返してもらったんですけど、どうも数枚足りなかったんですよねぇ。」

龍路の話を、いつの間にか龍海が引き継いでいる。その話にみな納得していると、龍路もまた違う納得をして東屋の方を見る。

路「たぶんスタジオに忘れたんだな、とは思ってたけど、なんかわざわざ電話とかすんのも悪いと思って諦めてたんだよ。あの写真、景色とかじゃなくて修丸んとこのワンコの写真だろ?失くしたってなったら失礼だよなぁって思ってたからスゲー助かるよ!」

素直にそう言う龍路に、東屋は少し驚いている。

東「そ、そうか…?」

修「そんなの、別に気にしなくてもいいのに…」

優しく、しかし少し申し訳なさそうな修丸に、龍路は真面目に言う。

路「何言ってんだよ?ワンコだってお前の大事な家族だろ?…てか、モデル引き受けてもらっといてその写真を失くすなんて、カメラマン失格だからな。」

その話に、修丸は嬉しそうな顔をする。

修「むしろ、あの子たちをモデルにしてくれたおかげで里親が見つかったんですから、こっちの方が感謝しなきゃなんですけど。」

そんな様子を見て、東屋は少し寂しそうな顔をしていた。

東「……」

東屋がそんな顔をしていたことには誰も気づかず、その間に東屋はさりげなく龍路に話しかける。

東「なあ佐武、俺もふぁるべに用あってこれから行くつもりなんだけど、お前も行くか?」

そう言われ、龍路は少し考える。

路「今から?えっと……」

そしてバツ悪そうに晶の顔を見るが、晶はまるで覚悟していたかのような呆れた顔をする。

晶「行きたいんだろ?」

それから妥協するように優しく言う。

晶「…ま、お前の書いてる記事は隆平ほどは遅れてないし、修丸も手ぇ空いてるから手伝おうと思えば手伝えるだろうしな、今日1日部活抜けたって12月号の締め切りまでは十分間に合うさ。」

そう言う晶に、龍路もその心遣いをくんで優しく笑う。

路「すいません、センパイ。…じゃ、今日はお言葉に甘えちゃいますね。」

晶「おう。」

東「じゃ、行くか。」

そして東屋と龍路は部室を出て行った。

鳩「それにしても佐武の奴、ホントに心が広いと言うか、できた男だよな。」

隆「心が広いって、なんでっスか?」

鳩「まあ、実際のいざこざを見たわけじゃないから公平じゃないと言えば公平じゃないが、話を聞いた限りじゃクラスでのいざこざで佐武に非はなかったろう?でも、まったく東屋を責めようとしないもんな。」

賢「だから、みんな頼っちゃうんでしょうね。僕もセンパイのそういうところ、すごく好きですし。」

そう言った賢一の言葉にか、龍海はなぜか深いため息をついた。

賢「え…僕、変な事言った…?」

少し慌て気味な賢一に、龍海はその顔を見るでもなく、少し憂鬱そうに言う。

海「いえね、賢一センパイがって訳じゃなくて……」

陽「どういうこと?」

海「僕もきっとその要因なんだろうなぁってのはわかってるんですけどね、頼られるのも楽じゃないって、兄ちゃん言ってたから……」

孝「龍路がお前に?」

海「ハイ…クラスでも部活でも頼られて、そんでもって弟はみんな知っての通りの兄ちゃんっ子、しかも家とか親戚の集まりとかでもいっつも頼りにされるから、たまに疲れちゃうんだーって。」

そこまで言って、またため息をつく龍海。それから部員たちの顔を見るように言う。

海「でもね、パパやママにはそんなこと言わないんです。…2人もなんだかんだで兄ちゃんに頼りっぱなしだし、それに「俺は長男なんだからしっかりしないと」って、「頼られるのは嬉しいことだから」って。」

そこまで話してから、龍海はうつむく。

海「兄ちゃんが人に頼られて疲れるの知ってて、それでも甘えっぱなしなんて……やっぱダメな弟ですよね、僕って……」

落ち込む龍海に、賢一は優しく言う。

賢「ダメなんかじゃないよ。」

そう言う賢一を、落ち込んだまま見る龍海。

海「でも…」

賢「そうやって心配してくれる弟の、どこかダメなのかな?…ねえ?」

そう言って陽の顔を見る賢一に、陽も優しくうなずく。

陽「そうよ。龍路くんだってそうやってあなたに悩みを話せて、それだけでもとても助かってるんじゃないかしら?…龍海くんと話してる龍路くん、いつもどこか嬉しそうだもの。」

海「センパイ……」

そんな話の中、いつの間にか席について自分の記事に取りかかっていた孝彦が、その手を休ませずにさらっと言う。

孝「前にさ、俺もアイツの負担のこと心配して聞いたことあんだよ。「そんなに頼られて疲れないのか?」って。そしたらアイツ、「疲れることもあるけど、龍海の笑顔見ると頑張れるんだ」ってよ。」

海「え、兄ちゃんそんな事言ってたんですか?」

少し驚く龍海に、孝彦は顔をあげて小さく笑っている。

孝「ああ。…はたから訊いたらどこの恋人同士だよ!って思うけど、お前ら見てたら納得できるから不思議だよな。」

鳩「よかったな、佐武。お前も十分兄さんの支えになってるみたいじゃないか。」

海「先生……」

賢一や陽のようにやさしく話す鳩谷を、龍海は嬉しさからか泣きそうな顔をして見る。

海「先生に初めて、弟って付けずに佐武って呼んでもらえたぁ~!」

とても嬉しそうにそう言う龍海に、部内の雰囲気は一気に呆れムードへと変貌した。

(3)

一方、メディア部の部室を出た東屋と龍路は、敷ヶ丘にあるスタジオふぁるべに向かって歩いていた。

路「だけどさ、わざわざ部室までありがとな東屋!」

嬉しそうに礼を言う龍路に、東屋は無表情に前を向いたまま言う。

東「別に、わざわざじゃねーし…」

そう言ってから、東屋は龍路の顔を見る。

東「その、さ…教室では悪かったなって、謝ろうとも思ってたしさ……」

路「教室…?ああ、俺の入賞がコネだってあれか?」

東屋はバツ悪そうにうなずく。そんな東屋を見て、龍路は苦笑しながらも優しく言う。

路「悪いのは俺の方だよ。…確かにあの入賞はコネじゃないけど、そりゃ写真部でもない奴にデカい顔されちゃ腹立つのは当たり前だろ?……ちょっと舞い上がりすぎてたかなって反省してる。」

申し訳なさそうにそう話す龍路に、東屋も負けじと(?)申し訳なさそうな顔をしている。

東「いや、ありゃ完全に俺が悪かった。ってか、俺のせいでなんか他の奴らも悪乗りしちまったし……お前は悪くねーのに……」

そう言って、東屋は少し恥ずかしそうに言う。

東「教室とか、お前んとこの部室じゃ言えなかったけど、さ……俺、お前が羨ましかったんだ……」

路「俺が羨ましい?…何言ってんだよ、お前だってまだ2年生なのに、3年のセンパイ方よりもいい賞取れるほどの腕があるじゃんか。」

そう言う龍路に、東屋は黙り込んでしまう。

路「東屋…?」

東「いや…だって俺、瑠璃に写真褒められたことなんてねーもん。」

そう言った東屋は、どこか寂しそうだった。そんな東屋を、龍路は心配そうに見ている。

路「東屋……」

それから、龍路はハッと何かに気付いたような顔をする。

路「お前もしかして、朧崎さんの事が好きなのか?」

東「バ…!違げーよ!……好きとか、そーゆーんじゃなくて―」

路「憧れ、か?」

優しく問う龍路に、東屋は少し照れたような驚きを見せるも、すぐに照れだけを残して龍路から目を逸らす。

東「…俺と瑠璃、歳こそ5つも違うけど家が近所でさ、幼なじみっつーの?いつも一緒に遊んだりするような仲なんだ。それで、中学から写真始めたアイツに憧れて、俺も中学から写真部入ってさ、今も部活で写真撮ってんだけど……1回もアイツに写真の事褒められたことなんてないんだ。…なのにお前は、瑠璃と会ったことだってなかったくせに写真褒められて、しかもアイツに勧められて出展したコンクールで入賞だろ……?」

そう言って、東屋はまた龍路の顔を見る。その顔には自嘲の色が見えた。

東「みっともねーよな…認めてほしい相手に認められた相手を羨ましがってひがむなんてよ。……いや、ひがみっつーより、こりゃ嫉妬か?……俺、ホンット弱い男だよ。」

そう話す東屋に、龍路はまるで龍海に話している時のように、優しく言う。

路「嫉妬でもひがみでもさ、お前ってスゲーよ。」

その言葉に、東屋は不思議そうな顔をする。

東「は?すごい?…おい、佐武お前何言ってんだよ……」

路「だってそうだろ?普通、自分の弱さなんて誰にも言いたくないもんだ。でも、お前は2人きりとは言え、それをこうして面と向かって俺に話してくれたじゃんか。」

本心からそう話す龍路に、東屋は苦笑する。

東「お前、ホンットに心広いよな。…なんか、みんながお前のこと頼る気持ちもわかる気がするよ。」

そう言って、東屋は少し心配するような顔をする。

東「お前さ、そんな調子じゃ絶対人生苦労するぞ?」

そう言われ、龍路はどこか力強い顔をする。

路「だとしても、味方がいるから平気だけどな。」

東「味方…?」

路「ああ。いつでも俺を元気にしてくれる、最高の味方さ。」

東「誰だよ、それ……」

龍海の事を言っている龍路に不思議そうな顔をする東屋だったが、ふと東屋は歩を止めた。

東「あ、着いたな。」

そう言って東屋が見た先には、「スタジオふぁるべ」と書かれた建物があった。

路「お、懐かしいなぁ。」

そんな龍路を写真好きの同志として認めているのか、どこか嬉しそうに見てから、東屋はスタジオに向けて歩き出す。

東「じゃ、行くか。」

路「ああ。」

2人はスタジオのドアを開けて中に入る。

高「あれ、茜介くん…?」

受け付けでパソコンをいじっていた青年が東屋たちに気付く。

東「こんちわ。」

路「高須賀さん、久しぶりです。」

高須賀と呼ばれた青年、高須賀志穏は、どこか懐かしそうに龍路を見る。

高「あ、佐武くん久しぶり!いやあ、弐品展入賞したんだってね、おめでとう!」

路「ありがとうございます。」

嬉しそうにそう言う龍路に、高須賀はふっと不思議そうな顔をする。

高「…って、あれ?茜介くんと一緒に来たってことはもしかして2人って友達?」

東「友達っつーかクラスメート。」

呆気なくそう言う東屋。

高「ああ、そうだったの!そういや2人とも閏台高校だもんね!…で、今日はどんな用かな?スタジオ使ってくの?」

東「そーじゃないよ。佐武から預かってて返し忘れてた写真が見つかったって瑠璃が言ってたからさ、それ取りに来たんだ。なあ?」

そう言って龍路の顔を見る東屋にうなずく。

高「そっか。」

と、その時スタジオのドアが開いてカメラバッグを肩にかけた女性ともう1人の女性が現れる。

朧「そりゃあタイミング悪かったなぁ…」

東「瑠璃!」

嬉しそうに女性を呼ぶ東屋。この女性が東屋の友人であり、龍路の写真をコンクールに推薦したスタジオカメラマン、朧崎瑠璃である。

登「まあ、仕事中だからタイミング良い時ってのも難しいけどね。」

朧「そーゆーこった。…あ、登坂さんさ、中入ってお湯沸かしてなよ。高校生と言えど、この子らお客さんだからさ。」

登「あ、はい。」

そう言って受付へのドアを通って、受付からしか入れないスタッフルームに入って行った登坂と呼ばれた女性は、スタジオアシスタントの登坂翼である。

路「あの、タイミング悪いってのは?」

朧「明日までにって言われた写真の現像しちゃおうかと思ってな。…お得意さんだから、遅れるわけにもいかないんだよ……」

東「マジかよぉ……」

残念そうにそう言う東屋だったが、龍路は少し遠慮がちに言う。

路「だったら、朧崎さんの手が空くまで待たせてもらってもいいですかね?」

朧「ああ、もちろん。もう少ししたらお茶かなんか入るだろうし。…な、いいよな?」

高「いいよな、って…待たせるつもりでお湯沸かしに行かせたんでしょ?」

呆れるように苦笑する高須賀に、朧崎は元気に答える。

朧「まーな!…ってことだからさ、仕事片すまで待っててくれよ。」

そう言う朧崎に、龍路は嬉しそうに言う。

路「ええ。」

朧「んじゃ、頑張って1時間で終わらせてくっから!」

そう言って朧崎はスタッフルームへと入って行く。

東「今から1時間ったら5時半過ぎか…ま、しゃーねーや。」

そう言って東屋は客用に置いてある写真やカメラ関連の雑誌を見にブックラックのある方へ歩いて行く。その間に、受付の「Staff only」と書かれたドアを開けて高須賀がロビーに出てくる。

高「そろそろお茶も入るだろうし、とりあえずスタッフルームおいでよ。…あ、佐武くんもなんか読みたいのあったら持っておいで。」

路「あ、はい。」

高須賀にそう言われ、龍路も東屋と一緒に適当に雑誌を取ってスタッフルームに入った。

椛「あら!茜ちゃんに、あなた龍路くんじゃない!久しぶり~!」

スタッフルームで仕事をしていた、スタジオふぁるべの女社長である椛江夏代が、東屋と龍路を見てこれまた高須賀のように嬉しそうに言う。

路「どうも、椛江さん。」

東「ちょっとここ借りるよ。」

椛「ええ、瑠璃ちゃんに用あるんだってね。いいわよ、好きに使って。」

東「あんがと、しゃちょー。」

そんな話の最中、台所の方から2人分のお茶を持って登坂が出てくる。

登「それにしても東屋くんったら、今日も朧崎さんに会いに来たの?」

少し茶化すようにそう言う登坂に、東屋は顔を赤くしつつ、口をとがらせる。

東「違げーよ!…俺はコイツの用事に付き合ってきただけ!」

そう言う東屋を、龍路は不思議そうに見る。

路「あれ、でもお前もここに用あるって言ってたろ?」

東「あれはお前に気ぃ使わせないように…じゃなくて!そんなこと言ってない!」

ムキになる東屋を少し面白そうに見ながら、龍路は笑う。

路「あー、そうだったな。俺の勘違いだ、悪い。」

東「ったく……」

そんな会話の中、登坂は横長ソファの前にあるテーブルにお茶を置いていた。

登「その大人な対応、相変わらずね佐武くん。それに東屋くんの大人気なさも相変わらずだぁ。…ま、こっちは全然久しぶりでもないんだけどさ。」

くすくす笑いながらそう言う登坂に、東屋はまたムキになる。

東「登坂さん!…ったく、なんだよみんなして……」

ふて腐れる東屋を見て、登坂はなお、くすくすと笑いながら椛江の方へ歩いて行く。

登「それじゃ私、明日渡す分の写真整理してきますね。」

こらえ笑いでそう言って階段に向かった登坂は、階段を降りる直前で東屋たちの方を振り返る。

登「東屋くん、朧崎さんの事好きなら、好きって言った方がいいよ!」

東「だ、だから違げーっての!」

そんな声を聞きながら、登坂はくすくす笑いながら資料室と現像室、ロッカールームのある地下へと降りて行った。その様子を開けっ放しのドアから聞いていた受付の高須賀が、受け付けとスタッフルームのドアの境に立っている。

高「そっかぁ、茜介くんは朧崎さんが好きなのかぁ。」

東「だから違げーよ!」

そう言う東屋に、高須賀は面白がるようにニヤニヤと言う。

高「いやぁ、翼がああ言うってことは図星なんだろ?アイツ、恋愛には敏感だからなぁ。」

そう言う高須賀に、東屋はソファにどっかと座ってテレを隠すように、はたまた呆れたように言う。

東「そーゆー高須賀さんは幸せボケしすぎて人の恋愛には鈍すぎるんじゃねーの?」

高「別に僕、幸せボケなんてしてないけどなぁ……」

恥かしさ紛れの東屋に苦笑いの高須賀。そんな様子を見て、東屋につられてソファに座った龍路が不思議そうに東屋に訊く。

路「幸せボケってどういうことだ?」

東「あ、そっか…お前がここ来なくなってからだからなぁ。」

その言葉にさらに不思議そうな顔をする龍路に、椛江がなんだか嬉しそうに笑いながら言う。

椛「翼ちゃんと志穏くんね、来週結婚するのよ?」

路「結婚?!…へえ、じゃあ、登坂翼さんじゃなくて来週から高須賀翼さんになるのかぁ。…あ、でも俺がここ来てたのって2カ月くらい前なのに、それから付き合って結婚…ってのはちょっと早すぎないですか?」

高「あー、いや、結婚するって決めたのが1ヶ月くらい前の話で、2年前から付き合ってはいたんだ。…たださ、職場恋愛ってなんか言いづらくてズルズルしちゃって、結婚決めるまでは朧崎さんにも社長にも内緒にしてたんだ。もちろん、君たちにもね。」

東「俺だって、先週ここに遊びに来た時に瑠璃から訊いて初めて知ったんだぜ?ま、高須賀さんと登坂さんならお似合いだなって納得しちゃったけどさ。」

椛「でも翼ちゃんも物好きよねぇ。そりゃ年増の私からしたら志穏くんの女々しさもかわいいって魅力の1つだけどさ、歳の近い女の子にしたらそういう子ってなんか頼りがいなさそう~。」

茶化すような椛江に、高須賀は少しムキになる。

高「仕方ないじゃないですかぁ。うちは僕が幼稚園入る前に親が離婚して、今の今までずっとお母さんと2人暮らし。そりゃあお父さんなんか写真でしか覚えてないんだから女々しくもなりますよ…」

東「ま、だからこそ、高須賀さんと同じく両親が離婚してる登坂さんと馬が合い、ここまで仲良くなれたんだろぉ?」

椛江に続いてからかうような口調の東屋。

高「もう、大人をからかわないの!……あ!僕そろそろ受付戻んないとなー!じゃあ、ごゆっくりー!」

少々わざとらしくそう言い、高須賀が少し恥ずかしそうに受付に引っ込む。そして高須賀が受付へのドアを閉めたのを見て、椛江がどこか寂しそうにため息をつく。

椛「若い子たちはいいわよねぇ。私もあと20年若かったら、志穏くんみたいな子と結婚したかったなぁ……」

東「だったら女社長なんてやってないで結婚すりゃよかったじゃん。」

椛「でも、やっぱ社長やるのも私の生きがいだし…それにもし私が若かったとしても翼ちゃんがいたんならもともと無理な話だしねぇ。」

そこまで話して、椛江は開き直るように言う。

椛「あー、ホント若いっていいなぁ!」

そんな椛江を、東屋は呆れながら、龍路は苦笑しながら見ていた。

登坂が地下に降りて15分ほど後、高須賀がスタッフルームを覗きに来る。

高「朧崎さーん!…やっぱまだ戻ってない?……よね…」

目があった、写真の雑誌を見ながら談笑ている高校生2人に苦笑する高須賀に、メガネをかけて明細書やらの整理をしていた椛江が顔をあげる。

椛「どうしたの?」

高「予約してないお客さん来ちゃって……撮影、翼に頼んでも大丈夫ですかね?」

椛「そうねぇ…翼ちゃん、まだ瑠璃ちゃんのアシスタントだしなぁ……ま、それでもだいぶ腕も上がってるみたいだし、ちょっと頼んでみようか。…私呼んでくるから志穏くん、受付戻っといてくれる?」

高「あ、はい。」

それから高須賀は受付へ、椛江は地下へ降りて行った。それから数分後、登坂と椛江が1階に上がってくる。

椛「じゃ、頼んだわよ翼ちゃん!…リラックスして大丈夫だから。」

登「はい!頑張ります!」

そう言って受付に出て行った登坂を見て、東屋がどこかホッとしたように言う。

東「登坂さんも、そろそろアシスタント卒業しそうだなぁ。」

椛「そうねえ、ずっと瑠璃ちゃんのアシスタントやってもらってたけど、今回お客さんに満足してもらえたら、撮影の方も本格的にやってもらおうかしら。」

そんな話を、龍路も興味ありげに聞いていた。

椛「じゃ、私翼ちゃんのやってた仕事の続き片付けてくるから、なんかあったら呼んでね。」

路「あ、はい。」

椛江はそう言って、登坂の仕事の続きをしに地下へ降りて行った。

椛江が降りてから10分ほど経って時刻は5時になろうとしている頃、5時までの営業時間を終えて玄関を閉めてきた高須賀がスタッフルームに入る。それに気付いた東屋は壁に掛けてある時計を見てから言う。

東「あ、お疲れさん。…もう玄関閉めたの?」

高「うん。あのさ、社長どこ行ったかわかる?」

路「ああ、椛江さんなら登坂さんのやってた仕事、片付けに行きましたよ?」

高「あ、そうなんだ。」

そう言って階段の方へ向かう高須賀。

路「なんか用事ですか?」

高「翼もそろそろ仕事終わりそうだし、お茶でも入れようと思ってね。」

そう言って、高須賀は地下へ向かった。

それから7,8分ほど後、受付のドアを通って登坂がスタッフルームに入ってくる。

路「あ、登坂さん。」

東「お疲れさん。撮影どうだった?」

登「すっごい緊張した!…でもね、お客さんもなんか納得してくれた感じだから安心もしてるけどね。」

その話を聞いて、龍路と東屋は嬉しそうに顔を見合わせ、登坂はそんな2人を不思議そうに見る。

路「登坂さん、もしかしたらアシスタント卒業かも知れませんよ?」

登「え?どういうこと?」

東「さっき社長が言ってたんだよ。今回お客さんに満足してもらえたら、撮影の方も本格的にやってもらおうかなって。」

その話に、登坂は嬉しさゆえに驚きを隠せない。

登「え、本当?」

東「ああ。なあ?」

そう言われ、龍路もうなずく。と、そこに椛江と高須賀が地下から上がってくる。

椛「あら、お疲れ様。」

登「お疲れ様です!」

椛「いやあ、半端な仕事片付けてたら遅くなっちゃったわぁ。」

頭をかくようにそう言う椛江に、高須賀も苦笑しながら言う。

高「僕、社長を呼びに行くだけのつもりだったんですけどね……」

東「手伝わされたんだ……(汗)」

東屋の言葉に、高須賀は苦笑したままうなずく。

椛「それにしても翼ちゃんのその顔…初のカメラマンとしての仕事は成功したのかしら?」

嬉しそうにそう言う椛江に、登坂も嬉しそうに、また少し自信のなさそうに言う。

登「まあ、成功してたら嬉しいんですけど…ね」

高「大丈夫だって。お客さん、怒ってなんかなかったでしょ?」

登「そうだけど、まだモノは見せてないもの……」

少し不安げな登坂に、高須賀は優しく笑う。

高「ま、とにかく一仕事終えたんだから休んどきなよ。」

そう言って高須賀は台所の方へ向かう。そこで電灯をつけ、ヤカンに水を入れながら声を張る。

高「社長ー!ミルクティの粉末、開けてもいいですかー?」

椛「ええ、開いてるのなかったら開けていいわよ!」

高「じゃ、開けちゃいますねー!」

椛江の答えを聞いて、高須賀はヤカンをIHヒーターの上に置く。そしてボタンを押したその時だった。

高「うわ!」

路「なんだぁ?!」

東「停電かぁ?!」

スタッフルームや台所の照明が消え、皆驚く。

登「大丈夫よ、ブレーカーが落ちただけだから。」

東「あ、マジか……じゃあ、ブレーカーだったら俺あげてくるよ。」

そう言って立ち上がる東屋。

路「あげてくるって、お前場所わかるのか?」

東「ああ。確か下のロッカールームの奥。灯りもこれあるから大丈夫だよ。」

そう言って東屋は携帯を開く。

路「そっか。でも気ぃ付けろよ?」

東「おう。」

東屋は携帯の灯りを頼りに階段を降りていく。

東「(えっと、階段下りてすぐ隣に…あ、このドアか。)」

地下に降りてロッカールームのドアを開けた東屋は、足元を照らしながら部屋の奥へと歩いて行く。

東「(あ、あった!…えっと…これでいいんだよな?)」

東屋がブレーカーをあげると、1階も2階もブレーカーが落ちる前まで付いていた電気が再びつく。

東「(お、付いた付いた。…にしても、瑠璃の奴大丈夫だったかな?いくら現像室は暗いったって、機械止まったら現像中のネガだめになってるかもだし……)」

そう思い立って、東屋はロッカールームを出て現像室へと行く。

東「(つーか……現像室ってこんなに音うるさかったけか?)」

いぶかしげにそう思いながら、東屋は現像室の前で立ち止まる。

東「瑠璃ー?今ブレーカー落ちたけど大丈夫だったか?」

その言葉に、返事は帰ってこない。

東「瑠璃…?」

返事がないことを不思議がり、東屋はドアノブに手をかける。

東「ちょっと入るぞ?」

またもや返事がない。今度は嫌な予感が強く東屋を襲う。そんな中でドアを開け、ドアの近くにある電灯のスイッチに手をかけて電気をつける。そこに東屋は1歩踏み入れた。

東「瑠璃ー?いるんだよな…?瑠璃―」

その時、東屋は現像機材の影からあるものを見つけた。

東「うわぁああ!」

東屋の叫びは1階にまで聞こえた。

高「今の声、茜介くんだよね?」

登「どうしたのかしら…?」

心配するスタジオのスタッフだったが、龍路は階段に向かって走り出している。

椛「あ、ちょっと龍路くん!」

路「俺、様子見てくるんでみなさんは待っててください!」

そう言って龍路は階段を降りて行った。

路「おい、東屋どうした?!」

そう言って地下に着いた龍路がいたのは、開きっ放しになっている現像室のドアだった。

路「東屋―」

現像室を覗いて、龍路は驚きを隠せなかった。そこには、倒れている朧崎瑠璃を必死に揺さぶる東屋の姿があった。

東「おい、瑠璃!どうしたんだよ!!おい!」

そんな東屋のもとに龍路は慌てて駆け寄る。

東「あ、佐武!…瑠璃が……息してねーんだよ!」

路「え…?!」

驚いて龍路もしゃがみこんで朧崎をよく見てみる。

路「おい、これ見ろよ……」

東「な、なんだよこれ!?」

東屋は、長い髪の隙間から見える、朧崎の首にくっきりとついている索状痕に驚いた。

路「たぶん、首を絞められた痕だよ……」

東「首絞められたって、誰にだよ!誰がこんなことしたんだよ!!」

未だパニックのままの東屋だが、龍路はその目を見てできる限り自分にも落ち着くよう言い聞かせながら言う。

路「落ち着けって!……とにかく電話だ!」

東「電話ってどこに?!」

路「警察と救急だよ!ここじゃ電波届かないから、とりあえず上がるぞ!」

東「あ、ああ……」

龍路の説得に少し落ち着いた東屋は、立ち上がって部屋の外に向かう龍路の後に続く。そして龍路はドアの前まで来てふと立ち止まる。

東「佐武…?」

路「お前、先上がって電話かけててくれ。」

東「お前は?」

路「一応ここの写真撮っとく。コイツは、明らかに事件だろうから……」

東「……わかった。」

そう言って東屋は階段へ向かい、龍路は現像室の写真を撮り始めた。

(4-1)

翌日のメディア部。佐武兄弟と、晶に頼まれて部室にたまった再生紙を資源置場まで置きに行っている賢一以外のメンバーがすでに集まっていた。鳩谷もまた(担当教科は英語のはずなのだがなぜか)数学を隆平に教えるために部室に来ている。

鳩「いいか?この式をX2乗-2Xで割った時の余りを求めよ。…この問題の解き方はわかるか?」

隆「……んなこと言っても、なんでこのXの右上の数字って3とか2とかバラバラなんスか?ってか、式を式で割るなんておかしいですよ。」

真面目にそう言う隆平に、鳩谷は困ってしまう。

鳩「そう言われてもなぁ…俺の担当は英語だからなぁ……」

晶「また、いい大人がそーやって逃げる…(呆)」

逃げ腰な鳩谷を晶はまた呆れるような顔で見ている。と、その時部室のドアが開く。

晶「お、龍海。」

入ってきたのは龍海だが、どこか寂しそうな、心配そうな顔をしている。

晶はそんな様子に気が付いた。

晶「おい、どうした?……もしかして龍路は休みなのか?」

最後の方は少しからかい気味だった晶に、龍海は元気なくうなずいた。

晶「あ、ホントだったのか…で、休みの理由は?!」

少し焦る晶だったが、ふと自分の記事を書いていた孝彦が手を休めて晶の方を見る。

孝「ああ、龍路だったら東屋と警察に行ってくるらしいですよ。部活は来れたら来るって言ってました。」

晶「警察ぅ?なんでまた…」

孝「さぁ、そこまでは聞いてませんから―」

海「殺人事件の参考人だって……」

孝彦の言葉が終わるのも待たずにそう言う龍海の言葉に、部室全体が驚く。

陽・晶・孝・隆・修・鳩「!?」

陽「殺人事件ってどういうこと?!」

驚く陽に、龍海は浮かない顔をあげる。

海「昨日東屋さんとスタジオ行った時に殺人事件に巻き込まれたって。それも亡くなったのって、コンクールの出展を勧めてくれた、朧崎さんだったって……」

修「あの、じゃあもしかして龍路くん、容疑者になっちゃってる…とかですか?」

訊きづらそうにそう言う修丸に、龍海は首を横に振る。

海「兄ちゃんはその、アリバイ?とかがあるからそこまで疑われてるわけじゃないって言ってましたけど―」

その時、部室のドアが開く。

賢「すいません!開始時間過ぎちゃって……」

そこに立っていたのは、空になった再生紙入れの段ボールを抱えた賢一だった。

陽「ヨシくん……」

なんとなく部室の雰囲気が重いことに、直感の働きやすい賢一はすぐに気付いた。

賢「あの……何かあったんですか?」

誰でもいいから答えてほしいと思ってそう言う賢一は、何か嫌な予感を感じでいた。自分でもわかるほど、心臓が音を立てているほどに…

鳩「……佐武がな、昨日東屋と一緒に行ったスタジオで殺人事件に巻き込まれたんだそうだ。それで警察に行ってて、部活に遅れるそうなんだが……」

鳩谷の言葉をきっかけに、賢一の脳裏に容赦なく何かがよぎっていく。

 

―ケ「何かが起きる…起き続けてしまう……お前が記憶を取り戻すその時まで…お前が過去を乗り越えるその時まではな……」―

 

賢「何かが……―!」

近くにいても聞き取れないほどの声でそうつぶやいた後、再び賢一の脳裏を何かがよぎっていく。

 

―?「お前がいるせいで、みんな不幸になるんだ!!」―

 

賢「!」

謎の声が脳裏をよぎると同時に、大きな動悸に襲われた賢一は思わず頭を押さえて膝をつく。

鳩「お、おい神童!」

陽「ヨシくん!……!」

驚き、心配する部員たち。そして陽は咄嗟に賢一に駆け寄るが、賢一は腕を伸ばして陽を制する。

賢「……くそったれが……!」

陽「え……?」

さっきと同じほどの小さな声でそうつぶやいた賢一は、頭を押さえた手の指の隙間から、部室全体をまるで睨むように一瞥する。

賢「責めるなというのが、わかんねーのかよ……」

怒りを抑えるようにそう言って静かに立ち上がった賢一は、すでに賢一ではなかった。

陽「ケンイチくん……!」

隆「どう、なってんだ……?」

隆平はもちろん、他の部員たちも訳が分からないでいる。それに気付いたケンイチは鬱陶しそうに、少しふらつきながら賢一の席に着く。

ケ「どうもこうも、お前らのせいだろうが……」

孝「俺たちのせい…?」

不思議そうにそう訊く孝彦だったが、それには答えずケンイチは苛立たしげに額を押さえてうつむく。

ケ「いや…違う……オレのせいだ……」

修「あ、あの…僕らのせいとか、ケンイチくんのせいとか……どういう事なんですか…?」

その問いをうつむいたまま聞いて、ケンイチは顔もあげずに言う。

ケ「……賢一はとっくに気付いている……お前たちも、そろそろ気付いているんだろ?」

そして顔をあげて部員たちを見渡す。

ケ「オレが賢一の体を有するようになってから、賢一の周りで事件が多いことに……」

その言葉に、皆驚きを隠せないでいる。

海「体を有するって……賢一センパイとケンイチさんが初めて入れ替わってからってことですか…?」

ケ「ああ……」

鳩「確かに…言われてみればそうかもしれないな。篠原が5月の始めに亡くなって、初めてお前が現れてその事件を解決してから、メディア部は何度も殺人事件に関わっているような気がする……」

晶「物理部での事件、修丸が遭遇した口裂け男の事件、孝彦が巻き込まれた図書委員の事件、龍海がトリックの一部を撮影した写真屋の向かいでの事件…それに、隆平が異変に気付いたこの前の自殺に見せかけた事件……」

指を折りながら、晶は思い出すように今年度巻き込まれた事件を言っていく。それを聞いて、孝彦が少し慌て気味に言う。

孝「で、でも…事件なんて毎日起きるモノだぞ?ただ、事件の件数と日本の人口の割合で、遭遇したり巻き込まれたりするのが稀なだけで―」

ケ「稀……フン、お前は本当にこのメディア部の事件への遭遇率が稀だと言い切れるのか?」

孝「それは……」

ケンイチの言葉に、孝彦は何も言い返せなかった。

ケ「賢一は理由こそ知らずとも、事件が立て続けに起こることは自分の責任だと思っているんだ……自らが自らにかけたその重圧に耐えきれず、その弱った精神の隙を記憶の破片に突かれて壊れかける……」

陽「じゃあ…またヨシくんを守るために出てきてくれたのね……」

他の部員たちがケンイチのいう事を理解しかねている中でそう言う陽を、ケンイチは一瞥だけしてすぐにまた目を逸らす。

海「あの、つまりメディア部の周りで事件が多いのと賢一センパイには関係があるってことですか?」

ケ「賢一じゃない…」

海「え…?」

ケ「オレが、存在するからだ……オレが存在するから、賢一の周りで殺人事件が繰り返し起きてしまう……」

静かにそう答えるケンイチに、再び部員たちは驚いた。

鳩「どういうことだ…?お前が存在するから事件が多いなんて、よくわからないんだが……」

ケ「オレは生まれてから…いや、生まれるよりも前からずっと周りの人間の負の感情を増幅させ続ける存在だった…。物理部での事件は偶然だったのかもしれない。だが、それ以降の事件はすべて、オレが呼び寄せてしまったようなものなんだ……信じられないかもしれないがな。」

そう話すケンイチに、晶はどこか複雑そうに言う。

晶「お前の存在が負の感情を増幅させるとか、事件を呼び寄せるとか、にわかには信じがたい話だ。だが、お前が現れてからメディア部…いや、賢一の周りで事件が多発しているのも事実……今の話、信じざるを得ないよ。」

そして、うつむいて少し黙った後に、どこか困ったようにケンイチの方を向く。

晶「なあ、ここまで話してくれるんなら教えてくれないか?お前が生まれたのはいつのことなんだ?生まれるよりも前と言うのはどうことなんだよ……」

その問いに部員たちはケンイチを、もしくは晶を心配そうに見ていたが、その中でケンイチはふと不安そうな陽を見る。

ケ「お前は、オレを信じると言ったな……賢一の記憶がどんなに辛いものでも、賢一を支えてみせる、とも……」

その問いに、陽は不安さをすべては消せずとも、強くうなずく。

陽「言ったわ……」

ケ「その心境に、変化はないのか?」

その言葉に、陽は強気にも優しく笑って見せる。

陽「変わるわけ、ないじゃない…!」

ケ「そう、か……」

驚くことなくそうだけ言って、ケンイチは部員たち全体を見渡す。

ケ「……オレは賢一と共に生まれ、賢一が見てきたこと、聞いてきたこと、感じてきたこと……オレはそのすべてを共有し、記憶してきた。それは今も変わらない。」

孝「それは…ってことは、何かは変わったってことか?」

ケ「10年前までは、オレは今のように賢一の体を有することはできなかった。…そういう意味では、オレが生まれたのは16年前ではなく、10年前という事になるだろうな。」

陽「10年前までって、ヨシくんがうちに来るまでってこと…よね?」

自信なさそうにそう言う陽に、ケンイチはその顔こそ見ずとも小さくうなずく。

晶「生まれる前って、そういう事だったのか……」

ケンイチは小さく眉をしかめるだけで、何も答えない。

隆「でもよ、10年前っつっても、ケンイチが現れたのは今年になってからなんだろ?」

陽にそう訊く隆平に、陽はうなずく。

陽「ええ、物理部の事件が起きるまで、私もお父さんもケンイチくんのことは知らなかった……」

そう言いながら陽は不安そうにケンイチを見る。

ケ「お前たちだけじゃない。…賢一本人も、オレの存在には気づいていなかった。オレが気付かせないようにしていたからな。」

鳩「だがさっきの言い方だと、神童が記憶を失くしてからは、お前は出ようと思えばいつでも表に出てこれたと言うのか?」

不思議そうにそう訊く鳩谷に、ケンイチはどこか悩ましげに答える。

ケ「出ようと思えば、な……だが、出たくはなかった。出来る事ならあの時、賢一の記憶と共に消えてしまいたかった……」

修「消えたかったなんて……どうしてですか…?」

悲しげにそう言う修丸の言葉に、ケンイチはどこか悔しそうに、そして悲しそうに目を細める。

ケ「オレの…賢一の大事な存在を失うのは、もう嫌なんだよ…!」

感情的にそう言って机をたたくケンイチを、みな心配そうに見る。

ケ「オレさえいなけりゃ、賢一は誰にも疎まれることはなかった。……アイツを失うことだって!」

陽「アイツ……?」

ケンイチの言葉を、陽は聞き逃さなかった。そしてそのことに、ハッと我に返ったケンイチも気づいて気まずそうに陽の顔を見る。

陽「アイツって、誰……?」

ケ「アイツは……アイツは賢一の―」

ケンイチがなぜか動揺してそう言いかけた時……

 

 

 

 

(3)

一方、メディア部の部室を出た東屋と龍路は、敷ヶ丘にあるスタジオふぁるべに向かって歩いていた。

路「だけどさ、わざわざ部室までありがとな東屋!」

嬉しそうに礼を言う龍路に、東屋は無表情に前を向いたまま言う。

東「別に、わざわざじゃねーし…」

そう言ってから、東屋は龍路の顔を見る。

東「その、さ…教室では悪かったなって、謝ろうとも思ってたしさ……」

路「教室…?ああ、俺の入賞がコネだってあれか?」

東屋はバツ悪そうにうなずく。そんな東屋を見て、龍路は苦笑しながらも優しく言う。

路「悪いのは俺の方だよ。…確かにあの入賞はコネじゃないけど、そりゃ写真部でもない奴にデカい顔されちゃ腹立つのは当たり前だろ?……ちょっと舞い上がりすぎてたかなって反省してる。」

申し訳なさそうにそう話す龍路に、東屋も負けじと(?)申し訳なさそうな顔をしている。

東「いや、ありゃ完全に俺が悪かった。ってか、俺のせいでなんか他の奴らも悪乗りしちまったし……お前は悪くねーのに……」

そう言って、東屋は少し恥ずかしそうに言う。

東「教室とか、お前んとこの部室じゃ言えなかったけど、さ……俺、お前が羨ましかったんだ……」

路「俺が羨ましい?…何言ってんだよ、お前だってまだ2年生なのに、3年のセンパイ方よりもいい賞取れるほどの腕があるじゃんか。」

そう言う龍路に、東屋は黙り込んでしまう。

路「東屋…?」

東「いや…だって俺、瑠璃に写真褒められたことなんてねーもん。」

そう言った東屋は、どこか寂しそうだった。そんな東屋を、龍路は心配そうに見ている。

路「東屋……」

それから、龍路はハッと何かに気付いたような顔をする。

路「お前もしかして、朧崎さんの事が好きなのか?」

東「バ…!違げーよ!……好きとか、そーゆーんじゃなくて―」

路「憧れ、か?」

優しく問う龍路に、東屋は少し照れたような驚きを見せるも、すぐに照れだけを残して龍路から目を逸らす。

東「…俺と瑠璃、歳こそ5つも違うけど家が近所でさ、幼なじみっつーの?いつも一緒に遊んだりするような仲なんだ。それで、中学から写真始めたアイツに憧れて、俺も中学から写真部入ってさ、今も部活で写真撮ってんだけど……1回もアイツに写真の事褒められたことなんてないんだ。…なのにお前は、瑠璃と会ったことだってなかったくせに写真褒められて、しかもアイツに勧められて出展したコンクールで入賞だろ……?」

そう言って、東屋はまた龍路の顔を見る。その顔には自嘲の色が見えた。

東「みっともねーよな…認めてほしい相手に認められた相手を羨ましがってひがむなんてよ。……いや、ひがみっつーより、こりゃ嫉妬か?……俺、ホンット弱い男だよ。」

そう話す東屋に、龍路はまるで龍海に話している時のように、優しく言う。

路「嫉妬でもひがみでもさ、お前ってスゲーよ。」

その言葉に、東屋は不思議そうな顔をする。

東「は?すごい?…おい、佐武お前何言ってんだよ……」

路「だってそうだろ?普通、自分の弱さなんて誰にも言いたくないもんだ。でも、お前は2人きりとは言え、それをこうして面と向かって俺に話してくれたじゃんか。」

本心からそう話す龍路に、東屋は苦笑する。

東「お前、ホンットに心広いよな。…なんか、みんながお前のこと頼る気持ちもわかる気がするよ。」

そう言って、東屋は少し心配するような顔をする。

東「お前さ、そんな調子じゃ絶対人生苦労するぞ?」

そう言われ、龍路はどこか力強い顔をする。

路「だとしても、味方がいるから平気だけどな。」

東「味方…?」

路「ああ。いつでも俺を元気にしてくれる、最高の味方さ。」

東「誰だよ、それ……」

龍海の事を言っている龍路に不思議そうな顔をする東屋だったが、ふと東屋は歩を止めた。

東「あ、着いたな。」

そう言って東屋が見た先には、「スタジオふぁるべ」と書かれた建物があった。

路「お、懐かしいなぁ。」

そんな龍路を写真好きの同志として認めているのか、どこか嬉しそうに見てから、東屋はスタジオに向けて歩き出す。

東「じゃ、行くか。」

路「ああ。」

2人はスタジオのドアを開けて中に入る。

高「あれ、茜介くん…?」

受け付けでパソコンをいじっていた青年が東屋たちに気付く。

東「こんちわ。」

路「高須賀さん、久しぶりです。」

高須賀と呼ばれた青年、高須賀志穏は、どこか懐かしそうに龍路を見る。

高「あ、佐武くん久しぶり!いやあ、弐品展入賞したんだってね、おめでとう!」

路「ありがとうございます。」

嬉しそうにそう言う龍路に、高須賀はふっと不思議そうな顔をする。

高「…って、あれ?茜介くんと一緒に来たってことはもしかして2人って友達?」

東「友達っつーかクラスメート。」

呆気なくそう言う東屋。

高「ああ、そうだったの!そういや2人とも閏台高校だもんね!…で、今日はどんな用かな?スタジオ使ってくの?」

東「そーじゃないよ。佐武から預かってて返し忘れてた写真が見つかったって瑠璃が言ってたからさ、それ取りに来たんだ。なあ?」

そう言って龍路の顔を見る東屋にうなずく。

高「そっか。」

と、その時スタジオのドアが開いてカメラバッグを肩にかけた女性ともう1人の女性が現れる。

朧「そりゃあタイミング悪かったなぁ…」

東「瑠璃!」

嬉しそうに女性を呼ぶ東屋。この女性が東屋の友人であり、龍路の写真をコンクールに推薦したスタジオカメラマン、朧崎瑠璃である。

登「まあ、仕事中だからタイミング良い時ってのも難しいけどね。」

朧「そーゆーこった。…あ、登坂さんさ、中入ってお湯沸かしてなよ。高校生と言えど、この子らお客さんだからさ。」

登「あ、はい。」

そう言って受付へのドアを通って、受付からしか入れないスタッフルームに入って行った登坂と呼ばれた女性は、スタジオアシスタントの登坂翼である。

路「あの、タイミング悪いってのは?」

朧「明日までにって言われた写真の現像しちゃおうかと思ってな。…お得意さんだから、遅れるわけにもいかないんだよ……」

東「マジかよぉ……」

残念そうにそう言う東屋だったが、龍路は少し遠慮がちに言う。

路「だったら、朧崎さんの手が空くまで待たせてもらってもいいですかね?」

朧「ああ、もちろん。もう少ししたらお茶かなんか入るだろうし。…な、いいよな?」

高「いいよな、って…待たせるつもりでお湯沸かしに行かせたんでしょ?」

呆れるように苦笑する高須賀に、朧崎は元気に答える。

朧「まーな!…ってことだからさ、仕事片すまで待っててくれよ。」

そう言う朧崎に、龍路は嬉しそうに言う。

路「ええ。」

朧「んじゃ、頑張って1時間で終わらせてくっから!」

そう言って朧崎はスタッフルームへと入って行く。

東「今から1時間ったら5時半過ぎか…ま、しゃーねーや。」

そう言って東屋は客用に置いてある写真やカメラ関連の雑誌を見にブックラックのある方へ歩いて行く。その間に、受付の「Staff only」と書かれたドアを開けて高須賀がロビーに出てくる。

高「そろそろお茶も入るだろうし、とりあえずスタッフルームおいでよ。…あ、佐武くんもなんか読みたいのあったら持っておいで。」

路「あ、はい。」

高須賀にそう言われ、龍路も東屋と一緒に適当に雑誌を取ってスタッフルームに入った。

椛「あら!茜ちゃんに、あなた龍路くんじゃない!久しぶり~!」

スタッフルームで仕事をしていた、スタジオふぁるべの女社長である椛江夏代が、東屋と龍路を見てこれまた高須賀のように嬉しそうに言う。

路「どうも、椛江さん。」

東「ちょっとここ借りるよ。」

椛「ええ、瑠璃ちゃんに用あるんだってね。いいわよ、好きに使って。」

東「あんがと、しゃちょー。」

そんな話の最中、台所の方から2人分のお茶を持って登坂が出てくる。

登「それにしても東屋くんったら、今日も朧崎さんに会いに来たの?」

少し茶化すようにそう言う登坂に、東屋は顔を赤くしつつ、口をとがらせる。

東「違げーよ!…俺はコイツの用事に付き合ってきただけ!」

そう言う東屋を、龍路は不思議そうに見る。

路「あれ、でもお前もここに用あるって言ってたろ?」

東「あれはお前に気ぃ使わせないように…じゃなくて!そんなこと言ってない!」

ムキになる東屋を少し面白そうに見ながら、龍路は笑う。

路「あー、そうだったな。俺の勘違いだ、悪い。」

東「ったく……」

そんな会話の中、登坂は横長ソファの前にあるテーブルにお茶を置いていた。

登「その大人な対応、相変わらずね佐武くん。それに東屋くんの大人気なさも相変わらずだぁ。…ま、こっちは全然久しぶりでもないんだけどさ。」

くすくす笑いながらそう言う登坂に、東屋はまたムキになる。

東「登坂さん!…ったく、なんだよみんなして……」

ふて腐れる東屋を見て、登坂はなお、くすくすと笑いながら椛江の方へ歩いて行く。

登「それじゃ私、明日渡す分の写真整理してきますね。」

こらえ笑いでそう言って階段に向かった登坂は、階段を降りる直前で東屋たちの方を振り返る。

登「東屋くん、朧崎さんの事好きなら、好きって言った方がいいよ!」

東「だ、だから違げーっての!」

そんな声を聞きながら、登坂はくすくす笑いながら資料室と現像室、ロッカールームのある地下へと降りて行った。その様子を開けっ放しのドアから聞いていた受付の高須賀が、受け付けとスタッフルームのドアの境に立っている。

高「そっかぁ、茜介くんは朧崎さんが好きなのかぁ。」

東「だから違げーよ!」

そう言う東屋に、高須賀は面白がるようにニヤニヤと言う。

高「いやぁ、翼がああ言うってことは図星なんだろ?アイツ、恋愛には敏感だからなぁ。」

そう言う高須賀に、東屋はソファにどっかと座ってテレを隠すように、はたまた呆れたように言う。

東「そーゆー高須賀さんは幸せボケしすぎて人の恋愛には鈍すぎるんじゃねーの?」

高「別に僕、幸せボケなんてしてないけどなぁ……」

恥かしさ紛れの東屋に苦笑いの高須賀。そんな様子を見て、東屋につられてソファに座った龍路が不思議そうに東屋に訊く。

路「幸せボケってどういうことだ?」

東「あ、そっか…お前がここ来なくなってからだからなぁ。」

その言葉にさらに不思議そうな顔をする龍路に、椛江がなんだか嬉しそうに笑いながら言う。

椛「翼ちゃんと志穏くんね、来週結婚するのよ?」

路「結婚?!…へえ、じゃあ、登坂翼さんじゃなくて来週から高須賀翼さんになるのかぁ。…あ、でも俺がここ来てたのって2カ月くらい前なのに、それから付き合って結婚…ってのはちょっと早すぎないですか?」

高「あー、いや、結婚するって決めたのが1ヶ月くらい前の話で、2年前から付き合ってはいたんだ。…たださ、職場恋愛ってなんか言いづらくてズルズルしちゃって、結婚決めるまでは朧崎さんにも社長にも内緒にしてたんだ。もちろん、君たちにもね。」

東「俺だって、先週ここに遊びに来た時に瑠璃から訊いて初めて知ったんだぜ?ま、高須賀さんと登坂さんならお似合いだなって納得しちゃったけどさ。」

椛「でも翼ちゃんも物好きよねぇ。そりゃ年増の私からしたら志穏くんの女々しさもかわいいって魅力の1つだけどさ、歳の近い女の子にしたらそういう子ってなんか頼りがいなさそう~。」

茶化すような椛江に、高須賀は少しムキになる。

高「仕方ないじゃないですかぁ。うちは僕が幼稚園入る前に親が離婚して、今の今までずっとお母さんと2人暮らし。そりゃあお父さんなんか写真でしか覚えてないんだから女々しくもなりますよ…」

東「ま、だからこそ、高須賀さんと同じく両親が離婚してる登坂さんと馬が合い、ここまで仲良くなれたんだろぉ?」

椛江に続いてからかうような口調の東屋。

高「もう、大人をからかわないの!……あ!僕そろそろ受付戻んないとなー!じゃあ、ごゆっくりー!」

少々わざとらしくそう言い、高須賀が少し恥ずかしそうに受付に引っ込む。そして高須賀が受付へのドアを閉めたのを見て、椛江がどこか寂しそうにため息をつく。

椛「若い子たちはいいわよねぇ。私もあと20年若かったら、志穏くんみたいな子と結婚したかったなぁ……」

東「だったら女社長なんてやってないで結婚すりゃよかったじゃん。」

椛「でも、やっぱ社長やるのも私の生きがいだし…それにもし私が若かったとしても翼ちゃんがいたんならもともと無理な話だしねぇ。」

そこまで話して、椛江は開き直るように言う。

椛「あー、ホント若いっていいなぁ!」

そんな椛江を、東屋は呆れながら、龍路は苦笑しながら見ていた。

登坂が地下に降りて15分ほど後、高須賀がスタッフルームを覗きに来る。

高「朧崎さーん!…やっぱまだ戻ってない?……よね…」

目があった、写真の雑誌を見ながら談笑ている高校生2人に苦笑する高須賀に、メガネをかけて明細書やらの整理をしていた椛江が顔をあげる。

椛「どうしたの?」

高「予約してないお客さん来ちゃって……撮影、翼に頼んでも大丈夫ですかね?」

椛「そうねぇ…翼ちゃん、まだ瑠璃ちゃんのアシスタントだしなぁ……ま、それでもだいぶ腕も上がってるみたいだし、ちょっと頼んでみようか。…私呼んでくるから志穏くん、受付戻っといてくれる?」

高「あ、はい。」

それから高須賀は受付へ、椛江は地下へ降りて行った。それから数分後、登坂と椛江が1階に上がってくる。

椛「じゃ、頼んだわよ翼ちゃん!…リラックスして大丈夫だから。」

登「はい!頑張ります!」

そう言って受付に出て行った登坂を見て、東屋がどこかホッとしたように言う。

東「登坂さんも、そろそろアシスタント卒業しそうだなぁ。」

椛「そうねえ、ずっと瑠璃ちゃんのアシスタントやってもらってたけど、今回お客さんに満足してもらえたら、撮影の方も本格的にやってもらおうかしら。」

そんな話を、龍路も興味ありげに聞いていた。

椛「じゃ、私翼ちゃんのやってた仕事の続き片付けてくるから、なんかあったら呼んでね。」

路「あ、はい。」

椛江はそう言って、登坂の仕事の続きをしに地下へ降りて行った。

椛江が降りてから10分ほど経って時刻は5時になろうとしている頃、5時までの営業時間を終えて玄関を閉めてきた高須賀がスタッフルームに入る。それに気付いた東屋は壁に掛けてある時計を見てから言う。

東「あ、お疲れさん。…もう玄関閉めたの?」

高「うん。あのさ、社長どこ行ったかわかる?」

路「ああ、椛江さんなら登坂さんのやってた仕事、片付けに行きましたよ?」

高「あ、そうなんだ。」

そう言って階段の方へ向かう高須賀。

路「なんか用事ですか?」

高「翼もそろそろ仕事終わりそうだし、お茶でも入れようと思ってね。」

そう言って、高須賀は地下へ向かった。

それから7,8分ほど後、受付のドアを通って登坂がスタッフルームに入ってくる。

路「あ、登坂さん。」

東「お疲れさん。撮影どうだった?」

登「すっごい緊張した!…でもね、お客さんもなんか納得してくれた感じだから安心もしてるけどね。」

その話を聞いて、龍路と東屋は嬉しそうに顔を見合わせ、登坂はそんな2人を不思議そうに見る。

路「登坂さん、もしかしたらアシスタント卒業かも知れませんよ?」

登「え?どういうこと?」

東「さっき社長が言ってたんだよ。今回お客さんに満足してもらえたら、撮影の方も本格的にやってもらおうかなって。」

その話に、登坂は嬉しさゆえに驚きを隠せない。

登「え、本当?」

東「ああ。なあ?」

そう言われ、龍路もうなずく。と、そこに椛江と高須賀が地下から上がってくる。

椛「あら、お疲れ様。」

登「お疲れ様です!」

椛「いやあ、半端な仕事片付けてたら遅くなっちゃったわぁ。」

頭をかくようにそう言う椛江に、高須賀も苦笑しながら言う。

高「僕、社長を呼びに行くだけのつもりだったんですけどね……」

東「手伝わされたんだ……(汗)」

東屋の言葉に、高須賀は苦笑したままうなずく。

椛「それにしても翼ちゃんのその顔…初のカメラマンとしての仕事は成功したのかしら?」

嬉しそうにそう言う椛江に、登坂も嬉しそうに、また少し自信のなさそうに言う。

登「まあ、成功してたら嬉しいんですけど…ね」

高「大丈夫だって。お客さん、怒ってなんかなかったでしょ?」

登「そうだけど、まだモノは見せてないもの……」

少し不安げな登坂に、高須賀は優しく笑う。

高「ま、とにかく一仕事終えたんだから休んどきなよ。」

そう言って高須賀は台所の方へ向かう。そこで電灯をつけ、ヤカンに水を入れながら声を張る。

高「社長ー!ミルクティの粉末、開けてもいいですかー?」

椛「ええ、開いてるのなかったら開けていいわよ!」

高「じゃ、開けちゃいますねー!」

椛江の答えを聞いて、高須賀はヤカンをIHヒーターの上に置く。そしてボタンを押したその時だった。

高「うわ!」

路「なんだぁ?!」

東「停電かぁ?!」

スタッフルームや台所の照明が消え、皆驚く。

登「大丈夫よ、ブレーカーが落ちただけだから。」

東「あ、マジか……じゃあ、ブレーカーだったら俺あげてくるよ。」

そう言って立ち上がる東屋。

路「あげてくるって、お前場所わかるのか?」

東「ああ。確か下のロッカールームの奥。灯りもこれあるから大丈夫だよ。」

そう言って東屋は携帯を開く。

路「そっか。でも気ぃ付けろよ?」

東「おう。」

東屋は携帯の灯りを頼りに階段を降りていく。

東「(えっと、階段下りてすぐ隣に…あ、このドアか。)」

地下に降りてロッカールームのドアを開けた東屋は、足元を照らしながら部屋の奥へと歩いて行く。

東「(あ、あった!…えっと…これでいいんだよな?)」

東屋がブレーカーをあげると、1階も2階もブレーカーが落ちる前まで付いていた電気が再びつく。

東「(お、付いた付いた。…にしても、瑠璃の奴大丈夫だったかな?いくら現像室は暗いったって、機械止まったら現像中のネガだめになってるかもだし……)」

そう思い立って、東屋はロッカールームを出て現像室へと行く。

東「(つーか……現像室ってこんなに音うるさかったけか?)」

いぶかしげにそう思いながら、東屋は現像室の前で立ち止まる。

東「瑠璃ー?今ブレーカー落ちたけど大丈夫だったか?」

その言葉に、返事は帰ってこない。

東「瑠璃…?」

返事がないことを不思議がり、東屋はドアノブに手をかける。

東「ちょっと入るぞ?」

またもや返事がない。今度は嫌な予感が強く東屋を襲う。そんな中でドアを開け、ドアの近くにある電灯のスイッチに手をかけて電気をつける。そこに東屋は1歩踏み入れた。

東「瑠璃ー?いるんだよな…?瑠璃―」

その時、東屋は現像機材の影からあるものを見つけた。

東「うわぁああ!」

東屋の叫びは1階にまで聞こえた。

高「今の声、茜介くんだよね?」

登「どうしたのかしら…?」

心配するスタジオのスタッフだったが、龍路は階段に向かって走り出している。

椛「あ、ちょっと龍路くん!」

路「俺、様子見てくるんでみなさんは待っててください!」

そう言って龍路は階段を降りて行った。

路「おい、東屋どうした?!」

そう言って地下に着いた龍路がいたのは、開きっ放しになっている現像室のドアだった。

路「東屋―」

現像室を覗いて、龍路は驚きを隠せなかった。そこには、倒れている朧崎瑠璃を必死に揺さぶる東屋の姿があった。

東「おい、瑠璃!どうしたんだよ!!おい!」

そんな東屋のもとに龍路は慌てて駆け寄る。

東「あ、佐武!…瑠璃が……息してねーんだよ!」

路「え…?!」

驚いて龍路もしゃがみこんで朧崎をよく見てみる。

路「おい、これ見ろよ……」

東「な、なんだよこれ!?」

東屋は、長い髪の隙間から見える、朧崎の首にくっきりとついている索状痕に驚いた。

路「たぶん、首を絞められた痕だよ……」

東「首絞められたって、誰にだよ!誰がこんなことしたんだよ!!」

未だパニックのままの東屋だが、龍路はその目を見てできる限り自分にも落ち着くよう言い聞かせながら言う。

路「落ち着けって!……とにかく電話だ!」

東「電話ってどこに?!」

路「警察と救急だよ!ここじゃ電波届かないから、とりあえず上がるぞ!」

東「あ、ああ……」

龍路の説得に少し落ち着いた東屋は、立ち上がって部屋の外に向かう龍路の後に続く。そして龍路はドアの前まで来てふと立ち止まる。

東「佐武…?」

路「お前、先上がって電話かけててくれ。」

東「お前は?」

路「一応ここの写真撮っとく。コイツは、明らかに事件だろうから……」

東「……わかった。」

そう言って東屋は階段へ向かい、龍路は現像室の写真を撮り始めた。

(4-1)

翌日のメディア部。佐武兄弟と、晶に頼まれて部室にたまった再生紙を資源置場まで置きに行っている賢一以外のメンバーがすでに集まっていた。鳩谷もまた(担当教科は英語のはずなのだがなぜか)数学を隆平に教えるために部室に来ている。

鳩「いいか?この式をX2乗-2Xで割った時の余りを求めよ。…この問題の解き方はわかるか?」

隆「……んなこと言っても、なんでこのXの右上の数字って3とか2とかバラバラなんスか?ってか、式を式で割るなんておかしいですよ。」

真面目にそう言う隆平に、鳩谷は困ってしまう。

鳩「そう言われてもなぁ…俺の担当は英語だからなぁ……」

晶「また、いい大人がそーやって逃げる…(呆)」

逃げ腰な鳩谷を晶はまた呆れるような顔で見ている。と、その時部室のドアが開く。

晶「お、龍海。」

入ってきたのは龍海だが、どこか寂しそうな、心配そうな顔をしている。

晶はそんな様子に気が付いた。

晶「おい、どうした?……もしかして龍路は休みなのか?」

最後の方は少しからかい気味だった晶に、龍海は元気なくうなずいた。

晶「あ、ホントだったのか…で、休みの理由は?!」

少し焦る晶だったが、ふと自分の記事を書いていた孝彦が手を休めて晶の方を見る。

孝「ああ、龍路だったら東屋と警察に行ってくるらしいですよ。部活は来れたら来るって言ってました。」

晶「警察ぅ?なんでまた…」

孝「さぁ、そこまでは聞いてませんから―」

海「殺人事件の参考人だって……」

孝彦の言葉が終わるのも待たずにそう言う龍海の言葉に、部室全体が驚く。

陽・晶・孝・隆・修・鳩「!?」

陽「殺人事件ってどういうこと?!」

驚く陽に、龍海は浮かない顔をあげる。

海「昨日東屋さんとスタジオ行った時に殺人事件に巻き込まれたって。それも亡くなったのって、コンクールの出展を勧めてくれた、朧崎さんだったって……」

修「あの、じゃあもしかして龍路くん、容疑者になっちゃってる…とかですか?」

訊きづらそうにそう言う修丸に、龍海は首を横に振る。

海「兄ちゃんはその、アリバイ?とかがあるからそこまで疑われてるわけじゃないって言ってましたけど―」

その時、部室のドアが開く。

賢「すいません!開始時間過ぎちゃって……」

そこに立っていたのは、空になった再生紙入れの段ボールを抱えた賢一だった。

陽「ヨシくん……」

なんとなく部室の雰囲気が重いことに、直感の働きやすい賢一はすぐに気付いた。

賢「あの……何かあったんですか?」

誰でもいいから答えてほしいと思ってそう言う賢一は、何か嫌な予感を感じでいた。自分でもわかるほど、心臓が音を立てているほどに…

鳩「……佐武がな、昨日東屋と一緒に行ったスタジオで殺人事件に巻き込まれたんだそうだ。それで警察に行ってて、部活に遅れるそうなんだが……」

鳩谷の言葉をきっかけに、賢一の脳裏に容赦なく何かがよぎっていく。

 

―ケ「何かが起きる…起き続けてしまう……お前が記憶を取り戻すその時まで…お前が過去を乗り越えるその時まではな……」―

 

賢「何かが……―!」

近くにいても聞き取れないほどの声でそうつぶやいた後、再び賢一の脳裏を何かがよぎっていく。

 

―?「お前がいるせいで、みんな不幸になるんだ!!」―

 

賢「!」

謎の声が脳裏をよぎると同時に、大きな動悸に襲われた賢一は思わず頭を押さえて膝をつく。

鳩「お、おい神童!」

陽「ヨシくん!……!」

驚き、心配する部員たち。そして陽は咄嗟に賢一に駆け寄るが、賢一は腕を伸ばして陽を制する。

賢「……くそったれが……!」

陽「え……?」

さっきと同じほどの小さな声でそうつぶやいた賢一は、頭を押さえた手の指の隙間から、部室全体をまるで睨むように一瞥する。

賢「責めるなというのが、わかんねーのかよ……」

怒りを抑えるようにそう言って静かに立ち上がった賢一は、すでに賢一ではなかった。

陽「ケンイチくん……!」

隆「どう、なってんだ……?」

隆平はもちろん、他の部員たちも訳が分からないでいる。それに気付いたケンイチは鬱陶しそうに、少しふらつきながら賢一の席に着く。

ケ「どうもこうも、お前らのせいだろうが……」

孝「俺たちのせい…?」

不思議そうにそう訊く孝彦だったが、それには答えずケンイチは苛立たしげに額を押さえてうつむく。

ケ「いや…違う……オレのせいだ……」

修「あ、あの…僕らのせいとか、ケンイチくんのせいとか……どういう事なんですか…?」

その問いをうつむいたまま聞いて、ケンイチは顔もあげずに言う。

ケ「……賢一はとっくに気付いている……お前たちも、そろそろ気付いているんだろ?」

そして顔をあげて部員たちを見渡す。

ケ「オレが賢一の体を有するようになってから、賢一の周りで事件が多いことに……」

その言葉に、皆驚きを隠せないでいる。

海「体を有するって……賢一センパイとケンイチさんが初めて入れ替わってからってことですか…?」

ケ「ああ……」

鳩「確かに…言われてみればそうかもしれないな。篠原が5月の始めに亡くなって、初めてお前が現れてその事件を解決してから、メディア部は何度も殺人事件に関わっているような気がする……」

晶「物理部での事件、修丸が遭遇した口裂け男の事件、孝彦が巻き込まれた図書委員の事件、龍海がトリックの一部を撮影した写真屋の向かいでの事件…それに、隆平が異変に気付いたこの前の自殺に見せかけた事件……」

指を折りながら、晶は思い出すように今年度巻き込まれた事件を言っていく。それを聞いて、孝彦が少し慌て気味に言う。

孝「で、でも…事件なんて毎日起きるモノだぞ?ただ、事件の件数と日本の人口の割合で、遭遇したり巻き込まれたりするのが稀なだけで―」

ケ「稀……フン、お前は本当にこのメディア部の事件への遭遇率が稀だと言い切れるのか?」

孝「それは……」

ケンイチの言葉に、孝彦は何も言い返せなかった。

ケ「賢一は理由こそ知らずとも、事件が立て続けに起こることは自分の責任だと思っているんだ……自らが自らにかけたその重圧に耐えきれず、その弱った精神の隙を記憶の破片に突かれて壊れかける……」

陽「じゃあ…またヨシくんを守るために出てきてくれたのね……」

他の部員たちがケンイチのいう事を理解しかねている中でそう言う陽を、ケンイチは一瞥だけしてすぐにまた目を逸らす。

海「あの、つまりメディア部の周りで事件が多いのと賢一センパイには関係があるってことですか?」

ケ「賢一じゃない…」

海「え…?」

ケ「オレが、存在するからだ……オレが存在するから、賢一の周りで殺人事件が繰り返し起きてしまう……」

静かにそう答えるケンイチに、再び部員たちは驚いた。

鳩「どういうことだ…?お前が存在するから事件が多いなんて、よくわからないんだが……」

ケ「オレは生まれてから…いや、生まれるよりも前からずっと周りの人間の負の感情を増幅させ続ける存在だった…。物理部での事件は偶然だったのかもしれない。だが、それ以降の事件はすべて、オレが呼び寄せてしまったようなものなんだ……信じられないかもしれないがな。」

そう話すケンイチに、晶はどこか複雑そうに言う。

晶「お前の存在が負の感情を増幅させるとか、事件を呼び寄せるとか、にわかには信じがたい話だ。だが、お前が現れてからメディア部…いや、賢一の周りで事件が多発しているのも事実……今の話、信じざるを得ないよ。」

そして、うつむいて少し黙った後に、どこか困ったようにケンイチの方を向く。

晶「なあ、ここまで話してくれるんなら教えてくれないか?お前が生まれたのはいつのことなんだ?生まれるよりも前と言うのはどうことなんだよ……」

その問いに部員たちはケンイチを、もしくは晶を心配そうに見ていたが、その中でケンイチはふと不安そうな陽を見る。

ケ「お前は、オレを信じると言ったな……賢一の記憶がどんなに辛いものでも、賢一を支えてみせる、とも……」

その問いに、陽は不安さをすべては消せずとも、強くうなずく。

陽「言ったわ……」

ケ「その心境に、変化はないのか?」

その言葉に、陽は強気にも優しく笑って見せる。

陽「変わるわけ、ないじゃない…!」

ケ「そう、か……」

驚くことなくそうだけ言って、ケンイチは部員たち全体を見渡す。

ケ「……オレは賢一と共に生まれ、賢一が見てきたこと、聞いてきたこと、感じてきたこと……オレはそのすべてを共有し、記憶してきた。それは今も変わらない。」

孝「それは…ってことは、何かは変わったってことか?」

ケ「10年前までは、オレは今のように賢一の体を有することはできなかった。…そういう意味では、オレが生まれたのは16年前ではなく、10年前という事になるだろうな。」

陽「10年前までって、ヨシくんがうちに来るまでってこと…よね?」

自信なさそうにそう言う陽に、ケンイチはその顔こそ見ずとも小さくうなずく。

晶「生まれる前って、そういう事だったのか……」

ケンイチは小さく眉をしかめるだけで、何も答えない。

隆「でもよ、10年前っつっても、ケンイチが現れたのは今年になってからなんだろ?」

陽にそう訊く隆平に、陽はうなずく。

陽「ええ、物理部の事件が起きるまで、私もお父さんもケンイチくんのことは知らなかった……」

そう言いながら陽は不安そうにケンイチを見る。

ケ「お前たちだけじゃない。…賢一本人も、オレの存在には気づいていなかった。オレが気付かせないようにしていたからな。」

鳩「だがさっきの言い方だと、神童が記憶を失くしてからは、お前は出ようと思えばいつでも表に出てこれたと言うのか?」

不思議そうにそう訊く鳩谷に、ケンイチはどこか悩ましげに答える。

ケ「出ようと思えば、な……だが、出たくはなかった。出来る事ならあの時、賢一の記憶と共に消えてしまいたかった……」

修「消えたかったなんて……どうしてですか…?」

悲しげにそう言う修丸の言葉に、ケンイチはどこか悔しそうに、そして悲しそうに目を細める。

ケ「オレの…賢一の大事な存在を失うのは、もう嫌なんだよ…!」

感情的にそう言って机をたたくケンイチを、みな心配そうに見る。

ケ「オレさえいなけりゃ、賢一は誰にも疎まれることはなかった。……アイツを失うことだって!」

陽「アイツ……?」

ケンイチの言葉を、陽は聞き逃さなかった。そしてそのことに、ハッと我に返ったケンイチも気づいて気まずそうに陽の顔を見る。

陽「アイツって、誰……?」

ケ「アイツは……アイツは賢一の―」

ケンイチがなぜか動揺してそう言いかけた時……

 

 

 

 

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