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表裏頭脳ケンイチ

第7話「噬臍(ぜいせい)の亡霊と強さの在り方」

①(1)

明け方、賢一は夢を見ていた。その夢を、ケンイチは賢一の心の奥で、今にも泣きそうな、どこか切なげな表情で感じ取っていた。

 

賢(M)「あったかい…誰かが僕の手を握ってくれている。でも…誰なんだろう。顔を見ちゃ、いけない気がする……」

人が誰もいない夜の歩道を、賢一は誰かと手を繋いで歩いていた。しかし、その誰かは賢一よりもはるかに背が高い。……そうではなく、賢一は小学生の、小学生になるかならないかほどの少年になっているようだった。

?「せっかく出掛けたのに、曇っちゃったね……」

賢一と手を繋いだ誰かは、残念そうにそう言う。その言葉を受けて、賢一は不思議そうに空を見る。

賢(M)「曇ってる…?何言ってるんだろう……月が見えてるのに……」

確かに、空には下弦の月が輝いていた。雲など見えない。

?「でも、今日は寒いし…もしかしたら雪が降るかもね。」

どこか嬉しそうな声である。

賢?「雪……?」

幼い賢一は空に向けた顔を、手を繋いでいる誰かに向けた。影のせいか、月明かりのせいか、なぜか顔がよく見えない。

?「どうしたの、嬉しくないの…?雪、好きだったでしょう?」

誰かは少し心配そうにそう言う。

賢(M)「雪なんて…別に……」

?「あ、見て!降ってきた……」

そう言って誰かは空を見上げた。賢一もつられて空を見上げると、不思議なことに、雲1つない空から深々と雪が降りてきていた。

賢?「あ……」

どうしてか、賢一はとても不安そうな声を出す。それに気付いた誰かは、賢一と目線を合わせるようにしゃがみこみ、彼を優しく抱きしめた。

?「大丈夫……雨に変わるまで、そばにいてあげるから……」

賢?「ちか……」

静かに涙を流して、賢一は誰かの腕の中でそうつぶやいた。その時、雪は人知れず雨に変わっていた。

 

賢「ちか……」

陽「え……」

夢でつぶやいた言葉を、賢一は寝ながら一粒の涙を流し、現実でも寝言としてつぶやいていた。そして偶然、明け方に目が覚めて飲み物を飲みに1階に降りようと賢一の部屋の前を通った陽は、開いている部屋のドアの向こうからその寝言を聞いていた。

陽「寝言…?」

不思議そうにそうつぶやいて、陽は賢一を起こさないように静かに彼の部屋に入り、その寝顔を見る。すでに涙は枕元に落ちていたが、その寝顔が悲しげなことに変わりはなかった。

陽「(ちかって、人の名前……?)」

そして、ふいに悲しげな顔をする。

陽「(誰…なんだろう……)」

その問いからこみ上げる複雑な気持ちを押さえ、陽が賢一を起こさないようにと部屋を出た時、閉められたカーテンの向こうでは漆黒の空から雪が深々と降っていた。……12月下旬、閏台市は本格的な冬の最中にいた。

 

父「寝言…?賢一が?」

陽が賢一の部屋を後にしてから1時間ほどのち、朝食の支度をするためにいつも子供たちより早く起きている陽一郎に、賢一の部屋を出てからも二度寝せずに起きていた陽はダイニングで先ほどの事を話していた。

陽「うん……なんかちょっと目が覚めちゃって、それでヨシくんの部屋の前通ったら言ってたの。……「ちか」って。……なんか、すごく悲しそうな顔してた。……寝顔のことだけどね。」

陽は食卓テーブルに座って陽一郎が暖めてくれたホットミルクを飲みながら、どこか寂しげにそう言った。

父「ちか、か……」

陽「何か知ってるの…?!」

考え込むように顎に手を当てて言う陽一郎に、陽は驚いてそう訊く。

父「あ、いや……なんだか女の子の名前みたいだな、って思っただけだよ。」

少し慌ててそう言い、コーヒーメーカーの近くに置いてあった、コーヒーの入ったカップを持って陽の隣に座る陽一郎。

陽「やっぱり、お父さんもそう思う?」

父「ああ。……もしかしたら、そりゃ賢一がうちに来る前の友達の名前かも知れないな。賢一の友達にそんな名前の子はいないし……」

そう言ってコーヒーをすする陽一郎を、陽はどこか不安げに見る。

陽「ホントに、友達の名前なのかなぁ……」

その言葉に、陽一郎は当たり前といった顔をする。

父「そうじゃないか?賢一がうちに来たのは、あの手紙が本物であれば賢一が6歳になった年度の終わりごろ。そんな子供が母親を呼び捨てにはしないだろう?」

陽「そうじゃなくて!お母さんじゃなくて、他にもさ……」

ぼかすような陽の口調に、陽一郎は不思議そうにコーヒーをまたすする。

父「他にも……?」

陽「あんな、悲しそうな寝顔でつぶやく名前だよ……?」

自身もどこか悲しそうにそう言う陽の言いたいことに、陽一郎はふと気付いて小さく驚く。

父「まさか、恋人ってことか?いや、それこそ考えづらいだろ?……陽は小学校に入ったばっかりの頃に恋愛を理解してたか?」

その言葉に、陽は少し恥ずかしそうに首を横に振る。

陽「全然…っていうか、今だって男の子を好きって気持ちはよくわかってないもん……」

そんな陽を見て、陽一郎は優しく微笑む。

父「まあ、異性を好きになる気持ちなんて、慌てなくてもわかる時が来れば自然とわかるさ。…とにかくだ、思春期も来てないような子供に恋人なんて早すぎる!つまりはそのちかってのは賢一の恋人ではな―」

そう断言してから、ふと陽一郎は思いついたように言う。

父「もしかして……きょうだいか?」

陽「きょうだい…?それって、ヨシくんと血の繋がってるきょうだいってこと?」

父「あくまで「もしかして」の話だけどな…ほら、お前だって「お姉ちゃん」とか「姉さん」じゃなくて、ひなって呼ばれてるだろ?ちかってのは、賢一の妹か、あるいは姉か……」

陽「そう、ね…小っちゃい頃のことだからそんな詳しく覚えてないけど、ヨシくんって最初っから私のこと、ひなって呼んでた気がする。」

そう考え込む陽を見て、陽一郎は冷蔵庫に向かいながら言う。

父「まあ、そう考え込んでも疲れるだけだ。…ただの夢って可能性だってあるしな。」

冷蔵庫の中から卵を出しながらそう言う陽一郎に、陽はどこか無理に笑顔を作った。

陽「そうよね。…ごめんね、朝から変な話して。」

陽一郎はボールに卵を割って泡立てはじめながらも陽の方を見る。

父「ん?そんなこと気にするな。…子供の悩みを聞いてやるのは父親の務めだからな。…賢一のことも、それ以外のことも、相談したくないことじゃないんなら、悩む前に父さんに相談していいんだぞ?」

陽「ふふ、ありがと。」

そう言って陽は時計に目をやる。

陽「あ、そろそろヨシくん起こさないとね。……今日は雪だから自転車使えないし。」

そう言って立ち上がり、階段のあるリビングに向かおうと陽一郎に背を向けた陽に、陽一郎は咄嗟に声をかけた。

父「陽…!」

その声に陽は振り向きはせずに歩を止める。

父「このこと、賢一には話すのか?……ケンイチはもう賢一の過去のことについては―」

陽「わかんない……」

父「……」

陽「確かにケンイチくんは何も言わないかもしれないけど……でも、ヨシくんが夢のことを気にしてないなら、それならまだ話さない方がいい気がする……」

父「…そうか。それじゃあ、父さんも言わないでおくよ。」

陽一郎の答えを聞いて、陽は賢一や自身の部屋がある2階へと上がって行った。

 

通学路に並ぶ2つの傘。雪のために自転車が出せず、徒歩で登校している賢一と陽である。

賢「ねえ、今朝なんかあった?」

ふと陽にそう訊く賢一。口調こそあっさりとしているが、その顔は傘のせいでよく見えない。

陽「え…?どうして?」

少し動揺して答える陽に、賢一は小さく笑う。

賢「だって、さっきから黙ってばっかじゃん。…朝ご飯の時だってなんか元気なかったしさ。」

陽「そう?…そんなつもりなかったけどなぁ。」

あくまで平静を装う陽だったが、そのことにうすうす気づきながら、賢一はさらっという。

賢「僕は、いつもと違うことがあったよ。」

陽「え?」

陽は思わず、傘をずらして賢一の顔を見ようとする。家を出てから初めて見た賢一の顔は、どこか切なげであった。

賢「夢を見たんだ。……ケンイチに会ったってわけじゃないけど、なんだか不思議な夢。誰かと手を繋いで歩いてるんだけど、その誰かは僕よりもすごく背が高くて…いや、僕が子供になってたんだと思う。…それでね、その人が言うんだ。「雪、好きだったよね?」って。」

陽「雪……?」

賢「うん。でも、別に雪なんて…って思って空を見るとね、雲1つない空から雪が降ってくるんだ。でも、その雪を見てると自分でもわからないけど、すごく不安な気持ちになって…そしたら、その人が僕の事を抱いてくれて…」

そこまで話して、賢一はふっと悲しそうな色を見せる。

賢「雨に変わるまで、そばにいてあげる…って。そう言ったんだ。どういう意味かはわからないのに、すごく胸が痛くなった……」

それから、賢一は陽の方を向く。

賢「それにね、その人の声が、最近たまに頭の中に聞こえることがあるんだ。なんだか、ケンイチが僕と入れ替わる回数が増える度に、不思議なことも増えてる気がする。」

陽「不思議なことって?」

賢「事件に巻き込まれたり、知らないはずなのに聞いたことのあるような声が聞こえたり、不思議な夢を見るようになったり……」

陽「不思議な夢って、…普通の夢と何かが違うの?」

うなずき、そしてうつむく賢一。

賢「空に、月が浮かんでるんだ。同じ方向が欠けた半月が、必ず……それから、夢の中の時間はいつも夜で、月が出てるのに雨か雪が降ってる……」

そう言って、また陽の顔を見る賢一。その顔には無理に作ったような笑顔があった。

賢「でも、今日夢で会った人って誰だったんだろうね……?もしかしたら全然関係ない人だったりして―」

陽「ちか……」

賢「え……?」

小さくも驚く賢一に、陽は申し訳なさそうに言う。

陽「ヨシくんの言う通りよ、私も今朝、いつもと違うことがあったの。」

その言葉に、賢一は小さく苦笑する。

賢「やっぱり……」

陽「なんか明け方に目が覚めちゃってね、飲み物でも飲もうと思って部屋を出たらヨシくんの寝言が聞こえたの。……ちか、って……」

その言葉を聞いて、賢一は自分の見た夢を思い出す。

 

―?「大丈夫……雨に代わるまで、そばにいてあげるから……」

賢?「ちか……」―

 

陽「ヨシくんとどういう関係かはわからないけど、きっとちかっていう人だったんじゃない?夢であなたを抱いてくれたのは……」

賢「ちか……?」

うつむいてから感慨深くつぶやく賢一を見て、陽は切ない顔をした。

陽「無理に思い出さない方がいいんじゃない……?」

陽は自覚こそせずとも、それはとても寂しく悲しい声だった。

賢「え……?」

ふいに陽の顔を見る賢一に、陽はハッと申し訳なさそうな顔をする。

陽「あ、ごめんね、適当なこと言っちゃって……」

そんな陽に、賢一は切なげにも優しく笑って首を横に振る。

賢「ううん、大丈夫。…確かに最近、頭の中に声がする度にすごく怖くなるし、不思議な夢を見る度に不安な気持ちにもなるし、ひなの言う通りかもしれない……」

そう言って、賢一はカラ元気に言う。

賢「ほら、ケンイチも言ってたしさ!いずれ記憶は戻るだろうって!……それに、この前夢の中で会った時にも言われたんだ。僕は何もしなくていいんだって……」

だんだんと不安げになっていく賢一。

賢「……ゴメン、自分から話しておいて悪いんだけど、この話は、もうやめていい……?」

その不安げな顔に、陽も不安げな顔をする。

陽「うん……私も、これ以上この話はしない方がいい気がする……」

2人はこの時、いつのまにか学生の人ごみの中にすでに入っていたことにやっと気付いた。そして、お互いに例えようのない不安にかられていた。

 

その日のメディア部、なぜか修丸が一生懸命に本棚の前で入部する以前のメディア部誌(メディア部で紙面発表した記事の、レイアウトを綴じたもの。図書室とメディア部部室用の二部作られる。)を調べていた。活動が始まる前のこの時間、今は2年生だけが全員そろっている。

孝「お前もんっとに物好きだよな……」

活動時間の前という事もあり、堂々と読書をしている孝彦もついつい読書を中断してそんな事を言ってしまう。

修「だって気になるじゃないですか……」

陽「でも、あんまり面白半分で首ツッコまない方がいい気もするけど……」

そう言われ、修丸も自信なさげになる。

修「やっぱ、これって面白半分になっちゃいますかね……?」

そんな中、次の記事で取材する場所の電話番号を電話帳から探していた隆平が呆れ顔で言う。

隆「つーかよ、わざわざ調べなくても、あんなのタダのいたずらだってわかるじゃんか。あの頃はあの話題で持ちきりだったわけだし。」

そう言われ、修丸は何か言いづらそうに苦笑する。

修「いや、あの……」

そんな修丸に代わるように、いつのまにか読書を再開していた孝彦が本に目をやったまま言う。

孝「バカ、俺らと違って修丸は彩陵中学出身…閏台中で起きたあのことについては俺らほど知らなくて当たり前だろ?」

路「でも、そう考えりゃすげーよな。メディア部の中で中学も高校も受験してんのは修丸だけなんだからさ。」

修「あ、小学校も受験しました…その、お受験ってヤツ……」

また、どこか言いづらそうにそう言う修丸を、まるで化け物でも見るような目で見ている隆平。

隆「はあ?!…お前頭大丈夫か?!何が楽しくて3回も受験してんだよ!アレか、お前はお受験マニアってヤツか?!そうかそうなんだな?!」

修「え、えっと……そのぉ……別にマニアではありませんけど、大学も含めたら4回目も受験はするつもりです……(汗)」

隆「マジかよ……俺とお前って同じ生き物だよな?同じ人間だよな―」

そろそろ本気で冷や汗気味の修丸だったが、そんな空気の中、何も知らない龍海と賢一が部室に入ってくる。

賢「失礼しまー……」海「しっつれいしまーす!」

入室早々、龍海はともかく賢一は部室内の微妙な空気に気付く。

路「お、今日は賢一と一緒か?」

微妙な空気を無視して嬉しそうにそう言う龍路。

海「うん!玄関で靴はいてたらちょうど会ったの~!」

龍路同様、空気をぶち壊すかのように嬉しそうな龍海。しかし賢一は冷や汗たらたらで龍海に訊く。

賢「あ、あのさ……なんか微妙な空気なの、気になんないの?」

海「う~ん……まあそんな気もするんですけど、隆平センパイと孝彦センパイがケンカしてるわけでもないから放っておこうかなぁって!怒る人もまだ来てないし!」

怒る人とは、言わずもがな部長の事である。

賢「あ、そう……(汗)」

龍海に呆れてから、賢一は席に着きながら思い出したかのように陽に言う。

賢「そう言えばさ、3年生の教室、なんかすごかったらしいね?」

陽「ええ、修丸くんなんか中学違ってあのこと知らないから、ほら……」

そう言って陽は修丸が読み漁った部誌を見る。

賢「調べてるんだ……(汗)」

またもや呆れる賢一に、孝彦が読書を続けながら言う。

孝「それがよ、そこのバカが修丸だけ中学違うの忘れてて、調べなくてもわかるだろとか言うもんだから、気付けば高校受験の有無の話になり、もっと気付けば修丸が受験マニアだという話に―」

修「だからマニアじゃありませんって!……3回も受験してるのはホンットたまたまですぅ……(泣)」

隆「つーかよ、孝彦お前また人の事バカっつったよな?」

孝「ああ?言ったっけか?」

隆「テメー!何しらばっくれて―」

海「ねえ、3年生の教室がすごかったって、何があったんですか?」

少々強引ではあるが、ケンカをはじめそうな2人の間に割り込む龍海。そんな龍海を見て、龍路が思い出すように言う。

路「そういやお前もあの時はギリギリで小学生だったもんな。…実はさ、今日3年生の―」

その時、誰かが思いっきり部室のドアを蹴破った。それに修丸が死にそうなほど驚いたことは言うまでもない……

晶「くそったれが!!」

ものすごく不機嫌そうにそう吐き捨て、晶はどっかと自分の席に座る。

晶「あー!!くそっ……!!」

そう言って今度は突っ伏する晶。そんな彼女を、みな心配そうに見ている。

賢「セ、センパイ……?」

晶「ん……?」

さっきの怒りとはうって変わって、なぜか悔しそうな顔で賢一を見る晶。

路「どうしたんですか?そんなに怒って……」

晶「……どうしたもこうしたもあるかぁ!!」

再び怒りに火がついたように机を思いっきり叩く晶。もはや修丸は部室の隅っこで小さくなって震えている。

晶「……お前たちだって知ってんだろ?今日の幽霊騒ぎ……」

無理にでも落ち着こうとしているような声でそう言われ、龍海以外は気まずそうな顔をする。

海「幽霊騒ぎぃ?」

路「あ、ああ…さっき話そうと思ってたことで、修丸が必死こいて調べてたことなんだけどさ……」

龍海に話そうとしている龍路を、晶はなぜかじっと見ている。それに気付いた龍路は慌てて話題を逸らす。

路「その…まあ、なんつーか、さ……」

それを見て不思議がる龍海。そして晶は苦々しく、今度は小さく机を叩く。

晶「幽霊騒ぎのあった教室…ありゃな、自分のクラスなんだよ。」

その言葉に、みなどこか驚きつつも、何も言えずにいる。

晶「今更、どういうつもりだよ……!死んでからもあんな仕打ちしやがって……!」

独り言のようにそうつぶやき、晶はまた思いっきり机を叩く。

晶「誰が亡霊だよ!!くそったれがぁ!!」

その時、控えめに部室のドアが開いた。

鳩「今の……響鬼、か?」

晶「先生……」

部室に入ってきたのは鳩谷だった。晶は気まずそうに鳩谷からすぐに目を逸らす。

路「あれ、先生また隆平と勉強でもするんですか?」

隆「んなわけあるか!鳩谷先生は家庭教師じゃねーっての!」

自然を装って、しかしそんなはずはないとわかっていながらもそんなやりとりを交わす龍路と隆平に、部室は少しだけ和んだように見えたが、鳩谷は深刻そうな顔で晶の机の近くにある空いている席に座る。

鳩「なあ響鬼、悪いんだが今日のことで―」

晶「悪いと思うなら、その話やめてくださいよ!!」

そんな晶を見て、部員たちはみなバツの悪そうな顔をする。

鳩「……俺だってそうしたいが、教師としてはそうも言ってられないんだ。……当事者たちから話を聞いてこいって言われてるんだよ。」

とても申し訳なさそうな鳩谷に、晶もその気持ちを知っているがゆえに気まずそうな顔をする。

修「あの、当事者って?」

やっとビビリから立ち直った修丸に、鳩谷は思い出したかのように言う。

鳩「ああ、お前は確か彩陵中学から閏台高校に入ったんだもんな……」

海「あのぉ、僕もよくわかんないんですけど……」

鳩「お前は、そっか…今中3ってことはあの時はまだ小学生だったか。」

そう言って、鳩谷は気まずそうに顔を逸らしている晶を一瞥し、重い口を開く。

鳩「お前たち……中学生の佐武弟はともかく、3年生の教室で幽霊が出たとか、そんな話は聞いてるんじゃないか?」

その言葉に、みな一層気まずそうに口を閉ざす。

鳩「実際はな、3年前……当時閏台中学の3年生だった男子生徒を指していると思われる落書きが、3年3組の黒板にデカデカと書いてあったんだよ。」

隆「ラクガキ…?もしかしてそんなもんだけで、幽霊とか騒がれてんですか?」

鳩「…内容と、その字の癖だよ。」

陽「内容と癖…?」

1年生の賢一も2年生も、「幽霊が出た」という噂しか聞いていなかったため、鳩谷の話をひどく不思議がっている。

晶「「人を恨んで死んだら、どうなると思う? 仲間がほしいんだ」……そのメッセージと、アイツの携帯のアドレスが書いてあったんだよ!アイツの癖字を…女子みたいな丸っこい平仮名を真似したような字でな……!」

とにかく、この事に触れる度に荒々しく机を叩く晶。

孝「アイツって……3年前に飛び降り自殺をした―」

晶「自殺なもんか!!」

思わず孝彦を睨みつけた晶に、孝彦だけでなく他の部員たちも驚いている。

隆「ど、どーゆーことスか……?」

少し引き気味にそう訊く隆平に、晶は怒りを抑えるように、机に叩き下ろしたままの手を震えさせながら答える。

晶「そりゃ、ナリは自分から飛び降りた……でもな!アイツはそう簡単に自殺するような弱い奴じゃなかった!なのに、それなのに自殺しちまうほどにアイツを追い詰めたのは周りの人間…自分らなんだよ!こんなの、自分らが殺したも同然じゃないか!!」

陽「で、でもセンパイはそんなこと……」

晶「……クラスでいじめられてる奴がいて、ソイツが自殺して……「自分はいじめに加わってないから悪くありません。悪いのは直接いじめていた奴らです。」、なんて……そうはいかないだろ?」

自嘲するようにそう言う晶に、陽は返す言葉を失う。その様子を見て、修丸が実に言いにくそうに晶に言う。

修「あの、もしかしてセンパイは、そのナリって人と…」

晶「そうだよ、ナリは……久島愛大は自分の元同級生さ……先生が言ってる当事者ってのは、そういうことなんだろうな。」

悲痛にそう言う晶に、部員たちは何を言っていいのかわからずに静まりかえてしまう。その中で龍路はふといぶかしげに考え込む。

路「でも、「仲間がほしい」なんて、まるで「復讐」でも始めそうな文句だよな……」

海「復讐って?」

修「そうですね…なんだか、その久島って人をいじめてた生徒を殺してやる、みたいな―」

晶「ふざけんな!!……アイツは、ナリはそんなことするような奴じゃない!!」

修丸の言葉を遮ってまで反論する晶。

修「す、すいません……!」

謝る修丸を見て、晶はハッとしてバツが悪そうに修丸から目を逸らす。

鳩「落ち着け、響鬼!……死んだ人間がそんな恨み言なんか書けるわけないだろう?……落書きの真意はともかく、これはれっきとした生きている人間の仕業だよ。」

そう話す鳩谷だが、晶はどこか納得していないような顔で鳩谷からも目を逸らす。

鳩「辛いのはわかるがな、もしこれがホントに佐武や湯堂の言う通りに、久島くんに関する復讐を意味しているとしたら、ただごとじゃない。……万が一のことになる前に、俺たち教師もこのイタズラの犯人を突き止めなきゃいけないんだ。」

そう言われても鳩谷の方を向こうとしない晶。部員たちは皆そんな晶を心配そうに見ているが、そんな中で晶はふとジャージのポケットからメモ帳を取り出して鳩谷に見せる。

鳩「なんだ、これ……?」

「御笠・祐善・両瀬・乃木・名取・根岸・響鬼」

晶が差し出したメモ帳には、7つの苗字らしく名前が殴り書きされていた。

晶「……今の3年3組で、ナリの元同級生…当時、閏台中学3年1組だった奴らの名前です。」

鳩「お前……なんでこんなもの……」

晶「ホント言うと、もとからメディア部の方で……ってか、自分個人でこのいたずらした犯人は突き止めてやろうと思ってたんです。…ただ、やっぱあの落書きとか、あの時の事を思い出したら、腹立たしくなってそれどころじゃなくなって……」

鳩「そうか……」

と、その時部室をノックする音が聞こえる。

晶「悪い、出てくれ。」

賢「あ、はい。」

④-2(2)

大抵、取り込み時の来客担当は雑用係の賢一の仕事である。賢一がドアを開けると、そこには2人の男子と1人の女子がいた。ネクタイが青いところから、3人とも3年生のようである。

小「えっと、ここメディア部?」

賢「はい……あの……」

南「あ、あたしら3人とも3-3なんだけどさ、アッキ…じゃなくて、晶ってココの部長で間違いないよね?」

そう言って部室を覗いた女子は、晶を見つけて嬉しそうに言う。

南「あ、アッキみっけた!」

晶「亜寿沙?!お前どうして……」

亜寿沙と呼ばれた女子、3年3組の南雲亜寿沙に続き、後の2人の男子も部室を覗く。

小「いや、俺らもいるんだけどよ……」

豊「てか、やっぱまだ元気なさそうじゃん……来てみてよかったな。」

晶「タクにサネまで……なんだよ、みんなして……」

賢「3-3って、センパイのクラスですよね?」

晶「あ、ああ……」

未だ少し驚きを残してそう答え、晶は南雲を指す。

晶「コイツは南雲亜寿沙つってな―」

南「3年3組、仲良し4人組の紅一点でーす!」

その言葉を聞いて、部員たちはどこか焦りながら静まり返る。

修「あ、あの……仲良しって、晶センパイもですよね?」

南「そうよ?それがどうしたの?」

修「いや、えっと……紅一点って……」

何か言いにくそうな修丸に、タクと呼ばれた男子がまるでからかうように言う。

小「わかってないなぁ、2年生。晶は立派な男だぜ?なあ?」

豊「そうそう。体とか戸籍とかさ、そんなの個性とは無関係だっての。」

楽しそうに話に乗る、サネと呼ばれた男子。そんな2人を見て、晶は苦笑気味に言う。

晶「お前は自分と逆で、童顔チビの女男だもんな。」

豊「うわひっで、フォローしてやった俺に対してそりゃねえだろ?」

小「何をいまさら?お前はそーゆーキャラだろうが!」

南「しかも、別にフォロー必要な場面でもないし!」

そんなやりとりを不思議そうに見ている部員たちに気付いて、晶は今度は3年男子2人を指す。

晶「あ、それでな、そっちの茶髪プリンは小河原拓真。んで、こっちの童顔チビが豊津実臣。…亜寿沙も言ってたけど、3人とも自分と同じ3組で、まあ普段からツルんでる悪友みたいなもんだ。」

小「プリンは余計だっつーの…」

豊「同じく、童顔チビで悪かったな!…ってかそれ以前に悪友はねえだろ?俺たちゃ親友じゃんか!」

南「サネが言うと説得力ない……」

豊「んだよ、冷てぇな……」

晶の説明に反論する豊津に、そんな豊津にツッコむ南雲。そんな2人を見ておかしそうに笑う小河原。クラスメートのそんな姿を見て、晶もいつのまにか小さいながらも笑みを浮かべている。それから、ふっと思い出したかのように3年生たちに訊く。

晶「ってか、お前らホント何しに来たんだ?」

そんな晶に、3人ともキョトンとした後に不服そうな顔をする。

南「何って…アッキを励ましに来たに決まってんじゃない!」

陽「アッキって……晶センパイを励ましに、ですか?」

小「ああ。君らも聞いてるだろ?3年の幽霊騒ぎ。あれってうちのクラスでやられた落書きの事なんだけどさ、晶がそれを見て以来ずっと元気なくしちまってよ。」

豊「まあ、3組の仲良し4人組としちゃ、落ち込んだ仲間を放っておけないからな。俺たちみ~んな帰宅部だから放課後、晶の部活に顔出そうって約束した次第だよ。」

南「ちょっと、あたしは帰宅部じゃなくて、ちゃんとテニス部引退してんだけど?」

豊「だって今は帰宅部じゃんか?」

南「まあ、そうなんだけどさ……」

晶「タクだって空手部を引退してるわけだし、生粋の帰宅部はサネだけだろうが。」

乗ってくる晶を見て、3年組は少し驚いて嬉しそうに笑う。

小「晶ぁ、お前ってホントにツッコミどころが鋭いな!」

晶「なんだよ、ツッコミどころって……」

そんな様子を見て、部員たちもどこか安心したような顔をしている。

路「さすがセンパイ、いい友達がいっぱいいるんですね。」

晶「まあ、な……いい友達っつーか、悪友っつーか……」

豊「まだ言うか?」

晶「バカ、悪友だって親しみを込めた言葉だろうが。…タクと亜寿沙が親友なら、お前は悪友だよ。」

豊「ひっでーなぁ、励ましに来た親友に対してその言いぐさ……」

そう言って、豊津は部員たちを見る。

豊「でも、なんかいろいろ安心したよ。俺らがいい友達なら、この子らはいい後輩たちみたいだしな。」

そう言われ、部員たちは少し驚く。

隆「いい後輩?俺たちがっスか?」

小「実は俺もそう思ってた。…だってさ、君たちさっきから晶の事ずっと心配そうに見ていてくれてたし、みんなして晶が笑ったらほっとしたような顔してさ。……大事に思ってる奴じゃないと、そんな気持ちの共感なんてできねーじゃん。」

そう言われ、晶は少し誇らしげに言う。

晶「当たり前だろ?自分が部長やってる部活の後輩たちなんだからな。…まあ3年生として情けないが、ホント、いつもこいつらにはいろいろと助けてもらってばっかなんだ。」

その言葉に、賢一がどこか嬉しそうに言う。

賢「何言ってるんですか?助けてもらってばっかなのは僕たちの方ですよ。」

陽「そうですよ。センパイが居なかったら、この部活ってここまでまとまってないと思います。」

そう言われた晶はどこか照れくさそうに笑い、それを見た3年組も部員たちも、嬉しそうな顔をする。そんな生徒たちにつられて鳩谷もホッとしたような表情を浮かべるが、すぐにハッと思い出したように晶の方を見る。

鳩「あ、それで久島くんのことなんだが……」

晶「あ、はい……えっと、とりあえず何から話せば……」

少し悩む様子の晶に、小河原が不思議そうに訊く。

小「久島くん?…久島ってもしかして、例の自殺したっていう?」

晶「ああ。…そういや、あの時は中学の方も実名は伏せてたからな……自分含めてクラスの連中も、担任から口止めされてたし……」

豊「そうなんだよなぁ、学校の方で名前伏せて、クラスの人から聞くのも悪い気がしてたからって今まで自殺したのが誰かも知らなかったけど…同じ学年の生徒の自殺だったのに、俺も薄情だったかな……」

小「別に薄情なんかじゃないんじゃね?…俺も、お前らとは中学違ったから、閏台中で自殺したっていうソイツの名前は今知ったし……そっか、久島っつーんだな。」

南「あたしもここには高校から入ったからさ、その久島くんの名前どころか、中学で自殺があったことだって噂程度にしか知らなかったもの……あ、それでさ、今のウチのクラスにその久島くんって子ををいじめてた奴はいるの?」

その質問に、晶は思い出すように眉をひそめる。

晶「いる……それも偶然なのか知らないが、3人ともな。」

鳩「それは…この中の誰かなんだな?」

真剣に訊く鳩谷に、晶はうなずいてメモ帳の3つの名前に、机の上に転がっていた誰かのペンで丸を付ける。

晶「こいつら…両瀬弥生と名取柚子姫、それと御笠菜桜の3人です。」

その言葉に、小河原は嫌そうな顔をする。

小「あー、確かに!コイツらならいじめとか平気でやりそうだな!」

修「ところで、久島って人はどんな人だったんですか?」

興味ありげに、しかし真剣にそう訊く修丸に、晶は今度は悲しそうな顔をする。

晶「おとなしくて、我慢強くて努力家で、何より優しくて……そんな奴だよ。」

その話を聞いて、賢一が悩み始める。

賢「でも、なんでそんな人がいじめられたりしたんですか?…そんな非があるとも思えないんですけど……」

晶「御笠たちに聞いたわけじゃないから実際のところは知らんが……自分が思うに、ただ面白がってただけな気がする。」

海「面白がってた……?」

晶「そりゃ、ナリはすごく良い奴だったけど、それでも、その……ずっと親から受けていた虐待のトラウマで人付き合いが苦手でな、自ら人に話しかけることはまずしなかった。いつも、どこか怯えるような様子でクラスの連中と接していたし、何かあった時には、たとえ相手が悪かろうと真っ先に謝っちまうような……」

晶の話を聞いて、孝彦がどこか嫌悪を含んで言う。

孝「確かに、いじめっ子からすれば絶好のターゲットですね……」

晶「……」

孝彦の言葉に、晶は苦々しい顔をするだけで何も言わなかった。そんな晶を見て、鳩谷が心配そうに訊く。

鳩「それで……その3人は、具体的には一体何をしてたんだ?」

晶「きっかけは……ホント偶然だったんでしょうけど、御笠とナリが廊下でぶつかったんです。ぶつかったっても肩がちょっと触れたくらい、しかも周りもろくに見ないで走って来てたのは御笠の方でしたけど、でもただでさえ男子嫌いな御笠にとってそれが気に喰わなかったんでしょうね、ちょっと突っかかったらナリが謝ってくるのをいいことに、その次の日から、ナリの机の前後を変えるとか、机と椅子を教室の端に置いたりとか、ホントにくだらないことから嫌がらせが始まって……」

そう言って、晶は机を叩きこそせずとも今にも振り上げそうに、ギュッと机の上に置いた拳を握る。

晶「そのうち、御笠の腰巾着の両瀬や名取も加わって、上靴や机、教科書なんかにマジックペンで落書きしたり、カバンをゴミ箱に捨てたり、同じ掃除当番の時にはナリにだけ掃除させたり……とにかく先生の見ていないところで段々いじめの手段をエスカレートさせてって……」

そこまで話した晶の、握った拳が小刻みに震えはじめる。

晶「しまいには……暴力まで振るい始めやがって……!」

小「で、でもよ……そんなことしたらさすがに先コウにバレるんじゃね……?」

豊「そうだよ、俺の担任だった星井センセーなんて、そんないじめを黙認するような小汚ねぇ奴じゃなかったし、暴力なんて見っけたら黙っちゃいないと思うけどな……」

晶「……アイツらはな、とにかくズル賢さだけは誰も敵わないような奴らなんだよ。……暴力ったって、顔とか手とか、普通に見える場所にゃやんない。腹を蹴ったり、背中を踏みつけたり……それも制服に跡がつかないようにわざわざ上着を脱がせてな……!」

その話に、部室にいる全員が驚きを隠せなかった。

路「なんだよ、それ……」

晶「それだけじゃない!!蹴られた部分が腫れあがるまで暴力を振るっておいて、その後に使われてない体育倉庫に閉じ込めたりもしやがった!それも連休の前の日にな……」

海「え…でもそれだったらさすがに親が気付くんじゃ……」

晶「……ナリの親が子供のことに無関心なことを、御笠たちは知ってた。アイツが家に帰らなくても親は心配しないことと、どんなことをしてもナリから先生に言ったりはしないって知ってた上で、担任にバレないように連休の前の日にそんなことをしたんだよ。大方、登校日の前の日に出してやろうとでも思ってたんだろうが……」

孝「確かに、中学の使ってない方の体育倉庫って……扉の前に跳び箱が並んでて目立ちませんしね……」

鳩「それで……その時は、大丈夫だったのか?」

晶「ええ、なんとか…あの頃は毎日ナリと一緒に帰っていて、その日は待ち合わせの場所にいなかったんで必死で探したんです……それでも見つかんなくて、とりあえず家に帰って…次の日は休みだったけど、電話しても繋がらないから心配になってまた学校に探しに行って、何とか見つけてやれましたから。……その時に携帯はちゃんと持ってたんで、なんでそっちから連絡しなかったのかって、なんで電話に出れなかったのかって訊いたら、御笠たちに携帯の電池を使い切られた上で閉じ込められたって……アイツ、暗所恐怖症なのに……昼間でさえ薄暗いあんな場所に……!」

陽「ひどい……」

晶「ひどい、なんてもんじゃない……!アイツら……1人じゃ何もできないくせに……」

隆「ん……?」

その時、ふと隆平がドアの方を見た。

孝「どうした?」

隆「あ、いや……」

そう言って、悩むように腕を組む隆平。

隆「今なんか、廊下から物音が聞こえたんだけど……」

その言葉に、晶以外の3年生たちは不思議そうな顔をするが、晶は急にいぶかしげな顔をしてドアの方を見た。

晶「誰だ?いるなら入れよ。」

怒気を含んだその口調に、部員たちはまたどこか心配そうな顔をしているが、その中でも龍路はいまだ不思議がっている3年生に気付き、苦笑いで隆平を指す。

路「隆平の耳の良さは折り紙つきなんですよ。」

豊「へぇ~、地獄耳ってヤツか?」

悪気なくそう言う豊津に少し嫌そうな顔をする隆平だが、そんなことに豊津が気付く前に孝彦が言う。

孝「今はドア開きっ放しですけど、こいつ、閉まってるドアの向こうからの足音だって平気で気付きますから。」

そう言ってから、孝彦は不思議そうに隆平を見る。

孝「にしても珍しいな、ドア開きっ放しで今ごろ物音に気付くなんて。」

隆「いや、そりゃ俺だって話聞くのに集中してたら足音なんか気にしねーよ。」

珍しくケンカ腰じゃなく普通にそう話す隆平。

小「閉めたドアって…マジかよ、すげーな君!」

感心する小河原に、隆平は少し困った様子である。

隆「いや、別にすごくなんかないっスよ…こんなの―」

晶「こそこそすんな!!入れっつってんだろうが!!」

修・海「!!」

隆平たちが話していることも知らずに、晶は痺れを切らしたようにドアの方へ怒鳴りつける。…その場に居た全員が驚いてはいたが、中でも今日何回目なのか、修丸はかわいそうなほどに縮み上がっている。また、龍海も思わず龍路に抱きつくほどに驚いている。

南「ちょっと、アッキ……」

南雲が晶に何かを言おうとするが、それよりも先に廊下にいた人物がバツ悪そうに部室に1歩踏み入れた。その人物を見て、晶は嫌悪感をあらわにする。

晶「ったく、こんな時まで仲良しこよしかよ……」

晶がそう言った相手は、青ネクタイをつけた3年生の3人の女子だった。

御「なにさ、あんたたちこそ、こんなとこでまで4人ツルんでんじゃない。」

3人のうち、飛び切りスカートを短くしている御笠菜桜が、まるで挑発するようにそう言う。

南「あたしらはアッキのこと励ましに来ただけよ!ってかあんたら…もしかして盗み聞きしてた訳?!」

怒り出しそうな南雲に、御笠の影に隠れるように立っている2人のうちの1人、メガネをかけた女子、名取柚子姫が反論する。

名「それ言うんだったら、ドア開けっぱなしにしてる方が悪いんじゃないの?」

両「そうよ、聞かれたくないんだったらドアくらい閉めろっての。」

もう1人、だらしない制服の着こなしをしている両瀬弥生も、名取に続いて御笠のやや後ろからそう言っている。お互いに御笠にくっつきあって強がる姿は、まさに小物のいじめっ子そのものである。

晶「…何しに来た?」

御「は?」

晶「だから!メディア部に何の用だ、って聞いてんだよ!」

その怒号に3人はビクつく。とくに後ろの2人は思わず御笠の腕を掴んでいる。

名「な、何よ!怒鳴らなくてもいいじゃない!」

両「そうよ、この短気!」

泣きそうにそう言う2人に、晶は次第に怒りがこみあげてきているようだった。

晶「……お前らはいつもそうだ。」

近くにいても聞き取れないような声でそう言う晶。

御「は?何?」

晶「お前らは、誰かとツルんでないと度胸も何もないくそったれどもだ……そのくせ、寄ってたかってたった1人をいじめることを楽しんで……」

静かな口調だが、その中に含まれる怒りは語るまでもなかった。

晶「お前らがあんなことさえしなけりゃ、ナリは死ななかったんだ!この殺人者どもが!!」

鳩「響鬼……」

怒りに任せてそう言う晶と、そんな晶を心配する鳩谷。そして両瀬が泣きそうな顔で言う。

両「あ…あんただけいい顔してんじゃないわよ!!」

その言葉に、3年生たちや部員たちは不思議そうな顔をする。

晶「なんだと…?」

名「弥生の言う通りよ!…第一、久島にとどめ刺したのは、響鬼あんたじゃない!!」

晶「!」

驚きで何も言い返さない晶を見かね、豊津が女子たちに喰いかかる。

豊「ふざけんなよ!お前らじゃあるまいし、晶がいじめなんかに加わるわけねーだろうが!」

いきりたつ豊津だったが、以外にも御笠は余裕の色を浮かべはじめる。

御「あら、なに?あんたは3年前のあたしらのクラスの、何を知ってるわけ?」

豊「な、何って……それは……」

名「なんにも知らないのに、よくそんなことが言えるわね。」

両「ホンットにあんたってバカ丸出し!マジ受けるんだけど!」

名取や両瀬も、根拠もない余裕を醸し出す。

豊「この……」

南「サネ……」

悔しそうに口ごもる豊津に、南雲が心配そうにその肩を抱き、小河原が怒り気味に呆れている。

小「気にすんなって、あんなのただの責任逃れのデマカセさ。…な、そうなんだろ?」

そう言って晶を見た小河原だったが、晶はまるで怯えるような顔をしてうつむいていた。

小「おい、晶……まさか、ホントだなんて言わないよな?!」

晶「……」

賢「センパイ……」

晶はなおも答えない。そんな晶を見て、御笠たちはさらに追い打ちをかけてくる。

御「デマカセねぇ……もしそうだったら、あんた普通に制服着て学校これてんじゃないの?」

そう言って御笠は晶の顔を覗こうとするが、晶はそれを阻止するように再び机を叩く。

晶「う、うるさい!!」

名「やだぁ、勝手に怒りだした!」

両「うわ、こいつなんかムキになってんですけど~!」

悪乗りする2人を、晶は睨みつける。そんな晶に少しビビりながらも、2人はさら強気にでる。

名「なに?なんか文句あるなら言えばいいじゃない。」

両「そうそう、言いたいことははっきり言わないと。」

両・名「ねぇ~。」

そう言って名取と両瀬はくすくすと笑い始める。

南「あんた達ねぇ―」

賢「出てってください!」

南雲が怒り出すその前に、賢一がうつむいたままにそう怒鳴っていた。

晶「賢一……?」

賢「何の用で来たかはわからないけど…もう出てってください!!」

そう言って御笠たちを見た賢一は、とにかく必死だった。その剣幕に南雲たちや部員たちは心配そうな色を見せつつも驚いていて、当の3人はまた、御笠を除いて泣き出しそうな顔をしている。

名「な、何よ!…1年生の癖に……!」

その言いぐさに、陽も怪訝な顔をする。

陽「学年なんて関係ありません!……ヨシくんの言う通りよ……これ以上センパイを傷つけるんなら、早く出てって!!」

そんな陽に、名取と両瀬は悔しそうな顔をした。

名「え、偉そうに……!」

両「何、この部活…マジ腹立つんだけど!」

御「……行くよ、2人とも!」

悔しさで泣き出しそうな2人とは裏腹に、御笠はどこか異様な落ち着きがあった。

名「え?…ちょっと菜桜ちゃん……」

戸惑う名取に、御笠はなお落ち着いた口調で言う。

御「どーせ、ここの連中はみんな響鬼の味方なんだ、期待する方がバカ見るに決まってるわ。」

両「でも、あのこと聞くんじゃなかったの?」

御「そんなの、見ればわかるじゃない。…自作自演で、ここまで怒れるほどコイツは器用じゃないでしょ。」

そう言って晶を見る御笠を、晶はひどい嫌悪をあらわにして睨みつける。そして、しばらく睨み合った後、御笠はぷいっと何も言わずに部室を出て行った。

両「あ、菜桜ちゃん!!」

名「ちょっと、置いてかないで!」

御笠を追って部室を出ていく両瀬に、名取もどこか後ろ髪をひかれるようについていった。3人が出て行った部室で、ふいに陽が泣きそうな顔をする。

孝「おい、大丈夫か陽…?」

陽「うん……」

修「でも、2人ともなんかカッコ良かったです!」

陽にそう言って、修丸は賢一の方を見る。

修「3年生相手にあんなにはっきりモノが言えるなんて……」

感激している修丸に、他の部員たちも同意するようにうなずく。

路「俺も、なんかあの人たちにゃめちゃくちゃ腹立ったけど、あの空気じゃなんも言えなかったからなぁ……」

しかし、褒められているにもかかわらず賢一も陽も浮かない顔である。

隆「なんだよ2人して……褒められてんだから素直に喜べっての。」

茶化すようにそう言う隆平だったが、賢一は小さく苦笑する。

賢「まあ、そうなんですけど…ね……」

そう言って陽を見る賢一に、陽も同じく苦笑して言う。

陽「なんか…あれでよかったのかどうかもわからないし……」

迷うような口調でそう言う陽に、晶が疲れてはいるものの、どこか嬉しそうに言う。

晶「いや、助かったよ。賢一も陽もありがとな……」

陽「ならよかったけど……」

そんな様子を見て、南雲も嬉しそうに陽と賢一を見る。

南「あたしもな~んかスカッとした!2人ともありがとね!」

賢「いえ…」

どこか照れくさそうな賢一だったが、ふと小河原が悩みこむ。

小「しっかし、マジで何しに来たんだろうな、アイツら……」

豊「んっとだよ!なんか訳わかんねーことだけ言っていきやがって……」

海「訳わかんないことって?」

不思議がりつつも、気付けば3年生たちになじみながらそう訊く龍海に、豊津もなじんでいるように答える。

豊「晶はそこまで器用じゃないとか…あとほら、なんか晶の制服がなんとか―」

そう言ってから、ふと豊津は「しまった」と言わんばかりの顔で口に手を当てる。それに気付いた晶は、どこか物憂げに言う。

晶「いいよ、別に……気にしてないから。」

豊「あ、ああ……ごめん……」

謝る豊津を見て、晶は部員たちと3組の3人を見渡してふっと切なげに言う。

晶「ジャージ登校についての理由を訊いて、それでうまくはぐらかされても……それ以上は聞かないでいてくれる……今更だけど、お前たちにはホント感謝してるよ。」

そして、どこか自嘲気味に笑う。

晶「だけど、本当は気になってんだろ?」

その言葉に、みな小さくも反応を見せている。そんな後輩たちや友達を見て、晶はどこか、何かを覚悟するような顔をする。

晶「本当は……ナリが自殺しちまうまでは別に女って言われても何にも嫌じゃなかった。中学の制服だってちゃんと来てたし、自分で言うのもナンだが、ちょっとガサツなだけで普通の女子だったんだ。…だけど、ナリが御笠たちのいじめに耐えかねて自殺してから、アイツらが……女ってのが怖くなっちまってな……」

そこまで言って、晶は南雲と陽を順に見る。

晶「そりゃお前たちみたいに良い奴もいっぱいいるさ。でもな、自分もアイツらと…ナリを殺した御笠たちと同じ女なんだって思うと……それこそ死んじまいたくなっちまうんだよ……」

陽「センパイ……」

晶「実はな、ナリが自殺して1週間もたたないうちに、1回飛び降りようとしたことがあったんだ……」

鳩「なんだって…?!」

晶「ナリが自殺した後も、正直、無理はしてたけど学校は休まなかった。…その反動だったのかもしれない。ふっと…気付いたら家の2階にある自分の部屋の窓を開けて、足をかけてたって……」

そこまで話して、晶はひどく自嘲の色を見せて額を押さえる。

晶「信じらんないだろうが、その時の記憶がないんだ。…毎日毎日、家に帰っては死んだナリのこと考えて……そんな中でその日はふっと窓の外を見た、ところまでは覚えてたんだけど、それから気が付いたら兄貴たちに怒鳴られてたことしか覚えてなくて……それで話を聞いたら、さっき言ってた様だったと……」

そこまで話して一息つく晶に、みなひどく心配そうな顔をする。

修「そんなことが、あったんですか……」

悲しそうにそう言う修丸に、晶は苦笑する。

晶「ああ……その後にさ、自分でも何を思ったか、髪をざっくり切ったあげくに、怒られるだろうってわかっていながらも次の日からはジャージで学校に行き始めた。……いや、制服がどうしても着れなかったんだ。」

そう言って、晶はジャージを軽く引っ張る。

晶「……女子の制服を着たくないんじゃない、着るのが怖いんだ。自分を奴らと同じ女だと認めることが……」

そこまで言って、晶には悲しみと怒り、恐れなどの感情が一気に押し寄せる。そして、泣きそうな顔をしてすぐに、それを隠すようにうつむく。

晶「すいません、先生……明日にはもっと、ちゃんと詳しく話します……だから、今日はもうこの話はいいですか……?」

そんな晶を見て、鳩谷もひどく心配そうに言う。

鳩「ああ…俺も今日は、これ以上は聞けないよ……悪かったな、辛い話をさせて……」

晶「いえ……自分だって、あんないたずら、放っておきたくありませんから……」

そう言って、晶は静かに立ち上がる。

晶「……その、今日は帰っていいですか?」

申し訳なさそうな晶に、鳩谷は優しく言う。

鳩「ああ。…気持ち的にとは言え、疲れただろう?今日はゆっくり休んだ方がいい。」

隆「そっスよセンパイ。…そりゃセンパイいないと寂しいけど、俺らも子供じゃないんだし、センパイに休んでもらう方が大事ですから。」

そう言う隆平に、部員たちはみな納得するような顔でうなずいている。

晶「すまんな……じゃあ、明日はちゃんと部活に出れるように頑張るよ。…亜寿沙たちも、わざわざありがとう。……じゃあな。」

そう言って晶は帰り支度を整え、申し訳なさそうに、しかし友や後輩の気遣いを嬉しそうに部室を後にした。

賢「センパイ…元気になればいいね……」

陽「そう、ね……」

切実に言う賢一に、陽はただ一言返すだけだった。

 

晶「んん~……」

その日の夜、晶は自室のベッドの上で横になり、苛立たしげに寝返りを打っていた。寝よう寝ようと数時間粘っていたが、久島のことが頭から離れなく未だ眠れないでいる。

~♪~

晶「ん……?」

ふいに鳴った携帯の音に晶はのっそりと起き上り、机の上に置いてある携帯を開く。

晶「部活で何かあったかな……―!」

軽い気持ちで携帯の受信ボックスを開いた晶は、言葉を失った。

「Time:12/18 20:26

From:愛大

 Subject:黒板、見てくれたよね

 Text:ねえ晶、僕の話を聞いてくれる……?

    今日の9時、学校の…僕が通うはずだった高校の、僕が中学の時に一番怖かったあの場所で待ってるから。」

メールの差出人と内容に、晶はただただ携帯を凝視するしかできなかった。

晶「ウソ…だろ……」

青ざめた顔でそうつぶやき、晶はふと携帯の右上部分に表示されている時間を見る。

晶「30分か……今から行けば間に合うが……」

そうつぶやいて晶はコートを手に取って部屋を出た。

 

晶がメールを受け取った同時刻、宗光家では……

賢「……!」

父「賢一?」

日課の皿洗いをしながら、賢一は何かを感じたようだった。

賢「…え、何父さん?」

父「いや…何ってことでもないが……」

陽「もしかして…また、何か声が聞こえたの?」

今朝の通学時の話を知らない陽一郎は、不思議そうな顔をしている。

賢「ううん……なんか、嫌な感じがした気がしたんだけど……」

「気のせいだ」…その言葉が言い出せない賢一。同じく陽も陽一郎も、賢一の今の状態と、今までの直感の鋭さから、ただただ心配そうに彼を見る事しかできなかった。

陽「そう……何もなきゃいいわね……」

陽は、ただそう言うしかなかった。

 

翌日、昨日降った雪がほぼ溶けた道を、自転車の後ろに陽を乗せて賢一は自転車を漕いでいた。

賢「昨日さ……」

急に話を切り出す賢一に、陽は特に驚くことはなかった。

賢「晶センパイ言ってたよね、飛び降りようとしたこと自体は覚えてなかったって……」

その言葉に、陽は次の言葉を理解していた。

陽「あなたも、小さい時に死のうとした…とでも思ったの……?」

悲しげな口調に、賢一は小さく返事をする。

賢「うん……」

その返事を聞いて、陽は一息を置いてから言う。

陽「ケンイチくんは……夢の中で会いに来てくれた?」

賢「……ううん。」

陽「じゃあ、きっと違うわよ。……前ならまだしも、今のケンイチくんはヨシくんを昔の記憶から遠ざけようとはしないもの。関係あるなら、きっと教えてくれるじゃない。」

そう話す陽に、賢一は少し元気を取り戻した口調で言う。

賢「そう、だね……」

そして、またふっと元気をなくす。

賢「それよりも……晶センパイ、元気になってたらいいね……」

陽「そうね……」

そんな話をしている最中、2人の視界にはいつもくぐる校門が見えてきたのだが、それと同時に2人はいつもと違う異様な風景を目にした。

賢「あれ……なんで学校にパトカーなんか……」

思わず校門をくぐる前に自転車を止めてそう言う賢一の声は、不安に満ちていた。

陽「何か…あったんじゃないかしら……」

陽も賢一同様に、その声には不安の色があった。そして2人は、お互いにその不安そうな顔を見合わせたのだった。

 

⑧(3)

その日の放課後、メディア部の部室には一種異様な緊張が走っていた。その部室に中に、晶や鳩谷の姿がない。

隆「あー、くそ!やっぱ信じらんねえ!」

そう言って急に立ち上がる隆平を、孝彦が自らの焦る気持ちを隠すようにわざと平静を装って言う。

孝「バカ、お前がいきり立ったってなんにもならねーだろうが……」

隆「じゃあなんだよ!?お前はここで本を読んでりゃいいとでも思ってんのか?!」

そう言う隆平の言葉を無視する孝彦だったが、修丸がふと隣の席で本を読んでいる孝彦の本を覗き込む。

修「でも…さっきから全然ページ進んでませんよ……?」

隆「は……?」

孝「バ…!このヤロ、何盗み見てんだよ!」

修「す、すいません!」

路「落ち着けよお前ら……!」

必死に謝る修丸の声を聞き、今までずっと一心不乱にカメラの手入れをしていた龍路がふと口を開く。孝彦同様に平静を装おうとしているが、どこか苛立ちのこもった声だった。

路「そりゃ、センパイのことが心配なのはわかるけど……ここで八つ当たりし合ったって仕方ないだろうが……」

やりきれない顔でカメラから目線を逸らさずにそう言う龍路を、みなも同じくやりきれない顔で見ている。

30分ほど前、この部屋で何があったかというと……

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