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表裏頭脳ケンイチ

第7話「噬臍の亡霊と強さの在り方」~中編~

 

⑨(3-2)

―海「あれ、みんなして何見てるんですかぁ?」

今日一番遅く部室にやってきた龍海が、部室の光景にふとそう言う。部員たちはみんなして不安そうにホワイトボードの前に立っていたのである。

路「龍海……いやな、これ……」

ボードの前まで来た龍海に、龍路はボードを指差す。

「今日は部活を休むかもしれません。もし出れたら出ます。とりあえず冬休み明け用のネタ、考えといてください。 響鬼」

海「晶センパイ遅れるんだ、珍しー。」

あっさりとそう言う龍海に、修丸が一層不安げに言う。

修「でも、なんか気になりませんか?」

海「なんかって?」

修「センパイ、休んだり遅れたりする時に、今までこんなアヤフヤな伝え方したことなかったのに……」

そんな修丸に続き、賢一も口を開く。

賢「それに、亡くなったのがあの人だなんて…これってきっと何かあるんじゃ……」

その言葉に、龍海はふっと何かを思い出すように訊く。

海「亡くなったって……そう言えば高校にパトカー来てましたけどなんかあったんですか?」

孝「死んだんだ…昨日うちに来てたうちの1人、名取柚子姫って3年がさ……」

海「え…」

路「それも……うちの、閏台高の使われてない体育倉庫ん中で、殴り殺されてたって……」

陽「中学と高校って違いはあるけど……昨日聞いた話とまったく―」

その時、部室のドアが開き、鳩谷が入ってくる。

鳩「みんないる、みたいだな……」

陽「先生……」

隆「ね、先生!3年生が死んだのとセンパイが部活来ないの、なんか関係あるんスか?!」

勢いでそう訊く隆平に、鳩谷はとても言いづらそうな顔をする。

鳩「……あんな話を聞いた後に死んだのが名取となれば、誰だってそう思うよな……」

そう言って、鳩谷は部員たちを見渡して言う。

鳩「実はな、響鬼が名取殺しの容疑者として……進路相談室で警察と話をしているんだ。」

その言葉に、部員たちは皆驚いた。

賢「な、なんでセンパイが容疑者なんですか?!」

鳩「すまんな神童、俺も詳しいことは知らないんだ……」

そう言ってうつむいてしまった鳩谷だが、ハッとしてすぐに顔を上げる。

鳩「あ!でも心配するな!!響鬼が人を殺すなんてバカな話があるわけないし、それに南雲たちも、無理矢理響鬼について行っているらしい。」

そう言われても、みな一層不安を募らせていくばかりである。

鳩「……とりあえず俺は職員室に戻るよ。また何かわかったら教えに来てやるから、お前たちは響鬼が戻ってきた時に怒られたりしないよう、冬休みの記事のネタでも考えておけ。…な?」

ホワイトボードに目をやってそう言う鳩谷に、誰1人として、答える者もうなずく者もいなかった。

鳩「それじゃ……最悪部活が終わるまで響鬼が戻ってこなかったら、誰か活動報告をしに来てくれな……」

そう言って、鳩谷は後ろ髪を引かれるように部室を後にした。―

 

陽「でも……隆平くんじゃないけど、ここにいたって、それこそなんにもならないんじゃない…?」

ひどく落ち込んだ口調の陽を、みな心配する。そんな中、賢一がふと立ち上がる。

海「賢一センパイ…?」

不思議がる龍海を、賢一は不安を隠しきれない顔で見る。

賢「ちょっと、晶センパイのとこ行ってくる……」

陽「え…センパイのとこって言っても……」

路「そうだよ、行ったところで何ができるわけでも―」

賢「何もしないよりは、いいじゃないですか……」

龍路の言葉を遮り、しかし彼の顔を見るでもなくそう言う賢一。そして、やっと龍路の方を見る。

賢「ひなも言ってたけど…ここにいたってなんにもならないじゃないですか。確かに、行ったって何ができるわけでもないかもしれないけど……だったら、できることをやった方が―」

孝「やめておけ。」

今度は孝彦が賢一の言葉を遮る。そして、今まで開いていた本を閉じて賢一の顔を見る。

賢「なんでですか…?」

孝「確かにお前の言うことも一理あるけどな、お前も俺たちも、どういう状況でセンパイが疑われてるかを知らないんだぞ?つまり、今のお前にできる事っても、警察にセンパイの人柄を伝えることぐらい。そんなもの、センパイの無実を証明するのになんも役に立たないどころか、ヘタに久島って生徒の事でセンパイを刺激でもしたら、それこそ余計に怪しませちまう―」

隆「ん……」

その時、隆平がふと廊下の方を向く。

孝「なんだよ……」

修「もしかして、誰か来ましたか?」

隆「ああ、たぶん……うん、こっち来てる。」

それから数秒後、部室のドアをノックする音が聞こえた。

賢「あ、今開けます!」

いつもの癖でドアを開ける賢一。そこには3-3の、晶の友人たちのうちの男子2人が立っていた。

賢「えっと…確か小河原センパイと、豊津センパイ…ですよね?」

豊「お、嬉しいね!覚えてくれたんだ!」

小「バッカ、喜んでる場合じゃねえだろが。」

豊「いてっ。」

軽く豊津を小突いて、小河原は真剣に、そして必死に賢一に訊く。

小「昨日も今日も急に部室来ちまって悪いんだけどさ、君は晶が人を殺すわけないって信じてるよな?!」

賢「え…?そ、それはもちろん!!」

一瞬驚くも、すぐに力強く答える賢一。そんな賢一を見て、小河原は次は部室を覗き込む。

小「君たちは?!」

その問いに、部員たちはみなお互いに顔を見合わせ合い、最後には小河原の方を賢一同様に力強く見た。

隆「んなの、決まってるじゃないっスか!」

路「そりゃ、俺たち誰1人、センパイが人を殺したなんて信じちゃいませんけど……」

そう言って、自信なさげにうつむく龍路。

路「でも、センパイが無実だって証明もできないし……」

晶「信じてくれてるだけでも、十分嬉しいよ。」

その時、ドアの影から疲れてはいても、どこか嬉しげな表情の晶が顔を見せる。その隣には、南雲もいる。

賢「センパイ?!」

修「い、いいんですか?もう……」

驚く部員たちに、晶は少し冗談めいて言う。

晶「なんだ?自分が来ない方がよかったのかよ?」

修「いえ!そ、そんなわけじゃ……」

慌てる修丸を見て、晶はまた小さく笑う。

晶「冗談だよ、冗談……しっかし、噂ってのは怖いもんだな。その様子じゃもう、自分が警察に疑われてるって誰かから聞いたみたいだが……大方、鳩谷先生から聞いたのか?」

そう言って部室に入り、自分の席に静かに座る晶。そんな晶を見て一緒に部室に入る3年生たち。

南「それにしても、あなたたちって不思議ね。…部室来るまで、アッキったら冗談なんて言えないくらい、本当に元気なかったんだから。」

晶「悪かったな。」

静かにもそう言う晶を見て、どこかホッとする表情の3年生たちだったが、部員たちは反対に心配げな顔をする。

小「ん~?なんだぁ、みんなして何、辛気臭い顔してんだよ?」

海「だって……いつもならセンパイ、元気なかったってバラされたりしたら「なんだと?!」とか「余計なお世話だ!」とかって……」

隆「そっスよ!こんなセンパイ……去年の夏に部活でやったレクで生焼け肉に当たった時以来だ!」

わざとらしくそう言って晶を見た隆平だったが、晶は相変わらずの疲れ切った笑顔を見せるだけである。

晶「お前、よく覚えてんな。」

隆「あ、いや……スンマセン……」

怒らせようとしても怒らない晶に、隆平は意味もなく謝ってしまった。

そんな中、陽がふと訊きづらそうに晶の方を見る。

陽「あの……部活に来れたってことは、疑いは晴れたんですか?」

そんな陽を少し不思議そうに見て、晶は沈んだ表情を見せてうつむく。

晶「いや……どう、なんだろうな……」

豊「俺ら…てか、ほとんど亜寿沙なんだけどさ、勢いで押し切ってきただけなんだ。「人を疑うなら、もっと証拠を見つけてからにしろ!!」ってな。」

その言葉を聞いて、南雲が思い出すように怒り出す。

南「ひどいんだよ?!アッキのハンカチが体育倉庫に落ちてたってだけで犯人扱い!そんなの単純すぎるよね!」

小「ハンカチなんて、いくらでもくすねられるだろうがよ……」

悔しそうにそう言う小河原に、佐武兄弟が納得するように言う。

海「確かに、センパイってハンカチとかティッシュとか、いっつもカバンの中に入れっぱですもんね。」

路「移動教室の時とかは、普通カバンなんて持ってかねーしな……」

豊「それにさ、俺たち3年は今の時期はほとんどクラスなんて関係なしに、受験に向けた選択授業ばっか。普通の授業よりも教室を開ける機会が多いんだ。」

修「そうなんですか……」

孝「でも、いくらなんでもそれだけで犯人扱いなんてことは―」

孝彦がそう言った時、晶がうつむいたまま誰に言うでもなく言う。

晶「なあ……」

豊「ん?なんだ?」

晶「亡霊って、ホントにいんのかな?」

小「はあ…?」

青ざめた顔でそんな質問をする晶に、孝彦が呆れたように言う。

孝「何、修丸みたいなこと言ってんですか?」

修「はい…(汗)?」

修丸が驚いているが、誰もそんなことは気にしない。

賢「あの、センパイなんでそんなこと……」

晶「ハンカチだけじゃないんだ……」

陽「え…?」

晶「行ったんだよ…昨日の夜、学校にな……」

南「嘘……ねえ、なんで?なんで夜なんかに学校来たりしたの?!」

まくしたてるようにそう言う南雲に、晶は静かに携帯を取り出して、少し操作をしてからそれを見せた。

南「何…メール?」

南雲につられ、他の2人や部員たちも携帯を覗いている。

豊「このメールが何なんだよ……」

小「つーか、誰だ?愛大って……」

いぶかしげな顔をする豊津や小河原だったが、賢一がハッと何かに気付いて青ざめたようだった。

賢「ナリヒロ……」

そう言って、晶を見る賢一。

賢「亡霊って、そういうことですか……」

賢一の言葉に力なくうなずく晶。

隆「何がだよ?…アドレス登録してるってことは、センパイの知り合いなんじゃないんですか?」

不思議そうにそう訊く隆平に、晶はにわかに怯えの色を見せながら言う。

晶「そりゃ、知ってるよ。よく知ってる……」

隆「だったら、亡霊って……」

未だ理解していない隆平に、賢一が言いにくそうに言う。

賢「自殺した久島って人のことだと思いますよ……」

その言葉に、隆平以外の全員が気付く。

隆「いや、だってセンパイ、その人のことナリって―」

孝「だから!そのナリってのは久島愛大の愛称だろうが!…それくらい気付けよ……」

思わずケンカ腰になる孝彦に、隆平もムッとする。

隆「わ、悪かったな…!どーせ俺はバカだよ!」

孝「なんだ、自覚してんのか?だったら―」

路「いい加減にしろよ……」

孝彦の言葉を遮り、静かにもケンカを止める龍路。

海「兄ちゃん、怒んないで……」

恐る恐るそう訊く龍海に、龍路は珍しく真剣な顔のまま言う。

路「俺だって、こんな時にいつもみたいにケンカ始められたら怒りたくもなるさ……」

晶「龍路……」

それから少しの沈黙の後、龍路はふっと孝彦と隆平を見る。

路「……悪い、俺もちょっと大人気なかったかもしれないけど……」

申し訳なさそうにそう言う龍路に、孝彦も隆平も、同じような顔をしてお互いの顔を見ている。

孝「いや…俺たちの方が悪かったよ……」

そして、真剣な顔をして晶の方を見る。

孝「だけどセンパイ、その久島って人は亡くなってるんですよ?親族が携帯の解約をしていたら、そのアドレスを誰か他の人間が使うことだって可能なんだし、久島さん本人からのメールなわけないじゃないですか……」

晶「だとしても……自分とナリのアドレスを両方知ってて、こんな呼び出しをするような奴に心当たりがないんだ……」

そして晶は頭を抱えた。

晶「くそっ……!」

南「アッキ……」

晶を心配する南雲。その横では、豊津と小河原が晶の渡した携帯を凝視している。

豊「しっかし、こりゃホントにおふざけが過ぎてんな……ってか、この「中学の時に一番怖かったあの場所」って、昨日晶が話して、しかも今朝名取が見つかった高校の体育倉庫の事だろ?」

小「だろうな……でも、確かに昨日の夜に学校の…しかも体育倉庫に来てただなんて、こりゃ疑い晴らすのは難しそうだ―」

真剣に悩んだ末の小河原の言葉に、晶はハッとして部員たちを見る。

晶「だけど!自分は名取を殺しちゃいない!」

賢「センパイ…」

晶はふっと静まる部室を見て、次第に泣きそうにうつむく。

豊「わあってるよ、んなこと……」

困ったようにそう言う豊津だが、まるで聞こえていないかのように晶は続ける。

晶「それに……確かに学校には来たけど、でも―」

御「言い訳してんじゃないわよ!」

まるで昨日の晶のように、豊津や小河原が部室に入る時に閉めたドアを思いっきり開けたのは御笠だった。後ろには異様なまでに怯えた様子の両瀬もいる。

小「テメエ、御笠……」

豊「また飽きもせずに盗み聞きか?」

嫌悪をあらわにする小河原と、もはや呆れている豊津。

御「あんたらは黙っててよ。」

そう言って、御笠はずかずかと晶のもとに行く。

御「あんたさ、マジでどーゆーつもり?!」

晶の机に勢いよく手を振り下ろし、怒りを隠すことなくそう言う御笠。

晶「……は?」

いぶかしげに御笠を見上げる晶。

両「柚子姫を殺したの…響鬼なんでしょ……?」

御笠と違って覇気のないその言葉に、晶はうんざりするようにまたうつむく。

晶「だから…自分は名取を殺してなんか……」

御「じゃあ、なんで柚子姫はあんな場所で!あんな死に方してたのよ?!」

その怒号に、晶は驚きからか小さく反応を見せる。

御「あたしらは久島の事殺してなんかないけどね!柚子姫の死に方、あの時の久島そのものじゃない!」

その一言に、晶は衝動的に立ち上がって御笠の胸ぐらをつかんだ。

晶「殺してないだと…?!ふざけるな!!」

そんな晶を、御笠は軽く突き飛ばす。

御「ふざけてんのはあんたの方よ!あたしらが体育倉庫で久島と遊んでやったこと知ってんのはあたしらと、あの時久島を倉庫から出したあんたと…それこそ死んだ久島だけ!それとも何?あんた誰かにあの時のこと話したとでも言うの?!そんな事したら久島がもっとひどい事されるってわかってて!」

晶「そりゃ…あの時は誰にも話してないけど…でも昨日、亜寿沙たちと後輩たちには話したが……」

御「だったら、あたしや弥生が柚子姫を殺すわけないし、死んでる久島なんてなおさら有り得ない。こいつらだって久島になんか関わるはずないし……だったら、あんたしかいないじゃない!!」

晶「この―」

御「それに!…あんたさっきまで警察に事情聴取されてたんでしょ?警察に疑われるとか、マジで犯人あんたしかいないじゃん……久島の敵討ちか何だか知らないけどさ、柚子姫のためにもさっさと自首してくんない?」

晶の言葉を遮り、嫌な余裕でそう言い放つ御笠に、晶は悔しそうに御笠を睨むだけで何も言い返さない。と、その時だった。

鳩「いい加減にしろ、御笠!」

鳩谷がひどく怒った様子で部室に入ってくる。

晶「先生…!」

鳩谷に怒られて少し畏縮した御笠。それから少しの間訪れた沈黙の中で鳩谷は部室を見回し、呆れたように言う。

鳩「ったく、響鬼が帰ってきたかどうか様子を見に来たら……確かに友達が殺されて辛い気持ちもわかるがな、お前は響鬼に突っかかりすぎだぞ?」

そう言われて、御笠はまたどこか余裕ぶる。

御「へえ、先生まで自分の部活の生徒を贔屓するんですね。」

鳩「俺もメディア部の後輩たちも、それに南雲たちもな、贔屓なんかしちゃいない。……響鬼の人柄を知ってるからこそ、響鬼を信じてるだけだよ。」

真摯にそう語る鳩谷を見て、御笠は一気に泣きそうな顔になってうつむく。

御「何が信じてるよ……くっだらない……」

そして、一気に顔を上げる。

御「柚子姫殺したのはあんただって、わかってんだからね!!3年前だって自分だけ良い人ぶって……あんたのその善人面した化けの皮、絶対に剥がしてやるんだから!!」

そう言い捨てて、御笠は逃げるように部室を出て行った。

小「あのヤロー…!今日という今日はもう勘弁できねぇ!!」

そう言って小河原も御笠を追うように部室を出る。

南「あ!ちょっと待ちなさいよタク!!……もう~!」

小河原を心配したのか、南雲まで部室を出て行った。

鳩「お前は行かなくていいのか?」

豊津にそう訊く鳩谷に、豊津は苦笑いをして言う。

豊「亜寿沙は亜寿沙で、タクがなんかやらかさないか心配なんでしょうけど、俺がついてっても何にもならねーし……」

そう言って部室に残っている両瀬を見る。

豊「俺たちゃ仲良しってなだけで、そこの金魚のフンとは違いますから。」

少し嫌味を込めた豊津だったが、両瀬はそんなことには気も回らず、急に怯えを爆発させたように鳩谷にしがみついた。

両「先生助けて!あたし殺される!!久島に殺される!!」

鳩「お、おい落ち着け両瀬……」

両瀬の言葉に、晶はまた衝動的に怒りがこみ上げ、鳩谷から両瀬を引き離した。

晶「バカ言うな!ナリはそんな事するような奴じゃない!!それ以前に、ナリは死んでるんだぞ?それもお前たちのいじめが原因でな!!」

両「わかってる!わかってるわよ!」

目に涙をためてそう叫んだ後、両瀬は顔を手で覆う。

両「死ぬなんて…自殺するなんて思わなかったの……」

豊「そりゃ誰だって、相手が死ぬとわかってていじめなんてしねーよ。でもな!結果お前たちは久島を殺したんだろ?!」

両「だって……菜桜ちゃんが、久島のこと気に入らないって言うから……菜桜ちゃん手伝わないと、あたしたちが何されるかわからないから……そうよ!あたしも柚子姫も菜桜ちゃんに言われて、嫌々久島をいじめてただけだったのに……!」

孝「典型的ないじめの連鎖だな……」

修「自分を守るために、人を傷つけてたってことですよね……」

苦々しくそうつぶやく孝彦に、修丸もどこか嫌悪を表す。そんなことも気にせず、両瀬は再び鳩谷にしがみつく。

両「あたし死にたくない!!……死にたくないよぉ……!」

泣きじゃくる両瀬に、晶は今にも殴りかかりそうに一歩踏み出す。

晶「お前…ナリのこと自殺させておいて―」

その時、晶と両瀬の間に何かが落ちてくる。

晶「うわ!」両「やっ!」

2人の足元には、大きな蜘蛛がのっそりと動いている。

両「やだ、キモ!」

そう言って鳩谷の後ろに隠れる両瀬だったが、晶はというと、自分の席に靴のまま乗っている。

晶「だ、誰でもいいから早くソイツ外に出してくれ!」

路「え…?」

晶「龍路頼んだ早くさっさと!」

全ての単語に間無くまくしたてる晶。

路「は、はあ……」

慌てた様子で蜘蛛を指す晶に、龍路は半ば状況が飲めない顔をしながらも、ペンを持って蜘蛛に歩み寄る。

両「ちょっと、さっさと踏めばいいじゃない!」

先ほどとはまた違うヒステリックを起こす両瀬に、龍路が年下ながらにも呆れて言う。

路「何も踏むこたないでしょ?……ほら、登れ。」

そう言って龍路がペンで蜘蛛をつつくと、蜘蛛はのっそりペンにしがみつき始める。

路「よ~し……龍海ぃ、窓開けてくれ。」

海「は~い。」

ペンの上の蜘蛛を見張りながらそう言う龍路に、龍海はどこかやる気なく返事をして窓を開ける。

海「兄ちゃん早くぅ~!寒い~!」

路「わぁってるって。…っと!こら、ちゃんと掴んでろっての!」

寒さのせいで弱っている蜘蛛にそんな事を言いながら、龍路は龍海の開けた窓から蜘蛛を逃がす。

路「ったく、この寒いのになんだって蜘蛛なんか……」

そう言って部室の中の方を振り向いた龍路は、その光景にどこか唖然と呆けてしまった。

晶「あ、ありがとな龍路……」

隆「ク…蜘蛛のくせに生意気な……!」

陽「あ~、怖かったぁ……」

賢「も、もう他にはいませんよね……?」

相変わらず鳩谷の後ろに隠れている両瀬、机の上に立ったままの晶、身を固めている陽、恐る恐る天井を見たままの賢一、なぜか孝彦の後ろに隠れている隆平……

路「陽はともかく…意外なメンバーが蜘蛛嫌いなんだな(汗)」

海「ねー。ほらぁ、隆平センパイなんか孝彦センパイにしがみついてるよ」

孝「お前はいつまでしがみついてんだよ!!」

隆「あ、悪りぃ悪りぃ!」

孝彦は自分の後ろにいる隆平にそう言って、隆平は苦笑しながら自分の席に戻って行く。

孝「……まったく、蜘蛛のどこか怖いんだか……」

海「気持ち悪いけど、怖くはないですぅ。」

修「僕も、素手では触りたくありませんけどそこまで怖くは……」

呆れながらそう話す4人に、賢一が恥ずかしそうに言う。

賢「いや…小学生の時に背中におっきな蜘蛛がくっついたことがあって……それがトラウマで……」

晶「そんなもの、まだマシだろ?自分なんか毒蜘蛛に噛まれて、腕がパンパンに腫れ上がったことがあるんだぞ?!」

陽「え、日本に毒蜘蛛なんているんですか?」

晶「ああ、なんつったっけな…そう、セアカゴケグモって奴だ!……アレに噛まれて以来、蜘蛛の糸すら怖くてな……自慢じゃないが、蜘蛛本体はもちろん、糸だって怖くて触れないんだよ……」

修「じゃあ、蜘蛛の巣なんかは―」

晶「無理に決まってる!……このバカ、思い出したら気持ち悪くなってきただろうが!」

切実にそう話す晶に、豊津が小さくも笑いながら言う。

豊「だけど意外だな、お前が蜘蛛なんか怖がるなんて。つーか、クラスで蜘蛛出た時だって平気な顔してなかったか?」

晶「ありゃ、蜘蛛嫌いがバレるのが恥ずかしくて、できるだけ蜘蛛に近づかないようにしてただけだよ。……屋外での体育の授業の時、風で飛んできた蜘蛛に慌てたところを亜寿沙に見られたことはあったけど、部活ではバレないように気をつけてたのに……普通は天井から落ちてきたりしないだろぉ……(泣)」

そう言って、晶は少し警戒するように部室を眺める。

晶「お前ら、誰にもこのことバラすなよ?」

そんな晶に、部員たちはみな苦笑している。そんな中、ふと晶は思い出したかのように両瀬を見る。両瀬はすでに鳩谷の後ろに隠れることを止めていたが、どこか不安げな、そして恨むような顔をして晶を見ていた。

両「あんた、余裕だね……」

晶「は…?」

両「でも、あたしもちょっと冷静になったらさ、あたしよりもあんたの方が久島に憎まれてるってこと、思い出しちゃった。」

投げやりな余裕を醸し出し始めた両瀬。その言葉に晶は一気に青ざめてしまう。

隆「どーいう意味だよ、それ!」

上級生相手に喰ってかかる隆平の隣で、孝彦がふと思い出すように言う。

孝「……そういや、昨日言ってましたよね。センパイが久島さんにとどめを刺したとか……」

両「そう…久島が死んだのは結局は響鬼のせい!久島をいじめるのを手伝わせたのは菜桜ちゃん!…そうよ、あたし何も悪くないわ!」

開き直るようにそう言った両瀬に、晶は何も言い返せない。

賢「でも……それは殺された名取さんも同じだったんですよね?」

どこか冷たくそう言う賢一。その口調には、まるで戒めの意味が込められているようである。

両「な、何よ……あんた、あたしに殺されてほしい訳?」

賢一を睨んでそう言った後、両瀬はまた泣きそうな顔をした。

両「さすが、響鬼の部活よね……みんな自分の気に入った人の事しか考えないんだもの……」

その言葉に、陽が眉をひそめる。

陽「やめてください、そんな言い方……」

両「やっぱ菜桜ちゃんの言う通りね……響鬼なんか、メディア部なんかあてにするんじゃなかった……」

晶「なんだと?」

両「あんたも、久島の亡霊に殺されちゃえばいいのよ……体育倉庫で殺された柚子姫みたいにね!!」

まるで呪うようにそう言って、誰かが何かを言い返す前に両瀬は部室を出て行った。

豊「んだよ、わっけわかんねー女だな!!」

隆「マジでなんなんスか、あの2人!!」

豊「さあな!いじめっ子の気持ちなんてわかりたくもねえ!」

隆「そっスね!」

意気投合しながら御笠や両瀬への嫌悪をあらわにする豊津や隆平だったが、そんな中で賢一は怒りよりも何よりも、晶を心配していた。

賢「センパイ……大丈夫ですか?」

晶「あ、ああ……」

頭を抱えて小さく答える晶に、賢一はどこか切なげに言った。

賢「僕は…センパイが久島さんにとどめを刺しただなんて、そんなこと信じてませんから……」

晶「ああ、ありがとう……」

まるで気持ちのこもっていないその礼に、賢一や、その様子を見ていた他の部員たちもひどく心配した様子だった。

⑪(4

―晶「何読んでんの?」

久「え?…あの……」

晶「あ、ごめん!びっくりした?」

久「う、うん…ちょっとだけ。あの…響鬼さん、だよね?」

3年前の春のある日、晶は登校して早々に、隣の席で本を読んでいる久島に声をかけていた。

晶「そ、もと2組の響鬼晶。…って、そろそろクラス替えして1ヶ月なんだから、わざわざ確認しなくてもいいじゃん。」

久「ご、ごめん……」

晶「別に謝ることじゃないけどさ……で、何読んでんの?」

久「えっと、これ……」

無邪気な晶の言葉に、久島は読みかけの本の表紙を晶に見せる。

晶「「子供のための心理学」…?なんか難しそう……」

久「そうでもないよ。結構わかりやすく書いてあるんだ。……心理学の本は何冊か読んできたけど、この筆者の本が一番読みやすい気がする。」

そう話す久島を見て、晶はふっと笑う。

久「え、何……?」

どこか怯えるようにそう言う久島に、晶は少し申し訳なさそうに言う。

晶「ごめん…でも、あんたちゃんと話せるじゃん、って思ってさ。」

久「え…?」

晶「席替えでさ、せっかく隣になったんだから話くらいしたいなぁとは思ってたんだけど、でも久島っていっつも1人で本読んでるから、話すの苦手なのかなぁって心配してたんだ。…あ、でも勝手に心配なんかされちゃ嫌だよな……」

そう言う晶に、久島は少し嬉しそうな顔をした。

久「ううん、なんか嬉しいよ。……僕の事なんか誰も気にかけてないと思ってたから。」

そんな久島に、晶も嬉しそうに笑う。

晶「1年間だけとはいえ、同じクラスメートなんだし…少なくともあたしはあんたと仲良くしたい。」

その一言に、久島は嬉しくも驚きを隠せなかったようだった。

晶「よろしくな、久島!」―

 

夜、晶は自分の部屋の勉強机の椅子に座って、暗い中電気もつけずに携帯電話を握っていた。そして、久島と初めて話した時の事を思い出していた。そして、まるで最近の出来事のように久島との思い出を次々と思い出す。

 

―学校の帰り道、晶と久島は2人で帰路についていた。

晶「あのさ、久島の名前って愛が大きいって書くんだよね?」

久「うん、そうだけど……」

晶「すっごくいい名前だよね。愛が大きいなんて、素敵だよ。あんたの人柄そのものって感じ!」

久「そう、かな……いっつも読み方聞かれるし、愛なんて漢字、女の子みたいだし、なんていうかなぁ……」

晶「それ言ったら、あたしだって男みたいな名前じゃん。…うちってさ、兄弟みんなこんな名前なんだ。一番上の兄貴が「薫」、その下の兄貴が「信」、んで弟が「認」ってさ……」

少し不満そうにそう言って、今度は羨ましそうに久島を見る晶。

晶「漢字一文字で男女共通の名前ってのが由来なんだけど、晶って名前の由来は特にないみたいだし…なんかさ、久島みたいに意味の深い名前って憧れるなぁ……」

そんな晶の顔を、久島は少し恥ずかしそうに見る。

久「響鬼さんだって…晶ってすごくいい名前だよ。」

晶「え?」

久「アキラって、水晶の晶って書くんでしょ?…名前通り、響鬼さんは水晶みたいに、綺麗で堅い心の持ち主だと思うよ。」

その言葉に、晶もどこか恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに言う。

晶「そ、そう…?なんか、名前に対してそう言われたの、初めてだ……」

そう言って、晶は何かを思いついたように言う。

晶「ねえ、今更だけどさ、久島のこと名前で呼んでいいかな?」

久「え…?」

驚く久島をよそに、晶は考え込んで空を見る。

晶「えっと、ナリヒロだから……そうだなぁ、ナリ!ナリって呼んでいい?」

久「その…あ、晶が…嫌じゃないなら……」

照れながらそう言う久島に、晶は少し驚いてすぐに喜ぶ。

晶「ナリも名前で呼んでくれんの?うわ、嬉し!…じゃ、改めてよろしくな、ナリ!」

久「よろしく、晶…!」

そんな晶を、久島もどこか嬉しそうに見ていた。―

 

―生徒玄関で、晶はふと今にも帰ろうとしている御笠、名取、両瀬を見つけた。

晶「あんたら、社会科教室の掃除当番じゃなかった?……いくらなんでも早すぎない?」

少しケンカ腰になりながらそう言う晶に、御笠は鬱陶しそうに気付いて言う。

御「終わったんだから早いも何もないでしょ?……ほら、帰るよ2人とも。」

そう言って、さっさと学校の外に出て行く御笠と、御笠について行く名取と両瀬。

晶「なんだよ、アイツら……―!」

いぶかしげにそうつぶやき、晶はハッと何かを思い出す。そして、急いで社会科教室へと走った。

晶「ナリ!……あんた、なんで1人で掃除なんか……」

たった1人で広い社会科教室の掃除をしている久島を見つけて、晶は彼のもとへと駆け寄った。

久「みんな、用事あるんだって……僕は放課後暇だから―」

晶「また御笠か?」

久島の言葉を遮っていぶかしげにそう言う晶に、久島は小さくうなずく。

晶「ねえ、もう先生に言おうよ……このままじゃもっとひどい事されるよ?」

切実にそう言う晶に、久島は首を横に振る。

久「言ったって信じてもらえないし……きっと先生に言った方が、後でもっとひどい事されるよ……」

晶は自分の非力さを痛感し、無意識にも拳を握っている。

晶「ごめん……何もしてあげれなくて……」

そんな晶に、久島は小さくも笑って見せる。

久「晶は見て見ぬフリしないでくれるじゃない。それだけですごく心強いよ。」

晶「ナリ……」―

 

―晶「まさか…この中なんてこと……」

晶がメディア部に話していた、放課後に久島と連絡が取れなかった日の翌日、晶は学校中の教室を覗いて回った最後に、扉の前に置いてある跳び箱がいつもの位置より少しずれている体育倉庫の前に立っていた。嫌な予感を押さえつつ、晶は跳び箱をずらして倉庫の中に入る。

晶「うわ、くら……」

窓もない倉庫の中は、昼間でも中の様子がわからないほど暗かった。

晶「……あ、ナリ!」

やっと暗さに目が慣れてきた頃、晶は倉庫の隅でうずくまっている久島を見つけて駆け寄る。

久「え……」

晶「大丈夫?!あんた暗いとこ苦手なのに……」

久「なんで…ここにいるってわかったの……?」

晶「探したんだよ!…携帯繋がらないし、ナリの家に電話しても、「家には帰ってない」ってそれだけしか言われないし……もしかして、御笠に携帯も取られちゃったのか?」

久「ううん……返してはもらったけど……」

晶「じゃあなんで連絡くれなかったんだよ―」

晶の言葉を遮って久島が出したのは、開いているのに画面が暗いままの携帯だった。晶はそれを受け取って電源ボタンを押すが、携帯は何も反応しない。

晶「電池……」

久「取られた時は半分くらいあったんだけど。……携帯も使えなくて、暗くて…怖かった……―!」

怯えた声でそう言う久島を、晶は思わず抱きしめた。そして泣きそうな震える声で言う。

晶「ごめん…昨日のうちに探しに来ればよかった……!」

久「晶……」

その時、晶はふと久島の背中に回した手に、違和感を覚える。

晶「ナリ、背中腫れてるんじゃ……」

久「結構、蹴られたからね…びっくりした。女の子でもあんなに蹴られたら痛いなんて……」

まるで「仕方ない」とでも言うようなその口調に、晶はただ悲しさと怒りだけがこみ上げていく。

久「でも、探してくれてありがとう……晶がいてくれて、ホントよかった……」

晶「ごめんナリ……!いっつも何か起こった後でしか助けてあげられなくて……本当にごめんね……!」

自分の受けた仕打ちよりも、晶への感謝をありのままに口にする久島を、晶は静かに溢れる涙を止めることもできずにただ抱きしめた。―

 

そこまで思い出し、晶は衝動的に頭を抱える。

晶「嘘だ…あたしがいてよかったなんて……あんなの嘘だ!!」

衝動的にそう叫んだ晶だったが、家族は連日の晶の疲労具合を知っていたために、あえて彼女の部屋に行こうとはしなかった。

 

その日の深夜…宗光家の賢一の部屋では、ベッドに座り、カーテンを開けて外を眺めている人物がいた。

ケ「(唯一頼れる肉親……いらない存在……情のもつれ……居心地の悪い家……認められぬ恋……)」

ケンイチは、その一言一言ごとに田代水奈子、屋畑瑛太、話だけで聞いた長部紀之、梶北紗百合、登坂翼を思い出す。

ケ「(欠落した、記憶……)」

そして最後に思い浮かべたのは、一度飛び降りようとしたと話している時の響鬼晶だった。それからケンイチは、少しの間無心になった後、カーテンを静かに閉めて静かに自嘲するかのような笑みを浮かべる。

ケ「(フン……すべてオレの所業じゃねえか……後悔噬臍、だな……)」

そのまま、ケンイチは静かに横になって目を閉じた。

 

次の日の学校、今は5時間目である。週に1度のもともとのクラスで受けるLHRの時間、晶はどこか青ざめた顔をしていた。また、死んだ名取の席と、なぜか両瀬の席も空いていた。

南「ちょっと、大丈夫……?」

晶「…じゃ、ないかもしれない……」

後ろの席の南雲が心配して声をかけるが、晶は腹を抱えて少し苦しそうにそう言う。

御「久島に殺されるのがそんなに怖いなら、あんたも弥生みたいに休めばよかったんじゃないの?」

斜め前の席から、少し離れた場所にある空席を指してイヤミったらしくそう言う御笠に、晶は苦しそうでありながらもムッとして言い返す。

晶「だから、ナリはそんな奴じゃない!」

その声に、大学受験の話をしている担任が少し驚く。

担任「ど、どうした響鬼……」

晶「あ、いえ別に……」

そう言った晶の顔を見て、担任は少し驚く。

担任「お前、顔色悪いぞ?…具合でも悪いのか?」

晶「その…ちょっと腹が痛くて……」

そう言いながら、腹を押さえる手に力を入れる晶。自分からは言いづらくとも気付いてもらえたおかげで、晶は少し遠慮深く言う。

晶「あの……トイレ、行って来ていいですか?」

担任「ああ、いいよ。」

晶「すいません……」

晶はそう言って、痛む腹を押さえたまま教室を出て行った。

豊「晶、大丈夫かな……?」

小「顔色、すげえ悪かったよな……」

晶とは離れた席で、かつお互いに斜め同士の席の豊津と小河原も、教室を出て行った晶を心配そうに見ていた。

 

晶がトイレに行ってから10分ほどたった後のことである。

担任「お、そろそろ換気するか。えっと……」

3-3の担任であるこの教師は、この時期、自分の授業では決まって授業の半分が終わるころに窓を開けて換気をすることを心がけている。

担任「南雲、頼んでいいか?」

南「はーい。」

窓際の席である南雲は、当てられるかなという予想の元「やっぱり」といったような返事をし、立ち上がる。

南「あれ……」

窓の前まで来て、南雲はそんな声を出す。

担任「どうした?」

南「あ、いえ…なんか外に引っかかってるんです。……なんだろ、紙?みたいだけど……」

そう言って南雲が窓を開けて数秒後の事だった。何かが窓の外を、さっと上から下に駆け抜ける。教室にいる人全員が、一瞬何が起きたのかを理解できなかった。

南「今の、何……―!」

そしてつい窓の外を見てしまう南雲。

南「きゃああああ!」

南雲はもちろん、何事かと興味本位に窓の外を覗く生徒たちも、皆驚きを隠せなかった。彼らの目線の先には、教室と面したグランドの脇に落ちた……休んでいるはずの、両瀬弥生の転落死体があった。

 

放課後、メディア部の1,2年(と龍海)は豊津と小河原を先頭に校内を走っていた。と言っても、孝彦はどこか難しげな顔をし、修丸は不安の色を濃くしてその最後尾を速足でついて行くだけであり、賢一の慌てようはかなりひどかった。

隆「ったく!なんだってまた晶センパイが疑われるんだよ!」

豊「んなこと言ったって、あの時教室にいなかったのは晶と死んだ両瀬だけだったんだ!」

小「バカ!だからって晶が人を殺すわけあるかよ!」

走りながらそう話す隆平と豊津に、小河原がひどく怒る。

豊「んなこたわかってら!……だけど、こればっかりは俺たちだって自分の目で見ちまった事実だろうが!」

路「でも、晶センパイが両瀬さんを突き落したのを見たわけじゃないんでしょ?!」

小「おうよ!俺たちが見たのは、上から落ちてきた両瀬だけだ!」

路「だったら、まずはその事伝えに行かないと!」

豊「そうだな!警察なんてイシアタマの塊だ!…少しでも晶に有利な事は伝えとかねえと……!」

状況もよくわからないまま、部員たちは警察と晶がいるであろう進路指導室へと急いだ。

 

南「だから!アッキは本当にトイレに行っただけだって!」

3年男子と隆平が先導を切って南雲の声が響く指導室のドアを開けると、そこには落ち込んだ様子の晶、怒り気味に警察を説得している南雲、どこか困った様子の警官と、その上司らしきもう1人の警官が晶と向かい合って座っていた。

隆「センパイ!」

小「悪い、待たせた亜寿沙!」

晶「お前ら……」

南「もー!タクもサネもおっそい!!」

上司「ん?なんだ君たちは…」

指導室に入ってくる、実質9人という大人数の生徒に、晶の正面に座っていた上司らしき警官が眉をひそめて言う。その一言に、隆平はいつだかの図書室ので出来事を思い出し、ムッとして言う。

隆「こっちの2人はセンパイの友達で、俺らは後輩っすよ!」

ケンカ腰の隆平に、もう1人の部下らしき警官が困ったように言う。

部下「あの…今ちょっと取り込み中なんだよね。」

孝「取り込み中って、事情聴取でしょう?……両瀬弥生殺しの。」

部下「あ、ああ。」

上司「まったく、子供は本当に噂が好きなんだな。」

呆れたようにそう言う上司に、3年男子が食い掛かる。

豊「噂なんかじゃねえよ!俺たちゃこの目で両瀬が落ちる瞬間を見たんだからな!」

小「ついでに言やぁ、晶が両瀬を落とした瞬間なんて見ちゃいねえよ!」

そんな2人に、上司は呆れた様子で言う。

上司「そんなこと言ったって、被害者が落ちて来た時に教室にいなかったのは響鬼さんだけ、しかも昨日起きた事件の容疑者でもあるんだろう?警察としたら、疑わない方がどうかしてるよ。」

賢「でも、センパイは人を殺すような人じゃありません!名取さんの時だって、ただセンパイのハンカチが名取さんのいた体育倉庫に落ちてただけでしょう?」

海「そーですよ!センパイが殺したって証拠はあるんですか!」

上司「じゃあ訊くが、君たちは彼女が犯人でないという証拠でも見つけたというのかい?」

海「え…それは……」

先ほどの勢いもむなしく、龍海は情けなく龍路の顔を見る。

路「それはまだありませんよ…俺たちは、その両瀬さんが落ちた瞬間を見たわけじゃないんで……」

悔しそうにそう言う龍路。

上司「だったら、仕事の邪魔はしないでほしいものだね―」

修「だったら!せめてどうしてセンパイがまた疑われてるか、その理由だけでも教えてください!」

路「修丸…!」

いつもの弱気とはうって変わって強気に出る修丸に、龍路だけでなく他の部員たちも驚いている。

修「晶センパイの後輩として、メディア部の部員として、いい加減な情報だけを鵜呑みにするわけにはいかないんです!」

孝「おい、それセンパイの受け売りだろ?」

少し苦笑気味に、しかしどこか安心するようにそう言う孝彦に、修丸は力強くうなずく。

修「ええ!でも、今言わないでいつ言うんですか!」

陽「そうね、今がまさにその時よね。」

修丸に賛同する陽。他の部員たちも納得するような顔をしている。そんな部員たちを見て、南雲がどこか嬉しそうに部員たちの近くへと歩み寄る。

南「だったら、あたしが両瀬が落ちた時のことを話してあげる。……この人たちに変な偏見持たせられてもたまらないし。」

最後の方はイヤミったらしく警官たちを一瞥した南雲だったが、上司は少しムッとしただけで、部下は苦笑するのみで特に何も言わなかった。

南「まずね、両瀬が落ちてきたのは5時間目のLHR(ロングホームルーム)の時間なんだけど、授業が始まってちょっとしてから、アッキがトイレに行くのに、教室を出たの。」

賢「授業中に、トイレですか?」

晶「ああ…昼休みはなんともなかったんだが、腹が痛くなってな……あそこまで痛んだのは初めてだけど、最近昼を過ぎたらに急に腹が痛くなることが多いんだよ……」

晶の言葉を受けて、上司が晶の方を向く。

上司「トイレに行くと言って、両瀬さんを突き落としに屋上に行ったんじゃないのか?」

晶「だから、違いますって!」

豊「顔色もすっげー悪かったし、ありゃ誰が見たってマジな腹痛だよ!」

必死に否定する晶に、豊津も一緒になって晶を援護する。

小「俺もだし、晶が教室出る時にほとんどの奴が晶のこと見てたんだから、嘘だと思うんならそいつらに訊いてみろよ!」

豊「そうだ!それこそ、先生だって晶の顔色悪いのには気付いたくらいなんだからな!」

上司「演技だった…という可能性だってあるじゃないか。」

隆「っへ!センパイはそこまで器用じゃねえっての!」

自信満々にそう言う隆平に、孝彦がどこか呆れている。

孝「あのな…言いたいことはわかるがもっと言い方があるだろうが……」

隆「言い方?」

孝「……(呆)いや、なんでもない……」

孝彦の言葉の意味を理解していない隆平だったが、さすがの孝彦もそこで突っかかったりはしなかった。

部下「しかしね、響鬼さんは今日亡くなられた両瀬さんや、昨日亡くなられた名取さんとは何やら揉めてたみたいじゃないか…」

晶「それは……アイツらが勝手に突っかかって来てるだけで―」

上司「動機は十分。アリバイもない。……これ以上に怪しい人物がいると思うかい?」

晶の言葉を遮る上司に、賢一が必死に訊く。

賢「あの!さっき屋上がどうのって言ってましたけど……」

上司「ん?ああ言ったが、それがどうした?」

賢「両瀬さんは屋上から落とされたんですか?」

部下「屋上への鍵が壊されていたのと、屋上の柵の付近に何やら争ったような跡があったから、間違いないと思うよ。」

陽「争ったような跡…ですか?」

部下「ああ。勢いよく押し付けられたような歪みとか、土っぽい足跡とか、そのあたりの柵に張ってた蜘蛛の巣が破れてたんだよ。おそらく、両瀬さんはあそこでもみ合いになって、あげくに落とされたんだろうね。」

賢「そうですか。」

そう答えて、今度は南雲の方を見る賢一。

賢「あの、センパイが教室を出てからどれくらいで両瀬さんは落ちてきたんですか?」

南「そうね、確か10分くらいだったかしら……遅いなぁとは思ってたけど、あの顔色の悪さじゃそれくらいかかるかなぁとも思ったわ。」

隆「賢一、お前時間なんて聞いたって何がわかるんだ?」

賢「いえ、なんかわかるかなぁ…とかって……」

困ったようにそう言う賢一に、隆平はさらに不思議そうに訊く。

隆「なんかって?」

賢「いや、それは……僕が知りたいんですけど……」

さらに困る賢一を見て、孝彦が見かねて答える。

孝「3年生の教室があるのは2階で、屋上は4階の上にある。しかも誰にも見られないように屋上に行くとすれば、教室や移動教室の前を通る階段は避けなきゃいけないよな。」

その説明に納得する修丸や龍路。

修「そうですね…人目につかない階段といえば校舎の端の西階段ですけど、教室のある廊下からだったら、3分はかかります。」

路「それに西階段には屋上に続いてる階段はないから、まあ少なく見積もっても5分はかかるぜ?」

2人の説明にも隆平は不思議そうな顔をしていて、孝彦がまた呆れたように言う。

孝「つまり、賢一が聞きたかったのは多分アリバイのことだろ?まあ…10分もあれば3-3から屋上に行くには十分。……センパイのアリバイにはならないだろうけど……」

沈む孝彦の言葉に、晶も切羽詰まってうつむいてしまう。

上司「ほら、もういいだろう?これは警察の仕事なんだ。わかったらさっさと―」

賢「じゃ、じゃあ!その…両瀬さんが落ちた時の様子とか―」

上司「いい加減にしないか!」

上司に言葉を遮られても、賢一はひるむ様子は見せなかった。そんな賢一を見て、南雲が上司と賢一の間に入って上司を睨む。

上司「な、なんだ……」

南「怒鳴ることないじゃないですか!これだから警察って嫌……」

その剣幕に押された上司を放っておいて、南雲は賢一をはじめ、また部員たちの方を見る。

南「そう、それでね…両瀬が落ちる前に、あたし、先生に頼まれて換気しようと窓を開けたの。そしたら……」

そこまで言って、徐々におびえた表情を見せる南雲。その話に、少し不思議そうな顔を見せる1,2年生の部員たち。

賢「換気、ですか?」

小「俺らの担任、風邪予防のためにこの時期はいっつも自分の授業だと授業時間の半分くらい過ぎたころに10分くらい窓開けさせるんだけど、それで亜寿沙が窓を開けて少ししたら…落ちてきたんだ……」

小河原もその時のことを思い出したのか、表情が曇っている。

豊「しかもさ、なんか今日に限って気味悪いもんも引っかかってたんだろ?」

南「うん……」

陽「あの、気味悪いもんって?」

南「窓の外に紙が引っ掛かってたんだけどね、…2つ折りになっててさ、中に丸っこい癖字で書いてあったんだ。……「子供のための心理学、どこにあるか知らない?」って……」

晶「!」

南「内容は意味不明だったけど、あの癖字は黒板に書いてあったのと同じだったわ。」

南雲の言葉に何よりも晶が驚き、そしてにわかに震えだした。

豊「お、おい…晶?」

部下「どうしたんだ?」

晶「やっぱり……アノことなのか……?」

その声は、近くにいても聞き取れるかどうか、わからないほど小さく震えた声だった。

上司「なんだって?」

上司の言葉に、晶はハッとしたが、すぐにまた震えはじめる。

晶「子供のための心理学は…自分とナリが初めて話した時に、アイツが読んでた本なんだ……」

その言葉に、その場に居た誰しもが驚いた。そして、少しの間の後、上司が鼻で笑うように晶に言う。

上司「はっ、コイツは手の込んだ自作自演だな。」

豊「はあ?どーいうことだよ!」

上司「自分しか知らないようなことを書いた紙を現場に残し、誰かが罪を着せようとしていると見せかける…わざと自分を疑わせるとは随分と大胆な事をするもんだ。」

小「だったら、そっちの可能性だって考えろよ!誰かが晶に罪を着せようとしてるって可能性もな!!」

上司「誰かというが…では、響鬼さん以外にその事実を知っている人間がいるのかい?」

冷淡なその言葉に、晶は震える声のままに言う。

晶「あの頃は誰もナリのことなんか気に留めてなかった……自分だって、こんなことは誰にも話したことはない……」

修「そんな……」

上司「ほう……それは、自白と取っていいのかな?」

自信を持つようなその声に、晶は慌てて顔を上げる。

晶「違う!…違う、けど……」

そして頭を抱え込む晶。

上司「けど、なんだ?」

何も答えることができず頭を抱え続ける晶を見て、賢一はどこか怒りさえ覚えてきていた。

賢「(誰が……なんのためにセンパイに罪を着せようとするんだ……)」

そして人知れず拳を握り、歯を食いしばる。

賢「(なんでセンパイが、こんな目に逢わなきゃいけないんだ……!)」

その時、彼の声が響いた。

ケ「(まだだ……)」

賢「(え……?)」

ケ「(その怒りは、犯人を見つけるまでとっておけ……)」

その言葉に、賢一は何かを感じ取った。

上司「反論は、ないみたいだな。」

確信のあるその声に、誰もが返す言葉を失った時だった。

賢「あるぜ。」

その、落ち着いた中に自信の満ちた声に、皆驚いて賢一の方を見る。その中でもメディア部の部員たちだけは警官や3年生たちとは違う驚きだった。

晶「お前…ケンイチか?」

その言葉の意味こそ解ってはいないものの、上司はいぶかしげに賢一を見る。そこに立っていたのは、つまらなさそうな冷めた目をしているケンイチだった。

上司「なんだって?……君ね、今の響鬼さんの自白を聞いて、一体何を反論するというんだ―」

ケ「寝言は寝て言え。」

上司「なに…?」

ケ「自白だと?……フン。響鬼は紙に書かれた内容に心当たりがあると発言しただけで、何も自分がやったとは言っていない。それに、響鬼の記憶にないだけで、誰かが偶然久島と響鬼が話しているところを覚えている人間がいる可能性だって0とは言い切れないだろう。」

口調を乱すことなく淡々と語るケンイチや、そんなケンイチに気迫負けしている上司を見ながら、3年生たちが訳も分からず戸惑っている。

南「ね、ねえ…今ケンイチって言ってたけど、あの子そんな名前だっけ?」

路「いえね、その……なんつーかなぁ……」

海「事件とかが起きると、賢一センパイとあのケンイチさんが入れ替わるんですよ。」

小「入れ替わるって…?」

修「厳密には違うみたいですけど、例えるなら多重人格みたいに―」

ケ「くだらねえこと話してんじゃねえよ。」

部員たちにも口調を変えないケンイチに、言葉を遮られた修丸は黙り込む。そんな様子を見てから、ケンイチは再び上司を見る。

ケ「悪いな、話が逸れた。……それで、だ。お前の話は矛盾しているんだよ。」

部下「矛盾だって…?」

ケ「ああ。」

不思議そうにそう訊く部下に、ケンイチはその顔も見ずに一言返事をし、上司を指差す。

ケ「お前はさっき、響鬼が自作自演で自分を疑わせた、と言ったが。そこまで計算高い奴が、自分以外の、アリバイの無い真犯人のいない状況で犯行を行うと思うか?」

上司「だから!彼女が犯人ならそのことだって辻褄が―」

ケ「だから、それでは疑われるフリをする意味がなくなる。」

上司「……なぜ?」

ケ「自分を、濡れ衣を着せられたスケープゴートに見せかけるのなら、無論その、濡れ衣を着せようとしている人物も提示するはずだろう?……他にも久島が自殺した時のクラスメートは響鬼と、いじめの当事者である御笠を除いてもあと3人もいるんだからな。」

部下「はあ~、言われてみればそうだね。」

上司「ふむ……」

ケンイチの話に、気付けば2人とも納得しているが、いつものごとく隆平が悩んでいる。

隆「ど、どーゆーことだ?」

孝「つまり、あの警官の話じゃセンパイは自分に罪を着せようとしている人物がいると思わせたいってことだけど、肝心なその人物を用意してなかったってことじゃないのか?」

豊「なるほどな。そりゃ確かに矛盾してやがる。」

上司「しかし…だとしたらいったい誰が……」

ケ「フン…お前らは両瀬の死亡推定時刻でも出してりゃいいんだ。そうすりゃ、響鬼以外にも犯行が可能な人間がボロクソ出てくるはずだからな。」

そう言いながらケンイチはすでに部屋を出ようと警官たちに背を向けている。

上司「お、おい…どこへ―」

ケ「現場を見に行く。」

そう言い放って、ケンイチは警官たちの方を振り向いた。というよりも、おそらくは晶を見たのだということを、陽はなんとなく気付いていた。

ケ「安心しろ。生まれた謎は解き明かす。それがオレの使命だからな……」

そう言い放ったケンイチの顔には、いつもの不敵な笑みがあった。

晶「ケンイチ……」

ケ「響鬼、お前も一緒に来い。」

晶「自分も…?」

ケ「本人が来れば、お前には犯行が不可能という何かを見つけられるかもしれないからな。」

上司「しかし君、まだ両瀬さんが落ちた時の話は―」

南「それだったらあたしたちじゃダメですか?」

豊「そうだよな、晶はその時トイレに行ってたけど、俺たちは教室にいた。だったら俺たちの話でも十分じゃね?」

小「そうだよ、なあいいだろ?」

上司「うーん……」

上司が迷っている中、ケンイチはさっさと部屋を出て行く。

晶「あ、あの……」

上司「……いいよ、ついて行っても。」

ケンイチの背中を見送ったままの視線で、どこか諦めるような口調の上司に、部下が不思議そうな顔をする。

部下「いいんですか?まだ他に容疑者も上がってないのに……」

上司「ああ。彼の言うことには全てにおいて信憑性があるような気になってな……現場を見ると言っていたから、その後の意見も聞いてみたくなったし、この子たちの言うことももっともだ。……このことは、まだ上には言わないでおけよ。」

部下「は、はあ……」

そんな会話を聞いて、部員たちはどこか当たり前といったような顔をしていた。

 

⑰(5)

ケンイチと晶が屋上に着くその前に、もはやお決まりと言ってもいい展開だが、メディア部が皆ついて来ていた。が、ケンイチはそのことについては何も言わずに、鍵の壊された屋上への扉を開けて、1人柵から下を見下ろす。

陽「どう…?何かわかりそう?」

ケンイチに駆け寄ってそう訊く陽に、ケンイチは下を見たままに言う。

ケ「おそらく、あの警官が言っていた争った跡というのはこれのことだろう。」

そう言ってケンイチは自分のいる位置より少し隣を流し目で見る。そこには砂っぽい足跡と、わずかに歪んだ鉄柵、周りと比べると明らかに破られている、柵に張った蜘蛛の巣があった。

修「ホントだ、警察の方が言ってた通りになってますね……」

陽に続いて他の部員たちも柵に駆け寄ってきていた。納得したようにそう言う修丸だったが、ケンイチは何かを試すように小さく笑う。

ケ「じゃあ、これはなんだと思う?」

そう言ってケンイチが指したのは、柵の下の方である。そこには数本、一直線に何かをこすったような跡のある鉄柵があった。

路「なんだ、これ……」

不思議がりながらも、しっかり写真を撮っている龍路。

ケ「両瀬は落下した時にはすでに死体だった可能性が高い。おそらくこれは死体をここに固定していた形跡だろう。」

そう言って次にケンイチが指差したのは、柵の外側に少しだけある床だった。

孝「ホントだ……ここだけ汚れが不自然だな。」

路「でも、よくそんなことわかったな……」

感心する孝彦や龍路に、ケンイチは言う。

ケ「死体が落ちた時、南雲は窓を開けたと言っていた。それを聞いた時、何らかの仕掛けで窓が開いたら死体が落ちるように固定していたんじゃないかと思ってな、そしてこの跡を見ればおのずと答えは見えてくる。」

海「え……あの、全然わかんないんですけど……」

少し慌て気味の龍海と、周りの部員たちも同様であることに気付いたケンイチは少し面倒くさそうに説明を始めた。

ケ「いいか、まずは屋上のこの柵にテグスをかけ、重りか何かを結んで3-3で回収できるようにぶら下げて置く。それから、3-3の窓に玉結びかなんかで引っかかるようにテグスの両端を挟み、窓を閉め、屋上に戻る。そしてここに両瀬の死体を置き、落ちないようにテグスを引っ張って固定し、余ったテグスは結ぶか、切り繋いで短くするかして、とにかくたるみがないようにする。そうすれば、窓を開けたらテグスの両端の引っ掛かりが無くなり、テグスは一瞬で緩んで固定されていた死体が落ちてくるという寸法さ。…この部分は人間を乗せるには半分ほど面積が狭い。ほぼ100%死体は落下するだろうし、今の時期はグランドでの授業はないから、誰かに発見される可能性も限りなく低い。」

そこまで話して、ケンイチは小さくまるでバカにするように笑う。

ケ「3-3と屋上を行き来しなけりゃならねえこんな大仕掛けが必要なんだ、大方両瀬が殺されたのは、昨日の夜辺りだろうな。」

孝「そっか、だからお前、さっき両瀬さんが死んだ時間を調べるように言ったのか。」

納得する孝彦だったが、隆平はどこか納得していない。

隆「でもよケンイチ、そのテグスはどうなったんだ?」

ケ「テグスなんて代物、強度はあれども重量はない。今頃はどこを吹き飛んでいるやら。」

そんな話の最中に、ふと晶が少し柵から離れたところまで歩いてきて、柵の外をじっと眺めていた。

陽「センパイ……?」

修「どうしたんですか?」

晶「ん?ああ……」

そう答え、晶は切なそうな顔をする。

晶「ここは高校だけどさ…ナリはどんな気持ちで、中学の屋上に立ったんだろうって思ってな……」

そこまで話し、ふと晶は眉をひそめる。

晶「いや、そんなもんわかりきってるよな……」

海「わかりきってるって……」

晶「聞いただろ、黒板に「人を恨んで死んだら」って書いてあったって……アイツは、自分を恨んで飛び降りて行ったに違いないのに、今更何言ってんだろうな……」

隆「いやでも、その「恨んで」ってのは、御笠だっけ?あの女子たちのことで―」

晶「違う!!……ナリが恨んでるのは、自分なんだ……」

励まそうとする隆平にそう反論する晶を、ケンイチを除いてみな不思議そうに、そしてどこか心配そうに見る。

ケ「その言い方、心当たりがあるようだな……」

どこか興味のなさそうな口調ではあったがそう言うケンイチに、晶はまるで目を逸らすように柵を背にする。

ケ「聞かせろ。犯人の割り当ての役に立つかもしれない。」

晶「……」

ケ「おい。」

陽「待って……」

ケンイチの言葉に背を向けたまま何も答えない晶に、ケンイチは静かにも少し急かすように声をかけるが、陽が心配そうにケンイチを止める。

ケ「なんだ。」

陽「無理に話させない方がいいと思うの……」

言いにくそうに晶の背を見てそう言う陽に、ケンイチはつまらなさそうに目をつぶった。

ケ「フン……黙したままで、久島とかいう生徒が浮かばれるというのなら…それでもかまわないがな。」

晶「……!」

ケンイチの言葉に、晶は小さくも反応する。

ケ「いいのか?お前は久島を亡霊のままにしておいて……」

その言葉に、晶は決心したように拳を握った。

晶「ナリとは…アイツが御笠たちにいじめられる前から、よく話す仲でな……」

そう言って、晶はケンイチたちの方を向く。

晶「3年になる時のクラス替えで同じクラスになって、それから初めての席替えで隣の席になって…せっかくだから仲良くなりたいと思って自分から話しかけたのがきっかけだった。その時にナリが読んでたのが、子供のための心理学って本だったんだよ。……正直言えば、心理学のことはよくわかんなかったけど、自分はナリと話せたのがすごく嬉しくてさ、それからは一緒に帰ったりもしたし、御笠たちのいじめが始まってからは、できることだけでも、守ってやろうと頑張ってはみたんだ。」

隆「見て見ぬフリしないなんて、やっぱセンパイらしいっスね!」

晶「バカ、守りきれなかったのに何が「らしい」だよ……」

起伏のないその言葉に、隆平は少し戸惑う。

海「でも晶センパイ…センパイは久島さんをいじめから守ってあげてたんでしょ?だったら久島さんがセンパイを恨んでるっておかしくないですか?」

純粋に不思議がる龍海に、晶はうつむき、それこそ恨むような声を出す。

晶「……御笠にハメられたんだ。自分も、ナリもな……」

孝「ハメられた……?」

路「どういうことですか……?」

晶「油断してたんだ……確かに、ナリを守ろうとするからか御笠たちから鬱陶しがられていたのには気付いていたが、まさか、あんなことになるなんて……」

ケ「ぼやかすな。……さっさと話せ。」

孝「おい、ケンイチ……」

冷淡な口調のケンイチに、晶は特にその事には気を悪くはしなかったが、その顔には一層影が落ちる。

晶「3年前……3年前のちょうど今頃だったと思う。あの日ナリは朝からずっと、大事にしていた本が無くなったって言って探していたから、自分も休み時間の度にナリと手分けしてその本を探していたんだ。……でも、結局本は見つからないままに昼休みになっちまってな、給食を食べ終わってすぐに自分はまた本を探しに行ったんだがそれでも見つからなくて、とりあえず5時間目の体育に間に合うように体育館に行ったんだ。」

そして、晶は3年前のその日のことを話し出す。

 

―晶(M)「……あの時は体育の先生が学校を休んでいて、自分らのクラスは自習だった。そんな中でな、ナリは授業の途中で、人目を気にするように体育館を出て行ったんだ……」

3年前のある日、ある時間の体育の授業中のこと。自習という事で生徒だけの体育館では、遊びたい生徒はボールを使ってドッジボールをしている中、暇そうにそれを眺めている生徒、体育館の端っこで寝ている生徒、もとから自習の噂を聞いていたのか勉強をしている生徒など様々だったが、クラスの中でも活発な方である晶はクラスメートと共にドッジボールをやっていた。そしてその様子を体育館の端でひっそりと座って見ていた久島だったが、人目を気にするように静かに立ち上がり、足早に体育館を出て行った。幸か不幸か、偶然体育館の出入り口の辺りを見た晶は、久島に気付いてしまった。

晶「あれ……」

女子「晶、危ないよ!!」

晶「ん?……うわ!」

友達の声にハッとして相手コートの方を見た時、晶に向かってボールが飛んできたのだが、晶は反射的にそのボールをうまく受けとめる。

男子「お、すげーじゃん響鬼!」

晶「あ、ああ……」

そう答える晶の声は、どこか上の空なところがあった。そして持っていたボールを、近くに立っていた男子に持たせる。

晶「悪い、ちょっと抜ける!」

男子「え、抜けるって―おい、響鬼!!」

男子の止めも聞かず、晶は久島が出て行った出入り口から体育館を出て行った。その様子を、ドッジボールはやらずに体育館の壁にもたれて座っていた御笠、両瀬、名取がくすくすと笑いながら指を指して見ていたことに、晶は気付いていなかった。

 

晶「(ナリの奴どうしたんだろ…トイレかな、それとも―)」

教室のある通りに差し掛かった晶は、ふと自分のクラスの引き戸が開いていることに気付く。

晶「(……なんだ、勉強道具でも取りに来ただけか。内職なんて、アイツも結構ヤルじゃん。)」

少し安心して晶が教室を覗いた時だった。

晶「ナリ!……急に体育館出たりしてどうしたんだよ?」

久「あ……!」

晶を見て驚く久島に、晶は一瞬なぜ驚かれたのかを理解していなかったが、彼が手を入れていたカバンを見てその理由を理解し始める。

晶「ちょっと、それあたしのカバン―……あ、待ってよ!」

晶の言葉が終わる前に、久島はカバンから何かを抜き取ってから駆け出し、教室を飛び出した。

晶「どうしたってのさ……」

晶には、その意味がその時点ではまだわかっていなかった……

 

晶(M)「そのまま、ナリは授業にも戻らずに家に帰ったみたいだった。……様子が変だったから気にはなったけど、なんとなく気まずくてその日は電話もできなかった。……しておけばよかったのに、な……」

 

翌日の8時半を知らせるチャイムを聞きながら、晶はカバン棚を見て心配そうな顔をする。

晶「(ナリ、休むのかな……)」

そして、いつもの癖で中を見ないでカバンの中身を入れた自分の机の中をふっと見てみて、晶は驚きを隠せなかった。

晶「なにこれ?……―!」

晶が入れた教科書やノートの下に見えたのは、見覚えのある大きさ、厚さの本だった。嫌な予感がしてそれを取り出してみると、その本は刃物でボロボロにされ、マジックペンで表紙にデカデカと「面倒くさいから、もう付きまとうの止めてくんない?」と書かれた「子供のための心理学」だった。

晶「ひどい……それに、なんであたしの机にこんなの―」

御「あーあー、あんたサイテー!」

驚く晶の後ろで御笠の声が聞こえる。咄嗟に晶が振り向くと、そこにはいつの間にか群がっていた御笠、名取、両瀬の3人が意地悪そうに笑って晶の机を囲むように立っていた。

名「仲よくしてるフリしてアイツの大事な本ダメにするとか、マジありえないんですけど!」

晶「バ、バカ言うな!あたしはこんなの知らない!」

御笠たちと晶のやりとりは、もはやクラスでは日常茶飯事だったために、誰も4人には気を留めない。それ以前に、彼女らの席の近くの生徒は、面倒事はゴメンと席を立って離れた席の友達のもとへ逃げて行っていた。しいて言えば、晶が机に置いた子供のための心理学を不思議そうに見ている生徒が数人いるくらいだった。

両「知らないで済むと思ってんの?それ、あんたの机じゃん。」

晶「そ、そうだけど……」

名「てかおかしいな~、あたしらはあんたのカバンって久島に教えてやったのに……」

本気なのかふざけなのか、そう不思議がる名取を見て、晶はハッとする。

晶「まさか、お前らの仕業じゃ……」

御「はあ?責任のなすりつけはやめてくんない?…あたしらはさ、久島が昨日、必死こいてその本探してたから、昼休みに教えてあげただけ。「響鬼があんたの本とカッター持って、トイレに行くの見た」ってね。」

晶「な…!ふざけるなよ!…第一お前らのそんな話、ナリが信じる訳―」

名「まー、最初は信じなかったけどね、「嘘だと思うんなら響鬼のカバン見てみな」って言ったら、ほら、あの時間ならあんたにもバレないと思ったんじゃない?昨日の体育抜け出してさぁ。あれって、ここに来てあんたのカバン見に来てたんでしょ?」

その言葉に、晶はふと昨日の久島の態度を思い出す。

晶「な、なに…?それってナリがあたしのこと疑ってたって事?」

両「普通に考えてそーでしょ?ってかさ、あんたもあたしらに感謝してよ?正直うんざりしてたんでしょ?アイツにベタベタされてさぁ。」

晶「そんな訳ないだろうが!あたしは―」

御笠たちの話に、晶の怒りが頂点を越した時だった。高校と違って3階にあるその教室の窓を、何かが一瞬にして上から下へと過ぎ去っていった。

両「な、何今の……」

名「と、鳥じゃないの?ほら、カラスとか……」

さすがに鳥じゃないとわかっていながらも、落ち着こうとそんな事を言う名取と両瀬。そんな2人を気にすることもなく、晶はまるで放心するように窓へと近づき、窓を開けてその下を見た。

晶「……」

そして、そのまま何も言わずに膝をがくがくと震えさせ、ただその場に立ち尽くしてしまった。周りのクラスメートは、ざわめきこそするものの窓に近づこうとはしない。

御「ちょっと、冗談よね?まさかアイツじゃ……―!」

さすがの御笠も慌てだし、窓際まで駆け寄って晶の開けた窓から下を見る。

御「キ……キャアアアア!」

晶「嘘、だろ……」

小さくそうつぶやいた晶の目線の先にあったもの……それはすでに動くことのない、数分前まで生きた人間だったモノ……久島愛大の転落死体だった。そして晶の中で先ほどとはまったく別の、そして比べ物にならないほどの怒りがこみ上げ、男子さながらに隣にいた御笠の胸ぐらを掴み上げた。

晶「このっ!!」

御「ちょ、ちょっとやめてよ!」

晶「この人殺し!返せよ!ナリを返せよ!!」

そう言って御笠を責める晶の目は、すでに涙で溢れかえっている。

両「バカ、離しなさいよ!」

両瀬や名取も御笠に駆け寄り、晶を御笠から離そうとする。さすがに2人が相手だからか、晶もその勢いに負けて御笠の胸ぐらを掴む手を放して後方へと後ずさる。

晶「お前らのせいだ……」

うつむいて小さくそう言う晶だったが、その小さな言葉は、3人には聞えていた。

晶「お前らのせいで、ナリは―」

御「あんたバカじゃないの?!」

涙でいっぱいの顔を一気に上げる晶の言葉を、必死の形相で遮る御笠。そんな御笠に、名取も慌てて賛同する。

名「そうよ!あたしらのせいとか、何言ってんの?!久島はあんたのカバンの中身見て、それがショックで飛び降りたんじゃないの?!」

晶「だから!それはお前たちが―」

御「事実はどうであれ!!……久島はあんたに裏切られたと思ったから飛び降りたのよ!」

晶の言葉を遮った御笠の一言に、晶はハッとする。

晶「あたしが…ナリを裏切った……?」

意気消沈する晶に、御笠は容赦なく続ける。

御「そうよ!あんたの机の中に、アイツの本が入っていたのが何よりの証拠じゃない!」

その言葉に晶が反論しないのをいいことに、両瀬も乗ってくる。

両「菜桜ちゃんの言う通りだわ!そんな気味の悪い本押し付けて飛び降りるとか、久島が響鬼を恨んでるって証拠に決まってる!」

両瀬の話に、晶は次第に震えだす。

名「アイツ、口下手だからねぇ……口で言うよりも態度で示すって奴?死ぬ時までらしい奴~!」

無理矢理にも冗談めいてそう言う名取の言葉に、晶はもはや何も言えない。

御「……わかる?久島を殺したのはあたしたちじゃない。……響鬼、あんたなんだよ!今まで中途半端に味方面して、結局は信じてもらえなかったあんたなんだよ!」

晶「そんな……そんな……!」

小さくも絶望的にそうつぶやき、晶はその場に膝をつき、顔を両手で覆った。

御「ふん……いい気味!あんな根暗の味方なんかしてるから、こんなことになるのよ!」

泣きくずれている晶に、まるで強がるかのようにそう言い放つ御笠に、晶は何も言わなかった。そしてそのことを確認した御笠は、クラス中に叫ぶ。

御「あんた達!……あたしらが久島のこといじめてたなんて先生に言ったりしたら……タダじゃおかないからね!!」

その一言に、クラスは不穏な空気に包まれた。

名「ま、結局久島を殺したのは響鬼だけどねぇ。」

両「あたしらは悪くないんだから!」

そんな3人に、誰も何も言わなかった……―

 

​⑲

晶「わかるか?……ナリは自分がアイツの本をくすねて、ひどいことをしたと思って飛び降りた……自分を恨んでない訳ないだろ?」

修「でも…それは御笠さんたちの仕業でしょう?…久島さんはセンパイのことを恨んでなんか―」

晶「やめてくれ!」

修丸の言葉を遮る晶に、ケンイチを除いて皆驚く。

陽「センパイ……」

晶「そんな無責任な事…簡単に言わないでくれ……」

今にも泣きそうな声でそう言う晶に、修丸は申し訳なさそうな顔をする。

修「すみません…わかったようなこと言って……」

海「でも…いくら晶センパイの机に久島さんの本が入ってたからって、なんで久島さんがセンパイを恨んでるってことになるんですか?」

晶「だってそうだろ?!もし本をダメにした犯人が自分じゃないって信じてくれていたなら、直接言えばいいものを……!それをあんな形で……」

路「考えすぎですよ…そりゃ、久島さんが飛び降りたのがショックなのはわかるけど―」

晶「わかるかよ……」

路「え…?」

晶「ナリに誤解されたまま死なれた気持ちが……今でもあの本を捨てられない自分の気持ちが!お前たちにわかるかよ!」

どうしようもない憤りをあろうことか自分を心配する後輩にぶつける晶を見て、ケンイチは一瞬反応を見せたが、それをすぐに隠して、静かに、そして冷淡に言い放つ。

ケ「バカが…いつまでそうやって逃げ続けるつもりだ。」

その一言にも、晶を含め皆驚く。

陽「ケンイチくん……そんな言い方は―」

陽の言葉を、ケンイチは片腕を伸ばして制する。

晶「逃げ、続けてる……?」

ケ「ああ、そうだ。お前はさっきから、御笠にはめられた…と言っているが……ハメられたのはお前が油断していたからだろうが。」

晶「わかってる…わかってるよそんなこと……」

うつむいたままの晶を見て、ケンイチはふっと静かに目を閉じる

ケ「何より……話を聞いた限りだが、お前は教室を飛び出した久島を、その時点では追わなかったそうじゃないか。」

そこまで話し、閉じた瞳を開くケンイチ。その目は、どこかいつも以上に冷たさを感じる。

ケ「追っていれば…その時点で誤解が解けたかもしれない。気まずくともその日のうちに電話をしていれば、久島は本当の事を知ることができたかもしれない。……なのにお前はそのどちらもしなかった。」

そして、ケンイチは静かに晶の隣まで歩み寄る。

ケ「結果お前は久島を見殺した。一番大事な時に、何も行動を起こさなかったことによってな。……御笠たちのおこなった行為に関係なく、久島を殺したのはお前だよ。」

その一言に誰もが驚愕し、言われた本人はまるで3年前のように、その場に膝をついた。

晶「あ…あたしは……そんなつもりじゃ……見殺したなんて…そんなつもりじゃ……!」

泣き崩れる晶を見て、隆平が怒りにまかせてケンイチのもとへと駆け寄る。

隆「ケンイチお前―」

だが、隆平がその拳をケンイチにぶつけるよりも一瞬、その音が響く方が早かった。

隆「陽……?」

皆の視線の先には、目に涙をためてケンイチの頬を叩いた、陽の姿があった。ケンイチもさほど驚くこともなく、叩かれた部分を押さえるでもなく、相変わらずの冷たい目で陽を見据えるだけだった。

陽「センパイは…自分の意思と反した事実にずっと苦しんできたのに…あなたならそんなことわかるはずなのに、なのにそんな言い方……!」

ケ「わかんねーよ…」

陽「え……?」

ケ「響鬼の気持ちは、誰にもわかりはしない。響鬼にしかわかんねーよ。……その本人が逃げていて、この事件が解決するとでも思うのか?」

その言葉に部員たちも、そして晶も、ケンイチが晶を責め立てるために先ほどの言葉を放ったのではないことに気付く。そしてそんな空気の中、陽はケンイチの真意に気付いてあげられなかった不甲斐なさに落ち込んだ表情を見せ、それに気付いたのか、ケンイチはふいと校舎に戻る扉へと向かい始める。

修「あ、あの……今度はどこに?」

ケ「どこへ行こうがオレの勝手だ……」

そう言って立ち止まり、ふとケンイチは晶の方を見る。

ケ「響鬼……気を悪くさせたようだな、詫び代わりに送ってってやるよ。」

晶「え……」

ケ「先に行ってるから、さっさと来い。」

晶の返事も待たず、そう言ってケンイチは屋上から去っていく。

路「意外だな、アイツがセンパイを送ってくなんて……」

海「だよねぇ…いつもなら、人といるのを嫌がるのに……」

不思議がる佐武兄弟の脇で、陽がふとわかったように言う。

陽「きっと、センパイに謝りたいのよ……真意はともかく、ひどいこと言っちゃったってことを……」

隆「アイツが謝るぅ?まさか!」

ひどく驚く隆平に、陽は少し気まずそうな顔する。

陽「ケンイチくんだって、素直じゃないだけですごく優しい人だもの。……そんなに驚くことじゃないわよ。」

そう言って、陽は晶を見る。

陽「あの、行ってあげてくれませんか?」

その言葉に、晶もどこか優しげにうなずく。

晶「ああ……わかった。」

そうだけ答えて、晶も屋上を去っていった。

孝「で、俺らはこれからどうするよ?」

修「そうですね…センパイ、特に部活動の指示もしないで帰っちゃいましたし……」

悩む修丸に、隆平が当たり前といった顔をする。

隆「とりあえず部室戻ろうぜ?俺らも帰るにしたって、荷物部室だしよ。それに……」

そう言う隆平の顔は、どこかいたずらを思いついた悪がきのような顔だった。

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