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表裏頭脳ケンイチ

第8話「始まりの再来と終焉の訪れ」

 

①(1)

隆「お疲れさんっしたぁ!!」

メディア部のムードメーカーによるその号令で、部員たちと鳩谷は紙コップに入れたジュースで乾杯をする。春休みを目前に控えた2月24日のメディア部部室である。

鳩「まったく、こんな時期までよく頑張ったな響鬼。」

口に運んだ紙コップを離して、そう感心する鳩谷。

晶「いや、頑張るしかないでしょ?受験は推薦で12月には結果出せたし、第一、他の部活に合わせて早い時期に引退なんかして、コイツらを放っておくのも不安でしたしね。」

冗談交じりにそう言う晶に、龍路もどこかふざけながら話し出す。

路「じゃあ、放っておいて一番不安なのは誰なんですか?」

海「あ、それ気になるかも!ねえ誰なんですかぁ?」

そんな2人に、晶はどこかいたずらっぽく笑う。

晶「ん~?そんなの決まってんだろ?……」

そう言って晶が見たのは……

修「ちょ、ちょっとなんで僕なんですかぁ(泣)」

言われた本人は冗談では済まなかった修丸。

隆「そりゃ、お前は部活一のビビリだかんなぁ!」

修「び、ビビリの何が悪いんですか!!」

陽「あ、珍し~!修丸くんが強気に出たわ!」

修「珍しいってひどいなぁ……これでも、センパイに怒鳴られまくったおかげか、入部した時よりはずっとビビり屋じゃなくなったんですよ?なのに何を持って不安だと言うんですか?」

陽の言った通りに、どこか強気な修丸。

孝「そりゃお前、来年度の後輩にも舐められないかってことだろ。…ですよねセンパイ?」

晶「おうよ、まったくもってその通りだ。」

修「え、僕そんな後輩に舐められてなんか……」

そう言って不安げに賢一を見る修丸。見られて苦笑いをする賢一。

賢「いや、その……えっと……」

陽「だってヨシくんはいい子だもの。」

当たり前、といったふうに、珍しく修丸の敵にまわる陽。

路「てか、賢一はいいとして、すでに舐められてることに気付いてなかったのか?」

そう言いつつ龍海を見る龍路に、龍海がむくれる。

海「何ソレぇ!僕だってセンパイのこと舐めてなんかないもん!」

修「……中学生も後輩に入るんでしたね(汗)」

龍海の言い分を無視してショックを受ける修丸。

海「うわぁ、修丸センパイひどい!僕、ずっと修丸センパイの後輩のつもりだったのにぃ……」

そう言って涙目になる龍海の頭を、お約束のように撫でてやる龍路。

路「泣くな、泣くな。…あと1ヶ月ちょいもすればちゃんとしたここの部員になれるんだから、そしたら修丸にも後輩って認めてもらえるさ。」

海「うぅ……」

修「いや、認めてないとかそういう訳では……」

鳩「こら湯堂、今日は響鬼の引退祝いなんだぞ?なぁに勝手に主役になってるんだ?」

修「え?!いえ、僕そんなつもりじゃ……」

晶「わあってるっての!…お前は本当にビビリだなぁ!」

楽しそうに、そして嬉しそうにそう言う晶。そして修丸以外の全員がそれにつられて笑いだす。

鳩「でも、冗談は抜いても、よく1年間も一部活の部長を務めてくれたな。たいていは受験前に引退して勉強に専念するもんだが、本当によく頑張った!」

晶を褒める鳩谷に、晶は遠慮がちに言う。

晶「いえ、どっちかってったら部長やってたおかげで推薦入試できたもんですし、それで大学も受かったんだから、メディア部様々といいますか、その……」

そして、どこか照れくさそうに部員たちを見回す。

晶「それに…部長とか後輩とか顧問とか、そーいうの関係なしに、自分、ここが大好きですから。正直言ったら自分のわがままで今まで部長やってたようなもんですからね。」

そんな晶に、後輩たちもみな嬉しそうである。

晶「と、なんだか名残惜しい空気にしちまったが……」

急に真面目にそう切り出す晶。そして、部屋の隅にあるホワイトボードまで歩いて行く。ホワイトボードには、なぜか普段は張っていない大きめの模造紙が、マグネットで張ってある。

晶「そろそろ、メインイベントに行こうか!」

そう言いながらホワイトボードを見晴らしのいい場所に持ってくる。そんな晶を、部員たちも急に真面目な顔になって見ている。

孝「いよいよだな。」

路「ああ。今年は5人もいるもんな。」

陽「ホント、今期は学年の偏りひどかったもんね。」

修「去年とはまた違った緊張ですよ……!」

隆「んじゃ、センパイたのんまーす!」

どこかわくわくしながらそう話しあう2年生たちを、龍海と賢一も楽しそうに見ている。

晶「では!」

そう言って、晶はマグネットのついていない、模造紙の下を思いっきり引っ張った。

「新部長 佐武龍路

 まあ、よろしく頼む。by旧部長 響鬼

 まあ、頑張ろう。 by引き続き顧問 鳩谷」

ホワイトボードにはそう書かれている。

晶「来年度のメディア部部長には、写真、カメラ担当、佐武龍路を任命する!」

その宣言に、言われた本人はどこか驚きを隠せず、他のメンバーはどこか納得するような顔もしている。

海「すごい!部長だよ?兄ちゃん部長だよ?!」

まるで自分のことのように喜ぶ龍海に、龍路は少し困惑気味である。

路「あ、ああ……」

晶「どうした?…もしかして部長は重荷か?」

少し心配気味にそう言う晶に、龍路は苦笑して言う。

路「いえね、別に重荷とかじゃないけど、俺はてっきり、判断力のある孝彦が部長かなぁって思ってたもんで。」

孝「何言ってんだ?俺はお前だろうなって思ってたけどな。ブラコン除けば、俺らの中じゃ1番まとめるのがうまいからさ。」

しれっという孝彦に、隆平も続く。

隆「俺は陽かと思ってたぜ?…センパイとのギャップはあるけど、穏やかな部長もいいかなぁってな!」

晶「悪かったな、穏やかじゃなくて……」

隆「あ、いや!そーじゃなくてですね……えとぉ…お、お前らはどう思ってたんだよ?」

本気で嫌そうな顔をした晶に、隆平は慌てて話題を修丸や陽に振る。

陽「私も、やっぱ龍路くんかなって思ってたな。」

修「僕は、誰がなっても納得だなぁ、と。あ、もちろん僕以外のね(汗)」

そんな中、晶がまた仕切り直す。

晶「ちなみに新部長の決定については、自分と鳩谷先生でみっちり話し込んで決めた結果だから、決して安易な決定ではない。よって、安心してくれ。」

そして、晶はどこか嫌味っぽく龍海を見る。

晶「いいか龍海?中学生にしてここまでこの部活に入り浸ったんだ。……他の部活なんかに入ったら許さんからな!」

海「まっさかぁ!兄ちゃんが新部長なのに、他の部活なんてキョーミありませんよ!」

龍海は、どこか嬉しそうである。そんな龍海を見て、晶もフッと嬉しそうに笑う。

晶「それもそっか。……しっかし、龍路が卒業したら辞めちまいそうで怖いな(汗)」

海「ちょっとぉ、僕ってそんな薄情に見えますぅ?」

晶「いや、タダのブラコンにしか見えん。」

きっぱりと断言する晶に、なぜか龍海も含めて全員が大笑いする。そんな中、隆平が晶にコップを向けた。

隆「んじゃま、新部長の発表も終わったことだし、ジャンジャン飲みましょーやセンパ~イ!」

しかし、晶はどこか申し訳なさそうな顔をしてちらりと陽を見る。

晶「ああー、いや、悪いけど今日はこれから、ちょっと用事が…な?」

晶に見られた陽も、申し訳なさそうに苦笑している。

賢「用事ですか?……もう少しゆっくりとかは……」

寂しそうな賢一に、晶は優しく、しかし強気に笑う。

晶「何しんみりしてんだよ?…引退っつったって、ま~3月号の記事が完成したから区切りって感じで今日引退するだけでさ、お前らが鬱陶しくないんだったらもう少し遊びには来るつもりだよ。」

修「そんな、鬱陶しくなんかないですよ!」

驚いてそう言う修丸に、晶は嬉しそうに笑う。

晶「そっか?ありがとな。」

そう言って荷物置き場に歩いて行く晶。

晶「ほら、行くぞ陽。」

陽「あ、はい。」

そう言って陽も荷物置き場に向かうが、男たちは皆不思議そうな顔をしている。

鳩「なんだ、宗光も用事か?」

陽「ええ、ちょっと。」

晶「女同士で、ちょっとね。」

いたずらっぽくそう言う晶に、陽は苦笑している。

晶「んじゃ、また明日な!」

陽「ヨシくん、ちょっとだけ遅くなるけど、ご飯までには帰るってお父さんに言っといてね。」

賢「あ、うん……」

陽の言伝に、不意を突かれたように小さく返事をする賢一。その間に2人は部室を出て行った。

隆「なんつーか、あの一件以来センパイ変わったよな。」

孝「そうだな……前までは無理して男っぽくしてるとこはあったけど、今はなんか、ボーイッシュはそのままだけど、普通に女の子らしい感じがするってか、な。」

修「自然な感じで、見ていてホッとしますよ。久島さんの本心がわかって、センパイも肩の荷が下りたんでしょうね。」

穏やかにそう言って、修丸は賢一を見る。

修「ケンイチくんには、本当に感謝ですね。センパイが無理に強がる原因を解決してくれたんですから。」

そう言う修丸に、鳩谷も感心するように言う。

鳩「まったくだ。……しかし不思議だな。彼が現れてからは、お前たちはみんなどこか変わった気がするよ。湯堂は口裂け男の一件からはどこか臆病が抜けてきてる気もするし…」

そう言われ、修丸は照れくさそうに笑う。そして孝彦を見る鳩谷。

鳩「幾永は、夏休みの一件から協調性が増したよな。」

孝彦は修丸とは対照的に、照れを隠そうと鳩谷から目線を逸らす。それに苦笑して、次は龍海を見る鳩谷。

鳩「さた…いや、龍海クンは夏休み明けに事件を目撃をした時から、兄離れも始まったし……」

どこかわざとらしく龍海の名前を呼んでそう言う鳩谷に、隠すことなく嬉しそうな顔をする龍海。次に隆平を見る鳩谷。

鳩「近宮も、梶北くんの家での事件で、責任感が人一倍強くなった。」

隆平も、龍海同様に特に嬉しさを隠すことなく、素直に笑顔になっている。次は龍路を見る鳩谷。

鳩「佐武も、写真スタジオでの事件からは一方的に頼られるだけじゃなくて、人を頼ることもできるようになったしな。」

そう言われ、龍路は少し恥ずかしそうに苦笑する。それから鳩谷は晶と陽が出て行った部室のドアを見る。

鳩「響鬼も、さっきお前たちも言っていたが、久島くんの誤解が解けて、無理をすることもなくなった。」

そして、最後にどこか苦笑気味に賢一を見る。

鳩「まあお前たち姉弟は、彼が現れてからもあまり変わってはいないな。」

そんな鳩谷に、賢一も苦笑し返す。

賢「そんなこと言われたって……」

そんな賢一の頭を、鳩谷がまるで龍路と龍海のように優しく、しかしクシャクシャと撫でてやる。

鳩「すまんすまん!お前たちは今のままでも、全然大丈夫だよ。」

賢一も、そんな鳩谷をどこか嬉しそうに、しかし苦笑して見る。

賢「今のままでもって言っても……確かにひなは今のままでもいいでしょうけど、僕の頭の悪さだけは、なんとかしたいんですけどね…」

そう言う賢一に、みな苦笑気味に笑っている。そんな中、ふと賢一は不思議そうに先ほど鳩谷が見ていた、部室のドアを見る。

賢「だけど…ひなの用事って何だろう……」

先ほどの笑いから一転して、不思議そうにみんなして部室のドアを眺めたのだった。

 

一方、メディア部女子(…?)は、学校の近くにある、天然石の専門店に来ていた。

晶「で、例のXデイはいつだっけ?」

陽「Xデイって……(汗)まあ、実際の誕生日はわかんないんですけど、ヨシくんがうちに来た日を誕生日にしてるんです。それが2月27日で。」

2人は目当ての売り場に行くまで、賢一の誕生日の話をしていた。

晶「しっかし、弟の誕生日に手作りブレスレットとはお前も乙だな!しかも天然石とは凝りやがって、この!」

どこか嬉しそうに陽を小突く晶に、陽も嬉しそうである。

陽「天然石って言っても、アクセサリ用の買いやすいやつですけどね。」

晶「プレゼントは値段じゃないさ。大事なのは、気持ちだろ?」

そう言って、軽く胸を叩いて見せる晶。

陽「そうですよね。……でもセンパイ、ありがとうございます。引退早々、私のわがままに付き合ってくれて……」

晶「なに、自分も男どもにゃ恥ずかしいから言わないが、こう見えて手芸とかは好きだからさ、賢一のプレゼント用の石選びを手伝ってほしいって相談してくれた時、すげー嬉しかったよ。」

言葉通り嬉しそうにそう言う晶。そして、どこか楽しそうな顔をする。

晶「で、何種類ぐらい選べばいい?」

陽「えっと、種類は3つ欲しいんです。ざっくりで悪いんですけど、「前に進む」って感じの石と、「自分を信じる」とか…それから、「希望」…かな?」

晶「オッケ!じゃあ、自分はあっち探してくる。」

陽「お願いします。」

そう言って、陽は晶とは違う方の売り場に歩いて行った。

 

それから数分後、陽は2つの石のセットを手に取って、他の石を探していた。

陽「あ……」

ふと、まるで惹かれるように陽が手に取ったのは「サンストーン」だった。

「サンストーン 意味:希望の光」

陽「サンストーン……太陽の石、か……」

そうつぶやいて、陽はどこか優しく微笑む。

陽「これ、いいかも……」

晶「どうだ?いいのあったか?」

後ろから、4つほどの石のセットを持った晶が声をかける。

陽「ええ、3つくらい。」

そう言って陽は、「インカローズ(前進)」と「イエローサファイア(ポジティブ思考)」、「サンストーン」のセットを見せる。

晶「んっと、「前進」に「ポジティブ」、それに「希望の光」か…なんだ、自分の手伝いなんかいらなかったんじゃないか?」

陽「いえ…欲しい意味と似た石は見つけたけど、ピンポイントじゃなくて……センパイの方はどうでした?」

晶「ああ。ほら、こんなの見つけたぞ。」

晶が見せたのは、「トリフェーン(希望を見つける)」「プレナイト(本当の自分を見つける)」「ブラッドストーン(自身を持つ)」「グリーンサファイア(自然な自分)」である。

陽「あ、これすごくいいです!」

そう言って陽が手に取ったのはプレナイトだった。

晶「それ、一応「自分を信じる」に近いかなって思ったんだけどさ。」

陽「いい感じです!これ、買って行こうかな。」

そう言って、陽はインカローズとプレナイトを1セットずつ、サンストーンを2セット手に取る。

晶「お、その組み合わせいいんじゃないか?色もいい感じだし、サンストーンなんか名前的にお前らしいしな。」

そう言う晶に、陽は少しだけ恥かしそうに言う。

陽「ええ…私の名前、お日様みたいに暖かい心を持ってほしいってことで、陽なんですって。…私からのプレゼントだから、お日様の石っていいなぁって。」

晶「賢一の奴、きっと喜ぶぞ?……だけど、なんでサンストーン2つも買うんだ?…名前的に気に入ったか?」

不思議そうな晶に、陽は少し笑ってみせる。

陽「ふふ、内緒です!」

そんな陽に、晶も「やれやれ」という顔をした。

晶「こいつ!」

そう言ってまた陽を小突く晶。そして、力強く背中を押す。

晶「ほら、没った石は戻してきてやるから、レジ行って来い!」

陽「ありがとうございます。」

礼を言って、陽はレジへと向かった。

晶「ったく…姉弟じゃなくて、まるで恋人同士だな。」

陽の背中を見てそう言う晶は、どこか子供の成長を見守る親のような顔をしていた。

 

その日の夜、21時を過ぎた頃、陽は自分の部屋にこもって晶と一緒に買った天然石に、今まで賢一に内緒で作っていた細めのミサンガを通していた。

陽「(もう、10年になるんだね……)」

そんな想いの中で陽は、賢一は宗光家に来てから1年後のこと、今から9年前の2月27日のことを思い出す。

 

―賢「ねえひな、そろそろ帰らないと、お父さん帰ってきちゃうよ?」

夕暮れの公園で遊んでいた、当時小学1年生の賢一と、2年生の陽。2人は緩やかにブランコをこいでいた。そんなブランコを静かに止めてそう言う賢一に、陽は公園の時計を見ながら、ブランコをこぐのを止めずに言う。

陽「あとちょっと!今日はいっぱい遊んで来ていいってお父さん言ってたんだもん。」

賢「ホント?じゃあもっと遊ぶ!」

嬉しそうに、再びブランコをこぎ出す賢一。

陽「うん!」

 

5時過ぎ、2人は家の玄関を開ける。そこには陽一郎の靴があった。

賢「あ、やっぱお父さん帰ってる……」

何処かバツ悪そうにそう言う賢一を、陽はなぜかくすくすと小さく笑って見ている。

陽「ホントだね!……「お帰り」と「ただいま」言いに行こっか?」

賢「うん。」

陽にうながされ、賢一はリビングへのドアを開ける。すると……

父「賢一おめでとう!!」

父の声と共に鳴り響くクラッカーの音と、家を出た時にはなかった飾りが、賢一を迎えた。

賢「……?」

驚きのあまり何も言えずにいる賢一に、陽が嬉しそうに言う。

陽「今日はね、ヨシくんがひなたの弟になってちょうど1年なんだよ!」

賢「あ!」

言われて思い出した賢一。

父「お前、自分の誕生日もわからないだろう?だから陽と相談してな、今日を賢一の誕生日にしようってことにしたんだ。……改めて、7歳おめでとう、賢一!」

そう言われ、照れくさそうに笑う賢一。

賢「ありがとう!」

陽「よかったねヨシくん!」

賢「うん!……ぼくね、ずっと誕生日がほしかったんだ!」

父「そうか!そいつは良かった!ほら、今日はお父さん、早くお仕事終わらせておいしい物たくさん作ったんだぞ?お腹いっぱい食べてくれ!」

陽「ひなたもいーい?」

父「それは賢一に聞きなさい!」

陽一郎にそう言われ、陽は嬉しそうに賢一に聞く。

陽「ねえ、ひなたもいっぱい食べていーい?」

賢「うん!ぼくだけじゃ食べきれないもん!」

陽「やったぁ!」

そんな子供たちを、陽一郎はとても微笑ましく見守っていた。―

 

そんな思い出の中、陽はふと寂しそうな顔をする。

陽「(きっとあの頃も記憶がないことが不安だったのに……なんで今頃まで気付いてあげれなかったんだろう……)」

その時、ドアをノックする音が響き、陽は慌てて机の上に出していたパワーストーンを引き出しの中に隠す。…その時に一粒のサンストーンが廊下に転がったことに、陽は気付いていなかった。

陽「はーい!」

賢「あ、僕だけど入るよ?」

陽「どうぞ。」

小さな驚きを隠しつつ、陽は賢一を部屋に入れた。賢一は手にカップを2つ持っている。

賢「ココア作ったんだけど飲む?」

陽「あ、飲む。ありがとう。」

そう答える陽の机に賢一はカップを1つ置き、ついでと言わんばかりにベッドに座る。

賢「ねえ、用事って何だったの?」

陽「え!」

急な質問に驚く陽だったが、賢一は優しく言う。

賢「ほら、部活の途中で出てったじゃん。やっぱあれ?センパイに引退のプレゼントとか?」

その言葉に、陽は少しだけ慌てた様子で言う。

陽「そ、そうなの!センパイってああ見えて、結構かわいいものとかも好きみたいでね、そーいうの部活であげて、みんなに見られるの恥ずかしいかなって!」

賢「ふ~ん……そっか、プレゼントかぁ。いいなぁセンパイ…」

まるで小さな子供のようにそう言う賢一に、陽は思わず小さく微笑む。

陽「あら、何?ヨシくんも何か欲しいものでもあるの?」

少しだけ冗談交じりにそう訊く陽に、賢一は少しだけうつむく。

賢「……いや、これからもひなと一緒だったらそれでいい。しいて言えば、ひなとの時間が欲しいかな?それ以外は、何も……」

そんな賢一を見て、陽は急に不安な気持ちに襲われた。しかしそんなことを悟られまいと、すぐに明るく言う。

陽「何言ってるの?…私たちはずっと一緒。姉弟なんだから!」

そんな陽を、賢一はどこか不安げな笑顔で見る。

賢「そう、だよね…ごめんね、変なこと言って。」

陽は、ただ優しく賢一を見ている。

陽「ううん。……ヨシくんに、私と一緒だったらそれでいい。なんて言ってもらえて、私もすごく嬉しいもん。」

そんな陽を、賢一は不安が消えた笑顔で見た。

賢「ホント?…ならよかった。」

そう言って賢一は立ち上がる。

賢「じゃあ、僕今日はそろそろ戻るかな。じゃあね。」

陽「うん。ココアありがとね。」

礼を言う陽にニコリと笑い、賢一は自分のカップを持って部屋を出る。

賢「(あれ……なんだろ、これ?)」

そして、ドアを閉めてすぐに落ちているサンストーンに気付く。

賢「(ビーズかな?それにしたら綺麗だけど……)」

空いている片手でサンストーンを拾い、廊下の電灯にかざす賢一。

賢「(優しい色だな……なんか、ひなみたい。)」

そう思うと同時に、思わず笑顔がこぼれる賢一。

賢「(これ、ひなのなのかな?……)」

そして、賢一はサンストーンを着ていたパーカーのポケットに入れた。

賢「(だとしても、返すの明日でいっか。)」

そして賢一は部屋へ戻って行った。

 

陽「(はあ、びっくりしたぁ……あとちょっとでできるのに、見られたら意味ないもんね。)」

そう思って引き出しからミサンガと天然石を出す陽。そして念のために石の数を数える。

陽「あれ?」

思わず声に出てしまう。サンストーンが一粒足りなかった。

陽「(どうしよう……さすがにもう1回買い物に行ったら、バレちゃいそうだし……)」

と、その時陽の携帯が鳴る。

陽「あ…(誰からだろう……)」

ふと携帯を見て、陽はどこか安堵の様子を見せて返信をうちはじめる。そのメールが、始まりの再来を告げるものだとも気づかずに……

 

?「ヨシくん……」

真っ暗な空間…何もかもが闇に包まれ、ただ静かに雨だけがふる空間で、誰かが賢一を呼んでいる。

賢「誰…?ひな……?」

?「ごめんね……雨、降ってきちゃったね……」

その時、賢一はハッと前に見た夢を思い出す。

 

―?「雨に変わるまで、そばにいてあげるから……」―

 

賢「もしかしてこの声……あの夢の……」

賢一がそう思った時だった。

?「さようなら、ヨシくん……」

賢「え…?待って―」

ケ「追うな。」

思わず声のした方へ行こうとした賢一を、誰かが止める。思わず振り向いた賢一は驚いた。そこには、目つきの鋭い自分自身が立っていたからだった。

賢「君は……」

ケ「フン……こうして会うのは、初めてか……」

賢「ケンイチ……」

ケンイチは、賢一と入れ替わっている間、賢一が心の中で外の様子を見ている間は鏡や水面、硝子などの自身の姿を反射する物を意図的に避けてきていた。つまり、ケンイチが言う通り、賢一はこの時初めて、自分の中のもう1つの存在と対面したのである。

賢「追うなってどういうこと?……あの声は、ひなじゃないの?」

ケ「……」

ケンイチは、静かに目を閉じるだけで何も言わない。

賢「ケンイチ……ねえ―」

ケ「あの声は……オレの……いや、お前の大事な人間の声だ。」

目を開け、悲しげな瞳でそう言うケンイチの言葉に、賢一も悲しそうな顔をした。

賢「僕の、大事な人……?」

ケ「いいか?……何が起きようと、気を強く保て。」

そう言って、ケンイチは振り返る。

ケ「宗光はお前の強さを信じている。…応えろ。応えられないのなら、オレがお前を…神童賢一を殺してやる。」

賢「…どういうこと―」

賢一の問いに答えようともせず、ケンイチは歩き出した。

賢「待ってよ!ケンイチ!!」

止めようとする間もなく、ケンイチの姿は闇の中に消えていく。その闇の中に、ケンイチを止めようとした賢一の声が虚しく響き渡る。そして、一瞬で闇が消えたかと思った瞬間……

賢「……!」

ケ「乗り越えろ、賢一……過去の因縁も、自らの過ちもな……」

脳裏に響くケンイチの声とともに、洪水のような大量の水が賢一に向かって流れてきた。その水の向こうに、賢一はうっすらと、半月を見た気がした。

 

賢「!」

賢一は目を覚ました。ケンイチと出会った空間…夢から覚めて、現実と夢が混ざり合いかける中、時刻はまだ夜中のようで、部屋の中は真っ暗である。

賢「雨と半月……」

小さくそうつぶやき、賢一はカーテンを開ける。そこには、薄雲の合間に顔を出す半月が輝いていた。

賢「(なんで…いつも雨と半月なんだろう……)」

そして、賢一はふと思いついたように、机の引き出しを開ける。そこには賢一がずっと大事にしている、名前の刺繍が入ったハンカチが入っていて、賢一はそれを手に取った。

賢「(まだ残ってる……)」

賢一がそう思ったのは、いつかケンイチがこのハンカチに落とした涙の痕だった。

賢「雨、か……」

そうつぶやいて、賢一は胸に手を当てた。

賢「(もしかして夢で降っているのは……君の涙なのかな……)」

心の中でつぶやく賢一。その声が彼に届いていることを、賢一は知らなかった。

ケ「(バカが、オレの涙なんかじゃねーよ……あの雨は、オレの涙なんかじゃ……)」

賢一には聞こえない、心の奥底でそうつぶやくケンイチ。その声は、どこかひどく悲しさを秘めているようだった。……開けたカーテンから入る月光が、机の上に置かれたサンストーンを照らしていた。

 

翌日、いつものように賢一の漕ぐ自転車の後ろに乗って登校していた陽は、ふと自然を装って聞いてみる。

陽「ねえ、ちょっといい?」

賢「ん?何?」

陽「あのね、うちの中でビーズみたいな石、見なかった?オレンジ色で結構小さめなんだけど……」

賢「オレンジの?……あ!」

少し考え込んだあげくに急に声を上げる賢一に、陽は内心ひやりとする。

陽「心当たり、あるの…?」

少し不安げなその声に賢一は気付かず、バツの悪そうな声で言う。

賢「いや、昨日2階の廊下でそんなビーズみたいなの拾って、僕もひなに訊かなきゃなって思ってたんだけどさ……今朝また不思議な夢見ちゃって、それが気になってて話すの忘れてた…」

陽「夢……?それって、半月と雨の……?」

先ほどとはまた違う不安の色を見せる陽。

賢「うん……あと、今日はケンイチにも会った。」

陽「ケンイチくんに…?!」

なぜか驚く陽に、賢一は見られてはいないものの、とてもさみしそうな顔をした。だが、そんなことを悟られまいと、賢一は調子を変えないように努める。

賢「今日の夢でいた場所は、いつもみたいに雨は降ってるんだけど、真っ暗で何も見えない場所だった。そこで、前に見た夢で一緒にいた人の声だけが聞こえるんだ。…その人が「さよなら」って言うから、慌てて追おうとしたらさ…後ろから「追うな」って言われて、振り向いたら……」

陽「ケンイチくんがいたの?」

賢「……。直接姿を見たのは初めてだったけどね。それで、その声の人が僕の大事な人だってことと、何が起きても、気を強く保てって言ってた。それから……」

そう言って、賢一は口ごもる。

 

―ケ「宗光はお前の強さを信じている。…応えろ。応えられないのなら、オレがお前を…神童賢一を殺してやる。」―

 

陽「それから?」

賢「(僕を殺すって…どういうことなんだろう……)」

顔の見えない賢一が黙り込んだことに、陽は不思議がる。

陽「ヨシくん…?」

賢「あ、ごめん…なんでもない。」

どこか陰のあるその声に、陽はまた不安の色を強める。

陽「そう……」

そして、話題を変えようとする陽。

陽「あ、それでさ、そのビーズって今持ってたりする?」

そう言われて、賢一もまた声の調子が戻り、先ほど同様にバツの悪そうな顔をしている。

賢「いや……僕の部屋……(汗)」

陽「そっかぁ……」

残念そうな陽に、賢一は不思議そうに訊く。

賢「やっぱ、早めに返した方がいいよね……あれ、大事な物だったりするんでしょ?」

そう訊かれて、陽はまたひやりとする。

陽「あ、いや…!大事って言うか……その、前に道で拾ったの!すごくきれいだったから!それで気に入ってはいるけど、今すぐに返してほしいって訳じゃなくて……ちょっと気になってただけで……」

咄嗟に言い訳をする陽だが、そのことには気付かない賢一。それから、賢一はホッとしたように言う。

賢「そっか。…じゃあ、返すのは今日家に帰ってからでもいい?」

陽「うん、ありがとう。じゃあ帰ったらお願いね。」

そして、陽は安心したように小さく笑った後、少し間をおいて冗談めいて言う。

陽「そう言えば、宿題ちゃんと終わらせた?」

賢「……」

陽が切り出す話題に、賢一は人知れず冷や汗を垂らす。

陽「どうなの?」

賢「……まだ(汗)」

陽「……冗談抜きで、留年しても知らないからね(呆)」

賢「だってさぁ……」

ほぼ毎日、恒例となった宿題の話をしながら、2人は学校へと向かった。この時間が、2人の「当たり前」の、最後だとも知らずに……

 

 

 

 

 

⑦(2)

放課後、メディア部の活動が始まる時間になっても、なぜか陽の姿が見えなかった。

晶「おい賢一、お前ホントに何も聞いてないのか?」

賢「ええ、特に何も……」

心配そうな賢一だったが、ふと隆平が呆れるように晶を見る。

隆「にしても、なんかおかしい光景ッスね(汗)」

孝「何が?」

いつものように、本を読みながら目線もずらさずにそう訊く孝彦。

隆「だってよ、引退したセンパイが当たり前のようにここにいて、滅多に部活休まない陽がここにいないんだぜ?」

修「でも、それ言ったら龍海くんは……?(汗)」

そう言ってチラッと龍海を見る修丸に、龍海はむくれて見せる。

海「うわぁ、センパイ昨日からなんかひどいですぅ!」

路「お前、そんなに龍海が嫌いか?」

なぜか真面目な顔で修丸にそう言う龍路に、修丸は慌てる。

修「な、なんでそうなるんですかぁ!」

そんな修丸に、龍路はすぐに苦笑する。

路「バカ、冗談だよ。」

そう言って、龍路は話しながら部品のネジを巻きなおしていたカメラを首にかけて立ち上がる。

路「そろそろ活動時間だし、とりあえず先生呼んでくるよ。…もしかしたら先生、陽のこと聞いてるかもしれないしな。」

そんな龍路を、晶は頼もしそうに見ている。

晶「お、ちゃんと部長の仕事は見てたみたいだな。」

路「ええ、もちろん。んじゃ、行ってきますね。」

そう言って部室を出て行く龍路を、賢一は不安そうに見ている。

隆「んだよ賢一、辛気くせぇ顔してよぉ。」

賢「え、僕そんな顔してます…?」

無意識だろうが、どこか心配そうな口調の賢一。

孝「あんま心配しすぎても疲れるだけだぞ?…授業中に体調崩して保健室で寝てるとか、家に帰ったって可能性だってあるだろ?」

孝彦が、隆平の時とは違って本から目を離して賢一を見ながらそう言う。

海「そうですよ。家に帰ってても、賢一センパイって携帯ないから連絡も取れないですもんねぇ。」

賢「そう、だね…」

賢一を元気づけようと明るくそう言う龍海に、賢一は心配そうな顔でだが、小さく微笑む。

晶「知ってるか?しなくてもいいような心配を「杞憂」って言うんだと。今のお前はまさに杞憂してるだけさ。」

隆「へえ~、センパイ頭いいッスね!」

晶「ん、そーか?」

修「センパイって、現文とか得意なんですか?」

晶「いや、得意なのは数学かな。…文系科目はどっちかってたら苦手なんだけどさ。」

孝「意外ですね、センパイって理系か文系だったら、文系かと思ってましたけど。」

海「てゆーか、センパイの得意科目って体育じゃないんですかぁ?」

隆「バッカ、体育は俺のせん、えっと…せんばん?じゃなくて……」

孝「専売特許。」

気付けばまた本を読み始めている孝彦が、呆れたようにそう言う。

隆「それだ、それ!何とか特許!体育は俺の何とか特許だっつーの!」

修「あの、だから専売特許―」

と、修丸が言いかけた時、ドアが開いたかと思うと、修丸はいつものようにビビってしまう。

鳩「……(汗)何を驚いてるんだ湯堂……」

路「コイツのビビリは、死んでも治らないんじゃないですかね?」

鳩「確かに……」

入ってきたのは龍路と鳩谷だったが、真剣な顔でそう言う鳩谷に、修丸は慌てる。

修「もー!みんなして僕のビビリをネタにするのやめてくださいよぉ!」

晶「お前のビビリは、イジられるためのビビリだろうが。」

面白がるようにそう言う晶に、ふと鳩谷が嬉しそうに言う。

鳩「お、早速遊びに来るとは有言実行だな響鬼。」

晶「だって、暇ですからね。」

そう言ってから、ふと晶は不思議そうに龍路の方を見る。

晶「にしても、ずいぶん早かったな。」

路「いえね、職員室行こうと思って玄関の前通ったら、そこでバッタリ会ったもんで。」

鳩「ちょっと一服をしに外に出てたんだ。…この時期はいろいろと疲れるからなぁ。」

苦笑してそう言う鳩谷に、龍海が不思議そうな顔をしている。

海「いろいろって何ですかぁ?」

鳩「いろいろはいろいろだよ。…まあ、大人になればお前もわかるさ。」

海「あー、そうやって僕のこと子供扱いするぅ!」

修丸の時のように膨れる龍海の頭を、龍路がいつものようにくしゃくしゃと撫でてやる。

路「しゃーないさ。お前はこの中で一番年下なんだからな。」

海「でも、賢一センパイと1つしか違わないもん!ねえ?」

そう言って賢一を見る龍海だったが、それにつられて賢一を見た鳩谷は、彼の心配そうな顔に気付く。

鳩「ん、どうした神童?いやに暗い顔をして…」

賢「あの、先生って確かひなの担任ですよね?ひな、早退とかしてませんか?」

そう言われて、鳩谷は困ったような顔をする。

鳩「ああ、元気がないと思ったらそのことでか。……佐武からも宗光がまだ部活に来てないとは聞いたけど、俺も何も聞いてないんだよ。帰りのHRの時はちゃんといたんだが……」

賢「そうですか……」

孝「先生、陽の掃除当番ってどこですか?」

鳩「えっと……宗光の班は今日は購買の係だから、掃除はなかったはずだが。」

思い出すようにそう言う鳩谷だったが、ふと晶が立ち上がる。

晶「じゃあ、自分ちょっと2年のトイレ見てきます。……お前ら、誰か下駄箱でも見に行っといてくれ。」

修「あ、じゃあ僕行ってきます。」

そうして、晶と修丸は一緒に部室を出る。

その後に隆平がふと携帯を出す。

隆「メール…より電話の方が確実だな。」

と言いながら電話帳を開き、言い終わるや否や耳元に携帯を運ぶ隆平。しかし、コールが始まってから数秒の後に、難しそうな顔をして携帯を手元に戻す。

隆「なんだよ、電源入ってねーし……」

その様子を見て、賢一は少し言いにくそうに言う。

賢「あの……ひな、学校出るまではよっぽどのことがない限り、携帯の電源切ってるんです…ほら、校則だと学校に携帯持ってくるときは、学校内では電源を切るって……」

隆「はあ?マジかよ、それ……」

路「まあ、陽らしいっちゃらしいけど……」

賢「でも、電源入れてないってことはまだ学校にいるってことですよね……」

不安の色を増す賢一を、みな心配そうに見ている。

鳩「じゃあ、俺も一応、教室を見に行ってみるよ。あと、他の先生方にも宗光を見てないか訊いてくる。」

重い空気を何とかしようと、鳩谷も部室を出て行った。

孝「としたら、やっぱ考えられるのはトイレだな……センパイ戻るの待つか。」

と、その時隆平が小さく反応を見せる。

隆「お、噂をすりゃあどっちか帰ってきたぜ?バタバタ走ってやがるから修丸かな。」

海「へー!ホントすごいですね、地獄耳。」

隆「地獄耳言うなっての。」

隆平が怪訝そうな顔をした時、ドアが相手隆平の言う通り修丸が入ってくる。

路「どうだった?」

修「それが……上靴があって外靴がなくって……」

隆「はあ~?」

修「いや、だから…学校の中にはいないみたいなんです……」

賢「え……?」

修丸の言葉に、賢一はいよいよ不安の色を濃くする。そして、先ほどの電話の話を聞いていない修丸は考えるように言う。

修「もしかしたら、孝彦くんが言ってたみたいに早退して帰ったのかもしれませんね……」

その言葉に、部員たちはどこか複雑な顔をする。

孝「それが、さ…そうでもなさそうなんだよ。」

修「え?」

不思議がる修丸を見て、孝彦は賢一に目配せをする。

賢「さっき隆平センパイがひなに電話かけてくれて、それでひなの携帯の電源が入ってなかったみたいなんです。」

修「電源が?」

路「ほら、うちの校則にあるだろ?学校に携帯持ってくるとき、電源切れって。陽は学校出ないと携帯の電源入れないんだとよ……」

修「でも…そしたら外靴はなんで……」

と、その時また隆平が反応する。

隆「今度はセンパイか?…修丸、そろそろドア開くぜ?」

修「あ、ハイ…―っ!」

修丸が返事をしようと思ったその瞬間にドアが開く。いくら忠告があっても、晶のドアの開け方は少々乱暴なためにやはりビビる修丸。

晶「トイレにはいなかったぞ?一応全部の階の女子トイレを見たんだが…ん?修丸、下駄箱はどうだった?」

修「あ、それが……上靴があって外靴がなくって、その、学校の中にはいないみたいなんです。」

晶「なんだ、だったらやっぱ孝彦が言った通り―」

孝「でも、学校は出てないみたいなんです。」

晶の言葉を遮る孝彦。

晶「はあ?なんで……」

賢「隆平センパイが、さっきひなの携帯に電話かけてくれたんですけど、電源入ってなくって……ひな、学校を出る時に電源入れるんです。」

晶「ってーことはなんだ?……裸足で学校にいるってのか?」

修「だとしたら外靴はどうなんです……」

晶「それは……その、えっと……」

修丸の質問に困った晶だったが、ハッと思いついたように言う。

晶「あ!ほら、あれだ!きっと今日に限って電源入れるの忘れて帰ったんだよ!…部活出ないってことは、きっと具合悪いとかで、うっかりしててさ!」

そんな晶を、賢一は不安そうに見ている。

晶「賢一……」

晶は晶で、賢一を心配そうに見る。

隆「ったく、ほらよ。」

そんな賢一を見かねたのか、隆平が自分の携帯を賢一に差し出す。

賢「え?」

隆「お前、携帯持ってないもんな。これ使えよ?」

それから隆平は、心配するように優しく言う。

隆「学校終わってすぐ帰ったんなら、もう家に着いてるだろ?かけてみろよ?……俺、お前ん家の番号知らねーからさ!」

最後の方はどこか元気づけるように明るく言う隆平に、賢一は不安をぬぐいきれなくとも、嬉しそうに笑う。

賢「ありがとうございます……じゃあ、借りますね。」

隆平から携帯を借りて番号を押し、携帯を耳元に持ってくる賢一。

「~。~。~。ただ今、留守にしております。ご用件のある方はピーッとなりましたらご用件をお伝えください……」

父がいつも、家を出る時に設定している留守電のアナウンスを聞いて、賢一は再び不安の色を濃くして電話を切る。

路「どうした?出ないのか?」

心配そうにそう訊く龍路に、賢一はうなずく。

賢「留守電なんです……携帯の電源入れ忘れて、留守電切るのも忘れるなんてこと、今までなかったんですけど……」

ただただ不安げにそう語る賢一を、みな心配そうに見てあげるしか出来る事はなかった。

 

まだ、いつもの活動終了時間よりだいぶ早かったが、賢一は1人自転車を漕いで帰路についていた。

 

―鳩「教室にはいなかったし、どの先生もHRのあとは誰も宗光のことは見てないって……そうか、学校は出たらしいのに連絡が取れないのか……」―

 

自転車を漕ぎながら、賢一は修丸や晶が戻ってきて少ししたら戻ってきた鳩谷の言葉を思い出す。

賢「(ひな……どうしちゃったのさ……)」

 

―孝「あのさ賢一、可能性の話だけど…もし具合悪かったら、センパイ言ってたみたいに電源入れるの忘れたり、留守電切るのすら忘れることもあるかも知れないと思わないか?」

隆「そーだよ!ほら、家帰って寝てたんなら留守電だって気付かねーだろ?きっとそーに決まってる!」

路「賢一……不安ならさ、お前今日はもう家帰っていいぞ?それで陽が家にいれば安心できるし、いなくてもここよりはお前の家の方が帰ってくる可能性はデカいしさ。いいですよね、センパイ?」

晶「ああ。部長がそう言うんなら、その方がいいと思うぞ?」

そんな晶にも心配そうな顔のままの賢一に、隆平が「やれやれ」と言った顔をする。

隆「ほら、これ貸してやるからさ。」

そう言って、カバンから先ほど使ったものとは違う携帯を差し出す隆平。

賢「え、でもこれってセンパイの携帯…」

戸惑う賢一に、苦笑いの隆平。

隆「俺もなんで2個持ってるか自分でわかってねーんだけど、俺、携帯2個持ってんだよな。んでさ、そっちあんまし使ってねーから、陽のことでなんかわかったら連絡してやるよ。…お前もさ、もし家に帰ってましたぁ。とかいうことになってたらちゃんと連絡入れろよな。アドレス帳に「俺」って書いてあるの、これのアドレスと電番だからさ。」

「これ」とは、今隆平がポケットから取り出した、先ほど陽に電話をかけた携帯である。

賢「ありがとうございます……」

元気はなくとも、賢一はみなが姉を心配してくれているという事実を、嬉しく思っていた。―

 

鳩谷の言葉に続いて、賢一は部活での先輩たちとの話を思い出す。この時間に自転車を走らせている理由は、こういうことであった。と、その時……

「こらぁ!!危ねーぞ!!」

賢一はハッとして急ブレーキをかけた。相手も同じくブレーキをかけてくれたおかげでお互いに衝突は免れたが、賢一は考え事をしながら自転車を漕いでいたせいで、交通規制を守っていた車に衝突しかけてしまったのだった。

賢「す、すいません!!」

「ったく、気をつけろよな…」

そんな文句を言いながら、ドライバーは窓を閉めて発進する。

賢「(とにかく帰ろう……)」

賢一も、再びペダルに足をかけた。

 

父「帰ってこないな……」

賢「うん……」

陽が部活に来なかったその日の夜19時半ごろ、陽一郎はリビングのカーテンの隙間からずっと外を見ていて、賢一はただ不安そうに隆平から預かった携帯に届いたメールを何度も何度も見直している。

「Time:2/25 16:57

  From:俺

 Subject:おれおれ、隆平w

 Text:…なんてふざけてる場合じゃねーけどさ、一応みんなにその携帯のアドレス教えといたから、なんかあったら連絡してくれるってよ。メールは題名に差出人の名前書けるけど、電話はそーもいかねーからさ、電話はとりあえず出るように!」

「Time:2/25 18:42

 From:kmas-hbk.a@cocomo.me.jq

 Subject:響鬼です

 Text:響鬼です。あれから6時までは学校にいたんだけど、陽の奴、部活には来なかった。もし陽からなんか連絡とか来たら、こっちもまた連絡するよ。…不安だろうが、あんまり気をもみすぎるなよ?」

「Time:2/25 19:01

 From:mikon-and-canama@hardbank.me.jq

 Subject:佐武兄

 Text:龍路だけど、もう誰かから連絡行ってるかな?陽、結局部活には来なかったよ。一応俺からも陽にメールしといたし、隆平もその携帯のアドレスを陽に送ってくれてたから、何かあったらそっちにも連絡行くと思うぞ。

追伸

龍海です!兄ちゃんの携帯から失礼します!

そのね、なんて言っていいかわかんないけど、キユウしすぎてもダメですからね!」

部活の仲間たちからのメールに、賢一は不安そうな顔をするだけである。

父「どうだ賢一…連絡は?」

賢「ううん……やっぱ、部活には来てないって……」

父「そうか……陽はふらふら遊びまわるような子じゃないからなぁ……」

そう言って、陽一郎はカーテンを閉める。

父「まあ、何か父さんたちに言いたくない用事でもあるのかもしれないし、明日になっても帰ってこなかったら警察に相談してみよう……お前も気を張りすぎて疲れただろ?そろそろ部屋で休みなさい。」

賢「うん、わかった……」

気乗りのしない返事をし、賢一は重い足取りで自室のある2階へと階段を上っていく。

父「そりゃ、心配だよな……こんなこと、今まで1度だって……」

自身も心配そうな顔をして、陽一郎は小さくそうつぶやいた。

 

賢「(大丈夫だよね……何かに巻き込まれてなんか……)」

そう願い、賢一は机の上に置いておいたサンストーンを手に取る。

賢「(これ、ちゃんと返せるよね……―!)」

その時だった。賢一の脳裏に、何かがよぎっていく。

 

―?「なあ賢一、なんで智香子はお前みたいな化け物に優しくするんだろうな?……まさか、お前たちが夜中にこそこそ何かしているのを、オレが知らないとでも思ってるのか?」

高圧的な男性が、小さな男の子にそんな言葉を浴びせつける。男の子は何も言わずにうつむいている。

「……」

?「なんだ、その態度は?……何が言いたいんだ?」

「別に、何も……」

うつむいたままの男の子に、男性はひどくつまらなさそうな顔をしてぶらぶらと部屋の中を歩きだす。

?「……ったく、智香子の奴がいないだけで息が詰まる―」

その時、家の電話が鳴りだした。その音に男性は嫌悪をあらわにして、面倒臭そうに受話器を取ろうとする。男の子はそれをただじっと見ていて……―

 

ケ「よせ、賢一!!」

賢「…!」

心の中で響くケンイチの声に、賢一は我に返る。そして何が起きたのかを理解しようとするが…

ケ「余計なことは考えるな……それ以上……過去に手を伸ばすんじゃねえ……!」

再び心の中に響く怒号に、賢一は戸惑いを隠せない。

賢「(でも…今のは一体―)」

ケ「黙れ!!」

ケンイチは、心の奥底で怒りと悲しみに満ちた声でそう叫んだ。そして次に言葉を発した時には、怒りは消えうせ、悲しみと焦りだけが残っていた。

ケ「関係ない…関係ないんだよ。智香子のことも、宗光がいなくなったことも……絶対に関係ないんだ!!」

必死なその叫びに、賢一は胸を痛めるように静かにサンストーンを握りしめた。

賢「(ごめん…もう気にしない……さっき見た光景も、忘れるよ……)」

賢一のその言葉に、ケンイチは何も答えなかった。何も、答えられなかった……

ケ「(許してくれ…智香子……)」

ケンイチのその思いを、賢一が気付くことはなかった。

 

翌朝、不安のためにろくに眠れなかった賢一は、6時過ぎにリビングに降りた。そこには、いつも朝食を作っているはずの父の姿が見えなかった。

賢「あれ……」

ふと、賢一は陽一郎の居場所に心当たりを覚え、いったん部屋に戻って上着を羽織い、もう1枚上着を手に取ってから1階に降り、玄関から外に出る。

賢「父さん……風邪ひくよ?」

心配そうにそう言った賢一の目の前には、昨日の夜とまったく同じ格好の陽一郎がいた。いつから降り始めたのか、深々と降る雪で頭や肩が白くなっている。

父「ん?…なんだ賢一か。……大丈夫だよ。」

賢「もしかして、昨日の夜からずっとここに…?」

陽一郎にかかった雪を払い、上着をかけてやる賢一。

父「いや、出たのはついさっきさ。……さ、ちょっと早いがご飯にするか。……まあ、今から作ればいつも通りの時間になるだろうけどな。」

疲れの中に無理に笑顔を作る陽一郎に、賢一は切なそうな顔をするだけだった。

 

土曜日という事もあって、朝食を終えた後も賢一は、とりあえず着替えだけしてリビングで休んでいた。…休んでいたと言うよりも、陽から、もしくは彼女に関する連絡を待っていた。

賢「父さん……警察に相談しようよ?これ以上待てないよ……」

昼も近くなった時、賢一は我慢が出来なくなったようにそう言う。その言葉に、賢一の隣に座っていた陽一郎は諦めるように立ち上がる。

父「そうだな……」

と、その時だった。

~♪~「俺」~♪~

賢一が握りしめていた隆平の携帯の着信音が鳴り、表示には「俺」、すなわち隆平からの着信であることが表示されている。賢一は、それを見て咄嗟に携帯を開く。

賢「もしもし!」

隆「賢一か?ってか賢一だよな?!賢一じゃない訳―」

孝「バカ!ふざけてる場合か?!さっさと用件話してやれよ!」

隆「バ…別にふざけてなんかねーし!」

電話の向こうからは隆平と、少し小さめではあるが孝彦の声が聞こえる。

賢「あの、隆平センパイと孝彦センパイですよね?……なにかわかったんですか?」

隆「いや、わかったってか、おかしなメールがきたんだよ!それも陽の携帯から、メディア部全員に一斉送信でさ!なんか晶センパイとか龍海にも送られてるっぽいぞ!」

賢「ひなの携帯から…?」

隆「ああ!「部室に来てください」って、ただそれだけ書いてあって……でもさ、文面的に陽っぽい気もするけど、陽じゃない気もするだろ?!」

賢「それで、センパイは行くんですか?」

隆「ああ、そりゃ…ってか、もう学校に向かってる!修丸も龍路たちも、学校に行くってメールくれてるし、たぶん晶センパイも行くと思う。…それにわかってるだろうけど、今孝彦も一緒なんだ!とにかくさ、お前も支度できるなら早く来い!」

賢「あ、はい!」

賢一の返事を合図にするように切れた電話を、賢一は緊迫した表情で見つめていた。

父「誰からだ…?」

賢「センパイ…携帯貸してくれた隆平センパイからなんだけど……メディア部のみんなに、ひなの携帯からメールがきたんだって!部室に来てくれって内容の……」

父「陽の携帯から?!」

驚く陽一郎に、賢一は不安そうにも力強くうなずく。

賢「ひなは、いたずらに人を不安になんかさせないよね……」

父「ああ……もしかして、事件か何かに巻き込まれたんじゃ……」

陽一郎がそう言うと、少しの沈黙が訪れる。そしてその沈黙を、賢一がうち破る。

賢「僕も、行ってくるよ……」

そう言って陽一郎を見る賢一に、陽一郎は戸惑うような顔をする。

父「賢一……」

賢「なんだか、嫌な予感がするんだ……今行かなかったら、もうひなに会えないような、そんな気がして……」

不安げにも力づよくそう言う賢一を見て、陽一郎は思わず彼を抱きしめる。それは、血の繋がりがないなんてことを感じさせない、父と息子の抱擁だった。

父「すまないな、賢一…父親の癖に、いつもお前に不安ばっかり押し付けて……俺がもっとしっかりしてれば、陽もいなくなったりは……」

賢「何言ってるのさ…父さんもひなも、僕が不安な時はいつだって支えてくれるし、ひなが帰ってこないことだって、父さんは悪くないよ……」

優しくそう言う賢一を、陽一郎は嬉しそうに見る。

父「お前は本当に優しい子だな……陽と同様、父さんの自慢の子供だよ。」

そして賢一の肩を、両手で力強く掴む。

父「陽のこと頼んだぞ、賢一……ただし、お前はただでさえ人より大きな不安を抱えているんだ。…無理だけはするな。」

賢「ありがとう……じゃあ、行ってくる。」

そう言って、賢一はソファにかけてあった上着を手に取った。

 

​⑫

朝から深々と降り続く雪のおかげで自転車を出せなく、電話を受けてから走って20分ほどで賢一が部室に来ると、そこにはすでに、晶や龍海を含めた部員たちが集まっていた。そして、みな不思議そうに、もしくは不安そうにホワイトボードの前に突っ立っていた。

賢「遅くなりました!!」

修「あ、賢一くん!」

賢一の声にみな、部室のドアの方を向く。

隆「お、早いじゃねーか!」

少し感心気味の隆平だったが、周りの緊迫感は薄れない。

孝「それよりも、これ見ろよ……」

そう言って孝彦が指差したのは、今まで全員で見ていたホワイトボードに貼られていた2枚の写真だった。それを見て、賢一は驚きを隠せない。

賢「え、これって……!」

その写真のうち、1枚はまるで隠し撮りをしたようなアングルの陽の写真だった。そしてもう1枚は、同い年くらいの男子と、小さな男の子と3人で写っている陽の写真である。

路「この写真、どう見たって隠し撮りだよ……本人が撮られてることに気付いてねー……」

晶「なあ、これってストーカーの仕業じゃないのか……?」

そう言う2人に、龍海が不思議そうに訊く。

海「でも、なんでわざわざこんなことするんですかね…部室に写真張ったり、僕たちをメールで集めたり……」

孝「ストーカーなんて、ほとんどがまともじゃねーからな。…そればっかりは本人じゃないとわからないよ……」

その言葉に、部員たちの間に緊張が走る。そんな中、修丸がもう一方の写真へと目を移す。

修「そっちの写真は隠し撮りではなさそうですね……一緒に写ってる人たちは知りませんけど……」

晶「大きい方は高校生くらいか?だとしたら陽の友達かな……」

と、その時だった。

賢「違う……」

晶「え?」

賢「ひなじゃない……」

そう言う賢一は、じっと隠し撮りでない方の写真を見つめていた。

隆「はあ?何言ってんだよ?どう見たって陽だろうが……」

賢「違うんです…この人、ひなじゃなくて……―!」

そう言いながら、賢一は再び昨日の夜に襲われた感覚と同じ感覚に襲われる。

 

―?「セルフタイマーって言ってさ、写真を撮ってくれる人がいなくても写真が撮れるんだ。…いや、君ならそんなことくらい知ってるか。」

しゃがんでそう言う高校生くらいの男子に、目線を合わせてもらっている男の子は優しく笑う。

「ううん、初めて知りました。」

そんな男の子に、高校生は苦笑いする。

?「そんなこと言って……」

そして、高校生は男の子の隣に立っている、同い年くらいの女の子……部室のホワイトボードに張られている写真に写っている、陽らしき女の子の方を見る。

?「なあ智香子、君はどう思う?…セルフタイマーなんて絶対知ってたよな?」

その言葉に、智香子と呼ばれた陽にそっくりな女の子はいたずらっぽく笑う。

智「さあ?…ヨシくんは気が遣える子だからね。」

そう言ってから、智香子は「ヨシくん」と呼んだ男の子に、高校生と同じくしゃがんで目線を合わせる。

智「でもね、私にはそんな気遣いしなくていいのよ?私は、何があってもあなたの味方だからね……」

そんな2人を見て、高校生はどこか寂しそうに苦笑する。

?「まったく、君らはまるで恋人同士だな。…ま、いくら賢一くんだって、さすがにその歳で恋愛感情なんて理解できてないだろう?」

その言葉に、ヨシくん、そして賢一と呼ばれた男の子はどこか表情を曇らせ、それを気付かせないかのように智香子が立ち上がる。

智「当たり前よ。…それ以前に私たちは―」―

 

その言葉の続きを聞けないまま、賢一は現実に戻ってくる。

賢「ちか……」

隆「ちか…?なんだ、それ?」

その言葉に、賢一は何も答えない。

晶「賢一、大丈夫か……」

晶の言葉さえ聞こえていない。そして、賢一は目の色を失っていく。

賢「そうだ……ちかは……僕が……―!」

そう言った途端、賢一は両手で頭を抱えた。

賢「ちかは僕が殺したんだ……!」

その瞬間、賢一は大きな動悸に襲われ、まるで崩れるように倒れ込む。

路「おい、賢一!…賢一!!」

いきなり倒れた賢一に、咄嗟に駆け寄る龍路。そして賢一を起こそうとして、顔を見る。

路「大丈夫か……―!」

賢一の顔つきを見て、龍路は思わず驚く。そして、肩を持ってくれている龍路の手を、賢一は力なく払いのける。

賢「くそ……くそぉ!」

悔しそうにそう叫び、賢一は片膝をついた状態で、再び頭を抱える。

賢「やめろ!!思い出すな!!」

そう叫んで、賢一は力ない足取りでふらふらと窓際まで歩き、窓に辿り着く前に、普段は使われていないドアを片手で思いっきり叩いた。

賢「智香子を殺したのは……お前じゃねえんだ……!」

その言葉に、龍路以外の部員たちも全員が気付いた。今目の前にいるのは……

修「ケンイチくん!」

その声に、龍路に手を貸してもらった時点ですでに賢一と入れ替わっていたケンイチは、いつになく怯えたような表情で部員たちのいる方を振り向く。そんなケンイチに、修丸は1番に駆けつける。

修「……その……僕たちにできることなんてあるかどうかもわかりませんけど、もしあるのなら、力になりますから……とにかく今は落ち着いてください……」

言葉を探すように、しかし心の底から心配してそう言う修丸に、ケンイチは何も言わずにふらふらとホワイトボードの方へと歩きはじめる。

修「あ……」

そして、張られた2枚の写真をボードから剥がし、それを持って賢一の席に座った。

ケ「お前の言う通りだな…全て知ってるオレが取り乱して、何になるっていうんだ……すまなかった……」

自嘲気味に苦笑して、修丸を見たケンイチ。

修「いえ……」

ケンイチを落ち着けるように、優しくそう答える修丸。そんな修丸を見て、落ち着いたような表情をするケンイチを見て、孝彦は静かに切り出す。

孝「なあ……お前今「全て知ってる」って言ったよな?」

ケ「……ああ。」

孝「全てってのは、賢一の記憶のことか?それとも陽がいなくなったことか?」

その問いに、ケンイチは持ってきた2枚の写真を机に置いて、それを見ながら答える。

ケ「……おそらく、宗光がいなくなったのは智香子が死んだことへの復讐だろう……」

隆「復讐…?ってか、さっきからちかとか智香子とか言ってるけどよ、それって誰なんだ?」

単純に疑問をぶつける隆平を少しの間み続けた後、ケンイチはまるで悔やむようにうつむく。

ケ「智香子は……神童智香子は、10年前にオレが殺した賢一の実姉……賢一と血を分けた実の姉だよ……」

その言葉に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。

海「こ、殺したって……」

ケ「…ただ、直接殺したと言うわけではない。……智香子が死んでしまう要因を作ったのがオレなんだよ。」

そう言って、軽くだが頭を抱えるケンイチ。

ケ「宗光も智香子も…驚くほどに似すぎている。……そして、賢一はそんな女と、智香子の時と同様に姉弟として当たり前のように過ごしてきた。……それが、奴には気に喰わなかったんだろう……だから、賢一の姉を、宗光を……」

路「奴って、お前まさか陽がいなくなった…ってか、この写真をここに張った人をわかってるのか?!」

ケ「推測にすぎないが、な……」

晶「誰なんだよ……その奴ってのは……!」

焦るようにそう訊く晶に、ケンイチは億劫そうに顔を上げた。

ケ「神童智司……賢一と智香子の父親だよ。……おそらく、この世の誰よりも、賢一を疎んでいる人間だ。」

海「センパイの、お父さんが……?」

不思議がる龍海を一瞥した後、ケンイチはうつむき始める。

ケ「どこから話せばいいか……そうだな……」

少し悩むような口調でそう言って、ケンイチは静かに顔を上げる。

ケ「賢一や智香子の生まれた家…神童家はな、陽の目を浴びにくい分野だから世間的には知られていないが、医療研究の分野において一際注目されている一族だった。そこの長女として生まれたのが智香子で、智香子が11歳になる年に遅れて生まれたのが、長男の賢一だ。だが、生まれたその瞬間から、賢一は父親から憎まれ続けてきたんだよ……」

修「生まれた時から憎まれ続けてって…なんでそんな……」

悲しそうな修丸に、ケンイチはまるで「仕方ない」と言ったような顔をしている。

ケ「頭のいい人間ほど、理性に飲み込まれやすい一面を持つ。…母親の命と引き換えに生まれてきた賢一を、智司は許すことができなかったのさ。」

隆「それって……もしかして賢一の母ちゃんは賢一が生まれた時に死んじまったってことか……?」

聞きにくそうにそう言う隆平に、ケンイチはうなずく。

ケ「ああ。賢一と智香子の母親、神童香莉は賢一を産むと同時に死んでしまった……だからオレも賢一も、母親の胎内でその声こそ聞いてはきたが、顔は写真でしか見たことがない。そんな香莉を、智司は誰よりも愛していた。」

そこまで言って、ケンイチは自嘲するように部員たちの方を見る。

ケ「いくら自分の血を引く子供とは言えども、最愛の妻を殺した存在を憎まずにはいられないだろ?」

海「でも、殺したって言ったって……そんなのセンパイは悪くは……」

ケ「それだけじゃない。最愛の妻を殺して生まれた赤ん坊が、化け物のような知能を持っていたんだからな。憎しみだけならまだしも、恐れまで入り混じれば誰だって尋常な考えを持つことは困難だろう?」

路「で、でもさ。知能っても、その……賢一はそんなに頭はよくは……」

そう訊いてくる龍路をじっと見て、ケンイチは切なげな顔をして誰もいない前方を向く。

ケ「誰もがあり得ないと言った。だがあり得てしまったんだ……賢一は、生まれた時にはすでに、大人と同じほどに脳が成長しきっていて、母体の中で大方の言語などを理解していた。そして生まれた後も脳は成長を続け、自らの足で歩き始めた頃には、賢一の頭脳は言葉の通りに人智を超えていた。なにより、賢一には一度見たこと、聞いたことを忘れず、そしてその膨大な記憶の中から欲しい記憶を自在に取り出せる超人的な、それこそ神の童のような記憶力が備わっていた。……そんな賢一を、智司はたいそう恐れただろう。だが、自尊心の塊のようなあの男は、妻を殺した赤ん坊に恐れを抱くことを屈辱だと感じ、その感情を憎しみとして賢一にぶつけ続けたのさ。」

そこまで話し、ケンイチは16年前の出来事を思い出す。

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