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「表裏頭脳 ケンイチ」
第3話「図書室の不可思議といらない存在」
1(①)
賢・修「あっつぅ~……」
夏休みが始まったばかりの今、文化部にしては珍しく活動のあるメディア部の部室で、宿題をしている陽やカメラのレンズを丹念に磨いている龍路をよそに、賢一と修丸は全開にした窓から半身を外に出しながらへたっていた。今日は夏休みの活動の1日目である。
賢「センパイ~、この部屋暑すぎません~?(汗)」
修「仕方ないですよぉ、もともとここは演劇部の倉庫ですから。部活動には向いてないんですぅ~…」
暑さのせいで、心なしか2人とも語尾が伸びかけている。
賢「じゃあ、なんでそんなところで僕たち部活動してるんですかぁ?」
修「メディア部って他の部活に比べて、できてから日も浅いし知名度も低いですからねぇ…部室をもらえたことだけでもありがたいと思わないとぉ~…」
そんな話をしている2人を、少し面白そうに見ながら龍路も話に参加する。
路「覚悟しとけよ賢一~、冬は冬で激冷えだからな。」
賢「え?そんなに冷えるんですか?」
修「言ったでしょ?ここ、もともとは倉庫だって。だからクーラーついてないんですよぉ。…クーラーあったら、今頃こんなにダレてもいないでしょうし。」
陽「せめて扇風機とか、冬はストーブだけでもあればいいんだけど、うちって大会とか出ないでしょ?それで予算がないんだって。前に先生嘆いてたわ。」
路「ま、俺らやセンパイは経験済みだから、この暑さや来たるべき寒さは想定内だがな。」
そう言ってカメラのレンズに息を吹きかけ、片目で覗いてからレンズを拭きはじめる龍路。
賢「ひな、そんなこと言ってなかったじゃん~」
ダレたままそう言う賢一に、陽は宿題を進めながらあっさりと言い放つ。
陽「だって、ヨシくん運動部に入ると思ってたんだもん。」
賢「だって、文武両道するならもってこいの部活だってひなが言うんだもん…」
修「文武両道って言っても、僕、賢一くんが勉強してるとこって見たことないです。」
路「俺も。部活で暇な時間はそこらへんで腕立てやらスクワットやらやってるもんな。」
賢「だって、体って使わないとすぐダメになるんですよ?いざって時に誰も守れないようじゃ、男として情けないじゃないですか。」
その一言に、龍路が意外そうな顔をする。
路「ほう?守るって誰をだ?」
賢「え?そりゃ、ひなとか……」
恥ずかしがる様子もなく、考えるようにそう言う賢一の言葉に、修丸と龍路は軽く驚いたような顔をし、陽は少し冗談交じりにムッとする。
陽「ちょっと、弟に守られる姉なんてかっこ悪いじゃない。」
その一言にも、修丸と龍路は軽く驚く。そして、その時ドアが開く。
晶「よ~っす!」
陽「晶センパイ!講習終わったんですか?」
晶「ああ!」
部員たちが入口に目をやると、そこにはジャージの短パンに袖なしシャツ1枚のラフすぎる晶が立っている。
賢「センパイ、なんですかその恰好…(汗)?うちの学校、休みの日だろうと、講習も部活も私服禁止じゃあ…?」
晶「ん?何言ってる。下は指定ジャージのハーフパンツなんだから、これも立派なジャージ登校スタイルだろ?それに、このクソ暑い中ジャージの上なんて着てたら、夏期講習も集中できんからな。」
もっともそうにそう言う晶に、龍路がねぎらうように言う。
路「ホント、このクソ暑い中、講習なんてお疲れ様です。」
晶「まあな。」
賢「ところで、センパイどこの大学狙ってるんですか?」
晶「ん~、その…」
少し言いにくそうにしている晶に、賢一はまるで見抜いたかのように優しく微笑んで言う。
賢「笑いませんよ、どんなとこ目指してても。」
その一言に、晶は照れくさそうにほほ笑む。
晶「そうか?……実はな、都内の不山大学を目指してるんだ。…そこで心理学を学びたくてな。」
その言葉に、部員たちはいい意味での驚きを示す。
路「不山大学で心理学かぁ。ちゃんとした目標あっていいですね!」
修「でも、心理学とは意外ですね。なんか、活発な印象の強いセンパイのイメージじゃないと言いますか……」
晶「いや、な、自分はこうやってジャージ登校なんてわがまま通ってるが、きっと、身体と心の性別のズレに戸惑っているのに周りに押し込められて、着たい服も着れない、逆に着たくもない服を着なくちゃいけない…いや、服以外だっていろんな問題を抱えて葛藤している子供って多いと思うんだ。だから、その支えになりたいって思いがあってな。だったら心理学を学ばなきゃいけないらしくて……やっぱ、自分のガラじゃないか?」
少しバツ悪そうにそう言う晶に、誰1人としてバカにするような部員はいない。
賢「いえ、すごくセンパイらしいですよ!ねえ?」
陽「ええ。センパイならきっと、そんな子たちを助けてあげられますよ。」
そんな2人に、龍路と修丸も納得した顔でうなずく。
晶「お前たち……」
路「でも、こーいう話は勉強嫌いな隆平がいるところでした方が良かったかもしれないですね。そしたら、アイツも少しは勉強するようになったかも。」
苦笑してそう言う龍路は、そう言ってからチラッと賢一を見る。
路「なあ、賢一。」
賢「あ、あの……僕は勉強が嫌いなんじゃなくて苦手なだけで……」
陽「嫌いじゃないんだったら、宿題くらいちゃんと取り組まないと。」
呆れ気味にそう言う陽だったが、賢一は気まずそうに反論しようとする。
賢「だって…」
と言ってから、賢一はふと思い出したかのように不思議そうな顔をして言う。
賢「そう言えば、今日って人がまばらですよね?もうそろそろ12時なるのに。」
晶「ん?ああ、そっか。お前は高校…ってか、うちの部の夏休み初めてだもんな。」
賢「はい。」
晶「自分は今年から夏期講習で1週間は午前中潰れるし、イヌサルコンビは去年通りなら夏休みは遅刻が多いはずだぞ?隆平はコールセンターのバイト、孝彦は図書委員の活動だ。ま、毎日ってわけじゃないが、そういう日は決まって昼から部活に来るんだよ。」
陽「イヌサルコンビって……(汗)」
晶「犬猿の仲とはまさにあいつらの事だろ?だからイヌサルコンビでいいじゃないか。」
修「確かに……」
ボソッとそう言う修丸に、みなが注目する。
修「え?あの……」
いきなりの視線に戸惑う修丸に、晶がポンと肩に手を置く。
晶「そっか、そうだよな……アイツらのケンカに巻き込まれて不幸な思いをしまくってるのは、いつだってお前だもんな。」
しみじみとそう言う晶に、修丸は困りつつ話題を戻してくる。
修「あ、いや、その……そ、それにしても!隆平くんと孝彦くんはいいとして、龍海くんはどうしたんでしょうかね?!去年は龍路くんと一緒に毎日部活に来てたのに!」
そんな修丸に、龍路は至って平然と答える。
路「龍海なら、中3講習で昼から部活来るってよ。」
賢「へぇ~、講習ってことは龍海も勉強ですか。……あれ?でも龍海の中学とうちの学校って、一貫校だから受験はないんじゃ…?」
路「ああ、そうなんだけどな…」
そう言って、龍路は龍海との会話を思い出して話し始める。
―海「だぁってぇ!賢一センパイとか隆平センパイみたいなおバカさんになっちゃったら困るじゃん!ちょおっとめんどくさいけど、勉強はちゃんとしないとねぇ♪」―
路「だ、そうだ。」
賢「そ、そうですか……」
その話に、賢一はショックそうにうつむく。と、その時、再びドアが開く。
隆「誰がおバカさんだって?!」
路「お、早かったな地獄耳。」
入室早々に怒り気味の隆平に、龍路は慌てる様子もなく軽く声をかける。
隆「おいこら!変な呼び方すんな!」
路「いや、だって地獄耳じゃないと今の話は廊下からじゃ聞こえないだろ?」
隆「む…そりゃそうだが……」
そう言って一度は引きかけた隆平だが、すぐにハッとして、すでにカメラ磨きに戻っている龍路に再び食ってかかる。
隆「って、ごまかすな!地獄耳もそうだが、誰がおバカさんだって?!」
路「いや、それ言ったの俺じゃなくて龍海だし。」
平然とカメラを磨きながら、隆平の顔も見ずにそう言う龍路に諭され、隆平もあっさりと引く。
隆「あ、そっか……」
そう言って今度こそ沈黙する隆平を見て、他の部員たちは感心している。
陽「すごい、他人のケンカだけじゃなくて、自分にかかる火の粉も払っちゃった…」
晶「何者だ…?何者なんだあの男は!?」
と、またまたその瞬間思いっきりドアが開く。
海「僕の自慢の兄ちゃんで~す!……ってあれ?修丸センパイどしたんですか?」
嬉しそうに入室したかと思うと、なぜか心臓を押さえて真っ青な顔をしている修丸を気にする龍海。
修「きゅ、急にそんな乱暴にドアなんか開けないでくださいよぉ!」
海「え~?僕のせいですかぁ?」
少し不服そうにそう言う龍海に、賢一が少し恐る恐る聞く。
賢「それよりも、部室の外で中の話が聞こえてるなんて、もしかして龍海も隆平センパイみたいに地獄耳の持ち主……?」
そう言われて、龍海は平然と、かつ嬉しそうに言う。
海「いえ!僕ね、本当は隆平センパイより早く学校ついてたんですけど、センパイ歩くの早いし気付いてくれないし…そしたら部室の廊下で、ただでさえ歩くの早いセンパイがいきなり急加速したんで、部室で面白い話でもしてるのかなぁ?って思って聞き耳立ててたんです!」
路「そっか、全然気づかなかったよ。」
海「でしょー?」
そう言って和気あいあいとしている佐武兄弟を見て、修丸が相変わらず青い顔で呆れたように言う。
修「なんだか、龍海くんがそのうち盗撮を始めそうで怖いです…(汗)」
隆「確かに…(汗)」
②
集まった部員も含めて、各々がやりたいようにして過ごしているうちに、時計は13時を指していた。
隆「賢一~、今何時だ?」
弁当をほおばりながらそう言う隆平の言葉に、腕立て伏せをしていた賢一が体勢を直して立ち上がる。
賢「えっと、1時過ぎです。」
机に置いておいたタオルで汗を拭きながらそう言う賢一を見て、窓際で団扇を使っていた晶が暑そうに言う。
晶「お前なぁ、このクソ暑いのに、なに、汗かくようなことしてるんだよ……」
賢「いえ、暇だから筋トレしようと思って。」
汗を拭き終わってさっぱりとそう言う賢一だったが、ふと何かに気付いたように、はたまた少し呆れたような顔で言う。
賢「それよりも、いつになったら活動始めるんですか?僕たち9時からずっといるんですけど、その間(かん)ずっと暇で暇で……」
そんな賢一に、晶は団扇であおぎ続けながらろくに顔も見ずに平然と、しかし暑そうに言う。
晶「そんなの、全員揃ってからに決まってるだろうが…」
それを聞いて、賢一は驚く。
賢「え?!…だってセンパイ、さっき隆平センパイと孝彦センパイは昼から来るって言ってましたよね?!」
晶「ああ~(ダレて)」
賢「龍海も昼から来るって予定でしたよね?!」
今度は龍路の方を向く賢一に、珍しく龍路も少し驚く。
路「あ、ああ。」
そして、賢一は再び晶の方を向く。
賢「だったらなんで僕ら、朝っぱらから集まったりしたんですか?!」
そう言われて、しばらくの沈黙が訪れる。
晶「……。気にするな。」
そう言って窓の方を向いて部員たちに背を向けた晶を見て、賢一はショックを受けたように思った。
賢「(気まぐれか…?センパイの部長としての気まぐれなのか…?!)」
そんな賢一を、宿題をやっていた陽が苦笑しながら見る。そして、今度は時計に目をやってから、少し心配そうに言う。
陽「でも、孝彦くん遅いですね。もう1時過ぎてるのに、まだ来ないなんて……」
晶「確かになぁ。休むって連絡もないし、図書委員の活動ってそんなに時間かかったっけか?」
そんな話を聞きながら、龍路の隣で、撮りためたビデオを、ビデオウォークマンで見ながらラベルを書いて整理をしていた龍海が、同じく大量のフィルムケースの中身を見ながらケースにタイトルを書いていた龍路に、見ていたビデオを一旦止めてから聞く。
海「兄ちゃん、センパイと同じクラスじゃなかったっけ?」
路「そうだけど、クラス同じくらいでなんで部活来ないかはわかんないよ。」
少し苦笑気味にそう言う龍路だったが、少し離れた席の隆平が食べ終わった弁当箱に蓋をしながら皮肉っぽく言う。
隆「っけ!どーせサボりだよ、サボり!図書室こもって、だ~い好きな読書でもしてるんじゃねーの?」
しかし、その言葉に何か返すものはなく、再び部室は静寂に包まれる。
隆「……。あー、くそ!あのヤローがいねーと調子狂うぜ!」
そう言っていらいらした様子で頭をかきむしる隆平を見て、修丸は特に意味もなさそうに、ただ思いついただけといった様子で言う。
修「ホントに仲いいですねぇ、隆平くんと孝彦くんは。」
その一言に、隆平は鋭く反応した。
隆「ああ?!修丸、お前の目、節穴じゃねーのか?!」
修「ひっ!スイマセン!」
隆平の大声に震え上がる修丸を見て、龍海と龍路がお互いの顔は見ず、ただ修丸をじっと見ながら話している。
海「ねえ、修丸センパイなぐさめてあげたら?」
路「ん~、でも俺、龍海以外の野郎を抱いてやる趣味はないぞ。」
と、その時。
賢「センパイ、大丈夫ですか?」
少し「やれやれ」といった感じはあったものの、優しく両手を広げてそう言う賢一を見て、修丸は迷うことなくその胸に抱かれにいった。
修「賢一く~ん(泣)!」
そんな修丸の背中を優しくポンポンと叩きながら、賢一は隆平に苦笑気味な顔で言う。
賢「隆平センパイ、修丸センパイは人より驚きやすい性格なんですから、大声出す時は気をつけないと。」
賢一にそう言われて、隆平は少し間の抜けたような、はたまた軽く驚いたような顔で言う。
隆「あ、ああ…悪かったよ…」
そんな様子を見て、晶は呆れたようにただただ団扇であおぎ続け、龍路と龍海は目を丸くしている。
海「うわあ、賢一センパイが兄ちゃんみたいになってる。」
路「いや、賢一の方が、兄弟でもなんでもない男を抱いてやっているあたり、俺よりもできた男かもしれないぞ?」
その時、誰にという訳でもなく、陽が嬉しそうに小さく笑った。
陽「ふふ…」
それに気付いた賢一と修丸を除く部員全員が驚いて陽を見るが、陽はそのことに気付いていない。
路「なあ、今、陽笑ったよな?俺の見間違いじゃないよな?」
海「うん、僕も見た!すっごく嬉しそうだった!」
こそこそと話す佐武兄弟。
隆「やばいっすよ、センパイ!うちの部の唯一のまとも要員である陽が、弟の男好きに微笑みましたよ?!」
晶「バ、バカ!あれはきっとタイミングよく何かを思い出して笑っただけだ!ってか、そうであってくれ陽ぁ!」
こっちもこっちでこそこそと話しあっている。が、当の陽本人はそんな4人の話も聞こえていなく、至って普通に思っていた。
陽「(どんなに頭が悪くったって、優しい弟がいるって言うのは姉としての幸せよね♪)」
と、その時、隆平がドアの方を向く。
晶「どうした?」
隆「いえ、あのヤローが来たかなぁって。」
そう言っているうちに部室のドアが開き、鳩谷が入ってきた。
鳩「お前ら、こんなとこで何やってんだ?!」
いきなりそう言う鳩谷に、晶は不思議そうな、かつ少し不服そうな顔をして団扇を使ったまま答える。
晶「何って、部活動ですよ。ま、孝彦が来ないんでまだ始めてないですけど。」
そんな晶の話を聞いて、鳩谷は少し慌てたように言う。
鳩「その幾永だが、今大変なんだ!とにかく、図書室に来てくれよ!」
その言葉の意味に気付かない部員たちは皆揃って首をかしげた。
③
鳩谷に連れられて部員たちが図書室に行くと、そこには数人の警官が図書室を出入りしていた。
賢「あれって、警察?」
路「先生、なんかあったんですか?」
鳩「なんもないのに警察は来ないだろ?」
路「まあ、そうですけど。」
隆「んなもん、中に入りゃあわかるだろうが!」
そんな鳩谷たちを見て、少しイライラした様子で隆平が図書室に入ろうとする。
修「あ、隆平くん…!」
晶「おい!勝手に入ったら―」
止めようとする晶の言葉も聞かず、隆平は図書室のドアを開けた。
警官「ん?なんだ君は?」
孝「隆平!」
孝彦を含めた5人の生徒と1人の警官がみな隆平の方を見たが、とりわけ驚いたのは孝彦である。
警官「なんだ?友達か?」
孝「え、ええ…部活の友達です。」
そんなやりとりも気にせず、隆平は周りを見渡しながら顔をしかめて言う。
隆「なあ?なんかあったのかよ?」
そんな隆平を見て顔をしかめる警官。
警官「君ねえ……」
その時、鳩谷を先頭に他の部員たちも入ってくる。
鳩「すいません!……こら、近宮お前―」
鳩谷が隆平を咎めようとした時、晶が鳩谷の隣を通って隆平の隣に来て、警官に向かって隆平の頭を下げさせながら自分も頭を下げる。
晶「スンマセン!コイツバカなんで!部員の責任は部長の自分の責任でもあるんで!」
隆「な、バカって何言ってんスかセンパイ!」
晶「お前は黙って頭を下げろ!」
そんな2人を見て、警官はやれやれと呆れた顔をする。
警官「とにかく!ここは関係者以外立ち入り禁止だから、出て行ってくれるかな?」
その言葉に、鳩谷の隣で話を聞いていた賢一が反応して警官のもとにやってくる。
賢「あの、立ち入り禁止ってどういうことですか?!」
警官「……。殺人事件だよ。」
賢「え……!」
怪訝そうな顔色でそう答えた警官は、図書室の奥の方にある通路を見た。そこには、本棚の間から大量の本が通路に散らかっていた。
警官「わかったら、早く出て行ってくれ。これから現場の捜査に他の警官も来る。」
そう言いながら、警官は例の本棚がある方を気にして動こうとしない賢一や隆平の背中を押して入口の方に追いやる。
隆「お、おい待てよ!こいつらはどうなんだ?!」
それでも足を踏ん張って図書委員たちを指差す隆平に、警官はいら立ちを顔に見せながら言う。
警官「彼らは容疑者だ!その話を聞いてる最中に君たちが来たんだよ!」
賢「容疑者って……じゃあ、孝彦センパイもですか?!」
警官「あの5人全員だ!さっさと出て行け!」
遂に怒鳴りだした警官に、鳩谷の近くにいた修丸はもちろん、賢一や隆平までも、いつもの修丸のようにビクついて驚く。
晶「ほら、出るぞ……?」
隆「……けっ!」
複雑そうな顔をした晶が2人を呼ぶと、賢一も複雑そうな顔をし、隆平は振り向き際に警官にファックサインを出し、賢一を連れて晶のもとに戻る。そして、2人が戻ってきた後、鳩谷は生徒たちを先に部屋から出し、申し訳なさそうに警官に頭を下げてから部屋を出た。その様子を、孝彦が不安そうな顔をして見送った。
④
部室に戻り、メディア部たちは隆平を除いてみな不安そうな顔をしている。中でも賢一は一層不安そうにうつむいている。
路「遅いとは思ってたが、まさか殺人事件の容疑者とは……」
晶「そりゃ、部活になんか来れないわな……」
その時、隆平が苛立たしげに、軽くではあるが机をたたき、修丸は言うまでもなくビビリ、他の部員や鳩谷も何事かと隆平の方を見る。
修「ど、どうしたんですか…?」
隆「あの警官、マジムカつく…!」
悔しそうにそう言う隆平を見て、賢一が落ち込んだ様子のままに言う。
賢「殺人って言ったって、あんな説明じゃ訳わかんないよ……」
そんな賢一を見た陽は心配そうな顔をする。
陽「ヨシくん……」
そして、鳩谷の方を向いた。
陽「先生、先生なら図書室で何があったか、聞いてるんじゃないですか?」
そう言われて、鳩谷は他の部員たちの不安そうな顔よりは少し落ち着いた様子で答え始める。
鳩「ああ、さっき学校に来ている職員全員で話を聞いたよ。なんでも、図書室に急に死体が現れたらしいんだ。」
その言葉に、龍海が不思議そうに言う。
海「急にって、どゆことですか?」
鳩「だから、急には急にだよ。図書整理のために図書委員が集まった9時頃には何の異常もなかったのに、その図書整理を行っている間に図書室内に死体が現れたらしいんだ!」
路「図書整理をしている間に?」
鳩「ああ。さっき聞いた話はそう言う話だったぞ?」
晶「なるほどな、だから図書委員が容疑者なのか……」
その時、部室のドアが静かに開く。そのことにいち早く気付いたのは隆平だった。
隆「孝彦!お前、もう部活来てもいいのか?」
わざわざ入り口近くの孝彦のもとまで行き、心なしか安心したような口調の隆平だったが、孝彦は非常に厳しい顔をしている。
隆「孝彦?…おい?」
そう言って心配そうに孝彦の顔を覗こうとする隆平だったが、孝彦はそれを避けるように部活での自分の席に座る。隆平はそんな孝彦をただただ見るだけで、他の部員も孝彦を心配そうに見る。
晶「なあ孝彦、警察はなんて?」
そう言う晶の顔も見ず、孝彦はうつむいたまま言う。
孝「俺たちの中に、真紗子を殺した犯人がいることは間違いないって、そう言ってました。ただ、まだ確実な証拠はないからとりあえずは帰っていいって……」
路「真紗子って、もしかして日下のことか?!」
孝彦の言葉に、龍路が驚く。
孝「ああ、その日下真紗子だよ…」
賢「あの…龍路センパイも知ってるんですか?」
路「いや、日下真紗子ったら、俺と孝彦のクラスメートだよ。孝彦と一緒に図書委員をやってたんだけど、アイツが……」
龍路は、少し信じられなさそうな顔でうつむく。その話を受け、賢一は孝彦に訊く。
賢「あの、急にその日下さんの死体が現れたっていうのは本当なんですか?」
孝彦はうつむいたまま答える。
孝「ああ、そうだよ…ちょっと図書室を空けた間に―」
そう言いかけて、孝彦はハッと顔をあげて賢一を見る。
孝「ってお前、なんでそのこと知ってるんだ?」
そんな孝彦に、龍海が少し苦笑気味に言う。
海「さっき先生から聞いたんですよ。」
孝「そうか、まあ、先生ならそりゃ知っててもおかしくないもんな……」
そう言って、孝彦はまたうつむく。
修「でも、それ以上はまだ聞いてないんです。ねぇ?」
そう言って修丸は鳩谷を見るが、鳩谷は困ったような顔をする。
鳩「俺もそれ以上は聞いてないからな……」
困ったようにそう言う鳩谷を見た後、修丸は孝彦の方を向き直る。
修「あの、日下さんを殺した犯人は図書委員の中にいると警察の方は言ってたんですよね?」
孝「ああ…」
修「どういう状況で、そんなことになってるんですか?」
心配そうにそう訊く修丸に続き、隆平がズンズンと自分の席に戻り、どっかと席に座って言う。
隆「そうだ、教えろよ!なんだってあの警官、お前らの中に犯人がいるなんて決めつけやがるんだ!?…あのヤロー、大した根拠もなしに図書委員を疑いやがって…!」
陽「隆平くん…」
隆平を見て、陽はその気持ちがわかるのか、辛そうな顔をする。孝彦も、そんな隆平を見て、辛い中にも少し希望を持ち始めた面持で話し始める。
孝「俺たち図書委員は、夏期と冬期の長期休暇で、毎年1週間くらいかけて図書整理をすることになってるんだ。それで、今日は俺たち2組の当番でさ……」
そう言って、孝彦は図書委員での出来事を話し始める。
⑤
―孝彦は図書室のある廊下を歩きながら、腕時計を見る。
孝「51分、まだ余裕だな。」
8時50分を過ぎた時刻を指す時計を見て言葉通り余裕のある顔でそう言った孝彦は、図書室の引き戸を開ける。
孝「おはようございます。」
いつもの(…?)落ち着いた声で挨拶をする孝彦に、すでに図書室に来ていた2人の生徒が振り向く。
木「お、幾永おはよう!」
山「おはようございます、幾永さん。」
そう挨拶するのは、3年の木城康久と1年の山貝瞳である。木城は読書スペースの椅子に座って宿題をやっていて、山貝はカウンターの椅子に座って読書をしていた。孝彦はそんな2人を見てから、不思議そうに山貝に尋ねる。
孝「あれ、真紗子と屋畑は?」
山「日下さんはまだ来てないですけど、屋畑くんなら、今あっちの本の整理してますよ。…屋畑くーん?」
特徴的な大人びた喋り方でそう言う山貝が指差すのは、本棚が並ぶ通路だった。
屋「ん、なに?」
山貝に呼ばれて本棚の間から顔を出したのは、1年で山貝のクラスメート、屋畑瑛太だった。
屋「あ、先輩おはようございます。」
元気なくそう言う屋畑だが、これがいつものテンションである。
孝「おう、おはよう。」
孝彦と挨拶を交わした屋畑は何冊かの本を抱えてカウンターまで戻ってくる。
孝「なんだ、お前もう図書整理してたのか?」
感心しながらそう言う孝彦に、屋畑は抱えていた本をドサッとカウンターの置きながら言う。
屋「いや…僕、要領悪いから…早めに作業しないと…」
暗めな声でそう言う屋畑に、カウンターの奥にいる山貝が苦笑する。
山「もう、朝から暗いわね…」
屋「ゴメン…」
そんな2人を見て宿題をしていた木城が苦笑しながらカウンターまで歩いてくる。
木「屋畑、無理にとは言わないけどさ、もう少し元気出そうぜ?」
屋「はあ…」
そんな屋畑の反応を見て、孝彦と木城は顔を見合わせてガッカリそうな顔をした。と、その時。
浦「おっはよー!」
そんな元気な挨拶と共に図書室に入ってきたのは、木城のクラスメートであり、図書委員長でもある3年生、浦辺麗華だった。
孝「浦辺センパイ……(汗)」
木「浦辺ぇ~、お前ってホントに元気だなぁ~(汗)」
いきなりそう言われた浦辺は、キョトキョトと図書委員たちを見回す。
浦「…あれ?なになに、この重っ苦しい空気?」
場違いそうにそう言う浦辺に、山貝が苦笑しながら言う。
山「いえ、なんでもありませんよ。」
そう言う山貝の顔に、だんだんと呆れの色が見え始める。
山「それにしても、9時集合で9時ぴったりに来るのはちょっと……」
浦「「ちょっと」なあに?」
まったくもって純粋にそう訊く浦辺を見て、山貝はため息をつく。
浦「だから何よぉ!」
じらされたかのように、浦辺は山貝に訊くが、代わりに答えたのは木城である。
木「つまりさ、普通は集合時間って5分前には集合するもんだってことだろ、山貝?」
山「そうです……」
そんな浦辺に、孝彦が少し諦めたような苦笑のまま言う。
孝「でも、センパイにしたら集合時間にぴったり来れたことは奇跡に近いくらいだぞ?」
屋「そうなんですか。」
山「もう、図書委員長がそれでいいんですか?」
そう言われた浦辺だが、能天気そうに、かつなぜか嬉しそうに言う。
浦「いいのいいの!だって真紗子ちゃんだってまだ来てないじゃないの!…あ、ほら!時間になったことだし、図書整理始めるよ!」
そんな浦辺を見て、山貝はまたため息をつき、木城と孝彦は同じように苦笑し、屋畑は興味なさそうに浦辺を見つめていた。
⑥
図書整理を始めてから1時間ほど経ち、時刻は10時を過ぎようとしていた。
孝「真紗子の奴、来ませんね?」
読書スペースの椅子に座って、木城と共に処分文庫をビニール紐でまとめる作業をしながら、孝彦はふと壁にかかっている時計を見てそう漏らす。
木「お気楽浦辺ならともかく、アイツがサボりってのは考えずらいけどなぁ…」
その言葉に、読書スペースの近くの本棚の本を一冊ずつ確認する作業をしていた浦辺が、不機嫌そうに反応する。
浦「お気楽じゃなぁーい!あたしは楽天家なだけだもん!」
そう言う浦辺に、孝彦は苦笑したまま何も言わず、木城は呆れたような顔で言う。
木「どっちも同じようなもんだろーが…(呆)」
そう言ってから、木城は真面目そうな顔に戻って浦辺に訊く。
木「なあ、お前委員長なんだから、日下から連絡とかもらってないのか?」
そう言われて、浦辺も真面目に答える。
浦「んっと、ちょっと待って…」
そう言って携帯を取り出していじり始めた浦辺だったが、すぐに顔を小さくしかめる。
浦「ん~、メールは来てないわねぇ。あの子、電話嫌いだからもちろん着信も来てないし…」
木「電話かけるのが苦手ってのはわかるけど、アイツ、電話もらうのも嫌だって言ってたもんなぁ…」
浦「そうなのよねぇ。電話かけたって絶対出てくれないし……」
そんな浦辺の言葉を受け、孝彦は少し不機嫌そうに言う。
孝「たく、無断欠席に着信拒否なんて、常識知らずな奴ですよね……」
そんな孝彦を見て、3年2人は同時に小さく笑いだす。
孝「な、なんですか急に?」
木「いやだって、お前ホント生真面目すぎんだもん!」
浦「そーそー!タカっちはもうちょっとあたしら見習った方がいいんじゃないの?」
そう言う浦辺を見て、孝彦は冷や汗を垂らしながら言う。
孝「あ、いや…遠慮しときます…(汗)ってか、タカっちはやめてくださいよ…(汗)」
浦「え~?かわいいのにぃ~…」
そんなやりとりをしていた時、他の本棚の整理をしていた山貝が処分文庫を抱えて3人のもとにやってきた。
山「先輩方、これもお願いしますね。」
孝「あ、ああ…」
先ほどの話題を引きずってか、少し呆れた雰囲気を残している孝彦に、山貝が気づく。
山「幾永さん、どうしたんですか?」
孝「いや、別に…」
そんな孝彦を見て、木城が少しおかしそうに言う。
木「浦辺はお気楽でいいよなって話だよ!」
浦「だからぁ!楽天家なだけだって!」
そう言ってむくれる浦辺。
木「まー落ち着けって!……おーい、屋畑ぇ~?」
浦辺をなだめつつ、本棚の間で作業をしている屋畑を呼ぶ木城。
屋「は~い…?」
声は張るも、やはり元気のない返事が本棚の間から返ってくる。
木「お前の方、どんな感じだ?」
屋「あと4冊見たら、この棚終わりますけど…」
それを聞いた浦辺が、少し嬉しそうに言う。
浦「だったらー!それ終わったら休憩しよー?」
屋「はーい…」
その元気のない返事を聞いて、4人揃って呆れたような苦笑をした。
孝(M)「それまでは真紗子の死体なんてなかったのに……それから数分したら屋畑も一区切りつけれたから、休憩に入って、何人かで飲み物を買いに行ったんだ。」
⑦
浦「はーい!みんなきゅーけーだよー!!」
嬉しそうに高らかにそう叫んだ浦辺。それを受けて、みな各々に伸びをしたり席を立ったりし始める。そんな中、山貝も座っていた席から立ち上がり、屋畑の方を見る。
山「屋畑くん、タイミングいい時に一区切りつけてくれてありがと。」
屋「ん?」
不思議そうに首をかしげる屋畑に、山貝は少しイタズラっぽく微笑む。
山「ちょうど、トイレ行きたくなっちゃってね。じゃ。」
控えめにそう言って山貝はトイレに行くために図書室を出て行った。
その様子に気付いた木城が、不思議そうに屋畑に訊く。
木「アイツ、どうしたって?」
屋「いえ、トイレだそうですよ。」
木「わざわざ、トイレに行くってお前に言ってったの?」
屋「はい。」
木「ふ~ん…」
そう言いつつ、木城はなぜか意地悪そうにニヤけている。
そんな木城を見た孝彦が、呆れたような顔で言う。
孝「木城センパイ、屋畑からかったって面白くないでしょうが。」
そんな孝彦に、木城も呆れ気味に言う。
木「お前、それ地味に屋畑がつまらない男だって言ってないか?」
孝「別に俺、そんなつもりないですけど。」
屋「ん?」
あっけらかんとそう言う孝彦だったが、当の屋畑は相変わらず不思議そうな顔をしているだけである。
孝「ほら、本人もよくわかってないみたいですし。」
少し勝ち誇ったような顔をする孝彦に、木城も参ったといった顔をする。
木「確かに。」
と、その時浦辺が急に木城と孝彦の腕を引っ張って立たせた。
浦「ねーえ?そこの男子諸君!飲み物買いに行こ?」
そんな浦辺に木城は苦笑し、孝彦は呆れたように言う。
孝「俺、いいですよ。別に喉渇いてないし。」
そんなつれない態度の孝彦に、浦辺は膨れて言う。
浦「ダーメ!もう、孝彦くんはもうちょっと協調性を持たないと!」
そう言われて、孝彦は口には出さずとも少しムッとする。それに気付かずか、浦辺は少しイヤらしい顔をしてさらに言う。
浦「そんなんじゃあ、部活でもさぞさぞ苦労してるんじゃないのぉ?」
孝「……」
浦辺の言葉を聞いて、孝彦の脳裏に部活での光景がよぎっていく。
―賢「センパイ!…孝彦センパイったら!」
陽「孝彦くんは、みんなでワイワイやるのは嫌い…?」
鳩「せっかくの高校生活なんだ、友達と楽しく過ごした方がいいと思うけどなぁ。」
晶「お前はもうちょっと協調性があればなぁ…」
修「そんなに本ばっかり読んでたら、声かけづらいじゃないですか…」 路「孝彦、お前そう生真面目すぎると疲れないか?」
海「いいじゃないですかぁ、少しくらい手伝ってくれても…」―
部員たちの言葉が一通りよぎった後、痛烈な最後の一言がよぎる。
―隆「勝手にしろ!このバカメガネが!!」―
隆平の言葉を思い出した瞬間、孝彦の眉間にギュッとしわがよる。
孝「大きなお世話です!ったく、行けばいいんでしょ?行けば!」
そう言って孝彦は財布を取りに、カバンをまとめて置いてあるカウンターの内側に行く。
浦「ね?瑛太くんも行こっ?」
屋「いいですけど…」
浦「ハイ決まりー!ヤスっちは行くこと決定だから―」
木「拒否権なしかよ!ってか、ヤスっちはやめろって!」
じゃれ合うような口調でツッコむ木城に、浦辺もじゃれるように笑いながら言う。
浦「だってあんたの名前って康久じゃん。あ、じゃあヒサっちだ~!」
木「……勝手にしろよ、もう(泣)」
そんな2人を、屋畑は興味なさそうに見ている。
浦「孝彦くん早く~!」
孝「今行きますって!」
そう言って孝彦は財布を持ってカウンターから出てきて、4人で図書室を後にした。
2(⑧)
自販機のある1階購買前で、すでに飲み物を買った屋畑と孝彦は、自販機の前で悩んでいる浦辺に待たされている木城と、木城を待たせている張本人の浦辺を待ちながら、買った缶ジュースを飲んでいた。
孝「しっかし、真紗子の奴ホントに何やってんだか……」
不機嫌そうにそう言ってひと口飲んだ孝彦に、屋畑が言う。
屋「寝坊とかだったら、連絡のしようがないですよね?」
そう言われて、孝彦は缶から口を離す。
孝「ありえるな。夏休みだし。」
呆れたようにそう言って、孝彦は浦辺のもとに行く。
屋「幾永先輩?」
孝「浦辺センパイ!センパイ確か、真紗子の携帯の電番知ってますよね?」
少し怒ったようにそう言う孝彦に、釣銭を取るためにしゃがんだまま浦辺は振り向く。
浦「え?知ってるけど、どうして?…電話かけたって出てくれないじゃん。あの子の電話嫌いは図書委員でも有名でしょぉ?」
孝「いえ、アイツもしかしたら寝てるだけかもしれないし、電話したら起きるかもしれないでしょ?ちょっとかけてみてくださいよ。」
浦「そっかぁ、目覚まし代わりってわけね!わかった。ちょっと待って!」
そう言って浦辺は買った缶のカフェオレを近くの窓際に置き、電話を掛ける。電話はしばらく呼び出し音が鳴った後、アナウンスが入る。
ア「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、かかりません」
そのまま、携帯からは通信が切れた音が鳴る。
浦「あれ?切れちゃった…」
屋「切れたって、マナーモードとかじゃなくてですか?」
浦「わかんない。なんか電波が届かないとかなんとかって言って、ツーツーツーって。」
孝「真紗子の奴、もしかして電源切ってるのか?」
孝彦がそう言うと、木城が思いついたように言う。
木「もしかしたら、今日が2組の当番だって忘れて、部活に行ってるのかもしれなくね?」
浦「あーありえるかも!確か、卓球部だったよね?」
そんな3年生の会話を聞いて、孝彦がどの横を通ってどこかに行こうとする。
木「おい、どうした幾永?」
孝「俺、卓球部の部室覗いてきます。」
少し苛立ったような口調でそう言って、孝彦は卓球部の部室のある多目的教室に行くため、階段のあるホールへと速足で向かった。―
そこまで話して、孝彦の回想はいったん終わる。
孝「結局、卓球部にも来てないってことで、俺はとりあえずセンパイ方にそのことを教えようと思って、もう1回購買前まで戻ったんだ。」
そして、また回想へと戻る。
⑨
―再び自販機のある購買前へと戻った孝彦は、誰もいない様子を見て不思議そうに思った。
孝「あれ、みんな図書室帰ったのか?」
と、その時足音が聞こえたために、孝彦は階段のあるホールの方を振り向いた。
孝「浦辺センパイ!どうしたんですか?」
声をかけられて孝彦に気付いた浦辺は、聞いてほしくてたまらないといった顔で孝彦に近づいた。
浦「あ、孝彦くん!聞いてよ、真紗子ちゃんの家電に連絡しようと思ってね、職員室行って電番訊いてかけてみたの。そしたらさ、なんか7時くらいに学校行くって言って、家、出たっきりなんだって!」
孝「7時ですか?早いですね。」
浦「そうなのよ、集合9時なのに、2時間も普通は余裕持たないよね!ってかさ、あたし5分前集合だって早いと思うんだけど、みんな10分は余裕持てとか言うよね?あとさぁ、30分くらい早めに来る人とかたまにいるけどあれってホントよくわかんない…」
そこまで話して、浦辺はハッとする。
浦「あ、そーだ!部活どうだったの?部活の自主練だったら、それくらい早くってもうなずけるよね!」
そんな浦辺に、孝彦も少し困り気味の顔をする。
孝「いや、部活にはいませんでしたよ。話を聞いても、今日はまだ顔出してないって。」
それを聞いて、浦辺は難しそうな顔をして腕を組む。
浦「う~む、これってやっぱりサボりかな?親には図書委員とか部活って口実で、早めに家出て男と会ってるとか!」
最後の方はなぜか嬉しそうな浦辺だったが、それを聞いた孝彦は呆れた顔をしたのち、ふっと思い出したかのように言う。
孝「そう言えば、木城センパイと屋畑はどうしたんですか?」
浦「先に図書室戻ってるよ。あたしのカフェオレ持ってってって頼んだからね!……まさか勝手に飲んだりしてないよね?」
嬉しそう、のちに怪訝そうに眉を寄せる浦辺を見て、孝彦はため息をついて図書室のある方を向き直る。
孝「じゃあ、とりあえず戻りましょう?どんな理由にしろ、1人いない分俺らの作業は増えるんですから休憩してる場合じゃないでしょうし。」
そう言われて、浦辺は不服そうに言う。
浦「えー?あたしらの仕事増えるのぉ?」
その言葉に、孝彦は不機嫌そうに顔をしかめる。
孝「文句なら真紗子にでも言ってくださいよ!ったく…」
そう言って歩きはじめる孝彦を、浦辺は慌てて追いかける。
浦「あ!ちょっと置いてかないでよぉ!」
⑩
図書室のドアを開けた孝彦と一緒に入ってくる浦辺に気付き、もとから図書室に帰っていた山貝と屋畑の2人が不安そうな顔をして振り向く。
山「あ、お帰りなさい……」
その様子を見て、浦辺が少しふざけた様子で言う。
浦「ちょっとぉ、どうしたのよ瞳ちゃん!テンションが瑛太くん並みだよ?」
そんな浦辺を孝彦は呆れ顔で見ていて、1年生2人はあいかわずの不安そうな顔で見ている。しかし浦辺はそんなことには気づいていない。
浦「あれ?そういやヤスっちは?」
屋「木城先輩、今先生呼びに行ってます…」
浦「え?なんで?」
不思議そうにそう言う浦辺に、1年生2人は気まずそうに顔を見合わせてから、浦辺と孝彦の方を見る。
山「その…来てたんですよ。」
さっきから進まない話に、孝彦が少しイラついて言う。
孝「さっきからはっきりしないな、来てたって誰がだよ!」
山「日下さん…その、社会文庫のところに…」
その言葉に首をかしげる浦辺だったが、孝彦は1年生たちの様子からか、慌てて社会文庫スペースのある、左側を見る。それにつられ、浦辺も同じく社会文庫スペースを見た。
孝「な……!」
浦「きゃああ?!」
2人の目に飛び込んできたのは、大量の本やブックスタンドに埋もれ、頭から血を流している、日下真紗子の姿だった。その目はすでに光を失っていて、誰が見ても絶命していることは明らかだった。―
⑪
孝「真紗子の奴、本に埋もれて…頭から流れた血が周りの本やブックスタンドにベッタリついてて……」
そこまで話して、孝彦は机の上に置いていた両手の拳をギュッと握る。
賢「センパイ……」
かける言葉が見つからず、賢一はただ孝彦を心配そうに見る事しかできない。
路「頭から血を流してたって、死因はなんだったんだ?」
孝「今警察の方で調べてるらしいけど、見た感じは撲殺だと思う…」
隆「撲殺ってーと、えーと…」
考え込む隆平に、孝彦はその顔も見ずに消沈した声で答える。
孝「殴って殺すことだよ。そう言う殺害方法を撲殺って言うんだ……」
いつもと違って突っかかってこない孝彦を見て、隆平はバツ悪そうな顔をする。
賢「でもセンパイ、血を流してたって、切られたとか、そういう可能性はないんですか?」
孝「いや、俺もちゃんと見たわけじゃないけど、切られたって感じじゃなかったよ……」
晶「そうか…」
それから少しの間、部室は沈黙に包まれたが、そんな中で孝彦が頭を抱え込む。
孝「訳わかんねーよ……真紗子はなんで死んだんだよ…どうして急に死体が現れるんだよ!あの本の山は一体なんなんだよ!!」
そんな孝彦を見て、隆平も心配する。
隆「おい、落ち着けよ孝彦―」
そんな隆平に、孝彦は食って掛かるように顔を挙げる。
孝「落ち着けるかよ!」
そう言って、少しの間隆平とにらみ合った後、孝彦はまた頭を抱え込む。
鳩「幾永…」
鳩谷が心配そうに孝彦を見ると、孝彦は泣きそうな声でつぶやき始める。
孝「お前は何も見てないからそんなことが言えんだよ……あんな死に様見て…あんな訳わかんない現場見て……落ち着いていられる方がどうかしてる…!」
そう言う孝彦に、賢一は困ったように言う。
賢「孝彦センパイ!……気持ちはわかりますけど、でも……隆平センパイは孝彦センパイの事心配してくれてるんですよ?」
その言葉に、孝彦はさっきとは違って静かに頭をあげて賢一を見る。しかし、その顔は先ほどと同様に、怒りを含んだような顔である。
孝「気持ちはわかる?……はっ、バカ言うなよ。じゃあなんだ?お前はどうして急に真紗子の死体が現れたのかがわかるのか?」
賢「そ、それは……」
言葉に詰まる賢一を見て、陽が怒ったように言う。
陽「孝彦くん!」
その言葉の怒気に、孝彦だけでなく部員たちも驚いて陽を見る。
孝「な、なんだよ…」
陽「隆平くんやヨシくんに八つ当たりして、それで気持ちは落ち着くの?日下さんが死んだ理由が、いきなり現れた謎がわかるの?……違うでしょ?」
どうしようもない気持ちをぶつける陽に、孝彦は何も言わない。
晶「陽……」
晶はかける言葉が見つからず、ただ陽の肩を抱いてやるくらいしかできない。
晶「なあ孝彦、確かにこんな状況で落ち着けとか、気持ちはわかる、なんて言われるのは辛いよな…だけど、ここにいる全員、お前のことを心配している気持ちは本当なんだ。…それだけはわかってくれるな?」
落ち着いた声でそう言う晶に、孝彦も先ほどよりも落ち着いてくる。
孝「……すいませんセンパイ、それはわかってます……」
そう言って、孝彦は隆平の方を見る。
孝「隆平、悪かった…」
そんな孝彦に、隆平は優しく笑う。
隆「謝んなよ、俺は気にしてねーからさ。」
そんな隆平に、孝彦も少し嬉しそうに笑顔を取り戻す。そして、今度は賢一の方を見る。
孝「賢一も、さっきはゴメンな。……!」
そう言いながら、孝彦は少し驚く。
ケ「フン……近宮の言う通りだ。謝るほど暇があるなら、その乏しい頭を使ったらどうなんだ?」
そう言って孝彦を見た顔は、神童賢一のものではなく、まぎれもなく神童ケンイチのものだった。
孝「ケンイチ……?」
驚く孝彦をよそに、ケンイチはどっかと机の上で足を組みあげる。
ケ「うだうだ、うだうだうるせーんだよ。聞いてるだけでこっちまでイライラしやがる。」
孝「わ、悪い……」
申し訳なさそうにうつむく孝彦だったが、ケンイチは相変わらずの様子で言う。
ケ「だから、いちいち謝んじゃねーよ。…それに、うだうだうるせーのはお前じゃなくて、賢一のヤローだ。」
その言葉に、龍路が不思議そうに訊く。
路「賢一がうるさいって、どういうことだ?」
ケ「あの甘ちゃん、幾永が事件に巻き込まれたと知ってから、「どうしたらいい、どうすればいい」ってずっと問答してやがる。」
孝「え…?でも、そんな様子は…」
ケ「テメーみたいなイシアタマにこんなこと言ったって信じねーだろーがな、アイツが表に出ている時、オレにはアイツの気持ちがよくわかんだよ。アイツ、どうにかしてお前の気持ちを楽にしたいと思う反面、自分の頭じゃどうにもならないことも知ってやがる。その結果心の中でうだうだ答えの出ないような問答始めやがって……」
そんなケンイチを見て、修丸が不思議そうに訊く。
修「あ、あの…じゃあ、ケンイチくんは―」
そんな修丸を、ケンイチはけだるそうに、しかし鋭く睨む。
ケ「何だよ。」
修「あ、いや、その……ケンイチくんは、賢一くんや孝彦くんのために出てきてくれたんですか……?」
恐る恐るそう訊く修丸を見て、ケンイチはまたけだるそうに修丸から視線を元々の位置に戻す。
ケ「バカが……オレは誰かのため、なんて殊勝なことはしねー主義だ。……テメーらにはわかんないだろうがな、頭ん中でつまんねー小言を言われ続けちゃ堪んねーんだよ。」
そこまで言って、ケンイチは立ち上がって開いた窓に頬杖をつく。
ケ「それに、だ。オレの近くで生まれた謎を放っておくのは性に合わねぇ。…生まれた謎を解き明かす。それがオレの使命だからな。」
そこまで言ってケンイチは黙り込む。
そんな中で陽は少し安心したかのように口を開く。
陽「でも、ケンイチくんがいてくれたら、きっと謎も解けるわね。」
そんな陽の言葉を聞き、ケンイチは窓の外を向いて頬杖をついたまま、流し目で陽を見る。
ケ「フン…お前は早く謎が解けて、賢一に戻ってきてほしいだけじゃねーのか?」
その一言に陽はもちろん、他の部員や鳩谷もひどく驚く。
陽「え…?」
晶「お、おいケンイチ…!」
ケンイチの発言を咎めようとした晶だったが、それよりも早くケンイチは再び目線を窓の外に戻してから話し始める。
ケ「オレが出ている間は、お前は大事な弟に会えないもんな。…宗光、お前はオレをいらない存在だと思ってるんじゃないのか?」
陽「いらないなんて……そんなこと……」
悲しそうにそう言う陽を見て、ケンイチは窓に背を向けて窓によりかかり、けだるそうに目をつぶる。
ケ「フン……別にどうでもいいことだがな。」
ケンイチの登場による重い空気が部室にただよい始め、それからは誰も口を開こうとしない。
そう言いながら、ケンイチは部室の外に向かって歩き出した。
鳩「おい神童、お前どこ行くんだよ?」
慌ててケンイチを止めようとする鳩谷の言葉で一度はドアの前で立ち止まるケンイチ。
ケ「警察はひとまず引き上げてるんだろ?だったら、現場を見るには今しかないからな。」
そうだけ言って、ケンイチはさっさとドアを開けて部室を出て行った。
海「現場って、図書室の事かなぁ?」
路「だろうな。…センパイ、どうします?」
佐武兄弟に見られて、晶は苛立つ気持ちを抑えるように頭をかいてから言う。
晶「どうするって、決まってるだろ?アイツを放っておいたら誰が嫌な思いするかわかったもんじゃないからな!あの自己チュー野郎が……」
鳩「お、おい響鬼…」
気持ちのままに言い放つ晶を見て、鳩谷が少しバツ悪そうに晶を止めようとする。
晶「なんですか?!」
不機嫌な調子のまま鳩谷を見た晶に、鳩谷は何も言わずに陽の方に顔を向ける。
晶「あ…」
それで晶も鳩谷の言いたいことを理解する。陽はとても悲しそうな顔をしていた。
晶「ち、違うんだ陽!別に自分はケンイチの事を悪く言うつもりじゃなくて……そ、そりゃ心配だよな!今はケンイチとはいえ、アイツは賢一な訳だし、だけど今はケンイチで、ケンイチは賢一で……ってあれ?自分何言ってんだ?」
途中から訳が分からなくなってきた晶に、陽は苦笑とは言え、優しく笑って言う。
陽「大丈夫ですよ、センパイ。……ただ、ケンイチくんがあんなこと思ってたんだなぁってわかって、それがちょっと……」
晶「陽……」
せつない顔をしてそう言う陽を見て、他の部員たちもどう言葉をかけていいかわからない。そんな中、隆平が席を立ちあがる。
隆「とにかく!図書室行きましょうよセンパイ!ケンイチじゃねーけど、ここでうだうだ言ってたって何にもならないわけだし、俺らにだって何かできるかもしれないし!」
そんな隆平を見て、晶もやる気を出したような顔でうなずく。
晶「そうだな……」
そう言って立ち上がる晶。
晶「孝彦、また図書室行っても大丈夫だな?」
孝「ええ、もう大丈夫です。」
孝彦は強気な顔つきでそう答える。
晶「隆平、ケンイチを手伝えそうなことがあったら、積極的に手伝えよ?」
隆「わぁってますって!」
隆平も、得意気にそう言う。
晶「佐武兄弟!念のためカメラスタンバっとけ!」
海「言われなくても~♪」
路「了解です、部長!」
佐武兄弟は嬉しそうに晶に応える。
晶「え~っとぉ……」
そう言って、晶は修丸をじっと見たが、なぜか冷や汗を垂らして目線を逸らす。
修「え?僕は…?」
そんな修丸に鳩谷が肩に手を乗せ、しみじみと言う。
鳩「お前の仕事はビビることと、あとはしいて言えばオカルトの知識を教えてくれることくらいだけだからなぁ…」
修「そんなぁ~(泣)」
そんな2人を放っておいて、晶はさっきの冷や汗はどこへやら、陽を見て真剣に言う。
晶「陽、なんだかんだ言っても、ケンイチの事を1番わかってるのはお前なんだ。だから、いざって時は頼むぞ!」
陽「……はい!」
陽も力強くそう答えると、晶は嬉しそうに言う。
晶「よし!行くぞ!」
陽・孝・隆・修・路・海「はい!」
晶の一声を合図に、部員たちはみな立ち上がった。
3(⑫)
部員たちを引き連れて晶たちが図書室へ行くと、ケンイチは読書スペースの椅子に座って、何かを書いている途中だった。
鳩「おい、何やってんだ?」
その声に気付き、ケンイチは入り口の方へと顔をあげると、今にも舌打ちをしそうに顔をしかめる。
ケ「おせーよ、バカどもが…」
その言葉に、もはやいちいち怒っていてもきりがないことを知っている部員たちは、特に機嫌を損ねることもない。
修「あの、それで何してたんですか?」
そんな修丸の言葉を聞いて、ケンイチに近づいて彼が書いていた紙をビデオ越しに覗く龍海。
海「これって、ここの見取り図じゃないですか!」
ケ「フン……お前らが遅いから、暇つぶしに書いてたんだ。こんなものでも、ないよりはマシだからな。」
ケンイチがそう話している間に、他の部員たちもケンイチの周りに集まっている。
路「すげーな、こりゃホントに立派な見取り図だ。」
ケ「これくらい、誰でも書けるだろうが。」
特に悪気もなくそう言うケンイチに、龍路や他の部員たちは何か言いたげに苦笑する。と、その時いきなり図書室の引き戸が開き、みな一斉にその方を見る。
浦「あれ、アンタたち誰?ってか、何してんの?」
図書室に入ってきたのは浦辺だった。そんな浦辺に、一番驚くのは孝彦である。
孝「浦辺センパイ!?」
浦「あれ、孝彦くんじゃん!」
孝彦に気付いて、麗華は嬉しそうにメディア部員たちに歩み寄ってくる。
ケ「…図書委員か?」
孝「ああ、3年で委員長の浦辺麗華センパイだよ。」
と、そこまではケンイチに対して説明する孝彦。
孝「でも、センパイこそどうしたんですか?今日はもう帰っていいって言われたじゃないですか。」
そんな孝彦に、浦辺はあざとく舌を出して言う。
浦「それがね、カウンターに携帯忘れちゃって…」
その言葉を聞いて、一番カウンターの近くにいた晶がふっとカウンターの上を見て、そこに置いてあった携帯を取ろうとしたが、その横から素早く隆平の手が伸びる!そして、浦辺の携帯を持つとまるで差し出すかのようにそれを浦辺に渡す。
隆「どうぞ、麗華さん…」
格好をつけるようにキザったらしくそう言う隆平に、晶が心底呆れている。
晶「あのバカ、また一目惚れか?(呆)」
陽「みたい、ですね…(汗)」
そんなやりとりにも気づかず、浦辺は嬉しそうに携帯を受け取っている。
浦「あー、ありがと!……あれ?で、君って誰だっけ?」
隆「俺…いえ、僕はメディア部のエース、近宮―」
孝「部活の友達です。ほら、さっきもここに殴りこんできたでしょ?」
そんな隆平の様子を見て、孝彦が少し苦笑気味に割り込む。
浦「あー、言われてみたらそうだ!さっきの男の子!…じゃあ、もしかしてみんなメディア部?」
孝「ええ。」
そう答える孝彦に、隆平が声を潜めて突っかかる。
隆「お前、なに人の恋路の邪魔してんだよ!」
孝「バカ、こんな時に呑気なこと言いやがって…!」
隆「こんな時もどんな時もあるかよ!これだからイシアタマは―」
と、その時、浦辺がふっと口を開く。
浦「でもでも!メディア部がどうしてこんなとこにいるの?図書委員の孝彦くんはいいとして~。」
その一声のおかげで隆平と孝彦のケンカは始まらず、無邪気に不思議がる浦辺を見て少し苦笑しながらも晶が答える。
晶「図書委員が巻き込まれた事件の謎を解きに来たんだよ。…うちの部、すんごく頭が切れる男がいるんでな。」
そう言いつつ晶は、面倒くさそうに孝彦たちと浦辺とのやり取りを見ていたケンイチを見る。
晶「あ、ヤバ……アイツ怒ってないか?」
ケンイチの様子に気付いて、晶は少し慌てだすが、浦辺はと言うと…
浦「ねえねえ!君、ホントにこの事件の謎を解いてくれるの?!」
嬉しそうにケンイチに話しかける浦辺を見て、部員たちはみな「ヤバい」と言わんばかりの顔をする。
孝「セ、センパイ…!コイツちょっと―」
孝彦がそれ以上言う前に、ケンイチは部員たちの予想を裏切って静かに言う。
ケ「浦辺と言ったな?ちょうどいいところに来てくれた。」
浦「え?ホント?」
以外にも浦辺をののしったりしないケンイチに、部員たちは唖然とする。
鳩「神童の奴、絶対怒るかと思ったんだが……」
路「この前も、事件と関係ない話してたら不機嫌になってましたしね。」
そんな事を話している2人に、陽は少し自信なさげに言う。
陽「たぶん…周りに怒ってるって訳じゃないんだと思う…」
その言葉に、鳩谷も龍路も、近くにいたほかの部員たちも不思議そうに陽を見た。
修「でも、あれって事件に関係ない話をしたり、僕たちがケンイチくんみたいに頭が回らないから怒ってるんじゃないんですか?」
隆「そうだよ。見てるだけでイライラするほどイライラしてさぁ。…そりゃ、俺らはアイツみたいな天才じゃねーけどよ…」
そんな隆平に、陽は先ほどよりも自信があるような口調になる。
陽「違うの…たぶんだけど、ケンイチくんは事件を解決する糸口をうまくつかめない歯がゆさとか、そういうことに怒っちゃうんじゃないかなって……」
そんな陽に、晶は共感するように言う。
晶「アイツは、ケンイチは自分らがアイツに比べてバカな事よりも、人が傷つくような事件が解決しないことの方が辛いって言うのか?」
そう言われて、陽はまた自信なさげに軽くうつむく。
陽「いえ…ただ、私はそう思うってだけなんです。なんか、早く事件を解決して、ヨシくんに戻ろうとしてくれてるような、それができなくてイライラしちゃってるような……」
陽の話に聞き入っていた部員たちだったが、ふとケンイチが椅子から立ち上がる音が聞こえ、みなハッとその方を見る。
ケ「つまり、死体はあの壁際の本棚にもたれて座っていたんだな?」
社会文庫スペースへと歩きながら、ケンイチは孝彦や浦辺に確認する。
浦「ええ、そう。もう驚いちゃったよ!休憩入る前は真紗子ちゃん、いなかったのに…」
そこまで言って、さすがの浦辺も少し気を落とす。しかしそんなことも気にせず、ケンイチは質問を続ける、
ケ「幾永、お前部室で血がどうのとか言ってたよな。」
孝「あ、ああ…真紗子の周りにあった血まみれの本とかブックスタンドなら、警察が凶器の特定とか言って持ってったよ。」
ケ「なるほどな、どうりで血痕が少ないと思ったぜ…」
浦「あ、あと!なんか警察の人がね、「なんだこれ?」とか言って不思議がってたブックスタンドがあったよ。なんか、マスコットみたいなのがついてたんだよねぇ。」
ケ「マスコット…?」
浦「こんな小さい奴。頭の紐でブックスタンドに結んであったみたいでさ。」
そんなケンイチたちの話を聞き、龍海が龍路に聞いている。
海「血痕って、血の痕だよね?」
路「ああ、そうだろうな。」
その時、いきなりケンイチが2人を呼ぶ。
ケ「おい、佐武!こっちに来い!」
いきなりの呼びかけに、佐武兄弟は驚いてケンイチを見てから、困った顔でお互いを見る。
ケ「ガキじゃねえ、兄貴の方だ。さっさと来い!」
路「あ、ああ!」
慌てて返事をしてから、龍路はケンイチのもとに行く。
ケ「ここ、撮っておけ。」
路「よし。」
ケンイチに言われて龍路は社会文庫スペースを取ろうとカメラを構えたが、その時にケンイチは少し怪訝そうに龍路の肩に手を当てる。
ケ「ポラロイドはないのか?」
路「ああ、あるぞ。…でも、フィルムカメラに比べたら質が落ちるけど…」
ケ「構わん。加工ができないポラロイド写真はいざという時に決定的な証拠になりうるからな。」
路「そっか、よし!」
そう言って、龍路は持ってきたカバンが置いてある読書スペースの机に向かおうと振り返ったが、そこにはすでに、嬉しそうにそのカバンを持った龍海がいた。
海「ハイ!これでしょ?」
路「おう、サンキュ!」
龍路も嬉しそうにカバンを受け取り、その中からポラロイドカメラを取り出して写真を撮った。
路「これ、お前に渡していいんだよな?」
ケ「フン…とりあえず預かっとく。」
そう言って写真をポケットに入れると、ケンイチは崩れた本の山を踏んでいく。
孝「お、おいケンイチ!」
ケ「いちいち騒ぐな。写真は撮ってあるんだ、多少本が崩れようと関係ない。」
そう言って、ケンイチは本と本の隙間から、、ポケットから取り出したハンカチを手袋代わりにして何かを引っ張った。
浦「あ!真紗子ちゃんの携帯!」
浦辺が反応した、ケンイチが引っ張ったものは、携帯についていた、先の千切れた、紐だけになっているストラップだった。ケンイチは浦辺の言葉を聞いて、小さく眉をひそめる。
ケ「被害者の携帯か…」
隆「お前、よくそんなもんあるってわかったな?まだあったってことは警察も見逃したってことだろ?」
龍路が呼ばれた時に何事かと様子を見に来ていた部員たちの中で、隆平が感心したように言う。
ケ「本の隙間から糸のようなものが見えたんだ。おそらく、切れたストラップだろうな…しかし、コイツはいいもんを見つけたぜ。」
そう言いながら本の山から戻ってきたケンイチは、珍しく少し嬉しそうだった。
ケ「…ん?」
本棚の間から見晴らしのいいところまで戻って、持ってきた携帯を裏返してケンイチはふと電池カバーがないことに気付く。そして、おもむろに携帯を開いてみたが画面は真っ暗で、ためしに電源ボタンを長押ししてみたが、携帯はスンとも言わない。
ケ「この携帯、壊れてやがる。」
小さくそう言うケンイチに、浦辺がなぜか納得したように言う。
浦「あー、そっか!だから連絡つかなかったんだ!」
その言葉に、ケンイチがふっと浦辺の方を見た。
ケ「連絡?」
浦「いやね、休憩の時に、真紗子ちゃん来ないねぇって話になって、もしかしたら寝てるのかも!ってことで電話したの。だけど、電源切ってる時とかにかかるメッセージが聞こえただけで繋がんなくってさ。そっかそっか、だからかぁ!」
そんな浦辺の話を聞いて、ケンイチは少しの間考え込んだ後に浦辺に訊く。
ケ「お前、被害者の電話番号を知っているんだな?」
浦「ええ、だってあたし委員長だもん。」
ケ「なら、他の図書委員の連絡先は?」
浦「あるよ。3年生と全学年の2組の図書委員の番号は、あった方がいいと思って訊いてあるから。…それがどうしたの?」
ケ「いや、図書委員の奴らから直接話が聞きたいんだ。」
浦「そっか!じゃあ、今から呼んでみるね!」
そう言う浦辺に、ケンイチは念を押すように言う。
ケ「場所はメディア部の部室だ。いいな?」
そうだけ言って、ケンイチは日下の携帯をハンカチ越しに孝彦に渡す。
孝「お、おいなんだよ…」
ケ「コイツを元の場所に戻しておけ。」
そう言われて、孝彦はなぜか何も言えない。そんな中、孝彦の返事も待たずにケンイチは部室を出て行った。
隆「アイツ、なんで携帯持ってかないんだ?」
鳩「う~ん…アイツの考えはイマイチ分からんからなぁ」
そんな話とは別ベクトルで、他の疑問も浮かんでくる。
浦「でも、みんな呼ぶならここでもいいのに…」
修「そうですよね。うちの部室、暑いし狭いし…」
浦「嘘、マジ?」
露骨に嫌そうな顔をする浦辺だったが、そんな2人に関係なく陽が先ほどのように自信なさげに言う。
陽「たぶん、図書委員の人に無駄な疑いがかからないように、じゃないかな…?」
修「どういうことですか?」
陽「謎を解くには現場を調べることは必要だけど、そんなことが警察の人にバレたら大変でしょ?…だから、できるだけ私たちや、図書委員の浦辺さんがここに来たことがわからないようにするためなんじゃないかなぁって……」
その話を聞いて、浦辺が感心する。
浦「へぇ~、あなたすごいわね!あたし、あの子の考えとかぜんぜんわかんないのに!」
陽「い、いえ!私だってわかってるわけじゃないんですけど…」
少し困った様子の陽に、晶が助け舟を出しに来る。
晶「陽はな、血は繋がってないがアイツの姉なんだよ。ま、今のアイツの、ってなるとどうなるかわからんが…」
最後の方は苦笑気味な晶に、浦辺は少し不思議そうに首をかしげる。
晶「と、とにかくだ!図書委員を呼ぶにしてもとりあえず部室に戻ろう!警察がいつここを調べに来るともわからんし!」
浦「それもそうね!じゃあ、メディア部にお邪魔しまーす!」
なぜか嬉しそうにそう言って図書室を出た浦辺を、みなやれやれと見ながら次々と図書室を出て行った。